「・・・うーん、来ないな、七人目・・・。
アンタちゃんと人数分呼んだんだろうね」
今さっき話し終えた正邪さんがぼやき出した。しかし私は弱った事にメンバー集めには全く参加していない。
「すみません、あいにく私は何も聞かされていないんです」
「なんだってぇ?」
正邪さんの眉が互い違いになる。そしてウンザリしたようにまくし立てた。
「ここまでやっておいて、来るかどうかも分かりませんなんて言うんじゃ無いだろうな!?」
そんな事を言われても、私には答えようがない。何せ七人目は連絡がないどころか誰なのかも分からないのだ。それを知ってか知らずか、彼女は更に続ける。
「もうただでさえ夜遅いってぇーのにさあ、このむさ苦しい神社に待ちぼうけなんて、冗談きついよ」
正邪さんは性分もあってかため息まじりにグチグチと文句をいう。とはいえ他の人達も、口にこそ出さないが同じ気持ちらしい。先程からしきりに身動ぎしたり、畳の表面をいじくったりと兎に角落ち着かない。
かくいう私も足が痺れてきた。ええい、人前で胡座とかかけないじゃないか。
とうとう私も痺れを切らした。七人目には悪いが切り上げる事にしよう。
「えー、では皆さん、仕方ないので、お開きとしましょうか」
「あ、いいの?帰って」
「まあ暇潰しにはなったかな」
「・・・お疲れ様」
かろうじて一人だけ労いの言葉をかけてくれた他は、一つ二つ呟くか無言でいそいそと帰り支度を始めた。何とも後味の悪い幕切れとなってしまったが、私も巻き込んだ側の人間、文句はいうまい。
「お邪魔しましたー」
「あ、はーい。・・・行灯の火は、けしといて、と」
私が思い直して腰を上げた頃には、皆は既に玄関先まで揃って行ってしまっていた。アッサリしたものだ。
一人きりになった大部屋で灯りを吹き消すと、これまた暗闇に取り残されたような寂しさが残る。
壁に手をつき、慎重に廊下まで踏み出す。その時。
「あああ待って待って!!」
「わ、わあっ?!」
悲痛な叫び声を上げながら、私を押し倒さんばかりの勢いで誰かがしがみついてきた。踏ん張りながら目を凝らすと、私の胸に顔を埋める、その頭のてっぺんに角がみえる。
「正邪・・・さん?」
恐る恐る呼び掛けると、彼女は顔を上げて上目遣いに私を見る。泣いているのだろうか。暗がりの中で目がキラキラと光っている。
「どうしたんですかいきなり」
「ちょ、ちょいとだけ残る気はないかい?ねえ!」
「は?」
いきなり何を言い出すんだろう。それほど仲良くもあるまいに、なぜ夜中に二人きりで、他人の家にいなきゃいけないのだろう。
真意を掴みかねていると、彼女は何やらプルプル震えながら後ずさり、急に前屈みに股の辺りを押さえて押し黙ってしまった。
・・・あ~、そういう・・・
「分かりましたよ。待っていますから」
私がそう言った途端、正邪さんは回れ右して全力で駆け出し、突き当たりの扉の中へと飛び込んだ。
予想通り、厠だ。大方外に出る直前にとうとう我慢出来なくなったんだろう。
さて、今のうちに帰ってしまう事も出来るが、待つと言った手前仕方がない。戸口で待っていてあげるとしよう。
「まったく、したいなら早めに行けばいいじゃないですか」
扉越しに声をかけると、ふて腐れたような返事が返ってきた
「だって、もう怖い話の途中だったんだよぉ・・・」
思わず吹き出しそうになった。さっきまでの柄の悪さからは想像出来ない台詞だ。薄い戸を隔てて響いてくる音がまた情けなさを際立たせる。
「せめてアンタがあの時『待っていましょう』って言ってくれたら、アンタを引き止めやしなかったのに・・・」
人のせいにしないで欲しい。他人がオシッコしたいかどうかなんて私が知るわけないじゃないか。 気を紛らわしたくてペラペラ喋るまではまだ良い。私に八つ当たりするのは筋が通らない。
「・・・・・・」
「私、最近ね。考えている事があるんだ」
少しムッとして黙っていると、唐突に別の話をしだした。返事をして欲しかったんだろうか。
「私の"ひっくり返す程度の能力"ね。あれをもっと抽象的なモノに応用できないか、って」
「・・・? 例えば?」
「・・・"内と外"とか、"善"と"悪"、あとは・・・
"始まりと終わり"とか」
「・・・はあ」
正直どうでもいい。私は哲学者では無いのだ。そんなトイレットペーパーに書いてたら止まらなくなりそうな疑問に足を突っ込む気はない。
「はぁ・・・帰りたくねえなあ・・・」
正邪さんからため息、もとい本音が漏れる。もはや厠からも出たくないんじゃないだろうか。もう随分と長い。
「・・・馬鹿な事言ってないで、早く出たらどうです?」
少しばかり語気を強めた瞬間、ふと不思議な感覚がした。
・・・あれ?
こんな事、前も一度・・・
思い出そうとする前に、ガクリと視界が暗転した。
ー・・・あれ?ここは・・・愽麗神社?廊下に一人で何してたんだろ?
厠に、何か用があった気がするんだけど・・・
一歩一歩歩く毎に、床が冷たい。用があるとしたら、何でこんな離れていたんだろう。
扉を開けてみる。鍵はかかっておらず、簡単に開いた。中には誰もいない。
はて、私は何故こんな場所を開けたのだろう。扉を閉めて振り返ると、さっきまでいた場所の右手の大部屋から、明かりが漏れている。
ああ、こんな事している場合じゃない。早く行かなければ。
小走りに近づいて襖を開ける。やっぱりいた。中にいる全員が私を見る。
・・・あれ?よく見ると六人しかいない。予定では七人だった筈だが・・・
まあいいや。七人目は多分来ない。そんな気がする。中に入って襖をしめ、正座して全員に聞こえるように言う。
「お集まりいただきありがとうございます。それでは、始めましょうか」