艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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第四十二話 プロージット!!

 

マリアナ・ローエングラム連合艦隊の士気はよみがえった。

 

ラインハルトは赤城に見せたあの憔悴ぶりを微塵も感じさせない風貌で司令室から出てくると、まず全艦隊を召集して自身の不明さを詫びた。その上でこう述べたのである。

「フロイライン・ナチ、フロイライン・リュウジョウ、フロイライン・シラツユの犠牲によって私は当の昔に学ぶべきであったものを学んだ。私がフロイラインの思いを背負って成し遂げるべきものは、深海棲艦共を撃滅し、駆逐し、大洋の安全を確保することこそである。だが、私一人では非力だ。大望を成就するためにも、私に力を貸してほしい。」

艦娘たちはそろって無言で、だがしっかりとうなずいた。

 

 

ローエングラム提督一人に重い荷を背負わせるわけにはいかない。今度こそ、深海棲艦を水底に叩き沈めてやる!絶対に先輩方の想いを継いで戦って見せる!

 

 

 艦娘たちはそれぞれに固い決意を秘めてミッドウェー本島再攻略の準備に取り掛かった。同時に第一、第二、第五航空戦隊の6人は固い協力を誓い合い、入念な偵察を行うことを決めた。

「私、足手まといにならないようにする。だから、もういがみ合うのはやめにしない?」

というセリフが瑞鶴から出てきたので他の5人はびっくり仰天。

「・・・・熱があるのではないですか?」

と、加賀がいい、翔鶴でさえも瑞鶴の額に手を当ててきたので、瑞鶴は数歩下がった。

「違うわよ!違うって!・・そうじゃなくて、私たちのいがみ合いのせいであの3人が死んじゃった、なんて思いたくないの。そうじゃないかもしれないけれど、でも、だからこそ戦いの前にしこりを作りたくないのよ。それだけなの・・・・。」

赤城が何か言う前に、加賀がつかつかと瑞鶴に歩み寄った。そして、そっと彼女の手に自分の手を重ねた。

「あなたのその気持ち、しかと受け取りました。ここにいる6人が一糸乱れぬ働きをすれば、どんな航空戦隊も私たちにはかなわない。それをあらためて証明しましょう。」

ん、と瑞鶴は力強くうなずいた。翔鶴も、飛龍も蒼龍も、そして赤城も同様だった。

 金剛、榛名、比叡、霧島、扶桑、山城、長門、陸奥、ウォースパイトの戦艦たちもまた、新しい主砲の開発に余念がなかった。資材としては後2回の全力出撃ができる分を残して、後をすべて開発につぎ込むと決めたのである。

「資材が余っていたとしても、それを投下すべき対象がいなければ無意味だろう。この戦い、最後の最後まで悔いを残さぬよう、すべてをぶつけてやろうではないか。・・・・奴らのためにもな。」

という長門の言葉に触発された面々はまさに資材を溶かさんばかりの勢いで開発に乗り出していたのだった。

 開発と並行してラインハルトの指揮の下、連日猛訓練が行われることとなった。たかが演習というレベルではなく、双方の艦娘に負傷者が出るほどの激しいものだった。それでも誰一人泣き言を言わない。失った三人の命の重さ、そしてその重荷を全軍がしっかりと心に刻み込んでいたのだから。

 かくしてマリアナ泊地に戻った連合艦隊は司令官から艦娘一人一人に至るまで、猛訓練に猛訓練を重ね、一糸乱れぬ練度を獲得することに成功したのである。また、新兵器の開発や新型艦載機の開発も文字通り血のにじむ努力でこれをついに成し遂げ、各戦隊、各艦隊に配備するまでにこぎつけた。

 

 

 こうして、すべての準備が整った。ラインハルト・フォン・ローエングラム、そして艦娘たちは再び忌まわしきミッドウェー本島を目指して出撃をすることとなったのだった。

 

 

