艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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第四十三話 フロイライン・アカギ

中部太平洋海戦と銘打たれたこの戦いは、戦艦からの砲撃で幕を開けた。

 

 

全速力で敵地に突入したブリュンヒルトから飛び出した艦娘たちは横一列に展開し、ラインハルトの号令と共にミッドウェー本島正面に展開する深海棲艦群に砲撃を叩き込んだのである。榛名率いる第一弾が斉射し、敵がそれに呼応しようとすれば、金剛率いる第二陣が斉射、そしてそれに敵が気を取られているうちに、もう長門率いる第三陣が砲撃態勢に入っていた。

「構え!!!」

長門の凛とした声が戦艦群の主砲を敵に向けさせた。既に、榛名率いる第一陣、そして金剛の第二陣の砲撃により、深海棲艦共は吹き飛ばされ、陣形に亀裂を生じさせてしまっている。その亀裂をさらに深くするのが自分たち主力艦隊の役割だ。そして――。

(ローエングラム提督に二度と敗北を刻ませたくはない。)

長門はその思いをかみしめながら主砲装填を急いだ。あの凄絶な退却戦のさ中、最後まで殿を務め、敵に屈することがなかったラインハルト・フォン・ローエングラム提督に、二度と敗北の文字を掲げたくはない。

「ローエングラム提督の名を二度も辱めさせるな!!撃て!!!」

轟然と噴き上がった炎と煙が大音響を纏って砲弾を敵に送り出した。次々と敵に降り注ぐ巨弾は炎と水柱を噴き上がらせる。深海棲艦の金属質の悲鳴が水柱の砕け散る音にかき消された。

『怯ムナ、撃チ返セッ!!!』

正面防御を任された戦艦水鬼が腕を振りぬく。背後の巨獣が咆哮を上げ、装填された巨弾を他の深海棲艦群と共に撃ち込んできた。

「来るぞ!!!備えろ!!!」

長門が叫んだ。

空をひっ裂いて飛んできた巨弾が炸裂した。熱風と爆炎がそこかしこで炸裂し、艦娘たちをなぎ倒しそうになった。周囲には数メートルもあろうかという水柱が噴き上がり、炸裂した砲弾の破片が所かまわずあたりに飛び散る。

「怯むな!!!撃ち返せ!!!この程度の反撃は予測されていたことだ!!!」

悲鳴をたたき割るように長門が叫んだ。

「第二弾、斉射!!!!」

発射された巨弾群は報復とばかりに深海棲艦群を引き裂き、吹き飛ばした。練度と射撃訓練において艦娘たちは訓練に訓練を重ね、命中率において敵を引き離していた。爆炎と煙は深海棲艦を包み込み、目標が見えなくなったため、射撃停止を命じるほどだった。

「やったか・・・・?」

不意に煙の一角が噴き上がり、何者かが次々と飛び出してきた。同時に口径は小さいが鋭い砲弾が空を引き裂いて艦娘たちに襲い掛かった。駆逐古鬼、駆逐棲姫が一隊を率いて飛び出してきたのだ。

「チッ!!!」

長門が自分の前に来た砲弾を手で吹き飛ばすと、味方を顧みた。応戦体制を構築しなければ、と思った時、ブリュンヒルトから通信が入った。

『弾幕射撃を行い、敵を近づけさせるな!!!』

「撃て!!!」

長門、陸奥、扶桑、山城らが一斉に砲撃を行う。主砲だけでなく、副砲群も間断ない射撃を試みる。だが――。

「早すぎる!!!」

右に左に、相手を翻弄する素早さをもってみるみるうちに駆逐古鬼、駆逐棲姫は接近してくる。後続する深海棲艦は撃ち落とせても、彼女たちを止めることはできなかった。

『沈メッ!!』

駆逐古鬼が砲撃、雷撃を浴びせかけようと襲い掛かったが、のけぞって足を止めた。砲撃がすれすれをかすめたのだ。

『今だ!!全艦、突撃しろ!!ここで黙って敵を通すようならば、シュワルツランツェンレイターの名折れだぞ!!』

ブリュンヒルト艦橋上でビッテンフェルトが麾下の艦隊に通信機で吼えた。

「ちょっと黙っていてよクソ提督!!」

『何!?クソ――。』

通信を一方的に切った曙は、

「ここは私たちに任せて、先輩方は前線の榛名先輩たちの援護に行ってください!!」

長門に言った。

「だが――。」

「私たちなら、大丈夫です!!・・・・・信じてください。」

砲撃が錯綜し、爆炎が飛び交う中、曙は長門を見上げた。その視線を見つめ返した長門はうなずいて見せ、陸奥達を引きつれて前線に向かっていった。大きく息を吐いた曙は通信機のスイッチを入れた。

