艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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第三十八話 やはり卿等は艦娘なのだな。

 

マリアナ諸島泊地における深海棲艦の強襲は泊地全体に大きな衝撃と損害をもたらした。消失した資材の数は数万トンとも言われ、さらに数十機の艦載機、基地航空隊、陸軍航空隊などが失われたほか、輸送船10余隻、イージス艦3隻、水雷艇以下小艦艇16隻などが撃沈、大破した。マリアナ諸島泊地司令部も大損害を受けて機能しえなくなったため、葵は泊地司令部をブリュンヒルトに移して機能の復旧を図った。ラインハルトはファーレンハイト艦隊と連絡を取り事情を伝えると同時にいくつかの指示を新たに与えたが、葵でさえもラインハルトが何故ファーレンハイト艦隊を差し向けたのかわかりかねていた。のちにラインハルトが葵にその意図するところを明かしたが、それは葵、赤城、そして幾人かの艦娘に限られていた。

幸い艦娘サイドに轟沈した者はいなかったが、終始防空指揮をとり続けていた照月が重傷を負ってブリュンヒルトのメディカル施設に収容されている他、比叡以下の応戦部隊も大小の傷を負ったのである。

 

だが――。

 

ブリュンヒルトの会議室に集まった梨羽 葵以下の出席者たちは襲撃に心胆寒からしめてはいなかった。むしろ積極攻勢の闘志に火をつけていたと言ってもいいほどだった。艦娘たちの熱気と闘志はラインハルトですら意外に思うほどだった。あれほど叩かれっぱなしに叩かれたのならば、銀河帝国の将兵たちであれば、疲弊して多少なりとも休息を取らなくては持ち直すことができないほどだ。

にもかかわらず、艦娘たちはすぐにでも報復の出撃を乞わんばかりの勢いだったのである。ラインハルトはビッテンフェルト、シュタインメッツと顔を見合わせた。

(やはりこれが艦娘とやらと人間との違いという事か。前世が戦艦というだけあって、その本質は闘志の塊のようなものなのかもしれんな。)

ラインハルトはそう思いながら発言者の「演説」を聞いていた。

「積極攻勢だ!!もう我慢ならねえ!!あのクソったれの深海棲艦共に一発ぶちかましてやらなくちゃ気が済まねえ!!」

と、まず開口一番に吼えまくっていたのは天龍だった。言わんとするところは一言に要約できる意見である。

「私もよ、やられっぱなしだなんて性に合わないわ!梨羽提督、ローエングラム提督、物資が不足しているのはわかっているけれど、積極攻勢、やってみましょうよ!」

足柄も声を合わせる。

「そうよ!!あのクソ深海棲艦、散々好き勝手にやってくれちゃって!!私も大賛成!!さっさと作戦を立案しなさいよ、このクソ――。」

潮と夕立が慌てて曙の口をふさぎにかかるのと、ラインハルトがものすごい目つきで曙に眼光を浴びせかけたのはほぼ同時だった。

「フロイライン・アケボノ、次に私に対してそのような呼称を用いるのであれば、卿にブリュンヒルト全艦の床清掃を命じることとなる。一人で、だぞ。」

曙の頭が上下にコクコクと小刻みに揺れた。さすがの曙もラインハルトの気迫には抗することはできなかったと見える。ラインハルトはそれで充分だと見て取ったのか、曙から視線を外すと、発言者たちを見まわした。

「卿等の言わんとするところ、そして卿等の気持ちはよくわかる。だが、戦うからには万全の備えをもって戦うべきであるし、戦うからには必ず勝つようにしなければならぬ。そうではないか?」

「ほんなら、このままず~っと物資をためて、飛行機、船の修理が終わるのを待つんか?そりゃ、ちょっち待てんわ。うちらも出撃したくてウズウズしておるんやし。」

と、龍驤が言う。

「確かに提督の言う通り、物資の回復や損傷した艦艇の修理、さらには航空戦力の復旧は急務であるが、それでは敵に余裕を与えることになりはしないか?むしろ引き上げる敵の後背を叩き、追尾し、敵の本営になだれ込んで一撃を加えることは、敵の心理を寒からしめることになると私は思うが。」

