艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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今年はこれで最後となります。来年もよろしくお願いします。


第二十四話 榛名の夢(番外編)

 

 

フィリピン海域付近――。

 

最初から不利な戦だった。南西諸島にて極秘裏に建造され、本土に回航される最新型新鋭戦艦群を守りきるために敢えて囮となって出撃したマリアナ諸島泊地艦隊は深海棲艦機動部隊の迎撃を受け、苦戦を強いられていた。

「マリアナ諸島泊地司令部より入電!!」

旗艦榛名が耳元に手を当てた。葵からだ。

『榛名聞こえる?新鋭戦艦たちは無事に本土艦隊に収容されたわ。目的は達した。速やかに帰投しなさい!!』

最後は叫ぶようだった。刻々と不利になる戦況報告を受け続けていたからだろう。

「はい!」

うなずいた榛名は全艦隊に指令した。こんな海域での戦闘は一刻も早くやめさせなくてはならない。まだ轟沈した艦娘はいないが、このままでは最悪の事態が実現してしまう可能性があった。

「全艦隊後退!!主力艦隊は輪形陣形を展開し、後退してください!!第一遊撃隊は右翼に展開し、敵艦隊に一斉雷撃!!第二遊撃隊は私と共に殿を務めます。」

「榛名!?」

「榛名さん!?」

「榛名先輩が!?」

異口同音に帰ってきたのは、旗艦が殿を務めるのか!?という驚きだったが、榛名は厳しい顔でそれらを黙らせた。

「時間がありません、早く!!」

金剛型戦艦の35,6センチ連装砲が至近距離に落下した主砲弾の波しぶきを受けつつ敵に向けられた。その左右では敵艦載機に対して対空砲撃をし続ける2人の駆逐艦娘の姿があった。

「主砲、斉射!!」

轟音とともに35,6センチ砲が火を噴くと同時に「ズシッ!」という重い衝撃が榛名に襲い掛かった。普段なら何でもないが、今右肩を怪我している榛名にとって耐え難い苦痛を与えている。しかしここで、撃ち方をやめるわけにはいかないのは榛名自身がよくわかっていた。榛名に続く愛宕、足柄、矢矧が一斉に主砲を撃ち放した。一直線に弧を描いてとんでいった砲弾は先頭を突き進んでいく深海棲艦群に命中した。通常の砲弾の倍はあろうかという炎と煙があたりを包んだ。炸薬の量を限界ギリギリにすることで、できうる限り最大の被害を与えたいという思惑だった。と、榛名の眼が一点に留まった。前衛艦隊の一部分が沈んだことで、後続の敵空母が視界に入ったのである。

「目標を空母に集中!!空母に的を絞ります!!」

再び振りぬかれた左腕と共にとんだ砲弾が、敵空母に続けざまに命中し、大爆発を起こした。

「榛名先輩!!」

第一遊撃隊の旗艦由良の声に榛名が右手を見ると、林立する水柱、炸裂する砲弾の爆炎、無数の飛翔する艦載機隊をかいくぐった第一遊撃隊がありったけの雷撃を敵に撃ち放すのが見えた。その彼方には既に後退運動に入っている主力艦隊の姿が見えた。

「榛名!敵艦隊の足が止まったわ!!」

足柄の声に榛名は髪を乱しながら振りかえった。黒煙と炎の中に敵艦隊がのたうち回っているのが確認できた。主砲斉射だけでなく加賀たち航空戦隊がありったけの攻撃を仕掛けたのだ。さらに上空では編隊を組みながら敵艦載機に突撃していく零戦部隊の姿があった。その編隊飛行は突っ込んできた敵艦載機と接触するとたちまち背後を取り合う格闘戦に変わった。敵を必死に抑え込もうとして奮闘し続けている。

(敵の足が止まったわ。今ならいける!!)

決断した榛名はすばやく指令を下す。

「全艦隊、転進!!退却!!」

榛名たちはターンすると、全速航行で走り始めた。鈍足な戦艦ではなく、高速戦艦である榛名は足には自信があった。4姉妹中最も高速を出すことができるのである。

「全艦隊、輪形陣形へ!!」

30ノットを超える全速航行をすると、航跡の方がはるかに自分たちの身体よりも長く尾を引くことになる。風圧が凄まじいくらいに襲い掛かり、互いの声もよく聞き取れないほどだ。

「主力艦隊は退避できたかしら・・・・。」

榛名は不安そうに前方を見るが、未だ主力艦隊の影はない。

「榛名先輩!!」

後ろを航行していた艦娘の一人が叫んだ。

「敵機です!!!」

「!!!」

ハッと上空を見上げて見開いた榛名の瞳に、直上していた敵機群が急降下してきたのが見えた。一瞬の油断だった。上空を直掩していた味方機隊が一斉に迎撃するが敵の勢いの方が優っている。

 

深海棲艦艦載機隊が輪形陣形を組む艦娘たちに襲い掛かってきた。

 

「迎撃!!」

榛名が叫んだが、それより早く艦娘たちは応戦を始めていた。

「ここまで来て沈むなんて御免だわよ!!」

対空砲撃を撃ちまくりながら足柄が叫んでいる。だが、数においても奇襲を受けた状況においても艦娘たちに不利だった。唯一の救いは未だ敵艦隊が接近していない事だったが、このまま手間取ってしまえば時間の問題だろう。味方の艦載機隊も奮闘しているが、次々と数が減っていく。既に弾を打ち尽くし、限界に近づいていたのだ。