『・・・・い、おい!!貴様わかっているだろうな!?後でブリュンヒルトのトイレ掃除を卿に命じてやるぞ!!』

「トイレ掃除だろうが床掃除だろうが、なんだってやってやるわよ!!夕立、潮!!」

「わかってるっぽい!!白露ちゃんの仇!!龍驤先輩の仇!!那智先輩の仇!!!」

「今こそ取らせてもらいます!!」

待ち構えていた夕立、そして曙が主砲を構え、狙いを定めてぶっ放した。その横から潮が放った魚雷が水を切りわって襲い掛かる。

『フン!!』

駆逐古鬼、駆逐棲姫が腕を振ると、砲撃は消し飛び、魚雷は至近で自爆してしまった。

『我々ニソノ程度デ挑ムトハ、笑止ダナ。』

「笑止なもんですか。白露、龍驤先輩・・・そして那智先輩・・・・。皆の仇を取るんだから!!」

曙が叫ぶ。

『我々モ多クノ仲間ヲ殺サレタ。貴様ラノ背後ニイル白イ戦艦ニナ。』

駆逐棲姫が3人を指さした。正確には3人の背後にあるブリュンヒルトを。

『アノ艦サエ破壊スレバ貴様ラニ勝機ハナイ。』

「ブリュンヒルトが、あんたたちなんかに・・・・沈められるもんですか!!」

煙に汚れた頬、乱髪をなびかせながら、曙は深海棲艦をにらみ返した。

『ドウカナ・・・・?』

駆逐古鬼が顔をゆがめた。その意味を曙たちは数秒後に盛り上がってきた海面の正体を見て知った。

 

* * * * *

「航空隊、前へ!!」

「全攻撃隊、発艦!!」

「全機爆装!!飛び立って!!」

第一航空戦隊の6人は護衛駆逐艦に守られながら、左9時方向から進出して艦載機を放った。6人は特に打ち合わせがなくとも一糸乱れぬ役割分担を取り決めていた。瑞鶴、翔鶴の指揮する航空隊はブリュンヒルトの護衛を、飛龍、蒼龍の指揮する航空戦隊は艦隊の援護を、そして、加賀、赤城の指揮する主力攻撃隊はまっしぐらに島を目指していた。

「一隊は上空の制空権を確保、一隊は島の港湾施設を破壊!!」

赤城が指示を下した。

「了解!!攻撃隊各編隊、応答を!!」

『イワタ中隊、準備よし!!』

『フチダ中隊、準備よし!!』

『シガ中隊、準備よし!!』

「フォーメーションD!!全機、突撃!!」

散開した攻撃隊はミッドウェー本島に飛翔する。流星、彗星を中心とする攻撃隊はスクラムを組み、その外縁を零戦改二、烈風、震電が掩護する。

『来タカ・・・・。』

空母水鬼、空母棲姫らが赤い目で侵入者をにらみ上げる。

『全機、迎撃・・・・。アノ小癪ナ機ヲ迎エ撃テ!!』

艤装から白い艦載機が赤いオーラを纏って次々と打ち放たれる。

『全機、迎撃態勢をとれ!!』

『突撃するぞ!!』

烈風、震電隊は吶喊してくる深海棲艦艦載機隊に機銃を浴びせかけながら迎え撃った。

それに力を添えるのは赤城たち空母艦娘である。

「・・・・・っ・・・・・くっ・・・・・はぁっ!!!」

右に左に流れる様な、まるで指揮棒を振るっているかのように、それぞれが攻撃隊に力を与え、操るのだ。

『攻撃隊を守れ!!』

吶喊した深海棲艦艦載機隊は突き進む艦娘艦載機隊の中を突破して反転した後、襲い掛かってきた。たちまち激しいドッグファイトがそこかしこで繰り広げられる。追うものと追われるものが一瞬で逆転し、爆発してミッドウェー本島上空で花を咲かせて散っていく。

『シ五号機!!後ろに敵が回ったぞ!!』

『了解!!撃ち落とす!!』

『こちらイ中隊隊長機、これより施設の攻撃に移る。』

イワタ中隊は旋回してミッドウェー本島上空から急降下し、次々と爆弾を投下していった。

それらは正確に深海棲艦陸上砲台等をうちぬいていく。

 

震動はヤンが身を潜めている地下壕にも及んだ。

「埃が舞うな・・・・。」

埃まみれになった自由惑星同盟の軍服を払いながらヤンは進んでいく。以前空母棲鬼と共にこの場所を通って脱出したことがあった。それをもう一度やるのは危険極まりないが、だが、彼には時間がなかった。一刻も早くラインハルトのもとに向かわなくてはならない。

