艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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第三十七話 卿の行いは逃亡ではない。指揮所を移し、そこで指揮を執ることなのだ。

 彼は深海棲艦根拠地のある島の海岸線に立ち、水平線の彼方を見つめている。

「いよいよか・・・・。」

彼自身が立案したにもかかわらず、この作戦を推し進めることは彼の是とするところではなかった。「嗜虐的」な色合いが『御姉様』によって入れられた以上、これから展開されるのは戦闘ではなく虐殺、殺戮なのだと思っている。むろん、そこから生じる結果には何ら差異はないのであるが、そこに至る過程には著しい差異があった。彼がはっきりとそれを口に出し、それを理解できる人間が仮にそばにいたならば、彼はエゴイストだのなんだのと言われることになっただろう。それでも、彼は思うのだ。

 これは戦闘ではなく、虐殺、殺戮なのだ、と。

 

 そして、思う。自分に問い続ける。

 

 自分はいったい何者で、いったいどこから来たのだろう、と。

 

 

* * * * *

マリアナ諸島泊地は穏やかな日々が続いている。今日も陽光がきらめき、若干の雲はあるものの、良く晴れ渡っている。ちょうどよい気候に、葵の執務もはかどりを見せていた。

「よ~しっ!!」

一息ついた葵は満足そうに手元の資料を眺める。備蓄資材、各艦隊の練度、編成、搭載兵器、基地航空隊の詳細などが書類の文字となってにぎわっていた。これだけのことができたのもラインハルト・フォン・ローエングラムのおかげである。そして、彼のおかげでマリアナ諸島泊地はいよいよ深海棲艦の中枢に侵攻することとなったのである。むろん偵察は今後も怠ってはならないのだが、上手くいけば一気に中枢を撃滅でき、この太平洋上から深海棲艦を一掃できる。

「それこそが、私たちの夢・・・・。その夢をこの手で実現できれば・・・・。」

葵の瞳が一瞬夢見る様な輝きに満ちた。歴史的偉業、そう呼んでもいいだろう。そしてそれを成しえた時、自分は歴代の偉人と同じ雛壇に立つことになるのではないか。後世の人間は自分たちを名提督、精鋭艦娘たち、と呼ぶだろう。

葵は首を振った。それはずっと先の事だ。未だに敵の中枢に侵攻していないのに先の先まで思い描くことは愚の骨頂だろう。

「駄目駄目、慢心は駄目だって赤城にも言われているのに。」

思わずにやけそうになった葵が自分の頬を叩き、大きく伸びをし、何気なく窓の外を見たその時だ。

「・・・・・・・?」

彼女の眼が一瞬細まったのは陽光のせいではなく黒点を見定めようとしたからだった。陽光のきらめきの中に無数の黒い点が浮かぶのが見えたのである。それが何なのかを認識できたのは、たちまちのうちにある形になったからだった。それほどその物体は急速に接近してきたからである。

「敵機!?」

葵が立ち上がった瞬間、ものすごい揺れと震動が襲ってきた。あたり一面に熱波ときな臭いにおいがたちこめ、一瞬互いの姿も声もわからなくなるほどだった。

『深海棲艦の艦載機隊です!!新型機多数!!』

一瞬何を言われているのかわからなかったが、報告は一斉に飛び込んできた。それらのどれもが同じことを叫び続けている。

『敵機大編隊!!』

『あらゆる方向から押し寄せてきています!!』

『敵、爆撃を開始!!』

『数・・・・ものすごい数です!!算定不能!!』

「なんてこと・・・。」

葵は呆然とした。その数秒間の間にも状況は一気に悪化していった。いたるところに深海棲艦の爆撃が命中し、砂煙と火災を巻き起こし、大小の建造物を片っ端からなぎ倒していく。

「防空戦闘機隊、飛燕、緊急発進!!」

我に返った葵が叫んだ。

『了解です。飛燕隊、発進します!!』

格納庫から飛燕隊が滑走路に出ようとしたが、飛び立つ寸前に深海棲艦の爆弾の命中を受け、粉みじんに吹っ飛んだ。その爆撃の余波が整備妖精や待機していた飛行妖精たちをなぎ倒し、悲鳴があがったのである。それは無線越しにはっきりと葵の耳に飛び込んできた。

「レーダーは何をしていたの!?何故いきなりの奇襲を許したの!?」

『敵の艦載機隊は、ステルス性能を持っていると思われます!!レーダー波の届きにくい海面すれすれを飛行し、一気に急上昇してマリアナ諸島泊地上空に出たものと思われます!!』

