艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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第十八話 マリアナ諸島とやらが果たして我々の生命線となりえるかな?

ブリュンヒルトは大海原を征く――。

 

白い鯨のような優美な艦体を大海原に滑らせながらゆっくりと航行していく。

 

ラインハルトは司令席――かつて何万隻という大艦隊を指揮した際に座った司令席――に座っている。傍らにはビッテンフェルトが佇立し、シュタインメッツが航行の指揮を執っている。赤城はやや下方にあって前方のスクリーン越しに大海原を見ていた。他の艦娘も艦橋に集まって三々五々周りを見まわしたり、時折小声で話したりしている。

 

謎の女性はシュタインメッツのそばの席に座ってじっと前を見つめていた。何一つ話せないようだったが、時折皆の会話を聞く顔に笑みがこぼれるのを見て皆は安堵していた。仲間はずれをさせて、気まずい思いをしたくはないのだ。

 

 

一行はただ大海原を遊弋していたわけではない。ラバウルから北西にあるというマリアナ諸島泊地に向かっていたのである。

 

 

* * * * *

「マリアナ諸島泊地は。」

ブリュンヒルトの大会議室で赤城が皆、特にラインハルト、ビッテンフェルト、シュタインメッツに視線を向けながら説明した。

「パラオ泊地よりもさらに北であり、太平洋上の要綱に位置します。島の規模は小さいですが、主力艦隊が駐留しており、航空隊も充実しています。その規模はパラオ以上です。敵が襲来したとしてもそうそう後れを取ることはないと思います。」

いつになく赤城が断言をするので、不思議に思ったラインハルトが根拠を尋ねると、

「加賀さんがいらっしゃいますから。」

と、かすかに頬を染めて言ったのである。後でラインハルトは赤城と加賀が第一航空戦隊という機動部隊を構成しており、双璧のような立場だったのだと金剛から聞かされた。

(俺とキルヒアイスのようなものか。)

と、ラインハルトは思ったが、これは少々どころかかなり違ったものの見方だったかもしれない。少なくとも赤城と加賀の場合には一方を「様」とは呼ばず「さん」と呼んでいたからである。

「ヘイ赤城。ま~だマリアナ諸島にはGirl’sたちがいるのデ~ス?」

金剛が不思議そうな顔をして聞いた。

「ええ。軍令部がそこを放棄することは戦略上ありえない事ですし、先にも言ったように加賀さんもいますから、マリアナ諸島が陥落したという事はありえないと思います。」

「一つ質問がある。」

ラインハルトが赤城に尋ねた。

「我々がそこに行くのはいいが、この艦の事をどう説明するつもりだ?」

「ありのままを話すしかありません。信じる信じないは別にして、このブリュンヒルトがこうしてここにいることは既定の事実です。」

「ま、深海棲艦でないことは確かだからな。案外歓迎されるんじゃねえのか?」

天龍が両手を頭の後ろに組みながら胸をそらしていった。それを横で聞いていた夕張があきれたように声を上げた。

「気楽なものね。こんな新鋭戦艦・・・ううん、次世代の次世代のそのまたもっと次世代の艦がいきなり入り込んでみなさいよ、みんな驚くに決まっているじゃない。それだけならまだいいけれど、万が一この艦が拿捕されでもしたら、どうするのよ?」

「拿捕だぁ?」

天龍が素っ頓狂な声を上げた。他の艦娘たちも一斉に夕張を見る。

「今のブリュンヒルトは航行ができるだけで、一切の兵装が使えないのよ。それにこのシールドはあくまで中和磁場なんだから、ミサイルのような実弾が飛来してきたらひとたまりもないわ。というか、深海棲艦の武装はほとんどそういうものなんだから。」