海岸沿いに出たヤンは太陽の眩しさに目を細めた。上空には目まぐるしく飛来する敵味方の戦闘機が交錯しあい、爆炎を立ち上らせていく。時折投下された爆弾が爆発して黒煙を上げる。

 ヤンは走り出した。砂に足を取られ、ともすれば転びそうになる。

(なんだって私はこんなところで走らなくてはならないんだ。)

我ながら滑稽だった。宇宙にいるときは艦が、地上にいるときは地上車が彼の足となってくれたというのに。今は自分の足で走らなくてはならない。こんなことは士官学校の候補生時代以来だった。

 ヤンの行く手には長い桟橋がある。そこに、目的の物が係留されていた。彼は桟橋にたどり着くと、いったん足を止めたが、すぐにためらうことなく走り出した。敵の機銃がうなり、すぐ近くを機が落下して水柱があがり、飛沫が彼の身体にかかる。それでも彼は走り続けた。

 

あと少しで係留されていた小型艦艇にたどり着こうというとき、ヤンの足が止まった。

 

空母棲鬼が腕組みをしてヤンの右手――桟橋のすぐ横の海上に立っていたからだ。

『待て。』

「私は行かなくてはならない。」

『言ったはずだぞ、私は貴様が逃げようとすれば躊躇なく殺すことになると。』

空母棲鬼の周りには攻撃準備の整った白い艦載機たちが浮遊している。一声号令すれば、ヤンめがけて殺到するだろう。

「それでも・・・私は行かなくてはならない。話し合えばわかるなどとは言いません。もうそれをするには少々手遅れの域に達しています。ですが――。」

『無駄だと言っているだろう。『御姉様』の意志には誰も逆らえない。』

「まだ、話し合うことはできます。あなた方の求めているものが侵略でなく、生存であるならば、話し合ってみては――。」

『我々の目的は侵略ただそれのみだ。人間どもを駆逐し、大洋を我々が制圧する。それこそが我々の目的であり、存在意義なのだ。』

烈風に護衛された流星艦載機隊が数機、二人の横を走り抜けていった。

「ならば何故撃たないのですか?」

ヤンは無防備な体を空母棲鬼に向けていた。

「私は丸腰です。あなたの力なら私を一瞬でうつことなどたやすいでしょう。」

空母棲鬼は赤い眼をヤンに向けている。右手には赤いオーラが徐々に凝縮され、それが徐々にヤンに向けて上がってきた。ヤンはそれを力みもせず、そらしもせず、自然体のまま、ただじっとして佇んでいる。

「あなたが止めなければ、私はローエングラム伯のもとに行く。」

一瞬空母棲鬼の頬がひくついた。

『何故だ?いや、お前にはわかるまい。貴様とあのローエングラムなる者は貴様たちの世界では不倶戴天の敵同士だった。そうなるはずなのだ。』

「例の物語の世界の話ですか。残念ながら、私には過ぎた話ですね。壮大な叙事詩に魅せられた英雄などというのは、私の柄ではありません。」

『・・・・・・・・。』

「そうではなくて、私たちは同じ人類だからです。共通の敵に対峙した際は協力し合うのは必然。いや、人類を超えて異なる種族であっても手を携えることはできるはずだと、そう信じるだけです。」

『・・・・・・・・。』

「あなたも、心の中でそう思っているのではありませんか?」

流星の一機が二人に向かってきた。機銃が噴き上がるとともに爆弾が投下される体制になった時、空母棲鬼の艦載機が一瞬で塵クズに変えた。爆風で空母棲鬼の長い銀髪が吹き乱される。ヤン・ウェンリーの顔に向け、空母棲姫の指先が向けられた。

『躊躇いは・・・・しない。』

殺気と共に向けられた指先を見つめ、ヤンは内心嘆息した。その吐息の中に様々な感情が渦巻いている。

「どうぞ、ご随意に。」

ヤンは背を向け、自らの死への一歩をためらいもなく踏み出した。自らが信じる理想を、目的を掲げ、それのみに向かって――。

 

 

 

* * * * *

「第一前衛は200後退し、突出する敵に砲撃を浴びせろ!」

「フロイライン・ズイカク、攻撃隊を第二前衛に向かわせ、掩護せよ!」

「主力艦隊は砲撃をポイント3085に向けて斉射だ!!」

ブリュンヒルトの艦橋上ではラインハルトが指揮を執り続けている。秒単位で変わる戦況を的確に見抜き、的確な指示を与える。それは今起こりうる事象に対応するだけでなく、数手先を読む棋士のようにも、だった。

