艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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第二十八話 指揮官たるものは常に戦場で敵に胸をさらす。

ラインハルトの眼前ディスプレイに、炎上する炎を背負った港湾棲姫が映し出されている。三式弾の攻撃をあれほど受けていても、まだ倒れないその姿は深海棲艦の怨念そのものと言えるかもしれない。

「やるではないか。」

ラインハルトは戦場で好敵手を見つけた時に浮かべる、あの不敵な笑みを浮かべていた。たとえ戦場が一つの惑星規模に収縮されようとも、そこで繰り広げられる命のやり取り、命を燃やし力に変えその力をぶつけ合う戦いは確かに存在する。

「フロイライン・コンゴウ。」

ラインハルトは通信機で前線の金剛を呼んだ。

『提督ゥ!!どうすればいいですカ~?わけがわかりマセ~ン!!どうして倒れないデ~ス!?』

金剛が疲れた顔をして憔悴している様子が見えるようだった。

『ごめんネ。私、提督のお力になれないデ――。』

「敵にはウィークポイントがある。」

ラインハルトは金剛の泣き言、愚痴をいつまでも聞いていなかった。

『What!?』

『ウィークポイントですか?』

金剛、榛名が同時に声を上げる。

「詳しくは後で話す。いったん敵の射程外に退避してくれ。フロイライン・ヤマシロ、フロイライン・アカギ、フロイライン・カガ、フロイライン・コンゴウらの退却を掩護せよ。」

『はい!』

山城、赤城、加賀らの支援艦隊は敵前から退避する金剛、榛名らを掩護すべく、港湾棲姫に対して攻撃を続け、注意を引き付けると、さっと味方を収容して射程外に逃れ出た。港湾棲姫が戦艦棲姫のように洋上型の深海棲艦であれば、こうはできなかったかもしれないが、陸上型の港湾棲姫は歯噛みしながらも追尾をすることはなかった。

 一つには敵が引いたことによって、自身の傷の修復完了と援軍到着までの時間稼ぎになると判断したからである。

「閣下。どういうおつもりですか。攻勢をかけ続ければ、あるいは奴の装甲の限界を超え、撃破できるのではありますまいか?」

ビッテンフェルトがラインハルトに尋ねた。

「それも一つの選択肢だ。だが、先ほどの砲撃はフロイラインらの全力射撃だった。にもかかわらずあの深海棲艦を撃破できないのであれば、このまま続けていても事態はさして変わらぬだろう。力押しも必要であるが、それは時と場合による。」

ラインハルトは勇猛な部下に諭すようにして答え、ついでこの最新鋭艦の艦長に視線を移した。

「シュタインメッツ。」

「はっ!!」

シュタインメッツが立ち上がってラインハルトを見上げた。

「ブリュンヒルトのシールド出力は今ゼロの状態であるが、これを展開できるか?」

「可能です。ですが、あくまでそれは従来の宇宙空間における中性子ビーム砲などの兵器に対してのものであり、彼奴等の実弾においてはその効率は著しく低下します。」

「無力ではないのだな?」

ラインハルトは念を押した。

「多少は持ちこたえるかと思います。」

「あの深海棲艦からの砲撃火力については既にデータ化しているが、どのくらい持つかわかるか?」

「閣下!!まさか!?」

ビッテンフェルトが叫んだ。ラインハルトは大きくうなずいて、

「そうだ。このブリュンヒルトそのものを深海棲艦の囮とし、その隙にフロイライン・ハルナらが砲撃を行う。」

「無茶です!!いくらブリュンヒルトと言えどもひとたまりもありませんぞ!!」

「シュタインメッツ。計算上はどうなるか?」

さすがのビッテンフェルトと言えども旗艦そのものを囮にすることへのリスクの高さを無視できなかったと見えたが、ラインハルトはビッテンフェルトの忠告を無視してシュタインメッツに尋ねた。

