平和の使者   作:おゆ

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第五十三話489年 1月 最終決戦

 

 

 わたしもガイエスブルクでニュースを見る。

 ヤン・ウェンリーの第十三艦隊、首都星オーディン制圧、それはしてやったりだ。

 

「ふふっ、ヤン提督はやっぱりお客様になってくれました。直接お会いできなくて残念だわ」

 

 

 次にわたしの予想もしない出来事がある。

 ニュースにわずか遅れてガイエスブルクにミュッケンベルガーがやって来たのだ!

 

 オーディンを出られても、今度はガイエスブルク要塞周辺にラインハルト陣営の哨戒網がある。しかし元帝国元帥の手腕は並ではなく、難なくかいくぐって要塞に来た。

 

「まあ、ミュッケンベルガー元帥! 御無事で何よりです」

「カロリーナ嬢、まことに済まん。儂は引退して中立を守ったが、それは大間違いだった。ローエングラム公が皇帝陛下をないがしろにして国政を壟断し、簒奪をたくらむとまでは思わなんだのだ」

 

 そういって頭を下げる。わたしは慌ててそれを遮った。

 

「いいえ、ミュッケンベルガー元帥、そんなことは仕方ないことです。」

「それでカロリーナ嬢、儂だけではなくリヒテンラーデ宰相もたいそう後悔しておったぞ。令嬢に詫びてくれと言い残された。それでな、儂らはせめてできることをしたのだ。リヒテンラーデ宰相は自分の命と引き換えにそなたにこれを託したの」

 

 わたしの頭には、オーディンのいたずらっぽい老人の顔が思い浮かんだ。

 その老人にはずいぶんと困らされた気もする。

 だが帝国のために老人は誰よりも忠義を尽くした。その一生を帝国に捧げたのだ。文字通り最後の瞬間まで。それがどれほど崇高なことか、わたしには想像もできない。

 

 

 そしてミュッケンベルガーが持ってきたものを見て目を丸くした。

 銀河帝国の国璽ではないか!

 それと一つの文書があり、こう書かれてある。

 

「銀河帝国皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世、従妹の血筋であるサビーネ・フォン・リッテンハイムに皇帝位を禅譲」

 

 幼児皇帝の殴り書きのサインもされている。これで文章は正式のものだ。

 

 国璽とこの文章をもって、何とサビーネが新しい銀河帝国皇帝になれる!

 

 賊軍の汚名を晴らすなどというだけの話ではない。

 銀河帝国に対する全ての命令権を手にする。

 帝政を敷く銀河帝国はその全てが石ころの一つに至るまでサビーネのものとなり、サビーネの指先一つであらゆるものが従うのだ。帝国の巨大な行政機構は全てそのために動く。

 そして当然のごとく敵対するラインハルト陣営を賊軍に変えられる。

 

 リヒテンラーデの命をかけた置き土産はとんでもないものだった。

 わたしは直ちにサビーネのところに飛んでいく。

 

「サビーネ様、これで銀河帝国の皇帝になって下さい!」

「もちろんじゃ、すぐに皇帝になる。戴冠式なぞせんでもよいぞ。妾はそんな冠なぞなくとも、見栄えが悪うはないからの」

 

 さすがはわたしのサビーネ様だ! 逡巡とか遠慮とか、そういったものからは無縁だった。

 堂々たるものだ。

 見栄えに関する自己評価も今まであまり聞いたことがなかったが、今まで言う必要がなかったというだけで、決して低いことはなさそうだと発見した。

 

 しかしサビーネの次の言葉はわたしを少なからず驚かせた。

 

「そこで皇帝になった時、カロリーナにも命ぜねばならぬ。帝国宰相じゃ。それでなくば軍務尚書じゃ。よいか」

「えっ! それはサビーネ様、わたくしには地位など考えたこともなく」

 

 これは混乱せざるを得ない。そんな地位や肩書など欲したこともなく、考える暇もなかった。第一わたしはそんな柄ではない。伯爵令嬢というのにも最近慣れてきたばっかりなのに。

 

「ミュッケンベルガー元帥も、メルカッツ提督もいます。サビーネ様、もしわたしにその地位を命ずるなら臨時とか代理とか付けて下さい」

「何じゃそれは。カロリーナ、軍務尚書代理とは何とも締まらん肩書よの」

「とにかく次に勝つまで、臨時でしたらお受けいたします」

 

 

 

 ラインハルトの方でも寝耳に水の驚愕のニュースだった。

 

「何! 何だと! オーディンが、叛徒の軍にか」

「そのようでございます。ローエングラム元帥閣下。叛徒の軍は一個艦隊、第十三艦隊とのことです」

「くそ、一個艦隊で来たというのか。さすがにヤン・ウェンリー、奴は並みではないそれでオーベルシュタイン、オーディンの様子はどうだ」

 

