艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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第二十三話 もう一人の提督(番外編)

日本海軍軍令部会議室から三々五々出てきた将官たちはあまり血色の良い顔色をしていなかった。事態の悪化を痛感し、その対策を満足にできないまま散開した会議に出席した彼らにはただ疲労だけが蓄積していたのである。

 

ポートモレズビー、マダン、トロキナ、そしてラバウル。

 

これらの南方の拠点が消失したことで、フィリピン方面に、より一層の圧力がかかってきたのである。それはやがて沖縄に到達し、ついには日本の近海悉くを覆いつくしてしまうかもしれない。じわじわと真綿で首を絞められるような恐怖が先刻の会議室を襲っていた。さらにマリアナ諸島泊地とも通信ができなくなってきているという報告が一同を暗澹とさせた。これまで通信が途絶したところは悉く深海棲艦に壊滅させられているため「あのマリアナ諸島泊地もそうなのか!?」という絶望が会議室を包んだ。その時ただ一人、若き提督の一人がじっと遠い目をしているのに気が付いた人間はいなかった。

 

喪失した根拠地に対して増援を送っておけばよかったのだと言い出す者は白い目でにらまれ、撤退しておけばよかったと言い募った者は、軽蔑の眼で見られた。

「この一点に関しては俺も軍令部長に同意見だ。過ぎ去ったことを今更賢しらぶってどうこう言う者に対して、なぜ好意的な眼で見ればならないというのだ?」

一人、日本海軍の制服とは異なる服装――黒に銀の刺繍をあしらった軍服――を着こなしている白に近い銀髪を持つ将官が独り言をつぶやいている。同じような服装をした傍らの副官はそれを気にしながらも無言で彼の後についていく。二人は軍令部の建物から出て、まっすぐに自分たちの司令部がある建物に歩いていく。通りすがる将兵たちが当初怪訝な顔をし、ついで彼が誰なのかを認識して最敬礼を捧げる。それに答礼を返しながら二人は歩みを止めない。

「だが、今回の軍令部の作戦には俺も理解しかねるところがある。戦力の集中運用をするならばともかく、ただ一度の勝利をつかむために敢えて艦隊を出撃させようというのか。」

この意見は決して彼の独白だけではなかった。彼は会議席上何度もそれを言ったのだが、受け入れられなかったのである。一つには彼がこの日本海軍で中将待遇でありながらも、出自が出自だということがあった。

「ですが閣下、このまま座していても戦局は好転しませんが・・・・。」

「それはわかっている。だが、出撃をするにしても敵に致命傷を負わせる戦いをしなくてはならぬだろう。敵の有力な根拠地を殲滅する、あるいは敵の補給路を断つなど明確な戦略目的がなければならないが、今回はそれがない。・・・・アスターテ星域会戦の二の舞となるか。」

アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト「中将」は皮肉そうな笑みを浮かべた。

「閣下!」

副官として付き従っているザンデルス少佐が制止する。

「わかっている。俺も当初はローエングラム閣下の策に内心賛同を示していた。だが、結果としてはわが軍は大敗を喫した。だからこそ俺とお前がこんなところに来ているわけだが・・・・・いや、今更何を言っても詮無き事だな。」

当初は夢ではないかと思った。アスターテ星域会戦で旗艦の爆発によって吹き飛ばされたところまでは覚えているが、それから先の記憶がない。気が付けばこの地球とやらいう惑星の日本という国家に保護され、紆余曲折を経て海軍の一提督として「艦娘」という存在を率いることになっていた。正直なところ今でも「夢なのではないか。」と思うときがある。

 

そして、今回彼に下された指令もまた、その夢の続きなのではないかと思うのである。ファーレンハイトは横須賀鎮守府における第一機動艦隊の提督として、日々麾下の艦娘たちを猛訓練し、今度の作戦で南方に進出して敵の機動部隊を攻撃することとなっていたのであった。

 

「お帰りなさい、提督。」

司令部の建物に入ると、秘書官である飛龍がファーレンハイトを出迎えた。軽いうなずきをかえしたファーレンハイトはすぐに司令室に入り、二人もそれに続いた。副官であるザンデルスと飛龍とは当初は「仕事の取り合い」でいがみ合ったこともあったが、今はそれぞれの得意分野を見出して分担制を取っている。

