艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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第三十六話 どうも卿等の心境はつかみかねるところがあるな。

マリアナ諸島泊地司令部では驚き冷めやらぬ葵がラインハルトを質問攻めにしていた。

「あの頑固な横須賀から、多量の物資、艦娘のマリアナ諸島泊地への移籍、新型機を含む航空隊の増援を引き出して、おまけにファーレンハイト提督麾下の艦隊をこちらに配属させるなんて、いったいどういう交渉の仕方をしたの?」

種明かしは簡単だった。横須賀海軍軍令部と交渉して、武蔵と横須賀への帰投を希望する艦娘の解放、それにラインハルトの交渉術をもって横須賀から譲歩を引き出したのだ。仮に今回の「内紛」が他の泊地や他国に漏れれば、それこそ横須賀海軍軍令部の権威の失墜になりかねない。そのことが彼らをそこまで譲歩させたのだとラインハルトは説明した。

「でも、横須賀に残っている子たちがひどい目に合わないといいのですけれど・・・・。」

翔鶴が不安そうに言う。

「心配するな。万が一にでも横須賀に残留する艦娘に危害を加えるようなことがあれば、それ相応の手段はとると言ってある。本来ならば自発的な協力を取り付けたかったのだが、ここに至っては仕方あるまい。物質的な面での支援を引き出せただけでも満足せんとな。」

と、ファーレンハイトが補足した。彼は横須賀鎮守府の麾下に残ることについては、一考もしなかった。もともと客将という立場であったから正式な提督というわけではなかったし、それにあの一件以来ラインハルト・フォン・ローエングラムの麾下につくことをあらためて望んだからでもある。

「ローエングラム提督さんはこうなることを最初から承知だったわけ?」

と、瑞鶴。

「いや、私としても予想はしていなかった。ただ、あの状況に陥ってしまった以上、それを最も活用できる道は何かを探った結果だ。」

「でも、艦娘を道具にするなんてなんだかちょっとなぁ。」

「道具ではない。人質だ。卿の言いたいこともわかるが、こうでもしなければあの頑迷な連中から支援を引き出せなかった。そうではないか?」

「それはそうだけれど・・・・・。」

瑞鶴、と翔鶴がそっと妹の肩に手を置いたので、瑞鶴は黙った。ラインハルトの思うところを彼女はわかっていたのだが、わかっていてなお言わずにはいられないのが彼女の性分だった。

「むろん、こちらとしても強制はできぬ。マリアナ諸島泊地麾下に加わることを良しとしないフロイラインらは既に解放してある。もうじき横須賀に着くであろう。」

ラインハルトらは横須賀からの「承諾」の回答及び各支援の「着手」を確認した後、こちらに加わることを拒否した艦娘を解放したのである。

「だったらどうして最初から武蔵先輩を放っておかなかったんですか?どう見てもこちらに加わるような人ではなかったのに。」

白露ちゃん!と夕立が慌てて彼女の口をふさいだが、ラインハルトは彼女の質問にもすぐに答えた。

「シュラハトシッフ・ナガトらをこちらがマリアナ諸島泊地に連れ去り、シュラハトシッフ・ムサシ一人を置き去りにするとする。一人横須賀に帰った際、あの上層部がどのような判断をすると思うか?」

全員がはっとした顔をした。武蔵一人で帰れば責任はすべて彼女に帰することとなる。だが、人質となって交渉の末解放されれば、責任は彼女のみに帰することはなくなる。

ラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将は味方だけでなく敵のことをも考えるのね、と葵は思った。

「それはそうとアトミラール・ナシハ、この図面は何か?」

ラインハルトが傍らのテーブルに広げられた巨大な海図に視線を移した。そこには色とりどりマーカーでかなり詳細にわたって書き込みがされている。

「あなたたちが不在の間、私も遊んでいたわけではないのよ。偵察を行って深海棲艦の所在を把握するのに腐心していたんだから。」

偵察を入念に行って、深海棲艦の根拠地の一つを突き止めることができたのだと葵は説明した。

「ほう・・・・?」

ラインハルトは一声そう言ったが、眼は何かを考えているようにじっと海図に注がれていた。

「それがどうもただの根拠地の一つじゃなさそうなのよ、敵の一大拠点、中枢なのかもしれないの!」

ラインハルトの視線の意味を「物足りなさ」と思ったのか、その様子を見ていた瑞鶴が言葉を継いだ。

「中枢だと?」

「そうよ、なんせその周辺には深海棲艦の上位種がたくさんたむろしているの。これでもかというほどね。だからそこが奴らの根拠地なんじゃないかってみんなで話し合ってたわけ。」