戦線は艦娘たちの奮戦で有利に進んでいる。ミッドウェー本島に対する爆撃も敢行し、施設を破壊していっている。だが、ラインハルトは敵の動きに違和感を覚えていた。いわゆる「死に物狂い」という様相がないのだ。

「妙ね、敵の動きが緩慢と言ってもいいかもしれない。必死さがないわ。ここは奴らの拠点だというのに。」

葵も同じことを感じていたらしく、ラインハルトに話しかけた。

「敵はまだ余力を残している。」

ラインハルトとしてはそう結論付けざるを得なかった。

「だとすれば、戦線が伸びきったタイミングで反撃を仕掛けてくるやもしれぬ。」

おりしも、前線の榛名、そして加勢に加わった長門から、前進許可を願う通信が届いていた。

「もう少し敵の出方を見てみたい。そのままの位置で戦闘を継続。敵の数を減らすことに専念せよ。」

ラインハルトとしては材料が不足であり、判断を下すことはできなかった。

 

転機が訪れたのは、皮肉にもその数秒後だった。

 

「海面に異常反応!!それも・・・1・・2・・3・・4つ!?」

葵がディスプレイの異常反応を見て、切り裂くようにラインハルトを振り返ったのである。

「4つ!?」

夕張が顔色を変えた。ディスプレイ上に映し出されている海面が泡立ち、みるみるうちに盛り上がったかと思うと、巨大な巨獣ともいえる深海棲艦が出現したのである。3頭のケルベロスを思わせる目のない頭に、巨大な砲が背中に取り付けられている。

「要塞砲クラス!?この前の深海棲艦の比じゃないわ!!あんなものが直撃したら、ブリュンヒルトのシールドでも耐えきれるかどうか・・・・!!」

葵の言葉がブリュンヒルトに、艦娘たちの通信機に通じる前に、各艦隊はもう行動を開始していた。

「ブリュンヒルトを守れ!!」

前線を捨てて下がろうとする長門たちに、叱責がとんだ。

『卿等は何をしている!?卿等の目的はミッドウェー本島を攻略することだ!!後退の許可は与えぬ!!』

「しかし、司令部が崩壊してしまったら――。」

長門の脳裏にはラインハルトがブリュンヒルトごと吹き飛ばされ、消滅する様がうかんでいた。そうなれば、此方の士気はガタ落ちになる。

『司令部が崩壊しようとも卿等の目的が達成されればそれでよい!!それに、こちらにも備えはある。』

「備え・・・・・?」

「長門さん、あれを!!」

榛名が指さした方角――。そこにはもう一隻の戦艦、アースグリムがうかんでいた。

 

* * * * *

「来たか。エネルギー充填はどうか?」

「はっ!既に完了しています。」

ザンデルスがファーレンハイトの問いかけに応えた。

「敵がこちらの軸線に入り次第、砲撃開始!」

アースグリムの艦首はブリュンヒルトを包囲しつつある4つのケルベロス型深海棲艦に向けられた。

「了解!・・・敵、軸線に入りました。」

「撃て!!」

アースグリムの艦首が波しぶきの中二つに開かれたかと思うと、充填していた青い光が閃光となって、波を斬りわった。奔流は海を割り、モーゼが出現させた海の道のごとく突進し、ケルベロスたちを次々と飲み込んでいったのである。

『ギャァァァアァァッッ!!!!』

絶叫と共にケルベロス、そしてケルベロスの周囲にいた深海棲艦たちが消滅していった。

切り札を薙ぎ払うように撃ち続けていたアースグリムの艦橋がゆれた。

「どうした!?」

「砲口が融解しました!!システムダウン!!砲撃強制中止!!」

ファーレンハイトが思わずこぶしを握りしめる。何故なら撃破できたケルベロスは3頭。後1頭がまだ残っているのだから。

 

 最後の1頭のケルベロスは海面を震え上がらせる咆哮を発すると、その牙の先にある獲物を捕らえようと体を傾けた。黒光りする砲口がブリュンヒルトを虚ろな目で見つめる。

「ブリュンヒルトを守れ!!」

各艦隊の指揮官が顔色を変えて叫び、艦娘が向かおうとする刹那、もう砲口は閃光をふき上げていた。

 

赤い光の奔流がブリュンヒルトを襲う――。

 

艦橋は絶叫と悲鳴に満ち溢れ、転倒する者が続出した。ブリュンヒルトは大嵐のさ中ただよう一枚の葉のようだった。砲撃が終わってもそのエネルギーの余波が稲妻となってあたりに漂い、時折赤い閃光をたばしらせていた。

