「・・・四話まできて、いよいよ後半ね。私はアリス・マーガトロイド。人里で人形劇なんかやっている、魔法使いよ。
でも、人里で住んでいるって訳じゃない。魔法の森、普通の人間には害のある胞子が包むあの場所に一軒家を建てているわ。
その方が研究には便利だからね。人里は安全だけど、その分刺激的なものが少ない。だから私は人形劇の時以外は、専ら家の中にいるわ。
ただ、そんな極端な場所を行き来していると、一度や二度はおかしな事に出くわすものでね。一番最近の事を一つ話そうかしら。
ー
・・・・あれは、私が定期的な人里での公演を終えて、帰ってきてからの事だった。家に入って一息ついて、いつも人形や小道具を鞄から元に戻そうと、中身を見た時だった。
『あれ、一体足りない?』
その日出かける前と今とで、鞄の中の人形の数が記憶と違う。少なくとも家に入ってからは人形自体触れていないから、よもや落したか、と思って家の周辺を探し回った。
軒下とか、庭の茂みとか掻き分けて探したんだけど、見つからない。里から来た道もある程度探して見たんだけど、やっぱり結果は同じだった。その内に時間は夕暮れに近付いてきてね、そこから里まで探す気にはなれなくて、取り敢えず今日は切り上げよう。そう思って足早に家に帰って、扉を開けた時だった。
『おかえりなさい』
不意に知らない声がした。まだ幼い、女の子の声。え、誰?と思うと殆ど同時に、その正体の顔が見えたの。
私が立ち入った入り口の反対側、真正面の壁にね、外開きの窓があったのよ。その開いた窓から顔だけ出すような感じで、おかっぱの女の子が笑っていた。
鍵は閉めていた筈なのに、いつの間に?と眉をしかめたけど、その子はニコニコしていただけだった。
『・・・何かご用?危ないわよ、こんな場所に一人で来ちゃ』
取り敢えずそう尋ねた。子供が一人で私の家まで来るとか、不自然に思える事はあったけど、用件を聞かなきゃ仕方ないしね。
『ふふ』
その子は含み笑いを一つして、窓の外からあるものを取り出した。金の髪が生えて洋服を着た、小さく人型の・・・そう、私が普段使っていた人形だったの。
『あら、拾ってくれたの?ありがとう』
わざわざ届けにきてくれたんだ。そう思って、その子に一歩近づいた。
でもそうしたら、何故か人形を背中に隠して、わざとらしく首を横に振った。
なんだろ、お礼に何か上げた方が良いのかな?考えながら首を傾げていたら、女の子は相変わらず微笑んだまま、人形の両手を持って私に見せてきた。
『お姉さん、これ落ちてたよ』
『・・・?ええ、探していたのよ』
『何か見覚えない?』
『は?』
女の子は笑ったままカクンと首を傾げた。見覚え・・・と言われても、私の使う人形自体がどれも同じような見た目だったし、里の子なら大体人形劇を見て、それは知っている筈なんだけれど・・・
一応目を凝らしてはみても、それは確かに足りなかった人形そのもの。言っている意味が分からずに向かい合ったまま、何分も時間が過ぎた。
流石に私も痺れを切らしてね、ひょっとしてからかっているのか、そう思ってその子に近づこうとした、 その時。
『私、アリスさんにこれを届けようと思って、里から追いかけたんだ』
さっきまでポツリポツリとしか喋らなかった女の子が、急に語りだした。つまんない事だけど、さっきまで笑顔で黙っていたからギョッとしちゃったわ。
でもそんな事はお構い無し。私がポカンとしている間に、さっきまでの雰囲気が嘘みたいにペラペラと喋る。
『里を出て森の方に行くのを頑張って追いかけた。叫んでもアリスさん、気づいてくれないんだもん』
その子はペラペラとこれまでの経緯を話し出した。私も少なくとも近くに来ていたのを気付けなかったわけで、それは謝るべきだったでしょう。今までの多少気になる挙動があったにせよ、危険を冒させてしまったから。
でも、その時はそんな空気じゃなかった。
空気って、何って?