* * * * *

「っしゃぁ~~~~~~~~!!!今日は食べまくるぜ~~~!!!!!!!」

片手を突き上げた天龍の音頭と共に、

『いっただきま~~~~~~~~~す!!!』

というにぎやかな声がこだました。ラインハルトは慣例に従って出撃前に24時間の自由時間を与えた。睡眠時間等を差し引いて16時間ほどであったが、その間艦娘たちは可能な限りこの時間を満喫することを決意したのである。

 マリアナ諸島泊地の司令部野外のあちこちに設けられた白い巨大なテーブルにはありとあらゆる料理が山盛りになって積まれていた。たっぷりの黒ビール、ワイン、シェリー酒、ウィスキー、日本酒も出ていた。飲酒に関しては賛否両論あったのだが「度を過ごすことだけは実力を持ってでも禁止する。」旨ラインハルトから全軍に通達され、許可となったのである。

 あちこちでにぎやかに談笑が始まり、その合間にも料理はみるみるうちに減っていく。それを運び込む妖精たちがにぎやかに飛び回る。食材などに関してはファーレンハイト艦隊があちこちの根拠地から補給物資を積みこんできたものを使用したのである。ラインハルトらはあらためて艦娘の食欲を目の当たりにして始めは唖然としていたが、やがてビッテンフェルトらも自分たちも負けじと食欲を満たすことに集中した。

「コラァ!!」

野外会場の中ほどから怒りの声が打ち上げられた。

「私の中トロを食べたのどこのどいつよ!?」

「あ、曙ちゃん、ごめんなさいっぽい!!うっかりしてて自分のお皿のと間違えちゃったっぽい!!」

「わ、わやしの楽しみにしていた中トロを・・・・・!!」

曙はショックのあまり途中で舌を噛みながら震えていたが、次の瞬間、すさまじい目つきで夕立をにらみ据えた。

「夕立~~~!!そぉこ動くなァッ!!!」

「あ、あああ曙ちゃん?どうしたのっぽい?怖いっぽい!」

夕立が後ずさりする。

「許さないんだからぁ~~~!!!待てェ~~~!!!」

食い物の恨みは恐ろしいの格言を全身で表現した曙が夕立を追いかける。

「嫌だっぽ~~~~~~~~~~い!!!」

夕立は箸を放り出して逃げ出した。その様子がおかしいと皆大笑いである。

「しゃぁ~~~~~!!!飲むぜ飲むぜ飲むぜ~~~~~~ッ!!!」

ハイテンションになった天龍が椅子に片足を乗っけて一升瓶を口に当ててラッパ飲みしようとする。

「ブワップッ!!!」

次の瞬間、日本酒の一升瓶が粉々になり、全身日本酒まみれになった天龍は仰向けにひっくり返ってしりもちをつき、盛んに唾を飛ばした。

「ペッペッペッ!!なんだこりゃ!!!」

せき込んでいた天龍がふと顔を上げると、ラインハルトの秋霜烈日の顔が見下ろしていた。手にはブラスターを持っている。そのブラスターが見事なまでの腕前で酒瓶を撃ち抜いたと理解できたのは3秒後だった。

「・・・・言ったはずだ。度を過ごすことは実力をもってしても止める、とな。」

天龍の顔に汗がダラダラとながれ、コクコクと何度もうなずいた。それほどラインハルトの顔は怖かったのである。

「次に卿が同じような真似をすれば、ただちに卿にブリュンヒルトの床清掃を命じることになる。」

「わ、わかったよわかったわかりました!!!」

慌てふためく天龍の様子がおかしいとこれまた皆大笑いである。一緒に笑っていた妙高はふと一点に視線を固定させて固まってしまった。

「あ、足柄・・・・・!!」

「ねぇ~~~~。ヒック!!ビッテンフェルト提督ぅ~~~。まぁだイケるでしょう?」

足柄がビッテンフェルトにしなだれかかっている。ビッテンフェルトの顔1センチに近づき、今にも触れ合わんばかりの距離だ。

「せっかくぅ~~~私がァ~~~~麾下にィなったんだからぁ、たっぷり私の良さを教えてあげる~~~っ!!」

「近い近い近い近い近い近い近いぞ!!!」

ビッテンフェルトは壊れたラジオのように連呼するが足柄の勢いは一向に衰えない。たじたじとなったビッテンフェルトはついには椅子から仰向けにひっくり返ったが、足柄は飢えた狼のように襲い掛かった。