「なんてこと・・・!!」

葵は二度目のこの言葉を発したがすぐさま迎撃の指令を下した。

「全艦隊、全部隊に告ぐ!!総員第一級臨戦態勢!!繰り返す、総員第一級臨戦態勢!!敵、深海棲艦艦載機部隊!!艦娘は直ちに抜びょう!輸送艦を護衛しつつ退避!!高射砲陣地対空戦闘開始!!基地航空隊全機、並びに海軍戦闘機部隊は可能な限り全機発艦!!敵を寄せ付けるな!!」

たちまちサイレンが鳴り響き、あたりは騒然となった。その間にも間断なく落ち続ける爆弾の炸裂する音、炎の立ち上る轟音、そして震動があたりを包み、マリアナ諸島司令部の建物も小刻みに震えている。もういつここに爆弾が落ちるかもしれない危険な状態だった。

「梨羽提督!!」

震動がひっきりなしに襲う中、鳳翔が執務室に飛び込んできた。

「直ちに防空壕に退避してください!!ここは危険です!!」

「私はここで指揮を執るわ。艦娘に戦闘を任せておいて私だけ安全なところで退避していろと言うの!?そんなことはできない!!あの人と・・・皆と約束したのだから!!」

「ですが――。」

言い募ろうとする鳳翔の横顔が明るく光った。建物のすぐ外、至近距離で爆弾が落ちたのだ。衝撃が走り窓ガラスが震えたかと思うと粉みじんに砕け散った。とっさに腕で顔を庇った二人に細かな粉塵が飛沫となって飛んできた。

「あなたは早く出撃しなさい!!洋上において艦隊の指揮を執って!!」

葵は叫んだ。だが、鳳翔は激しく首を振って拒否したのだ。

「早く!!」

「嫌です!あなたを失ってしまえば、マリアナ諸島泊地艦隊はどうなりますか!?・・・提督、あなたを力づくでもここから連れ出します!!」

普段温厚な鳳翔だけにその必死さは葵をしてたじろがせるだけの気迫を持っていた。思わず数歩下がったその時だった、ラインハルト、それに赤城、金剛が部屋に入ってきたのは。

「あなたたち、どうしてここに!?」

「対深海棲艦中枢侵攻作戦で話し合いたいと言ってきたのは卿だったではないか。」

この激烈な空襲のさ中でもラインハルトは落ち着き払っていた。

「そ、そうだった?それよりも早く逃げなさい。ここは危険よ!!」

「いや、アトミラール・ナシハ、卿にも来てもらう。ブリュンヒルトに指揮所を移しそこで指揮を執ってもらおうか。」

ラインハルトは鳳翔を見た。

「はい!ただちに。」

「行くぞ、アトミラール・ナシハ。卿にはまだやるべきことがあるだろう。前線に立つ気構えは敬服に値するものであるが、時に必要があれば逃げることも重要だ。」

「・・・・・・。」

「ただ逃げるのではない。卿は指揮所を移しそこで指揮を執るのだ。」

「わかった。」

葵はすばやくうなずいた。

「提督、艦載機が突っ込んできます!!伏せて!!伏せてください!!!」

外を見張っていた赤城が叫んだ。その叫びを突き破るようにして甲高い音が迫ってくる。一同が耳を覆って地面に伏せた時、激しい衝撃と轟音が襲った。残ったガラスが砕け、ドアが吹き飛び、一部の屋根も吹っ飛んで空があらわになった。

「行くぞ!ここにとどまっていては危険だ。」

ラインハルトの促しに一同は立ち上がり司令室を飛び出した。木製の階段を勢いよく駆け下り、最後の数段を宙を飛んで着地する。猛然と廊下を駆け抜け、入り口に突進する間にも司令部は揺れていた。きな臭くなり、煙ってきているのは爆撃の命中で火災が発生しているからだろう。

司令部外に飛び出した瞬間、背後で轟音が聞こえた。司令部建物に爆弾が命中したらしい。激しい衝撃波が一同を襲い、宙を舞って地面にスライディングした。

「急げ!!」

いち早く飛び起きたラインハルトは倒れている者を助け起こし、自身は止まっていたハンヴィーに飛び乗った。この車は軍用ジープであり、後方に2基の機銃が備え付けられている。