と、那智も言う。

「だが、敵の規模が不明瞭な部分が多い。我々が不在の間には第五航空戦隊、フロイライン・ショウカク、フロイライン・ズイカクにはよく偵察を行ってもらった。」

ラインハルトは二人の労をねぎらうようにうなずいて見せた。瑞鶴が何か言いたそうに身を乗り出すのを制して、

「だが、これだけでは不足だ。仮にも敵の中枢である以上、二重三重に索敵を重ねなくてはならぬ。また、敵の規模もこれまで判明しているものよりもさらに強大なものである可能性もある。さらには先の強襲の敵の狙い、動向がはっきりせぬ以上動くのは危険であるとも思える。」

艦娘たちは意外な面持ちだった。ラインハルト・フォン・ローエングラムと言えば「積極攻勢。」「常に陣頭に立つ。」「常に先手先手を取り、状況を作り出す。」人物ではなかったか。このような用心ぶりは、ラインハルトらしくない言い方だと大部分の者は思っていた。だが、赤城、榛名、金剛、加賀、山城、鳳翔らはラインハルトの気質をよく知っていたので、彼の意見を聞いてなるほどと顔を見合わせていたのである。

「なんだよ?積極攻勢で知られたアンタらしくねえなぁ。」

天龍が渋り顔で言ったが、これに対してラインハルトが言うよりも早く赤城が口を開いていた。

「積極攻勢をしたいという意見はよくわかります。ですが、ローエングラム提督もおっしゃられたように、敵の規模、動向をよく検討しなくてはならないでしょう。」

その隣で加賀も、

「猪突猛進をすることほど敵に乗せられやすいものはありません。それに、お忘れですか?私たちは索敵の不足から、前世で米国に大敗を喫し、悉く沈められた経験を持っていることを。その愚行をまた繰り返すというのならば、私は断固として出撃を拒否します。」

加賀がここまで言ったのは初めてだった。さすがの天龍、そして足柄ら積極攻勢派もその言葉に気圧されて黙り込んでしまった。

「ちょっと!索敵の不足不足ってさっきから言っているけれど、私たちだって二重三重に索敵しているのよ!何回も偵察に出ているんだって!その結果がこれなのよ!」

先ほどラインハルトに制された瑞鶴が我慢しきれないように身を乗り出した。

「その結果が『コレ』ですか。まったく・・・五航戦の偵察レベルはこの程度の物なのですか?」

ピキッ、と瑞鶴のこめかみに血管が浮いたのが遠目の赤城、ラインハルトの席からも分かった。

「・・・どういうことよ?」

「戦力分布、規模、各敵艦隊の進路、動向、全てが中途半端な記載でしかありません。」

「へぇ~~?そう言うんだ?誰かさんは横須賀に行ったときに丸腰で艦載機すら持たずにノコノコ敵中に入り込んだって聞いたけれど?」

ピキキキッ、と加賀のこめかみに血管が浮いたのが隣に座っていた赤城にはわかった。

慌てて翔鶴が「瑞鶴、止めて。失礼でしょう!」と袖を引っ張るが、いったん沸騰した瑞鶴は収まらなかった。

「敵中と言いますが、横須賀鎮守府はれっきとした日本海軍の中枢です。敵味方の区別もつかないのですか、あなたは。」

「横鎮なんて役立たずでこっちの足を引っ張る『敵』そのものじゃないの!ローエングラム提督を暗殺しようとしていたくらいなのよ!敵と認定して当然じゃない!そんなところにノコノコと偵察もせずに行くあなたの方がどうかしているわ!!」

「お言葉ですが、暗殺はローエングラム提督が赴かれた後に実行されようとしたことです。順序を取り違えないように――。」

「あ~はいはい。そんな細かいことばっかり言っているから、練度が上がるのね。羨ましいわ~。私もそういう人になれば練度が上がるかなぁ。」

『二人ともいい加減にしなさい(なさってください)!!』

葵、赤城、そして翔鶴が二人を制しようとしたが、二人の勢いは止まらない。

「第五航空戦隊としての自覚を少しは持ったらどうなのですか?偵察、攻撃、直掩、全て中途半端であれば、足手まとい以外の何者でもない。そんなあなたを敵の中枢に連れて行くわけにはいきません。」

「そっちこそ!もともと戦艦だったくせに空母空母って自慢して!本当の正規空母は私たちなのよ!低速の戦艦の癖に高速の仲間入りなんかしちゃってさ。前世じゃ居住性も最悪だって聞いたわよ。『焼き鳥製造機』なんて言われてたんじゃなかった?」

