艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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第四十四話 卿等の事は永久に忘れぬ。

 ラインハルト・フォン・ローエングラムとヤン・ウェンリーが手を組む。

 

 誰が予想していただろうか。仮に銀河英雄伝説の世界においては両者は相対し、結果的に最後まで歩み寄れる機会を持てないまま、歴史のいたずらによってすれ違っていった。

 

 だが、この世界では違う――。

 

 艦娘たちは両雄が手を伸ばせば触れる距離にいることを信じられない思いで見守っていた。そうしていたのには一つ理由がある。

 

 ヤンは手短にこれまでの事を語っていた。ありのままに、包み隠さずに。なぜ自分がここにやってきたのかも。それはほんの数分の事だったが、それでいて聞くものをして1時間も彼の話を聞いているかのような錯覚をもたらした。それほど濃い話だったのだ。

 

 何よりも一同を驚かせたのは、次の話だった。

 

「ここは私たちの世界とヴァルハラとの中間地点、すなわち、俗に言うところの『あの世』と『私たちの世』との狭間の世界なのです。」

ヤンはそう言ったのである。

「じゃあ、私たちの世界と、この世界は、全く違う場所だというの・・・・!?」

葵がうろたえた声を出した。

「おい、だとしたら、もう閣下は帰れぬというのか!?ええ!?」

ビッテンフェルトはヤンの襟首をつかみかからんばかりに詰め寄った。

「ビッテンフェルト!!」

ラインハルトの鋭い声が医務室に響いた。

「今は戦いの最中だ。そのさ中に自らの身をのみ考えるような麾下を、私は,持った覚えはない。」

「・・・申し訳、ございません。」

ビッテンフェルトは頭を下げた。

「事情はあとで聞こう。」

「一つだけ最後に申し上げておきます。」

ヤンはどうしても伝えたかったことを、ラインハルトに言った。

「深海棲艦から聞いたところによれば、この世界と私たちの世界とを結ぶ道があり『ゲート』と呼ばれています。それこそが私たちの世界とこの世界を行き来できるただ一つの方法です。そして、その『ゲート』がある場所こそが――。」

ヤンの視線は医務室の壁を越えて彼方の島を見つめているようだった。

「ミッドウェー本島・・・。」

加賀がつぶやいた。

「・・・・そうか。」

ラインハルトが彼の話を聞き終わって漏らした感想はその一言だけだった。信じられないと思っている者は何もラインハルトだけではなかっただろう。艦娘たちにとってもヤンの話は耳を疑う物ばかりだった。ただ、空母棲鬼だけは表情を微動だに変えずに佇んでいたが。

「ローエングラム提督さん、帰っちゃうっぽいの・・・・?」

小さな声がした。皆が振り向くと、夕立が不安そうな目でじいっとラインハルトを見つめている。その姿は艦娘ではなく、遊園地の中で家族とはぐれ、迷子になってしまった小さな女の子のようだった。

「だって・・・ゲートが見つかって、あっちの世界に戻れたら、お姉ちゃんにも会えるっぽいし、キルヒアイスさんにだって会えるっぽい。私たちよりも――。」

声はすぼまった。ラインハルトが彼女と同じ目の高さにかがんで、彼女の肩に手を置いたからである。

「私は卿等の指揮官だ。指揮官たるもの、戦場で兵を置き去りにし、離脱するものではない。」

「でも・・・・。ローエングラム提督さんは、きっと帰りたいっぽいんでしょう?」

誰も何も言わなかったが、ラインハルトの気持ちを「知りたい」という思いと「答えを聞きたくはない」という思いを胸の中で交錯させながら佇んでいた。

「それは目前の敵を撃破してから考えることにしよう。・・・・ヤン・ウェンリー。」

ラインハルトはヤンを見た。

「卿の話を信じる信じぬ以前に、まずは目前の敵を撃破することに専念しなくてはならぬ。だからこそ、卿の力を貸してほしい。」

「そのために私もここにやってきました。」

ラインハルトはうなずき、金剛を見た。

「聞いてのとおりだ。フロイライン・コンゴウ。麾下の艦隊から一艦隊編成し、ヤン・ウェンリーの指揮下に付属せしめることとする。」

「OKね。私たちの通信をキャッチした子たちもやってきているヨ。」

海戦に先立ってローエングラム・マリアナ諸島連合艦隊はミッドウェー本島に集結するよう、この海域各地の泊地に向けて通信を送っており、それを受け取った艦娘たちが次々とミッドウェー本島に向けてやってきていたのだった。

