艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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最終話 いつかまた会えると信じて――。

青く輝く空はすぐそこに夏が来ていることを示している。キラキラと光る熱い陽光が海上を独り走る彼女の頬を照らし、時折吹き渡る海風が彼女の頬を冷やしていく。

 赤城を失ってから、加賀は独り洋上をこうして走ることにしていた。誰にも理由は話さなかったし、加賀自身にも確たる理由はなかった。ただ、そうしていると疲れ切って痛みさえも忘れさるほどボロボロになった心を一種の安らぎが満たしてくれるのだ。

 海と接しているからかもしれなかった。艦娘になっても、自分たちの身近には常に海があった。どんなに苦しいときも、悲しいときも、楽しいときも。だからこそ自分はここに来るのだろう。

『知っている?加賀さん。』

不意に赤城の声が加賀の耳に響いた。

『海はすべての生き物の母なんですって。だから私たちもまた海から生まれた存在なのかもしれないわね。』

そういう時の赤城さんはとても楽しそうだった、と加賀は思った。それまでの艦娘たちは海を身近な存在としながらも同時に恐れてもいたのだった。敵に轟沈(ロスト)させられた先は真っ黒な深海である。そこにどんな世界が待っているのか誰もわからなかったのだから。

 その恐れを払しょくする概念を初めて吹き込んできたのが赤城だった。

『ごめんなさい。加賀さん。私なら大丈夫、私は帰るべき場所に・・・・帰るだけなのだから・・・・・。』

赤城はそう言って旅立っていった。

 

そして彼女と共に自分に新しい風を吹き込んできた存在――。

 

 ラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将。

 

 ふと、加賀は行足を緩めた。彼の事を思い出した瞬間、彼の声を聴いたように思った。

『提督たるものは常に最前線に赴き、敵に胸をさらす。そうでなくては何が提督か。何が上級指揮官か。』

『戦いをするにあたり、卿等に一言言っておこう!!卑怯者が今後卿等の上に立ち、指揮を執ることはこの私が全軍を統括する限りにおいては決してないと!!』

『卿等、私の指示に従え!!勝利は卿等の行く手にあり!!そこに達するにはただ一心に自己のすべてを出しつくすことのみを考えよ。』

彼の言葉は宝石のような煌きに満ちていたし、澄んだ冷たい泉のように触れるものを容赦なく震えあがらせたものだったが、

「あの人の下にいれば、絶対に勝てる。どんな敵にであろうと私たちは負けることはない。」

加賀はそうつぶやいていた。あの時、一度だけラインハルトが膝を屈し、地面に膝をついたときも、加賀は見方を替えなかった。この人は、きっとまた立ち上がり私たちの前に背を向け、敵に胸をさらすのだと。

「調子はどうだ?」

一人の艦娘が洋上を滑ってやってきた。一瞬その姿に赤城を重ねたが、それは赤城ではなかった。長い黒髪に赤い弓道衣を来て黒の袴をはいている。赤城にそっくりな顔立ちだったが赤城ではない。それは加賀自身も相手もよくわかっていることだった。

「まだまだです。こんなことでは赤城さんに会わす顔がありません。」

「赤城に会う会わないの前に、まずは私に対して、だろう。」

「空母棲鬼、いえ、今は赤城の名を冠する存在・・・・。」

空母棲鬼はあの後、深海棲艦から変異を遂げていた。艦娘のような顔立ち、体つきになったのである。それでいてオーラは艦娘の物とはまた違う。ヤン・ウェンリーと共にやってきた深海棲艦は新生して新たな道を歩み始めていた。

「私は赤城とは違う。お前がそれをどう思うかは別だ。だが、一つ言えることがある。お前も私も失った者に思いをはせ続けるのではなく、未来に、これからの事に目を向ける必要があるという事だ。」

少し、練度を上げてくる、と言い残して去っていく背中を見ながら、彼女が口にした言葉の中に「失った者」とあったことに加賀は気が付いた。失った者があるのは自分だけではない。あの人も、そして――。

「フロイライン・カガ!!」

加賀は声の方角に顔を向け、ついで体を後ろに反転させた。

フロイライン・カガ、そう呼んだのはラインハルトではなく――。

「ビッテンフェルト提督。」

オレンジ色の髪の猛将に加賀は向き直った。ビッテンフェルトは埠頭に立って加賀の航行を見ていたのだ。

「おう!調子は上々のようだな。他の艦娘の練度も上昇しているし、この分ではわが艦隊の練度も最精鋭になるだろう。そうなれば深海棲艦の残党などたやすく打ち破れるというわけだ。」