「あなたの方こそ、空母と言われながら装甲もろくにしていなかったではありませんか。私たちの惨状を見て少しは改善するかと思いましたが、それもほとんどせず。爆撃を集中されて沈没していったのは笑止としか思えません。」

「あれは仕方がなかったんだって!第一爆撃だけじゃないし!魚雷だって――。」

「フロイライン・ズイカク、フロイライン・カガ!!」

ブリュンヒルト会議室をすさまじい怒声と威圧が駆け抜けた。瑞鶴も加賀も身を硬くして口を閉ざした。それほどラインハルトの声は二人の動きを止めるのに十分すぎるものだったのだ。

「卿等は何をしているのだ!?互いをけなし、互いの欠点を言い争って何の益がある!?」

二人はまるでしかられた小学生のように黙り込んでしまった。

「ここは今後の戦略を決める重要な会議場だ。そのような場所に互いの私怨を持ち込むのならば、卿等にここにいる資格などない!!今すぐに出て行ってもらおうか。」

瑞鶴の喉が鳴った。何か言いたそうだったが、ラインハルトの眼光とぶつかると目を伏せてしまった。加賀はちらと瑞鶴、そしてラインハルトに視線を走らせたがやはりその後は視線を下に落としてしまった。重苦しい空気が会議室を包んだ。誰も動かない。誰もがしゃべることも、そして動くことすらも恐れて黙り込んでしまっているかのようだった。

 

ガタッ、と椅子が動く音が沈黙を破った。誰もがその音源を見た。

「ローエングラム提督。」

翔鶴が立ち上がっていた。そして深々と頭を下げたのである。

「申し訳ありません。妹が、瑞鶴が大切な会議にこのような発言をしてしまい、場を乱してしまったことをお詫びします。」

「フロイライン・ショウカク、発言はフロイライン・ズイカクがしたのであって卿がしたものではない。卿の気持ちはよくわかるつもりだが、私は卿から謝罪を受けようとは思わない。」

「・・・・・・・。」

翔鶴はかすかにうなずき、悲しそうにまつげを伏せて席に座った。

 

瑞鶴が立ち上がったのはそれから1分後だった。加賀も前後して同時に立ち上がっていた。

「・・・申し訳・・・ありませんでした。ローエングラム提督。」

かすれるような声で瑞鶴は深々と頭を下げた。

「会議の場を乱し、申し訳ありませんでした。ローエングラム提督。」

加賀も深々と頭を下げた。声はいささかの乱れもなかったがさすがに表情は硬かった。

「フロイライン・ズイカク。」

ラインハルトは立ったままの瑞鶴にまず声をかけた。

「卿が謝るべきは私ではなく、まずはこの会議に出席している面々、そしてフロイライン・カガであろう。そしてフロイライン・カガ、卿もだ。」

二人の視線が一瞬宙を交錯し、互いの眼に火花を送り込んだ。

「・・・・皆、そして・・・加賀、申し訳、なかったわ。あなたの悪口をあそこまで言うつもりはなかったの。」

「・・・・いえ、それは私もでした。皆さん、そして・・・瑞鶴さん、こちらこそ、申し訳ありません。」

渋々といった格好だったが二人が謝りあったので、艦娘たちはほっとしたように表情をゆるめた。

「フロイライン・カガもフロイライン・ズイカクも得難い艦娘だ。私も二人には随分と助けられている。」

ラインハルトは二人を当分に見、座るように合図しながら、

「それぞれに長所があり、そして同時に短所もある。卿等にはそれらを補い合い、あるいは伸ばせるようになって欲しい。それこそが今後の攻勢において全軍を左右するやもしれぬからな。」

『提督、では――!!』

語尾を鋭くとらえた艦娘たちが一斉にラインハルトを見る。そこにはあきらめかけていた期待が再度燃焼する炎の色が灯っていた。

「卿等がそれほどまでに出撃を望むのであれば、私としてもこれを拒む理由などない。作戦の検討はなお必要であるが、深海棲艦根拠地に向けての出撃はこれを可としたい。ただし――。」

ラインハルトは艦娘たちの表情をうかがうように見ながら、

「全軍をもって出撃する。既にマリアナ諸島泊地がこのような状態である以上、ここを守備する利点はあまりない。また、深海棲艦の中枢とやらであれば全軍をもって当たらなくては活路は見出せぬ。」