ラインハルトはしばらく思案した後、ヤンに向き直った。

「卿はどういう編成をもって敵に相対するか?」

ヤンの答えはすぐに返ってきた。

「私の望むところは主力艦隊の指揮ではありません。それは閣下ご自身が最も適しておられます。私が行おうと思っておりますのは陽動ともいうべき艦隊展開です。私と閣下、互いに連携し、掎角の動きをもって戦うのがよろしいと思います。」

「符合した。」

ラインハルトはすぐにそう言った。彼の考えていることをヤンもまた考えていたことに満足を覚えながらすぐに艦隊編成表に流麗な筆跡で艦娘の名を記した。

「卿に率いてほしい者たちだ。この者たちのことをよろしく頼む。」

ヤンは受け取ってリストを見た後、空母棲鬼を見た。

『私はお前についていくだけだ。どうこうなどとは言わんぞ。もっとも向こうは多少いうかもしれないがな。』

「あ、いや、そうではなくて・・・・名前と顔が一致しないので・・・・。」

『あ・・・・。』

すまなそうに頭を掻くヤンを一同唖然と見ていたが、やがてラインハルトが笑いを含んだ声で金剛に話しかけた。

「というわけだ、フロイライン・コンゴウ。すぐにこのリストにある艦娘たちを召集してヤン・ウェンリーと対面させてやれ。他の者は艦橋に戻れ。そこで改めて次作戦の指示を行う。」

「イェス!!」

金剛は足取りも早く医務室を出ていった。ヤンも空母棲姫も、艦娘たちもそれに続く。

「・・・・・・・。」

最後に医務室を出ようとしたラインハルトは振り返った。物言わぬ赤城の身体がベッドに横たえられている。そばに妖精たちが付き添っているのは赤城の身体にしかるべき処置を行おうというのだろう。

 

物言わぬ赤城は、まるで眠っているかのように穏やかな顔をしていた。

 

「お前を置いて行きはしない。」

ラインハルトは胸の中で赤城に語りかけた。

「必ず・・・・深海棲艦を撃破し、お前と共にマリアナ諸島に帰って見せる。」

という言葉を胸の中で唱え、ラインハルトは医務室を後にした。

 

* * * * *

ヤン・ウェンリーが戦線に加わり、士気を奮い立たせたローエングラム・マリアナ連合艦隊陣営は体制を整え、艦載機の十分な掩護のもとに再攻撃を開始した。あの巨獣はすべて倒したと言っても深海棲艦側には十分な戦力は残っており、艦娘たちの総力を上げなくてはまともに戦えない規模だったのである。

 

 ラインハルトとヤン、そして葵たちが協議の上立案した作戦は中央突破作戦である。もちろんいきなりの中央突破はしない。

 

 まず、主力艦隊が全力を挙げて密集体形のまま敵の中央を突く。敵はこれに対処すべく戦力を集中するだろう。続いて、ファーレンハイト率いる別働部隊が敵の左翼を突破する運動を起こす。敵はこれこそが狙いだったのかと戦力を移動させるだろう。さらに、敵の右翼にヤン・ウェンリーの別働部隊が挑みかかる。敵は右翼の襲撃に驚いて戦力を移動させるだろう。

 そうして敵の動きを翻弄し、疲弊させたところでビッテンフェルトを先鋒にしたラインハルト艦隊が一気に中央突破を図り、敵の中枢に肉薄する作戦だった。さらにラインハルトとヤンは話合い、更なる一手を構築していたが、これは二人のみ知るところだった。

「フロイライン・アカギを失ったが、ここでわが軍が意気消沈するようでは、フロイライン・アカギが悲しもう。」

艦橋にたち、戦いを開始する前にあたってラインハルトは全軍に通信で呼びかけた。

「ミッドウェー本島を攻略し、もって深海棲艦を排除し、大洋の安定を取り戻すことこそ、我が軍の目的とするところである。フロイライン自身もそれを望んでいよう。卿ら、この戦いこそが正念場と心得よ!!!」

『ジーク・アトミラール・ラインハルト!!』

という、以前にも勝る熱烈な歓呼の声が返ってきたのは艦娘たちの闘志のヴォルテージがそれだけ高まっていることに他ならなかった。

「ファイエル!!」

ラインハルトの命令一下、各艦隊は凄まじい運動を展開した。

 

