艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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お待たせしました。


第二十話 誰の問題でもない。卿自身の問題なのだ。それを自覚せよ。

「フロイライン。あなたはどこから来たのか?」

「・・・・・・。」

「姉上ではないことは一目見てわかる。そしてフロイライン自身も否定している。だが、フロイライン、なぜあなたは姉上の容姿をしているのだ?」

「・・・・・・。」

「あなたはこれからどうするつもりなのか?」

何を尋ねても、アンネローゼによく似た女性は悲しそうな顔でかぶりを振るばかりだった。ラインハルトはブリュンヒルトに戻るとこれまでずっと気にかかっていた謎の女性についてようやく色々と尋ねる時間を得ることができたのだった。だが、前述のように結果は芳しくはない。口がきけないのなら筆談はどうか、とビッテンフェルトが提案したが、シュタインメッツが首を振って言った。

「駄目です。小官も筆談を試みたのですが、首を振られるばかりでいっこうにうまくいきませんでした。」

「筆談もうまくいかないとは・・・・。」

ラインハルトは顔を曇らせて、女性の横顔を見た。女性はじっと遠くの空、ブリュンヒルトの艦橋を通じて見える青い水平線上に広がる純白のウェディングケーキのような雲を眺めている。

「やむを得んな。答えは身振り手振りでもよい。時間をかけて少しずつ聞き出すほかあるまい。」

ひとまずあきらめた様にラインハルトは席から立ち上がった。ビッテンフェルトもシュタインメッツもラインハルトに倣う。

「閣下、果たしてそううまくいくでしょうか。こう申し上げては失礼ですが、小官にはそもそも我々の言語がわかっていないのではないかとすら思われます。」

ビッテンフェルトが眉間にしわを寄せて言った。今まで散々頭をフル稼働させて色々と話しかけてきたツケが頭痛の形で現れたようだった。

「いや、そうではあるまい。シュタインメッツ、このフロイラインはこちらの言っていることはある程度は分るのだな?」

ラインハルトがシュタインメッツに尋ねた。

「食事は我々と同じものを召し上がります。閣下のおっしゃった通り日常的な雑務を二、三任せてみたところ、正確にかつ素早く実行されました。物覚えが早くていらっしゃいますから、こちらの言っていることはわかっていらっしゃるようですな。」

「となると・・・・。」

ラインハルトはそれ以上何も言わず、じっと目の前の謎の女性を見下ろすだけだった。

 

 

この間、赤城たちラインハルト麾下の艦娘たちはそれぞれの艤装を手直ししたり、マリアナ泊地に上陸して他の艦娘たちと久闊を叙したりしている。だが、マリアナ泊地の艦娘たちがブリュンヒルトに乗り込んでくることはなかった。葵に遠慮したのだろう。

 

唯一の例外は加賀だった。彼女にとっては最新鋭艦に乗れたことよりも赤城に再会できた方がずっと大事のようで、乾いた声で、だが心持和んだ表情で赤城と話をしている姿が随所で目撃されている。その加賀が話した情報によると、あれ以来何度か鳳翔、加賀がそろって葵に面会を求めたのだが、司令室のドアは固く閉ざされたままなのだという。その状態が今日で3日目になる。

「風呂、そして飯は大丈夫なのか?ただでさえ痩せているのだ。3日間も何も食わないのなら今に骨と皮になってしまうぞ。」

「ご心配には及びません。梨羽提督におかれましてはご自身で料理をなさいますし、司令室に隣接する提督の居住区画にはバスルーム、キッチン、そして食糧庫などのそれなりの設備が整っておりますから。」

ビッテンフェルトの冗談に加賀が冷ややかな視線と冷ややかな声で応じた。ビッテンフェルトは渋い顔で黙り込んだが、加賀がブリュンヒルトから白波を蹴立ててマリアナ泊地に戻っていくとその背中に向けて大きな声でつぶやいた。

「フン、かわいげのない奴め。」

これには赤城たちも苦笑交じりの戸惑った表情をするほかなく、ラインハルトが「卿がそのような事を大声で言えば、今にフロイライン・カガ、あるいはフロイライン・アカギの艦載機隊から爆撃を食らうぞ。」と言ったので、その場は収まった。

 

 

それから少し経った後、赤城はブリュンヒルトのラインハルトの執務室を訪れた。夕張、そして金剛が一緒である。ラインハルトは3人を執務机脇の応接セットに座らせ、自らコーヒーを淹れて振る舞った。最近とみにラインハルトのコーヒーの淹れ方は上達している。口うるさい曙でさえも、

「クソ提督にも一つくらい特技があるのね。引退しても喫茶店を開けるじゃないの。」

等と言っているほどだった。その時ラインハルトが近くを通りかかったので、慌てた潮と白露、皐月が曙の口をふさぎにかかり事なきを得たというエピソードもある。

「提督、いかがなさいましょうか。今日でもう3日目です。このままマリアナ泊地にとどまっていてよいのでしょうか。そろそろ何らかの動きを起こすときではないかと思いますが・・・・。」

ラインハルトの淹れたコーヒーを一口飲み、静かにカップをソーサーに置いた赤城が尋ねる。

「するとフロイライン・アカギ。我々はこのマリアナ泊地を捨てて別の場所に移動すべきだというのか?」

「はい。提督があの状態では・・・・。私も幾たびか梨羽提督のもとを訪れましたが、一向に返事がありません。お会いすることすらもかなわないのではどうしようも・・・・。」