「シ、シールド効率・・・・12%に低下!!!たった・・・一発で・・・そんな!!」

夕張が信じられない顔をして叫ぶ。しかも悪いことにこの砲撃によって艦内のシステムが一時的にダウンして航行もできないほどになっていた。

「深海棲艦、エネルギー充填開始!!」

「次の砲撃開始まで、後150秒ほどと思われます!!」

妖精たちの報告が司令部要員の耳を震わせる。

「閣下!!」

シュタインメッツがラインハルトの前に立つ。

「ご退艦をなさってください。アースグリムに司令部を移し、そこで指揮をおとりになりますよう――。」

「駄目だ。卿等を残し、私一人が移ることなど出来ぬ。」

ラインハルトはきっぱりと言い放った。彼の本質は敵を前にして後退を、転進をすることを許さなかったのだ。

「このままではブリュンヒルトは敵の砲撃の前に轟沈します!!」

ラインハルトとてそれは承知なのであった。ここにとどまれば犠牲は自分だけでは済まない。葵も夕張もシュタインメッツ、ビッテンフェルト、そしてブリュンヒルト自身も自分を捨てて移るなどとは言いださないだろう。

 だとすれば、自分の意志に拘泥することはみすみす彼らを殺すことになってしまう。

(それでいいのか!?)

ラインハルトは自身に問い続けていた。

 

* * * * *

咆哮を上げ、砲撃態勢に移行する深海棲艦を前にして赤城は思わず小声で叫んでいた。

「ローエングラム提督・・・!!」

こちらに来る必要はない。そう言われたのを赤城ははっきりと耳にしている。だが、先ほどの砲撃でブリュンヒルトは満身創痍に陥ったように見えていた。外見上は変わりがなくとも赤城にはわかるのだ。

「だから・・・・・。」

弓を握りしめる手に力が入る。次の瞬間、彼女は後ろを振り返った。5人の仲間が不思議そうに、そしていぶかしそうに赤城を見つめる。

「ごめんなさい。私は――。」

最後の言葉を言い終わる前に、もう足は動いていた。赤城は全速で走り出すと、みるみるうちにケルベロスに接近し、艦載機を可能な限り放ったのである。

「目標!!巨大深海棲艦の砲門!!なんとしてもブリュンヒルトへの砲撃を阻止しなさい!!」

赤城の気迫がこもった艦載機隊は猛攻撃をケルベロスに仕掛けはじめた。機銃が火花を立ててケルベロスを襲い、怯んだところを爆炎が巨獣を包み、のたうち回させた。

『ムダダ!!ソノ程度デ沈ミハシナイ!!』

嘲笑うような声がした。ケルベロスを守るかのように展開している深海棲艦群の中から聞こえたような気がしたが、今の赤城にはそれを聞く耳はなかった。彼女の視線は巨獣ただ一隻に向けられており、他に目を向ける余裕も意志もなかったのである。

「ローエングラム提督・・・・ローエングラム提督・・・!!どうか・・・・!!」

祈るような思いで奮戦しつつある赤城の耳に悲鳴が飛び込んできた。

「赤城先輩、危ない!!!」

直後、赤城は猛烈な衝撃と痛みを覚えながら海面を飛んでいた。

 

* * * * *

「赤城先輩、危ない!!」

そう叫んで掩護しようと向かった曙たちの目の前で、赤城が敵の砲雷撃を受けたのが見えた。まるでスローモーションのように、端正な顔がのけぞり、長い髪が靡き、体が反り返って宙を舞い、そのままあおむけに海面に倒れ込んでいくのが見えた。