* * * * *

「君たち、ほどほどに・・・と言ってもあまり聞かないだろうから、なるべく突出は避けるように。来るべき時が来れば一気に戦線を押し上げることになる。その時が来るまで体力をできるだけ温存しておいてほしい。」

ブリュンヒルトの出撃ハッチ付近でヤンは麾下の艦隊を見まわしながら言った。ヤンに配属されたのは、比叡、阿賀野、酒匂、萩風、雪風、天城、雲龍、親潮、海風だった。そして空母棲鬼がヤンの側にいる。当然のことながら、最初は艦娘たちも空母棲鬼の存在をあまり歓迎しないようだった。何しろ今までずっと戦い続けてきた敵だったし、それに、赤城を沈めた深海棲艦の仲間なのだから。

「でも・・・。」

「ねぇ・・・。」

艦娘たちは互いに視線を見交わしている。空母棲鬼は軽く鼻を鳴らした。

「まぁ、気持ちはわかる。今までずっと敵だった人と手を組むというのはにわかには受け入れがたいものだ。だから今すぐに共闘してくれ、などというつもりはない。ただ、この戦いを乗り切るにはスタンドプレイはあってはならない。全軍が瓦解するきっかけになるかもしれないからね。」

「・・・・・・・。」

艦娘たちの脳裏には赤城の姿がうかんでいたのかもしれない。ヤンがそう思ったほど、彼女たちの態度は一変した。

「私たち、まだあなたの事を信じられないけれど・・・でも・・・・よろしくお願いします。」

雲龍の言葉を空母棲鬼は片手を上げて制した。

『失礼な奴だが、まぁいい。時間はない。ヤン・ウェンリー、こいつらを預かる。行くぞ。』

「あ、ちょっ――。」

艦隊指揮官の比叡が言いかけたときには空母棲鬼は外に出て行ってしまった後だった。

「ウェンリーさん困りますよぉ。ちゃんと言ってくれないと・・・・。」

「すまなかった。ちゃんと彼女には言っておくよ。ところで、私はヤンが苗字なんだけれど。」

「え?!」

一瞬比叡が口に手を当てたが、すぐに「すみませんすみません」と二回も頭を下げた。

「構わないさ。艦隊の現場での細かな進退は基本的には君に一任するつもりだ。あまり細かいことは言わないよ。」

「わかりました。まぁ、やってみますけれど、あまり自信はないんだけれどなぁ・・・・。」

「勝とうとする必要はないさ。私たちの担当する戦線はそもそも『負けない戦いをすればいい』場所なんだから。ローエングラム提督もそれをわかってくれているさ。」

そろそろ時間ですね、と比叡は気がついたように時計を見て、ヤンを向いた。

「でも、一つだけ、心強い事があります。不敗の魔術師さん。あなたの指揮ぶり、期待していますね。」

にっこりとそういうと、比叡たちは出撃ハッチから次々に大海原に出ていった。ヤンは頭を掻きながらそれを見送ったが、やがて顔を引き締めるとブリュンヒルトの艦橋に向かった。

 

 

* * * * *

3艦隊の連携は見事なほどにうまくいった。

 

ファーレンハイト艦隊の陽動に翻弄され、ついでヤン艦隊の動きに翻弄された敵艦隊は左右に戦力を散らし、その間隙を前衛艦隊と主力艦隊は突進し、ブリュンヒルトもそれに続いたのである。ミッドウェー本島をU字型に囲むように環礁が広がっている。その環礁の間隙を艦娘たちは突入していく。

「突き進め!!」

ビッテンフェルトが吼え、ラインハルトも艦載機をもって全力で先鋒艦隊を支援せしめ、ブリュンヒルトを突入させた。突き進む艦娘たちの足を波が洗っていく。

 

 

異変に気が付いたのは、環礁に突入してすぐの事だった。何かがおかしい。

 

 