「ファ、ファーレンハイト、ザンデルス、俺を助けろ!!見ていないで何とかしろ!!おい、笑うな!!!笑っている暇があったら俺を助けんか!!」

必死になって足柄をどかそうとしているビッテンフェルトが大声を張り上げる。

「足柄!!!」

妙高が足早に近づき、足柄の襟首をつかんで引きずり起こした・・・はずだったのが、誰かに先を越された。その「誰か」が誰なのかを認識した妙高は震え上がった。

「フロイライン・アシガラ・・・・・。」

押さえつけたような声が耳元でした。

「にゃ!?・・・・ブハッ!!!ロッ、ロロロ、ローエングラム提督・・・・・ッ!!」

一瞬で酔いがさめた足柄は直立不動の姿勢になった。顔色が青くなり汗が流れ出ている。

「それほどビッテンフェルトが気に入ったか。ならばその上官たる立場としてビッテンフェルトの良さを卿に手ほどきしなくてはならないようだな・・・・。」

「い、いいいいいいいええええええええ!!!それは、そ、それおそれおそれ恐れ多くて!!は、はははは、はいッ!結構です!!!」

足柄が震えている。全身震えながら話すものだから、言葉まで震えきってしまっている。

「いいんだぞ・・・・。時間はまだあるのだ。ブリュンヒルトにて卿に教え込んでもな・・・・・。」

足柄の眼を覗き込むようにして一語一語しゃべるラインハルトの眼は一ミリも笑っていない。

「すみませんでしたぁっ!!!」

『申し訳ございませんでした!!!』

妙高ともども謝ると、ラインハルトはようやく表情を緩めてビッテンフェルトを助け起こし、共に歩み去ってしまった。去りながらもビッテンフェルトがしきりに恐縮している様子が妙高型姉妹にも見えた。

「後は一同でよろしくやっておいてくれ。」

と、加賀と山城、扶桑らに声をかけるのが聞こえた。

「こ、怖かった~~・・・・。」

足柄がヘナヘナとへたり込みそうになったのを妙高はシャンとさせた。

「あなた、ローエングラム提督が仰っていたことを聞いていなかったの!?こともあろうにビッテンフェルト提督に手を出すなんて、どういうつもりだったの!!」

「だって、その、私――。」

「いくらあなたが男運がないからと言っても(グサッ!!という擬音が足柄の胸に刺さったような光景を周囲にいた誰しもが目撃した。)もう少し時と場所をわきまえなさい!!」

しゅんとなった足柄を妙高がお説教し始めたので周囲の艦娘は「まぁまぁ」となだめにかかった。せっかくの宴を楽しみましょうよ!足柄先輩も十分反省なさっているようですし――。

 そんな艦娘たちの言葉を聞き、妙高はようやく足柄を解放したのだった。

 

 そんな様子を金剛型4姉妹は料理を食べ、紅茶を飲みながら微笑ましく見守っていた。

「みんな盛り上がってますネ~。」

椅子に座った金剛が紅茶のカップをソーサーにおいてニコニコとしている。そこここでにぎやかに食べるグループ、話に花を咲かせているグループ、曙と夕立は追いかけっこをしているし、酔いつぶれた天龍を何とかして蘇生させようと慌てふためいて水を飲ませ続ける潮と夕張――。

