艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。 作:アレグレット
海岸線をこちらに向かって走ってくる人間の姿から、ラインハルトは一瞬たりとも目を離すことができなかった。彼の手はわなわなと震え、まるで対象がすぐそこにいるかのように手を差し伸べたが、その手は空を切った。
次の瞬間、呪縛が解き放たれたかのようにラインハルトは土を蹴り飛ばすと、一散に走り始めた。驚いたビッテンフェルト、そして赤城たちが後に続く。ラインハルトは呼吸を乱したが、これしきの短距離で乱れるほど、ラインハルトの心肺はヤワではない。もっと別の、はるかに重要な要因が彼の呼吸を乱していたのだった。彼は手足に指令した。もっと早く!何故もっと早く走れないのだ!!
それでももどかしく思ったラインハルトは大声で叫んだ。
「姉上!!!」
ラインハルトは走りながら、「姉上!!姉上!!」と連呼していった。
「姉上だと!?」
走りながらビッテンフェルトは驚いたように顔を赤城たちに向けた。実のところビッテンフェルトは「ラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将閣下のご家族」の顔のことをまだ知らないでいたのだった。ローエングラム提督がそれを明かしていらっしゃるとは思えないわね、と赤城は思いながら、ビッテンフェルトに説明した。
「白露さんと一緒にいる方は、おそらくローエングラム提督のお姉様、グリューネワルト伯爵夫人でいらっしゃるかと思います。」
「グリューネワルト伯爵夫人だと!?」
ビッテンフェルトが急に立ち止まり、続いていた赤城たちは危うくつんのめりそうになって止まった。
「ローエングラム閣下の姉君があのような方であったとは・・・。」
「ご存じなのですか?」
「有名な話だからな。ローエングラム閣下の栄達は皇帝陛下のご寵愛にあずかった姉君の力によるものなのだと。だが、そんなものは根も葉もない話だ!!閣下はご自身の力で武勲を勝ち取られた。そのことは疑いはない。」
ビッテンフェルトは確信をもってそう言った。実際にはアンネローゼの地位があったこともラインハルトの栄達の要因の一つなのかもしれないが、少なくともビッテンフェルトは武勲あっての栄達なのだと思っている様子である。
「俺も話でしか聞いたことがないから、ご尊顔を拝見してはおらん。まさか閣下の姉君がここにいらっしゃっているなどとは・・・・。」
ビッテンフェルトは沈黙した。その顔には痛ましそうな表情が宿っていた。赤城は不思議がっていた。普通は部下としては上官の家族が見つかったのだから、喜ぶべきところではないのか。
「だが、どうも様相が違うようだな。」
赤城がビッテンフェルトの視線の先を追ってみると、ラインハルトが砂浜の上に両膝を突いているのが見えた。そのような姿は原作でもOVAでも一切見ることがなかったために、赤城の眼には信じられない光景として映った。
「それに、閣下の姉君の事も気になるが、俺にはあれが気になる。」
ビッテンフェルトは沖合を指さした。赤城もそれは同じ気持ちだった。それはそこにあってはならないものであった。いや、ラインハルトやビッテンフェルトが来ている時点でまったくないわけでない、と解釈できる。
だが、どうしてここに存在するのかは、ビッテンフェルトも、そして赤城たち艦娘たちも理解できないでいたのである。
沖合に浮かんでいる白い鯨のような優美な姿は、見間違えようもなかった。帝国軍の総旗艦、動く大本営とのちの呼ばれることとなる最新鋭艦。ラインハルトのお気に入りとなった艦―――。
ブリュンヒルトであった。
なぜブリュンヒルトがここにきているのか。ビッテンフェルトらの疑問とするところは、そのご主人様であるラインハルトも当然もってしかるべき疑問であったが、今のラインハルトは目の前の「姉君」に対してのみ関心がある様子である。
「とにかく行ってみよう。」
ビッテンフェルトの言葉に、赤城たちは海岸に走っていった。
* * * * *
「違うのか・・・・。」
ラインハルトはそう言いざま、がっくりと砂浜に両膝両手をついた。一瞬彼は喜びに満ち溢れた。姉上が来てくださった!!そう感じた高揚感と幸福はみるみるうちにしぼんでいき、後には空虚だけが残っていた。
なぜなら、目の前の女性はアンネローゼにそっくりではあったけれど、本人ではなかったのである。一番の違いはラインハルトには一目でわかった。あの目である。姉上は穏やかなブルーの瞳で、自分と赤毛の相棒を優しく見守り、目を細めて自分の話を聞いてくれていた。自分のすべてを受け入れてくれる優しい瞳を見るだけでラインハルトは幸福な気持ちになったものである。
だが、今目の前にいる女性の瞳はその瞳とは違う茶色であった。それに、その姿は後宮に捕えられ、時折ラインハルトたちと面会していたころの姉ではなく、もっと若い――ラインハルトたちの少年時代に一緒にいた頃の姉――姿であったのだ。
