艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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第二十九話 私は受け止めねばならぬのだ。

地球上で絶対に見られないと思う光景はいくつもある。例えば、過去の自分と未来の自分が邂逅することがそうだろう。また、物語などの想像上の登場人物が具現化して現れることもそうだろう。

 赤城たちの目の前で起こりつつある光景もまた、地球上では絶対に見られないと思っていたはずの光景の一つだろう。

図らずもファーレンハイト艦隊と邂逅し、共に新手を打ち破り戦闘が終了した後、戦艦アースグリムが戦艦ブリュンヒルトの横に接近しつつあるのを、赤城はデッキにて海風に髪をなびかせながらじっと見守っていた。

「アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト中将。」

赤城はその名前を口に出す。原作においてはアスターテ星域会戦でラインハルトの麾下として奮闘するも、リップシュタット戦役でラインハルトに敵対し、その後許されて彼の麾下に再度加わった。最後は回廊の戦いで壮絶な戦死を遂げることとなるのだが、その潔い態度は敵味方問わず尊敬を集めていた。紆余曲折あったものの、ファーレンハイトはラインハルトという名君に仕えることができたことに満足しながら死んでいったのである。

 

 だが、と赤城は思う。そもそも論として、今のラインハルトはアスターテ星域を敗退した身なのである。

「ファーレンハイトか。」

ラインハルトは赤城の隣に立ち、こちらに接舷してくる戦艦アースグリムに視線を固定させているが、その中にいるであろうかつてのアスターテ星域会戦での部下を、かつての会戦の記憶を見ているようだった。

 アースグリムはブリュンヒルトからほんの数メートルの距離にまで近づくと、その艦体をとめた。ほどなくして、ハッチが開き、水平タラップがブリュンヒルトに接舷される。最初に出てきたのは飛龍だった。そしてその後からゆっくりと出てきたのがファーレンハイトその人である。

「・・・・・・・・。」

一瞬眩しそうに目を細め、静かにタラップを渡って近づいてくるファーレンハイトをラインハルトはじっと見つめていた。その後ろから飛龍が付いてくる。タラップを渡ってきた二人はデッキに佇むラインハルト、赤城の二人の前に立った。

「赤城、ご無沙汰!どうしてここに――。」

待ちきれないように話し出す飛龍の口が突然つぐんだ。ファーレンハイトが後ろ手に制したのである。

「ローエングラム上級大将閣下。」

平板に抑えた声だったが、ただならぬ気配は隠し切れなかった。何故ならファーレンハイトは元上官に対して一切の敬礼をしなかったのである。

「ファーレンハイトか。」

ラインハルトも答礼を返さなかった。赤城、飛龍、それぞれの艦隊の旗艦艦娘は凍り付いたようにそれぞれの提督を見るだけだった。あたりはさほど寒くはないのだが、この4人の周囲だけ北極海のように、さぁっと霜が降りてきたような空気になったのだ。

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

両者は長い事押し黙ったまま、それでいて一瞬たりとも相手の眼から視線をそらそうとはしない。そのまま時間だけが過ぎていく。

「かつての部下を目の当たりにして、名のみを口にされただけでは、些か興がないと言わざるを得ませんな。」

ついにファーレンハイトが沈黙を破った。その抑圧された響き、内部にある強烈なものを感じ取って飛龍のみならず、赤城ですらも戦慄を禁じ得なかった。

「私は待っているのだ。」

ラインハルトは表情を一ミリたりとも変えずに、

「卿が私に対して抱いているであろうものを吐き出してしまうのをな。」

「なるほど・・・。」

ファーレンハイトは苦笑交じりに息を吐きだした。

「そうせよ、とあなたはおっしゃるのですか。」

「それを決めるのは卿自身であろう。」

ファーレンハイトの苦笑の色が深くなり、胸郭から息が吐き出された。と、次の瞬間――。

 

 不意にファーレンハイトの身体が動いた。信じられないほどの激しさを見せて「シッ!」

という息の漏れだす音がしたかと思うと、空気が引き裂かれる強烈な感触をすぐ近くにいた赤城は感じた。咄嗟に目を庇うように半分つぶった赤城の耳に、鈍い音が聞こえたかと思うと、ラインハルトが転倒し、宙を舞うのが、視界の隅に移った。すべては一瞬の事だった。気が付けば彼女の上官はデッキを数メートル滑り、あおむけに倒れていたのである。

 

 ラインハルトが地面に背中をつけているという目の前の事実を二人は信じられなかった。金髪の覇者が背中をつけるのは、あの最後に病に倒れた時のみだと思っていたのだから。

 

飛龍も、赤城も信じられない出来事に身動きが取れなかったが、それも数秒の事だった。喚き声と共に一人の男が飛び込んできたからである。

「貴様ァ!!」

この時、ビッテンフェルトの肺活量はまだまだそこが知れないことを赤城は悟った。それまでの大声は大声でないと言わんばかりの大音量なのである。

「閣下に何をするかァッ!!!」

怒声と共に繰り出された拳をファーレンハイトはよけようとしなかった。彼もしたたかに殴り飛ばされて、デッキを転がって滑り、ラインハルトの横で止まったのである。

「・・・・・・・。」

ラインハルトは眼だけを動かして、この不埒な相手を見つめた。もしもビッテンフェルトと赤城が彼の顔を見ることができていたならば、驚いたかもしれない。その眼にも、顔にも一切の怒気は浮かんできていないことを。