「敵の砲撃の頻度によりますが、想定で約15分が限界です。」

「・・・・よし。」

ラインハルトがうなずいたとき、金剛、榛名らが下がってブリュンヒルトの前面にやってきた。

「フロイライン・コンゴウ、フロイライン・ハルナ、よく聞いてほしい。今より卿等には新たな作戦を指示する。燃料弾薬の状況はどうか?」

『まだ大丈夫です。艤装にも目立った損傷はありません。』

榛名が答えた。

「よし、ならば作戦を説明する。」

ラインハルトの言葉を聞く全艦隊の顔には驚きの表情が一様に浮かび始めた。ラインハルトの大胆な作戦にはラバウル鎮守府時代からよく知ってきている赤城ですら驚きを隠せなかったのである。

 

 小癪ナル艦娘ドモ・・・マダ我ニ挑ムカ。

 

 敵の一隊がまたしても正面に立ちはだかるのを見つめながら、港湾棲姫はあきれを通り越して、憐れみすら感じていた。むろん憎悪は沸きたぎるように胸の内にある。だが、自らの傷が修復しつつあり、さらに周囲の敵艦隊から、彼らもこちらに向かってきているという思念波を受け取っている現状、敵の敗北は必死だった。であればこそ、港湾棲姫はそのような憎悪以外の感情を持つ余裕ができたのである。

 

ダガ、コレデ終ワリダ!!忌々シイ艦娘ドモ!!

 

港湾棲姫は全砲門を相手に向け、近づいてくる艦娘たちをにらみ据えた。

「よぉし!!撃って撃って、撃ちまくってやれ!!」

天龍の号令一下、その下に臨時に付属している山城、那智ら主力艦隊は一斉に砲撃を開始した。それのみならず、能代、初風ら予備兵力を投入して一斉に砲撃を叩き込んできたのである。文字通り全戦力を投入してきたように見えた。

「撃て、撃て、撃てェ!!」

三式弾を搭載した山城、那智らが全力で攻撃を仕掛け、それを支援すべく赤城、加賀の攻撃隊が攻勢を開始する。

「ウルサイ蠅ドモメ!!」

港湾棲姫が腕を一振りすると、おびただしい砲門が開き、速射砲のごとく打ち出された赤い砲弾が空を切り裂いて無数にとんだ。

「来るぞ!!」

天龍が叫んだ直後、水柱がまるで刃のように飛び吹き荒れ、林のように沸き立った。港湾棲姫の攻撃は今度こそ本気だった。尽きることを知らない砲撃はやむことがなく、天龍らは腕で顔を庇い、懸命に砲撃を続けたが、圧倒されたように退却していった。

 港湾棲姫は勝ち誇ったように甲高い叫び声を上げたが、ほどなくしてその声はやんだ。

「・・・・・・?」

退いていく艦娘たちの後方から白い鯨を思わせる優雅な艦がやってきたのである。艦娘たちはおろか、自分、そして通常のイージス艦などと比べてもはるかに大きい。

「マダクルカ?!何ガコヨウトモ同ジコト!!沈メ!!」

港湾棲姫は砲門を開き、小癪なる巨大な艦に照準を合わせた。

 

 

「来るぞ!!シールド最大出力!!」

ラインハルトはブリュンヒルト艦橋で叫んだ。こうなるのは覚悟のうえで有った。それでいてなおラインハルトは前進をやめない。ディスプレイ上で港湾棲姫の周りに無数の赤い光点がきらめくのが見えた。

