艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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第三十九話 フロイライン・アカギ、卿ならばできるはずだ。

 

その存在は深海棲艦の中でもあまり知られていない。だが『御姉様』の呼称として呼ばれていると言えば、人型以上の深海棲艦ならだれでも知っていることだ。

その深海棲艦はこれまでずっとある島の奥深くに座したまま外に出てこようとしなかったのである。その姿を見ることができるのは一部の上級深海棲艦すなわち「棲鬼」以上の存在に限られていた。

 

だが――。

 

突如その深海棲艦が姿を島に現したのである。まだ艤装を付けていなかったがその禍々しい姿は付近に遊弋していた深海棲艦ですらも戦慄せしめるほどのものだった。

彼女は両手を広げ、天高く何かを叫んだ。すると、禍々しい赤い光が彼女の全身から立ち上り、島を覆いつくしたのである。正確には、島に張られていたあるフィールドを解放したのであるが、その目的、その意図を知る者はこの時はまだ誰も存在しなかった。

 

 

 

ブリュンヒルト執務室にて――。

■ラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将

 大規模な艦隊派遣が決まった。だが、俺らしくないことに心のどこかで躊躇する気持ちがまだある。なんだ?この気持ちは。どこかで感じたようなはっきりとしないものなのだが、以前これと同じ気分を味わったことがあるのは確かなのだ。おかしなものだ。俺がためらったリしたことなどこれまで一度もなかったはずなのだが。

 戦力は大規模な空襲を受けたが、まだ健在だ。だが、敵の勢いは尋常ならざるものがある。おそらく先の攻撃はほんの小手先にすぎぬのだろう。そして、俺には気になることがある。アトミラール・ナシハが言っていたことだ。「まるで人間が加担しているようだ。」と。

 これは俺も感じていたことだ。先のトロキナ、ポートモレズビー、マダン、そしてラバウルを壊滅させた敵の手腕は戦略的に見ても見事だったというほかない。深海棲艦共は侮るべからざると思ったが、アトミラール・ナシハに言わせるとそうではなかったのだという。

 だとしたら何なのだ?誰が彼奴等に味方している?敵側についている人間は尋常ならざる用兵家だ。この俺をして気を引き締めさせる・・・・。

 

 まさか・・・・?奴が・・・・?

 

いや、考えすぎかもしれんな。

 

 それにしても俺は一体この先どうなるのだろうか?ビッテンフェルト、シュタインメッツ、ファーレンハイト、そしてザンデルスがここに来ていたことは俺を喜ばせたが、寂しさは満たされないでいる。もし二人がここにいてくれたなら、俺は元の世界に戻り、宇宙を手に入れるなどという志を持たず、この星で暮らす決意を容易に固めていただろう。

 ラバウルから肌身離さず持ってきたものが一つだけある。例の俺の事が書いてあるという本だ。よくよく見返してみたが、あの時ほど衝撃を受けたことはない。暫くは何も考えられなかったほどだ。俺が、俺のせいでキルヒアイスが――。

 

だが、あくまでそれは本の話なのだ。俺は絶対にそのような事はしない。慢心し、お前と仲たがいするようなことは断じてしない!断じてだ!だから、姉上、どうか俺の下にいてくださらないだろうか?キルヒアイス、どうか俺の下に来てくれないか?二人がいてくれなかったら俺は独りだ、独りぼっちなのだ・・・・。

 

 

* * * * *

 ラインハルトの執務室がノックされた。赤城が入ってきたのはいつもの事だったが、連れがあるのには驚いた。葵と翔鶴だったからだ。

「失礼するわ。お邪魔だった?」

「いや、そんなことはない。」

ラインハルトは立ち上がって3人を応接セットにいざなった。

「艦隊編成は出来上がったの?」

葵の問いかけにラインハルトは紙片を取り出して3人の前に置いた。

「だいたいの考案だ。何か気になるところがあれば言ってほしい。」

3人がのぞき込むと、以下の編成が書かれてあった。

 

 前衛遊撃隊

 第一戦隊 金剛 榛名 能代 照月 嵐 荻風(嵐 荻風は横須賀鎮守府艦隊から離脱

。)

