怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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遂にこの時がやって参りました。尚、前回の投稿で提示した編集・改変についてですが、読者の皆様の意見から「特に必要は無い」と判断し、改変せずにそのままにする事にしました。原作とは違うけど、この世界ではそうなっているって事でいこうと思います。

???「『オール・フォー・ワン』のオリジナルを、死柄木に渡すと決めたんじゃ」

……と言った原作の展開は、ある程度無視していく事にします。しかし、感想欄でも指摘されていますが、前作のプロットを練っていた2016年8月当時はヒロアカのアニメ第一期の第一巻がGEOでレンタルされ始め、ジャンプ本誌で「仮免試験編」が始まっていた頃であり、現在の原作ヒロアカを見れば、本作のプロットと色々と矛盾する様に思える部分が出ている事もまた事実です。

連載当初から「必ず書くと決めていた物事」そのものは変わっていないものの、その後に原作で登場したエリちゃんを筆頭に、本作の展開に対して「より都合の良さそうな人物や用語」が登場した事で、キャスティングが変更されている事も、それに拍車を掛けている様な気がします。

その為、本作の完結後に『怪人バッタ男 THE NEXT』を望む声もありますが、当初のプロットが半ば崩壊している現状を鑑みるに、作者としては『怪人バッタ男』は此処で終わってしまった方が良いのではないかとも考えています。
一応、作者としては『怪人バッタ男 THE NEXT』の方向性は、前作や本作の「異形として生まれた悲哀」から「改造人間としての悲哀」にシフトしていく事を考えていた為、それまでのプロットが崩壊しても問題ない様な気もしないではないですが……。

取り敢えず、活動報告の方に『怪人バッタ男 THE NEXT』に関する意見を書くスペースを用意していますので、何かありましたら感想欄では無く、其方の方にお願いします。

今回のタイトルは、Vシネマの『真・仮面ライダー 序章(プロローグ)』から。ちなみに最終回のタイトルは連載開始の段階で既に決めていました。


最終話 真・仮面ライダー 序章(プロローグ)

一寸先は闇――即ち、人生とは予想外の連続である。夢から醒めたザムザが、巨大な毒虫に『変身』していた様に……。

 

「………」

 

「くぅ……くぅ……」

 

しかし、幾ら世の中広しと雖も、「目が覚めたら隣で幼女が丸くなって眠っていた」等と言う奇天烈な経験をした人間はそうはおるまい。「揺りカゴから墓場まで」を信条とする峰田あたりなら狂喜乱舞しそうな展開だが、俺の場合は違う。つーか、普通の人間は大抵、混乱のどん底に叩き込まれる筈だ。

 

何よりも問題なのは、寝ている幼女の正体が先日の神野区の決戦でオール・フォー・ワンによってドラスと共に取り込まれ、死に物狂いで救出したヤクザの親分の孫娘こと、エリちゃんだと言う事。そして――。

 

「………」

 

「ううぅ……」

 

『………』

 

「!?」

 

俺が着ている寝間着を握りしめるエリちゃんの手を何とか離そうとした途端、エリちゃんが今にも泣き出しそうな表情を見せると同時に、日光の向きとは全く関係無くエリちゃんの体から影が伸び、その中から白いバッタの怪人が出現したと言う事だ。

 

『………』

 

「………」

 

うん。何かイナゴ怪人に良く似ている気がするが、明らかにナニカが違う。そして、俺に対して悪意や敵意こそ無い様だが、何となく「その子を泣かせたらワカってんだろうな、テメェ」とでも言う様な視線を俺に向けている。

 

「安心せよ、我が王。ソイツはその少女の願いを叶える為、此処にやって来たに過ぎない」

 

「何?」

 

そして、何時もの様に何時の間にか部屋に居座っているイナゴ怪人1号の言う通り、確かに俺を害するつもりがあるならとっくにやっているだろう。と言うか、それなら俺も殺気に気がついてベッドから飛び起きている。

 

――しかし、コイツは一体何だ? どうにも俺やイナゴ怪人と無関係だとも思えないのだが……。

 

「然り、ソイツはイナゴ怪人4号の成れの果てだ」

 

「何だって?」

 

イナゴ怪人1号の衝撃発言に唖然とする俺を余所に、白いバッタ怪人はコクリと首を縦に振った。

 

妙にふてぶてしいイナゴ怪人1号曰く、精神世界におけるオール・フォー・ワンとの戦いにおいて、イナゴ怪人3号は完全に消滅したが、イナゴ怪人4号は消滅する事無く、エリちゃんを新しい宿主として生存していたらしく、その目的はズバリ「エリちゃんを助けたい」と言う俺の願いが元になっているらしい。

確かに、オール・フォー・ワンの計画を“超常黎明期の正義の使者”から聞いた時、自分ではなくエリちゃんの方が乗っ取られる可能性を考慮し、俺の魂の残骸を宿したイナゴ怪人BLACKがドラスを倒した事でその支配権を得たと言う、イナゴ怪人3号とイナゴ怪人4号に命令を下したが、それがどうしてこんな結果を生み出す事に繋がるのか?

