「・・・アリス・マーガトロイドよ。よろしく。もう三話目ね。
ねえ、阿求は電池って知ってる?そう、電気ってエネルギーの燃料よ。幻想郷ではあんまり普及してないのかな。
・・・え?私?使った事ならあるわ。一度だけ・・・
ただ、その一度が少しトラウマでね。その話をしていいかしら」
―
「知っての通り、私は人形作りが得意でね。武器とか人形劇とか、色んなのを作っているわ。
それで、この前ちょっと思い付いたことがあって、スイッチを押したら勝手に動くような、眺めて楽しめるタイプを作りたいと思って。置いて眺めたり、自分で動かすのも悪くないけど、外の世界では勝手に踊り出したりするようなのもあるって聞いて、愉快そうだなあ、って感じたのがきっかけだった。
ところが。アイディアは良いにしても、そればっかりは一人じゃ出来なかった。とりあえず素体は作ったんだけどね、さっき言ったような動力は私には専門外だったのよ。
それで、妖怪の山を訪ねたの。正確にはそこに住む河童の集落ね。正直あいつらの発明は怪しさ満点なんだけど、一番詳しそうだから結局頼ったわ。
最初に頼ったのはにとり。地底での異変の縁もあったし、頼みやすかったのよ。でも、断られた。何故かって聞くと、アイツは笑いながらこう言ったわ。
『今、ネズミ一匹逃さない"地球破壊爆弾"を作成中なんだ。悪いけど他をあたっておくれ』
『・・・・・・』
正直なんじゃそりゃ、って気分だったけど、まあ要するににとりはお断りらしかった。それで他に知り合いもいないし、帰ろうとしたのよ。でもその時。
『あの・・・』
別の河童に呼び止められた。見ると初めて会う顔の子が、おずおずとこちらを見上げてくる。黙って首を傾げていたら、一分後くらいにその子はこう言った。
『その件、私にやらせてくれませんか?』
聞けばその子は、今まで発明は好きでも、他の皆と比べて遅れをとっていたんだって。それでにとりが取り掛かれないなら挑戦させてくれ、って訳。
私は別に引き受けてくれるなら誰でも良かったら了承したわ。ただ・・・
『わっ、こら!地球破壊爆弾にぶつかる!』
『きゃっ!?』
にとりの発明品にうっかりぶつかりそうになったり、なんだか少し間の抜けた子のように感じたわ。まあその時はそんなに気にせず、この素体に合わせて作ってほしいって頼んで試作品を渡して、はしゃぐその子を宥めて帰ったわ。
―んで、約束の期日にもう一回妖怪の山、今度はその子の家を訪ねた。
でも、戸をノックしても返事がない。何回か繰り返したけど、やっぱり出ない。作るのに夢中で出て来ないのかな、って思って、悪いけど勝手に入る事にした。
部屋に入ると、中央の机には素体と箱に入った工具が散らばって、例の子はベッドで布団にくるまっていた。いかにも作業途中で眠っちゃった、ってな様子で、悪いとは思ったけど何もせずに帰るわけにいかないじゃない。だからその子を突っついて起こしたのよ。
『ん・・ありすしゃん・・・』
私を見るとにへーっと笑って目を擦ってたわ。呆れて布団を剥ごうとしたけど、そうする前に、
『・・・たのまれたの、できてますよ〜』
・・・と言ったきり、寝返りうってそのまま寝息をたてちゃった。若干頼んだの失敗だったかなぁ、と後悔したんだけど、今さら言っても仕方がないし、机の人形を取って、お礼のキュウリ置いて、さっさと帰ったわ。
・・・家について、早速人形のスイッチを入れてみた。しばらくジィーっと中で機械の音がして、ゆっくりと踊り出した。
それは・・・なんていうか、太極拳みたいなゆったりした動きだったけど、確かに愉快なステップを踏むピエロがそこにはいた。今まで私が操った動きとは違う。電気の力、あの河童の助けを借りて一体の人形が息を吹き込まれたのよ。
あの時は感動したわ。外の世界では玩具屋なんかでありふれているかもしれないけど、幻想郷で、今までに無かったものが自分達の力で完成した。あれは実際に手を加えないとわからないでしょうね。
ああ、脱線しちゃった。とにかくそんな風に喜んで眺めていたのよ。
でも突然。
ゴトン、と派手な音をたてて、ピエロ人形が頭から突っ伏した。あら、と我に返ると、人形はまだ倒れたまま動いていて、踊るというよりもがいているみたいだった。機械が動く音が突っ伏した机に反響して、ヴぃ〜ヴぃ〜と不気味な音をたてている。
『もうっ』
仕方ないから立たせてやるんだけど、その人形、すぐまた倒れるのよ。私はまだまだ飽きてなんかいなかったから、その都度直すんだけど、結局前のめりに倒れる。四、五回でとうとう根負けしてね。動きのバランスが悪かったのかな、なんて考えて、スイッチ切って置いといたのよ。
・・・それで済めば良かったんだけど。
夜に、私がベッドで寝ていた時。
部屋の中で、急に変な音が聞こえてきた。最初は虫かな、と思ったけどどうも違う。
"ヴぃ〜・・・ヴぃ〜・・・"
・・・そう、あの音よ。人形が踊る音。
でも何故?確かにスイッチは切っていた筈。私以外に部屋には誰もいなかった筈。
恐る恐る、寝返りをうって視線だけを動かした。あの人形を置いた棚へ。
『・・っ!』
あの人形、確かに踊っていたわ。歯車の軋む音と共に闇の中、独りでに。
しばらく呆然として動けなかったわ。見間違いか、夢かと疑ったけど、それはハッキリと見えていた。
