怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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大変長らくお待たせしました。新型コロナは作者の例年の予定を大幅に変更せざるを得ない状況を作り出し、肉体と精神に想定を遙かに超える負担を与え、パソコンに向き合う時間さえも奪い去った結果、遂に読者さんから本作がエタったのかと心配される始末……。

そんなリアルの事情が何とか落ち着き、漸く今回の投稿で本編は完結。当初の予定ではこの一話で終わるつもりでしたが、想定よりも大分長くなったので、一話を二話に分割して本編の終了とさせていただきます。
後、劇場版の方も何時もより短めですが一話投稿していますので、其方の方も宜しければお楽しみ下さい。

今回のタイトルの元ネタは『新 仮面ライダーSPIRITS』の「帰ってきた男」。作者としても何だか帰ってきた感が凄い。


第55話 帰ってきた怪人

冷たくなった妻から取り出された小さな命――その誕生は間違いなく福音に包まれていた。

 

若くしてこの世を去った最愛の忘れ形見は、私にとって掛け替えのない宝となった。

 

『……我ながら残酷な事を言っていると思う。だが、それでも、俺に「強化服・零式」を使わせて欲しい。それ以外に、俺が俺に勝つ方法は無い』

 

だが、私のたった一人の家族は、理不尽な悪意に奪われた。

 

帰ってきた息子の魂の欠片は、輝いていた筈の未来を自ら閉ざす決断をした事を、人ならざる異形の口で私に告げた。

 

まるで、「正義の使者となる」か、「ただ宿願に殉じて死んでいく」か……それ以外に自分が生きる道は無いのだとでも言う様に。

 

――なあ、新。お前にはもう、その二つしか選択肢は無いと言うのか?

 

『そうだ』

 

――何故だ、何故そうしてまで、お前は戦おうとしているんだ?

 

『……俺が、“仮面ライダー”を選んだからだ』

 

封印を解かれた漆黒の太陽を手にし、飛び去っていく無数の蝗を見上げながら、私は後悔していた。

 

息子がこうなったのは、そんな決断をしたのは、雄英を襲ったヴィランの所為でもなければ、生徒を守り切れなかったヒーローの所為でもない。

 

私だ。他ならぬ、この私の所為だ。

 

私は私と同じ“個性”を持って生まれ、『ヒーロー』を目指し、足掻き続ける息子の生き様を見て、お前が何時か私が諦めていた筈の夢を、私が叶えられなかった理想を、私が掴み損ねた未来を、その全てを叶える姿を夢見てしまった。それが、どれほど困難な道なのか解っていて……。

 

済まない。済まない、新……――。

 

私はお前に……夢を託さなければ良かった――。

 

 

●●●

 

 

塚内さんの運転する車で家に帰り、玄関を開けた俺を待っていたのは、父さんの万力の如く力強い抱擁と、火傷しそうな位に熱い涙だった。

 

オール・フォー・ワンとの決戦の最中、『強化服・弐式』とサイクロンを準備して欲しいとテレパシーを送り、戦いを終えた後は病院に搬送される途中でも父さんの頭に直接連絡を入れていたが、イナゴ怪人BLACKを介して今生の別れを告げた一人息子が五体満足で家に帰ってきたとなれば、この反応も当然だろう。

それに加え、父さんは俺が攫われた後で警察から「俺と同じ『バッタ』の“個性”を持っているのなら、バッタのテレパシー能力で俺の所在が分かるのではないか?」と打診されていたらしいのだが、年々弱まっていく父さんの『バッタ』の“個性”では、俺の居場所を特定する事が出来なかった事も一因になっているだろう。

 

結果、俺は父さんの気が済むまでされるがままにしていた。そして、父さんは今日一日仕事を休み、ずっと家に居るとの事だが、「明日から少し忙しくなる」と言っていた時、何やら覚悟を決めて重大な決断を下した様な面持ちをしていた。

 

正直、父さんの言動がかなり気になるのだが、俺には今日中にやらなければならない事が一つある。クラスメイトへの生存報告だ。今の俺の気分としては、「恥ずかしながら、生きながらえて帰って参りました」と言った所であり、恐ろしく気が進まない。

 

