艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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第六話 まずは彼我の戦力差をどうにかすべきだろう。

■ ラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将。

 鎮守府とやらの正面海域に押し寄せてきた敵は撃退できた。だが、いつまでも持つかどうかはわからない。何しろこちらは全艦隊6人といういささか心もとない状況だからな。どうにかして増援を求めなければならないだろう。

 今のところ、この世界での俺の存在はイレギュラーそのものだ。ラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将がラバウル鎮守府提督として指揮を執ると本土とやらに具申しても、夢物語として却下されるだけだろう。俺は正規の手続きを踏んでここにいるわけではないのだからな。だからフロイライン・アカギをラバウル鎮守府統括代理としてしばらくは任務を遂行しようという事になった。

 本国に増援を求められないかとフロイライン・アカギに尋ねたところ、暗い顔で「駄目です。深海棲艦が跳梁して本土とラバウルとの間の航路を封鎖されているとのことですから。」と言われてしまった。それほどラバウルとやらは遠いのか。

 であれば、視点を変えてみればいい。本土が駄目であれば、この近海にある基地、いや、鎮守府だったか、そこから友軍をこのラバウルに集結させればよいのだ。というのはこの近海においてはラバウル鎮守府とやらが一大要港であるとフロイライン・テンリュウが言っていたからな。俺がそれを話すと、フロイラインたちは驚いた顔をしていたが、何を驚いているのだ。別段意外な事ではないだろう。戦力分散の愚を犯すよりも、その方が良いに決まっている。

 友軍艦隊の到着があれば、ラバウル鎮守府を守り切り、やがて来るであろう本国艦隊を迎え入れることが可能となるではないか。

 

だが、フロイライン・アカギたちの話を聞く限り、どうも本土の軍上層部の連中とやらは無能の集団のようだな。何のためにラバウル鎮守府にフロイライン・アカギたちを残したのか。増援がなければ、ラバウル鎮守府が陥落し、要らぬ犠牲が出るのはわかりきっていることではないか。それともこれがこの世界の軍人のやり方なのか。反吐が出る。

 

だが、一番の厄介な事は―――。

 

 

* * * * *

 

「起きなさいよ!クソ提督!!」

と、曙が扉をあけ放って提督執務室に入ってくると、びっくりしたように立ちすくんだ。ラインハルトはきちっと例の帝国軍の軍服に着替えて執務室で既に仕事を始めていたからだ。

「何の用だ?ドアを開ける前にはノックをせよと、卿は教わらなかったのか?」

「お、教わったわよ!でも、前の提督がものすごく朝寝坊で――。」

「私を前の提督とやらと一緒にしてもらっては困るな。」

ラインハルトはじろりと曙を眺めた。

「私は私だ。他の誰でもない。もし用がなければ、そこを閉めてもらうか、さっさと出て行ってもらおうか。仕事の邪魔だ。」

「あ、あるわよ!!このクソ提督!!」

曙が真っ赤になって怒った。同時にラインハルトの眉が跳ね上がった。彼は面と向かってこのような「クソ提督!!」などと言われることに未だ慣れていないのだ。

 

* * * * *

当初いっとう最初に「この、クソ提督!!」と言われた瞬間、ラインハルトは瞬間湯沸かし器のごとく怒りを見せ、曙を凄まじい目つきでにらみ据えた。おかげですっかりビビってしまった曙は今にも泣きだしそうな顔をして赤城の陰に隠れたのだった。その時は赤城が「ごめんなさい、ラインハルトさん。いえ、ローエングラム提督。曙さんの口癖なのです。本人は別に本気でそう思っているわけではないのですから、許してあげてください。」と言ったのだった。

これに対するラインハルトの返答が「艦娘と言えども軍人である。まともな軍人で有れば上官たる提督に向かっていきなり罵声を浴びせることはしない。どうやらフロイライン・アケボノには再教育が必要のようだな。もしくは上官侮辱罪を適用するか?」などと、本気で曙を処分しにかかる勢いだった。

