平和の使者   作:おゆ

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第六十一話 1年 12月 それぞれの民主主義

 

 

 わたしはその後も数回病院にルッツを見舞いに行ったが、そのうち気付くことがある。

 あれ、見舞いに行くと常に同じ看護師がついているじゃないの。

 太目だが美人で愛想のいい看護師である。

 

「あの看護師がルッツの担当なの? いつもいるけど」

「いえ、カロリーナ様、担当というわけではありません。この病院はそういう担当を決める仕組みはありませんので」

「でもいつもおんなじ人よ」

「いえ、今日などはもう勤務時間を終わっています」

 

 はあ? なおさら怪しいじゃないの。

 今度は調査能力で随一のケスラーに探ってもらおうかしら。

 いや、それを言うならケスラーはケスラーで最近ちょっと怪しいけど。

 夫人服、というよりは少女服のカタログ見てたの知ってるし。怪しいどころの話ではない。

 

 

 

 そんな下らないこととは関係なく、宇宙の別な場所で真剣な話をしている人々がいる。

 

 帝国との和約締結以後も自由惑星同盟は議論のさなかにあった。

 政治家だけではなく、一般市民もそれぞれがそれぞれの戦略を語り合った。今まで政治熱がこれほど盛り上がったことはない。

 

 二つの極論がある。

 一つは和約を破棄し直ちに帝国を武力で征服という勇ましいものだ。

 もう一つは現状維持と軍縮、経済再建優先である。

 これらの中間の案として考えられる限り無数のバリエーションが存在する。

 いずれにしても、現在の同盟戦力が帝国の戦力を上回っているという楽観的状況が前提にあるのだ。帝国は勝手に内戦で転んでくれた。

 

 それともちろん第十三艦隊が帝国首都星オーディンまで長駆して陥としたという事実が同盟市民の精神を高揚させている。

 

 しかし一方では、帝国の人口は同盟の人口を圧倒的に上回るのも事実、あと数年もしたら戦力的優位が失われるという確実な予想もある。

 新しい銀河帝国皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムは政治を刷新し、帝国民衆の熱狂的な信望を集めている。また財政的にも貴族から接収した分で当面は豊かだった。戦闘艦艇の生産もフル稼働である。内戦でも工廠や材料には被害はなかったからである。ついでに言えば、リッテンハイム大公国との軋轢や緊張は今のところ全くない。

 

 ここで初めて同盟政府は、帝国との和約の際に辺境星域の割譲などを要求するのではなく、財政バランスをとるために経済的に帝国を圧迫すべきだったとの議論がわいた。

 安全保障税などの名目を作ればよかったではないか。

 政治的メンツのための領土割譲は実質的に益をもたらさず、それにこだわるべきではなかった。

 そういった批判を受けたジョアン・レべロは精神を病んで入院した。

 

 

 市民のレベルでの政治熱は大いに結構であったかもしれない。

 しかし、軍人が政治を意識しすぎると不幸が起きる。

 

 現状での帝国に対する軍事的優位と将来それが失われることは、軍部の焦りにつながる。市民とは違い直接の死活問題なのだから。それは主戦派を駆り立てる大きな原動力になる。

 もともと軍部には勢いのいい主戦派がいつの時代にも存在する。

 武器を持ったら使いたくなるものだ。戦いは慎重にすべきだというコンセンサスときちんとしたシビリアンコントロールの下にあるからこそ主戦派は動けないだけだ。

 それに何より必ず勝てるという前提がなければ無茶はできない。ところが今同盟は明確な戦力的優位にある。帝国側は機動兵力五万五千からせいぜい六万隻、対して同盟には八万隻、無理すれば九万隻集められる。今が乾坤一擲のチャンスなのだ。

 

 主戦派の主張もその意味では大いに現実に即した判断であり、和約を結んだ政府に不満を持つのも仕方がないと言える。

 手続きに乗っ取り、正々堂々の議論を経ていれば何の問題もなかったはずだ。

 

 しかしここに軍内の不満分子、特に旧ロボス派と言われる派閥に属する将官たちと化学反応を起こした時に事態は急変する。旧ロボス派はアムリッツァ以降力を失い、鬱屈した日々を送っていた。何でもいいから変事を望んでいたのだ。そこには正義も理屈もない。

 

 

 

 あっさりと、平日の明るい昼間にあっさりクーデターが完了してしまった。

 

 その日統合作戦本部で将官会議が開かれた。

 イゼルローンに駐留するヤン大将、各方面に警戒に出ているアップルトン、ボロディン、ウランフなどの前線将官は出席していない。

 それでも少なくない将官が勢ぞろいしている広い会議室で、初めにロックウェル少将が会議の開始時間になったことを告げ、さっさと退室していった。

 すると部屋の照明がやや落とされ、壁に付けられたスクリーンに何かが投影される。自然と皆がそこへ注目する。

 スクリーンにドーソン大将が映る。

 いったい何だ? これは。

 