その時、ふと。
また、人形が前のめりにドタリと倒れた。
へ、と緊張から変な声が漏れたわ。人形は倒れた後、あの時よりは短くひとしきり動くと、同じような格好で止まった。
『何よ、全く・・・』
布団から出て、そっと人形を起こしてやると、さっきのが嘘みたいに座り込んでくれたわ。スイッチを見ると、やっぱり切れている。
何かの拍子で切り替わったか、そんな可能性もない訳じゃない。その時はとりあえず、というか強引にそう思う事にした。
―それから、私は例の人形を不気味に思うようになったわ。触らないのはもちろん、夜は決して見ないように、昼間も用も無いのに出かけるようにして、とにかく目にする時間を削った。
・・・でも、何回か不意に目にした時。
やっぱり倒れているのよ。家について、部屋を開けて、チラッと見た視界の隅で、決まって頭から地面に倒れ伏している。
出かける時はちゃんと錠をかけておくし、いざとなれば留守番用に仕掛けた人形だってあった。
それでも結果は同じ。倒れるのよ。・・・独りでに。
とうとう我慢出来なくなって、その人形は忘れてしまおうと戸棚の中に放り込んだ。どこかにぶつかったような音がしたけど、無視したわ。
それから数日後、私がやっと例の人形を忘れかけていた時、いきなりドアをうるさく叩く音がした。開けるとそこには、参った顔をしたにとりが立っていたの。
どうも面倒事みたい、って内心嫌な予感がした。何?って聞く前に、にとりがこう切り出してきた。
『なあ、例の子を知らないかい?』
『・・・へ?』
『あの時の、電池を頼んでいた子だよ』
詳しく聞くと、私が電池を持って帰った辺りから姿が見えなくなったらしいわ。最初は身内で山中を探していたらしいけど、ちっとも見つからないから心当たりのある者に聞いて回っている。にとりは弱りきった口調で、でも早口にそう言った。
私はあれ以来会っていなかったんだけど、にとりが"最後に見た様子を詳しく聞きたい"っていうから、仕方なくついていったわ。
頭の中であの人形が浮かんだけど、黙っておいたわ。関係ないことだから・・・いえ、そう思っておきたかったから。
件の子の家の前まで来て、ベッドで寝ていた事、私は人形を取ってすぐ帰った事を伝えた。でもにとりが言うには家の中にも、周辺にもやっぱりいなかったって言うのよ。
『じゃ、念のため探し直すかなあ』とかいってそのままうろつき出したものだから、私も一なし崩しに手伝った。でも、一度探しただけあって変わったものは中々ない。
そんな風に進展のない時間をダラダラ過ごしていたら、ふと目に留まったものがあった。
一見草に覆われているけど、よく見たら地面に割れ目が走ってる。知らずに駆けていたら滑り落ちるかも、そんな感じだったわ。
これまた若干嫌な予感がしたけど、腹を括ってにとりに懐中電灯を借りて、その割れ目の中を、照らしてみた。
次の瞬間。
『うっ・・・!』
二人で言葉を失った。そこには河童の女の子が、うつ伏せの状態で倒れていたの。顔は見えないけど、すぐに探していた子だと分かった。
穴は下に行くにつれて膨らみがあってね、多分足が滑り落ちてから嵌まりこんで、動けなかったんでしょう。
しばらく二人で呆然としてた。するとにとりが、懐中電灯を動かして言ったの。
『あれ、何か落ちてる?』
言われてから、ハッと我に返って明かりに目を凝らすと、小さな筒状の、金属みたいな何かが2本組で転がっていた。
何なのか分からないでにとりを見ると、彼女はふんふん頷いて呟いた。
『・・・乾電池か。アイツも完成させてたんだ・・・』
乾電池、それを横で聞いて、不謹慎だけどなるほどと思ったわ。多分電池を入れ忘れて、私を追いかけて電池を落とし、慌てて拾おうとして、穴に・・・
間の抜けた第一印象から綺麗に予想がたって、虚しい笑いが漏れた。こんな結果にならなければ愛らしい一面だったのに・・・
そう思ってため息をついた、でもその次の瞬間。
『・・・ん?』
その予想の矛盾に気づいた。だって電池を入れ忘れて、そもそも動くわけない。それに、あの子が倒れていた、あの格好・・・!
『あっ、おい!?』
にとりが呼ぶ声も聞かずに、私は一目散に飛び立った。家まで数分とかけずに、靴も並べず飛び込んで、例の人形を放り込んだ、あの戸棚を・・・
『きゃっ!』
そこには、あの死体と同じ格好で人形が倒れていた。どこかにぶつけたのか、背中の電池を入れる場所のフタが取れて、その中は・・・
"空"だった。
そのまま目を離せずに、どの位経ったかしら、ゴキッ、て音がして首が折れた。
その拍子に私と目が合った横向きの顔は、無機質な笑顔を、ずっと向けたままだった。
・・・そういえば、死体で一番最初にもげるのって、首なんですってね。」
―
「・・・あの子は、今まで人形を通して私に助けを求めていたのかもしれない。動きたくても動けない、あの場所でずっと・・・
え?あの人形なら持ったままよ。あれ以来動かしてはいないけど、処分するのも忍びないし。
・・・ただ、また電池無しで動き出したら・・・その時はその時ね。もう遅いかもしれないけど。
・・・私の話は以上よ。
次は誰?」
チャイルドプレイ無印の電池がないのに気づくシーンは本当に秀逸だと思います