 

「つまりだ。『その少女を守るにはどうすれば良いか?』と言う問いに対し、イナゴ怪人4号は考え、答えを出した。即ち、『俺自身が少女になる事だ』――とな」

 

「大分、頭がイカレた発想だな」

 

心底腹の立つドヤ顔をかましたイナゴ怪人1号からより詳しく話を聞いてみると、エリちゃんの血肉を材料にして造る『個性破壊弾』は、元々は正しい意味で頭のおクスリが必要なヤクザが、独学とチンケな設備で精製したモノであり、それでいてその効果は「誰がエリちゃんに馬鹿な事をしようとしても不思議では無い」と断言する事が出来る程の効力を発揮する代物である。

 

それはあまり考えたくない事ではあるが、『敵連合』を含めた闇組織は元より、下手をするとヒーローサイドですらその力を利用しようと考えてもおかしくはないと言う事である。ぶっちゃけ、オール・フォー・ワンが倒れたからと言って、諸手を挙げて安心する事は出来ない。

 

「故に、いざその時が来た時、その少女の守護者となる者が必要なのだ。特に、正義を盾に理不尽を強いると言った卑劣な事態が起こった時に備えてな」

 

「………」

 

まあ、否定はしないし、出来ない。極端な話、超人社会ではヒーローが“個性”を使うのは正しい事とされ、ヴィランが“個性”を使うのは悪い事とされているのだから、ヒーローがヴィランに『個性破壊弾』を使うのは、きっと正しい事になる(・・・・・・・・・・)のだろう。

 

そして、エリちゃんがオール・フォー・ワンとドラスから分離される瞬間、イナゴ怪人4号が二つのライダーキックがぶつかり合って生まれた膨大なエネルギーを利用する事で、何かよく分からん事が起こって今に至る……と言う事らしい。

……うん、やっぱり訳が分からん。つーか、これって俺の所為って事じゃ……いや、そもそもオール・フォー・ワンがドラスと共にエリちゃんを取り込んだ事が原因なのだから……うん、全部オール・フォー・ワンの所為だ。間違いない。

 

「要するに……だ。コイツはイナゴ怪人4号の変異体で、今はエリちゃんを守る為にエリちゃんの体に憑依している。そして、コイツとエリちゃんの関係は、俺とお前達の関係と似た様なモノで、今回の事はコイツがエリちゃんの為に動いた結果であり、『敵連合』とは一切関係ない。そうだな?」

 

「うむ。ただ厄介な事に、イナゴ怪人としての特性も色濃く残っている為か、その少女を最優先するがあまり、我が王にすらソイツは牙を剥くだろう」

 

「ある意味では、より安心する事が出来る情報だ」

 

「んゆ……」

 

妙に心と体が疲れるイナゴ怪人1号との会話が騒がしかったのか、問題の渦中にいるエリちゃんが目を覚ました。それと同時にイナゴ怪人4号変異体も影の中に消えた。どうやら、自分の姿をエリちゃんに見せるつもりはないらしい。

 

「え? あれ……此処、何処……?」

 

「……取り敢えず、自己紹介からかな。俺は呉島新。君の名前は?」

 

「え……? え、エリ……」

 

「じゃあ、エリちゃん。ちょっと聞きたい事があるんだけど……」

 

かくして、意図せずにイナゴ怪人4号変異体の主になってしまったエリちゃんだが、やはりと言うか何と言うか、話を聞いた限りエリちゃんにその自覚は無いらしく、「病院で助けてくれた『仮面ライダー』にもう一度会いたいと想っていたら何時の間にか眠ってしまい、目が覚めると何故か此処に居た」……と言う認識らしい。

 

「喜べ、少女よ。汝の願いはようやく叶う」

 

「? どう言う事?」

 

「汝の目の前に居るこの男こそ、ヒーロー事務所『秘密結社ショッカー(仮)』を統べる大首領にして、人類の自由と平和の為に戦う変身ヒーロー『仮面ライダー』その人である」

 

「本当!?」

 

「うむ。証明が要ると言うならば……お見せしよう! さあ、我が王よ! 今こそ変身の時ッ!!」

 

「………」

 

勝手に話が進んでいる所で悪いが、俺としては非常に気が乗らない提案である。しかし、エリちゃんのキラキラした瞳を見ればやむを得ないと言う結論に刹那で到達し、渋々ながらも『仮面ライダー』の証明として、エリちゃん救出時の白く恐ろしい怪人バッタ男への変身を決意すると、腰に生物的なベルト状の器官が出現した。

 

「ぬぅん……変ん……身ッ!!」

 

そして、新たに手にした力の起動スイッチとして考案した、空手の型をモチーフにした専用のポーズを取り、気合いの入った決意の言葉を叫べば、ベルトの中心部から放たれる白い光に包まれた俺の体は、一瞬の内に人間から怪人のそれに変化した。

 

「わぁ……わぁ……!」

 

すると、この年頃の子供としては意外と言うか何と言うか、笑う子も泣き出し引きつけを起こすであろう怪人としての姿を見ても、エリちゃんは一目散に逃げたり、腰を抜かして怖がったりせず、むしろ手を伸ばしながら此方に近づき、「もう離さない」と言わんばかりに強くしがみついてきた。

 

ううむ、珍しい。確かに改造の影響からか、怪人への変身の過程は、最も悍ましい通常形態を含めて簡略化され、更には人語を話す事も可能になった事を考えると大分改善されているとは思うが、それを考慮してもこの姿の俺に抱きついてくるのは正直言って意外だ。

 

ただ、エリちゃんとしてはこの謎の現象を「神様がお願いを叶えてくれた」と思っているらしく、その辺をどう説明するかチョット困る。

残念な事に、この世には神も仏も存在しないが、目的の為なら割と手段を選ばない怪人は実在すると言う事を、この少女に暴露するのは結構……いや、かなり気が引ける。

 

取り敢えず、この手のトラブルは塚内さんの担当だろうと言う事で、何時ものように塚内さんに連絡を入れると、やはりエリちゃんが入院していた病院では彼女が居なくなった事で大騒ぎになっているらしい。

その上、エリちゃんが『敵連合』と深く関係していた事も相俟って、警察は『敵連合』の仕業であると判断し、煙の様に消えたエリちゃんの行方を捜していたのだとか。

 