「乗れ!!」

ラインハルトが叫んだ。転げ込むようにして一同が乗った瞬間ハンヴィーは急発進した。そのすぐ後に爆弾が落ちてきて炸裂し、大音響を上げた。

「フロイライン・アカギ。フロイライン・コンゴウ!後ろの機銃を頼む!!」

「了解です!」

「了解ネ、that`s pert carried based aircraft、撃ち落としてあげマ~ス!!」

金剛と赤城が機銃座にとりつき、殺到する深海棲艦艦載機に向けた。

「鳳翔、あなたは二人の援護をしなさい。後方の敵機の位置を報告し続けて!」

「はい!」

葵の指示に、鳳翔は慎重に移動すると激しい風圧にさらされながらも踏ん張って立ち上がった。

「艦載機、接近してきます!6時、7時方向から、仰角50度!!」

「fire!!」

金剛と赤城が一斉に機銃を撃ち始めた。パパパパパパパパッという乾いた音とともに二人の身体が震動で小刻みに震える。それでも二人は襲ってくる深海棲艦艦載機を次々と落としていった。

「4時の敵、爆弾投下!!着弾点、前方100!!」

「つかまれ!!」

ラインハルトが目いっぱいハンドルを左に切った。そのすれすれを落ちた爆弾が破裂してジープを一瞬宙に浮きあがらせる。着地すると同時に衝撃が襲ったがスピードを一向に落とさなかった。全速力でブリュンヒルトの待つ湾内に向かい続けている。ラインハルトが右に左にハンドルを切る中、隣に座っている葵は携帯してきた小型無線に必死に呼びかけていた。

「比叡、比叡聞こえる!?」

葵はつい先日このマリアナ諸島泊地に着任してきた艦娘を呼び出した。正確には金剛型姉妹が3人そろっているのに比叡だけ仲間外れは嫌だと散々駄々をこねた結果だった。そのために少なからず資材や航空機を彼女の所属先であったパラオ泊地に融通する結果になったのだが、こうなってみるとかえって良かったかもしれない。資材や航空機が灰になるよりは。

『ひえっ、何ですか!?』

「状況は?今そっちに何人いるの?」

『は。はい!!今は照月さん、足柄さん、能代さん、舞風さんと共に対空戦闘中です!でも、攻撃が激しくてとても応戦しきれません!瑞鶴さん、翔鶴さんは艦載機隊を放って応戦中です!!』

先ほどから上空に敵機だけでなく、徐々に白、そして緑色の味方の機が飛んできているのはそういう理由からだった。基地航空隊も発進しようとしているが、敵の爆撃が激しく、中々飛び立てない。上空では零戦部隊は深海棲艦艦載機隊と激しいドッグファイトを繰り広げている。陽光が彼らの銀翼の翼をきらめかせ、機体が旋回するたびに見る者の眼を眩しさで細めさせた。

「司令部はいいわ。今は施設を守ることよりも敵機を撃ち落とすことを優先しなさい。最低限ドック、メディカル施設、この二つを守り抜ければそれでいい。」

ラインハルトをちらっと見ると彼もまた葵にうなずきを返していた。広範囲にわたって広く薄く守ろうとすれば十分な防衛ができない。かえって被害を拡大させることになる。それを防ぐために最重要拠点の身を守ろうというのだ。

『了解です!』

「頼んだわよ!・・・それにしても・・・・。」

葵は髪を乱しながら後ろを見た。幾筋もの黒煙、燃え盛る炎、それに混じって深海棲艦機が我が物顔に飛び回っている。

「この効率的かつ圧倒的な爆撃・・・・一体誰が・・・・。」

「何を言っているのだ?深海棲艦ではないか。」

怪訝な顔をするラインハルトに、葵は首を振って否定して見せた。

「違うのよ。深海棲艦には違いないけれど、奴ら、こんな統率のとれた行動や作戦を従来しなかったの。あなたがここに来てからは違ったみたいだけれど、でも最初はこんなものじゃなかったのよ。」

ズシンズシンズシンという音が響いた。機銃の音に負けないくらいの響きに二人がバックミラーを見ると、次々と倉庫が絨毯爆撃で吹き飛ぶさまが写った。

「奴らは正確にこちらの拠点を狙ってきている。卿の言う通りこれは明らかに念入りに計画されたものだな。」

「まるで・・・・。」

葵はつばを飲み込んだ。恐ろしい考えが思い浮かんだのか、それをかすかな旋律と共に吐き出した。

「まるで・・・誰か私たち人間が・・・深海棲艦サイドについているみたい・・・・。」

 