それに気が付いたのは榛名だった。何気なく足元を見た彼女の眼が大きく見開かれる。

「波が・・・・赤い・・・・!?」

榛名が思わず足元を洗っていく波を凝視した。

「榛名!目を離しちゃ駄目ネ!!」

「でも、御姉様・・・今までこんなこと・・・・。」

「大丈夫ネ!こんなことで私たちの眼はごまかせられないデ~ス!!」

「敵です!!」

鳳翔が叫ぶ。体勢を整えた艦娘たちは深海棲艦に砲撃を叩き込んだ。

「fire!!」

金剛が待ち構えている戦艦群に斉射を浴びせかけた。榛名もそれに続き、鳳翔の飛ばした艦載機隊がとどめを刺していく。

「ギャアアアッ!!!」

突如、右側面の海面が盛り上がり、榛名めがけて深海棲艦が突進してきた。

「別働部隊!?」

艦娘たちの側面に群がるようにして襲い掛かってきたのは環礁深くに潜んでいた深海棲艦たちだった。無防備な艦娘たちの横を襲おうと大口を開けている。

「ギャオァァァァッ!!!」

深海棲艦の金属質の声が響いたが、それは苦痛の絶叫だった。別働部隊のそのまた側面に砲撃が叩き込まれたのである。

「お姉様、大丈夫ですか?!」

比叡を始めとするヤン艦隊がヤンの指示のもと、絶妙なタイミングで側面攻撃を仕掛けたのである。

「比叡!?もう突破してきたデスカ?」

金剛がびっくりした顔をしている。

「はい!ヤン提督の指揮のおかげです!!」

比叡以下ヤン艦隊はほとんど傷らしい傷も負っていない。高速をもって敵を翻弄して叩き沈め、外側から合流した格好になった。

『オノレオノレオノレオノレ!!』

何の前触れもなく、ひときわ大きな声がした。艦娘たちの肌をビリビリと震わせるほどのオーラがほとばしってきたのである。

ローエングラム・マリアナ連合艦隊の眼前に深海棲艦が立ちはだかっていた。その艦娘は赤い髪を腰まで伸ばし、血のように赤い虹彩が光となって艦娘たちをにらみつける。文様のような物が全身に描かれている。そして、その背後には巨大な3頭獣が大口径の砲門を背にのせて待ち構えていた。

「ケルベロス・・・!!」

「しかも、さっき倒した奴らより大きいぜ・・・・!!」

「最後の最後で大物が来たのね・・・・!!」

艦娘たちは気を引き締めた。

『ラインハルト・フォン・ローエングラム!!!』

深海棲艦が声を張り上げた。その声は艦橋にいる司令部の面々を震え上がらせるほどの大きさだった。だが、ラインハルトは微動だにせず、深海棲艦を見つめ返している。

『貴様サエ来ナケレバ、貴様サエ来ナケレバ、我々ノ目的ハ達成サレタノダ!!』

深海棲艦の左手がまっすぐ虚空に向かって伸びる。

『ヤン・ウェンリー、貴様モダ!!貴様ガ余計ナコトヲシナケレバ、ローエングラムガ此処ニ来ルコトナドナカッタノダ!!』

「勝手な言いぐさだなぁ。私だって好きでここに来たわけじゃないのに。」

ヤンが小声でぼやいた。そんな彼をよそにいきり立った深海棲艦の左手から異様なオーラが立ち上っていく。

『ソウダ・・・貴様ラノ支エガナイ艦娘ナド、烏合同然。ソノ戦艦ゴト異空間ニ沈メ!!』

ブリュンヒルトの艦橋に震動が走った。

「どうしたのか!?」

ラインハルトが切り裂くように葵に問いかける。

「ぜ、前方に強力な磁場!?いえ、これは、異空間!?ゆがみが生じていてそれに引き寄せられているわ!!」

ブリュンヒルトはまるで磁鉄に引き寄せられる鉄くずのようにズルズルと海面を這うようにして前進していく。

「このままでは異空間に吸い込まれてしまいます!!」

『あの深海棲艦を集中砲撃せよ(だ!)!!』

ラインハルトとヤンの期せずして同時に指令を飛ばす声が艦橋に満ちた。各艦隊の艦娘たちはそれを受け取るや、一斉に砲撃を集中させた。たばしる火光、切り裂く轟音、絶え間ない水柱、そしてそれに向かっていく雷跡。さらにそこに艦載機隊が全力を挙げて攻撃を敢行していく。

「撃て撃て撃て~~!!!」

長門が叫び続けた。

「絶対にブリュンヒルトを行かせるな!!」

「守るんだから!!」

「深海棲艦を粉微塵にすれば、私たちの勝ちよ!!」

艦娘たちは互いに励ましあいながら攻撃を続行し続けた。

 

撃ち方やめ!!