 これには6人の艦娘もラインハルトが本気(マジ)であることを知り、すっかり度肝を抜かれてしまった。天龍が抗弁したものの、結局曙が謝ってその場は落着となった。だが、その後も「クソ提督!!」の悪罵は続いた。そのたびに曙は罰則を受けつづけたが、改める気配はなかった。しまいにはラインハルトもさじを投げ、半ば黙認という形をとったのである。もっとも罰直は相変わらずあたえ続けていたが。

 

 

* * * * *

「ご飯だって。一階の食堂で赤城さんがご飯を作って待っているって。」

「わかった。」

ラインハルトはペンをおき、丁寧に書類をまとめて綴り紐につづると、机の上を綺麗にして立ち上がった。

「フロイライン・アケボノ。いい加減にその言葉を改めろ。さもなければ、今度はラバウル鎮守府全建物のトイレ掃除を卿に命ずることとなる。」

眼光鋭いラインハルトの眼と秋霜烈日な彼の言葉が曙を貫いた。

「ぜ、全部のトイレ掃除・・・!!」

曙が絶句したが、すぐに体勢を立て直した。

「い、いいわよそれくらい!!やってやるわよ!!このク・・・・!!」

だが、曙は大きく「ごっくん。」とつばを飲み込んで、最後の最後のところで踏みとどまった。代わりに、視線は提督執務机に注がれている。

「どうかしたか?」

「え?あ、あの・・・・机とか、綺麗にしてるんだって・・・・。」

ラインハルトはつまらなそうな眼をした。

「当り前だ。帝国軍人たるもの、常に身辺は身ぎれいにしておく。当然のことだ。まさかとは思うが、卿等の提督とやらはやっていなかったのか?」

「・・・・・・・。」

曙は何も言わなかったが、その無言の態度がそれを物語っていた。

「あきれたものだな。同じ軍人として反吐が出る。」

「そういうことを言わないでよ!!ヘタレだろうと何だろうと私たちの提督だったんだから!!」

顔を赤くして叫ぶ曙をラインハルトはちょっと見たが、それ以上何も言わなかった。

「朝食を取る場所は一階食堂、だったな。」

「そうよ。ちゃんと残さないで食べるのよ。クソ提督。」

「・・・罰直に風呂掃除を追加しなくてはならないようだな。」

曙が何とも言えない叫び声を残して、司令室から姿を消した。ラインハルトは仏頂面のまま、一階に降りて食堂に入った。

「提督、おはようデ~ス!!」

金剛の大声が食堂にこだました。すでに潮、天龍、夕立は食べ終わったのか、姿が見えない。金剛にうなずきを返し、今日も元気そうだな、と声をかけたラインハルトは食堂調理場で立ち働いている赤城にも声をかけた。

「朝からすまないな。フロイライン・アカギ。」

しきりにフライパンを動かして炒め物をしていた赤城がラインハルトに顔を向けた。

「提督、おはようございます。いいえ、これくらいは毎日しておりますから。今日はどうされますか?」

ラインハルトは食堂壁面の黒板に書かれているメニューを見、銀の大トレイに盛り付けられている惣菜から、ハムエッグ、トースト、サラダを選らんでお盆に乗せた。ついでにいれたてのコーヒーをポットから注ぎ、厨房からほど近い席に座った。金剛の向かい側だ。トーストを一口かじったラインハルトは、金剛が旺盛な食欲で次々と皿をカラにしていくのを驚いた眼をしてみていた。

「それにしても卿等はよく食べるな。」

「これが普通ですから。あぁ、私たちにとって、という意味です。」

一通り仕込みが終わって厨房から出てきた赤城がかすかに微笑んでそう言いながら、自分用の皿に大量の惣菜を盛り付け、通常の数倍はあろうかという大きなご飯茶碗にご飯と味噌汁をそれぞれ入れてラインハルトの斜め向かいに座った。