 

 

* * * * *

ブリュンヒルト艦内にも衝撃が走っていた。

「ぐぉ!!」

ビッテンフェルトが装置に捕まりながら危うく跳ね飛ばされるのを防いだ。ブリュンヒルトと言えども敵の爆撃圏内にあってはその弾雨から逃れることはできないのである。

「おのれ小癪な深海棲艦共め!!」

歯噛みした彼だったが、すぐに行動に移った。叩かれっぱなしは彼の性分には合わないのだ。

「応戦だ!!」

「ですがビッテンフェルト提督、対空システムが機能しなくては応戦できません!!」

夕張が叫ぶ。

「作動しないというのか!?」

「現在すべてのシステムがロックされています!!」

「ぐ・・・おのれ・・・。」

歯噛みしたビッテンフェルトだったが、自らの席の装置をいじるというよりも叩き付けるようにして叫び始めた。

「動け、動け、動くのだ!!このままでは全滅ではないか!!それが貴様の望むところなのか!?貴様も戦艦であるならば、戦艦らしいところを見せるがいい!!」

滅多打ちという言葉が似合いそうな叩きっぷりだった。誰もが「このままでは敵の爆弾より前にブリュンヒルトのシステムが駄目になる!!」と思っていたが、ビッテンフェルトの勢いを止めることができなそうになかった。

と、そのビッテンフェルトの腕に手をかけた人間がいる。アンネローゼそっくりの女性だった。彼女は一言も話そうとせず、ただ、悲しそうな顔をしてかぶりを振ったので、さすがのビッテンフェルトも動きをとめた。その時だ。

不意に「ピ~~~~ッ!!」という電子音が響いたかと思うと、夕張が「あっ!」と声を上げた。

「対空砲撃システム、ロック解除!!」

「動いたか!よし、対空砲撃システム、起動!閣下不在の間俺が指揮を執る!ブリュンヒルトの全対空砲火をもって、マリアナ諸島泊地を死守する!全艦、対空戦闘用意!!」

ビッテンフェルトが叫んだ。

各艦娘は転がるようにしてそれぞれの部署に駆けつけ、配置につく。この時、ファーレンハイト艦隊が不在なのが悔やまれた。アースグリム級と言えども銀河帝国の誇る戦艦である以上対空砲火は充実しているはずだからだ。アースグリムもブリュンヒルトと同様一切の武装が使用できないとファーレンハイトは以前述べていたが、不思議なことに対空システムだけはいざというときにはブリュンヒルトと同様機能するのである。

「艤装がない艦娘だって、対空砲撃のシステムくらい操作できるのよ!」

山城が席に着きながら叫べば、その隣に転がるようにして飛び込んだ龍驤も、

「任しとき!!」

と、合わせる。

「第二波艦載機隊接近!右舷上方40度!!」

臨時オペレーターとなった榛名が全艦隊に位置を知らせる。それに伴い、各艦娘が担当する防空システムのコンソールに一斉に敵の諸元がうたれた。

 

 艦の周囲を覆いつくす黒煙が消え去らぬ中、ブリュンヒルトのシステムが一斉に作動し、敵艦載機を追尾、ロックオンする。

 

「準備完了!!」

コンソールに完了の表記が出たのを確認した山城が報告する。

「発射!!」

号令と共にブリュンヒルトから放たれた青い対空レーザーが敵艦載機を撃ち抜く。だが、次々と飛来する艦載機隊から投下される爆弾は撃破数を凌いだ。ブリュンヒルトの前後左右にも次々と爆弾が落下して破裂する。その破裂による衝撃をブリュンヒルトのシールドははじき続け、淡い光を放っていた。

「右舷砲塔、発射角度、1度+に補正!!」

「1度プラスに補正!!」

艦娘たちは微調整を繰り返しながら、自動追尾システムと共に自身の勘をフル活用して当たっている。ブリュンヒルトの表面上には見えないコーティングされた装甲内部で各砲塔が敵に狙いを定める。