 

その指令が出るころには、ミッドウェー本島は濛々たる黒煙と炎に包まれていた。

「はぁ・・・はぁ・・・。ど、どうだ!!見たか!!やっただろう!!」

天龍が息を切らしながら叫んだ。

「は、はは!!ざまぁみろ!!ざ・・・・。」

勝ち時を上げようとした声はしぼんでいく。煙の向こうに揺らめく姿が見えてきたからだ。

『オロカナル艦娘タチダ。ソノ程度デ私ガ沈ムト思ッタカ?』

深海棲艦は健在だった。傷を負っているが瞳には赤い光が宿っており、異空間を支える手もまだ力を失っていなかったのである。

「なんて・・・ことなの・・・・。」

陸奥が声を失う。

「これじゃいくら砲撃を叩き込んでもきりがないよ・・・・。」

阿賀野が能代に言う。

「でも、こうしている間にブリュンヒルトが!!」

能代が指さす方角には異空間に向かって吸い寄せられるブリュンヒルトがあったのである。

 

 

* * * * *

「・・・・・・・・。」

ラインハルトは黙したままじっと深海棲艦に視線を向け続けている。ヤンも同様だった。他の者は一体どうすればいいのだろうと焦りながら二人を見ている。

「閣下。」

不意に柔らかな声がした。それは男性とも女性ともつかぬ声だった。

 

ラインハルトが振り向くと、そこにはアンネローゼにそっくりの容姿をしたブリュンヒルト。そして、シュタインメッツが立っていた。

『ここから先は私の役目です。』

「・・・・・・?」

ラインハルトのいぶかし気な視線の先には揺らめくオーラに包まれたシュタインメッツ、そしてブリュンヒルトの姿があった。

「シュタインメッツ、どうしたのだ?おい!」

ビッテンフェルトが身を乗り出そうとするが、それより早くラインハルトが言った。

「シュタインメッツ、いや、卿もブリュンヒルトの仮の姿、なのだな?」

衝撃が艦内を包んだ。ブリュンヒルトの仮の姿は、アンネローゼによく似た女性だけではなかったのか。答えの代わりに、シュタインメッツ、アンネローゼによく似た女性は光り輝くオーラに包まれ、その二つの光が合わさったかと思うと、そこにはアンネローゼによく似た女性の姿が現れていた。

「私の姿を冠した存在は、艦の動力そのものであり、シュタインメッツの姿を冠した存在は艦の意志を司る存在でした。二つに分かれていたのは、一つではあまりにもエネルギーの負荷が大きいからです。ですが、それももはや無用になりました。」

ブリュンヒルトの瞳がラインハルトに注がれる。真摯な表情はやがて春の陽光のように眩しい顔になった。

「閣下、私、とても幸せでした。」

その声は年頃の少女のように生き生きと張りがあった。

「主人がなかなか決まらず、ただ空しく歳月を過ごすのみだった私に翼を与えてくださったのは閣下です。世界が違っても漂流していた私に意義を与えてくださったのは閣下です。あなたと共に駆け抜けた数々の戦い、今もはっきりと思いだすことができます。」

ティアマト、レグニッツア、そしてアスターテ、とブリュンヒルトは指折り数えていく。不思議なことにラインハルトのみならず艦橋の面々が星々の大海を駆け抜けていく白亜の戦艦の雄姿を思い描くことができていた。

「ですから、閣下、今度は私が閣下のお役に立つ番です。」

ブリュンヒルトはにっこりした。アンネローゼによく似た女性であってアンネローゼ自身ではないはずなのだが、その笑顔は春の陽光のようなあの姉の笑顔と同じだとラインハルトは思った。

「待て!ブリュンヒルト、お前は――。」

ラインハルトの口をふさぐようにブリュンヒルトがその身をラインハルトに投げかけた。反射的にそれを受け止めたラインハルトの腕の中にブリュンヒルトはいた。両者は一瞬互いを抱擁するような形になった。

「・・・本当はいつまでも閣下と一緒に駆けていたかった。」

ブリュンヒルトの声は一瞬かすれそうになった。

「でも、閣下を失わせるわけにはいかないんです!・・・アースグリム!!」

ブリュンヒルトは一隻の艦を呼んだ。答えはなかったが、ブリュンヒルトはアースグリムと交信のようなものができるらしかった。

「・・・・閣下を、皆さんを、頼んだわよ。」

その途端、艦橋が揺れ動いた。艦橋要員たちは吹き飛ばされないように捕まろうとしたが、ふっと意識が途切れたかと思うと、次の瞬間には洋上に短艇に乗せられて漂っていたのである。

「後方の部隊を予測される衝撃波からブロックするようにシールド展開!前方の深海棲艦に向けて全速前進!」

一人残った艦橋でブリュンヒルトの魂は声を張り上げた。突進するブリュンヒルトに向けて深海棲艦の砲撃が集中する。激しく揺さぶられる艦橋に立ちながら、ブリュンヒルトは胸に手を当てていた。

(提督、私、短かったけれど、とても幸せでした。こんな私でしたけれど、お役に立てていたでしょうか?)