ナイトアイから聞いた話によると、俺と勝己が攫われた後で、切島と轟が俺と勝己の救出を八百万と出久に提案し、俺の残留思念を宿したイナゴ怪人BLACKを通したさよならを受け入れる事が出来なかった出久がそれに乗り、病院に出現したイナゴ怪人3号を通じて『敵連合』に情報が漏れている可能性を危惧した八百万が、密かに麗日と梅雨ちゃんに協力を要請し、それを二人が承諾。

 

そんな二つのチームが独自に俺と勝己の救出作戦を実行しようとしていた矢先、どちらのチームも計画が実行される前に飯田とナイトアイ事務所の面々に捕まり、一悶着と一騒動の末にナイトアイをリーダーとして皆は神野区に乗り込むと、フランスの特別捜査官を名乗るB組の神谷と合流し、警察とは別に動いていたのだと言う。

 

そして、俺がシャドームーンとしてオールマイトと戦い、仮面ライダーとしてオール・フォー・ワンと戦っていた際、飯田、八百万、麗日、梅雨ちゃん、切島の5人はナイトアイのサイドキックであるセンチピーダーとバブルガールの指示の下、神野区で救助活動を行っており、そこへイナゴ怪人軍団が生きたいと願う命を救う為に彼等と合流。

その時、5人はイナゴ怪人の口から俺が無事である事を知って安堵した訳だが、それから間も無く5人を絶望のどん底に叩き落とす出来事が起こってしまった。

 

イナゴ怪人達は本体である俺がダメージを受けると、そのダメージがイナゴ怪人達にフィードバックされる特性を持っていて、逆にイナゴ怪人達の身に何かが起これば、本体の俺にも同様の事態が起こった事が第三者の目にも分かる。

 

――では、イナゴ怪人達の肉体が足元から大きな亀裂を入れながら崩壊し、ミュータントバッタの死骸に変化する光景が展開されれば、そんなイナゴ怪人の特性を知る5人は果たしてどう思うだろうか?

 

正に希望と絶望の相転移。落として、上げて、また落とすとは、何と言う鬼畜の所行だ。俺の仕業だった。ある意味、オーラエネルギーをぶつけて気絶させたらしい出久や轟、勝己に通形ミリオなる3年の先輩よりも酷い事をした気がする。

 

また、これはオールマイトから聞いた話なのだが、イナゴ怪人3号の勘違いした暴露によって、それを聞かなかった耳郎と葉隠以外のクラスの皆は、俺が「オールマイトから『ワン・フォー・オール』を継承した“平和の象徴”の後継者」だと思っているらしい。

ついでに言うと、『敵連合』に攫われた勝己もオール・フォー・ワンの口から、俺がオールマイトから“個性”を受け継いだ“次世代の平和の象徴”だと吹き込まれ、他のクラスの面子と同様の勘違いを起こしているのだとか。

 

幸いと言って良いのかどうかは分からないが、オール・フォー・ワンは「『ワン・フォー・オール』は俺の“個性”『バッタ』に取り込まれて消滅した」と思い込んでいた為、クラスの面々も『ワン・フォー・オール』そのものは既に消滅したと思っている。

つまり、『ワン・フォー・オール』は未だに健在で、『ワン・フォー・オール』の所有者が出久だとはバレていない。ならば結果オーライ、結果オールマイトと、此処はポジティブに考えるべきだろう。俺の方も完全には「違う」と言い切れない部分もある訳だし。

 

そんなクラスの皆を安心させる……と言うか反応を見る為にも、俺自身が各々に連絡を入れる必要があるのだが、受話器を持つ右手はやけに重く、ボタンを押す左手の指は妙に力が入らない。

尚、スマホは林間合宿におけるイナゴ怪人4号達との戦いで粉々に砕け散った為、今回の生存報告はこうした事態に備えて各人のアドレスを書き写しておいた電話帳を片手に、家の固定電話を使う事とする。

 

「ああ、飯田か? 俺は……」

 

『呉島君かッ!? 今何処に居るんだッ!?』

 

「……家だ。ついさっき帰ってきた」

 

取り敢えず、「クラス委員長だから」と言う理由で最初に飯田へ連絡した所、飯田は尋常ならざる声色と鬼気迫る口調で「俺が本人なのか?」「怪我はしていないのか?」と言った事を猛烈な勢いでまくし立て、俺は興奮状態の飯田を落ち着けるのに結構な時間と、多大な労力を要した。