「提督さん・・・・。」
白露が恐る恐る声をかけるが、ラインハルトはその場から動けなかった。そして当のアンネローゼによく似た女性は気の毒そうな顔をしながら、何一つ話すことができなかったのである。
邂逅時「姉上!!」と言いざま抱き寄せようとするラインハルトに悲しそうな顔をしてその女性は首を横に振り、かつ自分の喉を指さして「口がきけない。」というジェスチュアをしたのだった。そしてその女性の顔に宿る「姉上との違い」を見出したラインハルトはそれ以上何も話すことができなかったのだった。
だが、ラインハルトはよろめきながら立ち上がった。先ほどの白露の言葉が彼を提督としての本領に引き戻したかのようだった。確かにラインハルトにとっては大打撃であった。彼なればこそ、その打撃は死にも等しいものであった。一瞬ではあったが姉と再会できたという幸福の頂から絶望のどん底に突き落とされたショックは余人から見ても察するに余りあるものだったのである。
ラインハルトが立ち上がったその理由はただ一つである。彼の覇気はここで膝を屈することを潔しとしなかったのだ。
「心配をかけたな。」
白露にそう言ったラインハルトの周りにビッテンフェルトと赤城たちが駆け寄ってきた。その時にはもうラインハルトの声音も態度もいつもの物と変わらないようになっていた。
「フロイライン・シラツユ。まずはこのフロイラインとどのようにして知り合ったのか、説明をしてもらいたい。」
この言葉によって目の前にいる未知の女性がラインハルトの姉ではなかったことをビッテンフェルトと艦娘たちは認識した。
「わ、私もわからないんです。ずっと探していて戻ろうかなって思ったら、いきなり海岸線、ううん、海からやってきたんです。」
「海から!?ハァ!?白露お前、少し熱があるんじゃねえのか?」
「天龍さん。」
赤城が諭したので、天龍は口をつぐんだ。
「ほ、ほんとなんです!あの真っ白い艦の方向からす~~~~~ってやってきたように・・・見えたんです。とにかく一人じゃ危ないからここに連れてこようと思って・・・。」
最後は自信なさそうだったが、アンネローゼにそっくりな女性は間違いないというようにうなずいて見せたのだった。だが、ラインハルトはここで初めて自分の愛用の艦が沖合に浮かんでいるのに気が付いた。
「ブリュンヒルト・・・だと!?」
信じられないというように彼の声は途中でかすれた。
「嘘だ・・・・これも嘘なのだろう・・・・姉上と同じようにあの艦もブリュンヒルトではないのかもしれない・・・・。」
「閣下。」
まだアンネローゼではなかった時のショックが癒えていない、いや、それ以前に受け入れられないのではないかと、艦娘とビッテンフェルトは沈痛な面持ちで思った。だが、ラインハルトの眼と顔には次第にある種の輝きが戻ってくるのが見えはじめた。
「いや、だがあれはブリュンヒルトだ。間違いない。」
「お~~い!!」
その時だった。沖合からかすかに人の声がしたのだった。その声は幻ではなく、次第に力強く聞こえてくる。
「お~~~い!!!」
「あっ!!」
夕立が何かを発見したように声を上げた。
「夕張先輩たちっぽい!!!」
ラインハルトらが沖合を見ると、夕張たちがこちらに全速力で滑ってくるのが見えた。
「ローエングラム提督!!!」
その声に艦娘たちが一斉に反応した。
「提督、夕張さんたちです!」
「ホラ、私が言った通りデショ!夕張たちは生きていマ~ス!!」
「無事だったんだな!!」
「よかったぁ!!」
「元気そうや!」
「誰も怪我をしていないみたいね!」
「うん、みんな無事っぽい!!」
艦娘たちが口々に騒ぐ中、夕張たちが海岸にほど近いところで一列に並び、敬礼するのが見えた。この時ラインハルトはまだ内心では茫然自失状態であったのかもしれないが、赤城とビッテンフェルトらを感嘆させたことに、いつもの微笑を浮かべながら答礼を施したのであった。
「フロイライン・ユウバリ、フロイライン・アケボノ、フロイライン・ウシオ、フロイライン・サツキ、フロイライン・フミヅキ。よく無事であった。」
言葉は平凡であるが、その中には万感の思いが宿っていた。
「遅いわよ!どれだけ待ったと思ってんの!?このクソ――!」
潮と皐月に口をふさがれて手足をばたつかせる曙をしり目に、夕張は声を張り上げた。
「沖合にあるのは、提督の御乗艦であるブリュンヒルトです!!説明は後回しにします。すぐに来てください!!!今のブリュンヒルトは浮上もできず、対空砲火を除いて一切の兵装が使えない状況なんです!!」
夕張の言葉を聞いたラインハルトの脳裏には疑問があふれんばかりにあった。どうしてブリュンヒルトが浮いているのか?飛び立てず、兵装も使用不可とはどういうことなのか?夕張たちはどうしていたのか?
そして、一番の疑問は自分の傍らに佇んでいる姉の若いころにそっくりの女性が何者なのか、という事だった。