怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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三話連続投稿の二話目。合計で6話も使うとは思いませんでしたが、今回で神野区の戦いは決着。しかし……やはり、どう足掻いてもこれ以上は思いつかなかった……。これが……作者の精一杯です……。

今回のタイトルは『新・仮面ライダーSPIRITS』の「仮面のむこう」と「魂の在り処」から。原作のヒロアカに「魂の所在」と言うタイトルの話があるので、今話の元ネタ的に組み合わせてみた次第です。

――これが、人間の自由と平和の為、命ある限り戦う『ヒーロー』だ。

2021/9/29 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


第53話 仮面のむこうと魂の在り処

これまでの戦闘において、終始何処か余裕を見せていたオール・フォー・ワンだったが、「ありとあらゆる意味で究極のヒーロー」と称される男の登場により、その顔から邪悪な笑みが消えた。

ロープを使った変態的空中機動を駆使して戦場に降り立った変態仮面は、相変わらず色んな意味でデンジャラスな格好をしているものの、その力はオールマイトに匹敵すると言われる程の実力者だ。

 

つまり、今のオール・フォー・ワンと雖も、変態仮面は決して油断ならない相手であると言う事だ。弱体化と活動限界を抱えるオールマイトと異なり、特にヒーローとしての衰えを見せていない事を考えれば尚更だろう。

 

「……驚いたな。追加で投入した上位の脳無を全て蹴散らしてきたと言うのか……そして、噂以上の変態フォルム。なるほど、見れば見るほど変態だ……」

 

「ただの変態と思ったら痛い目に遭うぞ! 変態仮面・鬼モードッ!! セットオンッ!!」

 

「ブフッ!!」

 

上位の脳無をけしかけるほどに変態仮面を警戒しているオール・フォー・ワンを余所に、変態仮面は何処からともなく天狗の面を取り出すと迷うこと無く股間に装着し、股間の天狗の双眸が妖しく光った。

そして、見た目の危険度が変態的に爆上がりした変態仮面の姿を見て、俺は思わず吹いてしまった。その姿を一目見れば、大抵のヴィランは戦意喪失に追い込まれる事だろう。

 

「行くぞ、悪党ッ!! フォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

言うまでも無い事だが、変態仮面はナチュラルであり改造人間ではない。しかし、変態仮面は超人的な身体能力と変態的な特殊技能を駆使し、あのオール・フォー・ワンと見事に渡り合っていた。

 

SM用の鞭を駆使した遠距離攻撃。ロープを用いた三次元的空中移動。股間に装着した天狗の面の鼻を基点とした高速スピン。パンティからバレエのチュチュへ仮面を被り直す事によるフォームチェンジ。

どれも似たような事が出来るヒーローは山ほどいるが、変態仮面がやるソレ等はありとあらゆる意味で他のソレ等を遙かに凌駕している。しかも……。

 

「ホォオオオオオオオオオ! アタタタタタタタタタタタタタタタタタタタアタァッ!!」

 

「チィッ! 聞きしに勝る……いや、想像を絶する変態だ! だが……ッ!」

 

「ぅ良いーーーーーーーーッ!!」

 

「!? ええいッ! もう一発ッ!!」

 

「もっとーーーーーーーーッ!!」

 

「何故だ!! 何故、『巻き戻し』が効いていない!! そして、飛び道具が何処を狙っても全て股間に向かって曲がるのはどう言う事だ!?」

 

「決まっているだろう。この私が……変態だからだッ!!」

 

理解不能である。しかし、純然たる事実としてオール・フォー・ワンが繰り出す遠距離攻撃は如何なる力学的作用が働いているのか、その全てが股間に誘引され、天狗の面の鼻によってその悉くが跳ね返されている。

そして、肉弾戦では幾ら攻撃しても変態仮面はダメージを受ける所かむしろ気持ちよがり、しかも『巻き戻し』による無個性化が効かない。恐らくは溢れる変態パワーで『巻き戻し』を相殺していると思われるが、詳しい事は定かでは無いし、知りたくも無い。

 

――正に地上最強の悪夢の様な正義の変態。

 