・・・その女の子、喋るのと一緒に持っていた人形に振り付けつけだしたのよ。両手で持って、こう、楽しそうに。
何故そんな事しだしたかは分からなかったけど、女の子の唐突な語り口調と合わせて、顔だけ覗く窓の向こうで動く人形。何だか人形劇みたいに見えてきてね。私もいつしか、"なんだなんだ"ってな気分でその子を眺めていた。
『だから、後ろ姿を頼りに、魔法の森まで入って行っちゃった』
『あら、それは危ないわ』
『だって、届けることで頭がいっぱいだったんだもん』
女の子がプクッと頬を膨らませた。可愛らしい表情をみて、呑気だなあ、って思ったわ。道に迷ったり、妖怪に会ったりしたら、子供じゃどうしようもないでしょうに。でも無事なその子が目の前にいるわけで、ついこう言っちゃった。
『ま、今回はまだしも、次からそういう事しちゃ・・・』
そう言いかけた瞬間。
子供っぽくむすっとしていたその子の顔が、さぁっ、と暗くなった。
そして口を一の字に結んだ、能面のような顔で、こう言ったの。
『まだ話は終わってないよ』
不機嫌な声とはまた違う。機械みたいに冷たく、平坦な声だった。私がう、と声を洩らすのも無視して、女の子は相変わらず話を続ける。表情がないような、そんな顔のまま。
『でも、途中で見失っちゃった』
窓のさんの上に人形を置いて、キョロキョロ見回す仕草をさせる。結果的には女の子は無事に着いた筈なのに、なんだか胸騒ぎがした。
『その時ね、もう一体のお人形を見つけたの。アリスさんが使うのと同じのを』
え、とつい聞き返した。人形劇で使う人形はなるべく管理していたし、そうホイホイ落としていたつもりは無かったから。
・・・けど、ふっ、と心当たりが浮かんだ。落っことして置いていても気にしなさそうな、そんな人形を作った覚えがある。
でも、それはあり得ない・・・
私は一人で落とした人形について巡視していた。その間にも、女の子の話は続いたわ。
『森をウロウロするうちに息苦しくなってきて、私はふらついて来ちゃった。もう帰り道も分からない』
窓の外はとうに暗くなっていた。女の子の話は困り果てたような展開と口調。さっき浮かんだ想像、―嫌な想像だったんだけど・・・それがそぞろに膨らんだ。
『そんで、つい、躓いて・・・森で拾った方の人形を、ポロッ・・・と・・・落とした瞬間』
あ、と私が止めるよりも早く、女の子が芝居がかった大声を出した。
『バア~ンッ、ってものすごい音がして、目の前がオレンジ色になった。そんで、気がついたら、体が吹き飛んでた!』
『・・・・・・』
『・・・凄く痛かったよ。血が出て自分のお腹の中身が見えたの・・・声も出せない・・・』
ああ、とため息が漏れたわ。"もしも"で浮かんだ、嫌な想像の通りの話だったから。
いい加減、その想像の中身を話すとね、私は普通の人形以外に、爆弾を仕込んだりしてたのよ。それなら、武器として無造作に投げたりしたかもしれない。不発弾があっても、気づかずにいたかもしれない。それを普通の人形と間違えて、拾う奴がいたかもしれない・・・
かもしれない、の話だけど、そんな最悪の可能性を言い当てられたような気がして、一瞬、ぐらりとうなだれてしまった。
・・・いつの間にか女の子も無言になっているのに気づいて、ハッと顔を上げる。
すると、女の子はまた笑顔を浮かべていた。けど外が暗いせいか、、今度はニタニタと気持ち悪く感じたわ。
そして、人形劇の続きだと言わんばかりに人形を抱えると、無言でぎりぎりと、脚を引きちぎろうとしだした。
『ちょっと!いい加減にしなさい!』
流石に私も怒りを感じたわ。あり得るかもしれない話とはいえ、女の子がこの場にたどり着いた以上、ふざけた冗談でしかない。ましてや悪趣味な人形劇と合わせて、一体なんの真似だ。
ズカズカ歩いて、両手で窓の取っ手を掴む。
『帰りなさい、さっさと!』
女の子の頭越しに体を伸ばしたまま、怒鳴り付けた、その瞬間。
息を呑んだわ。その時初めて見た窓の向こう側・・・女の子の首から下の、体があるべき部分。
下半身が、そっくり無くなっていた。腰の辺りの断面は、上からだとちぎったように歪な形に見えた。
立っていられる訳がない。平然と話がしていられる訳がない。けど、確かにそれまで、女の子は確かに何事もないかのように顔を出していた。
私がパニックになって固まっていると、女の子が斜め上に私を見上げてきた。目と鼻の先で視線が合う。
・・・それは、生きている目じゃなかった。目は落ち窪んで光がなく、肌は青白くて、歯を見せて口の口角がグニャリと上がる。
『アシ、チョウダイ』
私が仰け反って扉を閉めるのと、顔に向けて腕が伸びて来たのは、同時だった。
音を立てて、閉めようとした窓に女の子の腕が挟まる。
『チョウダイ、アシ、チョウダイ』
『いや、かえって!』
窓の格子がガタガタ揺さぶられるのに混じって、女の子の甲高い声が聞こえてくる。私は目をつぶって、必死に窓を押さえていた。
ー
・・・どのくらい経ったでしょうね。私は床の上で目が覚めた。最初に天井が見えて、上体を起こすと開けっ放しの窓から、太陽の光が差し込んでくる。眩しさに目をしかめて、肩が嫌に重かった。
眠っていたのかな、って、ボンヤリしながら思った。あの人形も見当たらない。
そう、あんなの夢だ。
そう考えて立ち上がろうとした時。
すっ、と私のお腹の所に、人形が置かれた。持っているのは私の手じゃない。肩越しに伸びた、小さな子供の手だった。ちょうど、あの時人形を持ってきたような・・・
首筋にすう、と汗が伝った瞬間、耳元で
『・・・夢だと思った?』
・・・って。」
―
「・・・ねえ、そういえば私のスカート、いつも長いと思わない?脚が全部隠れちゃう位に。
・・・中身、見てみる?
なーんて、冗談よ。
私の話はここまで。次は誰かしら?」