「はい。心から。」

傍らに立っていた榛名が両手に抱えたお盆をお腹に押し付けるように持ちながらうなずく。

「榛名、あなたは――。」

「私は楽しんでいますよ。」

穏やかな微笑みを浮かべながら榛名は楽しそうにこの光景を眺めている。その横顔を金剛はじっと見上げていた。

「足を負傷して、思うような速度を出せなくなった私、東雲さんを死なせてしまった私、そんな私は今までここにいてもつらいばかりでした。」

一瞬そのことを思い出した様子で榛名の横顔に影がさした。

「でも、あの方がいらっしゃってから変わりました。」

再び榛名の顔は春の日差しのように輝いていた。

「いいえ、変わったという表現は正しくないですね。上手く溶け込めないでいた私を、この艦隊に迎え入れてくださったのです。ローエングラム提督は。」

「一人ぼっちでいた私を、艦隊に迎えてくださったのもローエングラム提督です!」

比叡が言う。

「我が艦隊のファーレンハイト提督をここに呼びよせて、連合艦隊を結成された時はどうなるかと思いましたが、あのまま横須賀にとどまっていればどうなったことかわかりませんでした。いささか強引だったとは思いますが。」

そう言いながらも霧島の顔は満足そうだった。こうして姉妹4人がそろうことができたのも、ラインハルトのおかげなのだ。

「ラインハルト・フォン・ローエングラム提督。」

金剛がその名前を口にしたので、他の三人は驚いて長姉の顔を見た。いつもなら、

「ヘ~イ!提督ゥ~~!!」

等と口にする長姉が改まった様子でフルネームを口にしたからだ。

「私たちにとって、提督はpeople can look up 尊敬できる人ネ。でも・・・・。」

金剛は海上に浮かぶブリュンヒルトを眺めた。春の陽光に照らされたブリュンヒルトはその白い優美な艦体を照り輝かせていた。だが、どこかその姿ははかなく、消えてしまいそうな頼りなさを与えている。艦自体はまだ存在しているというのに――。

「でも、提督はいつまで私たちの側にいてくれるか・・・・・・。」

『どういう事ですか?』

他の三人が言葉をそろえた時、山城が扶桑をそして加賀を伴ってやってきた。

「どうネ?」

加賀は無言で一枚の皿を差し出した。

「ローエングラム提督の皿です。」

そこには大小の料理が乗っていたがほとんど手がついた様子はない。

「ローエングラム提督はブリュンヒルトに戻られました。少し顔色が悪いようでした。」

山城が硬い顔をしていた。

「・・・・思ったとおりだったヨ。提督、熱があるネ。」

『熱!?』

この戦いを前にして総司令官自らが熱に倒れる・・・・・。そしてそのことをラインハルトは誰にも漏らさなかった。

「マリアナ諸島泊地にやってきてから、度々発熱をしていた事、誰にも言わずに隠していたのよ。」

山城が説明した。

「このことを知っているのは赤城さん、金剛、そして私だけだった。できればこのことは内緒にしておいてほしい。そうでしょう、金剛?」

金剛は強くうなずいた。

「出戦自体を中止することはできないのですか?仮に提督が戦場でお斃れになってしまったら、混乱は免れません。」

霧島が尋ねた。

「止めても聞くような提督じゃないからネ。」

それだけを金剛が言った。

「それに、出撃のタイミングを今逃せば、深海棲艦側に戦力の立て直しの時間をますます与える余裕となります。また、今士気が高まっている私たちにも影響は出るでしょう。」

だからこそ、中止には出来ない。そのことを皆重苦しい思いで受け止めていた。

「それにもう一つ・・・・。」

金剛は言いかけてやめたが、その視線はブリュンヒルトの方を向いていた。

 

楽しげな宴が一気に色彩を失って無色になり、音が遠ざかるような気がした。

 

 

* * * * *

ラインハルトは独りブリュンヒルトに戻ると、アンネローゼによく似た女性の元を訪れた。彼女は苦しそうに部屋のベッドに横たわっていたが、かすかに目を開けた。

「お具合はどうですか、姉上・・・・・。」

かすかに喉が鳴った。それがラインハルトの発した音ではないことは彼自身が良く知っていた。マリアナ諸島泊地に戻ってきて以来、これが初めてではないのだから。

「・・・・なさい。」

かすれた声で応えたのは、女性の方だった。

「私は・・・・違う・・・アンネローゼ・・・・では――。」

「良いのですよ。元々あなたが姉上でないことはよく知っていました。それでもなお、私にはあなたが必要なのだ。」

ラインハルトはいたわりを込めて彼女の髪をなで、いたわりを込めて名前を呼んだ。

「ブリュンヒルト。」

あの時、アンネローゼの姿をかたどった女性と触れ合った時、その思いが、ラインハルトの中に流れ込んできたのだった。だからこそ知ったのだ。彼女が何者なのか、そして彼女の想いを、全てを――。

