艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。 作:アレグレット
ラインハルト率いる混成艦隊と梨羽 葵率いるマリアナ諸島泊地艦隊は、共同して西方の輸送船団を脅かす深海棲艦群撃滅作戦を実行に移すこととした。敵の陣容は不明であるが、ラインハルトはそれをあまり考慮しない。彼自身が現場の指揮官としてブリュンヒルトと共に出撃することとなっているからだ。ブリュンヒルトは「動く鎮守府」として、艦娘たちの艤装修復、休養、補給、そして工廠での兵器、艦載機製造などを一手に行うことができるのである。ラインハルトの麾下の艦娘は全軍が出撃することとなっていた。
他方、マリアナ諸島泊地の艦隊を指揮するのは鳳翔であり、これに加賀、足柄、那智、能代、照月、野分、初風、舞風が加わる。残留部隊を翔鶴と瑞鶴が統括することとなっていた。
そして、ここにもう一人、マリアナ諸島泊地艦隊として参戦する艦娘がいたことを付け加えておく。
金剛型巡洋戦艦3番艦高速戦艦榛名である。
出撃前日の早朝、榛名は埠頭に立って折から吹き渡ってきた海風に美しい長い髪をなびかせながら、両手を祈るようにして水平線を見つめていた。
「あれは何をしているのだ?」
ラインハルトが梨羽 葵と最終的な打ち合わせを済ませて司令部を出てきたところで、埠頭に佇んでいる彼女の姿を見つけたのである。ちょうど朝の散歩に出てきていた金剛が司令部から出てきたラインハルトについてブリュンヒルトに戻ろうというところだった。
「私の妹の榛名ネ。出撃前はああやってじ~っと祈るのが妹のpracticeネ。」
金剛は先ほどの「hey!!提督ゥ~!!おはようございマ~ス!!」の勢いとは対照的な静かな口ぶりで言った。妹の祈りを邪魔したくないのだろうが、その中に別の思いが潜んでいるのをラインハルトは見て取った。妹を見つめる彼女の、心持切なそうな表情がそれを物語っている。
「・・・・・・・。」
ラインハルトは祈りをささげる彼女の横顔を見ていたが、足をブリュンヒルトから埠頭に向けなおした。
「あ、提督!邪魔をしちゃ駄目ネ!!」
金剛が慌てて追いかけた。約1メートルの距離までやってきたところで、ザッザッという砂音が入ってきたのか、榛名は顔を音の主に向けた。
「これは・・・!!失礼いたしました。ローエングラム提督!!」
頬を赤らめながらきりっとした敬礼をささげた。折から上ってきた朝日に照らされて初々しく眩しい。
「フロイライン・ハルナ。」
答礼を返したラインハルトは、榛名の横に立つ。だが、それ以上何も言わず海を見つめたままだ。金剛も妹に何か話しかけたそうだったが、ラインハルトが黙っているので必然的に彼女も黙り込むこととなった。ザパ~ンザパ~ンドロドロドロ・・・・と打ち寄せる波の音と風だけが静かに流れている。
「あの・・・・。何か御用でしょうか?」
沈黙にたまりかねたのか榛名がおずおずと尋ねた。
「卿が何を不安に思っているのか、それを聞かせてほしい。」
いきなりさし込まれた問いに榛名ははっと息をのんだ。
「フロイライン・ハルナ。先ほど打ち合わせがあったが、そこでいささか卿についてアトミラール・ナシハから話を聞かせてもらった。」
「・・・・・・・。」
榛名の視線は金髪の若者から地面の砂浜に落ちた。
* * * * *
ラインハルトが最終的な打ち合わせを済ませて編成リストを確認したところで、ふと葵が話題の隙間を捕えて話しかけた。
「我がマリアナ諸島泊地艦隊についてはあなたの足手まといにはならないと言えるわ。皆それぞれが頑張ってきている。駄目なのは私くらいだけれど・・・・。」
葵はまだ自信なさげそうな顔をしている。それについてラインハルトが何か言いかけようとした時、葵の方が先に口を開いていた。
「でも、一人あなたに気を付けていてほしい子がいるの。」
葵はオーダー表の一点を指さした。ラインハルトが確認すると、そこには「高速戦艦榛名」と書かれている。
