艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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チャイコフスキー交響曲第六番「悲愴」第一楽章の後半冒頭が突入場面に似合う、そう思うのです。


第二十六話 卿らに必要なのは「自信」それだけだ。

ブリュンヒルト艦内大会議室――。

 

マリアナ諸島を出航した新鋭戦艦ブリュンヒルトは太平洋上の大海原を航行し続け、深海棲艦群が確認されているポイントに到達しつつあった。

「作戦の概要を説明する。」

ラインハルトが艦娘たちを見まわしながら口火を切った。

「我が艦隊は東から海域に侵入し、フィリピン諸島に突入後、北東に向けて転進、本土に向かう進路を取る。だが、言うまでもなくこれは示威行動だ。」

「示威行動?」

那智が「わかりかねる。」と言った様子で眉をひそめた。他の艦娘たちも同様だった。

「このブリュンヒルトを敵に見せつけるためのな。」

ラインハルトは不敵に笑った。

「ブリュンヒルトに使用されているシールドは深海棲艦とやらが発するジャミング波を一切受け付けないどころか一種のステルスの効果を持つ。シュタインメッツが襲撃された際にはシールドが機能していなかったようだが、それを除けば今まで深海棲艦共と会敵したことがないのがその証拠だ。」

「・・・・・・・。」

「そのシールド出力をゼロにする。ブリュンヒルトをもって敵を誘い出すのだ。」

「提督はマリアナでの会議では奇襲を行うとおっしゃっておられましたが?」

赤城が首をかしげながら尋ねた。

「言った。彼奴等の泊地をこのブリュンヒルトをもって強襲する。」

艦娘たちは一斉に信じられないという目をし、一斉に話し出した。

「心配するな、強襲は初手にすぎぬ。敵に一撃を与え、しかる後に離脱して本土に向けて転進する。根拠地を強襲された敵は必ず追ってこよう。それを指定地点に置いて挟撃し殲滅した後に、急速反転離脱を行う。」

少し作戦の流れが前後してしまったな、とラインハルトは苦笑して再度説明を始めた。

 

 

第一に、ブリュンヒルトのシールド出力を最大にしながらブカスグランデ島南からスリガオ、ディナガトの二つの島の海峡を突破して、敵の泊地の一つであるレイテ湾に突入する。突入と同時に艦載機隊の強襲と金剛、榛名の艦砲射撃をもって敵港湾施設を破壊する。

第二に、強襲成功後、速やかにブリュンヒルトは艦娘を収容し、北東に転進する。この間ワザとシールド出力をゼロにして敵に発見させやすくし、できうる限り敵を引き付ける。同時に艦娘をいち早く指定地点に展開させる。

 

そして――。

 

第三に、指定された地点で待機している機動部隊、巡洋艦隊をもって敵を包囲殲滅するというものだった。

 

ラインハルトの説明が終わってなお、居並ぶ艦娘たちは身動き一つせず、明滅するディスプレイを見入っている。大胆すぎはしないか、という思いが艦娘たちの頭を支配していた。

「ちょっと、こんなんでいいの!?」

曙が声を上げた。ラインハルトは無造作に視線を曙に移した。

「何か意見があるのか?」

「リスクが大きすぎるんじゃないかって言ってんのよ!このクソ提督!!」

ピクリ、とラインハルトの眉が動いたが、曙はそんなことに頓着せず声を出し続けていた。

「敵のど真ん中に飛び込むってことがどんだけ危ないかわかってんの!?これ、前大戦のレイテ突入作戦と同じじゃない!!クソ提督、アンタは何も知らないかもしれないけれど――。」

「知っている。」

ラインハルトは片手を上げて、曙を遮った。さほど大きな声を出さず、さほど大きな身振りでもなかったのだが、曙は気圧された様に黙ってしまった。

「フロイライン・アケボノ。私はこの世界にきて卿等の世界の事を学ばなかったわけではない。そのような事があったことは十分に知悉しているし、その危険性についても充分に承知している。」

「なのにどうしてそんな作戦を取ろうとするわけ!?」

艦娘たちの視線はラインハルトと曙とを行ったり来たりしている。言いたいことを言い出せないでいたところに、曙が自分たちの思いを代弁してくれた。そんな心境を抱いている艦娘たちが大半だった。

