艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。 作:アレグレット
艦載機隊がエンジン全開で互いの横をすり抜け、隙を見て銃撃を浴びせかけ、海に叩き落す。それをかいくぐった機はブリュンヒルトとそれに同調する艦娘の頭上に爆撃を落とし、あるいは雷撃を敢行しようとする。それを阻止するのが、曙そして夕立の役目だった。
「第一航空戦隊の艦載機の練度、甘く見ないでほしいわ。」
次々と襲い来る敵機をいなし、麾下の零戦部隊に迎撃を指令しながら加賀は冷静に敵を捌いていた。その隣では赤城が零戦部隊を鮮やかに操り、次々と波状攻撃を仕掛けてくる敵を打ち破っている。
「加賀さん、気を付けて。慢心は駄目です。」
赤城が艦載機隊を冷静にさばきながら加賀に注意した。その間も二人は時には手を取り合い、時には互いを庇いあいながら夜の海を滑走し、艦載機を指揮し続けている。なおも突っ込んでくる艦載機には夕立、曙が対空砲火をもってこれを仕留め続けている。
「大鳳さん、千歳さん、千代田さん、改装されて練度も上がっています。特に千歳さん、千代田さんは改二になっているはず。明らかに速度と攻勢がこの前私たちが会った時よりも上回っています。」
「だからと言ってここで引くことはできない。それは赤城さん、あなただってわかっているでしょう?」
赤城は強くうなずいた。ここで撃ち負けてしまったならばローエングラム提督の座乗するブリュンヒルトに直撃を許してしまう。そのような事は絶対に避けたかった。夜陰ではあったけれど、赤城、そして加賀も長年の経験と勘を頼りに艦載機隊を鮮やかに指揮し続け、敵を寄せ付けなかった。
その前方では榛名、金剛がブリュンヒルトを守りながら果敢に川内たちと砲撃戦を展開している。ひとたび戦の火ぶたが切られれば、いかに艦娘であろうともそこには容赦がなかった。
榛名も金剛も知っている。自分たちが引けばブリュンヒルトが標的になり、砲撃されるという事を知っている。だからこそ引けなかった。
「榛名。」
大きくうなずいた榛名は自身の誇る35,6センチ連装砲を装填、旋回させて仰角を相手に向けた。
「主砲斉射!!」
轟然と主砲が火を噴き上げ、真っ先に進んできた艦娘が悲鳴を上げてのけぞった。どこかに命中したらしく仲間が慌てて抱きかかえたが、致命傷ではないはずだった。その辺りのところは金剛も榛名も心得て撃っている。
「怯むな!全艦隊、突撃!!」
夜陰の向こうで指揮艦娘の声が上がったのは、おそらく川内だろう。照明弾が高々とあがり、その発光の下、艦娘たちがこちらに速力を上げて向かってくるのが見えた。同時に本格的な砲撃戦が開始され、二人の間に水柱が立ち上った。
金剛、榛名も負けてはいない。
「バ~ニング、ラ~~~~~~~~~~ヴ!!!!!!!!!」
振りぬかれた右手が勢いづいて夜風を切る。その右手と共に放たれた砲弾は正面から挑んでくる艦娘たちの至近距離で炸裂した。
『フロイライン・ハルナ、フロイライン・コンゴウ。』
ラインハルトからの通信が入ってきた。
『指定地点に到達した。作戦の第二段階に入るぞ。』
「了解ネ!」
金剛が応答し、榛名にうなずきかけたその時、
「主砲、斉射!!」
凛とした声が響き、二人の前後に無数の砲弾が落下し、魚雷が走ってきた。「敵」が報復を仕掛けてきたらしい。これまではどこか躊躇いのある攻撃だったが、先ほどの砲撃で負傷した艦娘が出てきたことで一気に戦闘の温度が沸騰したようだった。二人は砲弾での水柱の林をすり抜け、魚雷をステップを踏むようにして躱し、互いの背後を庇いあいながら砲撃を続けた。
「何を手間取っている!?正面の敵に相対する愚を犯すな!!二手に分かれ、それぞれ両翼から半包囲体制を作れ!!」
後方で長門が叱咤指令した。左翼は川内を中心とする水雷戦隊。右翼は愛宕、高雄を中心とする重巡戦隊。これらが馬蹄形を描くようにして金剛、榛名の側面に回り込もうとした。
後退を続ける榛名、金剛は身構え、どちらの方面から砲撃が来ても対処可能な体制を取っている。もっとも、水雷戦隊と重巡戦隊が完全に本気を出せば、高速戦艦の二人は無事には済まないだろう。