「このフロイラインがどうかしたのか?」
「この子はね、練度は充分にあるのだけれど、少し心に傷・・・トラウマを抱えているの。」
葵は短い息を吐いた。
「少し前に敵の艦載機の直撃を受けて、足をすこし痛めたのよ。幸い大事には至らなかったけれど、まだ少し足を引きずるような格好になっているわ。速力も落ちたみたい。もっとも大勢には影響はないわ。でもね、あの時は・・・・。」
過去の一番つらい思いが胸に湧き上がってきたらしく、ぎゅっと胸元に手を当ててこらえるようにした葵はやがて落ち着きを取り戻すと、その時の様相をラインハルトに語った。
この戦いで一人轟沈した艦娘がいること、そしてその艦娘は速力が激減して足手まといになっていた榛名を庇って死んでいったのだということを。
彼は終始無言で葵の話に聞き入っていた。
「作戦を立案したのは私だし、戦場で被弾することなんて珍しい事じゃないわ。あの子の場合は運が悪かっただけなのよ。そしてあの子が死んでしまったことはつらいし悔しいけれど、そのことで誰もあの子を責めてはいないわ。」
「・・・・・・・。」
「でも、あの子はとてもそれを気にしていて、皆から離れるようにしているわ。・・・放っては置けないのは分ってる!」
ラインハルトが何か言いかける前に、葵は言葉を継いだ。
「でもね、皆もあの子の思いをわかっているから、うっかり声をかけられないでいるの。あの子、時折寂しそうなつらそうな顔を見せるのよ。特に出撃前はね。でも、こんな状況だからあの子に留守番ばかりさせられないし。」
「事情は分かった。」
ラインハルトはうなずいた。
「傷は治るのか?」
「艤装は問題ないわ。問題はあの子自身の身体の方よ。軍医妖精の話では治療に専念すれば完治できるとは言っているわ。ただ――。」
ラインハルトの無言の問いかけに、葵は少し硬い表情を見せてそう言った。それは榛名に対する苛立ちではなく、力になれない自分自身にいらだっている提督の顔だった。
「ただ、本人の心がけ次第だって。そうじゃないと治るものも治らないって。そう言っていたわ。私も何度も何度も彼女と時間を取って話してみたりもしたけれど、根本的なところでまだ傷が残っていると思うの。駄目よね、一人の艦娘でさえ救えない提督だなんて――。」
「卿は自己を貶めてばかりいるな。そのような事は無用だ。それとも私からそう言ってほしいとでもいうのか?」
「そ、それは違うけれど・・・・・。」
「卿が手抜きをするとは私には思えない。後は本人の努力次第だろう。」
ラインハルトは立ち上がった。葵はそれを見上げながら、念を押すように言った。
「ローエングラム提督、あなたのことは信頼しているけれど、榛名を追い詰めるようなことはしないでね。あの子はとても繊細なのだから。」
ラインハルトはうなずいただけだったが、その表情を見た葵にはそれだけで十分だった。
* * * * *
叱責されるのではないか。
榛名はそう思って覚悟を決めていた。半ば目を閉じて耐えられるように拳を握って。
「卿は優しいのだな。」
そう言われて榛名は顔を上げた。ラインハルトの顔が心持穏やかになっているように見えていた。
「卿が祈っていたのは、全艦隊が無事に帰投できるように、自分が足手まといにならぬように、他人に迷惑を掛けぬように、そんなところだったか。」
榛名は胸に手を当てたが何も言わなかった。肯定もしなかったが、否定もしなかった。
「キルヒアイスがいたら一度卿と話をさせてみたかった。あいつは優しい。私や姉上の事だけでなく全艦隊の全将兵の事を考える。それでいて一番大切なものを片時も忘れるということはない・・・・・。」
ラインハルトが右手で胸元に下げたペンダントをまさぐっていた。
「私は優しくなんかないです・・・・。」
波音に乗って、か細い声がラインハルトの耳に届いた。
「私が祈っているのは・・・そうしなければ・・・・ならないからなんです。」
うなだれた榛名の顔色が一層沈んだ。