「答えは明白だ。これが単純かつ最も効果的に敵に致命傷を与えられるからだ。」

「それだけ!?」

艦娘たちはざわめいた。効率を最大限に高めるために、こちらが轟沈(ロスト)する危険性を敢えて無視をしようというのか。それでは前大戦の提督や今の軍上層部と同じではないか。それをラインハルトは――。

と、艦娘たちのざわめきがピタリとやんだ。ラインハルトが立ち上がっていたからである。

「卿らにとって今必要なことは何か!?」

ローエングラム上級大将の朗々たる声が会議室に満ちた。

「深海棲艦共を撃滅し、もって大洋の安全を確保することこそ卿らの任務である。だが、それを成すべき前に卿らにはなすべきことがある!!」

ラインハルトのアイスブルーの瞳が全員を眺め渡した。それは艦娘たちを圧迫するというものではなく、彼の覇気というエネルギーを全員に照射しようとしているかのようであった。

「卿らの心中にある『不安』。これを取り除いてこそ卿らは次の戦いに胸を張って赴くことができるのだ。私は敢えて言おう。今の卿らでは深海棲艦共にはまだ決定的な勝利を刻むことなどできぬ。だが、小さな勝利を積み重ねれば、それは自信という強固な鎧となって卿らを守ることになるだろう。今回の戦いはその鎧をまとうための最初の一歩となり、そのためにこそ困難に打ち勝ち、輝かしい勝利が卿等一人一人に必要になるのだ。敢えて今回の作戦を取るのはこのような理由である。」

いつの間にか艦娘たちはラインハルトの顔を一身に見入っていた。

「卿等、ただ私の指示に従え!勝利はわが手にあり!たとえ深海棲艦共が何百隻を擁しようとも、我々を打ち破ることなど出来はしない!」

ラインハルトの言葉は熱気となって会議室の隅々までを満たし、艦娘たちの心の中にも高揚感と共に入ってきた。そして、誰が言い出したというわけでもなかったが、無言のまま全員が立ち上がり、一斉にこの若き上級大将に敬礼をささげたのである。ラインハルトは答礼を返した。

「私も改めて卿等に誓約しよう。」

彼は静かに言った。

「私のすべてをもって卿等の信頼と期待に応えることを。勝利をつかんで帰ろうではないか。友軍のためにも、卿等自身の為にも、そして幾多の人々のためにも、な。」

と、結んだのだった。その最後の言葉が彼の口から出たとき、彼の手は胸元のペンダントに触れられていたのである。

 

 

それから具体的な作戦案がラインハルトから出され、それを微に入り細を穿って検討された結果、存外早い時間で作戦の概要が全艦娘の頭に叩き込まれたのだった。この作戦の特筆すべき点は誰しもがそれぞれにあたえられた役割を全力投球で行うことで初めて作戦が成立するというものであり、それだけにプレッシャーは大きいものの、誰もかれもが言いしれないほどの高揚感と決意に全身を震わせていたのである。ラインハルトがこの世界にやってくるまでは、艦娘たちは深海棲艦に追われる日々を送り続けていた。二、三の勝利こそあったものの、それを消し飛ばして余りある数えきれない敗北が全軍を苛んでいたのだ。いままで叩かれに叩かれっぱなしで逃げ惑っていた、あの死にたくなるほどの辛い日々を経験し続けたいという艦娘は一人もいなかったのである。

出撃までの間、しばらくは艦娘たちの間で自由行動が許されることとなる。それは英気を養う時間であると同時にそれぞれの心の中の整理をする時間でもあった。

 

 

他方――。

 ファーレンハイト艦隊は横須賀を出立し、一路南方に向けて航行を続けていた。アースグリムを艦隊旗艦とし、そこに鎮守府機能を搭載しているところはブリュンヒルトと共通するところである。

 ファーレンハイト艦隊は、旗艦飛龍、蒼龍の前大戦における第二航空戦隊を中核とし、そこに祥鳳が配属されている。護衛戦艦は霧島が務め、その下には妙高、矢矧、初霜、綾波、朝潮、不知火、若葉、菊月、長月が加わっている。