「ここの食糧事情は大丈夫なのか?」

「心配ないデ~ス!!妖精たちがみんな運んでくれるネ!!」

金剛がノ~プロブレムというように言った。

「妖精?」

どうもラインハルトにしてみれば、妖精と聞くと、子供の頃に彼の姉であるアンネローゼに読み聞かせてもらった絵本に出てくる妖精をイメージするのだが、いささか違っていた。フロイライン・アカギの艦載機隊の搭乗要員が妖精ならば、艤装の手入れ、修理をするのも妖精であり、港湾施設そのほかの修理手入れをするのも妖精であれば、兵器開発の工廠を受け持つのも妖精であり、メディカル施設と言われる艦娘たちの病院を運営するのも妖精である。妖精、妖精、妖精。つまりはこの鎮守府における軍港要員もろもろ全てが妖精によって運営されているというのだ。

「曲がりなりにも今は戦時下なのにか?本土の人間はどうなのだ?ひもじい思いはしていないのか?」

「・・・・・・・。」

金剛と赤城は顔を見合わせた。

「そんなことを気になさる方は初めてです。」

「誰も気にしないというのか?」

「・・・・・・・。」

「あきれたものだ!」

ダン!とラインハルトがテーブルを叩いた。

「仮に本土の人間がすべからく3度の食事をきちんととれる環境にあるのであれば、私は何も言わない。だが!本土の人間がひもじい思いをし、餓死寸前の状況にあるにもかかわらず、卿らが飽食を繰り返しているというのであれば、言語道断だ!!!」

二人は気圧された様に黙ってしまった。

「・・・いや、すまなかったな。」

ラインハルトは謝った。

「私は卿等の事を色々と聞いたが、まだこの世界のことをよく知らない。知りもしないで何を言うかと思っているのかもしれんな。」

「・・・・面目ないデ~ス。私たち、今までそんなことを考えてこなかったネ・・・・。」

金剛がしょげている。その隣で赤城も、

「食べ物があることが当り前だと思っていました。本土の方々がどうかわかりませんが、もしそうだとしたら、私たちも反省しなくてはなりませんね。」

「その通りだ。」

ラインハルトはうなずいた。

「どうやらフロイラインたちは私が経験してきた帝国軍人とは違った色合いを持っているようだな。」

ラインハルトの感覚では、戦闘に従事する艦娘たちもすべからく軍人というイメージがあるのだが、どうも艦娘たちを見ていると、軍人という当てはめは無理があると思い始めていた。彼女たちは軍人というよりはまた何か別のカテゴリーに属するようだ。

「はい。ラインハルトさんの経験なさってきた世界からすると、可笑しなことと思われるかもしれません。私たちにもラインハルトさんのお話も、とても信じがたいものでしたが・・・・。」

ラインハルトは、赤城たち艦娘に自分の生い立ちを聞かせたが、これはこれで到底信じられないと言われてしまったのだった。宇宙。数万隻の大艦隊どうしでの会戦。無理もない。本の中の英雄が自分の世界に飛び出してきたというのは、誰だって信じられないだろう。ラインハルト自身も未だ夢を見ているのではないかと思うほどだ。だが、ラインハルトが嘘を言っていないと思ったのか、さしあたって艦娘たちは彼の言葉を信じることにしたのだった。ラインハルトを提督と認めてからも「ラインハルトさん」や「ローエングラム提督」など呼び方は一貫しないが、ラインハルトはその辺りの事はあまり気にしていない。

 

しばらくは無言でそれぞれが手と口を動かし続ける。こうした時の沈黙は耐え難いものとなることがあるが、ラインハルトと艦娘たちにとっては別段どうということはなかったのである。

 