「足に怪我をした時、皆さんに迷惑をおかけしました。危険な海域から私を見捨てないで曳航してくださったんです。何度も何度も襲撃を受けても決してあきらめずに・・・・。」
榛名のほっそりした指先が祈るようにして胸の前で組み合わさった。
「私以上にひどい怪我をした人もいるのです。そして・・・私なんかの為に命を散らしていった子もいます。もうあの子の声も笑顔も聞くことができない・・・それが耐えられなくて・・・・。もし、同じようなことがあったら、私は・・・・。」
途中から声がかすれた。ぎゅっと閉じられた目から一筋の涙が頬を伝って零れ落ち、ついでポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。口元に手を当てて声を殺してしゃくりあげる榛名を二人は黙って見つめていた。その意味合いは違っていた。金剛はどう声をかけていいかわからずに、ラインハルトは最後まで見届けようとして。
「・・・ですから、せめてこれ以上ご迷惑をかけることがないようにしたいのです。あっ・・・・。」
榛名は顔を上げた。ラインハルトの右手が榛名の肩に置かれ、左手はハンカチを差し出している。小声で「すみません。」と言った後ハンカチを受け取って目をぬぐった。
「フロイライン・ハルナ。」
榛名がやや落ち着いたのを見て、ラインハルトは静かに話し出した。
「私はたった今決めたことが一つある。今度の戦は卿に殊勲賞を取ってもらうことをな。」
「えっ!?」
「what!?」
姉妹二人のやや裏返った声が返ってきた。ラインハルトは例の不敵な笑みを浮かべて目の前の金剛型3番艦を見つめている。
「で、ですけれど、私は――。」
「卿は航行できるか?」
「は、はい。速度は多少落ちますけれど――。」
「卿は砲撃戦闘はできるか?」
「は、はい。一応訓練は続けてきましたし、あれ以来何度か実戦も・・・でも――。」
「航行が可能で砲撃戦闘が可能であれば必要にして十分だ。フロイライン・ハルナ。卿は何も不安に思うことはない。ただ私の指示に従え。そうすれば自ずと勝利は卿の手の中に落ちることとなる。」
「・・・・・・・・。」
「それが卿にとって何よりの秘薬となろう。卿を庇って死んでいったフロイラインにもな。」
ラインハルトはそれだけ言うと、踵を返してブリュンヒルトに向けて歩き去っていった。
「お、お姉様・・・。」
榛名はすがるように姉を見たが、びっくりして口に手を当てていた。金剛が深々と頭を下げていたからである。
「榛名、ごめんネ。」
金剛は頭を下げたまま言葉をつづけた。
「私、姉として駄目駄目ネ。泣いている妹にどうしていいかわからない間に、提督に全部持っていかれてしまいまシタ。」
「お姉様そんな・・・頭を上げてください。悪いのは榛名なのですから。」
「No!!」
がばっと顔を上げた金剛が両手で榛名の両肩をつかむようにして顔を近づけた。
「お、お姉様痛い、痛い――。」
「榛名!逃げちゃ駄目ネ。もう自分を責めるのはやめにするネ。そんなことをしても誰も喜ばないのはあなたもわかっているはずデ~ス。死んでいったあの子だってきっとそう思っているネ。」
「・・・・・・・・。」
「榛名。今度の戦いに勝って、あの子たちに報告にいくネ。そして謝るんデ~ス。でもいいですカ?それはonly one time一回だけですヨ。その一回で全部あなたの思いを吐き出すネ。」
金剛は榛名の両肩から手を離すと、今度は両手で彼女の手を握った。
「榛名!大丈夫ネ!ローエングラム提督はDo not lie嘘をつかない人デ~ス。提督が言うからには絶対に間違いないネ!!」
大丈夫、大丈夫ネ!と元気よく榛名の両手を握って振る姉の姿を見、姉の声を聴いていた榛名の胸の中に次第にじわじわと暖かいものが広がっていく。客観的に榛名の心中を見られる者がいるとすればそれは「希望」だと言ったことだろう。
(ローエングラム提督、わかりました。私、提督を信じてみます。)
榛名は静かに胸の中でそう言ったのである。