幻想郷の怖い話   作:ごぼう大臣

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遅くなりました。


三周目・二話目―霍青娥

 「私が二人目ね。霍 青娥ですわ。どうぞよろしく。

 

 阿求ちゃん、私が仙術の弟子をとっているのをご存知かしら?仙術ってのは、私は基本的に自分の為に使うものだと思っているのですけど、弟子となると勝手が違うものでして、ともかく、弟子たちは仙界の道場で共同生活を送っております。大体百人程度でしょうか、男女も分けて、厳しい修行を課しております。そうして皆立派な仙人になるのですよ。

 ・・・え?自分はどうなんだ、ですって?ふふふ、まあいいじゃありませんか。

 とにかく、本題に入りますわ・・・

 

 ・・・ある男の子二人の弟子のお話です。彼らは同期では中々筋のいい方で、二人で仙術を競い合い、時にはコツを一緒に探るような、まあ良いライバル同士でした。

 その内の一人がある日、得意気にもう一人にこう言いました。

 

『聞いてよ!僕、仙界を開けるようになったんだ!』

 

『ええ?』

 

 仙界というのは、皆さん知っている方もいるでしょうか。仙術の力で、現実世界とは別のもう一つの世界が創れるんです。それは術者が、出入口や広さも実力の許す限り自由に操れるもので、物理法則も関係ない面白いものです。

 それほど難しい術ではないのですが、彼らの代の中ではそれまで出来た者は居りませんでした。つまり本当だとしたら、片方は追い抜かされた訳ですね。

 

『どんな風にやるんだよ?道具とか必要なのか?』

 

『ううん、何も。空間を手でこじ開けるみたいな感じかな。こう、こうするの』

 

 友人は奇妙なジェスチャーを交えながら教えるのですが、当然遅れをとった方は面白くないわけで、半信半疑な表情で友人を問い詰めました。

 

『なら実際に見せてみろよ。俺仙界の中がどうなってるか知らねーんだ』

 

 すると、そう言われた友人がふと弱ったように言ったんです。

 

『い、いやあ・・・流石に人を二人入れる程の広さは、まだ・・・』

 

仙界というのは、先程も言ったように術者の力次第で出来が変わります。要するに彼はまだ人一人分の広さが限界だよ、と伝えたのですが、そこは相手の上達を認めたくないライバル同士。当然素直に信じたりはしません。

 

『何だよ、嘘くせえな~』

 

『なっ、酷い!疑うの!?』

 

『青娥先生から学んだだろ。仙人の基本姿勢だぜワトソン君』

 

 まあ疑う方もからかい半分な所はあったでしょうが、片やさっきまで達成感に満たされていた少年は、なんとかこの成果を見せつけてやりたいと頭を捻りました。そしてある案が浮かんだのです。

 

『じゃあさ、ちょっと隣の部屋に行っててよ』

 

『は?』

 

『仙界を通って、扉を開けずに入って見せるからさ』

 

 仙界の出口を別の場所に繋げて、廊下を一歩も歩かず部屋を移動しようというのです。友人は有無を言わさず部屋の外に放り出され、"集中したいから、覗かないでね"と襖をピシャリと閉められました。

 こうなってしまってはどうしようもありません。閉め出された子は仕方なく隣の空き部屋に行って、畳の上で大の字になりました。 自分がからかったせいもあるとはいえ、まさかただのハッタリを突き通すつもりには見えず、何故歩いて数秒の距離を何倍も時間をかけてワープしてくる奴を歓迎しなきゃいかんのかと、その子は今さら後悔しました。

 

 そしてふて腐れること、十分程度でしょうか?ただ待つ身としてはもっと長かったでしょう。その間彼がいる部屋にはなーんにも音沙汰はありませんでした。回りは相変わらず静まり返っているし、隣からも物音一つしません。何度か壁を叩いて見ましたが、返事はありませんでした。

 

『ふあ~』

 

 耐えきれず飛び出した欠伸も、たちまち壁に吸収されます。目に写るのは天井の、代わり映え木目ばかり。もう眠気に耐えきれなくなったその子はごろりと寝返りを打ちました。

 その時、ふと。

 

『む?』

 