幾らオール・フォー・ワンが歴史に名を残すようなヴィランと言えど、まともな感性を持っている以上は変態仮面に本能的な危険を感じ、近づくだけでも多大な精神力と体力を摩耗している筈だ。何故ならオール・フォー・ワンは変態ではないのだから。

 

要するに、パンティを仮面の様に装着し、ほぼ全裸の格好でヴィランを退治する様な変態を相手にするのは、闇の帝王ですら荷が重いのである。

変態を相手に臆せず、まともに戦う事が出来るのは変態だけであり、喜ばしい事に……いや、残念な事に変態仮面と同格の変態性を持つ者は、ヒーローサイドの峰田だけだ。そして、ただの変態では変態仮面に敵わない。無駄に強い常識外れの変態とは、何処までも厄介な存在なのである。

 

「おのれぇ……! しかし、お前の弱点はソコだッ!!」

 

「ぬわぁああああああああああああああああああああああああああッ!?」

 

しかし、オール・フォー・ワンも『闇の帝王』と称されるに相応しい歴戦のヴィランだ。変態仮面の力の源泉が顔面のパンティにある事を見抜くと、変態仮面よりもパンティにダメージを与える事を最優先した。

オール・フォー・ワンが仮面のパンティを破壊するべく放ったエネルギーによって、変態仮面が被っているパンティは仮面の役割を果たせない程ボロボロになってしまい、変態仮面は大幅な弱体化を余儀なくされている。

 

「ああ……パンティがボロボロで、力が出ない。変態パワーが薄れていくぅ……」

 

「ぬぅんッ!!」

 

「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 

そして、これまでのお返し言わんとばかりに、オール・フォー・ワンは股間に装着された天狗の面の鼻を思いっきりへし折った。

変態仮面が絶叫しながら倒れこむ様を見て、心なしかオール・フォー・ワンの顔がこれ以上無くスッキリしている様に見えるのは気のせいか。

 

「フゥー……思ったよりも手強かったな。確かに、彼もある意味では『個性特異点』と解釈する事が出来る存在ではあった。我々とは性の合わない“個性”だが」

 

「パンティ被ったヴィランに、カリスマなんざ皆無だもんなぁ……」

 

「……まあね。しかし、変態を退治するのに手間取った所為で、君に充分過ぎる時間を作ってしまったな」

 

確かに変態仮面のお陰で時間が出来た。変態仮面の戦う姿を見て、何かイイ感じに体から力が抜けた。変態仮面に苦戦するオール・フォー・ワンが妙に馬鹿馬鹿しくて、何かイイ感じにリラックス出来た。

 

――だからこそ、こうして『強化服・弐式』を着込み、立ち上がる事が出来た。

 

「醜いな。それが『仮面ライダー』か」

 

「醜いね……俺は割と気に入ってるデザインなんだが」

 

「違う。僕が言っているのは、『仮面ライダー』と言うヒーローの歪な本質だ。例え世間が君を認めたとしても、君自身は醜悪な顔を不格好な仮面で隠し、悍ましい姿を薄汚い鎧で包み、人目を気にして地を這いずり回っているに過ぎない」

 

「そこに転がっている変態と違って?」

 

「……兎に角だ。君はこの世界を破壊する事なく、生まれ持った“個性”で人の未来を勝手に判断し、恐怖から逃れるため君を怪物として否定し、安全の為の犠牲を強いる愚かな人間達を脅威から守ろうとしている。人からチヤホヤされてヒーローになった者達と足並みを合わせ、矛盾と闇を抱えた社会のルールを遵守しようとしている。

君が選ぼうとしている選択肢は、君の『自分と同じ境遇に置かれた者達を救いたい』と言う夢を叶える方法としては……君の持つ力と比べてみれば、それは随分と消極的な選択なのではないかね?」

 

「……違う。俺はそれが、その選択が『自然』なんだと思っている」

 

「自然? その身体と力がかい?」

 

「確かに、普通とは言えない。きっと、俺はもはや『超人』ですらない。だが、だからこそ、俺は『人間』の領分に生きて、その夢を叶えるべきなんだと思っている」

 

「だが、人間はいずれ君を裏切る事になる。それも極めて身勝手な理由でね。そんな人間達の為に、わざわざ犠牲になってやる必要なんて無いんじゃないか?」

 

