平和の使者   作:おゆ

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第十一話483年 2月 陰謀のダンス

 

 

 そんなある日、オーディンから知らせが届いた。

 引き続き先の不明艦隊の出所を秘密裏に探らせていたのだが、手掛かりが見つかったらしい。急遽、わたしはルッツを伴ってオーディンに出立した。

 ルッツを連れていったのは、調査関係の仕事に意外と向いていると思ったからである。確か、記憶によるとルッツはラングの悪行を丹念に調べるとかできた人だったよね。

 今回のオーディンへの旅は、先の事件を鑑みて帝国軍の警備隊が同行してくれた。

 これではいかな陰謀家でも手の出しようがないだろう。何も事件らしいことがなく一行はオーディンの土を踏めたのだ。

 

 しかし、運命はまだまだカロリーナに飽きることがないようだった。

 さっそくその日のうちに運命は悪意に制服を着せて送ってきた!

 

 

「カロリーナ・フォン・ランズベルク伯爵令嬢、銀河帝国に対する叛逆の疑いあり。直ちに内務省に出頭せよ」

 

 帝国の内務省職員から有無を言わせない連行が待っていた。

 

 しかも理由があまりに重大なことだ! これ以上のことはない。

 帝国で叛逆といえばもちろん極刑、疑われただけでどれほどの災厄になるか見当もつかない。この罪だけは例え貴族家、例え14歳の子供でも関係ない。

 これにはその場の全員が魂を飛ばすほど驚いた。

 

 一人連行され、内務省の簡潔なオフィスでわたしは氏名・年齢を自分で名乗らされたあと、がらんとした部屋に通された。

 

 シンプルなテーブルと椅子が二脚あるだけだ。

 相向かいに座った行政官の、任意の質問とやらに半端ない圧迫感を感じながら答えさせられる羽目になる。

 うう、なんだか胃のあたりが締められるように……

 いけない、泣いても倒れてもいいからゲロだけは絶対ダメよ。

 

 無表情の行政官があらかじめ作製してあったらしい質問状を読み上げた。

 

「それでは質問を開始いたします」

「ちょっとお待ち下さい! どうしてこんな、いわれのない嫌疑をかけられているのでしょう。まずその経緯の説明を求めます」

 

 行政官は14歳という年の割にしっかりした令嬢だな、貴族とは思えない、取り乱したりしないのか、などの思いを無表情の下に隠した。

 

「第三者の告発があった、とだけお答えいたします。それ以上は申し上げられません」

「もう一ついいですか。ここは内務省ですよね。憲兵本部でも社会秩序維持局でもないのはどうしてでしょう」

「告発の内容によって、でしょうか。判断自体は内務省ではございません」

 

 全く要領をえない返答であった。

 わたしは急ぎ弁護士を呼ぶべきかと考える。社会秩序維持局による尋問でなければ、本人にかわって弁護士が一切やることは問題ないはずだろう。もとより叛逆なんて、絶対に無実なんだから。逆に答弁が的外れに終われば、そのまま拘禁されて処罰ということもあり得るのだ。

 

「それでは、質問を開始いたします。令嬢、これに見覚えはありますか」

「ええッ!」

 

 

 机の上に出されたものは、最近ランズベルク領内で生産の始まった戦闘時糧食(レーション)だった。食べやすく、飽きのこない味で将兵に一番人気である。今やぐんぐんシェアを広げている。

 

「それは、もちろん知っています。冷凍ニギリメシです。レーションとして今領内で生産している食料品です!」

「告発によるとこれと同じものが叛乱軍の艦内にあり、ランズベルク家が叛徒にも売り込んでいることは明白。帝国軍と叛徒の争いに乗じて双方から利益を得ていることは当然利敵行為にあたる、というものです。それは事実ですか?」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!! 最終的にレーションがどこに使われているかは分かりません。ですが、こちらは仲買人を通して帝国軍に納入されてるものとばかり思っていました。本当です。それ以外に売り込んだことなど一度もありません」

 

 そういえば、仲買人はフェザーン商人だ。

 レーションを同盟軍に横流ししていても、それはわからない。いや、ありえることだ。高く売れる方に売りつける、これがフェザーンの正義なのだから。

 肝を冷やしながらわたしは心で叫ぶしかなかった。

 助けて! それってあんまりじゃないの!

 

「それは本当です! 利益のために帝国軍以外に売ることなど、考えてもいませんでした。でも、そんなことを言うなら、帝国で作られた服でも椅子でも、向こうにいくらでも交易で渡って…… 」

 

 ここではたと気付いた。このレーションの問題など全然大したことないんじゃないかと。

 軍用物資と言えなくもないが、たかだか食料品、いくらでも代替のきく品だ。

 第一、禁輸項目はしっかり調べたことはないが、食料品が入っているとは思えない。

 

 突然ドアが開けられて、紳士が一人入ってきた。身なりはぴっしりしたタキシードに蝶ネクタイである。

 

 行政官に何事が耳打ちする。すると直ちに行政官がこちらに向かい直してきた。

 

「伯爵令嬢、調査はこれで終了です。ですがこれからとある方から屋敷へのお招きがあります。任意ですが参られますか?」

 

 いやだからその任意っての強制ですから!