「先輩ァァァァィィ!!!!」

絶叫に近い悲鳴を上げた曙は、すぐに赤城を救援しようと向かった。

『ムダダ、奴ハ沈ム。ソレヨリモ自分ノ安全ヲ心配シタラドウカ。』

嘲笑うような声と共に立ちふさがったのは、駆逐棲姫だった。赤城を仕留めたのは駆逐棲姫と巨獣を護衛していた深海棲艦群だったのである。

「・・・・・・・。」

『愚カナ艦娘ダ。自分一人ノ力デ抗エルコトナドデキナイトワカラナカッタノカ。』

「・・・・・・なさい。」

『オ前タチモダ。生キ長ラエタケレバ、陸地ノカタスミデヒッソリト――。』

「黙りなさいと言っているんでしょうが!!!!」

駆逐棲姫は猛烈な砲雷撃を食らって、吹き飛んでいた。曙、潮、そして夕立が涙に汚れた顔と煤をぬぐった。

『ナゼダ・・・・オマエタチノ・・・・どこに・・・そんな力が・・・・・。』

最後にエコーが切れた駆逐棲姫が沈んでいくのを三人は見もしなかった。

「早く赤城先輩を・・・!!」

と、曙が言いかけた時、彼方から矢のように滑ってきた艦娘がいる。加賀だった。加賀は赤城を抱き起すと、一瞬深海棲艦群をにらんだが、すぐに後退していった。

「赤城先輩・・・・。」

巨獣の咆哮が3人を我に返らせた。既に充填体制に入っている巨獣がまたも体を傾け始めている。

「赤城先輩の想い・・・!!私たちで応えなくちゃ!!」

うなずき合った三人は猛突進していった。次々と深海棲艦を撃破し、跳ね飛ばしながら猛然と突き進む。咆哮をあげ続ける巨獣を3人の主砲が滅多打ちに撃ち続けた。巨獣は左右に体を動かすが、それは体にまとわりつくハエを振り払おうとしているかのようであって、ダメージを受けた様子がない。

「駄目っぽい・・・・。」

「そんな・・・・。」

「やっぱり、駆逐艦の主砲じゃ・・・・。」

諦めかけた3人の耳に、

『彼奴等の足を狙え!!』

という、ビッテンフェルトの叫び声が飛び込んできた。

「足!?」

『そうだ、体を狙うのではない!敵の弱点を狙え!敵の巨体を支えている足はお前たちの得意とする雷撃でうちぬける位置にあるではないか!!バランスを崩してしまえば、あの砲を撃つことなど出来まい!!』

「そうか!!!」

3人はうなずき合った。もう時間がない。巨獣の砲口はまっすぐにブリュンヒルトに向けられており、その周囲には高エネルギーが発せられる直前に起こる空間の揺らぎが生じている。

「行くわよ!!」

曙の号令で、3人は魚雷発射管を向けた。

「テ~~~~~~~~~ッ!!!」

ありったけの魚雷が巨獣の足に向かっていく。それを防ごうと深海棲艦たちがまるで盾になるかのように突き進んできた。

「邪魔よ!!」

12,5センチ連装砲が深海棲艦たちをうちぬく。それを縫うようにして魚雷が進んでいく。

「お願い・・・お願い・・・・お願い・・・・・!!!」

曙は戦いながら祈るような思いだった。

 

厨房でおはようの挨拶をした時、笑ってお皿を差し出してくれた赤城、ラバウル泊地でわずか6人になった時、落ち込んでいた自分を慰めてくれた赤城、ラインハルトにしかられてうなだれていた時に庇ってくれた赤城――。

 

そして、必死にブリュンヒルトを守ろうとして戦い、倒れていった赤城――。

 

そんな赤城の記憶が彼女の脳裏で花開いていた。

「だから、こんなところで、終わりになるわけにはいかないんだから!!!!」

曙が叫ぶとともにおびただしい数の水柱が噴き上がった。水煙があたりに漂い、巨獣の咆哮が立ち上った。

「・・・・・・・・。」

勢いを失った水柱が崩れ去っていくのを3人も各艦隊の艦娘たちも、そしてそれと戦っていた深海棲艦たちでさえもが見つめていた。

『グルルルル・・・・・・ギャオウオウオオウオウオウオ!!!!』

ひときわ大きな絶叫が響いた。

「まだ、死んでいないっぽい!!??」

夕立が愕然となった。巨獣は牙を光らせ、体を踏ん張らせて健在だったのである。

「ウソ・・・・・。」

思わずへたり込みそうになるのをかろうじて別の手が支えた。潮だった。

「曙ちゃん、まだ諦めちゃ駄目。」

普段弱気な潮が自分を支え、叱咤してくれている。そのことに曙は呼吸を忘れ、驚いたように見つめ返すだけだった。

「私たちが諦めたら、赤城先輩は、どうなるの?もう一度、やってみようよ。」

「そうっぽい、曙ちゃん、私たち、まだやれるっぽい!!」

「・・・・・・・。」

曙は一瞬唇をかんだが、すぐにうなずいた。

「よし!やってみようじゃないの!!」

3人の目の前で、巨獣が砲撃前の最後の咆哮を上げ、体を再び傾け始める。

「魚雷発射!!もう一度、テ~~~~~~ッ!!」

3人が放った魚雷は、一直線に海面を飛んでいった。その前に立ちふさがった影がある。一人残った駆逐古鬼だった。

「どけぇっ!!」

曙が放った主砲が彼女の顔を直撃する。だが、彼女は倒れず、その体に魚雷の何本かが命中した。

『フフ・・・ヤラセハ・・・・シナイ・・・・さ・・・・・。』

駆逐古鬼がどこか満足そうな顔をして沈んでいくのをしり目に、数を減らした魚雷が次々と巨獣に命中する。

「駄目!!やっぱり力が――。」

「全機爆装、目標、巨大深海棲艦!!!」

潮の声をかき消すように、海上から高らかな声がしたかとおもうと艦載機隊が飛んできた。

展開している5人の空母艦娘が放ったのだ。次々と起こる爆炎に巨獣は体をのたうち回り、ぐらりと体を傾けた。

 