「………フフフフフ」

 

「? 何がおかしい」

 

「オール・フォー・ワン。お前は大分長生きしている様だが、『ヒーロー』について何もワカってない。『ヒーロー』ってのはな、大勢の人間から希望を託されて戦うんだ。半端な覚悟で務まる様なモンじゃない。自己犠牲? そんなの、『ヒーロー』の大前提だろうが」

 

「………」

 

「俺は俺の希望の為に、何処かの誰かの希望になれるように、宿命として『ヒーロー』を選んだ。それに、この仮面の下にあるのは、確かに怪物のソレだが、この仮面はそれを隠す為に被っている訳じゃない」

 

「何?」

 

「お前の言う様に、俺はずっとこの世界が生き辛くてしょうがなかった。だが、それでもこの顔を嫌いだと思った事は一度もない」

 

「何故だ? 強大な力を持つ“個性”だからか?」

 

「違う。この仮面の下にあるのは、お前が怪物と呼び忌み嫌うこの顔は、俺の母さんが最も愛した人と同じ顔だからだ。俺を愛し、育ててくれた人と同じ顔だからだ。だから、それを俺が嫌う理由なんて、一欠片だってある筈が無い」

 

「………」

 

「この仮面は、お前達の様なヴィランと戦い、守るべきものを守る為の顔だ。正義を忘れたお前達に、正義がある事を教える為の、その使者となる為の顔だ! 覚えておけ、これがお前達ヴィランと戦う嵐となる……『破壊者(デストロイヤー)』の顔だッ!!」

 

――『だが、この世界にはまだ、正義は存在する! それを今から教えてやる! この俺が――その使者となって!!』――

 

オール・フォー・ワンの脳裏に、かつて『仮面ライダー』を名乗り、自身と敵対して散っていった異形なる男の台詞が蘇った。そして、眼前に立つ現代の『仮面ライダー』に、その異形なる男の面影を見た。

 

「……愚問だった。忘れていたよ。思い出した。『仮面ライダー』を名乗る者は、誰もが偽善的で、歪んだ価値観を持った異常者だったと言う事を」

 

「言ってろ。お前が取り込んだその女の子の“個性”は……『巻き戻し』は自分自身には使えない。だろう?」

 

「………」

 

「その子を完全に取り込んでしまえば、いざと言う時にお前自身の肉体を巻き戻して治す事が出来ない。だから、完全には同化していない。恐らく手足だけを取り込んでいる。しかも、『巻き戻し』には相当な量のエネルギーを消耗する。そうだろう?」

 

「………」

 

「問題はその子をどうやって助けるかって事だけだ。容易な事じゃあないが、俺が求められている事はそれだけだ」

 

「だからどうした? そのコスチューム一つで、最弱になった今の君がこの僕に勝てるとでも?」

 

「勝てるさ……!」

 

ヘルメットに内蔵されたメカニズムが俺の脳波と同調し、ベルトの風車が唸りを上げる。力強く両拳を握りしめ、右腕を水平に、左腕を垂直に立てたファイティングポーズを取ると、『強化服・弐式』が秘めた機能の一つにスイッチが入る。

 

「ライダー……パワー……ッ!!」

 

仮面の複眼に紅い光が宿り、ベルトのタイフーンを通して『コンバーターラング』に蓄積されたエネルギーが圧縮され、瞬間的に通常を遙かに超える力が発揮される。タイフーンは最大限を超えて稼働し、束の間の超強化を維持する為に超高速で回転する。

 

「さあ、ジャンジャンいこうか……ッ!!」

 

強化服の恩恵により、俺の意識と肉体は完全にシンクロしていた。その場から一歩踏み出し、一瞬で間合いを詰めると、オール・フォー・ワンに猛然と拳を繰り出した。

 

「ガフッ!?(速い……! 殴られたと思った時には……)」

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「グゥッ!!(既に次の攻撃が……ッ!)」

 

脳の認識能力と処理能力は、これまでで最高の状態だ。これまでのオール・フォー・ワンの戦闘を学習し、それを元に相手の動きを瞬時に予測し、常に最適な行動を選び続けていた。