「愛宕!」
高雄が主砲を敵に向けながら姉妹を促す。
「は~い!パンパカパ~~~~ン!!・・・・きゃあっ!!!」
主砲を撃ち放そうとした愛宕が悲鳴を上げる。側面攻撃を仕掛けようとした際に、猛烈な側面攻撃を受けたのだ。
「今だ!!突撃しろ!!」
艦橋でビッテンフェルトが吼えた。彼の号令一下、山城、天龍、潮、白露が側面攻撃を仕掛けてきた。山城が後方で曳火弾を織り交ぜた支援砲撃を行い、その砲撃の下、天龍と白露、潮が猛然と突撃したのである。その砲撃を縫って、龍驤のはなった艦載機隊が殺到してきた。
「慌てるな!各艦の間隔を取って、体勢を立て直せ!!」
長門が指示を飛ばしたが、前線の艦娘たちはこの猛攻撃に怯んでいた。
「やむを得ん。川内たち水雷戦隊はいったん榛名、金剛から距離を置いて重巡戦隊の援護に向かえ。」
長門の指示に応えようとした川内の耳に、神通の悲鳴が刺さった。
「姉さん、左、左!!」
振り向こうとした川内の腕に何かが直撃した。猛烈な痛みが全身を駆け抜ける。その痛みに怯んだ川内のすぐわきを何者かがすり抜けていった。
「ぐっ!!」
背をそらすようにのけぞった川内の主砲が火を噴き、虚空に黒い砲弾を打ち上げた。視界の隅に殺到してきたのは艦載機隊だった。
「そんな!艦載機隊は大鳳さんたちが抑えているはずなのに!!一体どこから!?」
痛みに耐えながら視界を確認する川内の頭上に不意に照明弾が発射され煌煌と輝いた。その明かりの下に、夜風に吹かれながら弓を構える鳳翔の姿があった。
* * * * *
「前衛艦隊、翻弄されています。」
無表情な報告が長門の放っている零式水上夜間偵察機からもたらされた。まったく、翻弄という言葉にふさわしいありさまだった。重巡戦隊は側面攻撃を仕掛けてきた天龍、白露らに翻弄されているし、川内ら水雷戦隊も、鳳翔の放つ艦載機隊に阻まれている。
「何を手間取っている。」
武蔵がつぶやくのと、彼女がその46センチ砲を装填するのとが同時だった。
「長門、頃合いだろう。」
「・・・・・・・。」
沈黙する長門に、かさねて武蔵が問いかけると、長門は黙ったままかすかにうなずいた。それに反して武蔵の動きははっきりしていた。次々と砲に装填が完了し、月光を反射した波しぶきがその艤装を白く光らせる。
「見せてやろう。大艦巨砲主義の真の意味、真の威力を!!」
砲の仰角が固定されたかと思うと、波しぶきが衝撃で斬りわられた。
大音響はこれまでの砲撃の比ではなかった。轟音とともに放たれた巨弾は宙を引き裂き、ものすごい飛翔音とともに二人のすぐ目の前に落ちた。至近距離だった。
「大丈夫ネ!?」
金剛が榛名を気遣う。
「だ、大丈夫です。まだやれます!!」
榛名が肩で息をしながら答えた。速力が落ちているとはいえ、金剛型の快速は健在である。二人は最後とばかりに主砲を相手に放つと、ターンをして遠ざかっていった。この時にはブリュンヒルトも全速航行で後退をつづけ、敵から距離を引き離しにかかっている。赤城、加賀、そして鳳翔ら空母部隊もビッテンフェルト指揮下の艦娘たちも皆逃走にかかっている。
「敵が逃げるぞ!!」
武蔵が叫び、長門、陸奥も負けじとばかりに主砲を撃ち放す。夜の大気をひっ裂いて飛んでいく砲弾の放つ音はものすごいものだった。甲高い笛のような音が響いたかと思うと、たちどころに爆発音がとどろき、前方にオレンジ色の火光が上がった。同時にどこからか悲鳴のような叫び声が上がった。
「命中か?!」
武蔵の通信機に雑音のような物が飛び込んできたのはその直後だった。
「・・・・被弾・・・・火災・・・・生!!」
「航行・・・・・する・・・・継続・・・・・。」
「速力・・・・低下・・・・・ノット・・・・・。」
「長門。」
武蔵は僚友を見た。
「どうやら先ほどの砲撃、敵の旗艦に命中したようだぞ。」
「あぁ、此方でも確認した。敵の旗艦から火災が発生し、速力が低下しているとの報告が偵察機から入ってきている。」
「この機に一気に前進し、小癪なあの艦を拿捕するぞ。」
「・・・・・・・。」
「長門?」
「わかっている。」
