艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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第五話 俺が提督になるだと?

 

廊下を歩き続ける赤城の顔が硬い。その硬い顔のまま、がらっと扉を開けると、彼女は会議室に入っていった。黄昏の西日の残光が入る会議室では既に赤城以外の艦娘たちが集合して彼女の入室を待っていた。

「hey!!赤城。提督はいつ来るデスカ?」

待ち構えていた金剛が待ちきれないように尋ねた。

「もう近くまで来てるんだろ?」

「交代要員とはいえ、クソ提督の顔を見ない日々があると、どうも落ち着かないのよね。」

「もう到着するっぽい?」

「後1日か2日で来れる距離にあるって話でしたけれど・・・。」

「・・・・・・・・。」

赤城は黙っている。硬い木の椅子を引いて彼女は座り込んだ。

「赤城・・・?」

赤城ののどがぐっ、となったが彼女は顔を上げて、落ち着いた声で言った。

 

 

「・・・提督は亡くなりました。」

 

 

「はぁ!?」

天龍がわけのわからない言葉を聞いたかのような反応を示した。

「提督は亡くなったのです。ここに来る途上深海棲艦の大部隊に襲われて・・・。座乗されていた艦もろともに吹き飛ばされたそうです。」

「おい!まさかだろ!護衛艦隊は何してたんだ!?」

「・・・・護衛艦隊はイージス艦のみだったそうで、艦娘たちの護衛などはこの戦局下では彼女たちに負担になるから要らないと・・・そうおっしゃっていたそうです。」

衝撃の色が赤城を除いた艦娘たちの顔に走り抜けた。

「そんな・・・・。」

潮が胸に手を当てて衝撃をしずめようとしているが、無理だった。

「・・これから、私たちはどうすればいいっぽいの?」

夕立が途方に暮れた様につぶやく。

「・・・ラバウル鎮守府から主力が退避してから既に数週間がたちます。本土に尋ねていますが、治療ははかばかしくはなく、まだ到着は見込めそうにないという事です。」

5人は一瞬唖然となったが、次の瞬間天龍が我慢ならないように怒鳴っていた。

「ふざけるな!じゃあ、ここを俺たち6人で守れってか?たったの6人でこんな広大なラバウルを守れってか!?」

「・・・・・・・。」

「無理だろう!!」

天龍の悲痛な叫びは全艦娘の心情を代弁していた。無理もない事だ。先ほどの戦いで勝利したとはいえ、敵がいつまた攻め寄せてくるか、わからないからだ。

「それで、いつ交代の提督はやってくるんですか?」

潮が尋ねたが、赤城は無言で首を振るだけだった。

「・・・・各鎮守府の人員も度重なる深海棲艦との戦いでだいぶ損耗しているとのことで、軍令部でも当面の処置は未定とのことです。」

5人が信じられないという顔をした。

「それじゃあ私たち、捨てられたっぽいの!?」

夕立の悲痛な叫びががらんとした夕闇迫る会議室に空しく響いた。

「・・・ラバウルも今は安全圏内ではありませんから。本土以外の鎮守府も敵の跳梁によって今は縮小傾向にあるという事です。先日はキス島にあった鎮守府も陸戦部隊ともども撤退したと聞きました。」

赤城の両手が心持震えている。捨てられた。捨てられた・・・・。いかに言葉を飾ろうともその事実は覆い隠せないものだった。

「うそ・・・冗談じゃないわよ!!クソ提督に捨てられた私たちはそのクソ提督以下の存在だったわけ!?」

曙が眼を見開いたまま固まってしまった。

「It`s too bad・・・・。」

金剛が日頃の元気さを失った声でつぶやく。

「いいえ!そんなことは私が許しません!」

赤城が立ち上がっていた。

「私たちは6人と数の上では少ないですが、先日の戦いを見事凌ぎ切ったではありませんか!」

「でもよ、あれはまぐれかもしれねえだろ?たまたま勝てただけだ。こんなことがいつまで続くか・・・わからねえんだぞ。」

天龍がぽつりと言う。

「そんなことはない。」

はっきりした声が会議室に満ちた。6人の艦娘が振り返ると、ラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が部屋の入り口に立っていた。

