平和の使者   作:おゆ

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第二十三話483年12月 いつか、また

 

 

 ブラウンシュバイク公の前衛艦隊は驚いた様子を示したが、無理することなく逃げ帰った。

 

 それを確認した後ヘルクスハイマー艦隊の総司令官がランズベルク艦隊との交信を求めてきた。

 こちらの艦橋のスクリーンには白髪の武人の姿が現れる。これがヘルクスハイマー側の総指揮官らしい。こちらがただの少女であることを見て取ると少なからず驚いたようだったが、それには触れずに率直に本題に入ってくる。

 

「失礼ですが、ブラウンシュバイク公の本隊が間もなく到着する状況ですので手短かに申し上げます。先ずはランズベルク艦隊へ感謝いたします。領民を守るべき我々の艦隊が狼藉に対し何もできずにいました。お恥ずかしい次第です。ランズベルク艦隊が我らの領民を助けてくれているのを見てようやく誇りを思い出しました」

 

 ここからが重要な話なのであろう。目に力が入った。

 

「結論を申し上げます。先ほどからの一連の戦闘については、わが艦隊が早とちりして仕掛けてしまったものです。偶然にもヘルクスハイマー領に紛れ込んだ不明艦隊と戦闘に及んだのは遺憾に思います。正式な交信がないので不明艦隊としかわかりませんが。つまり、そちらの艦隊にとっては事故に過ぎません。ともあれ後の始末は我らがいたしますので、ランズベルク艦隊には早急にお引き取り願いますよう」

 

 それきり、一方的に交信が切られた。

 わたしにも言いたいことは分かる。単純なことだから。

 今回の戦闘がブラウンシュバイク公の怒りを引き起こすことは必須、その怒りの矛先をヘルクスハイマー艦隊が引き受けようというのだ。

 領民を助けてくれたランズベルク艦隊を逃がし、守るために。

 

 おそらくこれから彼らは全滅覚悟の一戦をする。

 だが、その前に恩は返す。ヘルクスハイマー艦隊の誇りにかけて。

 

 

 

 ただし案外と早いうちにブラウンシュバイクの本隊が見えてきた。傷ついた前衛艦隊の報告を聞いて、足を速めたのに違いない。それも収容し艦艇数三万隻以上の威容を誇る大艦隊である。

 そこに旗艦ベルリンさえ含まれているからには、ブラウンシュバイク公自身が出てきているのだろう。

 

 わたしの見るスクリーンが艦艇で一杯に埋めつくされた。おそらくブラウンシュバイク公の持つ全艦隊の半分もでもないと理性では考えながら、そんなことは何の慰めにもならない筆舌に尽くしがたい圧迫感と絶望感、いやもはや非現実感しかない。

 

 その超大艦隊から問答無用でビームの束が降り注いできた。映しているだけのスクリーンそのものが白熱しているかのようだ。

 まだイエローゾーンでもなく、距離があるため実害はない。

 ランズベルク艦隊は急ぎ最も防御力の高い艦を前に出す陣形で対処する。ヘルクスハイマー艦隊は不思議にもそういう動きはしていない。

 

 いったん攻撃が止んだ。

 

 その刹那、ヘルクスハイマー艦隊が突進してランズベルク艦隊の前を覆った。

 包囲攻撃などではない。

 艦はみな、ランズベルク艦隊に背をさらし、ブラウンシュバイク艦隊にまっすぐ向いている。これはどう見てもヘルクスハイマー艦隊はランズベルク艦隊を守る態勢だ。

 

 

 

 そんなところへブラウンシュバイク艦隊から交信が入ってきた。

 

「我が艦隊の邪魔をする不埒な者ども。せめて宇宙の塵になって罪を贖え」

 

 それはブラウンシュバイク公から一方的かつ無慈悲な話であった。交渉ではなく、ただの宣言ではないか。

 ヘルクスハイマー艦隊が返信を送る。

 

「お待ちください。ブラウンシュバイク公爵様。ランズベルク艦隊は先の和約のために偶然居合わせただけにございます。今回の不幸な事件の責は当へルクスハイマー艦隊にあります」

「ふん、だから何だ。下らんことを申すな。どうするかなど儂が決め、その通りになるだけのことではないか」

 

 わたしとしてはヘルクスハイマー艦隊の好意に甘えているわけにはいかない。

 気力を振り絞り、大貴族ブラウンシュバイク公に訴える。

 

「お話しがございます。ブラウンシュバイク公爵様。ヘルクスハイマー伯領地は豊かで、工場も多く、立派な艦隊があります。そして当家はヘルクスハイマー家と交わしました先の和約の通りここに権利があり、そして順番で言えば当家が先でございましょう」

「今更何をいうか、戦端を開いておいて。そして権利を実行する力があるとでも申すか。こちらにはあるが。」

「そんな、力をもってして、というのは帝国の法にもとります。他の貴族や、帝国政府や、多くの人たちに判断を仰ぎとうございます」

 

