平和の使者   作:おゆ

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第四十四話488年 9月 第一次ガイエスブルクの戦い~諸将の奮戦

 

 

「万事手筈通りだ。ここが貴族どもの墓場になる」

 

 ラインハルトが言う。さほど高揚も感じさせない声だった。ラインハルトにとってこれから行う決戦は部屋の掃除と同じこと、冒険でもなんでもなく、ただの作業に過ぎない。

 

「先ずはミッターマイヤー、卿に頼みがある。料理の下準備を頼む」

 

 横に立つキルヒアイスが思わずクスリとしてしまった。

 ラインハルトの言い方、あの伯爵令嬢に似ている。感化されたのだろうか。

 

「お言葉通り、とりあえず敵を引き延ばせるだけ引き延ばします。しかしローエングラム公、料理の方もお任せ下さいますよう」

 

 ミッターマイヤーの方も淡々と答える。

 しかし、さすがに大きな戦いを前にしている以上、緊張した面持ちは隠せない。決戦は規模だけ見れば叛徒とのアムリッツァ会戦より大きいのだ。

 

 ここにはロイエンタール、ミュラー、ビッテンフェルト、アイゼナッハ、ケンプ、シュタインメッツ、クナップシュタイン、グリルパルツァーの各艦隊司令が揃っている。また、他にもラインハルトの傍には副官のようなキルヒアイス、幕僚長としてのオーベルシュタインが付き従い、またラインハルトの本隊直衛としてアルトリンゲンなどの中級指揮官もいる。

 

 全軍でガイエスブルクに向け出動する。

 

 

 ついに壮大な作戦が始まった。

 ガイエスブルクから出てきたリップシュタット貴族連合十万隻以上の大軍に、一万ニ千隻のミッターマイヤー艦隊が先頭を切って仕掛ける。

 当然、十万隻からすればこの一個艦隊すら小勢のエサに見え、我先に挑みかかった。

 ミッターマイヤー艦隊は怯えたように算を乱して後退していく。

 もちろんそれは哀れなエサを装う擬態だ。

 貴族連合艦隊の中でもその擬態を見抜いたものがいないわけではなかったが、下手に踏みとどまれば味方の濁流に飲み込まれてしまう。

 貴族連合の十万隻はとにかく前へと進む。この巨象が動き出したら止まらない。

 ブラウンシュバイク公は艦隊指揮といえば弱者をいたぶる時にしかしたことがなく、今も小勢を追い回す自分の艦隊にご満悦だ。圧倒的な力の前に敵はひれ伏すものであり、そうなる未来を少しも疑ってなどいない。

 

 横にいる甥のフレーゲルも言う。

 

「平民の艦隊など所詮こんな程度。我ら帝国貴族のような矜持も無く、無様なもの。戦いには勢いが大事です、叔父上。この勢いのまま一気に打ち滅ぼせば!」

 

 十万隻の軍には、かさにかかってどんどん先へ進んいんでいく隊もあり、比較的慎重な隊もある。そういう差がみるまに広がってきた。

 ブラウンシュバイク家の持つ艦艇で構成された本隊はさすがに三万隻ほどのまとまりがついていたが、その他は一万隻弱のいくつかの固まりに分散してしまった。連合軍というのは得てしてこういうものだ。

 

 ここまで引きずり回し、役目を果たしたミッターマイヤーは言う。

 

「少しうまくやり過ぎたか。うっかり敵が無能過ぎるのを忘れていたようだ。分断したはいいが、それぞれが離れ過ぎてしまうとは。これでは味方も連携が難しい」

 

 思わず苦笑してしまう。敵である貴族連合艦隊は数が多いだけであまりに無能だ、思った以上の結果となった。ふと逆に有能すぎる敵、あの伯爵令嬢のことを思い浮かべる。ここに伯爵令嬢はいないようだが、今どこにいるのだろうか。キフォイザーやガルミッシュ要塞から進発しているはずなのだが。

 

 

 状況を見て、いよいよラインハルトが総攻撃の指示を下そうとしている。

 どのみち勝つのは分かりきっていたラインハルトであったが、それでも作業が必要なのは間違いない。

 

「全軍、突撃!」

 

 麾下の提督たちがそれぞれ獲物を求めて宇宙を駆ける。

 貴族艦隊など一隻残らず撃滅してくれる、その気迫を持って。

 

 

 