 第二戦隊 那智 足柄 阿賀野 舞風 野分

 前衛遊撃隊護衛空母

 鳳翔

 本隊

 第一航空戦隊 赤城 加賀

 第二航空戦隊 翔鶴 瑞鶴

 護衛艦隊 長門 陸奥 比叡 ウォースパイト 潮 曙 卯月 皐月 文月 夕張 青 

      葉

 ビッテンフェルト艦隊 山城 龍驤 天龍 白露 夕立 

 

 このほかファーレンハイト艦隊とマリアナ諸島泊地艦隊の一部は特命を受けて別行動を取っている。この真意はラインハルトと梨羽 葵他少数の者にしかわからない事だった。

「前衛に機動性に優れた高速艦隊を配置し、本隊は重厚な戦艦群の布陣か、悪くないわね。」

葵が言った。それを見ていた赤城、翔鶴の両艦娘もうなずいたが、どこか表情が心ここにあらずと言った風であった。

「どうかしたのか?」

「実は・・・少し懸念材料ができたのです、ローエングラム提督。」

翔鶴が濃い憂いを帯びた色を浮かべて答えた。

「以前私たち五航戦が幾度も偵察を行ったという事は述べたと思います。その時はここ(翔鶴がテーブル上にあった海図の一点を指した。)マジュロに敵の中枢があるという話をしたと思います。それが・・・・。」

翔鶴は黙り込んでしまう。その姿にただならぬものを感じたラインハルトが問いただそうとした時、

「別の島が出現したのです。」

赤城が引き取った。彼女の語尾が震えている。その表情に浮かんでいる色を読み取ったラインハルトは衝撃を受けていた。赤城の浮かべている色、それは恐怖だったのである。こんなことは今までになかったことだった。

「別の島だと?」

「はい。・・・・我が国の言葉で表記すれば、中間島、すなわち・・・ミッドウェー島。」

「ミッドウェー島・・・・。」

ラインハルトはその島の名前を口にのぼせた。途端に奇妙なことだがある種の戦慄が襲ってきた。このようなことはラインハルトをして未だ感じせしめられることなどなかったことなのだが。あるいは赤城、翔鶴の纏っている異様な緊迫感がそうさせたのかもしれない。

「ローエングラム提督、あなたは知らないでしょうけれど、この子たちの『前世』において日本海軍機動部隊が壊滅した鬼門の地なのよ。ミッドウェーは。」

二人が黙り込んでしまっているので、葵が後を引き取った。

「前世とやらにおいて航空戦の黎明を開いた海軍がなぜたやすく負けるのだ?敵はそれほど強大だったのか?」

「日本海軍の誇る空母4隻が、全滅したのです。その陣容は・・・・加賀、飛龍、蒼龍、そして・・・この私、赤城です。」

赤城がかすれた声で言った。

「私たちからすれば絶対に負けるはずのない戦いだった。そのはずだったのです。でも・・・小さな判断ミス、そして小さな不幸が積み重なって、それが・・・・。」

彼女は両手で顔を覆った。翔鶴もきつく唇をかんでスカートの襞を握りしめている。

「だが、この世界にはミッドウェーなる島は存在しないのではないのか?海図を見たがそのような島はなかったと記憶しているが。」

「あなたの言う通り、ミッドウェー島は私たちの世界にはないものだったのよ。赤城や翔鶴たちの前世と私たちの世界は微妙に違っているみたいなの。理由はよくわからないけれど。」