ビッテンフェルトは豪快に笑った。それを見た加賀は一つ聞いてみたくなった。

「ローエングラム提督が去って、寂しくはないのですか?」

「当り前だ!」

ビッテンフェルトは大声でそう言ったが、はたから見ていても一向に寂しさを感じさせない。

「閣下が行ってしまわれたのは俺にとっては残念至極だが、俺にはまだやるべきことがある。」

この近海に巣くう深海棲艦共を撃破し、閣下が開いた道を完成させるのだ。ビッテンフェルトはそう言い放ったのである。ローエングラム提督はいなくとも、その志は確実に部下に継承されていたのだ。

「それに、俺はな、確信しているのだ。」

ビッテンフェルトは自信満々の表情を見せながら、

「俺とファーレンハイトの奴が当面の深海棲艦共を片付けた時、閣下は遠からずここにやってくるだろう。」

その姿を見つめながら加賀は思った。この人にはローエングラム提督が持っていたものを持ってはいないけれど、ローエングラム提督が持っていないものをこの人は持っている。

加賀は、胸に手を当てた。その一瞬で彼女はこれまでの思い出に別れを告げ、前を向いて歩いていく決心がついたのだった。

 

 そう、あなたはあなた、私は私。そして―――。

 

「ビッテンフェルト提督。今後とも、宜しくお願い致します。」

加賀はそう言い、新提督に向かって最敬礼を施したのだった。

 

 

 

 

 

ラインハルト、ヤン・ウェンリーは極彩色と言ってもよい空間をひたすらに歩いていく。どこへ、という目印もなかったが、不思議と二人にははっきりと歩む方向がわかっていた。

歩きながら二人はこれまでの事を話し合った。互いの出生の事、これまでの戦いの事、そして今後どうするつもりなのかを――。

何故そう思ったのかはわからない。どちらが話し始めたのかはわからない。確かなことは、二人とも、今この時に話し合っておきたいという気持ちが芽生えていた、という事なのである。

「一つ卿に問いたいことがある。」

肩を並べて歩きながらラインハルトはヤンに話しかけた。

「アスターテでの話になるが、何故我が艦隊が急速前進することを卿は見破ったのだ?」

ヤンは頭を掻いた。

「こう申し上げては失礼かもしれませんが・・・・。」

「構わぬ。言うが良い。」

「私が閣下ならば同じことをしたはずだと、そう考えたからにすぎません。」

一瞬ラインハルトはヤンを驚いたように見つめた。そして次の瞬間心から面白そうに笑ったのだった。

「ハハハハハ!ハハハハハハハ!」

その笑い声は極彩色の空間の彩をさらに華麗なものにしたようだった。

「答えは単純だったのだな。私は卿が如何なる理由で見破ったのかとずっとそのことを考え続けていた。真実というのは得てして近いところにあるのだな。」

どう答えていいかわからずにヤンはこの金髪の常勝の英雄を見つめるだけだった。

 

 期せずして二人の足が止まった。言葉は出さなくてもわかっていた。ここで別れなくてはならない。それぞれの道を進み、そしてそれぞれの大切な人たちの元に帰るために――。

 

「ここで別れることになるのだな。」

 ラインハルトの言葉にヤンがうなずく。二人の身体が粒子を発して光り始めている。間もなく極彩色の空間に溶けて互いを認識することもできなくなるだろう。

「卿とはいずれまた会いまみえたいものだ。」

「閣下とは出来れば戦場以外の場所で、また。」

かすかに笑ったラインハルトとヤンは期せずして互いに手を差し伸べあった。一瞬だったが互いの手が固く握られ、そしてそれは光の中に溶け去った。

「卿に頼みがある。」

互いの姿が消えゆく中、ラインハルトは声をかけた。

「どうか再戦・・・・いや、再会の日まで、壮健でいてほしい。」

再戦の日まで壮健なれ、という言葉を再会にした理由――。それはラインハルト自身にしかわからないだろう。

「必ず約束をお守りします、とは言えませんが、努力はしてみます。」

「卿らしい回答だ。」

と、言おうとしたときにはヤンは虹色の光の中に消えつつあった。だが、最後に――。

 