 

 

 誰の屋敷かも分からないところに向かう間、何も会話がなかった。意外に遠い場所だなと思ったころやっと到着した。

 また驚いた!

 サビーネのリッテンハイム家のお屋敷より、もしかして立派?

 派手な彫刻も庭園もない代わりに、荘厳さと歴史の重さを醸し出すオーラは、本物を感じさせるものだ。

 到着して部屋に通されると、早々と挨拶があった。

 

「よく見えられたランズベルク伯爵令嬢、儂はこの屋敷の主、リヒテンラーデと申すもの」

「お目にかかれて光栄です! 国務尚書閣下」

 

 頭の中が真っ白くなりながらも頭を垂れてドレスの裾を引き挨拶を返した。

 またしても驚いた。今日何度目だろう。

 

 血統ではブラウンシュバイク家やリッテンハイム家が格上かもしれないが、現時点の権力であればリヒテンラーデ侯はそれらを軽く上回る。

 現銀河帝国皇帝フリードリッヒ四世の信任も厚く、ほぼ皇帝の次とさえ言える権力者ではないのか。

 なぜそんな方が? ニギリメシのレーションのせい? 混乱するのでとりあえず考えるのを止めた。

 

 最後に思ったのは、リヒテンラーデ侯といえば権謀術策の徒でつとに有名であるが、それはひとえに帝国を守るためであり忠臣中の忠臣である。

 そんなに悪い人ではないんじゃないの。

 

 リヒテンラーデ侯は時間がもったいないのであろう。とっとと要件を済ませようとした。

 特段の要件でもなければランズベルク家などの末端貴族にかかわずらう時間など1秒もないはずだ。

 

「今回の嫌疑にかかわる告発、中身などどうでもいいのじゃ。問題はそこではない。告発を受けたという事実が問題なのじゃ。令嬢、どう思っておる?」

 

 告発者が誰かなどわたしが知るよしもないが、たぶん先の不明艦隊の出所と同じだろう。それくらいは思った。

 

「告発者が誰かはわかりません。しかし誰かに恨まれたか、あるいはわが伯爵家に打撃を与えて利益を得るものがいるのでございましょう」

「若いが賢い令嬢よの。ならばわかっとるとは思うが、こんな告発で伯爵家を取り潰すことなどできはせぬ。貴族家はルドルフ大帝の御代に定められたことなのじゃ。うかつに変えられはせぬ。さすればどうして告発など行ったのか、答えが見えてこよう」

「なら脅し、でございましょうか。」

「ほっほっほ、賢いの。儂も好んでではないが、この手の争いを見た経験はたんまりあるでの。それに間違いなかろうて」

 

 ウソつけ。半分好きで策謀やってるくせに。

 

 

「脅しならば、そのうち具体的な圧力と、当家にとって嫌な決断を強いることが出てくるでしょう。それで告発者がわかります」

「令嬢、それでは遅いの。もう選択肢がないようにして決断を持ち出してくるじゃろう」

「……で、では防ぐ手立てはないのでしょうか?」

「そこは、国務尚書の儂がいる。伯爵令嬢には人間の暗い部分を見るのはまだ若いじゃろう。心配せずともよい。伯爵令嬢は相手を見つけようとしてるようじゃが、そうよの、すぐ近くにいるかもしれんとだけ言うておこうか」

 

 その悪人は誰のこと?

 そして何をどこまでやってくれるのが皆目見当がつかない。が、リヒテンラーデ侯はもう何かを掴んでいて、動いているようなのだ。

 

「まことに、お礼の申し上げようもありません。」

「いやいや。ところで、伯爵令嬢はリッテンハイム侯のサビーネ嬢とずいぶん友諠が深いそうだの」

「こちらが過分にもお話し相手を務めさせていただいているだけにございます」

「それでも一番の慕われ方と聞いておるぞ。それで良い影響与えてるとも。若いものの友諠はうらやましい」

 

 その話はついでなどではなく、本題なのあろう。急な話題の振り方は意味があるに違いない。

 

 なんとなくわかった。

 国務尚書は気まぐれや好意でランズベルク家の災難を防いでやろうというのではない。

 これから成長するサビーネの性格や性質を探る布石を打っているのである。

 帝国の為政者にとってはサビーネの性質は重大過ぎるほど重大な事項なのだ。帝国の舵取りにまでそれは及ぶ。何しろ現時点で帝国を継げるたった二人のうちの一人なのだ。

 そう考えたら恐ろしい。帝国四百億人の運命がたった二人の性質にかかっているとは。

 

 リヒテンラーデ侯はサビーネと親しいわたしに一度接触し、今すぐではなくとも何かの判断の材料にしたい。老獪なことにそうはっきりとは持ち出さず、ゆるい話にまとめている。

 

 ならばいったんは味方とも言え、頼れる相手であるのは確かだ。

 そしてわたしは最後に一つ質問をした。

 

「尚書閣下におかれましては、細やかなお気遣い、しかしこれほどまでとは、なぜでございましょう」

 

 今度はリヒテンラーデ侯が驚く番だったようだ。

 目をわずか開けて本当に意外なことを聞くものだというような顔をした。彼にとっては当たり前過ぎるほど当たり前なことなのに。

 

 

「それはの、全て、帝国のためじゃよ」

 

 

 

 


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