艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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第八話 フロイライン・ユウバリ、卿の技量が必要なのだ。

ラバウル鎮守府を初夏の夜が包んでいる。ねっとりした南国の夜は、太陽が沈んでも、まだ熱気をはらんだ大気をそこかしこに残していた。だが、鎮守府内部は冷房が効いており、艦娘たちは平素は快適な設備の中で過ごすことができるのである。それは艦娘たちの楽しみである食事をとる食堂でも同じことだった。

 

 

ラバウル鎮守府に飛び込んできた夕張、文月、皐月の3人は、何度もラインハルトと艦娘たちにお礼を述べた後、食堂で赤城の作った料理をほおばっていた。天龍、曙、夕立、金剛は総菜の入った皿を三人の周りに置き、空になった皿を厨房に下げるので忙しい。

「う~~!!おいしい!!今日だけは体重の事を忘れちゃいそう!!」

「美味しいね~~!!」

「うん!おいしい!!」

一人、ラインハルトは憮然とした様子でそれを見守っている。

「卿ら。ラバウル鎮守府の食料を平らげにやってきたのか?」

「ひょんなわけないでひょ!?」

流石に失礼すぎると思ったのか、夕張が口にほおばった物を飲み込んで、言葉をつづけた。

「私たち、この近くにあるポートモレスビー根拠地からやってきたのよ。ラバウル鎮守府の通信を傍受してね。」

「ポートモレスビー根拠地にはあなたたち3人しかいなかったのデスカ?」

金剛が質問する。その途端に夕張たち3人の顔がビデオテープを早回ししたようにみるみる暗くなっていく。

「・・・・ポートモレズビーはつい先日、敵の襲来で壊滅状態になったの。根拠地司令部は全滅したわ。」

とたんに赤城たちの顔色が変わった。

「私たちも頑張って応戦したんだけれど、味方はいないし、制空権は敵にとられるし、基地航空隊は壊滅するしで・・・・。」

誰もが暗い顔をしていた。ポートモレズビーはラバウルよりもさらに南方にある前線基地である。そこが壊滅したという事は、敵が徐々にその制海権を北方に伸ばしてきたという事だ。

「ともかくよく来てくれた。そのポートモレズビーとやらを失ったのは、そして、その司令部要員を失ったのは、卿等にとってはさぞかし痛手だったろうな。」

「痛手!?」

ダン!!と夕張が机をたたいて立ち上がった。

「痛手・・・!!そんな言葉じゃ表せないわよ!!私たち・・・何もできなくて・・・ただ逃げてきただけ・・・!!皆を見捨てて・・・見殺しにして・・・!!」

そこで言葉は途切れ、あとはこらえきれない嗚咽だけが食堂に満ちた。夕張が口に手を当てて泣いている。天龍が、そして金剛が彼女の肩を抱いて慰め始めた。赤城は厨房で手をとめて痛ましそうな顔をし、文月、皐月は今にも泣きだしそうな顔をしている。潮、夕立、そして曙はどうしていいかわからない様子でただじっと視線を足元に落としていた。

「フロイライン・テンリュウ、フロイライン・コンゴウ、フロイライン・ユウバリたちを客室に案内してあげてくれ。風呂に入らせてゆっくりさせることだ。今は・・・休息が何より必要だろう。」

ラインハルトの言葉に、天龍と金剛は無言であったが、目には万感の感謝の思いを込めて、ラインハルトを見やった後、3人を連れ出していった。艦娘たちは彼女たちが出ていった後も、じっと食堂の入り口を見ていたが、一人ラインハルトだけは顎に手を当てて思案をしている。

「フロイライン・アカギ。」

「はい。」

赤城が料理の手をとめて手を拭いた後、厨房から出てきた。

「情勢は思った以上に緊迫しているようだ。このラバウル鎮守府近海の根拠地に所属するフロイラインたちをもう一度整理検討したい。やはり近海前線基地の戦力をラバウル鎮守府に集中させることが必要だろう。このままでは各個撃破の対象になる。」