『……なるほど。つまり、エリちゃんの願望を叶える為に、エリちゃんに人知れず憑依していたイナゴ怪人4号の変異体が、エリちゃんを君の所まで運んだと言うのが事の真相か』

 

「そうなりますね。それで……どうします?」

 

『今すぐ此方から君の家に向かう。ちょうど、君に話さなければならない事もあるからね』

 

塚内さんの何処か不穏な様子の発言が少々気になるものの、こうしてエリちゃん失踪事件は無事に解決した……が、怪人から人間に戻るとエリちゃんが残念そうな顔をし、エリちゃんの死角に伸びた影の中からイナゴ怪人4号変異体が此方をじっと睨んでくるので、俺は怪人としての姿を維持する事を余儀なくされていた。

 

尚、父さんは仕事で家に居おらず、どうやってエリちゃんの事を隠したのかとイナゴ怪人1号に尋ねれば、「我が王を起こさないでくれ。一日で女を三人も泣かせて死ぬほど疲れている」と、筋肉ムキムキマッチョマンの変態みたいな事を言って誤魔化したらしい。……いや、本当に誤魔化せているのか、それ?

 

「それで……これはどうすれば良いんだ?」

 

「どうすれば良いんですかねぇ……」

 

「………」

 

『………』

 

そして、エリちゃんを迎えに来たのは、色々と振り回された感のあるくたびれた様子の塚内さんと、凄まじくクソ忙しい事になっているであろう雄英から呼ばれたジト目の相澤先生の二人。初のお披露目となる白く恐ろしい怪人の姿でお出迎えした事でギョッとしていたが、此処はエリちゃんの為に耐えて貰おう。

 

ちなみに、エリちゃんとしては塚内さんも相澤先生も「自分を『仮面ライダー』から引き離そうとしている人達」としか見えていないのか、ずっと俺の首に手を回して離さず、二人に向ける視線は明らかに子供が“正義の味方”に向ける類いのモノではない。

止めに、イナゴ怪人4号変異体がエリちゃんから伸びる影の中からにょっきり出現したかと思えば、その複眼で塚内さんと相澤先生の行動を観察するかの様に凝視し、不穏な空気を醸し出している。

 

イナゴ怪人の性質を熟知している俺の所見では、もしも塚内さんと相澤先生がエリちゃんを強引にでも連れて行こうとした瞬間、イナゴ怪人4号変異体は迷うこと無く秘められた力の全てを解放し、如何なる手段を用いてでもエリちゃんと俺が離れないようにするだろう。無論、その過程でアホの様に量産されるこの家の被害など一切考慮せずに。

 

「知れたこと。この少女は貴様等に保護される事を望んでいない。我が王から引き離される事は、この少女にとって最も残酷な仕打ち以外の何物でもない。つまり……求められておらんのだよ。貴様等は」

 

「頼むから場が拗れそうな言い方は止めてくれ。それで、今まで入院していたって話ですが、エリちゃんは病院でどう言った診断を下されているのですか?」

 

「特に問題は無いとの事だ。それこそ、明日にでも退院出来るだろうとの話だが、今の彼女には身寄りが無い。通常ならば施設に送るべきなのだろうが、彼女の事情を考慮するとそう言う訳にもいかない」

 

「ならば此処に置いても問題は無いだろう。むしろ、ある意味で此処以上に安全な場所が日本に存在するのか?」

 

「「「「………」」」」

 

何時もの様に会話に割り込むイナゴ怪人1号の発言の通り、確かにある意味では此処以上に安全な場所は無い。決して慢心する訳では無いが、仮に今『敵連合』がエリちゃんを取り戻す為に脳無を引き連れて攻めてきたとしても――。

 

『シャドークラッシュッ!!』

 

『CUWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

……と言った感じで、今の俺なら「苦戦する事に苦戦する」と言うレベルで、余裕を持って勝利する事が出来るだろう。その代わりに家は吹っ飛ぶだろうが。

 

「確かにその方が色んな意味で合理的とも好都合とも言えるだろうが……」

 

「ならばこれで話は終わりだ。これ以上、幼子を不安にさせる必要もあるまい。話があるならこのイナゴ怪人1号が代わりに聞こう」

 

イナゴ怪人1号の言葉に隠された真意を理解したのか、塚内さんと相澤先生は俺に目配せすると、俺はエリちゃんを連れて部屋に戻った。

そして、エリちゃんをあやしながらテレパシーによる精神感応を開始すると、イナゴ怪人1号を通して、リビングに居る二人との会話を続行する。

 

「『それで、さっき施設がどうこうと言っていましたが……その場合、エリちゃんの“個性”が問題になるのではないですか?』」

 

「ああ……担当した医師の見解では、彼女がオール・フォー・ワンによって強制的に『巻き戻し』を発動した際、額の角からそのエネルギーが放出されていたと言う居合わせたヒーロー達の証言と、彼女が病院に運ばれた時と今で角の長さが違う事から、彼女が『巻き戻し』を使うには一定量のエネルギーを角に蓄積しておく必要があるのだそうだ」

 

「『……つまり、今のエリちゃんは『巻き戻し』が使えないと?』」

 

「少なくとも、今は“個性”を暴走させる程のエネルギーは無いと判断されている。だが『巻き戻し』の効果がドラスの肉片や人体以外に作用しなかった事を考えると、“個性”を制御する為の練習をするとしても、そう簡単にはいかない。何より、オール・フォー・ワンの供述通りだとすれば、このまま彼女を何処かの施設に預けるのは余りにも危険過ぎる」

 

「『………』」

 

