「私が五話目・・・ですか。東風谷 早苗です。上手く話せるか分かりませんが、よろしくお願いします。
・・・阿求さん、ゲームはお好きですか?いえ、双六や将棋の類いではなく、機械のゲームなんですけど・・・。
うーん、やっぱり幻想郷じゃあまり馴染みがないですよね。私は少し前まで現代にいたんですが、私が子供の時にはもう持ち運びが出来て十分に遊べる位技術が進歩していました。
普通の同世代ならレトロゲーの思いで、とかいって大抵楽しい語り草になるんですが・・・
私の場合、そうはいかないんです。知っている人がいないのもありますが、理由はもう一つ・・・。
これからそれをお話いたします」
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「・・・私が小学生の頃、まだ神奈子様や諏訪子様と現代にいた時です。当時は携帯ゲームのあるソフトが大人気でした。実は今でも続いていて、楽しい思い出どころか現在進行形で熱中する人もいる程のソフトなんですよ。
名前は言いませんが・・・簡単にいえばモンスターを捕まえてパーティーをつくって勝ち進むゲームです。
とにかく、私のいた学校も例外ではなく、その人気のさなかにあってゲームの話で持ちきりでした。攻略法や裏技、当時は簡単には正解が分からないで試行錯誤するのが常でしたから、格好の話題だったんでしょう。
で、私はというと、あまり裕福ではなかったもので、そんなものを買ってくれるとは正直期待できない家庭でした。私もワガママは言えずに"男の子のやるものだから"といってわざと欲しがらないフリをしていました。
・・・でもある日、その様子がバレたのかは分かりませんが、諏訪子様が藪からぼうに本体とソフトを"プレゼントだ"といってくれたんです。
それはシリーズの一作目で白黒画面の古めかしい代物でしたが、私はそんなこと全く気にせず大喜びしました。やっと皆とゲームのお話が出来る、明日皆に見せてやろう、そんな風に浮かれた私は例のソフトと本体をこっそり鞄に忍ばせたんです。
・・・でも次の日、楽しい話は出来ませんでした。
その時の私のクラスには意地悪な男の子が三人いて、その子達が私のゲームを見つけるやいなや取り上げてしまったんです。
『早苗ー、なに学校にゲーム持ってきてんだよ?』
『先生にいうぞー』
私は必死に抵抗しました。お二人がやっと買ってくれたのに、やりもしないうちから取られるなんて。
・・・でも、そもそも不要なものを持ってきているのは私の方。最後にはあっさりとソフトを渡すハメになりました。残ったのはやるソフトのあてがない、本体だけ。
その日の家路は暗いものになりました。意地悪がなければ今頃家でプレイするのを楽しみに大急ぎで帰っていたはずなのに。
玄関を開けてただいま、という声は目に見えてしょげていました。宿題もやる気が湧かずオヤツも食べずに部屋にいると、心配した諏訪子様が様子を見に来てくれました。
『どうしたんだい?』
優しい口調で尋ねられて、今まで堪えていた涙腺が一気に崩壊しました。我慢できずに胸にすがり付いて、泣きながら学校であった事を話しました。たかがゲームごとき、と思うかもしれませんが、まだ年齢が二桁から間もない頃、やっとできると思った楽しみが呆気なく取り上げられたんです。私は学校に持ち込んだ非も棚にあげ、しまいには例の男の子達の名前を連呼しては子供じみた悪口をくっつけてしゃくりあげていました。
・・・何十分か経ったでしょうか、黙って聞いていた諏訪子様が私の頭を一つ撫でて、笑って言いました。
『分かった、分かったよ』
当時は、その"分かった"には特に意味はなく、ただ単に慰めてくれたのだと思っていました。
結局私も私で泣き疲れ、その日は何もなく過ごしました。
それから数日、返してと言える訳もなく私はまた元通りの日々を過ごしていました。正直未練はありましたが、これ以上ワガママは言えないので我慢していたんです。
けどそんな矢先、急に諏訪子様がまたソフトを手渡してきました。
『早苗、これやるよ』
それはジャンク屋ででも買ったのかタイトルのシールは剥がしてあり、裸のカセットの表面に"1"、"2"とマジックで書いてある、怪しい二枚組でした。
流石に何ですかコレ、と尋ねようとしたら、既に諏訪子様は立ち去った後でした。
『・・・・・・』
念のためカセットをフーフーして、まず"1"を起動して見ました。最初の場面は噂で聞いていた、私がやりたがっていたゲームの流れとほぼ同じように見えました。
なんだ、変な見た目だけどまたアレを買って来てくれたんだ、私はそう思って、初めて自分でプレイする画面に目を輝かせました。
しかし、主人公の名前を決める段階まできた時。ふと、ボタンを押す手が止まりました。
