艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。 作:アレグレット
マリアナ諸島泊地司令部会議室――。
「現在のところ、我がマリアナ諸島に近接する敵の状況把握は以下の通りです。」
ラインハルト、梨羽 葵、そして二人の提督の麾下の主だった艦娘たちの前で、鳳翔がディスプレイに広大な海域を表示させながら説明を始めていた。
鳳翔の説明による現在の敵勢力は以下のとおりである。
第一に、マリアナ諸島泊地より西方に存在するフィリピン海域周辺の深海棲艦群。
第二に、マリアナ諸島泊地より東方、タラワを根拠地とする深海棲艦群。
そして――。
第三に、マリアナ諸島南方に存在し、ラインハルト麾下の艦娘に苦杯をなめさせ続けた一大機動部隊。
以上がマリアナ諸島泊地周辺に展開する深海棲艦勢力である。幾度にもわたる偵察の結果、そのどれもがマリアナ諸島泊地に展開する艦娘よりも大規模なことが判明している。
「そして、現在のところ本土と我がマリアナ諸島を結ぶ通信も途絶ぎみであり、補給についても滞りがちです。」
「その原因は何か?」
ラインハルトの質問が鳳翔に飛ぶ。会議席上でラインハルトが放った最初の質問だったが、鳳翔、そして葵もこの質問から顔を伏せざるを得なかった。
「・・・・・輸送船団が西方の深海棲艦群に襲撃されて、壊滅していることが原因かと。」
自分たちが救援に行けなかったという苦々しい事実を改めてマリアナ諸島泊地艦隊全員がかみしめていた。
「過ぎ去ったことについて今更論じていても仕方のない事だ。報告を続けてくれ。で、その襲撃側の敵の陣容は判明しているか?」
ラインハルトが特に怒りもしなかったことに内心ほっとしながらも鳳翔は報告をつづけた。
「報告によりますと、敵は潜水艦隊、駆逐艦隊、巡洋艦隊で構成されております。報告を総合した結果、襲撃で最も多くの戦力が確認された例として重巡4、軽巡6、駆逐艦12、潜水艦8だという事です。」
鳳翔がその時の海域の図と敵の出現ポイント、進路、味方の進路などをディスプレイ上に映し出していく。ラインハルトはそれをしばらく見ていたが、
「味方の輸送艦隊の数はどうだったか?」
鳳翔が操作すると、味方艦隊を示すオブジェに詳細がテンプレートされた。
「輸送艦隊はいつもこのような陣容なのか?」
ラインハルトが葵に尋ねた。
「ええ。」
「輸送艦15、護衛は軽巡洋艦1、駆逐艦3。どう思うか?ビッテンフェルト。」
ラインハルトは勇猛さでは比類のない部下に尋ねた。ビッテンフェルトはコンマ0,1秒ですぐに答えを見出していた。
「敵の陣容が多すぎると小官は思いますが。」
「うむ。私もそれを考えていた。」
ラインハルトは鳳翔、そして葵に視線を移動させながら、
「輸送艦隊は鈍足で非力だ。護衛の艦を排除し、輸送艦の足をとめさえすれば、後はいかようにもできる。にもかかわらず敵の陣容は戦闘艦隊を相手取るかのごとく分厚いものだ。単なる輸送路分断が目的だとは考えにくいな。」
「つまり・・・・私たちを誘っているという事・・・ですか?」
「可能性の一つとしてはそうなる。」
葵の恐る恐るといった問いかけにラインハルトはそう答えたのち、
「アトミラール・ナシハ。そう硬くなることはない。いつまでも縮こまっていては十全の力など発揮できないではないか。あなたも艦隊司令だ。それなりの経験を積んでここにきているのだろう。」
「・・・・・・・・。」