ベルトの風車以上に回転する脳から送られる指令に、肉体は忠実に応え続けていた。一挙手一投足は最短最効率を突き詰め、一切の無駄をそぎ落としていた。

 

「(強い! 動けばそこを攻撃してくる! 触れる事すら出来ないッ!)」

 

オール・フォー・ワンを攻撃し続け、オール・フォー・ワンの攻撃を初動で潰し続けると、オール・フォー・ワンから初めて焦りが見えた。

 

確かに俺とオール・フォー・ワンの間には、とても対等とは言えない程の差がある。だが、だからと言って絶望的と言えるほどの差が開いている訳でも無い。決して覆せない差なんかじゃない。こうして、何とかやり合える程度の、どうにか追いつける位の差だ。少なくとも、今の内は。

 

「(いや、それだけではない! 僕が弱くなっている! 体が思う様に動かなくなっている! あの変態に“個性”を、エネルギーを使い過ぎた所為かッ!?)」

 

「ライダァアアーー……」

 

「おのれ……ッ!!」

 

「ヌウッ!?」

 

オール・フォー・ワンはこれまで見せていたスマートさをかなぐり捨て、衝撃波を全身から発して俺と距離を取ると、そのまま上空高く飛び上がる。

遠距離戦では此方に勝ち目は無い。近距離戦に持ち込むしか勝ち筋は無い。どんどん遠くなっていくオール・フォー・ワンに近づくには――。

 

「オールマイトォ!!」

 

「呉島少年ッ!! いや、ライダーッ!!」

 

これ以上の言葉を交わす必要は無い。お互いに視線を交わしただけで、お互いが取るべき最適解の行動を理解していた。一人では届かない。だが、オールマイトとなら、それはきっと叶えられる。

 

「ライダー……!」

 

「Plus――」

 

「ジャンプッ!!」

 

「UltraAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

オールマイトの渾身のアッパーを足場に、俺は天空へ向かって真っ直ぐに飛んでいく。オールマイトから僅かな“残り火”を拳と共に託され、俺は祈りと願いが込められた一筋の流星となる。

その余波によって生まれた、倒壊したビルをも巻き込むほどの竜巻の中、ベルトのタイフーンが尋常では無い風圧を受けて超々高速回転し、『コンバーターラング』にエネルギーを送り続けている。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「来たか……では、決着と――」

 

「これぞ究極のエクスタシィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」

 

「「!?」」

 

しかし、流星と化したのは俺だけではなかった。オールマイトの助けを受けた俺以上の速度で空中をぶっ飛び、あっという間に俺を追い越して前に出たのは、凄まじい黄金のオーラを放つ変態仮面だった。

 

その姿は正に究極。限界を超えて伸ばされ、肌に食い込んだパンツは最早ただのヒモと化し、変態仮面の股間を極限まで締め上げると同時に、頭の先から局部に至るまで、その体には見事な亀甲縛りが完成していた。

どうやって縛ったのか不明だが、頭の後ろで組んだ両手もしっかりと縛られており、可愛らしい字体で「♡Aiko♡」と言う刺繍が施された仮面のパンティが嫌に眩しい。

 

「フォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「出しゃばるな、この変態がぁあああああああああああああああああああッッ!!!」

 

そして、変態仮面の究極の姿を十全に理解したのは俺だけではなく、オール・フォー・ワンも同じだった。これまでに見せていたクールさは一体何処へ行ったのか、憤怒の形相を見せながら禍々しい紫色の巨大な破壊光弾を変態仮面に繰り出した。

 

「フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

街一つを容易に滅ぼすだろう、たった一人の人間に向けるにはオーバーキルにも程があるエネルギーを、変態仮面はその身一つで受け止めた。

変態仮面は空を覆うほどの爆炎と爆発に呑み込まれ、その姿を確認する事は敵わない。だが、この耳には確かに、彼の力強い声が聞こえていた。

 

『行け、ライダー! 幼女を弄ぶ卑劣な変態野郎をやっつけるんだ!』

 

俺はその一言で、変態仮面もまた暗闇に囚われた少女を助けようとしていたのだと理解した。どんな理屈でそれを知ったのか知らないが、多分彼の変態的な勘の鋭さが成せる業だろう。