「あなたは一つ勘違いをなさっておられる。私にはあなたを責める資格などありはしない。だが、だからと言ってあなたが何も責められるいわれなどないとは思わないでいただきたい。」

口を切ったらしく、血を吐き出すと、ファーレンハイトは虚空を見つめたまま淡々とした声で言った。その時には激昂するビッテンフェルトが彼の襟首をつかみ、引きずり起こすと、締め上げ、持ち上げようとした。

「貴様、よくも――!!」

「よせ、ビッテンフェルト。」

ラインハルトもまた口を切ったらしく、血を吐き出してそう言ったが、ビッテンフェルトに対してかけた声はいささかの乱れもなかった。

「その手を離してやれ。」

「しかし、閣下!!」

「離せ、と言ったのだ。」

ラインハルトの眼に今度こそアイスブルーのきらめきがうかんだ。ビッテンフェルトは気圧された様に黙り込むと、黙ってファーレンハイトの襟元を離した。

「なぜですか!?なぜお怒りにならないのですか!?」

ラインハルトを助けて起こしながら、ビッテンフェルトがなおも納得できないように叫ぶ。それを制しながら、ラインハルトはファーレンハイトを向いた。

「卿はあの戦いで斃れた将兵たちの思いを代弁した。それにいささかの私情もない。生き残った人間はともかく、死せる者の残した思いは無視できぬものだ。」

ラインハルトはまた赤い唾を地面に吐き出した。

「このようなことは所詮は自己満足に過ぎぬのかもしれぬ。だが、それですべてを片付けてしまうことなど私には出来ない。あの会戦の直前、あまりにも私は軽率であった。偵察をおろそかにし、陽動の可能性を考えることをせず、ただ勢いに乗って進撃してしまった。」

ラインハルトの拳が震えていた。それが怒りだと気づいた赤城、飛龍は身構えた。今度はラインハルトが激昂して殴り返すのではないか、と。

 だが、違った。それは他ならぬ自分自身に対して向けられていたのである。

「そうだ。日頃私が軽侮している無能で頑迷な帝国軍上層部と同じことを、な・・・・!!」

拳が彼自身の口に当てられ、ぎりっと白い歯がそれに当てられた。たちまち白い手から血が流れ落ちる。ビッテンフェルトは顔色を変えたが、ファーレンハイトは黙ってそれを見続けている。

「私は過ちを犯した。自らの視野の狭量さを、幾万の、いや、幾十万の将兵の命を犠牲にしたことによって、それを知りえたのだ。あまりにも高すぎる代償と言わねばならぬ。」

ラインハルトの独白を居並ぶ人間は黙って聞いているだけだった。

「その代償を閣下はどうなさるのですか?」

ファーレンハイトが初めて声を出した。ラインハルトはいささかのためらいもなく答えを反す。

「宇宙を統べることはできなかったが、少なくともここでの私にはやるべきことがある。あの深海棲艦とやらを殲滅し、この地球とやらの海から脅威を取り除く。そのためにこそ私は、陣頭に立って戦うのだ。」

ファーレンハイトの喉がかすかに上下した。中にたまった血を嚥下したのかもしれないし、湧き上がってきた思いを飲み込んだのかもしれない。

「そうまでおっしゃられるのでしたら、私から何も言うことはありません。」

穏やかな顔をしていた。ビッテンフェルトに殴られた彼の左頬が青黒くなっている。

「もしも閣下がご承知おきくださいますならば、再び麾下の列の端に加えていただきたく思います。」

ファーレンハイトの言葉を、ラインハルトはしっかりとしたうなずきをもって肯定した。こちらも右頬に青黒いあざがついている。まさかラインハルトの顔にあざが付くことになろうとは、赤城も飛龍も、ビッテンフェルトも想像していなかったが、どういうわけか今この場にあってはそれが相応しいように見えるのだった。

「色々と話がある。場所を移そうではないか。」

ラインハルトの提案にファーレンハイトがうなずき、後に従う。

「ファーレンハイトめ、閣下を殴りたおすとは。・・・まぁいい。俺個人の気は済まんが、それはいつかの機会に晴らせばよい事だ。」

ビッテンフェルトもぶつぶつ言いながら、二人の後を追う。後に残された赤城、飛龍は顔を見合わせる。

「赤城。」

「飛龍さん。」

二人は同時に声を出す。

「色々ありすぎてまだ感情の整理がつかないけれど、でも、これでよかったのかな?」

「ええ・・・・。たぶん、おそらくですけれど、ローエングラム提督はご自身なりにけじめをおつけになったのでしょう。」

赤城は目を細めて、デッキから艦橋に降りていく3人の背を見つめている。

「けじめか・・・。」

飛龍はその言葉を咀嚼するように反芻したが、

「ま、一応は区切りがついたってことでいいのかな、赤城、色々と話したいこともあるし、私たちも下に行かない?」

「私もです。行きましょうか。」

赤城と飛龍もラインハルトたちに続いて下に降りていく。原作を読んだだけに過ぎない赤城にはラインハルトの気持ちはまだわからないところが多いが、今回の事でまた一つ、彼の人間性を知ることができた。そして思うのだ。

 

ラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将の下にあれて、良かった、と。

 


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