「だから、そこに対して攻勢をかけて殲滅することができれば、太平洋上の深海棲艦の戦力はぐっと減ることになるわ。」

葵が瑞鶴の後を引き取った。

「積極攻勢か。」

ラインハルトの眼は海図から張り付いて離れない。返答もどこか煮え切らない様子だった。こういうラインハルトの態度を赤城も含めて皆が初めて見る。だからこそ、はっきりどこが、というわけではないが、何かマズい事をしたのではないだろうか、という不安が足元から湧き上がってくる気がしたのだった。

「どうしたの?何か不満でもあるの?それとも心配事?」

葵の問いかけにラインハルトは顔を上げた。どこかぎこちなさそうな感じだった。

「いや、何でもない。」

「本当?何かあるならはっきりと言ってくれた方がこっちもすっきりするのだけれど?」

「はっきりと言うも何も、私自身これといって何かを認識しているわけではないのだ。心配をかけたな。」

ラインハルトにしては妙にはっきりしない返答だったが、それ以上何も言わない以上葵も追求のしようがなかった。

「ならいいけれど。あなたも到着したことだし、マリアナ諸島泊地の戦力も格段に上がったことだし、これで対深海棲艦撃滅作戦の陣容は整ったわね!」

葵は皆を見回していった。

 ラインハルトの不在の間、葵もただ遊んでいたわけではなかった。第五航空戦隊の二人を中核に空母機動部隊の再編と訓練を重ね、さらには増援艦隊の要請を前後して本国に手配していたのである。前線はパラオを除けば、フィリピン海域、そして南西諸島のみとなってしまっており、マリアナ諸島泊地の重要性は一段と高まっていた。

 特に海外からの新鋭艦娘をここマリアナ諸島泊地に呼び寄せたのは葵の手腕である。その派遣艦隊は間もなく到着することとなっていた。

 積極攻勢を行うべきであると口にこそ出さなかったが皆がそう思っていた。

 

 

 

 ラインハルトらがマリアナ諸島泊地に帰投した翌日――。

 

 

 

 ブリュンヒルトの司令室の執務机に座ってラインハルトがペンを走らせている。その傍らに立つ赤城も命令を受領するために来た曙も天龍もラインハルトの手の動きを見つめていた。流麗な筆跡は帝国語が読めない艦娘たちでさえも感嘆するほどの美しさを持っていた。どこか文字というよりも絵画的に思えてしまうのだ。

 部屋の中にはペンを走らせる音だけが聞こえている。ようやくペンの動きをとめたラインハルトは二通の指令書を天龍と曙にそれぞれ渡した。

「フロイライン・アケボノ。これをアトミラール・ナシハのもとに持っていってほしい。」

曙がおっかなびっくり指令書を受け取る。こうしたことをあまり経験していないためかどこかぎこちない。

「渡してくるだけで・・・いいの?」

「それだけで良い。返答は追ってもらえるように記載してある。」

「りょ、了解よ。」

「そう硬くなるな、それが済めば卿をしばらく軍務からとく。マリアナ諸島泊地にいる卿の友人らと会ってくるといい。フロイライン・ウシオ、フロイライン・ユウダチ、フロイライン・シラツユ、フロイライン・ウヅキらを誘ってやるといい。」

「え、いいの?本当にいいの?」

ラインハルトの同意を確認すると、曙は小躍りしそうになったが、ぐっとこらえて敬礼をささげると部屋を出ていった。その様子がほほえましいと赤城たちは穏やかな表情で後を見送った。

「フロイライン・テンリュウ。」

「おう!」

「卿にはフロイライン・アオバと共にファーレンハイトの元に向かってもらう。この指令書を渡した後、ファーレンハイトの指示に従え。」

「指示だァ?」

「ファーレンハイト艦隊に同行し、ある場所に向かってほしい。」

「要領を得ねえなぁ。今、マリアナは大攻勢の準備してんだろ?いいのかよ、勝手に艦隊を動かして。」

「ファーレンハイトは私の麾下だ。これはアトミラール・ナシハも承知していることであるし、私としても無為に艦隊を動かすようなことはしない。これは必要があっての事なのだ。」