ブリュンヒルトが陥っている現在の状況は皆の頭を悩ませている最たる要素の一つだった。

「提督。」

赤城の問いかけに、ラインハルトはしばらく腕を組んで考えていた。他の者も大なり小なり不安を胸に抱きながら固唾をのんで見守っていた。日本を始めとする各国の最新鋭艦をもってしても深海棲艦には対抗できない。だが、ブリュンヒルトの機能が十全に発揮できれば深海棲艦ごとき鎧袖一触に葬り去ることができるだろう。その一点というだけでも各国にとって垂涎の的となるのではないか。そうした際に日本をはじめとする各国までもが敵に回ってしまったならば・・・・。自分たちはお尋ね者として敵味方から追い回されることになるかもしれない。それだけならまだいいが、最悪の場合艦娘どうしが戦うことになるのではないか。ある者、とりわけ赤城などは最悪のところまでを想定していたのだった。

「では、フロイライン・アカギ、この艦を放棄するか?」

ラインハルトの言葉が赤城に放たれた。不意に飛んできた言葉の意味を理解した赤城が俯く。

「それは・・・・。」

「無理な相談だな。放棄したとしてもいずれ誰かが拾うこととなる。そうなれば火種は残ったままだ。各国がブリュンヒルトを巡って争うことになれば目も当てられぬ。また、私がもっとも恐れている点は深海棲艦共の拠点となることだ。少なくともそれについては私は耐えられそうにはないな。」

後半は冗談めかして言ったが、ラインハルトの言葉はある程度的を得ていたと言ってもいい。このブリュンヒルトに座乗したからにはそれを放棄することは今の時点ではできない相談である。

 

ガタッ、と椅子が鳴る音がした。シュタインメッツが立ち上がっている。

 

「この艦を預かる艦長といたしましては、艦を放棄するということは断じて認容できない事です。それにお忘れかも知れないが、この艦の所有権は銀河帝国ではありますが、その艦を受領した人間、すなわちローエングラム上級大将閣下の同意なしに取り上げられることはありません。」

シュタインメッツがそう言った。その横でビッテンフェルトも立ち上がり、

「そうだぞ卿ら。いかにこの世界が我々の世界とは異なると言ってもそれをもってしてブリュンヒルトををどこの馬の骨ともわからぬ輩になぞくれてたまるものか。」

艦娘たちは困ったように苦笑した。

「ビッテンフェルト提督、シュタインメッツ艦長、私たちはブリュンヒルトを返上していただくと結論付けているのではありません。」

まだどうなるのかもわからないのですから、と最後はかすかな笑みに紛らわしながら赤城は言った。ビッテンフェルトもシュタインメッツも肩の力を入れすぎたと気づいたのだろう。互いに視線を合わせた後、かすかに謝するように頭を下げて席に座った。

「マリアナ諸島に急行する。そこの基地とやらの指揮官が物わかりの良い人間であることを期待するほかあるまい。」

ラインハルトはそう言った。誰しもが異存がないというようにうなずき、会議は散開した。マリアナ諸島に待ち受けているのが果たして一行にとってプラスになるかマイナスになるか、それはこの時点では誰もがわからなかったのだった。

 

 

* * * * *

そのマリアナ諸島では一人の軽空母艦娘が埠頭に立って航空戦隊の訓練を施し、かつ艦隊の猛訓練の指揮を執っていた。

 

彼女は全ての日本空母の祖である。この世界では精鋭中の精鋭空母として幾たびの戦いで殊勲勲章を獲得している、軽空母鳳翔である。彼女は風に髪を乱しながらもその姿をいささかも崩すこともなく、無線を時折口元に当て時には鋭く、時には賞賛しながら全軍の訓練を見守っていた。

「ご苦労様。」

背後から若々しい張りのある声が聞こえた。鳳翔は振り返ると隙のない敬礼を施した。それに答礼を返した人物は細い、だが意志の強そうなくっきりとした眉、大きな灰色の瞳、すっとした鼻梁の恵まれた美貌の持ち主であった。長い黒髪は海風を浴びて心地よさそうに靡く。濃灰色の軍服に黒のスカートをはき、形の良いすらっとした脚がまっすぐに伸びている。このマリアナ諸島泊地を預かる女性提督梨羽 葵である。不思議なことに艦娘の誰一人としてこの提督のフルネーム若しくは姓名で呼ぶ者はいない。本人に言わせると、