「第三波艦載機隊接近!左舷上方30度!!急降下体制を取りつつあります!!」

榛名が叫ぶその横で夕張が必死にコンソールを操作してシステムの機能を十全にしようと頑張っていた。

「マリアナ諸島泊地まで・・・やられてたまるものですか!!」

もうこれ以上犠牲は出したくはない!!かつてポートモレズビーを吹っ飛ばされた夕張は歯を食いしばって懸命にブリュンヒルトの応戦体制を維持し続けていた。

「射程に捕えた!」

「諸元入力完了!」

「撃てェッ!!」

ビッテンフェルトの積極的指示がなくとも艦娘たちはそれぞれ自らの役割を十分以上に果たしていた。ビッテンフェルトとしては戦況全体を見て、ともすれば偏りがちな砲火の目標を修正してやるだけでよかったのである。もっとも彼自身も一砲手として砲撃戦に加わっていたのだったが。

 敵の攻撃はすさまじいものだった。第三波だけでは飽き足らず、さらに、第四、第五波の編隊が四方八方から襲い掛かり、ブリュンヒルトのみならず港湾に向けて絨毯爆撃を敢行してきたのである。マリアナ諸島泊地の高射砲陣地は吹き飛び、待機していた航空機は破壊され、防空壕にまで被害を受けた。退避しようとしていた輸送艦の一隻が火と煙をまき散らして粉みじんに轟沈したほか、工作艦も被害を被り、湾外で応戦していたイージス艦も被害を受けた。

 また、展開して対空砲撃を行っていた防空駆逐艦照月以下の艦娘たちも大小の傷を負い、時には激しい爆撃に逃げ惑わざるを得なかった。

そんな中で、ただ一隻ブリュンヒルトだけは爆風と爆炎の赤と黒のベールを何度もかぶりながらその隙間から青い対空ビームを間断なく発射し続け、応戦を連続して行い続けたのである。たとえ艤装を外した状態であろうとも搭乗していたビッテンフェルト、シュタインメッツ、そして艦娘たちの士気は高かった。

その時だった。ビッテンフェルトの視界の隅にラインハルト、赤城、金剛が戻ってきたのが見えた。葵も一緒にいるのを見て一瞬大口を開けそうになったが、彼はやっとのことで自制した。

「閣下!ご無事でしたか!」

ビッテンフェルトが敬礼をささげる。

「ご苦労。状況はどうか?」

あの激烈な空襲の中を潜り抜けたにもかかわらずラインハルトたちは傷一つ負っていない。

「閣下。各艦娘と連携し、第五波までの敵艦載機はほぼ粉砕しました。」

ラインハルトはうなずきを返し、ビッテンフェルトから指揮権を引き継ぐと、司令席の前に立った。

「敵艦載機第六波接近!左舷上方40度!!」

榛名からオペレーターを引き継いだ赤城が報告する。その榛名は夕張の隣に座って彼女のサポートを始めていた。

「全艦隊は輪形陣形に展開しつつ湾外で応戦!敵艦載機を湾外に引き付け、ブリュンヒルトと呼応してこれを撃破しなさい!!その間各陸戦隊は滑走路及び飛行機倉庫の消火活動に、衛生部隊は負傷者の救護に当たって!!」

葵がブリュンヒルトの通信機を借りて指示を飛ばし続ける。

「卿等。」

ラインハルトが艦娘たちを見まわし、艦娘たちは大きくうなずいた。この瞬間ビッテンフェルトから指揮権返上を受けたラインハルトが指揮を執ることになったのである。

「フロイライン・ユウバリ、敵艦載機、第六波中央部に向けて、対空ミサイル発射、各砲塔はその周囲の敵にのみ指向、応戦せよ。起爆タイミングは敵中枢部到達0,1秒前だ。」

ラインハルトがまるでコンピュータ-の精密さのごとく流れるように指示を下した。これには夕張や赤城ですらもあっけに取られて固まってしまう。

「敵の到達までに時間がない。急げ!!」

ラインハルトの叱責に慌てて艦娘たちは行動を開始する。

「フロイライン・コンゴウ。」

「Yes!?」

「先ほどの卿の射撃の腕は見事であった。卿に命ずる、全対空砲撃の指揮を執れ。」

金剛もまた呆けた様にラインハルトを見つめていたが、

「卿の精密さに期待するところ大である。」

と、言われ我に返った。

「了解ネ!!」

大きくうなずくと、金剛は砲術長の席に座り、指示を飛ばし始めた。微調整は的確であり、たちまち修正を完了した隠ぺい式の各砲塔は殺到してくる艦載機隊をにらみ上げた。

「砲撃準備完了!」

「こちらも準備完了しました!」

「いつでも行けます!」

「Fire~~~!!!」

金剛が号令を下した。まるで定規で線を引いたように一直線に対空レーザーが宙を飛び、艦載機に次々と命中する。その精度はまさに百発百中、自動追尾システムすらを上回る正確さだった。