期せずして互いの姿、残像に向かって敬礼を施していたのである。

 

(いつかそれぞれの国家を越えて会うことができた時、初めて卿と本当に語り合える日が来るだろう。)

好敵手の姿が光の奔流の中に消えるのをラインハルトは見届け、そして、自らの身体も奔流の中に消えた。

 

* * * * *

 ラインハルトは宇宙を飛翔している。光り輝く星となって。人類が手に入れた亜高速をはるかに超える速さで、思うがままに。かつて自分が夢見た事、この広い宇宙を思うがままに駆けてみたいというあの夢を、今自分は実現しているのだ。

(これでキルヒアイスが側にいてくれたら――。)

 その思いがラインハルトをいざなっていく。自分が帰るべき場所に。自分を待ってくれている大切な人の元に。

(・・・・・!!)

 眼を見張るラインハルトの目の前に大艦隊が出現していた。大小の傷を負い、中には轟沈寸前の艦もいるが、整然と隊列を組んで航行している。そして、その中には――。

(ブリュンヒルト・・・・・。)

白い優美な白亜の艦がいたのである。不思議なことにラインハルトには各艦の艦内の様子も手に取るように見えていたのである。大小の包帯を巻かれて廊下に横たわった兵士たち。憔悴しきった様子で壁にもたれる兵士たち。将校たちは艦橋でうなだれ気味に座り、あるいは指揮を執ろうと奮闘している様子がありありと見える。

 帝国艦船の間を飛翔しながら、ラインハルトはブリュンヒルトを目指していた。その内部もはっきりとわかるようになっていた。艦橋、そして司令室が見える。その司令室を見たラインハルトは目を見張った。

(あれは・・・・・!!)

ブリュンヒルトの司令室のベッドに横たわっているのは自分の身体だ。そして――。

その傍らには懐かしい友の姿があった。

(キルヒアイス!!)

ラインハルトは大声で叫んでいた。だが、赤毛の友はベッドに横たわる自分を一身に見つめているだけだった。

(聞こえないのか!!キルヒアイス!!今行くぞ!!)

その瞬間だった。不意に体に何トンもの鉛が括りつけられたかのように動きが鈍くなったのだ。

「くっ・・・・!!」

どうしたというのだろう。ここに来て体の重さが急速に増していった。さきほどまで軽やかに動いた体がいう事を聞かなくなってきている。

「キルヒアイス・・・・!!」

急速に重さを増す体を意志の力だけで動かし、ラインハルトは手を差し伸べ、懸命にそちらに泳ぐようにして向かった。

 

 

* * * * *

頭が重い。体が重い。まるで重りをつけられ、鎖で手足を縛られているようだ。ラインハルトは闇の中にいた。

(アスターテに向かう前、キルヒアイスの奴がそう表現したのだったな。いや、あれはミッターマイヤーだったか・・・・。)

ラインハルトはそんなことを考えていたが、不意に耳元で声を聴いた。

「・・・・・様!」

「う・・・・・。」

「ラインハルト様!!」

声は次第にはっきりとしだし、その方向から光が差し込むのを感じた。

 

ラインハルトは目を開けた。

 

「ラインハルト様!!」

ぼんやりとした視界が何度か瞬きをしているうちに徐々にクリアになり、ラインハルトは赤毛の友が自分を見下ろしているのを認めた。

「キルヒアイス・・・・!」

キルヒアイスは何とも言えないと息を吐いた。

「気がついたようですね。」

「俺は・・・・俺はどうなったのだ?・・・・ッッ!!」

ラインハルトはうめき声を上げた。身を起こそうとした時、強烈な激痛が体を襲ったのだ。

「ラインハルト様、動いてはなりません。艦橋での爆発でラインハルト様は吹き飛ばされ、肋骨を折っておられます。さきほど手術が終わり、ブリュンヒルトの司令室のベッドにお体を移しました。ですが、命には別条はないと医者は申しております。ご安心ください。・・・・いかがされましたか?」