 

「ライダァアアアアーーー……」

 

変態仮面に続き、俺もまた爆炎の中に飛び込んでいく。強化服の表面を炎熱が焦し、徐々に熔解していく中、ベルトのタイフーンは風と共に炎を取り込み、コンバーターラングはそのエネルギーをも圧縮し続けた。

 

「キィイイイイーーーーークッッ!!!」

 

「ライダーキック」

 

爆炎を突き破り、炎を纏いながら全てのエネルギーを込めた右足を、オール・フォー・ワンは邪悪なオーラを纏った左足で迎え撃つ。

 

「オ、オオ、オオオオオ―――!!」

 

凝縮されたエネルギーがぶつかり合い、強烈な衝撃が体を駆け抜けていく。右足から腰へ、腰から胴へ、胴から胸へ、胸から首へ、首から頭へと亀裂が走り、強化服と体が砕け、散っていく。

 

――その時、不思議な事が起こった。

 

『もう限界ですね……体力も尽きてやす』

 

『そうか……じゃあ、そろそろ“修復”するか。仕切り直しか』

 

『痛い! 痛い! 何で!? 何で!?』

 

「……ふざけんじゃねぇ……ッ!!」

 

頭の中に流れ込む映像に、底なしの怒りが湧いた。常識と倫理を超えた巨悪が弱者に強いる理不尽に対する憤怒が、傷ついた体の生命力を生き生きと活性化させた。崩壊し、四散していく肉体が、瞬く間に再生されていった。

 

『お前の行動一つ一つが人を殺す。呪われた存在なんだよ』

 

「ぶっ飛ばすぞぉ……ッ!!」

 

心の中で嵐が吹き荒れる。心の熱さが止められない位に加速する。

 

だが、まだまだ足りない。限界なんて知るか。そんなモノぶっ壊してやる。

 

目の前の小さな光を救い出す為に、俺は絶対に諦めない。絶対に逃げ出さない。

 

俺の心は信じるモノを何処までも曲げること無く、アクセルを限界まで踏み込んでいく。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

負傷した肉体が復元し、そして更なる進化の兆しを見せた時、オール・フォー・ワンは不敵に笑った。

 

 

○○○

 

 

「(待っていたぞ。この時を!)」

 

それは、オール・フォー・ワンが立てた当初の計画とは違う展開だが、結果としてそれ以上のモノが得られる事に、オール・フォー・ワンは歓喜していた。

 

「(君はエリを助ける為に『モーフィングパワー』を使うつもりがない。『モーフィングパワー』による修復は痛みを伴う上に、君自身が融合する前の彼女を正確に把握出来ていないからだ。

ならば、それ以外に彼女を助けられる方法を……つまりはコレまでに受けた『巻き戻し』のエネルギーを利用し、新しい能力を獲得する事を考えている筈だ。体育祭の時の様に……!)」

 

強大な意志の力をトリガーとしてもたらされる“個性”の自己進化は、人為的な改造によるソレを遙かに超える。それが今、目の前で起こっている。

相手にとって逆転の切り札と言える『仮面ライダー』の更なる進化を前にして、オール・フォー・ワンは何と『仮面ライダー』へ更なる“個性”の投与を実行した。

 

それも、ただの“個性”ではない。ドラスが持つ“個性”の全てと、オール・フォー・ワンが持つ“個性”の全て……即ち、“個性”『オール・フォー・ワン』そのものである。

 

「(必要なものは勇気だッ!! 僕は僕の“個性”を捨て去る勇気を持たなければならないッ!!)」

 

臓器移植を受けた結果、ドナーの趣味嗜好や習慣、性癖、正確の一部、更にはドナーの経験の断片と言ったものが受給者に移る『記憶転移』と呼ばれる現象が存在するが、どんな“個性”もDNAに密接したものである以上、オール・フォー・ワンが行う「“個性”の移動」はソレに伴う拒絶反応も含め、臓器移植に近いものであると言える。

そして、オール・フォー・ワンは誰よりも永い時を生き、星の数ほどの“個性”そのものに触れてきた存在である。そんな彼が「“個性”に記憶が宿る」と言う現象を知らない訳が無い。

 

