平和の使者   作:おゆ

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第十四話483年 8月 仕込みは充分

 

 

 わたしは再び帝国行政府との話のためオーディンに来た。

 もう油断はせず、行き帰りとも帝国軍警備隊に完全に護ってもらうのを忘れない。

 

 もちろん時間を作ってサビーネのいるリッテンハイム家の屋敷にも伺う。

 ますます可愛い盛りになったサビーネとひとしきり談笑した後、ふいに屋敷に数えられぬほどあるサビーネの私室の一部屋に導かれたではないか。

 

 足を踏み入れると、あまりの驚きに目を見張った!

 

「どうじゃ、カロリーナには馴染みのものじゃろう」

 

 サビーネは自慢したくて仕方ない新しいおもちゃを見せた。

 貴族趣味の贅をこらした部屋のど真ん中に、なんと、艦隊戦3次元シミュレータがセットされていたとは!

 

「カロリーナも12歳でこのようなものを使っていたと聞いておる。妾が使ってもよかろう?」

「サビーネ様が、これをお使いに?」

「さっぱりわからんのだが、でも面白いぞ」

 

 対戦相手のAIを最弱にして、こちら側には優秀な参謀がいて、しかも実務はほぼ自動でやってもらうモードにセットされていた。

 しかしそれでもサビーネはころころ負けていく。

 12歳の少女ではこれが普通なんだよなあ、と思う。

 しかし興味を惹かれる話はその次にある。

 

「それでな、貴族のうちで軍事を知ってるものを呼んでな、相手をさせているのじゃ」

 

 え? 誰を?

 サビーネが頼んで、というより命令して相手をさせている相手のリストを見てカロリーナは思わぬ幸運に天に感謝した。

 知っている名前があったのだ。

 一番の収穫は、フォルカー・アクセル・フォン・ビューロー、これはミッターマイヤー艦隊の中で分艦隊の指揮をとっていた有能な人物ではないか。

 この人を取り込められれば、その友であるベルゲングリューンもまとめて…… いやだめか。その二人はミッターマイヤー元帥の前にまだキルヒアイス提督の側にいたときから知り合ったんだっけ。そうだったかな。

 

 他にもいろいろな名前があった。ブルーノ・フォン・クナップシュタイン。

 こいつはダメだ。

 誘われただけとはいえ、帝国もロイエンタール元帥も裏切るから。すごく有能でもないし。

 トゥルナイゼン、これは絶対ダメ。使えない。

 テオドール・フォン・リュッケ、誰だっけ。名前しかわからない。

 とりあえずこのツテを使ってビューローにヘッドハントよ。

 

 わたしの人材収集は遅々として進んでいない。

 ファーレンハイトとルッツの後は、はかばかしくない。アイゼナッハとケンプには断られた。既に地位のあるメルカッツなどは全然無理だろう。何とかメックリンガーとビューローくらいはツテを辿って何とかしたいものだ。

 元々誘えば来る、という単純なものではなく、帝国軍の本流から離れて私領艦隊に来ようという人間はほとんどいない。有能な人間ほどその傾向が顕著であった。

 

 

 

 さて、当初の目的である行政府からやっと連絡があった。

 

「本来は事件の調査途中において外部に何もお話しできないのでございます。ですが今回、ヒルデスハイム伯爵領の捜査を依頼されたランズベルク伯爵令嬢、そしてリッテンハイム家のサビーネ様にのみ特別に非公式にてお伝えいたします。結果として、ランズベルク伯爵領から先の襲撃事件に関与する証拠は何も発見できませんでした」

「まさかそんな……」

 

「艦籍、航海記録、乗組員証言その他いずれも不審な点は見受けられませんでした。ひどい損傷を受けた艦もありましたが、宇宙海賊との戦闘が最近あったとのことにて確たる証拠にはなりえません」

「で、では書類や証言を改ざんして提出した形跡はなかったのですか! 他にも探せばもっと何か」

 

 わたしとしては確信があっただけに憤懣やるかたない。

 

「カロリーナ・フォン・ランズベルク伯爵令嬢、提出された書類について不備がなければ、艦船以外の領地を探すことはできません。それに申し上げにくいことながらヒルデスハイム伯は今回の捜査について大変立腹しておられました。」

 

 これだから貴族がのさばるのよ、と思った。

 わたしはついに切り札を切る腹を決めた!