「ラインハルトさん。今のお話、聞いておられたのですか?」

赤城の問いかけに、ラインハルトはうなずいた。

「交代の提督とやらが戦死したそうだな。そして今このラバウル鎮守府には指揮する者が誰もいないと。だが、フロイライン。卿らは先の深海棲艦との戦いで各員見事な技量を見せたではないか。」

 

 戦艦2隻を撃破した金剛と赤城は、その後天龍たちを救援に向かったが、それは杞憂であった。ラインハルトの緩急自在な誘導指令により、誘い込まれた深海棲艦たちは面白いように機雷群に突っ込んで自沈同然の最期を遂げていたからだ。かろうじて生き残った深海棲艦たちも天龍らの水雷攻撃により、撃沈され、完全勝利に近い結果を得たのだった。敵の砲撃で夕立と潮がかすり傷を負ったが、それも全然大したことはなかった。こうして鎮守府近海にまで押し寄せてきた深海棲艦水上打撃艦隊は撃滅されたのである。

 

 

「だから、あれはたまたまだって言ってるだろ?あの時はまだ無印だったから良かったけれどよ、これがエリートだのフラッグシップだのがやってきたら俺たちは凌ぎ切れない――。」

「ならば強くなればいいではないか!」

ラインハルトの強い声が一同の耳を打った。

「卿らがどれほどの戦いをしてきたか、私にはわからない。卿らがどれほど耐え忍んできたのか、私にはわからない。だが!これだけは言わせてもらおう。たとえ一時の敗北があったからと言って、それに固執拘泥して勝利を得ようともしない者は愚か者以外の何物でもないと!」

「――――!」

「生き残りたければ、強くなれ。そう卿らの仲間や上司は言わなかったのか?」

「そんな気の利いたセリフなんて聞かされてないわよ。聞かされていない間にみんないなくなっちゃったんだもの。」

曙がぽつりと言った。

「それに、提督がいないと、私たちは強さを発揮できないネ。」

「あの。」

潮が意を決したように声を上げたが、力みすぎていて少し上ずっていた。

「なんですか?」

 

 

「あの、ラインハルトさんに私たちの提督になってもらうのはどうですか?」

 

 

『はぁ!?』

天龍と曙が一斉に声を上げた。夕立は眼を見開き、金剛は固まり、赤城だけが静かに潮の顔を見つめていた。

「だって・・・先日の戦いだって、ラインハルトさんがいなかったら、私たちどうなっていたかわからないと思って・・・。ラインハルトさんがいてくれたから、ああいう勝ち方ができたんだって・・・。それに・・・・。」

潮がラインハルトを見た。おずおずとであるが初めて出会った時のように視線を逸らしたりはしなかったのである。

「それに、ラインハルトさん厳しいけれど、でも、その指示で戦っていたら、とても気分が良くなったんです。なんていうか、もう縮こまったり我慢したりしていなくていいんだって。思いっきり自分のできることをやっていいんだって。そう思ったんです。」