「ちょっと!そんなことをすれば、他の根拠地にいる海軍さんたちはどうなるの!?」

曙が叫んだ。

「彼らにもここに来てもらう。が、足手まといになるというのであれば、おいていくほかはあるまい。」

「見殺しにするの!?何を言っているのよ!!このクソ提督!!!信じらんない!!!」

曙にラインハルトが凄まじい目つきでにらんだが、彼女は今回は屈しなかった。

「夕張先輩の顔を見なかったの!?あんな悲しそうな顔をしている先輩のような顔を、また見ることになるかもしれないのよ!!そんなのは耐えられない!!あんたそんな平気な顔をしてよくそんなひどいことを言えるわね――。」

「うろたえるな!!!」

ラインハルトの声に、曙は「ひっ!」と怯えた様に後ずさりした。

「私が好んでこのようなことを言うとでも卿は思ったか!?長年ここにいると卿は言ったが、それでいてまだこの状況を理解できないのか?!各所の根拠地や基地は深海棲艦共に寸断され、孤立状態にある!今は戦力集中による拠点防御に頼るしかないのだ。各個撃破をされ、要らぬ犠牲を出したいのか!!」

「・・・・・・・。」

秋霜烈日な彼の口ぶりに艦娘たちは気圧されていたが、かといって納得した顔とは程遠い顔をしていた。無理もない事だとラインハルトは思った。彼自身兵士たちを捨てゴマにするような策は門閥貴族共が行う卑劣な手段であると思っていたし、そうすることを最も嫌っていた。

「卿らは一つ重要なことを忘れているようだな。」

ラインハルトが今度は元の平静な声に戻って言った。

「深海棲艦とやらは陸上侵攻することはないというではないか。つまりは根拠地司令部を内地に退避されれば、被害が及ぶことはないのではないか?」

あっ!と皆が声を上げた。確かにその通りだ。根拠地が港湾にあることを規定事実として考えていたので、ラインハルトの言葉に一同目が覚めた思いをしていた。なるほど、根拠地を内陸部に退避させれば、それ以上深海棲艦が追ってくることはないであろう。

「フロイライン・アカギ。本土に再度連絡。増援艦隊の派遣が見込めないのであれば、ラバウル鎮守府に近海一帯の根拠地の上級司令部たる資格を付与するように進言してくれ。」

「じょ、上級司令部ですか?!」

赤城が面食らったように胸に手を当てた。無理もない。各鎮守府は皆権限は同等である。むろん実質的に所属艦娘や規模によっていわゆる「ランク」はあるものの、建前上はそうなっていた。

 

それをラインハルトはラバウル鎮守府が前線のすべての基地の上位に立つようにするべきだと言ったのだ。

 

「増援が来ないというのであれば、前線の事は前線で取り決めを行うだけだ。本土後方の安全圏内で惰眠の眠りをむさぼり続けたいというのであれば、そうするがいい。だが、その代わり前線に一切口をさしはさむことなきようにしてもらいたい。これが私が本土とやらに言いたいことだ。」

「・・・・・・・・。」

「ラバウル鎮守府がすべての戦力を糾合できれば、フロイラインたちの力をもって付近の深海棲艦を掃討し、当面の航路確保はできると私は思っている。上手くいきさえすればだが。」

「本当ですか!?」

仮にこの南方諸島一帯から深海棲艦が駆逐できれば、戦略的にもかなりの余裕が見込まれる。本土に撤退してもよいし、各国・・・特にアメリカと連絡を取り、共同で太平洋上に潜む深海棲艦掃討作戦を行ってもよい。

要するに可能性はぐっと大きくなるという事だ。そのためにはまず戦力の糾合を行わなくてはならない。

 

 