なおも天龍は納得できない顔だったが、最後には敬礼をささげて部屋を出ていった。

「お疲れ様でした、提督。以上で提督が予定なさった業務は終了いたしました。ですが提督・・・・。あまり御無理をなさらないでください。昨日は熱がおありになったのですから。」

「大丈夫だ。熱も下がった。元々大したことはなかったのだ。半日も寝ていればすぐによくなる。」

会議が終わり、ブリュンヒルトに帰投した時、赤城はラインハルトの顔が赤い事に気が付いた。慌てて体温計で測ってみると熱があったのだ。大したことはなかったが、大事を取って昨日は安静にしていたのだ。聞けば会議の後半から体調が思わしくなかったのだという。本来であれば今日も安静にしていなくてはならないのだが、ラインハルトはそのような心配は無用とばかりに軍務に取り掛かったのだった。

「ですが・・・・。」

赤城の脳裏をラインハルトの「皇帝病」の事がよぎった。そのような事がなければよいのだが、と思う赤城をよそに、ラインハルトは手早く書類を片付けていた。

「では小休止だ、一息入れようか。」

ラインハルトが立ち上がりかけた時、不意に執務室のドアがノックがされた。

「どうぞ。」

赤城が声をかけると、入ってきたのは山城だった。

「どうかしたか?」

「失礼します。あの・・・提督にお客様なのですけれど・・・・。」

彼女は当惑半分微妙さ半分と言った複雑な表情を見せながら報告した。

「誰なのだ?また、アトミラール・ナシハからの艦娘か?」

「まぁ、そうだといえばそうなのですけれど・・・・。」

要領を得ない山城の口ぶりにラインハルトは眉をひそめたが、

「ともかく私宛の客だという事であれば合わなくてはならない。フロイライン・アカギ、すまないがコーヒーを頼む。フロイライン・ヤマシロ、応接室に通してくれ。すぐに行く。卿も同席してほしい。」

一瞬山城の顔が高揚したが、すぐに事務的な表情になると、敬礼をささげて退出した。

「どう思う?卿は何か知っているか?」

コーヒーの用意をする(もっともそれはラインハルトが入れたコーヒーサイフォンからのものだったが。)赤城にラインハルトは顔を向けて声をかけた。

「いいえ、マリアナ諸島泊地に展開する艦娘を提督はご存知ですし、これ以上知らない方がいらっしゃるとは思えないのですが。」

「では、フロイライン・ヤマシロは何故あのような煮え切らない態度を取ったのか?」

赤城のコーヒーカップをそろえる手が止まった。その全身からは柔らかさが消えたようにラインハルトには思えた。

「何ですか、ご自分よりも素晴らしい方を紹介せざるを得なくなった女性の心境のように思えますけれど。」

そう言う赤城の横顔も声も心なしかどこか硬い。

「二人とも何を言っているのだ?今は執務中であってそのような私事を考える余地などないはずだが。」

「そんなことは百も承知ですよ、提督。そうではなくて・・・・いえ、何でもありません。さぁ、すぐに応接室に行ってください。いつまでもお客様を待たせるわけにはいかないでしょう?」

「卿は何を怒って――。」

「怒っていません!!」

赤城がそんな声を出すところなど初めてだったので、ラインハルトは「卿は何を怒っているのだ?」と首をかしげながら応接室に歩いていった。赤城はコーヒーカップをつかんだまま、その後ろ姿に向かって声にならない声で「ローエングラム提督は女性の心理にかけては何もご存じないのですね。」と言い放ったのだった。

 

 確かに赤城と山城の感じた印象は正しいと言えるかもしれなかった。ラインハルトのもとにやってきたのは艦娘であり、しかも海外から派遣された人物だった。派遣時においてマリアナ諸島泊地に直接回航するという話が本国と海外国で決まっていたらしい。梨羽 葵は彼女たちの到着を迎え入れると、すぐさまラインハルトのもとに向かわせたのだった。

「失礼します。」

流暢な言葉と共にラインハルトと山城、赤城の待つ応接室に入ってきたのは、柔らかな金髪をなびかせた淑女だった。彼女はまっすぐにラインハルトの前まで来ると、柔らかく率直な碧眼でこの新鋭戦艦の主を見つめた。