 そんな戦場を遠巻きに俯瞰している一団があった。

 ファーレンハイト、ルッツ、メックリンガー、ビューロー、それとガイエスブルクから合流したケスラー、遠くフェザーンから帰還したベルゲングリューンたちである。艦はリッテンハイム家のいわば借り物の艦隊だが、この頃にはもう自由に采配することができている。

 

「伯爵令嬢の命です。貴族を助けて逃げ道を作ってやらなければなりません」

「それでは、ローエングラム公麾下の各艦隊がどこに向かってるか見極め、それを叩くことに」

「仕事に取り掛かりましょうか」

 

 それぞれの言葉はケスラー、ビューロー、ベルゲングリューンのものだ。

 ファーレンハイト、ルッツ、メックリンガーも続けて意見を言う。

 

「しかし、思い切ってこの三万三千隻を分けず、手薄になったローエングラム公の本隊を急進して襲うのも、面白いと思うが……」

「そうすると危険もありましょう。ローエングラム公とその腹心キルヒアイスの戦術手腕は計り知れず、どのような手を打たれるかわかりません」

「ローエングラム元帥の相手をするのはカロリーナ様を待とう。どのみち目の前の貴族を見殺しにもできんだろうし」

 

 ファーレンハイトの案にルッツは否と応えた。それはキフォイザー星域の戦いを見ていることも多分にある。

 兵力分散の愚は承知の上、だがこの場合は貴族艦隊の逃げ道を作ってやるために敢えてそうする。それに貴族と将兵の命を救うのが伯爵令嬢の命令だ。

 それぞれの戦場を見定めると、分かれて戦う。

 

 

 今、ファーレンハイトが見ている戦場は酷いものだった。

 貴族側の艦隊は既に四分五裂に崩されているではないか。数だけは八千隻ほどもあったが、もはや軍勢の形をなしていない。

 的確な攻撃に混乱させられ、右往左往しているばかりだ。

 そうやって崩すのが向こうの将の狙いに見える。混乱が加速度的に増し、その極みに達するのを待ち、最後にまとめて料理するのだろう。

 そういう巧緻な用兵をしている。

 その敵はローエングラム公ラインハルト麾下の将の一人、ミュラー中将であった。艦艇数は一万一千隻もあるだろうか。

 

 ここに烈将アーダルベルト・フォン・ファーレンハイトと守将ナイトハルト・ミュラーとの戦いが始まる。

 

「何だこの新手は…… 貴族側にも良い将がいるようだ」

 

 相対して直ぐに互いの力量がわかる。

 ミュラーには意外だった。無様なほど脆い貴族の軍に今度は整然とした新手が加勢に付いたのだから。能力も数も劣る貴族艦隊八千隻など難なく片付けられると思っていたのに。新手は艦艇数としては七千隻ほどだが、明らかに貴族艦隊とは別格の統率がある。

 

 互いの艦隊がゆっくりと近づく。ゆっくりと。

 

 気を高めあいながら近づく。攻勢の苛烈さで勝負が決まる。その火力と正確さで。

 勝負は一瞬。

 宇宙が急に白熱した! 互いのビーム、レールガンが宙を染め上げ、ついでシールドがエネルギーの暴虐にまばゆく光る。

 

 軍配はファーレンハイトに上がった。艦数では劣るものの攻勢の苛烈さでミュラーを上回り、その自慢の防御をかき乱すことに成功したのだ。

 ミュラーの乗る艦隊旗艦リューベックまで被弾してしまう。

 それを知るとミュラーは躊躇なく乗り捨てて、新たな乗艦を旗艦と定め、反撃に出ようとする。

 

 ファーレンハイトは長く戦闘をする気はなかった。

 この一撃で充分と考えたのだが、貴族艦隊が逃げるのが予想より遅いのがわかる。

 助けに来るのが早すぎたのか? 貴族どもはもう少し痛い目に会っていてれば逃げ足も早かったろうに。

 仕方がない。もう一度だけ攻勢に出て突き崩そう。ミュラー艦隊の一点めがけて突進する。

 しかしファーレンハイトに今度は意外な結果が待っている。

 破れない。

 艦列の隙間に入ったはずなのに素早く先が埋められている。方向を変えようにもちょうどその方向に布陣が厚くされているではないか。

 恐ろしく巧緻な柔軟防御、そのまま取り込まれ撃滅されることがないのはさすがにファーレンハイトであるが…… 息苦しい。まるで網を二重三重にかけられている気分になる。

 