 

「では、ミサイルで損傷を受けた艦の弾痕を調査していただきとうございます。特にそこに残されたミサイルの破片に塗られている塗料の組成を。先日ランズベルク領艦艇で使用したミサイルは、たまたま一般的ではない塗料を上に塗り足して使用しているのでございます。破片の塗料の組成がランズベルクの物と一致すれば、先の戦闘に参加した確たる証拠になるでしょう。その塗料の組成をお教えいたします」

 

「なるほど…… その件、承知いたしました。損傷部に残された破片を即刻調査いたします」

 

 

 仕込みが生きる時が来たわ!

 

 最初の水色の戦いの後、犯人探しをどうするか、わたしは考えあぐねていた。

 権力を持ったものが相手であれば捜査の邪魔をして迷宮入りにするのは簡単である。

 数か月前のある夜、そんなことを考えながらランズベルク領統治府の食堂にふらふら歩いて行った。ティーサーバーから紙コップに冷水を取り、更に考え込む。

 

 そこに偶然ファーレンハイトが通りかかった。

(あれ? 伯爵令嬢が一人で一般平民用の食堂なんかにいる。何だろう。何か飲んでいる。しかも紙コップで! 貴族なら部屋に執事か侍女を呼びつけて飲み物を持ってこさせるだろう。それが絶対普通だ。この令嬢は頭がおかしい)

 

「伯爵令嬢、こんな夜に、しかもこんな食堂で一人とは? 帝国軍でも士官食堂ならここよりずっとマシですが」

「ほっといて頂戴。こういうのが合うの。わたしには」

「床が汚いので、ドレスの裾がモップ代わりになって掃除になりますな。足より相対的にドレスが長すぎるのでは」

「!」

 

 わたしは裾を探って確かめてみる。

 

「冗談ですよ、令嬢。ドレスの裾の長さなど、着るものの足に合わせて作るものですから。どんな長さの足であっても」

「…… 何がおっしゃりたいんですの?」

 

 コラ、喧嘩売ってんのか?

 

「もう充分語ってるつもりですが。令嬢」

「全っ然分かりませんけれど?」

 

 ガキか、この軽口は! とは思いつつ今思ってる懸案をファーレンハイトに話した。そして二人でああだこうだ言い合った。

 ある考えを思いついたのは、ファーレンハイトであった。

 

「う~ん、今から証拠といっても難しそうだ。しかしこれから戦闘が起きるのであれば、方法がないこともない」

「ファーレンハイト、それは何?」

「宇宙の戦闘でビームなどはみな同じ、しかも後に何も残らない。しかしミサイルならば艦が爆散しなければ破片が残ってもおかしくない。そこに普通には使ってないものでランズベルクの艦独自のものがあれば、戦った証拠になるのではないか?」

「わー、すごい! そのアイデアいいわ!」

 

 具体的なことを考えた。

 ミサイルそのものは変更できない。規格があるので。

 金属? いや難しそうだ金属そのものを変えるのは。内部に何か仕込む? それもまた難しい。

 

「何か残ればいいだけなのに…… そうだ、塗料だったらどうかしら? 塗料なら、破片に必ずくっついてのこるはずだわ。ミサイルの塗料が何かなんて詳しくは知らないけど」

「確かにいい考えですが……」

 

 ミサイルの塗料なんてレアな知識、そんなの持ってる人間なんて………… いたわ!

 

 わたしとファーレンハイトはそのままルッツの部屋になだれこんだ。

 

「ルッツ少佐、急に変なことお尋ねします。対艦ミサイルの材質で、はっきり申し上げて塗られている塗料についてご存じですか?」

「は、はあ? ミサイルの何でございましょう、塗料と言われましたか」

 

 いきなりの来訪、そして驚くべき質問の内容。こんな内容の質問は予想できる者など誰もいるはずがない。「急に変なこと」とつけるのは間違いなく正しい。

 何をそのようなことを、と遮らずに答えを考え始めたのは、ルッツの生真面目さであった。

 

「宇宙艦隊の持っている対艦ミサイルのことでしょうか。宇宙では錆びの心配はございません。もちろん。しかし宇宙線などの放射線から保護する役割があります。プラスチックなどの部品に対して。ですので塗料には重金属を含んでいます。そして大事なのは超低温でも固くなりすぎてはがれてはいけませんし、振動にも耐えねばなりません。それはかなり難しい技術になります」

 

 やはりだ。思った通りルッツは武器弾薬にやたらと詳しい。

 

「そういうものはどこでどうやって作られてるのでしょう?」

「たくさんの場所で作っているわけではございません。ミサイルの部品関係は技術力のあるオーディン近くの帝国軍工廠で作られるのがほとんどでございます。わずかには、イゼルローン要塞内、そしてフェザーンにある会社でも作られているかと思います」

「その名前わかります?」

 