 

『……それでは、取り敢えず雄英には戻れると言う事か?』

 

「ああ、何か裏では色々と複雑に絡んだ事情があるみたいだけどな」

 

『そうか……』

 

その後も会話を続けたものの、何処か煮え切らないと言うか、釈然としない様子が拭えないまま飯田への生存報告が終わり、次は「副委員長だから」と言う理由で八百万の番号にコールする。

 

「ああ、八百万か? 俺は……」

 

『呉島さんッ!! 無事でしたの!?』

 

「……ああ、俺は無事だ」

 

八百万も飯田と同様のリアクションを見せ、やはり同じ様な質問を浴びせた後、クラスでは俺と八百万しか知らない「強化服・拾式」や荷電粒子砲の話をした所で泣き崩れ、八百万の心の均衡を取り戻すのに、俺は相当の時間と莫大な精神力を消費した。

 

『うぅ……それでは、また学校に行けるんですね?』

 

「ああ……」

 

『ぐす……本当に、本当に良かったですわ……』

 

「………」

 

そして、落ち着きはしたが涙が止まらない様子の八百万の次は誰かと言うと、それは俺と同じ様に『敵連合』に攫われた勝己である。

しかし、その勝己のスマホに電話を掛けても全く反応が帰ってこず、そこで「俺と同じ様にスマホを無くしたのではないか?」と考えた俺は、爆豪家の固定電話に掛け直してみた所、勝己のおばさんが電話に出た後、勝己に電話を代わって貰ったのだが……。

 

「よう、お互いに無事で何よりだが、調子はどうだ?」

 

『おぅ……』

 

「……スマホに掛けても出なかったから固定電話に掛けたんだが、お前も肝試しの時にスマホ壊しちまったのか?」

 

『おぅ……』

 

「……攫われた時に何か出された? メシ食ったって塚内さんから聞いたんだケド」

 

『おぅ……』

 

「………」

 

誰だ、コイツは。ぶっきらぼうな口調と、借りてきた猫の様な大人しさは、普段の勝己を知る者としては想像する事さえも出来ない……と思いきや、考えてみればヘドロヴィランの事件以降の約一年は大体こんな感じだったわ、コイツ。地味に懐かしい。

 

その後、普段から何かと熱い男である切島は当然として、普段は静かなる男として名高い轟が烈火の如き激しさで色々と確認してくると言う、結構レアな状況を体験した挙げ句、梅雨ちゃんや麗日からも八百万と同じ様な二人しか知らない質問をされ、それに答えたら同じ様に電話口で号泣され、落ち着くまで俺はずっと電話越しに言葉を掛け続けていた。

 

『なあ、呉島。「正しい」って一体何なんだろうな……』

 

「……お前、確か前に『変態は正義でなければならない』とか言ってなかったっけ?」

 

『いや、それはそうなんだけどよ……』

 

極めつけはコレである。真実(を含めた勘違い)を知ったクラスの面々は、総じて大なり小なり何処か余所余所しいと言うか、妙にぎこちなかったのだが、そんなクラスメイトのほぼ全員から、「正義とは何か?」、「ヒーローとは何か?」、「今のヒーロー社会は正しいのか?」と言った質問を投げかけられたのである。

 

A組は色々と濃い面子が揃っているものの、割と真面目な性格をしている者が多い為、今回の騒動でそんな事を考えるのは、そう不思議な事ではないのかも知れない。

だが、A組の二大お気楽キャラである上鳴と芦戸。挙げ句の果てにはドスケベ峰田さえもがそんな事を宣ったのだから、これは紛れも無い異常事態だ。

 

例外と言うか、何時も通りの態度と口調で俺と会話していたのは、林間合宿における『敵連合』襲撃の際、イナゴ怪人の命令で出撃した3体のマランゴが倒したと言う、「ガス人間第1号」なるヴィラン(本当のヴィラン名は「マスタード」と言うらしい)の“個性”で意識不明になった耳郎と葉隠の二人……つまりは、真実(を含めた勘違い)を知らない者達だけである。

 

「“個性”が使えなくなった?」

 

「うん……」

 