「総員、衝撃に備えろ!!」

ラインハルトが指示した直後、おびただしい砲撃がブリュンヒルトに命中し、艦体が衝撃に震えた。たちまちアラームが鳴り響き、艦内が赤い警告灯で満たされる。

「閣下!!」

シュタインメッツが叫んだ。

「敵砲撃が予測よりも強力です!!」

彼の目の前にあるシールド耐久ゲージがみるみる減少していく。

「艦が持ちこたえる時間は、逆算して・・・後、6分!!」

「充分だ!!敵の眼を引き付け続けろ!!」

ラインハルトが叫んだ。その姿を見ながら、ビッテンフェルトが麾下艦娘たちに指示を下す。

「支援砲撃を再開しろ!!少しでもブリュンヒルトへの砲撃を阻止するのだ!!」

『応ッ!!』

天龍以下が主砲を構え、一斉に撃ち放した。港湾棲姫の前後左右に砲弾が命中したが、港湾棲姫の勢いは衰えない。

「後3分!!」

「閣下!!」

「まだだ!!」

シュタインメッツ、ビッテンフェルト、ラインハルトの三者はそれぞれの席で自らの役割を最大限に発揮してこの攻撃を耐え抜こうと奮闘していた。一人静かにそれを見守っていたのは例のアンネローゼそっくりの女性だけだった。

 

ブリュンヒルトそれ自体を港湾棲姫は知らない。だが、知らないながらもあの艦がもう長いことはないことを感じ取っていた。何か見えない力で阻まれている砲撃が次第にその力を跳ねのけるのを感じていたのである。

 

 愚カナ・・・・人間ドモ・・・・艦娘ドモ・・・・。

 

 港湾棲姫は憎悪を砲弾に込めて放ち続けながらつぶやいた。何度叩こうとも、何度焼き尽くそうとも、彼奴等は立ち上がるのを辞めない。諦めることはない。たまらなくイライラさせてくれる。そう、たまらなく・・・・――。

 

 殺シテヤリタイ!!!

 

 港湾棲姫の憎悪の沸騰が一気に加速した。

 

 死ネ、死ネ、沈メ!!!

 

 港湾棲姫の砲撃がさらに加速した。

 

「後1分!!閣下!!退却のご決断を!!」

シュタインメッツが叫んだ。もうシールドの耐久限界が残り10パーセントを切った。1分後にはブリュンヒルトは無数の砲弾に貫かれ、爆発四散するだろう。

「・・・・・・。」

ラインハルトはじっと前を見据えたまま動かない。

「閣下!!」

ビッテンフェルトも、妖精たちも、皆ラインハルトを見ている。「ご退却を!!」という言葉を誰しもが叫びたい思いで一杯だった。

「ビッテンフェルト、シュタインメッツ!!」

不意にラインハルトがビッテンフェルトらを見た。

 

 

「勝ったぞ!!」

艦内の様相が一変した。相変わらず艦内はアラートが響き、赤い警告灯が明滅しているが、ラインハルトの高揚感が込められた一言で皆の表情が一変したのである。

 

 

ビッテンフェルトもシュタインメッツも妖精たちも一瞬動きをとめた。皆信じられないという顔をしている。ディスプレイ上に港湾棲姫の姿があったが、その後ろにおびただしい爆炎が立ち上るのが見えていた。そして・・・・間違いなくもだえ苦しむ港湾棲姫の姿も。

その港湾棲姫の背後には金剛、榛名ら別働部隊の姿があったのである。

「撃って、撃って、撃ちまくるネ!!」

金剛が叫んだ。金剛、榛名ら別働部隊は大きく迂回して、港湾棲姫の背後に回り込んだのだ。

「榛名!!」

「はい、お姉様!!」

金剛が砲撃を続けながら妹を見た。妹の顔にはもう、不安の色はない。戦乙女のように頬を紅潮させながら砲撃を続けるその姿は、かつての新鋭戦艦金剛型高速戦艦榛名の姿だった。

「オノレオノレオノレオノレェ!!」

もだえ苦しむ港湾棲姫は後ろを振り向いて応戦しようとする。だが、それを阻んだのは正面からの山城らの砲撃だった。

「撃てェ!!」

天龍の号令で、山城、那智等が一斉に攻撃を開始し、赤城、加賀、龍驤の攻撃隊がとどめを刺さんとばかりに一斉に襲い掛かる。港湾棲姫は前後から砲撃を受け続け、もう、どちらに向いていけばよいのかもわからなくなっていた。