* * * * *

それからしばらくして 提督執務室――。

■ラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将

フロイラインたちにはああいったが、やはり事態は思った以上に切迫しているようだ。先ほど地図で見たポートモレズビーとやらはここからほど近い。そこが壊滅した以上は深海棲艦とやらがこのラバウル鎮守府に攻め寄せてくるのも時間の問題だろう。その前に戦力を糾合し、深海棲艦共に対抗できるだけの規模にしたいものだ。

それにしても、本土とやらの奴らは何をしているのか。これだけ前線からフロイライン・アカギが頻々と連絡をしているというのに、動く気配がない。後方の状況がどうなっているかを連絡して来れば、まだ対策の立てようがあるものを。やはりこの世界での本土とやらの軍人は、俺の世界の無能で頑迷な帝国上層部と良い勝負なのかもしれない。反吐が出る。

だが、今のところはできることをするほかない。まずは各艦隊の兵装の強化が必要だろう。こと戦艦がフロイライン・コンゴウ一人しかいない状況であればなおさらだ。フロイライン・テンリュウらの兵装を強化して戦力の底上げをしなくてはな。そしてできればフロイライン・アカギのほかに空母がもう一人欲しいところだ。同時作戦などではどうしても空母が複数人いた方が良い。制空権確保の問題があるからな。

俺の座乗艦も確保しなくてはならない。何しろこのラバウル鎮守府は度重なる敵襲でイージス艦とやらは悉く破壊されて修復中であるし、輸送艦もない。フロイライン・アカギが言った「手漕ぎボート」とやらではとても戦場につくことなどできない。こんな時に俺のブリュンヒルトがあればいいのだが。色々な艦に乗ったが、やはりブリュンヒルトは別格だった。あの艦がせめてこの世界にあれば・・・・いや、絵空事を行ってみても仕方がないな。まずは当面は基地に置き捨ててあった高速武装クルーザーとやらで我慢するほかあるまい。あれならばここにいる「妖精」とやらでも運転ができるらしいからな。この鎮守府は広大であるが、俺と艦娘以外には人間がいない。どうしてなのだろうな。

色々とやるべきことがあるが、俺一人では手が足りない。こんな時キルヒアイスが、あいつがいてくれれば、俺の仕事の半分はあいつに任せられるのだが・・・・。

キルヒアイス、姉上、二人がいてくれれば俺には何も言うことはない。たとえこの世界から元の世界に二度と戻れなくなっても、二人がいてくれれば何の未練もない。

キルヒアイス、お前は今どこにいる?姉上、いかがされているだろうか。あの汚らわしい老人に触れられたりしていないだろうか。そうだとしたらあの老人め!絶対に許さんぞ!!

 

 

* * * * *

ラインハルトはキルヒアイス、アンネローゼとの楽しかった日々の回想にいつしか浸っていた。あの赤毛の友人が隣に引っ越してから彼の人生はそれまでの暗い影に満ちた道から明るい陽光が降り注ぐ道へと変わったのだ。この友人がそばにいることでアンネローゼが笑顔を取り戻したからかもしれない。アンネローゼはラインハルトにとって太陽のような不可欠の存在なのであった。

 