葵が補足する。

「でも、それは『無い』のじゃない。隠されていた、そう表現するほかないのかもしれないわね。」

「隠された島、か。だとすれば敵の本当の中枢はこのミッドウェーとやらなのかもしれんな。」

ラインハルトは赤城、翔鶴を見た。

「他のフロイラインたちはどうしているか?」

「みんな動揺しています。ミッドウェーと耳にしただけで前世の記憶がよみがえった子は多いのです。」

翔鶴が答える。隣の赤城は蒼白な顔で目の前のテーブルを見つめていた。

「アトミラール・ナシハ。状況が変わった以上当初の作戦を遂行することは不可能だと思うが、どうか?」

「私も賛成よ。実を言うとそれを言いに来たの。あなたがいち早く言い出してくれて助かったわ。すぐに艦橋に赴いて指揮を執ってくれると助かるのだけれど。」

「言うまでもない。すぐに行く。」

「赤城、それでいい?」

「・・・・・・・。」

「赤城?」

「・・・・・・・。」

赤城はじっと身じろぎもせず、うなだれ気味に目の前のテーブルをひたっと見つめていた。

なおも赤城に声を掛けようとした葵をラインハルトは無言で制した。

「じゃあ、私と翔鶴は各艦隊に通信を送る準備をしておくから。」

葵と翔鶴は赤城を見たのち、ラインハルトにうなずきかけ、部屋を出ていった。

「フロイライン・アカギ。」

ラインハルトは赤城に声をかけた。それでもなお赤城が反応しないので、ラインハルトは彼女の隣に腰を下ろした。

よく見ると弓道衣の上に握られた彼女の両拳が震えている。

「・・・・・提督。」

赤城が真っ赤な眼をラインハルトに向けた。あまりにも取り乱したその姿にラインハルトは言葉を失っていた。

「・・・申し訳ありません・・!」

小さく叫ぶように赤城が言った。

「私は・・・駄目なんです・・・・怖いんです・・・・!!ミッドウェーの名前を聞くたびに、思い出すたびに、あの悪夢が私の中で・・・・よみがえる・・・・!!」

それから赤城が紡ぎだしたのはただの単語の羅列だった。だが、その単語ですら、ラインハルトには十分にその時の光景を思い起こさせるほどのものだった。甲板は火の海になり、あたり一面が血と人間の腕、足が飛び散り、惨状はすさまじいものだった。

 傾く飛行甲板、吸い込まれる人間の叫び、火だるまになりながら絶叫し、海に飛び込む作業員、閉じ込められ「出してくれ!」と叫びながら押し寄せる海水におぼれていく機関員たち。待機中に爆撃を受け、飛行機もろとも爆発四散して飛び散った搭乗員。敵機の機銃に撃ち抜かれる対空機銃手たち。

「・・・・・・・。」

赤城の口が閉ざされた。話は終わったが、ラインハルトさえも額に汗をにじませるほどのものだった。

「私を臆病とおっしゃっていただいて構いません!でも、私は忘れることができない・・・!!あの惨状を、散っていった多くの人たちを!!そして・・・・他ならない沈んでいった自分自身を・・・・!!」

不意に赤城は身じろぎした。自分の両手の上に重ねられるものを感じたからだ。

「フロイライン・アカギ。」

ラインハルトの手が彼女の手を包んでいた。

「卿の体験は尋常ならざるものだという事がよくわかった。私ですら平静でいられないほどのものだという事もな。それを恥じる必要はない。それを隠す必要もない。」

「・・・・・・。」

「だが、純然たる恐怖のままでそれを持ち続けることはさせられぬ。何故だと思うか?」

「・・・・・・?」

「今卿の心には恐怖のみ存在しているだろう。他のいかなるものをも考慮するゆとりがないほどにな。それが耐え難いことはよく承知している。だが、それはさせられぬ。なぜなら、それは卿の後ろにいる多くの者の思いを無駄にすることなのだから。」

「・・・・・・・!」

「恐怖という名前でミッドウェーの記憶をすべて忌まわしきものとして封じてしまえば、なお卿を信じて戦っていった者たちはどうなるのだ?」

「・・・・・・・。」

「卿の為に、卿を守ろうとして命を張って戦い、死んでいった者たちはどうなるのだ?」

「・・・・・・・。」

「卿の後を継いで、卿の志を継いで戦っていった者たちはどうなるのだ?」

「・・・・・・・。」

「フロイライン・アカギ。卿にはやるべきことがあろう。だが、独りで背負う必要などはない。何故ならここには卿の仲間がいる。そして私もいる。そうではないか?」

「・・・・・提督。」

赤城が口を開いたが、その頬にはかすかに赤みが戻ってきていた。

「フロイライン・アカギ。卿ならばできるだろう。忌まわしき記憶すらも力に変え、卿を信じる者たちの思いを背負い戦い続けることがな。」

「・・・はい。」

小さな声であったが、間髪を入れずにそれは戻ってきた。赤城が顔をラインハルトに向ける。うるんだ瞳はまだ赤かったがその眼ははっきりとラインハルトを見つめていた。

「提督・・・・一言だけ、本当に一言だけ、言わせてください。これだけはぜひ言っておきたいんです。」

赤城はラインハルトの手を取った。

「ローエングラム提督、あなたは、本当に――。」

『ローエングラム提督!!赤城秘書官!!すぐに艦橋へ来てください!!』

夕張の叫びが艦内放送を通じて二人の耳に飛び込んできた。

「フロイライン・アカギ。」

「はい!すぐに艦橋に!!」

二人は執務室を疾風のように飛び出していった。

 