「(そして、この少年の肉体(ボディ)はッ! 『仮面ライダー』は僕の未来(フューチャー)となるッ!!)」

 

オール・フォー・ワンがこの土壇場で狙うのは、“個性”を移植する事で「もう一人の自分」を作り出す事。

 

仮に、再び60個の“個性”を投与したとしても、呉島新の自我を奪う事は出来ないだろう。だが、この超人社会において最も長く使われ、鍛え上げられてきた“個性”『オール・フォー・ワン』が秘める膨大なエネルギーなら、呉島新の肉体の許容量を超え、自我を再び奪う事も不可能では無いとオール・フォー・ワンは踏んだ。

 

そして“個性”『オール・フォー・ワン』にこびり付く「オール・フォー・ワンの記憶」もまた、誰よりも何よりも強力である。

仮に、呉島新の自我を奪えず、呉島新の“個性”『バッタ』に食われたとしても、その中で「オール・フォー・ワンの記憶」は生き続け、ゆっくりと時間をかけて、いずれはその体を乗っとるだろう。

 

何せ、呉島新の体に触れた時、“個性”『ワン・フォー・オール』を確認する事は出来なかったものの、“個性”『バッタ』の中から、あの脆弱で愚かな愛する家族の気配を、朧気ながらも感じる事が出来たのだから。

 

「(弟よ。この僕を倒すと言うのなら、お前は手段を選ぶべきではなかった。非情に徹するべきだった。例えそれが他者を地獄の道連れにする事だと分かっていてもだ!)」

 

自身の“個性”と同様に長い時間をかけ、鍛え上げられた“個性”『ワン・フォー・オール』に宿る弟の記憶は、8人もの人間を渡り歩いた所為か酷く劣化していた。

もしも、“個性”『ワン・フォー・オール』にこびり付く弟の記憶が、歴代の継承者の人生を乗っ取り続けていれば、恐らく今頃は自分の記憶に唯一対抗できるだけの強さを備えていただろう。

 

だが、愚かで哀れな弟はそうしなかった。もはや、恐れるものは何も無い。

 

「いくぞ、ライダーッ!! そして、ようこそッ!! 我が永遠の肉体よッ!!」

 

そして、“個性”『オール・フォー・ワン』と共にある「オール・フォー・ワンの記憶」が、仮面ライダーの中で行動を開始する。

手間暇を掛けて専用の改造を施した肉の器に自らの魂を収め、更なる栄光と次なる理想を手にする為に、呉島新の魂を破壊すべく疾走する。

 

「待て」

 

――しかし、“個性”『オール・フォー・ワン』の中で、オール・フォー・ワンの記憶を阻止しようとする者が居た。オール・フォー・ワンの記憶を背後から羽交い締めにし、その凶行を止めようとする一人の異形がいた。

 

「……何のつもりだ? イナゴ怪人3号」

 

「言った筈だ。『新世界の魔王となるのは、我が主か呉島新の二人に一人だ』と。そして、それを決める戦いの勝利者は貴様ではない」

 

「……そうか。イナゴ怪人BLACKは呉島新の意志によって生まれ、その魂の残骸を宿した存在だった。イナゴ怪人BLACKがドラスを倒した事で、『新世界の支配者』を決める戦いの勝利者は呉島新になった。

君達が忠誠を誓うのは、あくまでも呉島新とドラスの二者択一であり、そこに創造主の僕は含まれていない。アレはアレで君達にとって、自分達が仕える未来の魔王を決めるに相応しい一戦だったと言う訳か……しかし、君ともう一人で、この僕をどうにか出来るとでも?」

 

「否、二人ではない」

 

イナゴ怪人3号がそう言うやいなや、イナゴ怪人3号の周りから無数の光が溢れ、その一つ一つが人型となってオール・フォー・ワンの記憶に纏わり付いた。

それはオール・フォー・ワンがこれまでに奪ってきた“個性”と共に、“個性”『オール・フォー・ワン』の中で蓄積されていた人々の記憶だった。

 

「これは……!?」

 

「貴様はあらゆる『恐怖』を用いる事で人を縛り、意のままに支配する。だが、何処かの誰かの『祈り』や『願い』が、『恐怖』を破る事もある。かつて、オールマイトが呉島新にそうした様にな。