ラインハルトは不意にそれまで向けていた視線を窓から離した。遠慮がちな、ノックの音がしたからだ。邪魔をされてしまったが、執務は執務である。

「誰だ?」

声に応じて遠慮がちに扉を開けたのは、夕張だった。

「失礼しても、いいですか?」

フロイライン・テンリュウやフロイライン・アケボノと違う人となりだな、とラインハルトは思った。

「構わない。体はもういいのか?」

ラインハルトがそう言うと、夕張はドアを閉めて中に入り、ラインハルトの前に立った。

「はい。・・・先ほどはすみませんでした。取り乱してしまって、申し訳なかったです。」

「いや、いい。」

ラインハルトは軽く右手を振った。

「卿らの状況を理解しないで発言したことはこちらも非礼だった。すまなかったな。」

「いいえそんな!私の方こそ・・・・。」

夕張が慌てた様に首を横に振った。

「フロイライン・フミヅキやフロイライン・サツキはどうしている?」

「あの子たちは疲れて寝ています。無理もないです。ここまでずっと私を引っ張って行ってくれましたし。」

夕張は視線を床に落とした。ラインハルトは黙って夕張を見守っていた。先ほど金剛から夕張の人となりについて聞いたばかりだった。それは夕張も同じことだろう。何しろラインハルトはこの世界の人間ではないし、服装も顔立ちも髪も本土の人間にはない特徴を持っていると赤城たちは言う。こちらの人となりを知ってなお、話しかけてくるという事は、何か言いたいことがあるという事だ。

「私、駄目ですよね。最新鋭軽巡なんて言われていながら、足は遅いし・・・。さっきだって文月や皐月にずっと迷惑かけるし・・・・。水雷戦隊として欠かせない速度に欠陥があるなんて、私、欠陥品なのかな・・・。」

「そのようなことはない!」

ラインハルトの言葉が夕張の顔を上げさせた。

「卿と私はまだ出会ってばかりだが、フロイラインの事は先ほど色々とフロイライン・コンゴウから聞かせてもらった。速力では卿は他の軽巡とやらの艦娘に劣るかもしれないが、卿はそれを補って余りある艤装を備えているというではないか。」

「でも・・・・。」

「それに卿には他の者に真似ができない特技があるというではないか。それを私のために、いや、このラバウル鎮守府のために活かしてもらえないか?」

特技?と夕張は顔を傾げた。思い当たるフシがないように途方に暮れている。

「フロイライン・ユウバリが様々な工作技術にたけているという事だ。卿にはラバウル鎮守府の技術責任者として艦隊の兵装などを強化していってほしい。」

「わ、私がですか!?」

夕張は胸に手を当てて顔を上気させている。驚きが彼女を包んでいた。自信を失っていたところにラインハルトから指令されたのは今までよりずっとずっと重大な立場の責任者なのだから。

「わ、私なんか・・・明石さんなんかには全然及ばないし、妖精さんたちにだって後れを取っているし・・・・。」

「フロイライン・ユウバリ。大切なことを卿は忘れているな。」

「・・・・・?」

「肝心なのは才能があるかどうかではない。むろんそれは最終的な結果に結びつくためには必要なことだ。だが、私はそれ以前に必要な要素があると思っている。それは、成功のために、結果のために、絶え間ない努力をするという事だ。」

「・・・・・・。」

「フロイライン・ユウバリ。」

思わず夕張は背を正していた。ラインハルトの口ぶりは提督として夕張に指令を下すときのあの調子であったからである。

「卿に命ずる。工作技術責任者として、このラバウル鎮守府の艤装その他の性能を強化せよ。卿の力量と才幹を持って深海棲艦との戦いを有利に運ばしめるよう、期待するところ大である。」

夕張は何とも言えないと息を吐いた。恐れ、不安。だがその中に何とも言えない高揚感のような物があったのは否めなかった。

「提督・・・わ、私でよろしければ・・・でも、いいのですか・・・?」

「命令だ。それに、私は見込みのないものには命令を下さない質でな。」

カッ!と靴音が鳴る。夕張が姿勢を正して、敬礼をラインハルトに捧げたのだった。

「ラインハルトさん、いえ、ローエングラム提督!軽巡洋艦夕張、誠心誠意をもってやらせていただきます!必ずや任務を果たすべく努力します!!」

ラインハルトは答礼を返した。あの、不敵な笑みを浮かべて。

 

提督執務室を出た夕張は上気した頬のまま寝室に戻っていった。疲れ切っていたし、まだ悲しみが宿っていたが、新たに開けた道と可能性に接することができた喜びもまた胸いっぱいにあったのである。

(こんな私にでも、提督は場所をお与えくださった・・・。必ず、提督のお役に立って見せる!必ず・・・!!)

握りしめた拳に決意を新たにしながら、夕張は寝室に引き取っていった。

 


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