葵の表情はまだ硬く不安そうだった。ラインハルトに協力すると誓ってからも当の本人を相手にすると、無限にそびえ立つ鋼鉄の壁に対峙しているような気がするのだ。ラインハルトとて木石ではないから、そうした彼女の反応に気が付かないはずはなかった。だが、彼はそれ以上何も言わず、本題に戻ったのである。彼は鳳翔から周囲の情勢、海域の詳細、敵の陣容、味方の状況、備蓄資材などについて聞き取った後、彼の方針を伝えるべく立ち上がった。
「私の企図するところは明白である。すなわち、ほぼ全戦力をもって西方に進出し、輸送艦隊を襲撃している敵艦隊を殲滅する。」
居並ぶ艦娘たちがざわざわとささやき交わした。
「なぜ、西方に的を絞ったのか、教えていただけますでしょうか。」
立ち上がってそう言ったのは、加賀だった。
「理由は三つある。第一に、これまでの情報を総合すると、今マリアナ諸島泊地の周辺に展開している勢力のうちこの西方勢力が最も弱い。第二に、距離の点で最も近いのが西方である。そして、第三に、補給は戦略を構築するのに必要不可欠な要素だ。補給なくしては艦隊は行動できず、補給なくしては艦隊は戦えぬ。」
加賀は無言で頭を下げた後、席に座った。赤城の隣だ。その赤城が今度は立ち上がって質問をした。
「提督、具体的な作戦をいかがされますか?」
「奇襲だ。」
言下にラインハルトがそう言ったので皆は驚いた。ラインハルト・フォン・ローエングラムと言えば敵に正々堂々とぶつかって勝利をつかみ取る人物なのだという風に思っていたのだから。
「こちらの方が戦力が少ない。対するに敵は多い。そのようなところに真正面からぶつかっていくほど私は単純ではないし、卿らの命を危険にさらして平然としていられるほど心に厚手の鎧をまとっているわけでもない。」
それに、とラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将は言葉を継いだ。
「これはほんの初歩にすぎぬ。戦いはこれからであり、止まることは出来ぬのだ。卿らの力をもって深海棲艦共をこの海域全体から駆逐するまではな。」
今度こそ艦娘たちは沸き立った。それまでの驚きのざわめきとは異なる、それでいて層倍のにぎにぎしさが会議室を包んだ。
「できると・・・お思いなのですか?」
艦娘の一人が恐る恐るといった調子で尋ねてきた。暗い会議室でディスプレイの青い光が届かない席だったから、誰かまではわからないが、その声の調子が不安で包まれていることは分った。
「できる!」
ラインハルトの確信に満ちた声が艦娘たちを貫いた。
「卿等艦娘は深海棲艦共を撃破する目的で戦場に立っているはずだ。その卿等自身がそれを信じなくてどうするのだ?」
「ですが、これまでに何度も――。」
「百の敗北をした者が一度の勝利で逆転した例は古今にあまたある。今回の事がその例外であるはずもない。何よりも。」
ラインハルトは隣に座っている沈んだ表情の司令官を見たが、すぐに視線を元に戻した。
「卿等がここまで生き残っていることが何よりの証拠ではないか。」
返答はなかった。期待、不安、希望、自信のなさなどの混ざった表情だけが出席者の顔に浮かんでいるだけだった。
会議室を出たラインハルトにビッテンフェルト、赤城、夕張、金剛、天龍、龍驤らが続く。ビッテンフェルトが開口一番不安を口にした。あのような状況で大丈夫なのか、と。
「フロイラインらの不安を取り除くのには1,000の言葉よりも1度の勝利が必要なのだ、ビッテンフェルト。」
ラインハルトはアイスブルーの瞳にかすかな不敵さを込めて部下を見つめた。
「そして、それを導けるのは俺達――。」
一瞬ラインハルトがはっとした顔をし、かすかに首を振った後、
「私たちなのだからな。」
ビッテンフェルトらの足が止まったが、ラインハルトは歩みをとめなかった。