長門は迷いを捨て去るように首を振った。もうすでに戦闘は始まっているのだ。迷いは禁物だった。速やかに前進して敵に一撃を加え、降伏に至らしめることこそ今の自分に課せられた使命だった。
「全艦隊、前進!!」
いったんは体制を乱された川内たち軽巡戦隊も愛宕たち重巡戦隊も体勢を立て直して追撃を開始する。その前方にまたもや艦娘たちが立ちふさがった。ラインハルトの指令で空母部隊の護衛から外れた夕立、曙だった。
「ここは、通さないっぽい!!!」
夕立が叫び、曙と一緒に無数の魚雷を発射してきた。酸素魚雷であり、ただでさえ昼間でもほとんど雷跡が見えないのだ。それが夜だけに余計雷跡が見えづらい。川内たち前衛は回避せざるを得なかった。
「おのれ、小癪な駆逐艦娘めらが!!たかが駆逐艦風情が大戦艦の前に立ちふさがるか!!」
武蔵が叫んだ。これには「敵」だけでなく、軽巡戦隊、重巡戦隊も思わず振り返って武蔵を見た。だが、当の本人は自分の発した言葉の意味を咀嚼することなく、次の作業に取り掛かっていた。「うっとおしい」艦娘共を始末する作業である。
「うっとおしい!!薙ぎ払ってくれる!!!」
46センチ3連装砲が仰角を固定した。
「撃ち尽くしてやる!!!」
46センチ砲が火を噴きあげた。それも間断なく連続で、である。直撃を受ければ駆逐艦であれば一発で轟沈してしまうほどの威力だが、夕立と曙は夜陰に紛れてそれを交わし続けた。一つにはラインハルトの指令で再び反転した鳳翔が掩護の体制に入り、間断なく艦載機を放って機銃による攻撃を仕掛け続けたことがある。爆撃、雷撃に比べればはるかに威力は劣るが、艦娘たちをひるませるには十分な手段だった。
「邪魔だ!!!」
武蔵がはねのけ、対空砲弾をもって艦載機を次々と撃ち落としていく。長門、陸奥も事ここに至っては手加減などしていられず、全力を上げて叩き沈めていった。その間にも主砲は間断なく艦娘たちに、そしてブリュンヒルトに注がれていく。オレンジ色の火光がますます強くなった。もう誰の眼にもはっきりとブリュンヒルトが火災を起こしているのが目視できていた。機関部をやられたのか、行足が目に見えて衰えているのだ。
「もう、やめてほしいっぽい!!」
不意に声が聞こえた。暗夜を切り裂いて飛んできたのは、夕立の声だった。
「武蔵さん、長門さん、陸奥さん、お願い!砲撃を中止して欲しいっぽい!このままじゃブリュンヒルトが沈んじゃうっぽい!!」
その隣で曙も、
「艦娘同士で争っていても何もいいことなんてないじゃない!!砲撃をやめて!!話を聞いて!!!」
悲痛な声は心ある艦娘たちの砲撃の手をとめさせるのに十分だった。一人の例外を除いては、だが。
「黙れ!!みすみすローエングラムとかいう異端の人間になびき、日本海軍を捨てた愚か者どもめ!!この期に及んで命乞いをするか!!」
「違うっぽい!そうじゃなくて――。」
「貴様らも主砲の餌食になりたいようだな!!」
主砲を構えた武蔵の前に長門の腕が横切った。
「何をする?!今更止めたところでもう無駄だというのに。それとも臆したか?」
「いや、武蔵。降伏勧告をしてみよう。事ここに至っては少しは考え方も変わるかもしれん。」
武蔵は不満そうに鼻を鳴らしたが、息を整え、ブリュンヒルトに向かって胸をそらした。
「ローエングラム。」
武蔵は旗艦ブリュンヒルトに呼びかけた。
* * * * *
ブリュンヒルト艦橋上ではラインハルトが正面の艦娘たち、そしてその中心にいる武蔵を見つめていた。艦に火災が発生しているというのに、ラインハルトを始めとして誰一人うろたえも悲観もしていない。まるでそれが想定されていることだというかのように。艦橋には何一つ煙も炎も立ち上っておらず、皆が少し電子機器特有の臭気が入り混じった静謐な空気を吸い続けていた。
『聞こえるか?ローエングラム。』
武蔵の声が通信機を通じて艦橋にもたらされる。
「貴艦は既に損傷し、我が艦隊の捕捉するところにある。これ以上の抗戦は無益だ。おとなしく旗艦を停止し、麾下の艦娘ともども武装解除をした上で我々の指示に従ってもらおうか。」
ビッテンフェルト、シュタインメッツ、ファーレンハイト、アンネローゼによく似た女性、そして夕張が一斉にラインハルトを見つめる。不安そうに、そして如何なる風に返答するかと固唾をのんで。