「あなた方はよくやってくれた。ブリュンヒルトがなければ、こうして大洋を駆けることもできなかったし、フロイラインたちとの出会いもなかった。武装をすべてロックされたことをあなたが恥じる必要などない。」

ラインハルトは静かにそう言い、少し熱い手で彼女の髪を静かに撫でた。

「この度の戦いで深海棲艦共と決着をつける。そのためにはあなた方の力が必要なのだ。」

アンネローゼの姿をしたブリュンヒルトの瞳に涙がうかんだ。

「泣くな。俺の旗艦ならばそのような弱気をもってどうするか。」

ラインハルトの口ぶりはいつの間にか妹に対するようなものになっていた。

「俺といる限り、俺が指揮を執る限り、俺たちは誰にも負けはしない。そうだろう?」

「・・・・・・はい。」

か細い声だったが、その声には一本のピアノ線のような芯がしっかりと張られていた。ラインハルトはかすかだが不敵な笑みをもってそれに応え、立ち上がった。

「少し休むがいい。俺も・・・・少し疲れた。」

仮に葵なり赤城なりビッテンフェルトなりが側にいれば、このような言葉を絶対に言わなかっただろう。

 毛布の乱れを直してやると、ラインハルトは自室に向かった。少し足がふらつくような気がするのは熱があるからだろう。それなのにラインハルトの足は速くなった。自室に戻るなり、窓際の半テーブル前の椅子に腰かけると、一冊の本を取り出すとページをめくる。時折ページを繰る指が止まり、じっと眼はそれに注がれ、そして勢いよくめくられ始める。そんなことが何度か繰り返された後――。

 

ある一点で彼の指が止まった。

 

「・・・・・変異性劇症膠原病、か。」

それはシヴァ星域会戦で昏倒したラインハルトの正体不明の病状を医師団がそう名付けた時の頁だった。

(自身の病を、そして死期を一書物によって否応なしに知らされるとは、妙なものだな。だが・・・・。)

ラインハルトは立ち上がり、ブラインドを開けた。そして降り注ぐ陽光にかざすようにしてペンダントを開けてじっとそれに見入った。この時ラインハルトは研ぎ澄まされた冷静さを自身で持て余すほどだった。駆けることを止められることを誰よりも嫌う彼にとって、死という永久牢獄の到来は、彼にとって苦痛そのものでしかないはずなのだ。それなのに――。

 

(俺は遠からず死ぬ。そして俺は、それを受け入れようとしている。)

 

いや、違う!!と彼は自分自身を叱咤した。受け入れるのではない。悠久無限の命などという物を彼は欲することはしない。その代り、常に駆けていたいのだ。自身の身体を燃やし尽くそうとも、そのエネルギーを常に解放し、発散させ、力の限り飛翔することこそ――。

 

(俺の求める生き方だ。そうだろう?キルヒアイス。)

 

ラインハルトはペンダントの赤毛の髪に心の中で語りかけた。

 

(だからこそ、俺は戦う。たとえその先にあるものが死であろうとも、俺を止めることはできない。最後まで、力の限り、俺は戦う。それこそが俺にふさわしい生き方だ。そうだろう、キルヒアイス?)

 

親友がもしここにいれば、必ず自分の問いかけに応えてくれるに違いない。そして――。

(・・・・そうですよね、姉上?)