艦娘たちは一斉にうなずきを示した。

「アトミラール・ナシハの意見はどうか?」

「私としても反対はしないわ。まぁ、物資の問題はあるけれど、これ以上締め付けていると今に皆ストレスで暴発しような勢いだものね。」

「フロイライン・アカギはどうか?」

「皆さんや提督がそのお気持ちでしたら、私としても反対は致しません。私個人としても敵に一矢報いたい気持ちは充分にあります。」

ラインハルトは皆を見回した。

「聞いてのとおりだ。深海棲艦の根拠地に向けて全軍をもって出撃する!!」

一斉に立ち上がった艦娘たちが敬礼を捧げた。この瞬間から、マリアナ諸島泊地艦隊及びラインハルト連合艦隊は深海棲艦の中枢攻略を開始したのである。

 

 

 

 

* * * * *

御姉様から呼び出しを受けた空母棲鬼が彼の下に戻ってくると、彼は憮然とした表情で例の黒いポットと黒いカップを使って紅茶を淹れている最中だった。ちょうどカップを口から離したところだったが、その表情は明らかに「マズイ」と言っているようだった。やはり自分が淹れたものであってもまずいことには変わりない様だ。もっとも今日の彼のこの表情には別のエッセンスも加わっていることを空母棲鬼は知っている。

「オイ、ソウイツマデモ拗ネテイルナ。」

空母棲鬼が傍らのテーブルに座って彼に声をかけた。

「『御姉様』ノ指令ニハ逆ラエナイコトハ知ッテイルダロウ?」

「戦争そのものについては反対しているわけじゃありませんよ。もっとも、未だに私が誰であなた方がどんな目的を持っているかはわからないのですがね。そうではなくて、あなたたちのやり方にはどこか『嗜虐的』な色がある。それが嫌なんです。」

そうだろうと空母棲鬼は思う。仮に彼が人間であり、深海棲艦の目的を明確に把握すれば絶対にこちら側に加担しないことは明らかではないか。だからこそ深海棲艦側は彼を外界とシャットアウトさせて必要最低限度の情報(戦略戦術構築のための)しか与えないようにしていたのだ。

「戦争そのものはできるだけ回避すべきですが、時にはせざるを得ない場合もあるでしょう。ですがその中にあって、無用の殺し合いはできる限りせずに済むのならそうしたい、と考えるのは間違っているでしょうか?」

それはエゴだ、と切り捨てることは容易だった。そして今までの空母棲鬼であればそう言っただろう。だが、彼と接し彼の考えを聞くにつれ「果タシテ我々ノヤリカタハ正シイノカ。」と空母棲鬼は考え始めていた。深海棲艦サイド、御姉様の考え方からすれば今のやり方は正しい。全く正しい。人間たちの命など一顧だにせず、全世界の海から人間どもを駆逐するのに温情や手抜きなど一切与えてはならないのだ。徹底的に侵略する側、それも当初から人間どもを殲滅する側においてはされる側の心情などを一切考えてはならない。

 

確かにそうなのだが、それで果たして良いのだろうか。

 