 姉上、アンネローゼはどうなんだとはさすがに口に出さなかった。

 もちろん心情としてはそれが全てを占める。オーディンの占める位置、経済力、戦略的影響を考えるのはその次だ。

 

「叛徒は艦隊で囲むだけで、オーディンの地上には降りていないようです。兵を送り込む様子は今までのところありません。それのみならず、『気にしないで通常通り活動してほしい』とまで通信を送ってきたとか」

「ふざけているのか。それで安心などできない。オーディンを早急に解放せねばならない」

「元帥閣下、既にシュタインメッツとクナップシュタインの両提督をオーディンへ送っております。また、ワーレン提督の残存艦隊もあれば、敵よりも既に戦力上優位にあります」

 

 そんなことで安心できるか!

 ラインハルトは叫び出したかった。もしも姉上に何かあれば、宇宙を手に入れても何になろう。

 

「しかも元帥閣下、一個艦隊で帝国領を保持などできるわけがありません。いずれは撤退する軍です。イゼルローン回廊から敵の増援が来ている情報はありません」

「しかし叛徒全軍をあわせた総数は、どのくらいになろうか」

「アムリッツァで撃ち漏らした艦隊が思いのほか多く、敵は総数で九から十万隻程度の動員が可能と試算しております。ですが彼らの政体ではまとめて適切に運用できるかどうか」

 

 オーベルシュタインはさすがに同盟側の政治形態などにも一定の知識がある。またきちんと情報収集は怠らない。

 

 

「……そうだとしても早急に決める必要がある。直ちにオーディンを解放するために戻るか、一戦してガイエスブルクに籠る貴族を滅ぼしてから戻るか、二つに一つだ。ここで長期戦をするという選択肢はもはやない」

 

 早く戻りたい。姉上に何かあってからでは遅すぎる。

 しかし叛徒の政府にクーデターを起こすという策はどうなったのか。たぶん失敗したのだろう。考えが甘かったか。

 ラインハルトはアーサー・リンチが同盟領に戻れなかったことを知らなかった。身代わり工作員が立てられていたからである。そのためクーデター作戦が書かれた冊子はただの紙クズとなり果てている。

 

 

 結論を一日持ち越しているうちに事態は更に悪化した。

 今度はサビーネの皇帝即位の情報が入ってきたのだ。

 

「何だと! 国璽と皇帝位禅譲の文書、そんなものが向こうにあったのか…… だが今さら皇帝など名乗ったところで戦力の足しになどなるものか。そうであろう、オーベルシュタイン」

「さようです。閣下。ですがこちらの将はともかく末端の兵には少なからず動揺をもたらすでしょう。それに今後の国家運用に支障をきたすのは必定です」

「だがこれで方針は決まったな。迷う必要がないのはむしろ気分がいい。とにかくガイエスブルクの貴族を速やかに打ち滅ぼす!」

「御意。閣下、しかしこれはまたとない幸運かもしれません。ヨーゼフ幼帝を廃すれば皇帝位を無理に簒奪したとの汚名は免れませんが、ここでガイエスブルクを徹底的に破り、サビーネ・フォン・リッテンハイムを捕らえれば皇帝位を自ら譲り渡させることも可能でしょう」

 

 

 そうと決まればただちに貴族との決戦だ。

 ラインハルトに闘志が甦った。顔が紅潮する。

 

「キルヒアイス、わかっているだろう。決戦だ。負けられない戦いになる!」

「そうですね、ラインハルト様」

 

 オーディンを叛徒に囲まれている。猶予はない。絶対に勝つ必要がある。

 短い言葉だがお互いにわかっている。

 これはアンネローゼを守る戦いだ。二人の聖戦なのだ。

 

 今まで伯爵令嬢のことが気にかかっていた。できれば殺したくない。

 その思いが戦いへの見えざるブレーキになっていたのかもしれない。それが知らず知らずのうちに覇気を鈍らせていたのだ。

 しかしそんなことは今やどうでもいい。アンネローゼに比べればさしたる問題ではない!

 今、ラインハルトは覇気に輝く。

 

 

 ラインハルト陣営は全軍をガイエスブルク前に布陣した。

 短期決戦の構えだ。多少の犠牲は覚悟の上。

 もしも貴族側が出てこなければ多方面から同時侵攻をかける。

 ガイエスブルク要塞自体には艦砲は無意味だ。ガイエスハーケンで多少の犠牲は出るだろうが、とにかくレーザー水爆で宇宙港だけは潰す。そうして艦隊を閉じ込める。

 そこまで行けば、後は出方を伺いつつ白兵戦力の大規模投入だ。

 ガイエスブルクの貴族側は要塞の大きさや艦艇数に比べて白兵戦力に乏しいことは分かっている。末端の平民兵士の数に限りがあるからである。攻略は不可能ではない。

 