かけがえのないたった一人の家族である姉もまた、きっと――。

 

ペンダントをしまい込み、ベッドに横たわったラインハルトはすぐに眠りに落ちた。彼の魂は時空を超えて、束の間の間揺蕩っていたのだった。あの懐かしい邸に、かけがえのない日々を過ごしたあの日々に―――。

 

 

 

* * * * *

『ヤン・ウェンリー・・・・・。』

虚ろな、そして不気味な声に自分の名を呼ばれた時、ヤンは表面上は動じなかったものの内心では不快さが湧き上がるのを抑えきれなかった。

『性懲モナク連合艦隊ト称スル輩ガ接近シツツアル。我ガ麾下ヲ指揮シ、コレヲ撃テ。』

「お言葉ですが、一度話し合ってみてはいかがですか?武力による解決以外に手段があるとすれば、その方が手っ取り早いかもしれませんよ。一方的な攻撃では互いの犠牲は増える一方です。」

相手から発せられた眼光がヤンの頭痛を引き出した。両手で身をよじるようにして思わず片膝をつきそうになるのを懸命にこらえる。

『貴様ガ記憶ヲ取リ戻サナケレバ、コンナコトニハナラナカッタノダ。ダガ、過ギ去ッタコトハ仕方ガナイ。問題ハコレカラダ。モウ一度イウ。我ガ麾下ヲ指揮シ、コレヲ撃テ。』

頭痛は激しくなり、彼は自らの意志とは関係なく言葉を絞り出していた。

「わかり・・・・ました・・・・。」

頭痛はおさまった。目の前の相手はお目付け役である空母棲鬼に一瞥を投げると、溶けるようにして消えていった。

『貴様のせいだぞ。』

空母棲鬼が横目でヤンを見た。そうは言っていても責める色合いはあまりなかったが。ついでながらヤンが記憶を取り戻してから、空母棲鬼のエコーが消え、彼女本来のものであろう声が聞こえるようになっていた。

『貴様があのようなことをしでかさなければ、私もとばっちりを受けずに済んだのだ。』

「そうは言ってもですね――。」

『このままでは二人とも殺されるぞ。』

殺されるのは自分だけではないのか。そう問い返そうとしてヤンは黙った。空母棲鬼の赤い虹彩にヤンの姿が写っている。

「あなたを巻き込んでしまって、申し訳ありません。」

『ならばこれ以上私を巻き込むな。』

一転して声が冷たいものに変わった。

『お前に付き合ったのは私の酔狂だが、命まで取られるとなると話は別だ。お前が気ままな行動を取ろうとすれば今度は私がお前を殺さざるを得なくなる。』

「・・・・・・・・。」

『私がためらうなどと思わない事だ。私自身の意志よりも『御姉様』の意志が優先する。個人的な感情など『御姉様』の前では無力化するのだからな。』

「・・・・・・・・。」

『わかったな?』

空母棲鬼がヤンを残して出ていった後も、ヤンは独り立ち尽くしていた。空母棲鬼が言った言葉は事実だろう。このまま何もしなければ、確実に殺される。先ほどの相手の態度と空母棲鬼の言葉から、自分は深海棲艦たちにとっては便利な道具に過ぎなかったことを認識せざるを得なかった。

それを承知でラインハルト・フォン・ローエングラムと戦うのか。ヤンは自分に問いかけた。かつて、ティアマト、レグニッツア、そしてアスターテでヤンはラインハルトと戦った。それは祖国の軍人としての立場から戦ったのであり、彼自身の自発的な意志から戦ったのではなかった。祖国の軍人としての立場から彼を脅威に感じていても、個人的な感情から彼を疎ましく思ったことはなかった。

 そこまで気持ちを整理したヤンは自分の疑問に自分で応えた。

(答えは、否だ。)

 ラインハルトとは戦うことはできない。個人的には空母棲鬼には随分と良くしてもらったが、それとラインハルトと戦うこととは別問題だ。

(それに、人間である私が人間ならざる者と手を組んで、他ならぬ人間を敵に回すことなど、できるはずがないじゃないか。)

 一番根本的な動機を再確認した時、ヤンは決意を固めた。どうにかしてラインハルトと接触をしなくてはならない。これについてヤンは危惧を覚えなかったわけではない。何しろラインハルトを特にアスターテで痛めつけた張本人なのだから。

仇敵だと向こうは思うかもしれないが、それでも話さなくてはならない。

 

 自分たちの未来を拓くために―――。

 