確かに、オール・フォー・ワンの言った通りなら、エリちゃんはその“個性”で意図せずに父親を手にかけてしまっている。下手な施設に預ければ、今は大丈夫でも遠くない未来で同様の悲劇が起こる事は想像に難くない。

 

「『それでは、エリちゃんはこの後どうなるんですか?』」

 

「こうした場合、類似した“個性”を生まれ持ち、“個性”の使用許可を得た人間……基本的にはプロヒーローが先生になり、“個性”の使い方を指導して貰うのがセオリーなんだけど、現在登録されているプロヒーローの“個性”で、エリちゃんの『巻き戻し』と類似した“個性”は確認されていない。プロヒーローの中では……だけどね」

 

「『……何となくですが、話が見えてきた様な気がします』」

 

「現状、エリちゃんの『巻き戻し』に一番近い能力を持っているのは、オール・フォー・ワンが製造した『ガイボーグ』――ドラスを元の右腕にまで戻した君だ。それに加え、イナゴ怪人4号の変異体が彼女に取り憑いているとなれば、君が彼女に“個性”の使い方を教えるのが一番良いのではないかと僕は思う」

 

「……待って下さい。それは呉島もまだ把握し切れていない能力の筈です。こう言うのも何ですが、呉島があの子に教えられる程、その能力に熟達しているとは思えませんよ?」

 

「確かに、今の呉島君がすぐにそれをエリちゃんに教えるのは難しいでしょう。しかし、呉島君がその能力を練習する事が出来て、最悪それに失敗したとしても問題の無い相手が居るのです。

そして、それこそが今回、私がイレイザーヘッドに声を掛けた理由であり、本当の意味で倒すべき相手に繋がるのです」

 

「……どう言う事ですか?」

 

塚内さんの発言に、流石の相澤先生も怪訝な表情を見せた。仮に能力の制御に失敗したとしても……つまり、「殺してしまったとしても、問題の無い相手が居る」等と言われれば、誰だってそうなるだろう。それに加えて、「本当の意味で倒すべき相手に繋がる」と言われれば尚更だ。

 

「これまでに確保された脳無、或いはガイボーグと称されるヴィラン……その正体はオール・フォー・ワンによって与えられる複数の“個性”に見合う様、人の手で薬物やDNAの混成と言った人体改造を施された改造人間だと、これまでの調査で判明していますが、脳無とガイボーグには二つの相違点があります。

一つは、ガイボーグには総じて培養された呉島君の細胞が使われていると言う点。もう一つは、ガイボーグの素体には生きた人間が使われていますが、脳無の素体に使われているのは死んだ人間……つまりは遺体だと言う点です」

 

「『遺体……?』」

 

「ちょっと待って下さい。それじゃ『敵連合』は脳無を製造する過程で、死者を蘇生させていると言う事ですか?」

 

「いえ、厳密には違います。専門家の話によると、脳無は死体が人の手によって内臓も脳も滅茶苦茶にされた挙げ句、特定の人物の命令を聞くようにプログラミングされた上で、複数の“個性”を使う為に生体機能を持たされている(・・・・・・・)との事で、それは一般的な蘇生とは異なり、医学的・生物的な見地から言えば、脳無は間違いなく死体なんだそうです」

 

「『……つまり、脳無は人間の死体を部品として造ったロボットの様なモノだと?』」

 

「その解釈で間違いない。脳無はあくまでも『意思を持たない操り人形』。或いは『生きている様に見える動く死体』だ。例え、改造される前の姿に戻る事が出来たとしても、彼等が人として生き返る事は無い」

 

「『……要するにこう言うことですか? 脳無が人間に戻った所で、死体に戻るだけで生き返らない。元の人間に戻す事に失敗したとしても、元々死んでいるから殺した事にはならない』」

 

「……そうだ。名目上は“無個性”になったエンデヴァー達の“個性”を復活させる為に、君の持つ『巻き戻し』に由来する能力を早急に使いこなして貰いたいとの事だが……この要請の本質はそれじゃあない」

 

「と、仰いますと?」

 

「これは極秘事項なのだが……警視庁とヒーロー公安委員会が最も問題視しているのは、脳無とガイボーグの製造には“個性”や人体に関する深い知識と、非常に高いレベルの専門的技術が関わっていると言う点だ。

君が攫われた時の証言と、オール・フォー・ワンの供述から察するに、『敵連合』が行っている人体改造は、オール・フォー・ワンの協力者である改造技術者による所が大きい」

 

「『そこで捕らえたガイボーグを人間に戻し、改造技術者の情報を提供して貰らおうと言う訳ですね?』」

 

「ああ。ガイボーグも脳無と同様に情報を吐く事が出来なくされているが、彼等は間違いなく生きた人間だ。人間に戻る事が出来れば諸々の問題が全て解消され、オール・フォー・ワンに協力する改造技術者の手掛かりが掴めるかも知れない。

特に『死穢八斎會』の組長は、エリちゃんの“個性”関連でオール・フォー・ワンと会話しているらしいから、改造技術者とも何か話していた可能性は高い。その為、警視庁とヒーロー公安委員会は、闇組織を壊滅させる為にも可能な限り迅速にガイボーグを人間に戻して欲しいと考えている」

 

「いや、ちょっと待って下さい。神野の一件でオール・フォー・ワンが投獄された以上、既にあるモノは仕方ないにしても、『敵連合』が改造人間を新造する事は不可能になった訳でしょう? 確かに改造技術者や既存の脳無は放っておけないでしょうが、それでもグレーな事をしてまで“可能な限り迅速に”と言うのは、どう言う意味ですか?」

 