「出撃命令が下った。訓示を行うので麾下を集めてほしい。それから各艦隊はいつでも出撃できるように用意しておけ。」

「はい。」

ファーレンハイト艦隊にとって初出撃である。内心不安と期待に胸を躍らせた飛龍は敬礼を捧げてから、

「ちなみにどこにです?」

「南方だそうだ。」

ファーレンハイトは眼を閉じながら言った。皮肉そうに口元が歪む。飛龍の秤はその瞬間不安に一気に傾いた。

「南方!?」

信じられないように声のトーンが上がった。

「南方ですか!?あんな深海棲艦の巣のようなところに!?上層部は何を考えているんだか!!危険だと言ってくれなかったのですか!?」

「言ったさ。だが聞き入れてもらえなかった。」

「・・・・・・。」

「今日本とやらに必要なのは一度の勝利なのだそうだ。それも、勇将に率いられた期待の新鋭機動部隊がもたらす勝利なのだと。この国の上層部にはよほど楽天家がそろっているらしい。いくら俺がこの世界における『銀河英雄伝説』の提督の一人だと言ってもな。」

ファーレンハイトの声に皮肉の色が濃くなった。

「・・・・・・・。」

飛龍は無言で胸元に手を当てていた。ファーレンハイトの麾下に配属されてから、確かに今までの提督と一味違った訓練を受けてきたことは事実である。自分と蒼龍、祥鳳を始めとする麾下の艦娘は配属前と比べて格段に技量は上がったし、士気も高まっている。今ならば栄光の第一航空戦隊にだって引けを取らないという自信はある。

だが、それはあくまで訓練での場合だ。実戦になればどういうことになるかわからないし、取り返しのつかない失敗を演じるかもしれない。おそらくファーレンハイト艦隊の旗艦として皆を統率しなくてはならない飛龍にとってはそれが不安だった。

 

それを見て取ったのか、ファーレンハイトが飛龍にうなずいて見せた。

 

「心配するな、少なくとも今回は俺もお前たちと共に行くつもりだ。」

「行く!?」

飛龍が信じられないような顔をしている。これまで彼女が仕えてきた提督はすべて自分の執務室で指示を飛ばしているような人間ばかりだったからだ。

「そのためにあれがあるのだ。もっとも武装システムは封じられているが、俺が乗っていく分には支障はないだろう。」

「でも、危険ですよ。」

これまでこの世界のファーレンハイト艦隊は訓練ばかりで一度も実戦に投入されてきていない。飛龍も平素の提督の人となりは知っていたが、実戦となるとどのようなことになるのかわからなかった。

「俺のいた世界では艦隊戦には指揮官も兵卒もなかった。皆前線勤務だ。砲弾が当たれば即座に死ぬ、そういう世界だった。危険にはなれているさ。もっとも、俺の話だけではその感触はわからぬだろうがな。」

一瞬遠い目をしてその回想の世界に足を踏み入れていたファーレンハイトはザンデルス少佐に目を向けた。

「はっ!戦艦アースグリム、出航できるように準備にかかります。」

彼は敬礼して部屋を出ていった。飛龍の視線はザンデルス少佐の背を追っていき、ドアが閉まるとファーレンハイトに戻った。

「勝てるでしょうか?」

飛龍が不安そうに尋ねた。

「勝たなくてはならないな。無事にここに戻ってくるためにも。」

「・・・・・・・。」

「不安なのはわかる。だが、お前は旗艦だ。旗艦なら旗艦らしく艦隊を統御して見せろ。忘れるな、お前の後ろには常に俺がいるという事を。全責任は俺がとる。お前は俺の指示に従って動けばいい。」

「簡単におっしゃいますけれど、誰かが死んだとき、同じ言葉を言えますか?」

きっと飛龍の視線がファーレンハイトに突き刺さる。人が死ぬような可能性がある戦いを簡単に見すぎていないか、と言いたいのだろう。

「平然とは言えんだろうな。」

ファーレンハイトの口元に苦い微笑が走った。

「ならば出撃をやめにしてサボタージュを決め込むか?」

「いえ、それは・・・・。」

飛龍は俯いた。この提督が手抜きをしない人だという事は肌身に染みてわかっている。その提督が「言ったさ。」と先ほど無造作にまとめた会議席上での話し合いも激烈なものだったに違いない。

「どうせ出撃しなくてはならぬのだ。そのような事を考えるだけで最悪の事態が回避できるのなら俺もそうするが?」

飛龍は力なく首を振った。部屋に沈黙が満ちたのはほんの数秒だったが、飛龍にとってはそれが無限の時間のように思われた。

「一つ約束をしておこう。」

うなだれた飛龍に不意に声が振ってきた。顔を上げるとファーレンハイトが静かにこちらを見ている。その表情には不敵な笑みが宿っていた。

「アーダルベルト・フォン・ファーレンハイトの名にかけて、お前たちを無事に連れて帰ると。」

 

 

 

 




戦艦アースグリムは原作ではアスターテ星域会戦では出ていないようなのですが、ビッテンフェルトと同様にしておいたのです。

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