砲撃が艦橋の装甲を突き破り、ブリュンヒルトの周囲に直撃する。

(どうか私の代わりが見つかっても、私の事、忘れないでくださいね。)

ブリュンヒルトの周囲が光り輝き、彼女の姿もその中に消えていった。

「ブリュンヒルト・・・・!!」

自分の愛艦の背中をラインハルトは追い続けていた。その愛艦が深海棲艦に向かってまっしぐらに突っ込んでいくのも、閃光がきらめき、深海棲艦、そして異空間ごと光に包まれていくのもラインハルトは何一つ見逃さなかった。

 

 

青い空がミッドウェー本島の上空に広がっていた。深海棲艦など最初からそこにいなかったかのように。

 

 

 

* * * * *

ともかくもそのゲートの存在だけでも確認しよう。帰るか帰らないかはそれからだ。

 

ラインハルトの下した結論に皆は異論を唱えなかった。赤城に続いて、自分の愛艦を失ってしまったラインハルトの顔は戦いの前と変わることはなかった。だが、その内面はいかばかりか。そう思うと声をかけることもはばかられたのである。

 

 ラインハルト、ヤン・ウェンリー、ビッテンフェルト、ザンデルス、ファーレンハイトはミッドウェー本島の洞窟を進んでいた。ヤンはこの中にゲートがあると言ったのである。

「本当にこんなところにゲートがあるのか?どう見ても薄気味悪い洞窟ではないか。」

ビッテンフェルトがぼやく。今にも蝙蝠が襲い掛かってきそうなところである。それを感じ取ったのか、一行は黙々と脚を動かし、やがて細い道の左右に暗黒の深淵が口を開けている谷間のようなところに出た。細い道は人二人が並ぶのがやっとの狭さだった。

「おい、ヤン・ウェンリー。本当にゲートとやらがあるのか?もうだいぶきているが、一向にそれらしいものはないぞ。」

ビッテンフェルトが耐えきれなくなったように声を上げる。はらりと細かな砂が落ちてきて彼の肩にかかった。

「いえ、もうすぐですよ。・・・・あそこです。」

ヤンが指さす方向には、淡い極彩色の光のような物が浮いている。それは細い道を抜けた先に広がっている大きな祭壇のような物の上に浮いていた。

「あれがゲートか、想像していたものとはだいぶ違うな。」

ファーレンハイトが頭を払いながらつぶやく。彼の頭にも砂が落ちてきていたのだ。

「あれをどうすればいいというのだ?」

ラインハルトが尋ねる。

「深海棲艦の話では、あのゲートから元の世界に戻れるとのことでしたが、何分どうすればよいのかまでは聞いていないのです。私も近くにまで行ったことはありませんから。」

「ともかく近くに行ってみよう。」

ラインハルトの言葉に一行は足を進めようとした、その時だ。

「危ない!!」

後ろから声がしたかと思うと、ラインハルトとヤンは宙を飛び、地面に転がっていた。その直後、衝撃が走り、洞窟が揺れた。振り向くと、二人、そしてビッテンフェルトらとの間に暗黒の空間が広がっていた。上から巨大な岩が落ちてきて道が崩落したのである。

「けがはないか!?」

ラインハルトが叫んだ。

「無事です!閣下は!?」

ビッテンフェルトが怒鳴り返した。

「無事だ!だが、これでは卿等が来れぬではないか?!」

だが、ラインハルトは異様な反応を目の当たりにすることとなった。3人は顔を見合わせると、満足そうにうなずいたのである。

「何故だ・・・!?」

ラインハルトはヤン・ウェンリーと二人、異世界のゲートの祭壇側に取り残されていた。とっさにビッテンフェルトが二人を突き飛ばしたのだ。何故引き戻すなり、一緒に走り抜けようとしなかったのか。