「これまで『敵連合』は、その活動の際には必ず脳無を投入していますが、その中でも“黒い脳無”は一際高い戦闘能力を有し、共通して『超再生』の“個性”を持っていました。ガイボーグが持つ再生能力は、移植された呉島君の細胞に……つまりは、呉島君の“個性”に由来するモノですが、脳無は違う。

勿論、『トカゲの尻尾切り』の様に、それに類似する効果を持つ“個性”は存在しますが、それも決してありふれたものじゃない。所謂“レア個性”と呼ばれる類いのもので、そう簡単に手に入る様な“個性”じゃない。そうなると考えられるのは……」

 

「『“個性”を複製する“個性”……そんな“個性”を改造技術者が持っている可能性が高い』」

 

「確かにその可能性もあるだろうが、どちらかと言えばその改造技術者が高度な知識とノウハウを元にして造った“人造個性”。或いは“個性”の複製技術による“複製個性”なのではないかと我々は考えている。

いずれにせよ、他人から“個性”を奪う事無く、強力な“個性”を量産する事が出来るとすれば、その危険度はある意味オール・フォー・ワンよりも上だ。何かしでかす前に、早急にその所在を掴む必要がある」

 

「『……なるほど』」

 

塚内さんの言いたい事は理解できる。仮にそれが真実だとすれば恐るべき事態だ。

 

超人社会における重大な犯罪の大半は、何らかの形で“個性”を用いた“個性犯罪”であり、それは「その“個性”を持った人間にしか出来ない犯罪」だと見る事が出来る。

言い換えるなら、「他の誰にも真似する事が出来ない犯罪」であるからこそ、オール・フォー・ワンの様な規格外な“個性”を扱う個性犯罪者であれば、その逮捕は平和の維持と言う観点において非常に大きな意味を孕んでいる。

 

しかし、『敵連合』が「個性破壊弾」と言う「超人から“個性”を奪う方法」を、そして“人造個性”や“複製個性”と言う「誰もが強力な“個性”を手に出来る方法」を擁しているとなれば話は変わる。

極端な話、『敵連合』はオール・フォー・ワンが逮捕された所で、痛くも痒くも無いのである。そう考えると、神野区の決戦において、オール・フォー・ワンが“個性”を手放したのは、自分の代わりになるモノを既に用意しているから、自分が居なくなっても『敵連合』の活動に全く問題が無いと言う部分もあったのかも知れない。

 

「『それなら早速、明日にでも――』」

 

「だが、私個人としてはこの提案には反対だ。君は何かしらの理由を付けてこの話を拒否するべきだと、私は思っている」

 

ただ、非常に個人的な事を言わせて貰えば、脳無もガイボーグも『敵連合』の被害者であるにも関わらず、相変わらず世間における彼等の認識が「凶悪なヴィラン」以外の何者でも無いと言う事は、俺にとっては無視する事が出来ない点だった。

彼等も俺と同じ被害者である筈なのに加害者として扱われ続けているのは、一重に超人社会の平和と安寧の為であり、彼等を元に戻す手段が皆無だからなのだろうが、俺にとってそれが受け入れがたい現実である事には変りは無い。

 

だからこそ、俺としては塚内さんの提案は渡りに船だったのだが、それを塚内さん自身が反対した。それも、公では無く私の意見である事を強調して。

 

「この方法には一つ、決して無視する事が出来ない重大な欠点がある。仮にガイボーグを人間に戻したとしても、そうなれば彼等に移植された“個性”が問題になる。脳無の場合、素体が死体である事を考えれば、持たされていた生体機能が無くなった時点で“個性”も自然に失われるのかも知れない。

だが、ガイボーグは違う。素体が生きた人間である以上、体を元に戻せば投入された複数の“個性”による拒絶反応が襲う筈だ。改造する事でその負荷に耐えられるようにしていたんだからね。つまり、彼らに投入された“個性”を何処かに逃がさなければならない。なら、それを何処に逃がせば良いと思う?」

 

「『それは……』」

 

「呉島が彼等から“個性”を奪うしかない……そうでしょう?」

 

確かに、“個性”『オール・フォー・ワン』を取り込んだ今の俺なら、脳無やガイボーグの肉体から“個性”を取り除き、それを取り込む事も不可能では無いだろう。俺が心から彼等を人に戻す事を望み、その為の力を欲しさえすれば、それはきっと叶うだろう。

 

しかし、それこそが正に問題なのだと塚内さんは言い、相澤先生は険しい表情で要請の裏にあるモノを想像し、眉間に皺を深く刻んでいた。

 

「つまり、警視庁とヒーロー公安委員会は、呉島に更に“個性”を取り込めと言っている訳ですか。オール・フォー・ワンと同等の、或いはそれ以上の力を持つ者を自ら作り出そうとしていると……とてもまともな判断だとは思えませんね」

 

「正確にはオール・フォー・ワンの協力者達が警視庁とヒーロー公安委員会に紛れ込んでいて、今回の事を提案したのだと思われます。そして、この協力者達を我々は『財団』と呼んでいます」

 

「『財団』……それこそが、我々が倒すべき敵だと?」

 

「ええ。彼等はオール・フォー・ワンから、今回の事件でオール・フォー・ワンが呉島君に成り代わる計画を教えられていた筈です。そして、『財団』のメンバーは神野区の事件後に、『呉島君が堂々と“個性”を集める事が出来る方法』を、オール・フォー・ワンから要求されていたのだと思います。

例えば、『個性犯罪者から“個性”を奪えば、二度と個性犯罪を起こす事は出来ない。それはオールマイトに代わる平和の為の抑止力となり、犯罪発生率の更なる低下に繋がるのではないか?』……とでも言えば、それ以外の真っ当なメンバーをも動かし、承認を得る事も出来るのではないかと」

 