だからこそ、貴様はヒーローを警戒する。“個性”を奪い、無力さを痛感させ、矛盾を突き、心の底から絶望させる。だが、どれだけ絶望しても、その果てに希望を見いだすのが人間だ。それが例え、殆ど力も人格も持たない、朧気な記憶に成り下がったとしてもだ」

 

耳元で語りかけるイナゴ怪人3号の言葉を聞きながら、オール・フォー・ワンの記憶は自分を無言で押さえつける無数の人間達の顔を見て、困惑の表情を浮かべていた。

 

自分に“個性”を奪われたヒーロー達は分かる。強い“個性”を持って生まれたと言う事で、その“個性”を無理矢理奪われた者達も分かる。

だが、望まない“個性”を持って生まれ、それを奪う事でオール・フォー・ワンに救われ、自発的に協力者となった者達が居る事が分からない。彼等が何故、今になって自分の行動を阻むのかが理解出来ない。

 

「分からないか? 彼等にとって呉島新は、そしてエリは『自分達のもう一つの未来』だ。自身の生まれ持った“個性”にもがき苦しみながらも、同じ様に“個性”にもがき苦しむ少女を救おうとする怪人と、それを利用し利益とする事を目論む貴様……さて、この互いの心を偽る意味がない場所で、彼等が手助けになりたいと思うのは誰だと思う?」

 

「ッ!!」

 

イナゴ怪人3号の指摘によって、彼等が裏切った理由を理解するオール・フォー・ワンだが、すぐさま社会に仇なすヴィランからも“個性”を奪っている事と、自分に忠誠を誓った部下から献上された“個性”もあった事を思い出し、彼等彼女等の記憶を味方に付けて利用しようと考えたが……。

 

「見た目が幼女の中身はおっさんとか、需要が有る訳ねぇだろ馬鹿野郎、コラッ!! オラ、臭ぇかぁ!? 臭ぇよなぁ!? いたいけな幼女を監禁して虐待するのが趣味の豚野郎がよぉ~~~? 『オーバーホール』だぁ? テメェみてぇなヤツは『豚仮面』で充分なんだよ、オルァッ!!」

 

「ボォゴボ! フォイフモボイフモハイヒョフホヒハイヒヨフボフィファイ! フォレファフフフフォファボフォフェファイ!! フォノフォウフォウゴボボボバ!! ヘホハヘノフィフィファナフェイヒバベノ、ファンホンホウバベボフンフーヒフォヴィバ、ボベボババボブブバ!!

(訳:黙れ! どいつもこいつも大局を見ようとしない! 俺が崩すのはこの“世界”!! その構造そのものだ!! 目の前の小さな正義だけの、感情論だけのヒーロー気取りが、俺の邪魔をするな!!)」

 

「あぁん? 誰に向かって口聞いてんだよ、この豚野郎ッ!! 馬鹿な事言ってんじゃねぇよ、お前ぇよぉ! テメェは豚のまま無様に殺されて、食われて、糞の山が墓標になってんだろうが、この豚がオラァッ!!

大体、面倒見てやって若頭にしてやったヤツが身内の幼女をいたぶるのが趣味の豚野郎だなんて、テメェが大好きな親父が許す訳ねぇだろ!! 本ッッッッ当に頭悪りぃんだな、お前ぇはよぉ~~~~~~!!」

 

「HAHAHA! そろそろ止めてやってくれないか、イナゴ怪人4号! いや、君の気持ちは分からなくもないし、私としても自業自得とか因果応報とか思うんだが、全身に蕁麻疹が浮き出て、白目を剥きながら気絶する事も出来ずに発狂している様を見ると、いっそひと思いに消し去ってしまった方が良いと思う様になっていてね!!」

 

「!!??」

 

オール・フォー・ワンの記憶の視線の先には、自身に忠誠を誓った忠実なる部下や、自身の欲望の為なら何でもする凶悪な個性犯罪者達の記憶が、オールマイトの記憶による殴撃の嵐で次から次へと殴り倒され、光の粒子となって消滅していく光景が広がっていた。

 

そして、荒ぶるイナゴ怪人4号の餌食になっているのは、『死穢八斎會』の若頭である「オーバーホール」こと治崎の記憶。

 