「ローエングラム提督はまだキルヒアイス提督の事を思っていらっしゃるのですね。」
若き上級大将の後ろ姿を見送りながら、赤城が誰ともなしにつぶやいた。
「提督?そうか、卿らの世界ではそうだったのだな。そうだ、ローエングラム閣下は未だにジークフリード・キルヒアイスの事を気にかけていらっしゃる。自分でこんなことを言うのは嫌なものだが、俺自身がここにいるよりも、キルヒアイスがあの方の側にいた方が良かったのではないか、と思うときがあるのだ。」
「そんなことはあらへんよ、ビッテン。」
龍驤がきっぱりといった。
「そんなこと言うとったらあかん。あんたの言い草が正しいんやったら、シュタインメッツもそうやろ。今のローエングラム閣下にはあんたらが側におることが必要なんや。」
「そうだろうか?」
珍しく気弱なビッテンフェルトを見た、天龍も「アンタに似合わねえ弱さだな。」とカツを入れてきた。
「キルヒアイスが側にいられねえなら、アンタが支えにならなくちゃならねえんだろ。」
パ~ン!と背中をどつかれて数歩よろめいたビッテンフェルトが、天龍に振り返ったその形相が見ものだった。
「貴様!指揮官をどつくとは何事か!!」
「な、なんだよ!?励まそうとしただけだろうが。」
「そのどつきかたはそのレベルではなかったぞ!!」
「そりゃアンタが弱すぎる――。」
途端に天龍の口が自分自身の手と艦娘たちの手とによってふさがれたが、もう手遅れだった。言ってはならない禁句を言ってしまったのだ。
「ほほう・・・?」
ジワリとどす黒い笑みがビッテンフェルトの顔に浮かぶ。天龍はごくりとつばを飲み込んだ。喉が上下する。
「い・い・か!!??」
ビッテンフェルトが凄まじい笑みを浮かべて、数ミリにまで天龍の顔に自分の顔を近づけて、
「貴様はまだ知らんだろう・・・。未だ分艦隊であるが我がシュワルツランツェンレイターが如何にして帝国最精鋭と呼ばれるようになっているのかを・・・・。」
ぞぞぞっ!という音とともに天龍の二の腕に鳥肌が立った。
「いいんだぞ・・・?貴様が良ければたっぷりと実戦でその理由を味あわせてやっても。」
「じょじょじょじょじょ、冗談じゃねえ!!い、い、いいっていいっていいって!!遠慮する、いや、しますしますします!!!」
ビッテンフェルトは「フフン」と鼻を鳴らしたが、それ以上は何もしなかった。
「我が艦隊には『弱い』とか『逃げる』とか『迂回する』などという語句は存在せんのだ。卿も我が艦隊の一員となったからにはそのことをよく覚えておけよ。」
今度は豪快に笑いながら、ビッテンフェルトはポンと天龍の肩を叩くと去っていった。
「あああ~~・・・・気分悪りぃ・・・。」
天龍が思わず大息を吐いてへたり込みそうになった。そして誓ったのである。たとえ冗談であろうとあのイノシシ提督には一切禁句をはくことなどしない、と。
暗い会議室から出てきたせいか、外の陽光が眩しい。ラインハルトが額に手をかざしていると、司令部の建物の玄関ホールで、ラインハルトは後ろからやってきた誰かとぶつかりそうになった。その艦娘は慌てて謝り、足早に歩き去っていった。
「あれは誰だ?」
ラインハルトは近くを通りかかった艦娘に尋ねた。ラインハルトは名前は知らないが、向こうは知っているとみて、敬礼をしながら答えた。
「榛名先輩です。高速戦艦で、金剛型3番艦の。」
「ほう・・・?」
金剛の姉妹というわけか、とラインハルトは思ったが、ふと、艦娘の顔を見て、異様な思いを抱いた。その艦娘も、近くにいた艦娘たちも、遠ざかる彼女の背中に複雑な表情を見せて見送っていたからである。