 この機動艦隊を率いるファーレンハイトに課された指令は「敵と一戦してこれを撃破せよ。」という至極あいまいなものであった。要するに戦略も何もあったものではなく、あるとすれば一度の勝利によって国内の士気を高めるという政略がらみの目的だった。

「我が艦隊の目的とするところは、全員が無事に帰還を果たすことだ。此度の出撃そのものが理にかなっていない以上、それに対する義務を負う必要などない。」

アースグリム艦橋にて、開口一番そのように言い放ったファーレンハイトに対して、麾下の艦娘全員が不安げに互いの顔を見た。

「あの、しかし、提督、ここまで来て一戦もしないというのはさすがにいかがなものかと思います。」

と、祥鳳が言う。

「これは俺の言い方が悪かったな。」

苦笑したファーレンハイトは、一転厳しい顔つきになって、

「我が艦隊は結成されてまだ日が浅い。そのことに不安をおぼえている者もいるだろう。だが、ここにいる誰一人として他の艦隊には後れを取らない。今回の戦いはそれを証明するためのものだと捉えてほしい。一戦して相手を撃滅し、勝利をもってお前たちの心に自信を築き上げるのだ。」

艦娘たちはまた視線を交わしあったが、今度は躊躇いなどではなかった。静かな決意と闘志がどの艦娘たちの瞳にも宿っていた。ファーレンハイト艦隊に所属しているのは、有能であっても実戦経験が乏しく、主力艦隊から外されてきた艦娘たちである。だからこそ人一倍に勝利を欲している。それは、自分たちの為だけではなく、自分たちに期待をかけてくれているこの若き提督のためにもつかまなくてはならないものだった。

「ローエングラム上級大将がここに来ていたならば、どういう戦略を立てるだろうかな。」

艦娘たちが目の前から去ると、ファーレンハイトはひそやかな独り言を漏らした。

「あの方は勝利を欲し続けている。いや、より正確には、勝利によって得られる高揚感を欲し続けているのだろう。よい敵に巡り合った後の勝利ほど、甘く美しいものだ。だからこそアスターテでは味方に倍する敵に対しても敢えてその挑戦に乗った。だが・・・・。」

ファーレンハイトの唇が白くなるほど噛まれた。

「あの時あの方は過程を無視された。いや、あの方が常にそうだという事ではない。だが、あの時は巨大すぎる勝利に、甘美な勝利に目がくらみ、それに到達する道の険しさが見えていなかったのではないか?そもそもそこにつながる道などはなかったのだ。敵によって寸断されていたのだからな。いや、それは俺とて同じことか・・・・・。」

今度は自嘲気味の苦い笑みが彼の顔に浮かんだ。ファーレンハイトはラインハルトの抱える内面を知らない。知らないがゆえに彼は外から見えるラインハルトの「抱いているであろう心情」を想像していたのである。

「あの方から作戦を聞かされて、確かに高揚した俺があの時に存在したのは事実だ。あの方を責める資格などありはしない・・・・。」

だが、とファーレンハイトは思う。ラインハルトの失敗によって命を散らしていった将兵が幾万いたことだろうか。かくいう自分も艦ごと吹き飛ばされてここにきている。主将であるラインハルトがどうなっているのかは知らなかったが、自分と同じ、いや、自分以上に凄惨な死に方をした人間がどれほどいたことだろう。勝利と敗北は紙一重であるとはいえ、そのことを思うとやりきれない気持ちになるのだった。ファーレンハイト自身そのことに驚いていた。こうした気持ちになったことなど今までないのだが、これは一体――。

「いずれにせよ、獲物を追い求めるあまり、死地に陥ることなどはあってはならない事だ。今の俺には二度と失うわけにはいかないものが周りにいるのだからな。」

ファーレンハイトは司令席にあって、そう自分に言い聞かせていた。三々五々自由時間を過ごしている麾下の艦娘たちを見やり、紅茶の入ったカップに唇を付けながら。

 

 

* * * * *

隠密行動を成功させ、ブカスグランデ島を突破したブリュンヒルトは直ちに戦闘行動第一弾を開始することとなった。さすがにここまで来ると、深海棲艦群がいたるところにたむろしており、これ以上の隠密行動は不可能だった。同時にここからが奇襲作戦の第一歩となる。