 だが、話は通じない。

 強者は弱者に遠慮などしない。

 

「ふん、今度は脅しか、ランズベルク伯爵令嬢。そちらの親しいリッテンハイム侯は今回のことには及び腰だ。残念だろうがあてにはできんぞ」

「いいえ、ブラウンシュバイク公爵様。そのようなこと考えてもおりません」

「殊勝なことだ。今さら怖くなったか。それなら直ちに退去せい。せめて追わないでおいてやる」

「ただし、その権利がどうなるにせよ、どう扱われるか見守ることくらいはお許し頂きとうございます」

 

 ここでようやくブラウンシュバイク公は気が付いた。

 こんな大艦隊を前にして権利を守ることなど考えるはずがなく、領民にどういう態度をするのか監視するのが希望である。

 しかしそれこそ勘に触る。領主の消えた領地、領主のいない平民どもに何をそのような遠慮をするか! 爆撃で半分どころか全滅させても大貴族であるブラウンシュバイク家に面と向かって逆らうものなど出てくるはずがない。帝国政府だろうがそれは同じだ。

 

「公爵様、特にヘルクスハイマーの艦隊は勇敢で誇り高い艦隊です。よしなに扱い下さいますよう」

「ふむ、ランズベルク家はヘルクスハイマーの富と一緒に残存艦隊を貰い受ける和約をしたのであったな」

 

 ブラウンシュバイク公が周辺に何かの指示を出したようだ。

 いきなり攻撃が再開された。

 再び危険な量のビームの雨が降り注がれ、たまらずランズベルク艦隊はもっと距離を取るよう後退を始めた。

 ビームの大雨がますます激しくなる。イエローゾーンでもないが、これほど濃密な攻勢に防御フィールドの負荷が目いっぱいになる。このままではすぐに破られて危険な状態になるだろう。

 だが、もっと危地にいるはずのヘルクスハイマー艦隊はランズベルク艦を守る位置から動かない。やっとランズベルク艦隊が後退した時にはヘルクスハイマー艦隊の方に少なくない被害が出た。そこかしこに爆散の無残な雲が残っている。

 それでも、盾になることを止めなどしない。ヘルクスハイマーの誇りは文字通り命より重いのだ。

 

「ブラウンシュバイク公爵様! この無意味な攻撃は何ですか!」

「だから伯爵令嬢、ランズベルク家に受け取る権利があるのはヘルクスハイマーの残存艦隊なのだろう、残った艦隊を受け取るがよろしかろう。寛大にもそれを許す。ただしこれから更なる攻撃を受けた後でも残る艦があればだが」

 

 なんという非道な! 弱者の命を意味もなく刈り取るというのか! 自分の単なる腹いせで何万という人の命を。

 

「伯爵令嬢、怒るなら怒ればいい。誤解しておるようだが、そんな艦隊など儂にはもはやどうでもいいわ。考え一つで何とでもなることをせいぜい理解せい」

 

 

 

 わたしは激発を抑えるのに必死だ。

 理解できない尊大さ、これが貴族制度の成れの果てにある歪みというものか。

 

 その時、スクリーンの一つに明滅する輝点が現れた。

 

「後方より艦隊! 数およそ二万隻、大艦隊です!」

「え、どこのものです?」

「識別出ました! 所属、リッテンハイム侯艦隊と思われます!」

 

 今度はリッテンハイム侯の艦隊が来ている!

 おそらく、ブラウンシュバイク公が本当にヘルクスハイマー領に奪いにきたのか見るためだろう。

 だが助かったと喜べない。

 

 むしろまずい。

 

 まさかこのままブラウンシュバイク公の艦隊とリッテンハイム侯の艦隊が衝突するようなことがあってはならず、何としても避けなくてはならない。もしそんなことになったら、銀河帝国の存亡に関わる内乱になり、どれほど多くの人が悲劇に見舞われることになるか。

 いろいろなことを考えてるゆとりはない。どんな方法でも事を収めなくてはならない。

 

 一呼吸し、再び通信画面に向いた。

 

「ブラウンシュバイク公、それでは御家名に傷がつくやもしれません。一番よい道がございます。当家が何の譲歩もせず全てを手にするのではブラウンシュバイク公のお立場の都合もいろいろございますでしょう。ですがブラウンシュバイク公爵様が全てを貰い受けても、決してよい評判は得られますまい」

「何を申すか」

「当家と痛み分けとすれば、ブラウンシュバイク公の度量の広さが皆に知れ渡ることでしょう。この方がよほど理にかないます」

 

 

 要するにブラウンシュバイク公の側の立場をよくわかった発言であった。

 

 ブラウンシュバイク公が尊大なのは疑うべくもないが、それをよりいっそう大きくしているのには理由がある。

 何よりも「しめしがつかぬ」ことを恐れている結果だ。

 他の貴族に侮られてはならない。派閥の盟主としては虚勢を張る必要があるのだ。

 それは病的なまでの虚勢であるが、貴族社会の、それも首領として歩んできた人間としては地位を守るための仕方のないことかもしれない。

 