顔を俯ける赤城を数秒見つめた後、ラインハルトは視線を金剛に移動させた。

「フロイライン・コンゴウの意見はどうか?」

「ン~~・・・私はもうちょっと頑張ってみるべきだと思いマ~ス。Don’t jump the gun。 焦っては駄目デスよ。赤城。」

金剛が人差し指を振りながら赤城を諭した。

「フロイライン・ユウバリ、卿はどう思うか?」

「燃料、そして物資の面から言うと、ここを離れるのは得策じゃないです。ブリュンヒルト自体はこの地球規模であればごくわずかの燃料で航行できますから問題ないですが、私たち艦娘の燃料、弾薬、ボーキサイト、鋼材、高速修復剤などの資材の備蓄は多くはありません。補給が必要です。マリアナ泊地に来た目的の一つはそれなんです。補給を受けないままあてもなく航行するのは危険だと私は思います。」

「フロイライン・ユウバリの意見はもっともだ。私もそれを考えていた。明確な目的もなくさ迷うことは得策ではない。第一マリアナ泊地から他の根拠地に移動するのには少なからぬ時間がかかる。」

「ですが、これ以上は・・・・。」

「フロイライン・アカギ。卿があのマリアナ泊地司令を説得しようと心を砕いていることは知っている。だが、これはあの者自身の問題だ。周りがいかように説得しようと、強制されてもたされた覚悟とやらは脆いものだ。あの者自身が自分を見つめなおし、立ち直ることを期待するほかない。」

「ヘ~イ、提督?Admiral梨羽が立ち直れると本当に思っているのデ~ス?」

「そうあってほしいものだな。それにあのマリアナ泊地とやらの艦娘が放っておくとも思えぬ。」

「・・・・・・・。」

「一度や二度の挫折によって上官を見捨てる程度の絆ではあるまい。」

ラインハルトは言葉少なに言い、後は黙ってコーヒーを飲むだけだった。だが、罵倒も蔑みも一切しなかったところを見ると、彼もまた梨羽提督の立ち直りを信じているのだろう。3人の艦娘は互いに目で無言の会話をした結果、そう結論付けた。

 

 

* * * * *

他方、マリアナ泊地司令部ではまだ衝撃さめやらない葵が執務机にじっと座って祈るように両手を組み、額に押し付けていた。当初あれだけ叱責されたことに対して衝撃の後に怒りがこみ上げてきたが、それも長くは続かなかった。自分もずっとラインハルトに言われた内容を繰り返し自身に対して責めつづけてきたのだ。それを所を変えて第三者から責められただけである。

 

『なまじ拠点を放棄するのが惜しいばかりに、貴重な軍用艦艇、物資、そして何よりも人命を損ねたということを卿は改めて認識すべきだろう!』

『捜索隊も出さず、こちらからの通信を受ける努力もせず、要するに卿は何もしなかったという事だ。』

『いくらでもやりようはあったはずだ。指令を墨守することのみが司令官の職務ではない。』

 

ラインハルトの叱責の断片が繰り返しエコーのように頭の中に響き、葵をさいなんでいる。どうしようもなく自分が臆病で、無能で、そして・・・卑怯者であると。

「・・・・・・。」

十何度目かのと息を吐き出すと、葵は組んでいた両手をほどき、額に片手を当てた。もう片方の手は胸元のペンダントを取り出しにかかっていた。

「・・・・・・。」

ペンダントを開けると、そこには一隻の艦とその艦橋らしきものに立つ一人の老提督、そしてそれを取り囲む副官、参謀たちらしい取まきが描かれた細密画があった。老提督は首にぶら下げた双眼鏡に左手を添え、右手を高々と掲げている。その脇では参謀長らしい人物がその手の動きを一点に凝視し、その横では測量義で距離を測っているらしい人物がいちいち手を動かすようにして報告をしている様子が描かれている。葵が自分の記憶を頼りに描いたものだった。彼女は普段それを誰にも見せないし、艦娘たちも葵が首から下げているそのペンダントが何なのかを知っていない。好奇心から尋ねたものはいないではなかったが、すげなく拒絶されてすごすごと引き下がってしまったのだった

「過去の栄光、か・・・・。」

ペンダントをいじりながら葵はつぶやいた。

「提督・・・・仮にあなたならば、どうしますか?あの海戦を勝利に導いたあなたならば・・・・。逆境から血のにじむような思いと努力で勝利を勝ち取ったあなたならば・・・・。どうされますか・・・・・?」

その時、ドアがノックされた。葵は身じろぎもしない。ノックは絶えず、次第に強くなるが、葵はいっこうに立ち上がる様子もなかった。これまではそれでノックの主は引き下がってきたが、今回は違った。不退転の決意を示すかのように合いカギが勢いよく差し込まれる音がしたかと思うと、ガチャガチャ!という音とともに扉が開いた。鳳翔、そして加賀が硬い表情で入ってきた。本来ならば何らかの処分に相当する行為であるが、今の葵にはそれをしかりつける余裕も気力もわいてこなかった。ペンダントをしまい、椅子に腰かけたまま黙って二人の侵入者を見上げるだけだった。

「提督、お話があります。」

鳳翔の背後で加賀がドアを閉め、左手を腰に当ててその前に立った。話が終わらない限り一歩たりとも通さないという不退転の意志を示すその姿はヘルヴォルのようだった。

 


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