 

駆けつけてきたラインハルトと赤城を迎えた夕張は、

「これを見てください!!」

二人はレーダーを一瞥し、彼女が言いたかったことを正確に理解した。

「後方のレーダーに艦影出現、さらに艦載機と思われる反応も多数!!」

「敵か。しかし妙だな。」

と、ラインハルトが言ったのには少しわけがある。

「後方というのは、少し解せませんね。」

赤城も首をかしげている。敵は後方4時から6時をかすめるようにしてこちらの背後を扼そうとしているように見える。仮に後方から迫るのであれば奇襲でなくてはならないだろうが、この動きは妙だった。

「ですが後方の敵は戦艦3、空母1、重巡3、軽巡2、駆逐艦10です。数は少なくはありませんが、さりとて一戦してこれを撃破するのは容易だと思います。」

「そうか、では――。」

悲鳴のような声が艦橋に沸き起こった。

「何事か?!」

ラインハルトの叱咤に反応したのは天龍だった。彼女は一点を見つめたまま固まっており、ラインハルトの声に反応してぎこちなく後ろを見て、前方を指さして見せた。どうやら悲鳴の主は彼女の隣の白露のようだった。その悲鳴に反応した天龍がいち早く悲鳴を出させた原因を見つけ出したのである。

「お、おい・・・・あれ・・・・なんだよ・・・。」

眼前のディスプレイには無数の点が入道雲を背景に飛来してくるのが見えた。さらにその下にはこれまた無数の点が白波を蹴立ててくるのが見えた。

「これは・・・・!!」

夕張は司令席を見上げて・・・愕然となった。

 

ラインハルトが息をのんでいる。動くことを忘れたかのように、まるで石像のように彼は立ちすくんでいる。何かを思い出したかのようにその眼は遠いところを見つめていた。

「ローエングラム提督!」

「・・・・・・・・。」

彼女は再度声を掛けようとして、思いとどまった。今自分にできることは自分の職務を遂行すること、それだけなのだから。

「敵影、多数!拡大投影します!!」

夕張はすぐさまディスプレイを拡大した。間違いであってほしいと誰もが望んだことと正反対の結果が映し出された。

「12時方向、戦艦ル級24、戦艦タ級28、装甲空母姫12、重巡リ級49、空母ヲ級18、軽巡以下多数!!まだ出現している!?」

彼女の前のコンソールディスプレイにはまるで細菌の繁殖のように際限ない敵の光点が出現し続けていた。

「さらに・・・四時方向から艦船多数!これは、戦艦水鬼3、戦艦棲姫5、空母棲姫1、戦艦レ級10、戦艦ル級37、重巡ネ級19、これは・・・主力艦隊!!さらに・・・左舷9時方向、軽巡ツ級30、軽巡ホ級56、駆逐艦以下多数!!さらに出現中!!駄目・・・数えきれない!!」

夕張の最後の言葉は悲鳴のようだった。

「こんな・・・こんな、バカな・・・!!」

ビッテンフェルトでさえも息をのんでいる。あまりにも戦力の比率が違いすぎる。しかもこれですらも敵の陣容のすべてではなく、まだ一部に過ぎないのだろうから。

「似ている・・・・。」

ラインハルトは拳を握りしめた。

「あの時、あの瞬間と同じではないか・・・!!アスターテ星域と、同じではないか・・・!!」

ラインハルトの額に汗が流れ落ちていた。この様子を未だかつて夕張は見たことがない。

「奴だ、奴に違いない・・・・。」

「閣下、奴とは?」

ビッテンフェルトの問いかけにもラインハルトは応じない。わなわなと総身が震え続けている。

「ヤン・ウェンリー・・・!!貴様は、ここにまで・・・・!!」

 


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