『・・・女の子?』
当時は少なくとも、主人公の性別は男の子以外に選択出来ない仕様だったはずです。にも関わらず、主人公のグラフィックは明らかに髪の長い女の子でした。
知らないうちに新シリーズが出ていたか、と疑いましたが、それだけでは済まない疑問がもう一つあったんです。画面のメッセージを見ると・・・
[・・・きみの なまえは なんと いうのかね? ▼
さなえ
サナエ
(*`・∀・´*) ]
・・・なんじゃ、これは。
思わず声に出てしまいました。三つとも・・・では、ないですけど、私の名前と同じで。しかも一見分かりにくいですが、自分で決める事が出来ないではないですか。
さては諏訪子様、普通のゲームに見せかけておかしなもの渡してきたのか、といぶかしみながら取りあえず"さなえ"で次に進めました。
すると今度はライバルの名前を決める段階です。今度は男の子だったのですが・・・
[えーと、 なまえは なんだっけ? ▼
カズキ
ユウタ
なおき]
選択肢に思わず笑ってしまいました。何故かって、三つとも私に意地悪してきた男の子達の名前と、そっくり同じだったんです。
ここまでくると諏訪子様が手を加えたのは間違いないと確信しました。さては私が名前を悪口と一緒に叫んだものだから、神の力で憂さ晴らし仕様にでも代えてくれたのか、そんな風に感謝と呆れが入り交じった気持ちで納得したんです。
まあそこからの流れは特におかしに思う部分もなく、次の町まで進める頃にはすっかり夢中になっていました。
・・・そして、次の日。
私は打って変わってウキウキした気分で登校しました。取りあげられた悲しみは既に代わりが見つかって吹っ飛んでいましたから。
ただ、そんな風に浮かれていると決まってあの男の子達が嫌がらせをしてくる・・・
筈なのですが、その日は違いました。
『俺昨日、変な夢見ちゃってさあ・・・』
大きな話し声が聞こえて来ました。男の子のようです。
『なんか、変なジイサンの家にいって、女の子とバトルするんだよ。』
『バトルって何?』
『内容はよく覚えてないけど・・・緑の髪の女の子が相手だった。んで、金とられたんだよ』
ふと声の方向に目を移すと、話の主はカズキ君、周りにいたのはユウタ君になおき君でした。
・・・妙な気がしました。というのも、カズキ君の話す夢の内容が、私の昨日やったゲームと少し似ているように感じたんです。
ライバルのお爺さんの家に行き、最初のモンスターを選択して、ライバルと勝負するんです。そして勝てば、お金が手に入る・・・。
『緑の髪の・・・って』
『何?早苗の事好きなの?』
『バカ、ちげーよ』
三人が私を見るのに気づいて慌てて目を伏せました。しかしカズキ君達は冗談で笑っていても、私は違和感を感じたままでした。
白黒画面で色は分からなかったけど・・・
カズキ君の夢とそっくりなゲームをしたのは、夢の中に出てきた女の子とそっくりな髪の色の・・・私。
ただの偶然とは思えませんでしたが、いよいよその疑念が膨らんだのは、その日の放課後でした。
『なあ、ちょっといいか?』
『へ?』
帰りの支度をしていると、急にカズキ君が話しかけてきました。その日は珍しく何もされなかったので、もしかしてこれから絡んでくるのか、とつい身構えてしまいました。
しかし・・・
カズキ君の行動は私の緊張とは裏腹に素っ気ないものでした。
『これ』
一言そう言って、机にカランと投げ出されたもの、それは一本のシャープペンシル、そして消しゴムでした。
『・・・?』
微かに見覚えがあるのですが、思い出せずにいると、カズキ君がぶっきらぼうに説明してくれます。
『この前借りたやつ、返す』
そう言われて、やっと思い出せました。その二つはずっと前にカズキ君達に取りあげられたものだったのです。
しかし、何故今になって?
気紛れ、かもしれません。しかし、私は思い当たる節がありました。今朝話していた夢の話・・・
それが頭に浮かんだ瞬間、つい尋ねていました。
『もしかして、夢の中に見張りみたいなおじさんが出てきませんでした?』
『は?』
その瞬間、彼は明らかに驚いた表情で私を睨みました。
実は例のゲームの中に、私が昨日やった部分、次の町へ行くまでにライバルがもう一度勝負を仕掛けてくるんです。それも、まだ大きなバトルに参加する資格を持っていない為に
"みはりの おっさんが とおして くれねーよ!"
と言いながら。
少ししてカズキ君はハッと我に返ると、『知るか』と言ってさっさと帰ってしまいました。
口ではああ行ったものの、あれは明らかに言い当てられた顔です。そして、返してきたモノは二つ、ゲーム中で倒した回数は今の所二回・・・
もしかしたら、私がやったゲームはカズキ君の夢の中だけではなく現実ともリンクしているのでは・・・?