 いつの間にか考え込んでいたらしい。気が付くと彼が心配そうな顔でこちらを見ていた。

「イヤ、ナンデモナイ。ドウダ、紅茶ヲ替エルカ?ソノ色デハ味モデナイダロウ。」

彼からポットをうけとった空母棲鬼は古い茶葉を捨て、新しい茶葉を入れ始めた。

「・・・『御姉様』カラ話ガアッタ。マリアナ諸島泊地ト例ノろーえんぐらむトカ言ウ奴ノ連合艦隊ガコチラニ進撃シテクルソウダ。オマエノ読ミガアタッタナ。」

「・・・・・・・。」

「既ニ『御姉様』ハオマエノ作戦ヲモトニ準備ヲナサッテイル。彼奴等ニ絶望ヲ植エツケ、二度ト立チアガラセナイコトガ目的ナノダソウダ。」

空母棲鬼はポットにお湯を注ぎながら淡々と話し続ける。それを聞く彼のカップを持つ手は微動だにしなかった。

「・・・・・・・。」

「彼奴等ハマモナクコノ海ニ沈ンデイク運命ニアルナ。トモアレコレデ我々ノ障害ハ取リ除ケルワケデ――。」

「失礼。空母棲鬼さん。」

彼が珍しいことに空母棲鬼の話を遮った。いつもなら最後まで耳を傾けるのに。

「ドウシタ?」

「その海域、私が設定したものと同じでしょうか?」

「ン、ア、アァ・・・ソウダ。ソレガナンダ?」

彼は自分の気持ちを確かめるように二、三秒黙っていたが、

「私もそこに連れて行ってもらえないでしょうか?」

「ハ!?」

空母棲鬼は自分の耳を疑った。彼が今何と言ったのか、もう一度聞かずにはいられなかった。

「私もぜひそこに連れて行ってください。確かめたいのです。どうも正直疑問なのですよ。そこまで徹底的に殲滅すべき相手なのかという事が。私は未だに相手が誰なのかを知らないで作戦を立てているのですからね。」

「・・・・・・・・。」

今度は空母棲鬼が黙り込む番だった。理由は言わずもがな、そんなことをすれば自分のみならずこの彼もどのように処罰されるかは目に見えているからだ。

沈黙が両者の座っているテーブルを支配した。空母棲鬼の沈黙を見かねた彼はたまりかねたように言葉を継ぎ足した。

「仮に相手方がどのような存在かがわかれば、こちらとしても対処する方法は幾通りにも考えられます。」

「チガウダロウ。」

空母棲鬼はじろりと赤い目で彼を見た。

「オマエノ本音ハ最初ニ言ッタ方ダロウ。『本当ニ殲滅スベキ相手ナノカヲ見定メタイ。』トイウ事ダロウ。」

彼は黙り込んだ。否とも応とも言わなかったが、沈黙は肯定の証だろうと空母棲鬼は理解していた。

「オマエガココカラ出ルコトハ禁ジラレテイル。オソラクオマエガドノヨウナ理由ヲツケヨウトモ『御姉様』ハ許可シナイダロウ。ダトスルト無断デ出テイク他ナイ。ソウナレバドウナルカ、ワカルダロウ。」

「・・・・・・・。」

「ソレデモソノ覚悟ハカワラナイカ?」

彼はカップから視線を外し、空母棲鬼を見た。

「変わりません。仮にあなたに迷惑がかかるのであれば私一人ででも行きます。ここには敵から拿捕した船とやらがありますから、それを使わせてください。使い方さえ教えていただければ後はあなたは見て見ぬふりをしてもらえればそれでいい。」

「私ガ阻止スルトハ考エナイノカ?私ハオマエノ目付役ダゾ。」

この言葉が意外だったのだろう、彼は初めて気が付いたというように頭を掻いた。全くお人好しというかある一点だけは鈍いというか、空母棲鬼はあきれる思いだった。だが、これはこれで悪くはないと思う。自分を信頼してくれている証だろうから。

 

 彼に協力すれば間違いなく破滅が来るだろう。そうなれば自分たちは殺されるか、あるいは捨てられてどこかを漂泊し続けることになる。さりとて、先ほどの彼の言葉のように、このまま進み続けていいのだろうか。それを見届ける必要はあるのではないかとも思うのだ。

今の自分の地位と安全と、彼の思いへ応えること、そしてそのことがもたらす危険性と破滅とを空母棲鬼は天秤にかけ続けていた。

「・・・オマエハトンダ厄介者ダナ。」

空母棲鬼はそう言った。そう言ったことが彼女の想いがすでに決まったことに他ならなかった。この者に協力して外の世界を見るのも一興だ。そのうえで自分たちはどうすべきなのかを改めて判断すればよい。

「イイダロウ。協力シテヤロウ。」

「本当ですか!?」

「アァ。オマエノ酔狂ナ計画ニノッテヤル。」

「ありがとうございます。」

単純な言葉だったが、それだけに彼の思いが込められていた。空母棲鬼はそれを受け取った瞬間不思議な思いにとらわれていた。ずっと昔、何か自分に存在していたものが戻ってきたような感覚になっていたのだ。それが何なのかはわからない。わかっているのは、それは今の自分には欠落しているものだということだけだった。

「ダガ、時間ガナイ。ドウスレバイイカヲ教エロ。」

うなずいた彼はすぐさまテーブルに紙片を取り出した。こうなることを見越してすでに計画を作成していたのか。空母棲鬼は内心あきれながらも身を乗り出して彼の計画を聞き始めた。

 

 

 


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