平和の使者   作:おゆ

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第三十九話488年 4月 ベルゲングリューンの旅

 

 

 それと時を同じくして、遥か彼方を旅している者がいる。

 

 初めに受けた指示通りにベルゲングリューンが遠くフェザーンを目指していた。

 ランズベルク領はイゼルローン回廊に近い位置にあり、フェザーン回廊とは非常に長い距離がある。航行を続け、やっとその外縁までたどり着いた。

 

 ベルゲングリューンはしばし瞑目する。

 今回命じられた作戦は小さいといえば小さいものだ。

 

「フェザーン回廊の叛徒領側出口から、航路に沿って帝国軍の艦艇を押し出して下さい。もちろん無人艦です。最少二、三隻でもかまいませんが多い方が結構です」

 

 これはあまりに奇妙な作戦だ。

 貴族連合とローエングラム公が決戦をしようというこんな時期も時期。

 しかも内容が突飛すぎて意味がよく分からない。

 ベルゲングリューンはもやもやと疑問を抱き続けるよりも、率直にその目的を聞く方を選んだ。

 

「伯爵令嬢、これは一体何の作戦でしょうか」

「んー、それは簡単に言うとですね、叛徒の政府に危機感を持たせるためです」

「叛徒の政府に危機感ですと!?」

 

 ベルゲングリューンはオウム返しにするしかなかった。余計に意味が分からない。帰属連合でもなく、ラインハルト陣営でもないとは。しかも何の危機感で、それでどういうことになるのか。

 

「そうです。叛徒の政府に帝国軍の侵入を見せつけるのです。そうすれば危機感のため向こうに内乱が起きるのが多少とも防げるでしょう」

「叛徒の方でも内乱などあるのですか? こちらと時を同じくして。向こう側には皇帝も貴族もないと聞いていますが?」

「人の信念、政府の権力、こういったものはどこにでもありますわ」

「それはわかりました。しかし内乱をなぜ防ぐのですか? 叛徒同士で争うなら放置すればよろしいのでは?」

 

 民主主義のためよ、とはこの場では言えるはずがない。しかし、この作戦は本当に大事なことなのだ。

 

「叛徒、いえ自由惑星同盟と言い換えますが、彼らの力を借りることも出てくるでしょう。この宇宙にローエングラム元帥と戦える力があるのは自由惑星同盟しかないのですから」

「わかりました。正確にはよくわからないところもありますが本作戦を遂行いたします」

 

 

 作戦内容はこの場合戦闘よりも欺瞞が主である。

 先ずはいくつかの艦艇に偽装工作を施す。偽装といってもこの場合は艦にすっぽりと覆い被せて大型の輸送艇のように見せかけることを意味する。

 ベルゲングリューンほか兵はみな軍服を脱いで、民間宇宙船乗りの平服に着替えた。

 

 最初の関門はフェザーンの帝国側検閲所であり、ここを抜けなくてはフェザーン回廊に入れない。

 

「輸送艇十隻、及び警備艇五隻、併せて十五隻通過許可願います」

「そこそこ大きい船団だな。それで、到着予定地は?」

「フェザーンの同盟側検閲所付近、そこで積み荷の交換を行います」

 

 ここからは叛徒という言葉は使えない。フェザーンは帝国に属するとはいえ、同盟とも通商関係にあり、というよりその通商が生命線だ。何食わぬ顔で通行許可を求めるベルゲングリューンもそれに倣う。

 

「艦艇重量が…… えっ、これは大きいが、積み荷の種類は?」

「ハイドロメタル精製品、けっこう重いやつです」

「なるほど結構、それでは禁輸品がないか臨検を行う」

 

 外部検知装置で艦艇総重量を測った検査官がそう言ってくる。

 そして一定重量を越えるものには臨検が必要になる。高度工業製品、特に軍事用に転用できるものは当然だがフェザーン回廊に持ち込むことはできないのだ。

 むろん、この場合それどころではなく、戦闘艦艇そのものなのだ。

 絶対に臨検などされるわけにいかない。

 

 

 ここでベルゲングリューンはニヤニヤしながら手をカバンに突っ込む。

 

「ちょっと急いでるんで、なんとかなりやしませんか?」

 

 カバンのわずか開いた先に、金色の小粒が詰まっている。

 スクリーン越しでもチラリと見えるようにカバンの先の角度を調整する。

 

「ふむ、今日は輸送艇が普段より多いな。業務の都合上、報告書を提出のみとする」

 

 いつの時代であっても賄賂はその金額に見合った仕事をしてくれる。

 

 ベルゲングリューンはその賄賂を持って検閲所に向かった。

 検閲所でベルゲングリューンはやや危ない物を取引して稼いでいるオヤジを装う。立派な髭を持ち、年齢の割には老けて見える風貌を最大限利用したのだが、自分の小悪党姿が全く疑われないことに逆に不満なのは口にしない。

 

 賄賂を渡したらそのまま通過、次はフェザーン自治領首都星フェザーンである。

 

 

 フェザーンの富と繁栄の象徴、軌道エレベーターから地表に降り立ったベルゲングリューンは目を回すことになる。

 

 なんだこの華やかさは!