「ア・・・アァ・・・・!!」

右腕が飛ぶ、左腕の艤装がちぎれ飛ぶ。飛行甲板が吹っ飛ばされ、左足が消滅して倒れ込む。それでも眼だけは艦娘たちに向いていた。一瞬たりとも憎悪を消すこともなく。

「小癪ナル艦娘タチ・・・・タトエ・・・・。」

右足が吹き飛び、ついに港湾棲姫は炎の中に身を沈めた。全身が焼かれ、灼熱の苦痛が無数の針のように全身を刺す。その苦しみもそう長くはないと、脳裏のどこかで声がする。

「タトエ・・・・私ガ・・・死ノウトモ・・・・イツカ・・・・!!」

残る左腕が虚空を掴んだが、それも炎の中に消えた。港湾棲姫の体が大爆発して四散するのを艦娘たちはそれぞれの位置から眺めていた。最初は呆然としていた艦娘たちが、一人、また一人と、歓声を上げ始めたのである。

「榛名!!やったデ~ス!!」

金剛が榛名に抱き付いた。

「お姉様、あ、危ない!!」

危うく転覆しそうな榛名をよそに、金剛は妹の顔にほおずりして、

「提督の言う通りネ!!榛名、きっときっと勝てるって、あなたがbest winnerデスヨ!!」

榛名は呆然としていた。確かにその通りだ。けれど戦闘中は無我夢中でそこまで考える余裕もなかった。終わって初めて、榛名はラインハルトの言葉を思い出し始めていた。

「わ、私無我夢中で・・・・。」

「それでいいデ~ス!!くよくよしてちゃ駄目ネ!!」

金剛が元気一杯、そういった。榛名の中に徐々にある気持ちが沸き上がり始めた。両方の眼に一杯に溜まり始めたものを見た姉が、

「ど、どうしたデ~ス!!」

榛名自身にもわからなかった。嬉しさと、苦しさと、申し訳なさと、感謝と、相反する感情が一斉に噴出してどうしようもなくなっていたのだ。泣くことでしかそれを消化できなかったのである。

「お姉様ぁ~~ッ・・・・!!」

榛名が金剛の肩に顔をうずめて、わんわん泣き始めた。あたりをはばからず声を上げて。驚いて妹を抱き留めた金剛だったが、優しく妹をぎゅうっと抱きしめた。すべてを姉として受け止める。それこそが今金剛にできることだった。

 

* * * * *

「作戦終了だ。全艦隊は速やかにブリュンヒルトに帰投せよ。」

ラインハルトは艦橋でそう告げた。戦いが終わった後の彼は戦前の平静さを取り戻していた。戦の前後だけを見れば、とても苛烈な戦闘を潜り抜けた人間だとは思えないだろう。彼の指令を受け取った艦娘たちはブリュンヒルトを目指したが、不意にあっと声を上げたものがいる。白露だった。

「ししし深海棲艦が!!」

指さす先には深海棲艦の一群がまっすぐにこちらを目指してやってきていた。おそらく港湾棲姫が呼び寄せた援軍だろう。

「チッ!死に際の置き土産か!!」

那智が身をひるがえして主砲を構えた。艦娘たちは新たな敵に向けて戦闘態勢を取り始める。疲労は溜まっていたが、それでもやるしかない。

と、その時だ。先頭を進んできた深海棲艦の一隻が大爆発して四散したのである。

「あれは何や!!」

龍驤が指さす空におびただしい艦載機隊が飛来してくるのが見えた。

「赤城さん。」

加賀が乾いた声ながらも友軍の正体を知って驚きを隠さない様子でいる。赤城もすぐにその理由がわかった。

「あれは・・・第二航空戦隊!?・・・飛龍の!?」

赤城の声が信じられない響きを持っていた。第二航空戦隊は横須賀鎮守府にいるはずではなかったのか?

 


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