「山城、用意はいい?」

夕張は発進区画で待機している山城に無線で声をかけた。

『いつでもいいわよ!』

「頼むわよ。ハ号弾発射用意。」

夕張が指示した。彼女が開発に成功したこの四式ハ号弾は強烈な特殊閃光弾であり、約5分間にわたって数百メートル四方を光の奔流で覆いつくすことができる。下級深海棲艦はともかく上級の深海棲艦には有効とされている極秘兵器であり、開発部統括である夕張はこの閃光弾をもって突破手段の一つとするつもりだった。

ブリュンヒルトの発進区画開口部が開き、それにぶち当たった波しぶきが音を立てて後方に流れ去っていく。その中を流されないようにロープで体を固定した山城が意を決して外に飛び出した。砲撃を行うにはどうしても外に出なくてはならないからである。

山城は片手で手スリをつかみ、身を乗り出して慎重に狙いを定めていく。今の速度は約50ノットで有り、山城の速力では到底追いつけない。そのため、万が一に備えて彼女はブリュンヒルトと自身をロープでつながなくてはならなかった。山城を引っ張り上げる役目を受け持った天龍、白露、青葉はかたずをのんでそれを見守っている。

『いい?狙いは前方の敵深海棲艦群の頭上!現在の距離18000!仰角修正マイナス0,1!発射と同時にブリュンヒルトは速力を上げるわ。あなたは早く艦内に戻ってきて。』

「わかっている・・・わよ!」

風圧で髪を乱し、眼を庇いながらも山城は片目で射程を測っていた。この閃光弾は巨弾のため発射の際に負荷がかかりすぎることでも知られており、その発射に耐えるだけの力量を持つのは今ここにいる艦娘たちの中では山城だけだったのだ。

『距離、1万!!』

「レイテでの仇・・・・レイテでの仇・・・今こそ!!」

山城の手が振りぬかれた。

 

轟ッ!!

 

という音とともにズシッという重い衝撃が山城を襲った。その予想以上の衝撃に思わず手が手すりから離れ、激しく足元を洗う波が自分をさらおうとする。

「危ない!!」

開口部にいた天龍、白露、青葉が力いっぱいロープを引いた。山城は転覆しそうになるのを必死になってこらえ、バランスを立て直そうとしている。それでも山城は今の状況がこの上なく最悪なことを知った。予想よりも重すぎる、いや、自分を捕えている波の勢いが強すぎるのだ。天龍たちでは自分を引きずりあげることができない――。

「駄目!無理だわ、手を離しなさい!あんたたちまで巻き込んでしまう!」

「何を言ってんだ!?こんなところであんただけ離れたら生きては帰れねえんだぞ!!」

「でも、時間が――早く!!」

山城の必死の呼びかけにも天龍たちは応じようとはしなかった。

「グギギギ・・・!!グゥッ!!そ、そうは・・・させねえぞ!!」

天龍が歯を食いしばってロープを持つ手をほどこうとはしない。

「もう二度とごめんなんだ。こんなところで仲間を失うってのは!!」

ロープが容赦なく天龍の掌を傷つけるが彼女は絶対に放そうとはしなかった。

「白露!俺の腰にしがみつけ!!青葉、合図をしたら思いっきり後ろにひけ~~ッ!!」

天龍が叫んだ。

『ハ号弾発火まであと10秒!!急いで!!』

夕張の叱咤する声が無線機越しに聞こえた。

「山城!!合図をしたら、フルパワーだ!!」

懸命に体制を立て直した山城がロープを握りしめて必死に戻ろうとしている。

「・・・今だ、飛び込めッ!!」

白露が天龍の腰にしがみつき、青葉が全速力でぐいっとロープを引き、山城の噴進装置が悲鳴を上げた。それでも距離はいっこうに縮まなかった。

「だ、駄目かよ・・・!!」

ふいにぐいと力強い手が天龍の腕にかかった。それも何人もの手がロープをつかんでいる。

「まだ諦めないでください!!」

「我が艦隊の一員であれば、こんなことで弱音を吐くな!」

「もう一度トライネ!!」

榛名、ビッテンフェルト、金剛が駆けつけてきたのだ。それに勇気づけられた天龍がもう一度ロープを握りしめる。

『あと5秒よ!!』

夕張の悲鳴に似た声が無線機いっぱいに鳴り響く。

「引け~~ッ!!」

天龍たちが力いっぱいロープを引きずると、とたんに一同は後ろにひっくり返った。その頭上を飛ぶようにして山城が宙を舞い、したたかに腰を床にぶつけてしばらく滑った後、止まった。