「今、何といったのだ?」

「・・・・・・?」

「俺は、どこにいると言ったか?」

キルヒアイスは一瞬不思議そうな顔をしたが、

「ラインハルト様はブリュンヒルトの司令室のベッドにいらっしゃいます。」

「ブリュンヒルトだと?!」

信じられないというような声になっていた。

「はい。」

「ブリュンヒルトはまだ健在なのか?」

「ブリュンヒルトは撃沈されておりません。ですが、重大な損傷があり、現在曳航されております。帝都に戻っても再起できるかどうか・・・・・。シュタインメッツ艦長はブリュンヒルトにとどまって修復の指揮を執っておられます。」

キルヒアイス、とラインハルトは話を中断させた。キルヒアイスの話の中で重要な部分が欠落しているような気がしていたのだ。

「一つ教えてほしい。」

「はい。」

「ファーレンハイトはどうしたか?」

「・・・・・・・。」

「ビッテンフェルトはどうしたか?」

「・・・・・・・。」

 

 

「・・・二人とも、戦死したのだな。」

 

 

キルヒアイスは何も言わなかったが、その無言の瞳の揺らめきが真実を物語っていた。

「そうか・・・・。」

ラインハルトはと息を吐きながら、枕に頭をもたせ掛けた。ギッというかすかな音とともにベッドがきしんだ。同時に思い出したのだ。自分が艦ごと吹き飛ばされ、どこの世界に飛んでいったのか、そしてそこで何をしてきたのかを――。

「ビッテンフェルト提督はブリュンヒルトを庇うべく、戦艦ごと敵の前に身をさらされました。・・・ファーレンハイト提督の詳細はわかりませんが、壮烈な戦死だったと脱出した艦の乗員は申しております。艦隊の指揮は現在メルカッツ提督がおとりになっておられます。」

「・・・・・・・・。」

だからなのだ、とラインハルトは悟った。あの三人が敢えてあそこにとどまったのは、知っていたからに違いない。そうだとしてもなぜ教えてくれなかったのか、なぜ自分はそれに気づいてやることができなかったのか。ラインハルトは彼らに対する怒りと自分に対する怒りで胸郭が満たされるのを覚えた。

「ラインハルト様、今はご自身の事だけをお考えください。安静にしていれば必ず元に戻ると医者も申しております。」

「キルヒアイス。」

ラインハルトは赤毛の相棒を見、手ぶりで座るように指示すると、息を吐きだした。

「信じられぬかもしれぬが、俺は異なる世界を旅していた。・・・アスターテの敗戦の後にな。」

一瞬キルヒアイスの眼が見開かれたのをラインハルトは見逃さなかった。信じられない話だろうと思ったが、この赤城の相棒には何もかも話すことができるし、何もかも話さなくてはならない。

(隠し事は駄目ですよ、ローエングラム提督。何でも話せる仲が一番なのですから。)

かつて赤城がそう言っていたことを思い出しながらラインハルトは話をつづけた。

「俺はそこで死せるファーレンハイト、ビッテンフェルト、そして・・・シュタインメッツと姉上の姿を冠したブリュンヒルトの分身、そしてブリュンヒルト自身を、艦娘という艦の生まれ変わりの存在を指揮して異形の者たちと戦った。今よりはるか昔の時代、地球というちっぽけな惑星の海でな。」

キルヒアイスはラインハルトの側に歩み寄って腰を下ろした。ラインハルトの額に浮かんだ汗を、そっと拭って。

 

ラインハルトは話し出した。

 

最初から最後まで、キルヒアイスは一言も口を挟まず、黙って聞いていた。

 

「地球という惑星は広大な宇宙から見ればほんの小さな光点に過ぎない。だが、そこに生きる者は確かに存在し、そこで命を懸けて戦う者も確かに存在する。」

ラインハルトの視線は天井を、その先にある遥かなる虚空を、あの地球の青い空を見ているかのようだった。

「俺は今まで遥か遠い先ばかりを見ていたのかもしれない。」

何故、自分は負けてしまったのか、それをずっと心の中で追っていたラインハルトにとって、あまりにも単純で見過ごしてしまった結論を、この瞬間彼は手に入れていた。

「その見方をやめるつもりは今もないが、これからはもう少し手の届くところも見るべきなのかもしれんな。」

もっとも、とラインハルトは自嘲気味に笑った。

「これから、というものは俺にはないのかもしれんが。」

「ラインハルト様。」

キルヒアイスの声はラインハルトをして彼の相棒に視線を戻させるのに十分だった。

「これをご覧ください。」

「・・・・・・・・?」

渡された紙片を受け取ったラインハルトは、あっと声を上げた。そこには戦闘詳報と共にある興味深い事実が記載されていたのである。

 