「……まあ、確かにソレが出来れば、犯罪抑止力としては非常に強力なカードになるでしょうね。オールマイトが引退するとなれば、尚更そう考えてもおかしくはない。ある意味、それは彼等にとって一種の願望なのでしょうし」

 

「しかし、それで平和にはならんだろう。むしろ、その“人造個性”や“複製個性”の需要が増大し、治安がより悪化する。人造にせよ複製にせよ、欲する“個性”が手に入るとなれば、莫大な利益を得られるのは明白だ。そんな金のなる木を『財団』がそのまま闇に葬るとは思えん。

最悪、その『財団』とやらが『敵連合』の保有する技術を吸収し、『敵連合』に成り代わるだけと言う結末も有り得るのではないか? 無論、それは警察やヒーロー公安委員会も同じだがな」

 

「「………」」

 

乱入したイナゴ怪人2号の発言によって、警察官である塚内さんと、プロヒーローである相澤先生は黙ってしまったが、それはイナゴ怪人2号の言っている事があながち的外れとは言えないからだろう。

 

お偉い人達はそれで平和がもたらされると考えているようだが、人類の約8割が“個性”を持つこの超人社会で、「他者から“個性”を奪う事が出来る能力を持つ者」に対し、恐怖よりも安堵を抱く人間が果たして何人居ると言うのか?

それは確かに“平和の為の抑止力”には成り得るのかもしれないが、決して人々から慈悲深いと崇められる“平和の象徴”などではなく、人々から忌み嫌われる“恐怖の象徴”と言うべき存在なのではないだろうか?

 

「……否定はしない。残念な事に、我々は常に後手に回っている。まず間違いなく、オール・フォー・ワンの手助けしている者達が……『財団』は存在する。オール・フォー・ワンが君に成り代わったと考える彼等は、これ以上なく強力に動くだろう。永遠の命を、或いは強力な“個性”を手に入れる為に」

 

「そして、それ以外の真っ当な連中は連中で、自分達にとって都合の良い、自分達の意のままに動かす事が出来る『ヒーローとしてのオール・フォー・ワン』を造り出そうとしている……と言った所ですかね?」

 

「ええ。また“個性”の移植はどうしてもリスクがありますから、それを実行するのは『財団』のメンバーにとっても一大決心である筈です。しかし、呉島君の『巻き戻し』に由来する能力を鍛える事で、その万が一に対処する事が出来る」

 

「……どちらにせよ、『財団』も、警視庁も、ヒーロー公安委員会も、呉島を良い様に使うつもりでいるって部分は同じな訳ですか。何て言うか、世も末ですね」

 

そう語る相澤先生はニヒルな笑みを浮かべていたが、その瞳の奥には怒りや失望、それに侮蔑や達観と言った複数の感情が無い混ぜになっていた。それは相澤先生が主にアンダーグラウンドで活動していた事で、こうした超人社会の闇を多く見てきたからなのかも知れない。

 

「『……それでも、俺のやる事は変わりませんよ。少なくとも、脳無とガイボーグに関してだけは』」

 

「……呉島。お前は、それがどんな選択なのか理解しているのか? お前は脳無を、ガイボーグを救う度に、望まない力を手にする事になる。その代償が何なのか、何を犠牲にするのか、お前はもう分かっている筈だ」

 

「『………』」

 

「お前は『自分と同じ境遇の人間の救いになりたい』と言う想いでヒーローを目指している。だからこそ、お前は脳無とガイボーグを救いたいと思うんだろう。だが、力を持ち過ぎた個の力は、平和を求める人間にとっては異質な、理解不能な恐怖でしかない。そんな連中にとって、“正義を否定する化物”と“正義を肯定する化物”に、そんな大した違いはない」

 

「『………』」

 

「事件の顛末はナイトアイから聞いた。お前の選択を聞けば、誰もがお前の理想に殉じる姿勢を賞賛するだろう。だがそれは、ヒーローの現実を禄に知らない無知な連中の、ヒーローに求める『清廉潔白な聖人』と言うイメージがそうさせるだけだ。

それはヒーロー社会に蔓延り続ける、民衆がヒーローに身勝手に押しつけ続ける幻想だ。それは殉職した警察官に向けられるものより、殉教した信者に向けられるものに近いものがある」

 

「『………』」

 

「確かに、ヒーローとして仕事をしていれば、そんな場面に遭遇するのも、覚悟したのも一度や二度じゃない。だが、それでもソレを“人生の結末の一つ”として考える事はあっても、“決定された未来”として考えた事は一度も無い。いや、考える奴はいない。超人社会の花形の職業としてヒーローを目指している様な連中なら、そんな奴は皆無と言っても良い」

 

「『………』」

 

「勿論、ヒーローとは何かと問われれば、それこそ色々な意見があるだろう。『トラブルの渦中に居る市民に希望を与える者』。『優秀な“個性”を活かし、社会に貢献する者』。『人々に“個性的”な生き方を示し、超人社会の規範となる者』。『自分の“個性”と社会との調和を体現する者』……と言った具合にな。

いずれにせよ、ヒーローのそうした在り方こそが、一人一人の心に『自分もまたヒーローになろう』と言う想いを生み出す。そう在るからこそ、人々はヒーローを羨望し、ヒーローに魅せられる。ただでさえ“個性”を持て余している、この超人社会では尚更な」

 

「『………』」

 

「だが、『誰よりも悪意と狂気を受け止め、自由と平和の為に戦っておきながら、最後は善を成そうとする人間達に、自由と平和に不要な危険物として拒絶されながらも、それを良しとする者』……それは確かに誇り高く、何者にも侵し難い尊いヒーローの在り方なのかも知れん。だが、それは最早『ヒーロー』じゃない。『都合の良い神様』だ。それはお前がなりたいと思った、ヒーローの姿なのか?」