「閣下は未だあちらの世界で必要で有られる方です!ここは小官たちにお任せあって、閣下は宇宙統一の覇業をお進めあられたい!!」

「何を言っている?!私は卿等を指揮統率する義務がある!途中で任を放棄して出奔するなど、指揮官のするところではない!それがわからぬ卿等ではないだろう!」

「ですから、小官らが引き継ぐと申しておるのです!」

ビッテンフェルトの大声がラインハルトの耳を打った。

「それに、ローエングラム閣下、我々には既にそちらに赴く手段がないではありませんか。」

ファーレンハイトが言う。その声音、表情を見たラインハルトは思わず眼を見開いた。

「まさか卿等は・・・・!!」

ラインハルトの背筋が震えた。これまで大切なものを次々と失っている。その上この3人とも別れなくてはならないというのか。

「駄目だ・・・!!ビッテンフェルト、ファーレンハイト、ザンデルス、私には卿等の力が必要なのだ!!」

「閣下にはキルヒアイス提督がおられるではありませんか。ロイエンタール、ミッターマイヤー、そしてメックリンガーもおります。閣下の覇業成就に携わる人間は皆閣下の帰りを待っておられるのです!」

「・・・・・・・。」

ラインハルトの身体は硬直したまま動かなかった。こんなことを自分は望んではいなかった。ローエングラム「提督」として艦娘たちを指揮統率し、深海棲艦の中枢棲姫をブリュンヒルトの犠牲をもって撃破してようやく活路を見いだせた矢先、まさかこんなことになるとは――。

「ローエングラム提督。」

ヤン・ウェンリーが話しかけていた。

「彼らの言う通りにしましょう。」

「何を言っている?!多くの者を見捨て、今部下たちまで見捨てて私一人が帰るなどとそのような事を卿も肯定するか?!」

「ここで話し合っていても無駄なのです。亀裂はますます広がりつつありますし、私たちの帰るべきゲートも収縮しつつあります。」

「だが!!」

「彼らの志を、閣下は無駄になさるのですか?」

静かな問いだったが、彼の瞳の色は真剣そのものだった。

「閣下の為に彼らが開いてくれた血路を、閣下ご自身が無駄になさるのならば、それこそ彼らの努力は無駄になるのです。ラインハルト・フォン・ローエングラム閣下はそのような事を最も嫌われる方だと失礼ながら思っておりましたが。違いますか?」

「・・・・・・。」

「最善の選択肢を取れるのならば、誰しもがそれを望むことでしょう。ですがそのような選択ができる機会はむしろ少ない、稀有なものなのです。ですから次善の選択肢を選ばざるを得なくなる。ですがそうなったとしても、少なくとも誰かの思いを無駄にする選択をしたくないと私ならば思います。」

「・・・・・・。」

「閣下、ご決断を。」

ラインハルトは息を吐き出した。そして数秒目を閉じていたが、ビッテンフェルト、ファーレンハイト、ザンデルスに向かった。

「卿等の事は永久に忘れぬ。いずれ私が覇業成就を成したならば必ずここに戻ってくると誓う。だから・・・それまで、壮健でいてくれ・・・・!!」

 

ザッ!!という靴音が響いた。

 

ビッテンフェルト、ファーレンハイト、ザンデルスの三人が最敬礼をささげたのだ。わずか三人にもかかわらずその音はラインハルトの耳にしっかりと届いた。

「・・・・・・・・。」

ラインハルトもまた答礼を返していた。数秒間互いの姿を互いの瞳がそれぞれ捉えあった。

 

 

もう一つ、ラインハルトにとって忘れることのできない重い重い事があった。

 

 

「・・・・フロイライン・コンゴウに、アトミラール・ナシハに、皆に、済まぬと伝えてくれ。」

こんなはずではなかった。ゲートの存在を確かめた後、戻ってくるつもりだったのだ。本当なら一人一人に言いたいことがある。別れを告げるにしてもたくさんのことが言いたい。だが、それがかなわぬことがラインハルトにとって何よりもつらい事だった。それはヤンも同じらしく、ラインハルトと同じ言葉をビッテンフェルトに放っていた。

(フロイライン・アカギ・・・・・。)

とりわけ一人の艦娘の事を考えた時、どうしようもなく湧き上がってくる感情に一瞬埋没した時だ。

「閣下、ゲートが!!」

ビッテンフェルトが叫んだ。彼方に広がっている亜空間ゲートがみるみるうちに収縮していく。

「行くぞ!!」

ラインハルトはヤンに声をかける。その瞬間ラインハルトは決断していた。

 

別れがたいものは数え切れないほどある。だが、今は過去ではなく未来に歩みを向けなくてはならない。

 

二人は一散に走り出した。その背後で崩落が再び始まった。ビッテンフェルトらが何か叫んだようだったが、ラインハルトたちには聞こえなかった。彼らもまた、身をひるがえして道を駆け戻っていく。