 

* * * * *

翌朝6:00――。

 

各艦隊指揮官以上の艦娘たちがブリュンヒルトに集合していた。赤城、榛名、金剛、長門、扶桑、天龍、能代、妙高らが一様にラインハルトを見上げている。各艦隊指揮官にあらためて指令を下そうとしていた。

「提督、お体は大丈夫なのですか?」

指揮官の一人として立つ赤城はそう問いかけたかった。ラインハルトの顔には熱の色は微塵もない。だが、昨日の発熱が今日にわかに治るものだとは思えない。そのような状態で指揮が取れるのか、無理をしていないのか、倒れないだろうか・・・・・・赤城の胸にはそのような思いが目まぐるしく交錯し続けていた。

 だが、赤城は悟っていた。このようなことを言ったところでその歩みを止めようとするラインハルトではない。

 

 ならばせめて――。見届けよう。

ローエングラム提督の秘書官として、提督をお支えすることが、私の役割なのだから。

 

そのような思いに赤城がたどり着いたとき、ラインハルトは艦娘の一人に視線を当てていた。

「フロイライン・ハルナ。」

「はい!」

榛名が一歩前に出る。

「卿は前衛艦隊を率い、敵の先鋒と対峙、これに斉射一撃を加えた後支援砲撃に徹せよ。フロイライン・コンゴウは前衛艦隊の砲撃後、第二次斉射、その後後退して主力艦隊の援護に回れ。」

ラインハルトの考えた策は要するに奇襲先制である。各艦隊はその全力を挙げて前門集中斉射を行った後、次々と次鋒にバトンタッチをする。次鋒が集中斉射を行った後は、その次と、敵の先頭集団に対し繰り返し砲撃を行うことで戦力をすり減らすことを企図している。

「フロイライン・アカギ。」

ラインハルトの瞳は赤城に向けられる。そして彼女の率いる航空艦隊こそがこの作戦の要であり、全てのカギを握るものだった。長距離を活かしたレンジをもって敵の中枢にダイレクトに突入し、総旗艦ただ一隻を狙うのだ。それができるのは、猛訓練を重ねた彼女たちでしかないとラインハルトは思っている。

「卿等航空艦隊はその全力を挙げて敵の中枢に突入。敵の総旗艦を撃て。」

「はい。」

赤城は静かにうなずいた。ラインハルトは隅々までと列している艦娘たちを見まわした。無言だが、一人一人に視線を合わせ、その意志を確かめようというかのようだった。この間、誰一人何も言わず誰一人動かず、ブリュンヒルトの空気の流れは彼一人の手に握られているかのようだった。

「もはや言うまでもないことだが、この度の戦いは、卿等の力によるところ大であり、卿等の努力に期待する。」

ラインハルトが短くそう言い終えた時、妖精たちがワイングラスを運んできた。それを次々と艦娘たちに渡す。もはや指示は不要だった。もはや言葉は不要だった。後一つを除いて、ラインハルトはやるべき事、伝えるべき事を彼女たちに伝えていたのだから。後に待ち構えるのは戦場であり、その先にあるものを見出せるかどうかは各員の力にかかっている。

「では、プロ―ジット!」

掲げられたワイングラスの白ワインを飲み干すと、ラインハルトは流麗な動作でグラスを地に叩き付けた。幾多の細かい精となって砕け散ったガラスの破片の先に、ラインハルトは何を見たのだろうか。それがわかるのは本人だけだった。

 

 

マリアナ・ローエングラム連合艦隊はマリアナ諸島泊地を進発する。ファーレンハイト艦隊を麾下に加え、士気も装備も、そして気概も新たにし、全軍はミッドウェー本島を目指した。

ラインハルトは艦橋に立ち、遥か彼方のミッドウェー本島を見渡そうというように眼差しを一点に向け続けていた。

 

そして――。

 

マリアナ・ローエングラム連合艦隊はミッドウェー本島を眼前に布陣を展開したのである。これに対するに深海棲艦もまた、残存勢力を結集してミッドウェー本島眼前に集結したのであった。