そんな電話越しの修羅場を幾度となく乗り越えた俺は今、かつて不法投棄されたゴミの山と化していた多古場海浜公園で、無事に退院した出久と密談をかわしていた。

既に日は落ち、夜の海岸は中々どうしてロマンチックな雰囲気に溢れているが、俺の隣に居る幼馴染みはロマンスも欠片も無い暗い雰囲気を醸し出している。

 

神野区の戦いにおいて失われた出久の右腕は、俺が『モーフィングパワー』で造ったおニューのソレに変わっており、ついでに酷く劣化した各所の靱帯や骨等も治しておいた為、肉体のコンディションは悪く無い筈なのだが、“個性”の不調からくる精神テンションの低下は目に見えて酷いの一言だ。

 

「原因は分かってるんだ。僕があの時、あっちゃんを救けられるなら、オールマイトを救けられるなら、皆を救けられるなら、『“個性”がもう二度と使えなくなっても良い』って思って“個性”を使った。それで……多分、“無個性”に戻っちゃったんだと思う……」

 

「………」

 

出久がそうなった原因である俺からすれば、改めてその時に出久がどんな気持ちだったのか聞くと、色々と心にくるものがある。

 

尚、オールマイト曰く、その時の出久は「デク」と言うより、もはや「デクさん」とでも言うべき絶対強者の風格とオーラを全身からこれでもかと言わんばかりに垂れ流すマッチョマンで、マッスルフォームのオールマイトや、怪人バッタ男の俺とはまた別ベクトルで画風……と言うか、世界観が違うらしい。

 

「……いや、お前の体を治療した時、お前の体からは確かに“個性”のエネルギーが……つまりは『ワン・フォー・オール』の気配があった。そして、それは今もお前の中から感じる事が出来る。確かに酷く小さいが、それでも『“無個性”になった』って訳じゃないと俺は断言する」

 

「“無個性”じゃないって……それじゃあ、何で……」

 

「多分、貯金を全部下ろして、バージョンアップした様な状態になっているんだと思う。いや、今までは貰ったポイントで遊んでいたけど、遂に課金したって感じか?」

 

「……ゴメン、ちょっと例えも意味も良く分からない……」

 

「そうか……まあ、これは随分前から個人的に思っていた事なんだが、『ワン・フォー・オール』が所有者の身体能力を“個性”そのものに蓄積していくのなら、“個性”も身体能力の一部である以上、歴代所有者の“個性”も『ワン・フォー・オール』そのものに蓄積されていたとしても、おかしくは無いよな?」

 

「……確かに、理屈としては間違ってないと思う。だけど、それならオールマイトが『ワン・フォー・オール』に蓄積された歴代の継承者の“個性”に気付いてない訳がないよね?」

 

「いや、『歴代の“個性”が蓄積される』って言うより、『歴代の“個性”のエネルギーが蓄積される』って感じだと俺は思う。幾ら超人が体を鍛え抜いたと言っても、8人分の身体能力が集約された位で、天候を変える程の風圧をパンチ一発で起こせると思うか? しかも初代は病弱で、体を動かす事もままならなかったって話だぞ?」

 

「……まあ、そう言われると……確かに……」

 

「だろう? 恐らく、『ワン・フォー・オール』は8人分の鍛え抜かれた身体能力に加え、6人分の……いや、元になった“個性”の分を含めれば8人分か? 兎に角、それらの“個性”のエネルギーが膂力に変換されていた事で、あの圧倒的なパワーを発揮する事が出来る様になったのではないか……と、俺は考えていた」

 

「なるほど」

 

「そして、『ワン・フォー・オール』の成り立ちを考えれば、継承者の素質次第で『ワン・フォー・オール』が突然変異を起こしたとしても、何もおかしい事じゃ無い。そうでなくとも“個性”は持ち主の肉体的・精神的状態によって、何らかの変化が起こる場合もある。それこそ、俺の“個性”の様に元から『進化する性質』を持っていなかったとしてもだ」

 

「………」

 

「つまり、また積み上げていかなきゃいけないって事だよ。お前が『二度と“個性”が使えなくても良い』と言う覚悟で、歴代の継承者達が積み上げたモノを全部使って、お前はお前の願いを叶えた。

その結果、確かに『ワン・フォー・オール』は出力と言う点では大幅に弱体化したが、“個性”の成長と言う点では『ワン・フォー・オール』は一歩先に進んだ……って事なんじゃないかな?」