「何をしている!?ゲートが閉じてしまうぞ!!」

ラインハルトはヤンを叱咤した。士官学校を曲がりなりにも出ているだろうからそれなりの運動はできるだろうと思っていたのだが、予測に反してこの東洋系の軍人らしからぬ軍人は体の動きが鈍い。

「先ほどまでの言葉はどうした!?」

「それと・・・これとは・・・・別物ですよ・・・・!」

ヤンが息を切らしていたが、ラインハルトは強引にヤンの手を引っ張ると、引きずるようにしてゲートに突進した。二人の速度に比してゲートが縮むスピードは速すぎた。

「手を、放してください!あなたまでたどり着けなくなってしまう!」

「断る!既に幾多の者と別れを余儀なくされた以上、たとえ卿が敵側の人間であろうと必ず連れ帰る!!」

ラインハルトは必死にヤンを担ぐようにして突進した。無機質な地面が無造作に彼の靴を跳ね返し、呼吸が荒くなる。後100m・・・・90m・・・・80m・・・・!!

「跳べ!!」

収縮しつつある亜空間ゲートに向かって二人は最後の跳躍を試みた。

 

だが――。

 

二人は何もない空間を通り抜けて地面によろめきながら落ちていた。ゲートが無情にもほんの数センチのところで閉じてしまったと理解できるまで二人の頭脳は数秒を擁した。

「ゲートが、閉じてしまった・・・・。」

ヤンがつぶやく。自分のせいなのだ。自分がいなければ少なくともこの金髪の若き上級大将は元の世界に戻れたはずなのである。それをこの敵国の寵姫の弟は最後まで自分を見捨てずにいた。そのことがヤンを驚かせると同時にある種の敬愛を彼に抱かせるようにせしめていた。

 ラインハルトはヤンを責めるそぶりなど毛ほども見せていなかった。彼は自分自身を責めさいなんでいたのである。

「済まない・・・・姉上、キルヒアイス、ビッテンフェルト、ファーレンハイト、ザンデルス、フロイライン・アカギ・・・皆・・・・!」

ラインハルトの拳が地面を打ち、彼はそのままの姿勢で動かなくなった。

 

 

 

ミッドウェー本島では残された艦娘がブリュンヒルトの代わりにアースグリムに搭乗あるいはその周辺に佇んで主の帰りを待っていた。

 

赤城の遺体を抱えているのは加賀だった。処置が終わった後、加賀はそれを連れ出してミッドウェー本島を見渡せる大海原に佇んでいたのである。

(少しでも早く提督に会いたいでしょう?)

加賀は胸の中で赤城に語り掛けた。

「ミッドウェー本島が!?」

誰かが叫んだ。顔を上げると、ミッドウェー本島が一瞬収縮したように揺れ動いたのが見えた。それは数瞬の事だったが、確かにそう見えたのである。

「島が、動く?!」

そんなことがあるわけがない、と皆が口々にざわめき始めた。

「か、加賀さん・・・!」

突然近くでうろたえた声がした。榛名が口元に手を当てて加賀を見つめている。他の艦娘も見つめている。正確には彼女が抱きかかえている体に対してだった。

赤城の物言わぬ体を抱きかかえていた加賀は彼女の身体が淡く光り始めたのを凝視し続けていた。まるでエメラルドグリーンの宝石に彩られたように彼女の身体が光り始めた。そして彼女の身体は一条の光となって、次の瞬間、ミッドウェー本島に向けて飛び立ったのである。

「赤城さん・・・・!」

加賀はミッドウェー本島の虚空を見上げた。

 

* * * * *

「・・・・・・。」

ラインハルトとヤンは洞窟のひいやりとする床に寝そべっていた。もうどのくらいそうしていただろうか。

「・・・・・?!」

不意にラインハルトは跳ね起きた。緑色の淡い光がすっと飛んできたのが見えた気がしたのだ。

(ローエングラム提督・・・・。)

懐かしい声が耳元で聞こえたような気がした。

「起きろ。ヤン・ウェンリー。」

ラインハルトの声にヤンは片目を開けた。

「まだあきらめてはならぬ。見ろ!」

ヤンはラインハルトに引きずり起こされ、その光景を見た。緑色の光球が飛び回ったかと思うと、あの不可思議な極彩色のゲートが再び出現したのを。

「行くぞ。」

二人はゲートに向けて歩みを進め、極彩色のゲートに吸い込まれていった。

 

 

 

 

 


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