 やるな。この守りは只者ではない。

 

 損害はまだ多くないというものの、しかし突破も分断もできない苦しい状態で艦隊運動を続ける。

 

 どちらが不幸だったろう。

 たまたまファーレンハイトの向かう先にミュラーがいた。そしてその乗艦は防御が弱かった。本来の艦隊旗艦ではなく普通の戦艦だったからである。

 ファーレンハイトの攻勢にシールドを破られ、艦橋に直撃を食らってしまう。

 強い衝撃に機材の破片が散らばり、その中にミュラーは倒れた。担架で運び出される。

 

「艦を移し、そのまま司令部を維持…… 」 と言いかけたが意識が混濁した。再び意識を取り戻すのは戦闘が終わって数日後のことになる。

 

 ファーレンハイトはそんな様相を知らず攻撃を続行しようとしたが、ふいに斜め後ろからビームを食らった。

 

「何だ?」

 

 それはミュラー艦隊のものではない。狂騒に走った貴族の艦隊のものであった。もちろんミュラー艦隊を狙ったものであるが、ファーレンハイトの艦隊運動が速いのと照準が悪いのとでたまたま流れ弾になったものだ。

 これでファーレンハイトの気が削がれ、目的である貴族艦の脱出支援という目的を達するとそのまま撤退した。

 

 

 

 その頃、違う場所でも激戦が展開されていた。

 メックリンガーとその艦隊七千隻が向かった戦場は異様な様相を呈していた。

 

 そこではラインハルト麾下の一艦隊が、やはり一方的に貴族側の艦隊を討滅していたが、異様といったのはその戦い方である。

 艦隊が突進してとにかく突き破るというもので、艦隊運動というよりは直線的な猛進だ。

 貴族連合艦隊を突き破ったらまた反転して再び突進してくる。貴族側はもはや怯えてしまい、何をしても突破されることを学習して気力を全く失っている。鋭鋒から悲鳴を上げて逃げ惑うばかりだ。

 

 またその突進する艦隊は色も変わっていた。全艦漆黒に塗られている。

 数はちょうど一万隻、ここにいる貴族連合艦隊一万二千隻を壊滅に追いやろうとしている。

 

「ふむ、これでは黒い猪とでも言ったところか」

 

 ばらばらにされて戦力ともいえなくなった貴族連合艦隊の代わりにメックリンガーが交戦に入る。

 

 ここに賢将エルネスト・メックリンガーと猛将フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトが会いまみえる。

 

 メックリンガーは初めビッテンフェルトの突進を受けてしまった。

 辛うじて避けられたが、正面から受けると想像以上の迫力だった。

 どんなに反撃しても相手は怯むことも止まることもないのだ。何をしても無駄と思わせる圧迫感が半端なかった。

 

 再び突進をしてくる相手にメックリンガーは手を打った。

 わざと艦隊の中央部に艦を密集させたかたまりの部分を作り、囮として使う。

 すると予期した通り、単純にもそこへ敵の黒い艦隊が突進してきた。反撃をせず逃げるだけを予め命じていたので、囮の方はひらりとかわす。

 

「むしろ闘牛士の気分だ」

 

 しかし、メックリンガーはこれでわかった。

 その黒い艦隊はわざわざ相手の一番強そうなところを目がけて突進し、必ず破ることで効果を上げている。戦力的にも、精神的にも。

 決して艦隊運動自体が優れているわけではない。

 

 次の突進が来た。これで仕留めると言わんばかりの決して立ち止まらない猛進だ。

 メックリンガーは精緻な計算をしている。今度はタイミングをギリギリまで見計らい、本当の紙一重で避け、その瞬間から激しく横撃を加えた。

 ぴったり追いすがりながら、間断なく横撃を続け、逃さない。

 さすがの黒い艦隊も損害は大きい。メックリンガーの狙い通りたまらず回頭を始めるが、しかしそういう急角度の艦隊運動には慣れていないのだろう。早く回頭できた艦、遅くなった艦、編隊がみるまに乱れていく。そこを的確にクロスファイヤーで倒していくのだ。

 

 互いの艦隊が離れた時には明らかにメックリンガーの方に分があり、充分に目的を達成したとみたメックリンガーは悠然と撤退した。

 

「リズムとタイミングは演奏の基本、いや、どんなことでも同じではないかな」

 

 

 

 

 


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