ラインハルトは返答をしなかった。ただ、その眼は変わらず、そらされることなく敵艦隊に正面から相対していたのである。戦闘中のため照明は切られているが、その分計器類が発する青い光が彼を染め上げている。静かな青い炎が彼の全身を覆っているように見えた。
「一つ聞いておこうか。」
ラインハルトは回答をする代わりに質問を投げかけたのだった。
「卿等は何故、何の為に戦うのだ?」
『何?』
意外さに満ちた返答を聞きながらラインハルトは言葉をつづけた。
「私は自分がどうやってこんなところに来ているのか、その明白な回答を未だ見いだせずにいる。だが、自分が何の為に戦うか、それについては私の中ではもはや迷いはない。」
ラインハルトは左手でペンダントを握りしめていた。
「私の欲するところはただ一つ、この海上から我々を脅かす深海棲艦共を駆逐し、皆が穏やかに航行できる海域を取り戻すことだ。そのためにならば私はあらゆる努力を惜しまぬつもりでいるし、私の全力をもって相対するつもりでいる。それは深海棲艦共だけではない。私の目的を阻もうとする何者にもだ。」
アイスブルーの瞳はきらめきをもってまっすぐに武蔵を見据えていた。その光は直に見れるものではなかったにもかかわらず、通信越しに武蔵が身じろぎをした気配が濃く伝わってきた。
「卿等が協力するならばそれでよし、協力しないのならば私の邪魔立てはしないでもらいたい。そして、卿等が私に相対するのであれば――。」
ラインハルトの声がひときわ大きくなった。
「実力をもって卿等を排除する!!」
その言葉には一片の慈悲を乞う色もなかった。あるのはただ一つの色、自らの意志を貫き通そうという色だけであった。それがラインハルトの全身を燦然と輝かせていた。
(これが・・・・。)
夕張は息をすることすら忘れて艦橋に立つラインハルトを見上げていた。
(これが、ローエングラム提督の姿・・・いいえ、ラインハルト・フォン・ローエングラム・・・・なのね。)
胸を起点としてじんという痺れが全身に広がっていった。言い表しようのない感情を表現するとしたら、夕張にはそのような言い表ししかできなかったのだ。
『・・・・いう事はそれだけか。』
数秒の後、武蔵が低い声でつぶやくのが聞こえた。
* * * * *
「長門。」
武蔵が静かに長門を見た。だが、顔色はどす黒い。その胸の内は燃え滾るマグマが盛んに起こっているのがはっきりと長門の眼に見えた。
「もういいだろう。」
武蔵が両手を打ち合わせた。
「ローエングラムが降伏などハナからするはずなどなかったのだ。これではっきりしただろう。」
「まて、武蔵――。」
「あの小癪なローエングラムをあの艦ごと吹き飛ばしてやる!!!」
長門の制止を無視して武蔵が叫んだとき、意外なことが起こった。火災を起こしているブリュンヒルトが再び動き出したのである。同時に夕立、曙もターンして逃走にかかった。後方に見え隠れしているそのほかの艦娘も同様である。
「追撃だ!!」
武蔵が叫んだ。それにはじかれるようにして艦娘たちは追撃を開始する。たちまち白い波しぶきが彼女たちの周囲に沸き起こった。
「逃がすな!敵は最後のあがきだ!追うぞ!!」
いつの間にか武蔵が指揮を執るようになっていた。長門、陸奥、そして他の艦娘たちもそれをとがめだてしようという動きを見せない。武蔵の気迫と意志に皆が引きずられ続けている。
「軽巡戦隊は左翼から迂回して敵艦の前方に回れ!重巡戦隊は砲撃続行、敵の足をとめろ!!」
そう指令しておいて、武蔵はさらに速力を上げ一散に走り出そうとした。ブリュンヒルトの後進で再び距離が空き始め、有効射程から外れそうになったからである。
その時だった。先行している軽巡戦隊、重巡戦隊から異様な悲鳴が上がったのである。
「どうした!?」
長門が問いかけるが返答はなく、ただ、混乱に陥っている様子が通信越しに伝わってくるだけだった。
「一体どういうことだ!?」
武蔵も動揺を隠しきれない様子で叫んだが、次の瞬間体勢を崩して危うく転覆しそうになっていた。何か強烈な力が彼女の足をつかんで離さないのである。