だが、それでも――。

 

体を傾けた巨獣がそれでも最後の力を振り絞って狙いを定めている。その射線上に自分たちはいる。

「あと一息・・・・なのに・・・・!!」

曙が悔しがった。こんなところで終わってしまうのか・・・!!こんなところで、こんなところで、こんな・・・・こんな・・・・・!!!

 

(諦めないで・・・・!!)

 

曙の耳元で何か声が聞こえたような気がした。直後、ひときわ大きな咆哮が聞こえたがそれは今までの物とは違っていた。顔を伏せていた曙は顔を上げた。そして信じられないものを見た。

敵の艦載機隊が、白い丸い艦載機隊が同じ深海棲艦を襲っているのだ。そして巨獣の足元にめったやたらに攻撃を仕掛け、さらに背中の後ろにも攻撃を仕掛けている。

『ギャオウオウオオウオウオウオッ!!!!』

咆哮と共に巨獣は体を海に沈めていく。容赦のない攻撃がそれを追尾するが、もはや力を失った巨獣は海の底に沈んでいった。

「間に合ってよかった。」

初めて聞く声がした。3人が振り返ると、異様な組み合わせが飛び込んできた。白い艦載機を浮遊させた深海棲艦の傍らに小型艇が浮いており、その上に軍服を着た若い男の姿があったのである。

「あなたは?そしてあなたの横に深海棲艦が!?」

『だから言ったのだ。誤解されるだろうとな。』

深海棲艦がエコーのない声で男に話しかけた。軽く頭を掻いた男は、

「私たちは敵じゃないよ。ローエングラム伯、いや、此方の世界ではローエングラム提督だったかな。ともかく彼のもとに案内してくれないか?」

曙たちは顔を見合わせた。

「自由惑星同盟所属准将、ヤン・ウェンリーと言ってもらえればわかると思う。」

曙たちは「あっ!」と声を上げていた。

 

 

* * * * *

ブリュンヒルトのメディカル施設のベッドに赤城の身体がそっと横たえられた時、その顔色は白く、そして血の気がなくなっていた。息を吹き返したブリュンヒルトは、戦線を整理するため、いったん海域を離れていた。まだ外で戦っている艦娘たちはいたが、彼女たちをファーレンハイトが統括して臨時に指揮を執っている。ラインハルトらしからぬ処置だったが、それだけに受けた衝撃は並々の物ではなかったということを誰もが認識していた。

「ごめんなさい。加賀さん・・・・。」

赤城が加賀を見つめた。

「ずっとあなたと一緒にいたかった・・・・。」

「赤城さん・・・・。」

言いたいことが山ほどある。湧き上がってくるのに何かにせき止められて、加賀は親友の名を口に出すことしかできなかった。

「心配しないで・・・私は帰るべき場所に・・帰るだけなのだから・・・・。」

帰るべき場所とは何なのだろうと、加賀は我知らず思っていた。これまで寄り添うようにして一緒だった自分たち。その片割れである自分こそが赤城にとっての居場所なのではなかったかと思ったが、それは淡い嫉妬と共に消え去っていった。加賀にもわかるのだ。赤城が想う人、たとえ時空を超えようとも、永久に本当に一緒にいたい人とは――。

「ローエングラム提督・・・・。」

赤城が美しい瞳でラインハルトを見上げている。その顔色は白く、まるで透き通るようだった。一枚の絵になりそうな永久の美しさだと誰もが思った。だが胸元に咲いた赤い牡丹のような染みがそれを裏切っていた。致命傷だという事を否が応でもわかることだった。染みが広がるにつれ、確実に彼女の生気を奪っていく。