「対空ミサイル、発射します!」

夕張がコンソールを操作した直後、ブリュンヒルトから打ち出された対空ミサイルがレーザーの驟雨の中を宙を切り裂いて飛び、なお、残存展開する深海棲艦艦載機隊の中心に突っ込んだ。

「今だ!!」

「起爆!!」

ラインハルトが叫ぶのと、夕張が起爆を指示するのが同時だった。一瞬収縮したミサイルは次の瞬間激しい閃光と灼熱をあたりにまきちらし、深海棲艦艦載機隊をなぎ倒し、押しつぶした。深海棲艦艦載機たちは金属質の悲鳴を上げたが、その悲鳴もろとも衝撃波に押しつぶされ、粉々になり、あるいは燃え殻となって四散しながら消えていった。

 

 

 一瞬、ディスプレイがブラックアウトしたものの、すぐに復活したが、そこには深海棲艦艦載機の姿は影も形もなかった。あれほどの襲来、そして応戦が嘘のような静けさがあたりを包んだ。戦闘のさ中、誰一人として気が付かなかったが、こうして静けさを取り戻すと、海は穏やかな色を浮かべながらマリアナ諸島泊地に向かって打ち寄せ続ける光景を目の当たりにすることができた。

「海は変わらないのね・・・・。戦闘のさ中でも戦闘終了後も。」

赤城のつぶやきを聞き取ったのはそばにいた榛名だけだった。

 

「・・・敵影、完全に消失しました。」

赤城が報告した。

「砲撃停止。」

ラインハルトは何事もなかったかのように平静な声を出した。

「砲撃、停止、システム、冷却。」

コンソールを操作した夕張、そして艦娘たちは立ち上がり、ラインハルトを見上げた。

「ご苦労だった。」

ラインハルトは艦娘をねぎらったが、すぐに次の指示を下した。

「当直の艦隊は直ちに抜びょう、周辺の警戒に当たれ。敵の艦載機隊襲来はまだ小手先にすぎぬのかも知れぬ。警戒を厳にし、索敵を入念にせよ。」

『はい!』

「フロイライン・ユウバリはシュタインメッツと共に艦の損傷及びシステムエラーの有無を確認せよ。他の者は負傷者の救助に当たれ。」

敬礼をささげた艦娘は一目散に各地に散っていった。その中をラインハルトは一人の人物に歩みを向ける。その人物は化石と化したかのように席から動こうとしなかったのである。

「アトミラール・ナシハ。」

「・・・最悪よ。」

虚ろな声が返ってきた。彼女は中腰のまま呆然と両手をコンソールについていたが、いきなり座り込むと、頭を抱えてしまった。

「あなたが・・・・あなたがせっかく持ってきてくれた物資が・・・苦労して再建したマリアナ泊地が・・・・皆駄目になってしまった・・・・・。」

女性提督の全身が震えている。無理もない。今まで備蓄してきた資材物資も航空機も、ラインハルトの持ち込んできた様々な物資も、敵の絨毯爆撃によって一瞬で灰と炎に変わってしまったのだから。

 二人の目の前には、ブリュンヒルトの誇る巨大なディスプレイがある。360度回転しあらゆる場所を移すことのできるそのスクリーン越しに、炎と黒煙を上げるマリアナ諸島泊地の姿が映し出されていた。

 時折、黒煙の中で炎が爆発四散するのが見えるのは、備蓄している石油タンクに引火したせいだろう。もし外に出ていれば地鳴りのような音が聞こえるに違いない。

「・・・・もう、終わりよ。」

葵が弱々しくつぶやいた。被害状況はまだ報告されていないが、報告されなくともわかるほどの甚大なものだった。これを再建するとしたらいったいどれだけの期間がかかるだろう。そもそもこれほどの被害を出してしまった自分は提督の地位から追われることになるのではないか。葵の頭の中には限りなく負の想像世界が広がり続けている。

「いや、まだ終わりではない。」

不意に誰かが言葉を発した。それは彼女の脳裏に展開する想像世界を突き抜けて彼女の耳に入ってきた。

葵は顔を上げた。そうだ、まだ私にはこの人がいた。資材が消失し、艦娘や妖精が傷ついても、まだこの人がいる限り――!!

 

彼女のつぶやきをかき消す返答、それは他ならぬラインハルトのものだった。

 


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