 

「……そっか……」

 

「まあ、今すぐにでも力を取り戻す方法も、あるにはある」

 

「えッ!?」

 

「さっきも言ったが、『ワン・フォー・オール』はお前の中にある。つまり、お前が『ワン・フォー・オール』を誰かに譲渡し、再びお前に『ワン・フォー・オール』を戻せば、その分の身体能力と“個性”のエネルギーが『ワン・フォー・オール』に蓄積され、『ワン・フォー・オール』は力を取り戻す筈だ。それこそ不死鳥の様に」

 

「なるほど!」

 

「まあ、最大の問題はそれを誰とやるのかって事なんだケドな……」

 

現在、『ワン・フォー・オール』の真実……つまり、『ワン・フォー・オール』の本当の所有者を知っているのは、オールマイト、グラントリノ、サー・ナイトアイ、塚内さん、リカバリーガール、校長、そして出久と俺の七人なので、仮にこの策を実行するとしたら、この中のメンバーでやる事になる。

これまでに蓄積された全エネルギーが使い果たされた上に、『ワン・フォー・オール』そのものの変化も相俟って、誰に『ワン・フォー・オール』を譲渡しても何らかのリスクを負う様な事はまず無いだろうが、譲渡された人物の“個性”のエネルギーも『ワン・フォー・オール』に蓄積されていくとなれば話は変わる。

 

「? あっちゃんと僕でやれば良いんじゃないの?」

 

「……仮にだ。さっき言った俺の仮説が正しかったとしよう。そして、神野区で出久の身に起こった『ワン・フォー・オール』の出力に合わせた肉体の変化……取り敢えず、これを『デクさん化』と仮称する」

 

「いや、『デクさん化』って何!? 『マッスル化』とかじゃダメなの!?」

 

「ちなみに名付け親はオールマイトだ」

 

「じゃあ、『デクさん化』で!!」

 

「……話を戻すぞ。俺の仮説が正しいとすれば、『ワン・フォー・オール』には最低でも『6人分の“個性”のエネルギー』が蓄積されていたって事になる。そして、出久はそれを全部使った事で、『デクさん化』と言う化学反応を起こしたって事になるよな?」

 

「うん」

 

「じゃあ、改造されて60個の“個性”をブチ込まれた挙げ句、そこから更にドラスが持っていた“個性”や、『オール・フォー・ワン』を含めた諸々の“個性”を吸収し、更に進化した『バッタ』の“個性”を持つ俺に『ワン・フォー・オール』を譲渡して、それからお前に『ワン・フォー・オール』を返したらどうなると思う?」

 

「それは……うん……」

 

出久が言葉を詰まらせて考え込んでしまうが、無理も無い話である。

 

使用後のデメリットとリスクこそ心配されるものの、改造手術を施されて60個の“個性”を投与された事で強制進化を果たした俺を、出久は9人分の身体能力と最低6つの“個性”のエネルギーをフル活用して殴り倒し、大幅に弱体化していたとは言え、あのオール・フォー・ワンを一撃で戦闘不能に追い込んでいる。

 

流石にそれぞれの“個性”で内包するエネルギーの量には個体差なんかが存在するとは思うが、俺と『ワン・フォー・オール』のやり取りをすれば、俺が“『ワン・フォー・オール』の残り火”を取り込んだ影響も相俟って、オールマイトから譲渡された時以上の身体能力と、少なく見積もっても10倍以上の“個性”のエネルギーが『ワン・フォー・オール』に蓄積される事になる。すると……どうなる?

 

『来いよ……俺の強さは桁外れだ……』

 

デクさんの戦闘力は、シャドームーンの(多分)1000%……それを遙かに凌駕するであろう、デクさんを超えたデクさん……いや、それすらもぶっちぎりで超越した『(スーパー)デクさんゴッド』とでも言うべき、銀河無敵のマッスルモンスターを止められるのは、地球上に唯一人としていないだろう。それは勿論、この俺も例外では無い。

もっと言うなら、これは比較的ポジティブな考えであり、色んな意味で膨大なエネルギーを取り込んだ結果、出久に『ワン・フォー・オール』を返還した瞬間、地球が消滅するレベルの大爆発が起こったとしても、俺は不思議だとは思わない。