「申し訳ありません。・・・・秘書官として・・・提督を支える立場の・・・・私が――。」

「しゃべるな!!」

ラインハルトは赤城の身体を抱く手に力を込めた。

「フロイライン・アカギ、もうしゃべるな・・・!今医者が来る・・・!医者が来れば助かる。そうしたらマリアナ諸島に帰ろう・・・!」

赤城はかすかに首を振った。

「私の身体です。自分の事は自分でわかるんです。提督・・・・。こんな形で・・・・お別れすることになって・・・・本当に・・・・申し訳ありません・・・・。」

「・・・・嫌だ!!駄目だ!!卿は死んではならぬ。卿がいなくなれば誰が航空戦隊の指揮を執るのか!?誰が私の艦隊の指揮を執るのか!?」

「提督・・・・。あなたがいらっしゃるではありませんか・・・・。」

赤城が微笑んだ。美しい透き通る微笑だった。

「私の心の中には常にあなたがいらっしゃいます・・・・。あなたと出会えることができた、そのことだけで、私はとても幸せです・・・・。」

「死んで花実が咲くものか!!死しては何も残らぬ。卿の功績は卿自身が生きてこそ価値を成すものだ。だから、死ぬな!!」

ラインハルトの叫びは怒りというよりも、悲痛を帯びていた。

「提督らしいお言葉です。大丈夫・・・・私は常に提督の側にいます。」

赤城の声にかすかに力がこもった。持ち直すかと思った一同だったが、次の弱々しい声に希望を打ち砕かれ、裏切られた。もう赤城の瞳には力がなくなってきている。彼女は最後の力を振り絞って話し続けていた。

「約束です・・・。たとえ一時離れ離れになっても・・・ずっと・・・・これからも・・・ずっと・・・・そばに・・・・・。」

唇からかすかな吐息が漏れ、美しいまつ毛に縁どられた瞳が閉じられた。

「フロイライン・アカギ・・・・フロイライン・アカギ!!」

ラインハルトは懸命に赤城を揺さぶった。揺さぶり続けた。不意にラインハルトの手にひいやりとする別の手が触れ、彼の理性を取り戻した。

「駄目です・・・亡くなりました。」

加賀だった。何か言い返そうとしたラインハルトが彼女の眼を見て愕然とした。

加賀が泣いていた。無言で嗚咽一つ漏らさない鋼鉄の意志を持って自制していたが、とめどもなく両頬を涙が伝っていた。

「馬鹿・・・・。死んで・・・死んじゃうなんて・・・五航戦の私たちに最後まで追いつかせずに死んじゃうなんて・・・・。」

瑞鶴が翔鶴の肩にすがって声を震わせている。夕張も曙も夕立も潮も皆物言わぬ赤城の身体を見下ろしていた。曙は声を押し殺そうと懸命に拳を口に当てている。

ただ、ラインハルトだけは赤城の傍らにひざまずいたままだった。

「・・・・・・・・。」

アイスブルーの瞳で赤城の顔を眺めていたラインハルトは、そっと彼女の手を取り、胸の上で組ませた。ラインハルトは立ち上がった。

「フロイライン・コンゴウ!!」

静まり返ったブリュンヒルト艦内にラインハルトの声が満ちた。おりしも彼女は前線遊撃艦隊から引っ返してきてラインハルトに指示を仰ぎにやってきていたのだ。

「YES!?」

「今この時をもって卿をフロイライン・アカギの後任に任命する。以後卿が秘書官として私を補佐せよ!」

ラインハルトの声は凛として先ほどまでの取り乱しが別人であるかのような錯覚を抱かせた。

「で、でも・・・・」

「返答はどうした!?」

「お、OKネ!!赤城に負けないように頑張りマース!!」

ラインハルトは大きくうなずいた。彼はそのまま数秒間前方のディスプレイに映る彼我の敵味方の配置図をじっと見つめていた。その間誰しもがラインハルトを見続け、身動き一つしなかった。彼の凄まじいまでの集中をほんの一瞬たりとも邪魔立てしないようにと思っているようだった。まるで魔法のように全員が固まり、彼を見つめていたのである。

「ヤン・ウェンリー。」

ラインハルトの声で、傍らに立っていたヤンは身動きした。この二人はまだ互いを紹介しあってさえしていなかった。赤城を運び込んだ際に空母棲鬼ともども彼もブリュンヒルトに乗り込んだのである。

もっとも紹介は不要だったかもしれない。二人ともそれぞれの相手の事はともかくとして、相手の名、そしてそれに付随する功績はよく知っていたのだから。

「卿が何故深海棲艦と共に来たか、卿が何をしていたのかを今更聞こうとは思わぬ。だが、今はこれだけを頼みたい。私に・・・力を貸してほしい。」

好敵手を見つめるラインハルトのアイスブルーの瞳と帝国軍の若き英雄を見かえすヤンの黒い瞳が交錯しあった。

「私もそのために、ここに来ました。ローエングラム閣下。」

その一言だけで両者の意志は通じ合ったのである。

 

 

 


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