 すなわち、今回の敗戦の原因は味方艦隊から敵に対して情報が漏れていたことによる、というのである。しかもこの証拠は憲兵らによって押さえられ、実行犯は逮捕されているばかりか、すでに帝都オーディンにまで達しており、首謀者までも割り出されていたのである。しかもその名前を知って激怒したのは、ミュッケンベルガー元帥、そしてブラウンシュヴァイク公爵と言った、ラインハルトに敵対する人間ばかりだったのだ。

「キルヒアイス、これは、一体どういうことだ?」

「見てのとおりです。ラインハルト様は、のせられたのです。いえ、のせられたのはラインハルト様ばかりではなく、軍上層部、そしてブラウンシュヴァイク公爵もそうなのです。」

リッテンハイム侯爵の縁者によって、という結論をキルヒアイスは怒りの瞳のきらめきと共にラインハルトに伝えた。リッテンハイム侯爵はこの件につき釈明に追われ、ブラウンシュヴァイク公派閥は攻勢を強めており、ミュッケンベルガー元帥を始めとする帝国軍三長官もリッテンハイム侯爵派閥の独断専行ぶりに激怒しているという。

「だが、それとこれとは別だろう。敗戦の責任それ自体は確かに存在するし、指揮官たるものそれを回避すべきではない。」

「はい。確かに敗北を致しましたが、これをご覧ください。」

キルヒアイスはもう一つ別の紙片を差し出した。そこには損害数が記載されていたが、不思議なことに完全破壊された艦艇は思ったほど多くはない。3000隻程度で有り、ほとんどが小破等にとどまっている。

ファーレンハイト提督、そしてメルカッツ提督が殿となって最後まで奮戦されたのです、とキルヒアイスが説明した。

「だが、数十万人が死んだ。俺の判断の過ちのせいでな。」

「ラインハルト様!」

「俺は上級大将から降格になるだろう。」

ラインハルトは淡々とその言葉を口にしたことにキルヒアイスは驚きを禁じ得なかった。何よりもこうした言葉を嫌うラインハルトが。まるでそれが事実だと言わんばかりに。そしてそれを達観できるほどの境地になったと言わんばかりに。

「だが、それでもいい。もう一度、初心に立ち返り、そして今度こそ、慢心をすることなく、高みを目指してやる。それこそが俺のせいで散っていった将兵に対する供養だと俺は信じている。」

「その意気です、ラインハルト様。」

キルヒアイスが励ますようにうなずいて見せる。実際のところ帝都ではラインハルトの処分についてどうこう言ってきてはいない。だが、おそらくは上級大将から大将への降格はあるのかもしれないとキルヒアイスは予感を抱いている。そのような事は彼にとってどうでもよかった。ラインハルトがこうして今、生きていることこそ、彼にとって無上の喜びなのだから。

「キルヒアイス。」

ラインハルトは体を起こそうとしたが、激痛で顔をしかめた。慌てて制するキルヒアイスに首を振り、もがきながらそれでもなお体を起こし、キルヒアイスをまるでにらみ据えるようにして一語一語言葉を絞り出したのである。

「俺は・・・お前の前で改めて誓う・・・・。もう、二度と、このような代償を払うことは・・・しない。俺は・・・・必ずや、宇宙を手に入れ、る。お前と共に・・・・片時も、いついかなる時も・・・・慢心することなく・・・・!!」

最後の決意を蒼白な顔と共に吐き出すと、ラインハルトはそのまま気を失ってベッドに倒れ込んだ。

「ラインハルト様!!」

キルヒアイスはラインハルトに顔を近づけたが、気を失っただけだとわかり、安堵のと息を吐いた。

「・・・・・・・・。」

よほどお疲れになったのだ、いや、異世界とやらでよほどの経験をされたのだろうとキルヒアイスは思った。ラインハルトが嘘をついている等とキルヒアイスは微塵も思わなかった。

 

 それにしても、とキルヒアイスは思う。ラインハルト様の口から「慢心」などという言葉が出てくるとは思わなかった。いったい誰に教わったのだろう。

 不意にキルヒアイスは顔を緩ませた。もしかすると「異世界」とやらでの経験はラインハルトをいくばくか成長させることになったのかもしれない。そうだとしたら喜ばしい事だ。