 

「兎に角、これは冷静に、そして慎重に解決すべき案件だ。この事をオールマイトには?」

 

「それが……言い出しづらくって……」

 

「言ってないのか」

 

「うん……」

 

出久曰く、昨夜オールマイトによって此処に呼び出され、トゥルーフォームから繰り出されたテキサス・スマッシュを喰らった挙げ句、「本っ当に言われたことを守らない!」だの、「悪い方向で私に似てきた!」だのとしこたま怒られ、それがまたやたらと弱々しい拳だったものだから、何も言えなくてとてもツラかった……との事。

 

つい先程、俺も似たような状況を経験している手前、出久の気持ちは良く分かる。そして、その出久の無茶のお陰で、俺はこうして帰ってこられた。出久が『ワン・フォー・オール』が使えなくなったのは一重に俺が原因なのだから、出久が再び力を取り戻せるのなら、俺は喜んで協力しよう。

尤も、その俺の協力が余りにも強大なモノになり過ぎていて、下手に協力すればむしろ出久がヤバイ事になる可能性がある為、簡単にはそれを実行する事が出来ないと言うのは、皮肉としか言い様がない。

 

「まあ、それよりも問題は家庭訪問だ。特に出久のおばちゃんは今回の一件でかなりショックがデカかった筈だ。一人息子がドエライ事になった訳だからな」

 

「それ、あっちゃんも言える事だよね?」

 

「まあな……ハハハハ……」

 

「ハハハハ……」

 

お互いの乾いた笑いは、およそ半年前の雄英の一般入試の帰り道を彷彿とさせるが、あの時よりも状況は遙かに悪い。どちらも一人息子がヴィランの襲撃に遭い、俺の方は攫われて脳無を超える改造人間と化し、出久に至っては二度も生死の境を彷徨う羽目になっているのだから。

 

また、俺は神野区の病院に運び込まれた怪我人の治療を終え、タルタロスに向かう途中で出久の病室を覗いたのだが、その時に出久のおばさんが憔悴しきった容貌で、深く眠っていた出久に泣きついていた所を見ている事もあり、「力を失った出久を再び戦える様にするのは、果たして本当に良い事なのか?」と思う所もある。

 

だが、その一方で、刻一刻と灼熱の地獄と化していく商店街で、プロヒーロー達が勝己を救う事に足踏みをしていたあのヘドロヴィランの事件において、当時“無個性”だった出久は、“個性”を持っている俺と同じ決断をした。

それが切っ掛けとなり、出久はオールマイトに“平和の象徴”の後継者として選ばれた訳だが、間違いなく出久はあの時、自分と勝己を天秤に掛け、運命を取捨選択した。

 

――ならば、そんな他人の為に自分を投げ出す事が出来る人間が何の力も持っていないのは、とんでもなく危険な事なのではないだろうか? 現に出久は力があったからこそ、辛うじてだが命を繋ぎ、病院での治療が間に合ったとも言えるのだから。

 

「……雄英、また行けるかな?」

 

「と言うか、雄英以外に行く場所があるのかって話なんだがな」

 

「? どう言う事?」

 

「単純な話、雄英以上にセキュリティがしっかりしている所なんざ、日本には特殊拘置所のタルタロス位しかない。世間は雄英を散々叩いているが、雄英が防げなかったモノを防ぐ事が出来る施設なんて、日本全国に一体どれだけあると思う?」

 

「………」

 

「要するに、雄英以外の教育機関に行った所で何も変わらない。むしろ、USJの事件から雄英高校は襲撃されず、職場体験や林間合宿と言った校外活動の時を狙って襲ってきたって事は、奴等はもう雄英高校の敷地内には侵入する事が出来ず、更新したセキュリティは有効だって事を証明していると言える……だろう?」

 

「……確かに、そう言われればそうなのかも知れない。だけど、それで母さんが納得するかって言われれば……」

 

「ああ、納得しない。する筈がない。例え、理屈でソレが分かっていたとしてもな」

 

そして、口にはしないが今回の一件で何よりも問題となるのは、「『敵連合』が秘匿されていた筈の林間合宿の行き先を知っていた」と言う事。最悪の場合『敵連合』に与する者が……つまりは「オール・フォー・ワンの協力者が雄英高校に居る」と言う事になる。