 

 これが二大国家間の中継貿易の利を貪るフェザーンの繁栄か。

 オーディンはもちろん古くからの荘厳な建物は数知れない。建物の数自体も多い。

 しかし、このフェザーンと比べたら、古びた都と言うにふさわしい。

 フェザーンにはオフィスや商店が立ち並び、その建物も近代的で、強化ガラスがふんだんに用いられている。

 何よりも種類豊富な商品が所狭しと陳列されているではないか。

 人々も明るい顔で歩いていて、気のせいか声の音量も大きい。

 

 品性においてはオーディンが勝るかもしれないが、活気と人間らしさではフェザーンが断然上だ。

 夜になると更に差が際立つ。

 フェザーンのライトがこれでもかというほど街を照らし出す。

 そこで見えたものにベルゲングリューンは仰天した。

 なんと街角に賭博のオッズが掲げられていたとは、そしてその中身が重大である。

 

  ローエングラム元帥:  倍率1.2

  リップシュタット陣営: 倍率3.8

 

 ここフェザーンでは宇宙の覇権さえも賭け事の対象なのか!!

 自分たちの明日に直結する出来事ではないか。何だろう、この自由さとユーモアは。

 

 しかも倍率を見ると、ローエングラム元帥が圧倒的に優位と喝破しているのだ。

 

 その下のニュースもまた驚かせる。

 

「昨日から今日にかけ、ローエングラム元帥倍率は大幅に変化」

「アルテナ星域においてカロリーナ・フォン・ランズベルク、ローエングラム元帥のミッターマイヤー艦隊を撃破」

「無敵の女提督、戦力を率いてついにリップシュタット陣営に参戦か」

 

 次々に流れる最新のニュース、この時点ではベルゲングリューンさえも知らなかったことなのに。

 

 

 宇宙にはこういう不思議な場所もあるのかと思いながら、急ぎベルゲングリューンはフェザーンを離れ、今度はフェザーン回廊の反対側、同盟側検閲所を目指す。

 またしても賄賂を渡すオヤジを演じた。二度目になれば慣れたものだ。

 同盟領に入るといち早く輸送艇に偽装したものを偽装を解き、無人のまま航路データを入力し発進させた。

 

 あとは逃げ帰るだけ、ちょっとは困難かもしれないが、もう下手な演技などしなくていいので気は楽だ。

 

 

 全速で引き返す。検閲所も強硬突破、フェザーンにも寄らない。

 補給物資は行く道でたっぷり買い込んである。

 しかしそれでも、フェザーンの警備隊が急を聞いて集まってくる。フェザーンは無用に帝国の警戒を招かないよう、軍備は海賊を追い払うのに必要な大きさの艦艇しか持っていないが、小さな艦艇でも数がそろえば手強くなる。

 あえて逃げなかった。

 ベルゲングリューンの五隻の統一した攻撃で一気に相手十隻も葬る。警備艇が怯んだところを堂々と押し渡る。ベルゲングリューンは目立たないが指揮官として一流の能力を持ち、警備艇相手の戦いなら危なげなく進められる。

 結局フェザーン警備隊はベルゲングリューンが帰るに任せた。何の目的か不明だが、フェザーンに攻め寄せるわけでもない以上、帰るならわざわざ追う必要はない。

 

 

 その少し後、同盟政府は大騒ぎになった。

 帝国軍の軍艦が同盟領に十隻まとめて出現である。しかも全て無人で。

 航路はなんとフェザーン回廊からというデータが残っていた。

 帝国軍の意図はどうにも分からない。

 

 だが、帝国軍がフェザーン回廊から来たという事実が問題なのだ。

 直ちに警戒レベルを上げ、帝国軍の動きに備えざるを得ない。フェザーン方面にはボロディン中将の第十二艦隊を向かわせて警戒に当たらせた。

 イゼルローン方面には既にヤン・ウェンリーの第十三艦隊がいる。

 そこへ更にアップルトン中将の第八艦隊、ウランフ中将の第十艦隊をシャンプールからエルファシルまで移動させて備えた。

 

 

 

 ヤン・ウェンリーは独り考える。

 こんな妙なことをして利を得るものは誰か。フェザーンではない。もちろんラインハルトでもない。

 今、同盟を刺激し、軍事的に警戒させることに何も利点はないではないか。

 とすれば消去法で残るはリップシュタット陣営、具体的にはあの小柄な伯爵令嬢だけということになる。

 

 伯爵令嬢は捕虜交換式典でアッテンボローに帝国の工作員を妨害すると言ってきたらしい。

 たぶんそれは事実で、やってくれたに違いない。何も証拠はないが信じるに値する。

 それに加えてこの事件だ。これほどの緊張と警戒態勢があれば、同盟軍の軍事的暴発、すなわちクーデターは起こしようがない。伯爵令嬢の狙いはこれか。しかしそれは素直にありがたいことだ。

 

 ただし、それだけなのか。

 

 

 

 


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