 少年は初めてその変異に気付きました。無音だったので分かりませんでしたが、ちょうど斜め上に手を伸ばしたくらいの場所に、小さな裂け目が見えたのです。

 明らかに違和感のある、虚空に走ったその裂け目。少年は、パッと上体を起こしてそれを凝視しました。やっときたか、そんな気持ちです。

 ぱくり、と顔くらいの大きさに広がったそれは、重油を掻き回したみたいな内面をさらけ出してきました。真っ黒で液体でもないのにドロドロと蠢き、何処が反射しているのかテラテラと目障りに光ります。こんな中を通ってくるのかと、その子は少し驚いたそうです。

 

 しかしその反面、どんな風に出てくるのかと興味が湧いて、その子はつい、と顔を近づけました。

 その時です。

 

 ばっ、と目の前を白い何かが覆ったかと思うと、だらりと太い蛇のようなものが裂け目から飛び出してきたのです。

 

『ぎゃっ!?』

 

 突然のことに少年は腰を抜かして飛び退きました。目をしばたかせ、目の前でのたうつそれを睨み付けました。

 

『・・え?』

 

 眉をしかめて声を漏らしました。裂け目から覗いたもの、それは人間の腕だったのです。それは言うなれば下から這い出てくる、と言った様子で、裂け目の下から垂れ下がった腕は肘から先がだらりと伸び、掌だけが仙界の外をぱたぱたと扇いでいます。

 

 最初こそ不気味に思っていた少年も、慣れるにつれて怖さが薄れてきました。ははぁ、開いたばかりで上手く出られないんだな、と文字通り手探りの親友を見てクスクス笑っていました。

 

 しばらく眺めて、そろそろ手伝ってやるかと彼は入り口に近づきました。もがいていた腕も今やおいでおいでをしているみたいで滑稽です。

 

『はいはい、今出してやるよ』

 

 そう言って、彼は半笑いでその手を取りました。

 その時です。

 

『あ~、やっと出られた~・・・』

 

 少年の耳に聞きなれた声がしました。目の前の穴からではありません。しかし振り向くとそこには、あの仙界の穴からにゅるりと上半身を出している、他ならぬ親友がいるではありませんか。

 

 『・・・へ?』

 

 振り向いた少年の思考が一瞬、止まりました。今やっと出てこられた親友、少し前にこじ開けられた目の前の仙界・・・

 おかしい、矛盾している。パニックになりながら親友をすがるように見ましたが・・・その子も怯えきったその目を見て、同じように眉をしかめて固まっただけでした。

 一瞬、全くの無音。二人は冷や汗を流しながら、同じ疑問を持ったに違いありません。

 

 "コイツは、誰だ?"と。

 

 手の汗のせいか、つかんだ腕がやけに生ぬるく思えました。その刹那。

 その静寂は、突然破られました。

 

『わあっ!?』

 

 突然腕に鋭い痛みを感じ、少年は"誰か"に向き直りました。見るとさっきまでユラユラ動いていただけの白い腕が、ギリギリと音がしそうな程に自分の腕を締め付けています。そしてそのまま裂け目の奥へと引っ張り込もうとするのです。

 

 『た、助けて!』

 

 慌てて親友がもう片方の腕を掴みました。顔も見えない誰かはその不気味な腕からは想像も出来ないほどの物凄い力で、引っ張られながら少年は泣き出したそうです。

 長い長い綱引きの末、ずるりと誰かの手から少年は解放されました。振りほどかれた腕は暫くわなわなと震えていましたが、やがてズルズルと穴の中に引っ込むと、跡形もなく消えてしまいました。

 

 二人は顔を見合わせ、夢でも見たんじゃないかと疑いましたが、引っ張られた方の少年の手首には、確かに誰かが掴んだ手の痕が、血が滲みそうな程痛々しく残っていました。

 

 ―・・・その後で、私は二人から質問攻めに遭いましたわ。イタズラでもしたんじゃないかって・・・勿論謂れのない誤解だったのですが、その時、思い出したことが一つだけ・・・

 

 昔、私のような仙人が国中にゴロゴロいた時代、仙界に入ったきり戻らなかったと噂された人が、何人もいたんです。死神も立ち入れない自分だけの空間で、一人・・・。もしかしたら違うのかも知れませんが、おかしくなっていても不思議じゃありませんわね」

 

 

 

 

 「・・その弟子は結局、仙人の道を諦めてしまいました才能はあったのですけれど、まあ"便利なだけのものはない"ということでしょう。

 

 阿求ちゃん、ついでに、仙人に興味があったり・・・しない?ふふ、残念。

 

 私の話はお仕舞いです。面白かったかしら?」


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