 

「『………』」

 

イナゴ怪人を通してではあるが、それでも珍しく口数が多い相澤先生の胸の内に、その瞳の奥に、先程よりも激しい怒りと、何かに対する悲哀と、深い後悔が渦巻いている事は理解できた。

俺が手遅れにならない様に、或いは再び殉教と言う選択を取らせない様にしようとしている事も、その目を見て嫌と言うほど理解出来てしまった。

 

相澤先生は分かっているのだ。ヒーローとは、そもそも矛盾した存在なのだと。

 

入学初日の『“個性”把握テスト』で、相澤先生は「理不尽を覆すのがヒーローだ」と言っていたが、何時何処から来るか分からない理不尽を覆す事が出来るのは、それを凌駕する事が出来るのは、それ以上の理不尽以外に有り得ない。「ヒーローになる」と言う事は、「誰よりも理不尽な存在になる」と言う事に他ならないのだ。

 

そして、理不尽とは「この世の道理を尽く打ち消すモノ」であり、それにただ流されるしかないのが人間だ。それを覆す事が出来るとするなら、それは最早人間じゃない。それは『人の味方をする理不尽』で、『自分達の思い通りに動く超常的な存在』……つまりは、『都合の良い神様』だ。

 

事実、『ヒーロー』とはアイドルや警察官と言った複数の職業の要素を備えた、超人社会における花形の職業でしかないが、人々は誰もが心の奥底で、ありきたりな英雄譚に登場する『幻想のヒーロー』を、『現実のヒーロー』に求めているのだ。『公』と言う名の酷くか弱い自分達の為に、自分と言う『私』を殺し尽くす絶対的な強者であれ……と。

 

だが、例え人々の自由と平和の為に戦おうとも、それが理不尽である以上、「世の理を乱すモノ」である事に変りは無い。だからこそ、待ち望んだ平和が訪れた時、民衆はヒーローの活躍を応援した声で、ヒーローの消滅を望む言葉を理路整然と宣うだろう。何故なら、平和な世界に理不尽を凌駕する力など、存在する必要が無いのだから。

 

誰よりも平和の為に傷つきながらも、その平和によって存在理由を失ってしまう。ヒーローが平和の為に必要とされなくなった時、ヒーローが平和の為に望んだ筈の強大な力は、ヒーローを排除すべき異物にしてしまうのだ。

 

俺にもそれは分かる。抵抗だってある。改造と自己進化の影響によって変色した緑色の血液を見て、その平和が訪れた時の事を想像し、恐怖しない夜は、きっと俺のこれから先の人生で、一度として無いだろう。

 

「『……相澤先生』」

 

――それでも、俺は人間の為に戦ってもいい筈だ。あの絶対悪が支配した暗黒の時代で、たった一人でも戦い続けた“正義の使者”がそうしていた様に――。

 

「『俺が人間の正義に拒絶される事と、俺が俺の信じた希望と未来の為に“希望の象徴”を目指す事は……全く別の問題なんじゃないですか?』」

 

「………」

 

「『オールマイトに言われたんです。ヒーローになるのはゴールなんかじゃなくて、ヒーローになって何がやりたいのかが大事なんだって。相澤先生が言う様に、俺がヒーローになりたかったのは、俺が自分と同じ様な境遇の人間の救いになりたいと思ったからで……人間に戻って家族の元に帰る事が出来るって言うのは……改造された側からすれば、それは間違いなく“救い”なんですよ』」

 

「……その先にあるモノが、お前が最後に辿り着く場所が……お前が思い描くような場所じゃなかったとしてもか?」

 

「『それでも……俺の願いは変わってません。俺が変わり果てた今になっても、それは何も変わってません。それは自己犠牲とか、献身とか、そう言う事を超えて……やるだけの価値があるんだと、俺は思います』」

 

「………………そうか……」

 

その時に相澤先生が浮かべた表情は、俺に相澤先生がこれまでに失った多くの何かを想像させた。その帰結がきっと、今の相澤先生が掲げる「徹底した合理主義」なのだろうと言う事も。

 

そんな相澤先生の視線は何かを懐かしむ様で、それでいてその視線の先には、俺ではない誰かがいる様な気がした。

 

 

●●●

 

 

翌日。厳重なセキュリティが一部とは言え解除されると言う、タルタロスの歴史でも類を見ない現象が起こった一室で、俺はかつてUSJで死闘を繰り広げた黒いマッチョメンこと、対オールマイト用の脳無と再会した。

 

「………」

 

「変身」

 

白く恐ろしい怪人へ姿を変えた俺が一瞥すると、脳無は拘束具から解き放たれるが、脳無は立ち上がるだけで何もしない。その虚空の一点を見据えたガラス玉の様に無機質な瞳は、相変わらず感情が全く籠っていなかった。

 

「………」

 

「随分と皮肉が効いていると思うよ。我ながらな」

 

どんなに言葉を投げかけても、脳無は何も返さない。何も答えない。唸り声さえ上げない。そんな脳無を見ていると、「この世には底なしの悪意はあっても、希望は何処にも無いんじゃないのか?」と言う思いが頭をよぎる。

 

それなら……それでも良い。ならば、この俺が“希望”になろう。“救い”になろう。それが、俺にしか与えられないと言うのなら――。

 

「ライダー……」

 

夜空を走る流れ星に、祈りや願いを込める様に拳を握る。打倒するのではなく、救済する為に力を込める。そして、ただひたすらに、真っ直ぐに走り出す。

 

「パンチッ!!」

 