「提督、全艦隊、準備完了しました。」

夕張が階下からラインハルトを見上げる。ビッテンフェルトも、葵も、そして出撃を控えた赤城も彼を見ていた。そしてアースグリムにいるファーレンハイトも、洋上にいる艦娘たちも、皆ラインハルトを見ていることだろう。

「全軍に告げておきたいことがある、無線機を貸してくれ。」

ラインハルトは妖精の一人から無線機を受け取ると、

 

「戦いをするにあたって卿等に話しておきたいことがある。」

 

ラインハルトの声は艦橋を圧し、通信機越しに響き渡る声も熱に倒れた体であることを微塵も感じさせないものだった。

 

「今から挑むのは、史上最大規模と言われる深海棲艦共だ。その総数たるや未知数で有り、その戦力もどれほどの物かわからぬ。あるいは、これが今生の最後となる者もいるやもしれぬだろう。」

 

ラインハルトにしてこういう言葉が出てくるとは!!皆が驚愕の面持で総司令官を見つめ、青ざめていた。悲痛な空気がブリュンヒルト艦橋を覆いつくそうとした、その時だった。ラインハルトが顔を上げた。その眼は如何なる怯懦も弱気も潜んでいなかった。そこにあるのはただ、強い意志、決して屈しはしない強固な瞳の輝きがまっすぐに前に向けられている。

 

「だが!我々には彼奴等にないものがある。それは最精鋭の練度を持った卿等、そして互いを信ずるところによって構築した強い絆だ!!この二つは物質的なものではないが、百万隻の艦隊に勝るものとなり、卿等を勝利に導くであろう!!」

 

ラインハルトの声は朗々として艦娘たちの耳を打ち続けた。そしてそれこそが何よりの、どんなものよりも、たとえ間宮や伊良湖のアイス、モナカよりも、彼女たちの戦意高揚につながったのである。

 

「私が統括指揮をする限り、提督、指揮官は常に陣頭に立つ!卑怯者は誰一人として卿等の背後に立つことはない!私はここに宣言しよう!今日、この時をもって太平洋上の深海棲艦共を完全に駆逐し、我々の大洋を取り戻すことを!!」

 

二呼吸ほど置いて、熱烈な歓呼の叫びがそこここでこだました。

『ジーク・アトミラール・ラインハルト!!ジーク・アトミラール・ラインハルト!!』

戦艦も、空母も、重巡も、軽巡も、駆逐艦も、全てがラインハルトに向かって声を張り上げていた。それは幾重にもこだまし、奇妙なことにそれがまた戻ってきたのである。

『ジーク・アトミラール・ラインハルト!!ジーク・アトミラール・ラインハルト!!』

幾重にもこだまする声は、深海棲艦たちをたじろがせるのに十分だった。

 シュタインメッツ、ビッテンフェルト、ファーレンハイト、ザンデルスらはそれぞれの持ち場でうなずき合った。

(やはりローエングラム提督、あなたは常に陣頭に立ち、敵の前で胸をさらすのですね。)

歓呼の声が繰り返し響き渡る中、赤城は感嘆の眼差しでラインハルトを見上げていた。

(そしてそれこそがあなたの最も輝く瞬間、私はそこに立ち会うことができて本当に幸せです。)

じんと胸にしみわたるものを感じて赤城はつばを飲み込んだ。まだ戦いは始まってすらもいないのだ。

 歓呼の声が静まり返った。ラインハルトの右手が高々と、

(フロイライン・ナチ、リュウジョウ、シラツユ、見ていてくれ。キルヒアイス・・・・見ていてくれ。姉上、見ていてください。私の全てをもって深海棲艦共をこの大洋から――。)

一瞬重力を感じさせないほど勢いよくしなやかに上がり、

 

(駆逐する!!)

 

前方に展開する深海棲艦共を切り裂くように振り下ろされた。

「ファイエル!!!」

こうして中部太平洋海戦は幕を開けることとなった。

 

 




 アンネローゼによく似た女性は、言い方を拝借すればブリュンヒルトのメンタルモデルのような存在です。

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