「Admiral、Queen Elizabeth class battleship Warspite 着任しました。」

英国から派遣されてきたウォースパイトは気品あふれる柔らかな表情と共に完璧な敬礼をささげた。それは堅苦しくはなく、それでいて清々しさに溢れたものであったため、ラインハルトはもちろん赤城も山城も彼女がただ者ではないことを早くも認めざるを得なかった。

「フロイライン・ウォースパイト、よく来てくれた。」

ラインハルトはソファーに座るように身振りで促すと、彼女は品よく腰かけて両手を膝の上に重ねた。赤城の頼みでコーヒーを運んできた妖精が各々の前に並べ終わるのを待ってラインハルトは口を開いた。

「卿はどこの国から来たのだったか?」

「United Kingdom representationです。」

「あぁ、欧州とやらの西側に位置する小さな島国か。遥か昔より海軍に力を入れ、一時期は世界の後進国を悉く植民地としたほどの強国だと聞いている。」

この言い方を聞いてもウォースパイトは不快に思わなかった。何故なら着任早々梨羽 葵から、

「今からあなたが伺う相手のラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将は、実はこれこれしかじかで――。」

と、話を聞いてきたばかりだったからだ。最初は信じられなかったが、実際に対面して今の物言いを聞けば、なるほどと思わざるを得なかった。

「Amiral あなたは物語の中からやってこられた英雄でいらっしゃるのですね。まるでお伽話のよう・・・とっても素敵です。」

ウォースパイトが夢見る様な眼差しで若き上級大将を見つめる。彼女の美貌からすれば何の違和感もない眼差しだった。

「失礼ですけれど。」

ラインハルトが口を開く前に、山城が横から硬い声を出した。

「お伽話だのという空想じみた言葉は提督が最もお嫌いになる言葉なので、以後慎んでもらえますか?」

「ローエングラム提督は夢想家ではありません。そのお志は常に地に足を踏みしめたうえでのものです。たとえ提督が私たちの知悉している『銀河英雄伝説』の登場人物で有ろうとも、提督のお考え、人となり、お志は大変立派なものであると私たちは考えています。」

続いて赤城も硬すぎる声で述べた。

卿等、フロイライン・ウォースパイトに対して何か含むところでもあるのではないか、と言おうとしたラインハルトだったが、口に出すと余計事態を悪化させるような気がしたため、早々にウォースパイトとの面会を切り上げることとした。

 後でこの話をファーレンハイトにしたところ、彼は半ば苦笑し半ば困惑した表情を浮かべた。

「失礼ながら閣下は女性の心理をお分かりになっておられないようですな。あのような場合ウォースパイトとやらには事務的な範疇から逸脱しない態度をおとりになればよかったのです。そうすれば赤城、山城の両名はああまで閣下やウォースパイトに対して突っかかるような態度を取らなかったはず。小官としてはそのように考えざるを得ませんな。」

「そういう・・・ものなのか?」

麾下とはいえ自分よりも年上であり世の中の有象無象を知っているこの提督に相談したのは、ビッテンフェルトでは少々がさつすぎ、謹直なシュタインメッツにはそのような経験がないのではないかと思ったからである。

「ですが過ぎたことを悔やんでも仕方ありますまい。後ほど二人と個別に話すなりもてなすなり何かしら埋め合わせをして差し上げることです。」

「私はフロイラインらに対して常に公平な扱いをしてきたつもりだ。卿の提案を実行すればそれこそ差別を図ったと言われても仕方あるまい。」

ファーレンハイトは半ばあきれ、半ば苦笑し、半ば尊敬の入り混じった複雑な表情をしたが、

「閣下のおよろしいように。」

とだけ言ったのだった。

 

 

* * * * *

真っ黒なポットからこれまた真っ黒なカップに琥珀色の液体が静かに注がれていく。それを受け取った彼はためすがめすカップをもてあそぶようにしていたが、それを自分の鼻孔に近づけ、香りを一つ味わった後、ゆっくりとそれを含んだ。せめて白いポットに白いカップがいいと所望したのだが、それは分捕り品の中にはなかったようだった。