「ここにお集まりの自由惑星同盟軍の諸将にお知らせします。本日この時間をもって自由惑星同盟は、その政府機能の全てを停止し、救国軍事会議が一時代行することになります。同盟軍籍にある者もすみやかにその統制下にお入り下さい。この救国軍事会議の目的は銀河帝国との共存ではなく打倒を図ることであり、またそれを可能にするため自由惑星同盟の意志を一つにまとめるものです。諸将は進んでこの挙に賛同するものと信じていますが、念のため意見の分裂がはなはだしい場合に備えこの統合作戦本部に爆発物が設置されていることをご承知下さい」

 

 何を言っているのだ! 政府機能を停止とは、まさかクーデターでもしたというのか?

 冗談だ。そうに違いない。あのドーソンだぞ。

 しかしスクリーンの映像だったことが逆に真実味を与えた。顔を合わせて宣言するのが怖いのだろうが、それはまたドーソンらしいことだ。

 しかし、一人でクーデターなどやってのけられるはずがない。

 

「これはロボス退役元帥の仕業だ! ドーソンがリーダーなんて信じるものか!」

「クーデターなど軍の汚点だ。後で政府に返せない借りを作るぞ。同盟軍が余計弱くなる。」

「馬鹿な! 同盟が内乱になったら、逆にこの千載一遇の機会を失う。そのことを孫子の代までどう釈明する!」

 

 口々にそう叫ぶ。

 だがはっきりしていることがある。爆発物などと言っていたがあのドーソンが実際に使う度胸などあるものか。脅しに過ぎない。しかし、もしも万が一それが本当で、使えばどうなるか。

 同盟軍はお終いだ。これほど多くの将を一気に失っては。こんなクーデターに賛同するわけはないが、いったんは言う通りにするしかなく、軟禁場所に連れていかれる。

 

 

 クーデターを決行した救国軍事会議は将官たちを連行すると、いよいよメンバーを明らかにする。

 

 ブロンズ中将、ルグランジュ中将、ルフェーブル中将、アル・サレム中将、ホーウッド中将、ムーア中将、アラルコン少将、モートン少将である。ほとんどが旧ロボス派に属する。情報将官も前線将官も揃っている。ということは手元に艦隊兵力もあるということである。

 そこへドーソン大将が合流、すぐ後にロックウェル少将がクーデターの進展を報告に来た。

 

「政府関係者はほとんど拘束しましたが、ヨブ・トリューニヒトだけは取り逃がしました。警察、放送局はエベンス大佐が抑えにかかっています。議会方面はクリスチアン大佐が向かっています。宇宙港管制コンピューターはバクダッシュ中佐が使用不能にしました」

「滑り出しは上々だな。あとの問題は宇宙艦隊か」

 

 それが難問だ。軍事的実力であるそれを掌握できない限りクーデターは立ち行かない。

 

 

 ハイネセンのバーラト星系に最も近い場所に停泊しているのはアレクサンドル・ビュコック提督の第五艦隊である。

 そこの将官は頑固だった。

 ビュコックが拘束されたと知ると、頑として協力を拒否してきたのだ。

 

「第五艦隊をビュコック提督の留守に預かっております、ラルフ・カールセン少将です。ビュコック提督の命がなければ第五艦隊を動かすことはできません。要請はお断りさせて頂きます」

 

 救国軍事会議は他の艦隊にも幅広く呼び掛け、大義を訴え、クーデターに同調して参加するよう説得にかかる。

 しかし、その中の一人ボロディン中将ははっきりと参加を断った。

 

「小官は政府を転覆したものの指示など一切聞くつもりはない。もしクーデターが続くなら秩序を回復するため一戦も覚悟している」

 

 そう断ったあと、周囲に漏らしている。

 ドーソンの奴が悔しがる方に行くだけだ。

 それが冗談なのかそうでないのか、本人しか知らない。

 

 

 だが、他のアップルトン中将とウランフ中将は意外なことにクーデター寄りの態度を示した。秩序を重んじ、見識も高い両将がどうして。

 

「クーデターが正しいかどうかこの際どうでもいい。それよりも帝国を今叩けるかどうかだ。その救国軍事会議とやらが本当に挙国一致を成し遂げるか、見てからでも遅くはない。何より帝国と戦い宇宙統一を成し遂げる方が重要だ。同盟全軍が帝国に進撃するなら先鋒を買って出てやる。」

 