人間でなくなってしまった悲哀と、『仮面ライダー』として生きる誇りと共に――。

 

 

〇〇〇

 

 

誰よりも人間を愛した男がいた。

 

だが、人間でなくなってしまった男がいた。

 

その力を望んだ訳ではない。しかし、彼には力が与えられた。

 

引き替えに人としての、きっと誰もが享受出来た幸福と未来を奪われて――。

 

――ならば戦おう。悪魔から与えられたこの力は、悪魔の微笑みを砕く為にある。

 

誰よりも人を愛する男。しかし、人に愛されてはならない男。

 

だからこそ、彼は『戦う』事を選択した。

 

命果てるその日まで、安息の時は無いと知りながら……。

 

――『仮面ライダー』こと、呉島新は改造人間である。

 

彼を改造した『敵連合』は、ヒーロー社会の転覆を企む反社会的勢力である。

 

『仮面ライダー』は人間の自由と平和の為に、今日も戦うのだ――。

 

 

 

-完-

 




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 連載当初の予定通りに改造人間となり、その悲哀を背負って生きる怪人主人公。最終話のタイトルが『序章』なので、元ネタの様に続きが気になる的な終わりにした方が良いかと思った訳だが、続編として『THE NEXT』を連載するかは正直言って微妙な所。
 ぶっちゃけた話、現時点でショッカー首領に相当するラスボスを倒してしまい、主人公も強く成り過ぎた感が否めないので、続けてもバトルシーンが覚醒した死柄木が相手だとしても消化試合に成りかねない気がする。

エリちゃん
 原作でも充分ヤベェのに、それ以上のパワーアップを遂げてしまった幼女。ある意味、最強のセコムが憑いているので、身の安全は保障されている。色々と前倒しになったけど、この後は何だかんだで原作と同じ様に、全寮制になった雄英で暮らす事になる。
 尚、エリちゃん関連の話は『すまっしゅ!!』ネタでそれなりにプロットが出来ており、常闇の『黒影』が幼女化したコカゲとエリちゃんの絡みは結構面白そうだと思っている。但し、寮の母決定戦はシンさん共々、極大の地雷になるケドな!

塚内直尚
 オールマイトの担当になって以降、ヒーロー関係で色々と振り回され続ける感のある苦労人。スピンオフの『ヴィジランテ』で改造ヴィランの事件を追っていた彼にとって、今回の要請はハッキリ言って「ふざけるな」と言いたくなる案件だったりする。
 勿論、下記の『財団』を壊滅させるには、今回の提案に乗った方が良い事は分かっているが、それに伴うシンさんの代償を無視し、シンさんが人間から離れていくのを許容する程、彼とシンさんの付き合いは浅くない。

相澤消太
 上記の塚内さんと同様、『ヴィジランテ』で改造ヴィランの事件に関わっていた為、改造人間に関する理解は雄英教師の中でもダントツで深いであろうヒーロー。学生時代の経験からか、「死ぬ事と自己犠牲は違う」と語る彼にとって、シンさんの行動と言動は色々と刺さるものがあると思うの。
 現時点では黒霧の正体を知らないが、この世界では黒霧の正体が判明すると同時に、彼の学生時代には既に『財団』が……つまりは、オール・フォー・ワンの魔の手が雄英に伸びていた事を知る事になる。



イナゴ怪人アーク
 イナゴ怪人4号変異体。本体であるエリちゃんの身体を乗っ取ったりしない点は元ネタよりはマシだが、通常のイナゴ怪人と同様、本体の願いを叶える為に良かれと思って勝手に行動する節がある。
 得意技は指先から放つ石化光線。石化が効かない相手には、普通に素手でボコボコにしたり、手から破壊力抜群の火球をぶっ放したりする。尚、クリスマス以降は強化改造された常闇バスターソードを専用武器として使用する事とする。
 元ネタは『555』のラスボス「アークオルフェノク」。連載当初は原作でエリちゃんが登場していなかった事と、元ネタ的に洸汰君に取り憑く予定だった。

財団
 原作でも度々言及されている「オール・フォー・ワンの協力者達」を、この世界では総称してこう呼ぶ。決して『財団X』でも『財団B』でもない。原作では表側でそれなりの力を持っているオール・フォー・ワンの協力者は、ドクター以外には未だに影も形も無い。下手するとこのまま出てこないで原作が終わる可能性もあるが、果たして……。
 元ネタは『真・仮面ライダー 序章(プロローグ)』に登場する『財団』。表向きは人類の幸福と発展の為に活動していると言う点では、この世界の『財団』も似たようなモノではある。



後書き

かくして、作者が2016年8月に短編の『真・怪人バッタ男 序章(プロローグ)』を投稿し、読者の皆様の要望に応える形で始まった続編たる本作『怪人バッタ男 THE FIRST』の物語は、遂に本編の完結と相成りました。
劇場版の方がまだ完結していませんが、其方の方も話が出来次第、順次投稿していきますので、今暫くお待ちいただければ幸いです。

前の連載作は予定よりも大幅に切り上げる形で完結させましたが、本作はそう言った事も無く、むしろ劇場版やOVA、果てはスピンオフや小説版と言った外伝的な話にも手を出して、当初の予定よりも大幅にボリュームを増やす結果になってしまいました。
しかし、それも『僕のヒーローアカデミア』と言う作品が、色んな意味で魅力的だったからだと、作者は心から思っています。勿論、ネタにしやすいと言う意味でも。

また、前書きでも話しましたが、続編の『怪人バッタ男 THE NEXT』に関する意見を書くスペースを活動報告で用意していますので、何か意見がありましたら感想欄ではなく、其方の方にお願いします。

ご愛読、本当にありがとうございました。

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