艦これの世界にラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が着任したようです。   作:アレグレット

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第九話 なんだこの高慢極まりない通信は!?

 

ラバウル鎮守府には近日なかった賑わいを呈していた。もっとも艦娘は元からいる6人に3人が加わったにすぎないのだが、朝から演習の砲声、水雷の命中する大音響、航空隊の模擬空戦などが活発に行われていたし、工廠やドック、鎮守府核施設には「カンカンカン!!」と威勢のいい槌音が鳴り響き続けている。すべてはラインハルトが指示を下して、各員の猛訓練と技量を高めること、そして鎮守府全体の防空能力の向上、そして航空隊の強化などを掲げた結果だった。

その活気に満ちた騒音の中、鎮守府執務室に赴く赤城の足音も軽やかだった。彼女も今朝航空隊の猛演習を終えてきたのだったが、その疲れをいささかも見せていない。ここ数日は今までになかった覇気と高揚感が全身を満たし続けていたのである。

「失礼します。ローエングラム提督。」

提督執務室の扉をノックすると、中から声が聞こえた。中で書類の整理をしつつPCを操作していたラインハルトが立ち上がった。

「フロイライン・アカギ。」

赤城が敬礼し、ラインハルトが答礼した。

「提督、執務中のところを申し訳ありません。」

「構わない、ちょうど一段落ついたところだ。コーヒーでもどうか?」

ラインハルトが傍らで気持ちよさそうに湯気を立てているポットを示した。提督手ずからのコーヒーとは恐縮の極みだったが、のどが渇いていた赤城は素直にうなずいた。騒音のさなかではゆっくりとコーヒーもたしなめないだろうと赤城は思うのだが、ラインハルトはそのような事を気にしたことはないと言った。少なくとも停滞した空気の中で味わうコーヒーよりもよほどうまいのだとも言ったのである。

「状況はどうか?」

コーヒーを飲み、人心地着いたところで、ラインハルトが尋ねた。赤城は各艦娘の訓練状況、工廠での兵器開発の模様、夕張の奮闘、金剛の砲撃精度の格段の向上、赤城自身の航空隊の練度などをテキパキと報告した。まずは満足そうにうなずくラインハルトの表情を確認した後、彼女は本題に入った。

「パラオ泊地鎮守府から通信が入りました。」

「ほう?」

ラインハルトの眉が上がったが、それは興味からであった。パラオ諸島はフィリピンの東方に位置する南太平洋の玄関口ともいえる島である。周りには何もないが、広大な太平洋上の補給拠点としてマリアナ諸島鎮守府と共に要綱の地とされていた。今回ラインハルトが意見具申した鎮守府近海各根拠地からの戦力統合リストにはパラオやマリアナは入っていない。

「パラオ泊地には少なくない戦力がいるのだったな?」

「はい。」

「卿ら艦娘はともかく、軍の人間とやらがこちらのラバウル鎮守府の指揮下に入ることを拒んでいるそうだな。だからこそ私はパラオをリストから除外したのだが。」

ラインハルトの口ぶりは興味から一転、さげすんだような色合いになった。彼はパラオ鎮守府から以前にきた通信文を掲げて見せながら、

「バカげていることだ。現役の軍人、提督が艦娘の上位にあり、したがってフロイライン・アカギの指揮下には入れないなどと、書いてきている。頑迷かつ無能な軍人の標本を見ているようだ。」

「申し訳ありません。」

「フロイライン・アカギ、卿が謝るようなことではない。私はここにきて思ったが、卿ら艦娘のほうがよほど軍人よりも質が良いのではないかと思うようになった。むろん、多少の言葉遣い、態度は問題があるがな。」

ラインハルトはそう言ったが、それを心底真剣に憂慮してはいない風である。

「それで、奴らは何と言ってきたのだ?」

赤城は少し表情を硬くすると、抱えていたファイルから一通の紙片を取り出すとラインハルトに渡した。ラインハルトは受け取ってそれを黙って読み下したが、次第に顔が怒りの色に染まっていた。

 

 

「なんだこれは!!??」

ラインハルトが紙片を投げ捨てて怒気鋭く叫んだ。

 

 

「なぜ我々がパラオの指揮下に配属されなくてはならないのだ!!??こちらは本土からの許可と指令書を受け取っている!!だが、奴らは何の根拠もなく、さも当然のごとくこちらを指揮下に組み入れる旨通達してきている。通達だぞ!!フロイライン・アカギ!!何の相談も前触れもなしにだ!!」