 それはあくまで主戦派としての立場であった。

 もちろん同盟軍としての立場も何もかも理解した上で、それでも帝国と今戦うことを優先させたのだ。

 クーデター側にもルグランジュ提督など有能な諸将がいる。クーデター鎮圧のためにそれらと戦えば、同盟はあっという間に力を失い、このチャンスを逃すだろう。

 同盟軍二百年の思いが詰まったチャンスなのである。

 それを活かすのがこの時代に生きる者の責務、そして大義だ。

 

 

 今、同盟のすべての目がイゼルローン駐留の第十三艦隊とその指揮官ヤン・ウェンリーに注がれている。同盟軍で最大戦力であり魔術師ヤンの名声は高い。

 クーデター派も反クーデター派も艦隊戦力がある。

 この均衡を決定的に破る可能性があるのが第十三艦隊だ。

 

 

 救国軍事会議からイゼルローン要塞に通信が入る。

 

「救国軍事会議臨時代表のドーソンだ。ヤン・ウェンリー提督に会議への参加を要請する」

「ドーソン大将、いやドーソン代表、クーデターという非合法手段をとった政治代表を第十三艦隊は同盟の政権と認めることはできません」

 

 丁寧に、そして断固ヤンはクーデター派の要請を断った。しかも当たり前の筋論で。

 

「当然それに従う根拠はなく、よって第十三艦隊は救国軍事会議に参加することはできません。ドーソン代表、これは個人的な意見、いえお願いですが混乱を招かないよう速やかに解散下さい」

「…… 話をする余地はあるかな、ヤン提督」

「民主的政治代表を復帰させる責任が同盟軍人にはあります。もちろん小官にも」

 

 

 話は最初から決裂している。ヤンが民主制に反するクーデターを容認するはずがない。

 ただしドーソン大将はここで意外なことを言ってきた。

 

「それではヤン提督、民主的政治代表であれば問題なく従うと言うのだな」

「もちろんそうです。それにのみ同盟軍は従うべきです」

「それでは言うが、我々はあくまで同盟の臨時代表であり近々選挙を行う予定である。恒久的独裁と勘違いしてもらっては困る。選挙によって挙国一致、帝国打倒を掲げたこの救国軍事会議が是か非か問うのだ」

「…………」

「もしもそれで同盟市民がこの会議を今までの委員制より良いと判断すれば、すなわち民主的政治代表ではないか。ヤン提督」

 

 さすがのヤンも少し返答に詰まってしまう。

 

「いえ、お言葉を返すようですが、それだけでは民主的政治代表とは言えません。きちんと法に乗っ取った選挙とはいえず、市民の信任として有効ではありません」

「それではヤン提督、仮にそう推移したとしよう。この会議が選挙で認められたと。すると君は、選挙の結果は同盟市民の意見ではないと言うのだな。これはおかしなことだ。同盟市民の意見より選挙の手続きが大事だとは。どこが民主主義だろう」

 

 ヤンはすぐに言葉を返せない。反論はできるが、ドーソン代表の言うことも理屈では通らなくもないのだ。

 

「ヤン提督、もう一つ言うが、通常なら次の選挙まで二年近くあるのは分かっているだろう。委員会の方から解散・選挙を言い出さなければ最悪それまで現在の政府見解が続くことになる。帝国と戦わないという見解がね。その二年というのが軍事的にいかに重要か君も分かると思うが」

「……」

「取り返しのつかない期間になるのではないか。二年間、同盟市民の意見が政府に反映されないのが君の守る民主主義かね」

 

 ドーソン大将は、確かに後方勤務が軍歴の中心だった。

 こういうことを考えていたとは、ただの平凡な実務家などではなかった。

 

「もしも救国軍事会議が充分な得票を得たら法改正ができる。君が何より大事とする法手続きそのものが変わるかもしれん。それでも今の手続きが重要なのか、考えてみたまえ」

 

 

 ヤンは考えざるを得ない。法そのものは、一時の大衆の熱狂を暴走させないための装置という側面もある。人の不完全さを前提としてそれを補うための。

 それを考えたら自分の方が明らかに正しい。

 しかし、もし選挙がされたらおそらく同盟の民衆のかなりの部分が会議を支持するだろう。主戦論は慎重論より燃え盛りやすい。

 

 その時、法手続きにこだわり、帝国への勝機を失ったことに対してどう反論したらよいのだ。もちろんその時の法に従っただけと言ってのけるのは簡単だが、それでいいのか。

 

 いけない、詭弁だ。

 政府を転覆したという事実だけで法的にこの会議は全てを失っている。

 主張を聞くわけにはいかず、それを叩くべきだ。

 

 

 

 

 


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