「これは、なんだ?!」
不意に足がとられ、慌てて長門、陸奥、武蔵は足を止めた。何かがおかしい。どんなに全速を出しても白波が立つだけでいっこうに進もうとしない。その答えは足元にあった。
「これは・・・・機雷!?」
夕立、曙らはただ闇雲に逃げていたのではなかった。ただ愚直に敵の正面に姿をさらし続けていたのではなかった。逃走する間に波間に夕張の開発した指向性の妨害性機雷を撒いておいたのだ。これは対象者が通りかかると強力な磁力ネットを広げてからめとってしまうものである。
「戦闘という物は――。」
ラインハルトはひたと正面の敵主力艦隊に目を向けている。強大な長門型、そして大和型のいかなる脅威をも彼を屈服せしめることはできなかったのだ。
「彼我の物量がすべてではない。指揮官の指揮能力と、それを信頼する麾下があってこそのものだ!!」
ラインハルトが叫んだ。その叫びが届いたかどうか、彼自身にはわからなかったが、にわかに波動が海上を走り抜けてこちらに帰ってきた。
「ローエングラムァァァァァァァァァッ!!!」
武蔵の咆哮が海上を圧したのだ。罠にかかった猛獣が怒りの咆哮を上げるのに似ていた。
「敵艦隊停止しました!!」
夕張が叫んだ。
「今だ!」
ラインハルトが立ち上がった。
「全艦隊、左右の敵には構うな!正面主力艦隊に砲撃を集中せよ!!」
ラインハルトが叫んだ。
「フォウレ・ファイエル(全力射撃)!!」
次々と襲い掛かる主砲弾の嵐による爆炎が追撃主力艦隊を襲い、艦載機隊の波状攻撃がそれに彩を添える。
「魚雷、発射!!」
天龍が叫んだ。彼女の号令一下、潮、白露が雷撃をありったけ叩き込む。さらに夕立、そして曙が進出し、共に雷撃を叩き込んだ。次々とすべるように水面を走り抜けた雷撃は爆炎のドームに突入して水柱をふき上げた。
まさに深海棲艦の主力艦隊に対する砲撃ぶりだった。下手をすると武蔵ですら死んでしまうかもしれなかったが、艦娘たちはラインハルトを信じていた。だからこそ誰一人手をとめる者はいなかった。
その爆炎のドーム内部では炎と煙が阿修羅のごとく荒れ狂っていた。
「くそっ!回避・・・対空砲火・・・間に合わない!!」
武蔵が吼えるその隣で、
「ここで・・・私たち・・・終わってしまうの・・・・!?」
陸奥が懸命にこらえながらつぶやく。
「馬鹿な・・こんな、バカな・・・・。何故だ?長門級、そして大和級が・・・・高速戦艦に、巡洋艦、駆逐艦に撃ち負けるなど・・・!?」
長門にも武人の矜持が、そして長門級としての意地があった。それが今自分の中で崩れ去ろうとしている。
「ありえるのか・・・・!?」
容赦のない砲撃と雷撃、そして熱波が着実に彼女たちを追い詰めていた。
「指向性機雷、セットオン。起爆を10秒後にセット!!」
夕張がすばやい操作でコンソールを動かす。そしてセット完了を知らせるアラームが鳴った。
「カウントダウン開始!!10・・9・・。」
「全艦隊、退避せよ!!」
ラインハルト、そしてビッテンフェルトが指示を下した。
「8・・7・・6・・5・・4――。」
爆炎のおさまりきらない中でも全速離脱を試みようとする主力艦隊の姿があった。盛んに白波を蹴立てて進もうとしているが、一向に成功していない。
「せめて・・・。」
長門の手がふりあげられた。かなわぬまでも主砲弾をもって一矢報いたい。たとえそれで自分がどうなっても――。
だが、成功しなかった。指向性の磁気機雷はその艤装の戦闘能力までをも奪ってしまっているのである。
「これが・・・・。」
長門の手が力なく降ろされた。陸奥と視線が合う。彼女の眼に浮かんでいるのは怯えだった。思わず長門はその手を取った。一人ではない。そばには姉妹がいることがせめてもの救いだった。
「これが・・・・・!」
彼女の眼の隅に点滅する機雷群の赤い光が写った。
「これが・・・・!!ラインハルト・フォン・ローエングラム提督の、力――!!」
直後、轟音と閃光があたりを包み込む。光の奔流に主力艦隊は飲み込まれていき、長門の意識は闇の中に消えていった。
フォウレ・ファイエルは完全にこちらの造語なので、あまりお気になさらずお願いします。