「ラインハルト様に足りないのは経験だけ。それを今回お積みになったのです。そのことを、どうかお忘れなきよう。」

その言葉がラインハルトに届いたかどうか・・・・。キルヒアイスは毛布の乱れを直すと、総司令官の容態が回復したことを知らせに部屋を出ていった。

 

 

 この後、ラインハルトがどのように再起を図り、どのように戦いにたったか――。それは常にそばにいるキルヒアイス、そしてそれを記録した後世に伝わる書物だけが知るのみであった。

 

 その中で、興味深い表記が残っている。

 

 アスターテ星域会戦で敗退したラインハルトはいったん大将に降格するも、すぐに目覚ましい武勲を立てつづけ、上級大将に復帰、さらに元帥に叙せられ、元帥府を開くこととなった。

 そんな中で、ある一人の女性が彼の元帥府を訪れた。ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ。マリーンドルフ伯爵令嬢がローエングラム元帥府を訪れたのである。

 白磁を思わせる扉をあけ放ったラインハルトの眼に、ソファーに品よく座る一人の女性の姿が飛び込んできた。

「・・・・・・!!」

一瞬目を見開いたラインハルトは、すぐに周りの人間を遠ざけるように副官に合図した。折悪しくキルヒアイスは所用で不在にしていたため、応接室は二人だけの空間となった。

「ローエングラム閣下。突然にお邪魔致して申し訳ありません。」

ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフは頭を下げたが、すぐに顔を上げて彼を正面から見つめた。

「ローエングラム閣下、いえ・・・・ローエングラム提督。」

たったそれだけの言葉だったが、ラインハルトの疑念を一気に氷解させるのには十分すぎた。

「フロイライン・アカギ・・・・なのか?」

長い間その名前を口にしなかっただけでない別の要因が彼の声を錆びさせていた。

「今はマリーンドルフとお呼びください。」

フロイライン・マリーンドルフ、いや、かつての第一航空戦隊の旗艦の生まれ変わりの女性は頭を下げた。

「私は――。」

どう言葉を掛けていいかわからなかった。胸の内に奔流のように逆巻いている感情をどうやって吐き出せばいいかわからなかった。

「提督、私は嬉しいのです。やっと・・・・こうしておそばに戻ってくることができたのですから。」

自分が言いたくてたまらないことを、そして自分が言い出せないでいることを、目の前の女性は美しい微笑みと共に言ってくれた。かつてのブリュンヒルトの司令室、そしてラバウル泊地での何気ない会話の中で彼女がこうした穏やかな眼をしていたことをラインハルトは思い出していた。

「フロイライン、すまない。」

ようやく絞り出すことができた言葉は、謝罪だった。だが、その裏に潜んでいる想いを受け取った相手は微笑んでいた。

「私は未だ軍務に精励しなければならぬ身だ。こうして再び会えたというのに、私は――。」

「ええ、わかっています。今はただ提督に再びお会いできたという事が私にとってとても嬉しいのです。」

次の瞬間、ラインハルトは彼女を硬く抱擁していた。それに応えながら、彼女は耳元でささやいた。

「もう、二十年も待ったのですよ。あと少しくらい、何でもありません。」

笑おうとしたが、不意に顔が歪んで、彼女はラインハルトを抱きしめながら涙を流していた。

 

 

 

 最後に――。

ローエングラム王朝の開朝を宣言する朗々たる響きが黒真珠の間に満ちた時、ラインハルトの側にはかけがえのない存在が3人、しっかりと佇立していたことを、記しておく。

 

 

                                      完

 

 

 




 息抜きのつもりで書いたものがいつの間にか結構なボリュームになってしまいました。艦これの世界と銀河英雄伝説の世界とは相いれないところはあると思いますが、それでいて一度はこうしてみたい、ああしてみたい、という思いから書いてみました。
 一つだけ書いておきたいところとしては、時空を超えようが、いつの時代に行こうが、ラインハルトはラインハルトであり、ヤン・ウェンリーはヤン・ウェンリーであり、彼ららしさは失われないものだと思っております。残念ながらつたない筆ではそこまで表現できなかったかもしれません。
 とりあえず、完結ができてほっとしております事を述べて、筆をおきたいと思います。
 つたない筆でしたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

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