 後から取り付けたのだろうか。見ると何やら要塞に武器のようなものを多数取り付けてある。だが注意すべきはガイエスハーケンのみだ。通常武器なら艦隊からでも狙って破壊できる。対処できないものではない。

 

 もしも貴族側が艦隊を出して決戦に応じるならそれも良し。

 

 ラインハルト陣営方が明らかに戦力は多い。それは少なくない差だ。

 しかもミッターマイヤーやロイエンタールを始めとした麾下の提督たちの力量は申し分ない。

 ガイエスハーケンの射程内に決して入らないよう気を使う分だけ戦いにくいが、そんなハンデなどものともせず勝ちにもっていけるだろう。

 

 

 ラインハルト側の動きを察すると果たして貴族側は艦隊を出してきた。総数三万九千隻、先の戦いで修理不能艦を廃棄し、おそらく全軍である。

 望むところだ。

 ラインハルト陣営はシュタインメッツらをオーディンへ派遣した分を差し引いても五万隻を残している。

 

 戦いは通常通り長距離砲戦から入った。

 

 やはり貴族側艦隊はガイエスハーケンの射程を考えて要塞から突進してこない。不利になればガイエスハーケンの傘の下に戻れるという算段だろう。

 長距離砲戦をしながらお互いに動きや艦型データから各提督の居場所を突き止めにかかった。

 

 ラインハルト陣営には自身の本隊、ミッターマイヤー、ロイエンタール、ビッテンフェルト、アイゼナッハ、グリルパルツァーの諸提督の艦隊がいる。

 

 対する貴族側には伯爵令嬢本隊、メルカッツ、ファーレンハイト、ルッツ、メックリンガー、ケスラー、ビューローの各艦隊が展開している。今回ミュッケンベルガー元元帥は艦隊戦に参加せず、要塞のサビーネのところに残してある。

 

 貴族側艦隊が先に動いた。陣形を変え、意外なことに短期決戦の横陣である。

 

「なぜだ。通常なら罠を仕掛けやすい縦陣を取るだろうに。ガイエスブルクの方でも短期にせざるを得ない事情でもあるのか。ともあれこれで勝ちは疑いないが」

 

 ラインハルトはそう言い、同様に横陣をとる。この態勢では諸提督の力量と艦数の差が直接結果に出るのは明白だ。

 

 

 先陣を切って仕掛けてきたのはやはりミッターマイヤー艦隊だった。

 得意の一糸乱れぬ艦隊運動で相手を乱し、重く回復不能な打撃を与えようとする。これに対処するのはまたルッツになる。

 

「ミッターマイヤー提督の艦隊行動に惑わされるな。ただ一点だけを静かに待て。焦れて分艦隊を出してきた時がチャンスだ。先に分艦隊を叩いて戦力差を縮めていけば」

 

 しかしミッターマイヤーもそれは読んでいた。あくまで艦隊を崩さず狙いを絞らせない。

 

 

 別の場所ではビッテンフェルトの猛攻にケスラーが対処していた。ケスラーはさすがに艦隊の要となるポイントを容易にはつかませない。各小隊を動かして相手を幻惑させ、突入のタイミングを狂わせていた。

 しかしビッテンフェルトはそれで諦めるような人間ではなかった。

 

「ええい、どこに行ったらいいかわからないなら、どこでも同じということだ。とにかく突入せよ!」

 

 こんな無茶な命令もないが突入態勢をとった。それが思わずケスラーの意表を突いてしまう。

 

 

 ロイエンタールとメルカッツは対峙しながら互いの力量を知る。

 

 向かい合ってから、時に激烈に、時に静かに戦いをすすめていた。しかしメルカッツには大いに不利なことがある。先の戦いで艦載機の大半を失っていたのが痛すぎる。得意の近接戦法に持ち込むことができないまま消耗戦に引きずり込まれてしまう。

 

 

 ラインハルト本隊とわたしのカロリーナ本隊同士がぶつかり合って戦いに入った。これは初めてのことだ。どこが中核とも知れない横陣だからこそ生じた戦いだ。

 わたしはひたすら柔軟防御の態勢をとる。相手は天才ラインハルトにキルヒアイスなのだ。まともに攻めて勝てるとは思えない。守って守って守るしかない。

 だが思いもよらないところから攻勢が来ることもしばしば、気を抜けばあっという間に破られる。

 

「ふむ、やはり伯爵令嬢は強いな。だがこちらへの対処ばかりで余裕はないはずだ。押していけばいずれは破綻させられる」

 

 戦いの天才ラインハルトはそう見た。キルヒアイスも全く同意見である。

 

 

 第三次ガイエスブルクの戦いが始まった。

 ラインハルト陣営と貴族側艦隊、お互い最後の戦いになるだろう。

 

 その第一幕はラインハルト側が圧倒的に有利な態勢を作り上げている。

 

 

 

 


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