そんな疑いが頭を掠めました。そしてその疑念は次第に立証されてゆきました。
ゲームで変なおじさんに金色の玉をもらえば、現実ではカズキ君が親戚が変な土産をくれたとボヤきました。
豪華客船やお墓でのイベントが続くと、夏休みにお墓参りで会って、ディズ○ーシーでの思い出を自慢されました。大企業が舞台のイベントの後は学校での社会見学で地元の会社に行き、モンスター園のある街に着けば学校でカズキ君が動物園の自慢話をするのです。
そして、ライバルを倒す度、例によってカズキ君は取りあげたモノを返し、あるいはお土産をくれました。
そして、ゲーム中で一番のバトルを制覇すると・・・
秋の運動会で、私達が勝利を納めました。その次の日、最大のバトルを終えたライバル・・・いえ、カズキ君が、照れた様子で何かを差し出してきました。
『早苗、これ・・・』
それは、あの取りあげられたゲームソフトでした。カズキ君はソフトを私に押し付けると『今までごめん』といって走り去っていきました。
・・・いつの間にか、私への嫌がらせは止んでいました。今までとられていたモノも返ってきて、これも諏訪子様のお陰だと感謝したものです。
それからは本家のソフトの方に夢中になり、周りの子と同じようにシリーズを追いかけていきました。カズキ君との関わりも嫌がらせが無くなる代わりに段々と途絶え、中学で別になったのを最後に会うことはなくなりました。
・・・そして数年後、私は幻想郷に引っ越して来たのです。
・・・しかし、そこでふとあのソフトを思い出しました。特に"2"と書かれた方をプレイしていないことに気づいたのです。
本体もソフトも探してみると残っています。せっかくだからと"2"をやってみました。
・・・始まりは、何も妙な所はありませんでした。主人公は男の子だけで、自分もライバルも自由に名前が決められます。
前置きが終わり、とうとう家を出て旅立つ所まできました。しかし、そこで家のお母さんに話しかけた時、ふと違和感を感じました。
[・・・そうね。 おとこのこは いつか たびに でる ものね。
がんばって おかあさんの ように りっぱに なってね!]
・・・"お母さんのように立派に"?
今までのシリーズとは大きく違う台詞でした。今までは決まって"気を付けてね"ぐらいの見送りで、しかも主人公の家族では大抵お父さんが主人公の先輩でした。
それなのに、お母さんが栄光を掴んだとでも言わんばかり・・・
ここであのソフトが思い浮かびました。そう、二枚組のもう片方、"1"のソフトです。
あれは主人公が必ず女の子、そして今話しているのはお母さん・・・
もしかしたら、"2"は"1"のクリア後、息子が主人公という設定なのでは?しかし、お母さんの名前は表示されていません。私は疑問を確かめるべく、家を出て町を歩き回ってみました。同じです。お店も家も、場所も形も変わらない。
私はライバルの家に飛び込みました。以前はライバルのお母さんがいた場所です。私の予想が正しければここに"2"のライバルの親、つまり"1"のライバルがいてもおかしくない筈・・・!
『・・・あれ?』
勇んで入った直後、部屋の風景に私はキョトンとなりました。
部屋の空気はいかにも寂れており、中央に質素なテーブル、傍らには白い頭、白髪でしょうか。それが目立つ誰かがポツンと座っていました。どうにも父親で前ライバルといった雰囲気ではありません。
怪訝に思いましたが、何も話さないというのは詰まりません。私は話しかけようと近寄って行きました。
・・・今思うと、やめておくべきだったかもしれません。
Aボタンを押した瞬間、テキストが流れます。
[・・・カズキったら、 もう じゅうねんも かえらないで・・・ なにが あったって いうの・・・?]
その瞬間、私はスイッチを切っていました。一瞬で真っ白になった画面を見ながら、頭の中はぐるぐると回転しています。
十年も帰っていない?
今のはお母さん?
カズキ君、どうなったの?
現実にリンクしていたとしたら、一体・・・
―それから、私はあのゲームに触れていません。進めたら進めるほど、彼が見知らぬどこかでどうなるか、不安なんです。知る術も今は無いですから・・・
・・・諏訪子様は、私以上に彼らが許せなかったのでしょう。元々そういう神様だということを、軽く考えすぎていたのかもしれません。
・・・ああそれと、いい忘れたんですけど・・・
プレイ中、パーティーの中に一匹、いつの間にか紛れている子がいたんです。蛇のモンスターで、よく見ないと分かりづらいですけど、真っ白の・・・
メチャクチャ強いんです・・・って、関係ないですよね。私の話は終わりです。怖かったですか?
そして、 かずきの たましいは ぶじ てんに のぼって・・・
きえて ゆきました・・・・・・