「閉めろ!!」

床に転がりながら天龍が妖精に怒鳴る。開口部が音を立てて閉じたその瞬間、強烈な光の奔流がブリュンヒルトを包んだ。

 

 

「敵、深海棲艦群の頭上で炸裂!!成功です!!」

夕張の報告にラインハルトはシュタインメッツを見た。

「フロイライン・ヤマシロは無事か?」

ラインハルトが真っ先に確認したのは成果ではなく艦娘の安否だった。

「無事です!」

ほっとした空気が艦橋を包んだ。

「よし、艦長!全速力で敵陣を突っ切る!」

「はっ!!」

シュタインメッツがブリュンヒルトを増速させた。この時ブリュンヒルトが全く本気を出していなかったことに艦娘たちはあらためて思い知らされることとなった。みるまにディナガトとスリナオの間の狭隘な海峡が対閃光フィルター越しの視界に飛び込んでくる。そこを突破すべくブリュンヒルトは速力を上げ、艦首が波しぶきを上げた。

「行け!そのまま突っ込め!!」

立ち上がったラインハルトが右腕を振りぬいた。ブリュンヒルトは押し寄せる波を、群がる深海棲艦共をものともせず、それらを悉く押しつぶしながら全速力で海峡を突っ切り、湾内に突入したのである。

「前方に岩が!!」

誰かが叫んだ。回避する間もなく、ブリュンヒルトの艦首が前方の大きな岩にぶち当たり、衝撃が艦橋を貫いた。だが、ブリュンヒルトの流線型の艦首はいささかも傷がつくことがなかったのである。

「突入、成功!!」

妖精の報告に「おおっ!」という声にならない歓声が沸き起こった。海峡を突破したブリュンヒルトは艦首をレイテ湾に向けた。南方から北上し、レイテ湾に到達後、港湾爆撃が始まるのである。

「全艦隊戦闘配備だ!」

ラインハルトの声に艦娘や妖精たちが戦闘配備に走り回る。それもほんの数分の事だけであり、全ての艦娘がラインハルトの前にと列した。

「フロイライン・カガ、フロイライン・アカギ、フロイライン・ホウショウは艦載機隊発艦用意!指定地点に到達次第発艦を開始し、徹底的に港湾内部を爆撃せよ!」

3人は一斉に敬礼を捧げ、発進区画に向かって駆け出していった。

「フロイライン・ナチ、フロイライン・アオバ、フロイライン・リュウジョウ、フロイライン・アケボノ、フロイライン・サツキ、フロイライン・ウシオ!」

ラインハルトは次々と艦娘を呼び寄せた。

「卿等は先鋒だ。フロイライン・ホウショウらの先制攻撃が終了後、速やかに突入して港湾内部の深海棲艦共を叩け!それが済み次第、卿等はフロイライン・ハルナらの砲撃が完了するまで、ブリュンヒルトを死守せよ!」

『はっ!』

那智らが艦橋から姿を消すよりも早く、ラインハルトはもう次の艦娘たちを呼び寄せていた。

「フロイライン・ヤマシロ、フロイライン・ユウバリ、フロイライン・ユウダチ、フロイライン・フミヅキ。」

卿等は支援砲撃にてフロイライン・ナチの支援に当たれ、という指令を下し、ラインハルトは最後の艦娘たちに視線を移した。

「フロイライン・コンゴウ、フロイライン・ハルナ!」

金剛型戦艦二人がラインハルトの前に立った。金剛、榛名ともに緊張した顔をしている。一瞬ラインハルトの視線と榛名の視線が交錯しあった。その中に互いに何を見ることができたのか、それは二人のみが知ることだった。