 だからといってあまり非道なこともどうかとは思っている。非道の汚名を着るのもあまり得策ではなく、良い評判も必要なのである。

 貴族社会はどこでどうつながって引っくり返されるかわかったものではないのだから。

 

 そこで両立する道を提案してやる。面子を立て、譲歩を引き出す。それには権利を言うのではなくこちらから手放すことだ。

 

「当ランズベルク家にヘルクスハイマー艦隊のうち、千隻だけを頂きます。工場で生産される艦艇も四年の間、当家で優先的に引き取らせて頂きます。それだけにとどめ、惑星の所有の権利などは一切頂きません。鉱山などの利権もハイドロメタル鉱山だけ頂ければ結構でございます。これで公爵様の寛大なお気持ちを明らかにし、他は全てお納め下さいますよう。ランズベルクの方から公式に譲歩いたします」

 

 ブラウンシュバイク公は一時の感情の高ぶりが収まると、その提案の合理的なことがわかった。

 

「ふむ、それは結構。こちらの実力を見る前に多くの権利を放棄するというのだな。それを許そう。まあ、先の和約にある通りへルクスハイマーの艦隊くらいは持っていくがいい」

 

 虚勢が満たされると、今度は度量を見せたがるというわけね。というか本当に艦隊はどうでもいいだけか。

 

「それではお言葉に甘えまして、半数の艦だけ連れて当家は退去いたします。このことでブラウンシュバイク公爵様の度量が人の口に上るでしょう。ブラウンシュバイク公爵様は誠意に誠意をもって応える方だと」

 

 

 それで話はまとまった。

 わたしはヘルクスハイマー艦隊から約四千隻だけ連れて、総勢五千隻となった艦隊を連れて星系を離れた。もちろん、領民にある程度の収奪は避けられないが、せめてブラウンシュバイク公が爆撃や過度の乱暴狼藉をしないことを確認してからである。

 

 今回の一連の戦いは綱渡りの末、辛くも終わった。

 この戦いに関しては大貴族に遠慮して名前が付けられず、そのためかえって「名も無い戦い」という妙な名前で知られるようになった。

 

 

 

 帰投の途中、カロリーナはリッテンハイム侯の艦隊に連絡した。

 

「当ランズベルク家はヘルクスハイマー家との和約に基づく権利の譲渡を終わったところです。そこでブラウンシュバイク公爵様の助言を受け、大半の権利を放棄いたしました。利潤の大半を占めるハイドロメタル鉱山の利権だけは当家が所持することになりましたが…… しかしこの鉱山の経営は当家に重きに過ぎること、ヘルクスハイマー家とご縁の深いリッテンハイム侯にお譲り致しますのでよしなにお取り扱いされますよう」

 

 要するに利権を渡すからこの場は収めてくれと身を切って言っているのだ。

 けっこうな利がないと今度はリッテンハイム侯が収まるまい。これは必要経費というものだ。

 リッテンハイム侯の艦隊はそこから進軍するのをやめ、やがて帰投していった。

 

 

 

 最後の最後、ヘルクスハイマー艦隊旗艦総司令官から通信があった。

 

「この度の御恩、ゆめゆめ忘れはしません。当司令部を含めた艦艇の方はおそらくブラウンシュバイク公の艦隊に組み込まれるでしょう。ただし将来、何か事があればランズベルク艦隊に必ずお味方します。それはヘルクスハイマー艦隊の誇りにかけて約束しましょう。ランズベルク伯爵令嬢、それまで壮健でいて下さいますよう」

 

 

 

 

 そして遠い場所からこの事件を注視している目がある。銀河帝国国務尚書執務室にその目の主は居る。

 

「ほっほ、そんなブラウンシュバイクとリッテンハイムとの全面衝突など儂がさせるわけあるまいて」

 

 しかしひどく満足げだ。本人もこれほど楽しく思っていることはざらにないと自覚している。

 

「ただし両家に仲良くされ過ぎても困るのじゃが。こたび、リッテンハイムの耳に入れるタイミングをどれだけ考えたことか。いやしかし、儂が考える前にあの伯爵令嬢がまとめおった。政治の感覚も備えとるようじゃ。楽しみがまた増えたわい」  

 

 

 

 ランズベルク領内にたどり着くと改まって皆を危険にさらしたことを陳謝した。

 

「わたしのわがままから始まったことで、迷惑をかけました。今回の戦いはまさに薄氷を踏むものでした」

 

 ファーレンハイトやルッツの答えはいつもの通りだ。 

 

「退屈だけはしないで済んだ。人生には冒険も必要だろう。疲れる子守だったが」

「いえ、伯爵令嬢、無事が何よりでございます」

 

 メックリンガーは黙って考えていた。

 

 この少女の生き様はまるで一つの芸術のようではないか。

 この先も生ける芸術を見ていたいものだ。

 いや、決して見逃してはならない。

 

 

 


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