「榛名先輩!」

「榛名・・・。」

「どうすれば・・・・。」

戦っている艦娘たちも絶望の色を浮かべつつある。榛名自身も蒼白な顔色になっていた。今にも倒れるのではないかと周りの者は思ったほどだった。

「・・三式弾。これしかないわ。」

不意に榛名はつぶやいた。史実世界での三式弾は性能に微妙なものがあったのだが、この世界の三式弾は改良を重ねられて対空砲弾として極めて有効な効果をもたらすに至っている。

「敵を引き付け続けてください。その密集地点を狙って私が三式弾を撃ち込みます。それしかありません。」

「榛名一人で!?」

「無茶です!艦載機隊が放っておくはずがありません!」

皆が口々に無茶だと言っている。

「でも、やるしかないのです。」

「私が護衛をします。」

一人の艦娘が進み出た。ショートカットの黒髪にきりっとした眉、涼やかな鼻梁。臆することのない静かな灰色の瞳。特型駆逐艦吹雪型東雲だった。

「時間がありません。早く!」

うなずいた榛名は走り出した。仰角には制限がある。その最大仰角をもって敵を殲滅させるのにはある程度の距離が必要だった。深海棲艦艦載機たちは2人の艦娘が離れていくのを目ざとく見つけ、何機かが追いすがった。それを東雲がいち早く撃ち落とし続けていく。

「三式弾装填します!!」

榛名の主砲が回転し、最大仰角を相手に向けたときだ。東雲の対空砲火をかいくぐってきた敵機の一機が爆弾を投下した。口笛のような音をたてながらそれは発射体制に入っていた榛名を襲った。爆炎と轟音があたりを包んだ。

「榛名先輩!」

ぐらっとよろめきかかった榛名の身体を東雲が受け止めた。

「だ、大丈夫です。ごめんなさい・・・・。」

「いいえ、私が逃してしまったからで――。」

いいさした東雲の表情が固まった。榛名の右足はひどい怪我をして血だらけだった。

「今、手当てをします!!」

「いいえ、そんな時間はありません!すぐに発射しなくては!!」

「ですが!!・・・危ない!」

発砲しようとした榛名の身体がぐらつくのを東雲が抱き留めた。右足に力がなくなっているのだ。踏ん張りがきかなくては正確な発射ができない。

「これじゃ・・・発射ができない。そんな・・・・。」

榛名の顔色が悪い。それは怪我をしているからではない。このままでは味方が壊滅するからという恐怖からだった。東雲は榛名を見つめ、彼方で懸命に奮戦している味方を見た。今ここで榛名を支援しなくては味方は壊滅してしまうだろう。

 

東雲は決心した。たとえ、自分が犠牲になったとしても、目の前の先輩を、味方を、守り切らなくては。

 

「・・・私が支えます。」

東雲が静かに言った。

「そんなことをしたら、あなたは無防備に!!」

「時間がないと言ったのは先輩ではないですか!早く!!」

その二人の目の前に深海棲艦艦載機が殺到してくるのが見えた。好機とばかりに。

ぐっ、と顔色を引き締めた榛名は覚悟を決めて砲塔を回転させた。東雲が自分の肩をかし、榛名がそれにすがるような格好になっている。平素ならば笑い出してしまったかもしれないが、今はそれどころではなかった。

 

深海棲艦艦載機の下部弾装がひらき、爆弾が二人の視界に入ってきた。同時に機銃が雨のように二人に降り注いできた。

 

「三式弾、発射!!・・・テ~~~~~~~~~~~ッ!!!!」

榛名が叫んだ。

 

轟音とともに発射された三式弾は二人に殺到しようとしていた深海棲艦艦載機を貫き、まっしぐらに味方の上空に飛んでいった。そして――。

 

そこかしこで白い花が咲き乱れ、次いで無数の火の玉が明滅するのが見えた。

「花火・・・みたいですね。」

耳元で東雲の声がする。少し場違いな感想だと榛名は思った。こんな時に花火だなんて。だが、それは命を懸けて自分を守り通せたという達成感があるからこそ見える美しい景色なのかもしれない。

「東雲さん、ありが――。」

榛名は息をのんだ。東雲の背中に、肩に赤い大輪の花が咲いている――。

身体がぐらつくのにはお構いなしに榛名は東雲を抱き留めた。

「すみません・・・・最後まで支えることができずに・・・・。」

最後まで東雲はすまなそうだった。榛名は無言でかぶりを振り続けた。両の眼に白く光るものが盛り上がり、榛名がかぶりを振るたびに、滴となって散った。

「ごめんなさい・・・・。」

榛名は目を閉じた東雲をぎゅうっと抱きしめた。

「ごめんなさい・・・・。ごめんなさい・・・・。ごめんなさい・・・・。」

味方の艦娘たちが救援にやってくるのがぼんやりとした視界に見えた。

 

 

まだ夜が明けやらぬマリアナ諸島泊地戦艦寮の自分の部屋で、榛名はベッドから体を起こした。まだ体が震えている。あの時の事を思い出すたびに、夢に見るたびに、どうしようもなく体がすくむ。

 

両手で顔を覆った榛名はそのまま声を殺して泣いていた。

 


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