「提督で用が事足りるんだから、それでいいでしょう。」

というわけである。わかっていることは異例の出世速度でこの重要な要綱の基地司令官になったこと、怜悧かつ大胆な戦略戦術をもって深海棲艦共の脅威を跳ね返してきたことである。

鳳翔は提督に対して訓練の様相を報告した後、承諾を得て解散を命じた。既に提督が来た時にはほとんど訓練は終わっていたのだ。

 

 

続々と建物に戻っていきながら敬礼を施す艦娘たちに答礼を返しながら、しばらく二人は佇んでいた。

 

「前線が悉く壊滅したらしいわね。」

提督の声に「不安・心配」という要素は一分子もなかった。むしろ苦々しい響きをすら込めていた。

「だから戦力分散の愚をおかすなって具申していたのに。軍令部はいったい何してんのかしらね。」

鳳翔はそんな提督を無言で見つめていた。

「一番腹立たしいのはマリアナ艦隊の救援作戦案を蹴ったことよ。信じられる?早期に救援艦隊を差し向けていれば戦力糾合ができて、結果として要らない犠牲を増やさずに済んだはずなのに。まったく腹立たしいというほかはないけれど・・・・。」

急に声がしぼみ、葵はぽつりと言った。

「一番腹立たしいのは自分かな。本土の命令なんて無視してでも救援に行けばよかった。」

波が近くにあることを鳳翔はこの時ほどありがたく思ったことはなかった。こういう時静かな場所であれば何かを答えなくてはならないと思うだろうし、思ったところでどう答えていいかわからなかっただろうから。二人が沈黙していたのはほんの数秒間という時間ではあったけれど、その数秒が人の感情を永久に左右してしまうこともある。

 

その数秒間の間に、鳳翔は答えるべき言葉を紡ぎだして、葵に静かに送った。

 

「今更後悔しても始まりません。まずは提督のおっしゃった残存勢力の糾合を第一にしましょう。パラオ泊地やグァム基地と連携を取り、これ以上の深海棲艦の侵攻を防ぐこと、これが当面第一の目的です。」

「そうね。・・・・あぁ、加賀。」

葵は司令部建物からドッグに歩いていく正規空母艦娘に気が付いて話しかけた。ラバウル鎮守府と通信が取れなくなってからというもの、加賀の表情は硬さを増し、一人でいることが多くなった。それを心配した鳳翔や他の艦娘がしばしば話しかけたが加賀は乾いた声でこういうだけだった。

 

「心配無用です。私のことは私自身でなんとかしますから。」

 

加賀の態度の原因は誰しもがよく知っていることだった。こうした加賀の態度が出てき始めたのは、ポートモレズビー、マダンら前線が次々と音信不通になり、そしてついにラバウル鎮守府との連絡が取れなくなってからだ。

「訓練の調子はどう?」

「最適突入地点がまだまだ甘いです。もう少し練習をしなくては。」

葵の問いかけに、加賀はそっけなくそういっただけだった。

「今日の訓練で一番模擬爆弾、模擬魚雷を命中させていたのは加賀さんの航空隊でしたが。」

「私一人では戦局を左右できません。艦隊のレベルの底上げが必要です。」

「・・・・・・・。」

そういう意味合いで聞いたのではなかったのだが、というように二人は顔を見合わせたが、心持視線を砂浜に落としている加賀には見えなかったに違いない。何故なら彼女はそれ以上何も言わなかったのである。

「他に用がなければ、失礼します。」

顔を上げた彼女は、敬礼を二人に施すと、サクサクと砂浜を踏む音とともにドッグに歩いていった。先ほどの言葉通り訓練に戻るつもりなのだろうが、その肩は少し落ちていた。疲労だけが原因でないことは二人の眼にはわかっていた。

 

無言のため息が遠ざかっていく彼女の背中から聞こえたような気がした。

 


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