「艦載機隊、先鋒の攻撃が終了後、卿等は三式弾による艦砲射撃によって港湾棲姫に止めをさせ!」

ごくり、と金剛がつばを飲み込むのが隣に立つ榛名にわかった。それくらいこの役目は全艦隊の作戦にとって重要かつ要であるからだ。それを任されたからには必ずややり遂げなくてはならないし、相当なプレッシャーもある。

『はい!』

二人が敬礼を捧げ、ラインハルトが答礼する。だが、ラインハルトはその直後にはもう、矢継ぎ早に別の指令を下していた。フロイライン・シラツユ、フロイライン・テンリュウ、フロイライン・マイカゼ、フロイラン・ノワキはその護衛に当たれ、と言い、

「フロイライン・ノシロ、フロイライン・テルヅキ、フロイライン・ハツカゼは予備兵力として待機せよ。ビッテンフェルト!」

「はっ!」

「卿は先鋒部隊の指揮を執れ。」

「御意!」

ビッテンフェルトは自身の席に飛び込むようにして配置に着くと、いち早く那智ら先鋒部隊と通信を取り始めた。この様子は既に護衛艦娘たちと共に発進区画に向けて走り出していた金剛型二人の耳には届かなかった。

「ハルナ。」

共に装飾が施された廊下を走り抜けながら金剛が話しかける。長い髪を、天女を思わせる服を後ろになびかせながら。

「絶対、絶対に、勝つヨ。」

「お姉様・・・はい!」

一瞬姉の眼に気をのまれた榛名はすぐに力強くうなずき返した。たとえ石にかじりついてでも、絶対に港湾棲姫を撃破して見せる!!走りつつ榛名の手はぎゅっと固い決意で握り拳を作っていた。

「任しとけ!」

後ろから天龍の声がした。振り返ると、彼女はいつものようにいつもの不敵な顔をしながら、

「後ろは任せておけよ。あんたらが砲撃を叩き込んでいる間、しっかり後ろは守るからよ!」

「榛名先輩!大丈夫です、後ろは任せておいてください!」

野分がうなずいて見せ、その隣で舞風も、

「後ろは私たちがしっかり守るから!」

「深海棲艦の艦載機の撃墜数も私がいっちば~ん狙うからね!」

と、白露も言う。

「ハルナ。今のを聞いたですカ?あなたは一人じゃないネ。皆あなたの背中を守ってくれマ~ス。大丈夫、隣には私がいるネ。そして、提督もずっとあなたと一緒にいるネ。」

金剛が今度はにっと笑いかけた。

 

 一人じゃない・・・!!そのことがどれだけ榛名を勇気づけたか、今の彼女にはそれを言葉にすることはかなわなかった。じん、という温かいものがゆっくりと胸の中を満たしていくのが分かった。

 

「はい・・・はい!」

一瞬また泣き出してしまいそうになった榛名は精一杯涙をこらえた。まだ泣くべき時ではないのだ。すべてが一歩ブリュンヒルトの外に飛び出したその時から始まるのだ。

 発着台に一同が駆けつけた時、設置されていたモニター越しに別の発着台から出撃していく山城たちの姿が見えた。その向こうには既に艦載機たちが激しく攻撃をかけ、それに掩護されながら突撃していく那智たちの姿がうつっている。発着台に上りかけていた榛名の足が宙で止まった。一瞬あのことが榛名の脳裏をよぎっていた。自分を庇って死んでいった東雲のことも。

「ハルナ。」

金剛が榛名を見ていた。足を止めるわけにはいかない。東雲のためにも、今ここで自分を信じてくれているみんなのためにも、勝利を信じて待ってくれているみんなのためにも、葵提督、ローエングラム提督のためにも。

 

 

そして自分自身の為にも!!

 

 

「大丈夫です。お姉様。」

うなずき返した榛名は発着台に足を乗せる。と、とたんに艤装が飛んできて彼女の身体に次々とフィットしていった。発着台に立った榛名の前のゲートが大きな音をたてながら開き始める。海水が「ザアッ!」という音とともに発着台を満たし始めた。

「高速戦艦榛名、出撃します!!」

自分自身が発した言葉を引き金に変え、発射台を一蹴りした榛名は、風が激しく舞い、波しぶきが飛び千切れる外海に飛び出していった。

 

 


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