ぽつりぽつりと語る潮の言葉が徐々に艦娘たちに伝わっていったのか、誰もが頬を上気させていた。

「・・・提督さん、か。ラインハルトさん・・・。ううん、ラインハルト・フォン・ローエングラム提督・・・・。」

そこまで独りつぶやいてから、不意に夕立がにっと相好を崩した。

「なんか!かっこいいっぽい!夕立賛成!ラインハルトさんに提督としてここにいてほしいっぽい!」

「提督・・・・提督・・・・提督!!ラインハルト。あなたのことを提督って呼べたら、どんなに・・・・。私にもまた提督がおそばにいてくださるんですネ!!」

金剛も幸せそうな顔をしている。

「この人を提督って呼べばいいの?ってことは、クソ提督って呼んでもいいってことなのね!」

曙が心なしか嬉しそうに言ったが、ラインハルトの視線(正確には眼光だったが。)と合うと途端にきまり悪そうに視線をそらした。

「俺はどっちかっていうと、まだわかんねえんだけれどな、でも、この金髪提督の下で働くってのもいいかもしれねえな。」

「みんな何を言っているんですか、まだラインハルトさんのお気持ちも聞いていないのに。」

赤城がそう言ったが、その視線は無言の気持ちを込めてラインハルトを見つめていた。

「卿等、本当に私が提督でいいのだな?」

ラインハルトは念を押すようにして皆を見まわした。ラインハルトの顔には驚きとか、意外とか、そういう表情は一切浮かんではいなかった。まるでこの鎮守府に来て指揮をすることが当たり前のような雰囲気を漂わせていたのである。

6人の艦娘たちは一斉にうなずいた。

「わかった。ただし・・・・。」

ラインハルトは覚悟を見定めるかのように6人一人一人の顔を見つめていった。

「次のことを承知してほしい。私が卿等に求めることは次の事だ。すなわち鍛錬を欠かさず、勝利へまい進する姿勢を常に取り続けてほしいという事だ。そして私も誓約しよう。卿等を戦場の駒のごとく使役する策をとることは決してないという事を。そして私自身が常に陣頭に立って戦うという事を。」

「ええっ!?」

曙が発した声が一同の思いを代弁していた。通常提督は鎮守府にあって、戦場に赴くという事はほとんどないと言っていい。その例外をこの豪奢な金髪の若者はあっさりと覆してしまっていた。

「指揮官たる者、常に陣頭に立って指揮を執る。卿等の命を預かる指揮官であればそうするのが当然であろう。・・・・私はそれをずっとやってきたつもりだし、これからもこの姿勢を変えようとも思わない。」

まさに破天荒な提督であると皆は思った。この姿勢が後々どういう結果を生み出すかわからないし、それに対してどう思っていいかもまだわからなかった。だが、はっきりしていることが一つだけある。それは、今のところはこの金髪の若者が提督となることによって自分たちの拠り所が出来上がったという事である。

「皆さん。」

赤城の一言に皆が立ち上がった。横一列に並んでラインハルトに相対する。

「これがラバウル鎮守府の全艦隊です。ラインハルトさん。・・・いえ、ラインハルト提督、どうか私たちを導いてください。今後ともよろしくお願いいたします。」

6人は一斉に敬礼した。ラインハルトは微笑を、それも不敵そうな微笑を浮かべ、答礼を返したのだった。

「ああっ!!」

突然夕立が叫んだ。

「どうした?」

「提督さんの敬礼、やり方が違うッぽい!?なんだか陸軍さんの敬礼に似ているっぽい。」

子供が先生の間違いを発見したような得意げな顔に、ラインハルトの顔が一瞬硬直したが、すぐに彼は言った。

「これが私の敬礼方式だ。それを改めようとは今更思わない。卿等がどういう敬礼をしようが構わない。いかな方式で有ろうとも、思いが相手に伝われば私はそれで構わないと思っている。違うか?」

「ううん、違わない、っぽい・・・。」

夕立がしゅんとなった。

「そう落ち込むな、フロイライン。さて、提督となったからにはまずやることがあるな。」

艦娘たちは顔を引き締めた。だが、ラインハルトの最初の指令は艦娘たちの想像とは全く異なったものだった。

「卿等一人一人のことを聞かせてほしい。どれほど時間がかかろうとかまわない。私は卿らのことを理解したうえで、その思いの重さを理解したうえで、指揮を執っていこうと思っている。」

艦娘たちは眼を見張ったが、ラインハルトの言葉が偽りでも何でもないと悟った。この人は本気だ。勝利へのこだわりも本気だし、今発した言葉も本気だ。全身が鋼のごとくで来ている人だ。まったく隙というものがない。だからなのだろう。

 

まず、赤城が、そして金剛が、天龍が、ついで曙、夕立、そして潮が自分たちの生い立ちを口にし始めたのは。

 

 

ラインハルトは6人の話を最後までじっと聞き入っていたのだった。そして、彼もまた6人の艦娘たちに自分の生い立ちを話すことになるのだった。

 


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