「馳走になった。フロイライン・アカギの手料理はいつも美味しいな。」

コーヒーカップをソーサーに置くと、ラインハルトは礼を言った。赤城が心なしか頬を染めたのが、金剛の目に映った。

「赤城だけじゃありませ~ん。提督!!今度は私のイングリッシュ・ブレックファーストを食べてくださいネ!!」

「期待しているぞ。フロイライン・コンゴウ。」

ラインハルトの言葉に、金剛は「きゃあっ!!提督ゥ!!」と両手を頬にあてて独り盛り上がり始めていた。

「ところで、話を昨日のことに戻すが。」

ラインハルトはそんな金剛をよそに、赤城に話しかけた。

「各地の艦隊統合の件だが、可能そうか?本土は何と言ってきているか?」

「本土はラバウル鎮守府に戦力を集中することは差し支えないと言っています。提督がお書きくださった兵力分散とそれに伴うリスクを記した上申書が功を奏したようです。ですが、各地に向けて通信を発信していますが、未だはかばかしい返事は帰ってきません。」

「そうか。」

ラインハルトはポットからコーヒーを注ぎ、今度は少しミルクを入れたものを一口飲んだが、すぐに赤城にうなずいて見せた。

「そう焦る必要もあるまい。さしあたってラバウル鎮守府としては本土からの増援艦隊到着まで鎮守府を防衛すればよいのだからな。」

「はい・・・・。」

そう言ったが、赤城はさえない顔色のままじっと食器を見つめている。

「フロイライン・アカギ。」

ラインハルトは自信のなさそうな赤城に声をかけた。

「大丈夫だ。この私がいる限り、絶対にこのラバウル鎮守府を陥落させはしない。約束する。だが、それには卿等の力が必要だ。深海棲艦に対しては私は無力だ。私一人では何もできはしない。ラバウル鎮守府の防衛は卿等の力があってこそ、なしえることだ。その自覚を持ってほしい。」

お前が頼りなのだ、という言外のラインハルトの思いが届いたのか、赤城は顔を上げ、はい、と静かにうなずいた。

 

と、ガラッ!と扉が開いて夕立が入ってきた。息を切らしている。

「どうしたか?」

「ラ、ライン、ルト、ロ、ローエン、ラム上級、て、提督さん、大変っぽい!!」

俺の正式名称はラインハルト・フォン・ローエングラム帝国軍上級大将だ、とのどまで出かかったラインハルトだったが、夕立の顔色のただ事ではない様相にすぐさま尋ねた。

「敵が攻め寄せてきたか?」

「そ、そうなんだけれど、ちょっと様子がおかしいっぽい!!」

「どういうことネ?」

「それは――。」

続いて天龍が飛び込んできた。

「やばいぜ!!こっちに向かってきている艦娘を敵が追っかけてきている!!おまけに入ってきた通信じゃ負傷者がいるらしい!!」

「なんですって!?」

赤城が立ち上がっていた。

「ローエングラム提督、おそらく私たちに合流しようという艦娘が――。」

「敵に発見され、追尾されているという事だな。」

ラインハルトはうなずいた。

「よし、卿ら、ただちに全艦隊出撃だ。見殺しにはできん。」

赤城、金剛、夕立、天龍はそろってうなずいた。ラインハルトも立ち上がった。自ら指揮を執ろうというのだ。

「フロイライン・アカギ。このラバウル鎮守府には護衛艦はあるか?それに私が――。」

『駄目です!!やめてください!!』

艦娘たちの一斉の抗議にラインハルトはたじろいだ。その抗議の裏には今ラインハルトまで戦死されたら、自分たちの支えがいなくなってしまうではないか、という無言の焦りと恐怖があったのである。

「今回も鎮守府近海です。提督は前回同様司令室で指揮をなさってください。その方が私たちも助かります。」

「だが――。」

「そもそも今ラバウルには稼働できるイージス艦はいません。輸送艦もありません!手漕ぎボートならば別ですが。」

赤城の言葉に「プッ!」と天龍が噴出した。手漕ぎボートを懸命に漕いで戦場に赴くラインハルトの姿を想像でもしたのだろうが、そのラインハルトの眼光にさらされると、きまり悪そうに黙り込んだ。

「わかった。時間がないようだ。今回も司令室から指令を下す。フロイライン・アカギ、全艦隊出撃だ!」

ラインハルトの号令一下、艦娘たちは食堂を飛び出していったのだった。

 


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