無論、あのオール・フォー・ワンが相手となれば、「人を無意識の内に操る」とか「秘密を暴露させる」と言った“個性”を本人が、或いは部下が持っていて、それらを駆使して情報を手に入れた可能性も否定は出来ない。

 

しかし、保護者や生徒の何人かはその可能性に気付き、そんな裏切り者が教師や生徒の中に居るかも知れないと、疑いの目を向けている筈だ。あくまでも可能性の一つに過ぎないが、今後を考えるとそれは決して無視する事の出来ないモノである。

一方で、雄英は雄英で情報が漏洩した原因が判明しない事には、今後の対策が立てられない。仮にその方法が対策の立てようも無いモノだと分かったとしても、分からないままでは雄英を取り巻く状況は何も好転しないだろう。

 

要するに、雄英としては諸々の理由で今回の騒動に巻き込まれた生徒を手放す様な事はしないし、したくないのである。少なくとも、秘匿した筈の情報が漏洩した原因を究明し、内通に関する疑惑が晴れるまではそうするだろう。生徒の方から自主的に転校や退学でもしない限りは。

 

「……荒れるだろうね」

 

「お互いにな……」

 

先日、雄英から保護者に向けて送られたプリントには、雄英が二学期より全寮制を導入する事を決定した旨が綴られていた。

俺としては雄英は生徒の安全確保と同時に、生徒を雄英から出したくない訳だから、これは「家庭訪問」の体を借りた「保護者の説得」だと考えている。

 

俺の現状は色んな意味で複雑なモノになっていて、生きていく上で色んなモノが必要になっている。それは自分の身を守る自衛手段だったり、自分が持っている力の使い方だったり、力を行使する為の資格だったりする訳だが、それらを手に入れる為には、雄英は何かと都合が良い場所だ。

 

だが、子供を預ける立場に居る保護者の雄英に対する不安と不信は、もはや並大抵のモノではない。どの家庭においても、保護者の説得は困難を極めるだろう事は、容易に想像する事が出来ると言うのが現状だろう。

 

「所で、俺と『ワン・フォー・オール』のやり取りをするなら、その時は『お前が大切だ。共に征こう、弟よ』って言えば良いのか?」

 

「……ゴメン。ちょっと、洒落にならない。てゆーか、笑えない」

 

「……そっか……そうだな……」

 

「ならば、『有り難き血だ。一滴たりとて、零すこと罷り成らぬ……』と言うのはどうだろう? 勿論、万が一にも我が王の尊き血を一滴でも零した場合、貴様の首と胴は泣き別れだ」

 

「「………」」

 

そして、珍妙なタイミングで乱入するイナゴ怪人1号。我ながらブラック過ぎるジョークを払拭しようと考えて発言したのかも知れないが、それはそれで何か知らんが「お労しい」と言うか、俺も出久も禄でも無い最期を迎えそうな気がする。

 

取り敢えず……アレだ。出久は迅速に部屋にあるオールマイトの等身大パネル(特に「オールマイトの匂い完全再現」と書かれていたヤツ)を、タンスか何処かに隠しておいた方が良いんじゃないかと、俺は思うぞ?

 

 

○○○

 

 

ずっと昨日と同じ明日が続くと思っていた。

 

ずっと痛くて、苦しくて、熱くて、辛くて、悲しくて……そんな毎日が続くと思ってた。

 

どうしてって思うのは止めた。全部受け入れて諦めた。こんな力を持って生まれた私が悪いんだって。そう思った方が楽だった。

 

何処へ行っても、誰が来ても、私はずっとこのままなんだと思ってた。

 

『ぶっ飛ばすぞぉ……!』

 

でも、とても痛くて、とても苦しくて、とても熱くて、とても辛くて、とても悲しかったあの時、頭の中で聞こえた声は、何だか凄く怒っていたけれど、どうしてか全然怖くなくて、ぼんやりと見えたとっても怖い顔をした白い人の手は……何故かとても安心した。

 

目が覚めたら全然知らない部屋に居た。今まで見てきた人達とは、何だか違う人達がいた。お医者さんだって言う小さなおばあさんに、私を助けてくれた神様は何処に居るのって聞いてみた。

 

「……何で神様だって思ったんだい? 助けてくれたからかい?」

 

違うの。そう言う事じゃないの。助けてくれたからじゃないの。あの時、助けてって言いたかったけど、私は言えなかったの。痛くて、苦しくて、怖くて言えなかったの。でも、言ってないのに助けてくれたの。だから……。

 

「……違うよ。お前さんを助けたのは、神様なんかじゃないよ」

 

……神様じゃないの?