ラインハルトの怒りはとどまるところを知らなかった。以前の赤城はこうしたラインハルトの態度を見るにつけ、自分が怒られているかのように胸が締め付けられていたのだが、曲がりなりにも今はだいぶ慣れてきて、時には冷静な口をはさむまでになっていた。

「どこまで厚顔無恥な連中なのか!!本土は何をしているのだ!?こういう輩を放置しておくがゆえに、戦線は統制できず、各個撃破の対象となり、無駄に戦力を散らす結果となるのではないか!!」

「ローエングラム提督。」

赤城の言葉はキルヒアイスの「ラインハルト様」とそっくりな口ぶり――相手を落ち着かせ、諭させるときに使うもの――であった。そしてラインハルトの赤城に対する口ぶりもまたキルヒアイスに対するものと同じような調子になっていることがあったのである。

「フロイライン・アカギ。・・・いや、すまなかったな。つい我を忘れてしまった。許してほしい。」

「いいえ。お気持ちはよくわかります。」

赤城は少しだけ微笑んで見せた。ラインハルトの気分を害さないように。

「パラオ鎮守府に打電。大筋は今から作成するが、それをフロイライン・アカギの言葉で伝えてほしい。」

ラインハルトはPCのキーボードを打ちながら、自身の口からも言葉を伝え始めた。

「以下返答す。『卿らの通達は本土からの指令に反するものである。当方としてはそのような指令に応える義務はない。速やかに戦力を糾合し、もって卿らの担当する海域の深海棲艦を掃討することを期待する。』以上だ。」

撃ち込んだ文面をプリントアウトしたものを机越しに赤城に渡し、ラインハルトは椅子にもたれかかった。

「了解しました。すぐに返信にかかります。」

「頼む。・・・・それにしても。」

ラインハルトが独り言のようにつぶやき始めた。

「俺に艦娘とやらの全戦力が麾下にあれば、あるいは俺が指揮していた2万隻の艦艇があれば、深海棲艦ごとき1か月を出でずして駆逐してやるものを・・・。忌々しい限りだ。」

「提督?」

赤城が不思議そうにこちらを見ている。ラインハルトは「すまなかったな。独り言だ。通信の件を、頼む。」というと、赤城は立ち上がって敬礼し、執務室を出ていった。

 

ラインハルトは、椅子から立ち上がり、窓を開け放った。もう夏になるが、今日に限っては涼しい海風が吹き付けてきて、ラインハルトの髪を乱した。幾分太陽に雲がかかり曇りがちな空であることも涼しさの要因の一つなのかもしれない。

「・・・・・・・。」

ラインハルトは、胸に下げているペンダントを取り出した。どういうわけか知らないが、この世界にやってきたときにこれだけが手元に握りしめられていたのである。ラインハルトが意識を取り戻したとき、赤城がこのペンダントを渡してくれたのだった。開けてみると、キルヒアイス、アンネローゼ、そしてラインハルトの幼年時代の幸福そうな笑顔の写真が入っており、さらに内蓋のガラスケースの中にはルビーを溶かしたような赤い髪と流れる様な金髪が交差するようにして幾筋かずつ入っていたのだった。ラインハルトは一目でそれが自分の友人と姉の物だという事が分かったのである。どうしてこんなものが入っているのか、ラインハルトには訳が分からなかったが、一つ直感的に思ったことがある。

 

それは、この世界では二度とキルヒアイス、アンネローゼとあえないのではないか、ということだった。それを示しているのが、この髪なのではないか。いわばそれは遺髪の、形見のような物なのではないか。そう思ってしまったのだ。

「キルヒアイス、姉上・・・・。お前、そして姉上がここにいらっしゃったら、俺はどんなにか心強かっただろう。今の俺にはそばにいてくれる人間はいない。お前と姉上と離れ離れになってしまった今・・・俺は何を成せばいいのか・・・・。」

赤毛の友人と約束したことがある。姉を取り戻し、宇宙に浮かぶあの星々を手に入れること。遠い遠い少年時代に約束したことを、ラインハルトは片時も忘れることはなかったのである。それこそがラインハルトの生きる目的であり、存在意義だったのだから。

だが、ラインハルトは思った。この地球という一惑星に閉じ込められたが、そこにもまた確かに生きる人々がおり、未知の脅威である深海棲艦と戦う人々がいるという事を忘れてはならないと。そしてその人々を救うために俺がここにやってきたのではなかろうかと。

他の人間が聞いたら笑い出したかもしれない。だが、ラインハルトはそれこそが今の自分にとっての存在意義であるのだろうと思ったのだった。

 


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