 ルッツは混乱しながら思う。

 どういうことだろう。伯爵令嬢とファーレンハイトがアポもなく夜にいきなり部屋に来るとは。普通ではない。

 用向きがあれば、令嬢の執事が時間を通達し、こちらを統治府に呼び出すのが当たり前ではないか。夜にいきなり押し掛けるものではない。

 しかも、その用向きというのもとんでもなく予想外のものだ。

 来訪自体は決して嫌ではない。

 軍にいて忘れかけていたが、これは士官学校時代のノリではないか! いい酒が手に入った時に友人の部屋に押し掛けるような。またそんなふうな時代が来るとは夢にも思わなかった。

 

 ファーレンハイトも考える。本当にノリのいい令嬢だ。

 一応、この令嬢は他の貴族令嬢に比べても水準以上に美しい。そんなこと本人の前では絶対に口に出したりしないが。もちろんあまたいる貴族令嬢の中には更なる美貌の持ち主は少なくないが、このカロリーナ嬢の良さはくるくる変わる表情と、さらに言えば内面にこそあるのだ。

 仕えるのは本当に面白い。

 

 三人は早速行動に移す。

 カロリーナはフェザーンの商人を通して、一般にはないミサイルの塗料を仕入れてランズベルク領艦隊のミサイルに塗り足させた。

 念には念を入れて、いくつかの工夫を仕込む。

 

 

 ついに証拠は上がった!

 

 帝国政府の調査の結果、ランズベルク領艦隊が使っているミサイルの塗料と同一のものが、ヒルデスハイム伯領地内のドックで修理中の損傷艦から発見された。もちろん言い逃れしようもない。ヒルデスハイム領艦隊に籍のある艦艇だ。

 動かぬ証拠であった。

 

 帝国の調査員がヒルデスハイム伯から丁寧に聞き取る。むろん相手は名門の貴族、気を使わなければならない。しかし今回は明らかな証拠があり、とりあえずそれを認めさせればいい。

 

 

「ヒルデスハイム伯、先ほども申し上げました通り、そちらの私領艦隊の修理中の艦にランズベルク艦から放たれたミサイルの破片が見つかっております。ミサイル破片の表面に残っている塗料から特定がついております」

 

「な、なに? ミサイルの破片だと? そんなものが何だというのだ。いつどこで入ったかも分からないだろうに」

「いえ、その散布状況から見てごく最近の戦闘によるものだと判明しています。しかしこの場合大事なのは破片に付いている塗料なのです。それによってランズベルク艦隊と交戦したものと特定されました」

 

「ん? ミサイルの塗料? なるほど意味が分かった。ランズベルク艦の使うミサイルと、我が艦隊の損傷部に残っていた破片が一致したとでも言いたいのだろう。しかしその種類、いくら何でもこの世に2つとないもの、というわけではあるまい。単なる偶然だ」

 

 そうヒルデスハイム伯は言い張った。理屈を捻り出す才覚だけはあったのだ。

 

「いいえ伯爵。単に珍しい塗料がそのまま使われているといったことではありません。その珍しい塗料は一般流通品と混ぜられてから塗られております。その混ぜた比率までが偶然一致することはとうていあり得ません」

 

 しかし、それでも反論をひねり出し、返してくる。

 

「ならば、海賊だ。その仕業に違いない。同じ海賊が当家の艦隊とランズベルク家の艦隊を襲ったことがあるのだろう。だからそれを知ったランズベルク家は同じような塗料を作りあげ、後で自分のミサイルに塗ったのだ。それだけのことではないのか。むしろそんな姑息なことをして当家を陥れようとしているランズベルクこそ糾弾されるべきだ!」

 

 確かによく作り上げた理屈だ。

 ただし憲兵調査員には少しの動揺もない。

 丁寧な言葉使いを崩すことはないが、ヒルデスハイム伯を決定的に追い詰めた。

 

「このうえ申し上げ難いのですが、塗料がミサイルに単に塗られていたのではありません。表面にパターンを描くようにして塗られていました。それはランズベルク家の家紋のようで、海賊がわざわざそんな風に塗ったミサイル使うことなど絶対にあり得ません」

 

 それでもヒルデスハイムは「誰かの陰謀」と申し立てた。

 

「これは悪辣な罠だ! きっとランズベルクの小賢しい娘がヒルデスハイム領地を狙って企んだのであろう」

 

 

 しかし同時にヒルデスハイム伯爵私領全戦闘艦艇に動員をかけた。

 もはや実力を行使するまでだ。

 ランズベルクを叩き潰し、降伏させればこの件もろとも有耶無耶になる。

 

 勝てばいいのだ。

 全力を出せば戦力はこっちがはるかに上回る。何だ、簡単なことではないか。

 

 

 

 


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