 

「確かに、普通の人間じゃない。でも、そんな声を聞き取れる人は、世の中には案外沢山いるんだ。でも、そんな声が聞こえた誰もが、その人を助ける訳じゃないんだ。お前さんを助けてくれたのは、『仮面ライダー』って言う、一人のヒーローなんだ」

 

小さなおばあさんはとても悲しそうで、何だか難しい顔で、私が知りたかった、私を助けてくれた人の名前を教えてくれた。本当はもっと『仮面ライダー』の事が知りたかったけど、小さなおばあさんは忙しいみたいだったから我慢した。

 

――でも、本当はもっと知りたかったなぁ。『仮面ライダー』のお話が聞きたかったなぁ。それで、出来るなら……。

 

「もう一度、会いたいなぁ……」

 

『………』

 

次に私が目を覚ました時、それは叶った。




キャラクタァ~紹介&解説

緑谷出久
 原作よりも遥かに体の調子は良いが、“個性”の調子は念能力が使えなくなったゴンみたいになっちゃった原作主人公。作中で話している通り、その力を復活させる方法はあるものの、同時に超絶パワーアップや、地球がヤバイって感じの大事故。更には出久ママの心労を懸念し、現時点では保留にされている。

雄英高校1年A組
 原作通りなのは耳郎と葉隠だけで、他の面子は主にイナゴ怪人3号の所為で、原作以上に色々と悶々とする自宅謹慎を送る羽目になっている。ハンドマン死柄木は攫ったかっちゃんに対して、「『敵連合』の活動は、超人社会に対する問いである」と宣っていたが、図らずもそれを叶える形になったと言えるだろう。

呉島真太郎
 何処ぞの「始まりの男」の様な苦悩を吐露するシンさんのパパン。『ゼロワン』のアルト社長のパパンとの対比っぽいのは気の所為ではない。「“個性”の事情からヒーローを諦めた父親」と言う、エンデヴァーの対比として生まれた設定は、本作を連載している間に原作に登場したミリオのパパンと似た感じになってしまった。
 雄英に対する不信感は最早マックスハザードな状態だが、その雄英こそが安全地帯である事を理解“は”している。その一方で、『I・アイランド』の誘致を受け、息子や怪人達と共に日本を脱出する事も考えているが……。



超デクさんゴッド
 もう、2とか3とか4とか色々すっ飛ばしたデクさんの姿。勿論、これは想像上のモノでしかないが、この世界線ではあながち有り得ない姿だとは言い切れない。事と次第によっては『白猫プロジェクト』のゴンさんみたいに、「何度でもデクさんに変身できる」と言う、世にも恐ろしい能力に昇華する。
 もしも、力を取り戻したデク君が仮免試験に出たらどうなるかって? 多分、“雄英潰し”に参加した真堂達はデクさんによって漏れなくエライ目に遭い、ケミィに変身したトガちゃんは一目散に逃げ出す。そして、A組とB組の合同訓練でデク君を煽った物間は死ぬ。

デク君「変……身……ッ!!」
物間「まーた知らない力か、全く嫌にな――」
超デクさんゴッド「This way……」
物間「」

ワン・フォー・オールの進化
 原作でも言及されているが、『ワン・フォー・オール』にはその力に耐えられる肉体を付与する特性は無い為、「最終的にはその力が大きくなり過ぎる事で、誰も継承する事が出来ない状態になる」事が予想される“個性”であるが、この世界では『デクさん化』と言う特性を獲得し、この問題は解決されている。
 しかし、これはこれで原作においてドクターが言う所の、オール・フォー・ワンとドクターの夢である「無限の力と完全なる自我を持った人間」……即ち、「『マスターピース』に到達した状態にある」と解釈する事も出来る。二人からすれば途轍もなく皮肉な結果だろうが、悪党のやる事なんて大抵そんなモンである。

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