「ドウダ?」

空母棲鬼は相手の顔を見守っていたが、期待通りの表情でなかったのだろう、にわかに不機嫌そうになった。

「ダメカ?」

「いえ、駄目というわけではないのですがねぇ。なんというか、私の好みに合わないというか・・・・。」

「ソンナハズハナイ。コレハ人間ノ基地カラブンドッタ紅茶トヤラデ淹レタモノダ。我々ノ食ベ物ヲウケツケナイオマエダカラ・・・・オマエの嗜好ニアウノデハナイカト思ッテ。」

ポットに両手を置いた空母棲鬼が最後の言葉を彼から目をそらしてつぶやく。

「あぁ、申し訳ない。そんなつもりで言ったんじゃないんです。」

彼は慌てた様にカップに残っていた液体を飲み干した。だが、それは不覚に過ぎる行為だった。まだ十分に熱かった液体を流し込んだ結果、盛大にむせ返る次第になったのだ。

「オ、オイ!大丈夫カ!?」

慌てた様に今度は水を入れたグラスを差し出すと、彼はぐっとそれを飲み干して一息ついた。

「すみません。大丈夫です。・・・・ですが、だいぶマシになりましたよ。失礼ですがあなたたちの飲み物食べ物は正直私には刺激が強すぎましてね。」

初めて深海棲艦の食べ物を口に入れた時の光景を空母棲鬼も彼も思い起こしていた。あの時はひどかった。勧める方も勧める方だし、食べる方も食べる方だったが、その後の光景は二日酔いの数十倍もひどいものだと端的に言えばわかっていただけるだろうか。

一口食べたとたん、真っ青になり戸板を蹴倒すようにしてぶっ倒れたので、あの時は本当にこの男が死ぬかと思ったものだ。そうなってしまっては『御姉様』からとんでもないお叱りが来ると、空母棲鬼は半ば不眠不休で看病に当たったのだった。

「これはこれでよいものですよ。」

今の彼にはあの時の死神にとりつかれたような死相は出ていない。

「ソウカ、ナラバ良カッタ。オマエニ餓死サレルト『オ姉様』ヨリ叱ラレル。」

空母棲鬼はフッと表情を緩めた。深海棲艦らしからぬ所作だった。その顔をみる彼もまた一瞬和やかな表情をしたが、一転何かを思い出したらしく暗くなった。

「ドウシタ?」

「いえ、あの作戦の事を考えていただけです。」

「オマエガ立案シタ作戦デハナイカ。一部『オ姉様』ノ修正ガ入ッテイルガ。今更何ヲ心配スルコトガアル?」

そう言ったのは、これまで彼が立ててきた作戦は悉く成功をし、失敗をしていないという事があった。

「確かに作戦そのものの成否は疑ってはいません。此方には十分な戦力があり予備兵力もありますから。そうではなくて・・・・。」

上手く言葉に表せないらしく、彼はもどかしげな表情をした。そういえばこの人間は時々そういう風に詰まることがある。原因は何かわからないが記憶喪失と関連があるのではないかと空母棲鬼は思っている。

「少し相手に対して過剰になっているというか、損害を与えすぎることに躍起になっているというか・・・・失礼、少しとりとめのないことを言ってしまいました。」

こういったのは自分の作戦案を修正したその修正箇所に内心不快を覚えていたからである。自分の作戦案をないがしろにしたという事ではない。そうではなくて相手方に犠牲を積極的に出させようという上、絶望と恐怖を味あわせてやろうという「嗜虐的」な色合いが出てきているからだった。

「モウ一杯飲ムカ?」

空母棲鬼がポットを差し出した。この場合はどうこう言うのではなくこういう所作に出た方がよいことを知っている。また、戦場に行かない以上、ここでこうして相手の世話をするほかないのだ。であればさぼっていると思われないようにせいぜい励まなくてはならない。こう自分に言い聞かせたのだった。

「あなたは私が紅茶さえ飲んでいればおとなしくしていると思っているんですかね?」

「ヒッコメルゾ。」

「いただきましょう。」

返答は素早かった。

「あなたもどうですか?」

「イヤ・・・・。」

そう言いかけたが、考えを変えたのだろう。自分も手近のカップに琥珀色の液体を注いだ。暫くカップに揺らめく自分の顔を見つめていたが、思い切ってぐっと飲んでみる。普段飲んでいる液体と違って刺激はだいぶないに等しいが代わりに柔らかな味と香りが口の中に広がる。これはこれでいいものだと思いながら、空母棲鬼は自分と相棒のカップに追加のお茶を注いだのだった。

 

 

 


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