オール・フォー・ワンによって奪われた“個性”『オーバーホール』と共にあった治崎の記憶は、何とかこの状況を利用してドラスに取り込まれたエリの肉体を乗っ取れないかと画策していたのだが、そこをイナゴ怪人4号に補足され、呆気なく無力化されていた。

 

そして始まったのは、イナゴ怪人4号による拷問と言う名の制裁。イナゴ怪人4号は使用済みかつ未洗濯のトランクスを治崎の口にハムスターの如く限界まで詰め込むと、治崎の顔に黄ばんだブリーフを仮面の様に被せてゴシゴシと擦りつけた挙げ句、容赦ない言動と拳で生かさず殺さずの絶妙な手加減でボコボコにし続けていた。

 

「ふむ……そうだな。この辺で勘弁してやるか。フンッ!!」

 

「ホゲェエエエエエエエエエエエエエッ!?」

 

イナゴ怪人4号のつま先が治崎の鳩尾にめり込むと、治崎の記憶は口から大量のトランクスと吐瀉物を吐き散らしながら消滅した。

復活する最後のチャンスとばかりに、ダメ元で動いた結果余計に悲惨な目に遭った治崎だが、彼に対して同情する者はこの場には皆無である。

 

「しかし、『全ては一人の為に(オール・フォー・ワン)』……か。言い得て妙だな。確かに今、此処にある全ては、たった一人を思うが為に此処に居る」

 

「ま、待て!! 僕とドラスの持つ“個性”の全てが呉島新に投与された今、僕の記憶と“個性”が分離すれば、呉島新は脳無の様な抜け殻と化すだろう!! それが君達の望む、君が仕えるべき王の姿か!?」

 

「……ん~~~~。やっぱり貴様はワカッてない。呉島新のポテンシャルを」

 

「何を……」

 

その時、無数の羽音と何かを租借する音が聞こえた。オール・フォー・ワンの記憶が音のした方向に目を向けると、無数の巨大なバッタが群れをなし、手当たり次第に世界を喰らい、見る見る内にその数を増やしていった。

 

「コレは……!」

 

「バッタは時として集団を成して作物を食い荒らし、最後には共食いすら行う獰猛な生物だ。その凄まじさは黙示録の一つにも数えられ、驕り高ぶる人間共の糧を根こそぎ奪い、死すら許さぬ苦痛を伴う破滅をもたらす。例えるなら、今の貴様の様にな」

 

イナゴ怪人4号が目の前で起こっている現象の詳細を語っている間にも、バッタの大群はその勢いを増していく。オール・フォー・ワンがこれまでに積み上げ、蓄え続けたモノに手当たり次第に噛みつき、食らいつき、引き裂き、食いちぎり、租借していく。

 

「止めろ! 止めさせろ! 考え直せ! お前達が仕えるべきキングは誰かッ!! この世の頂点に相応しいキングは誰かッ!!」

 

「少なくとも貴様では無いな。そして、『オール・フォー・ワンを消滅させる』、『暗闇に取り残された少女を救い出す』。我らが魔王がそれを望むと言うのなら、我々はソレを叶える為に動くだけだ」

 

やがて、バッタの大群が世界を、“個性”『オール・フォー・ワン』の総てを食い尽くすと、バッタの大群は一つに纏まって巨大な人型の異形と化し、オール・フォー・ワンの記憶を憤怒の形相で睨み付けていた。

 

「GUUUUUUURRRRRRRRRRRRRRRR……!」

 

「進化……これが……呉島新の進化か……!」

 

「そうだ。絶望から這い上がった者だけが持つ拙い可能性……貴様が最も恐れるモノだ」

 

全てを奪うつもりが、逆に全てを奪われた。自分が特別選ばれた者だと自負するモノを失った。そして、初めて思い知る。食い物にされる弱者の感情と言うモノを。

 

「さて! あっちの方では全然見せ場が無かったからね! “平和の象徴”として、先生として、せめて此処で活躍しておかないとな!!」

 

「オ、オールマイトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「さぁ、地獄を楽しみな」

 

絶叫するオール・フォー・ワンの記憶に対し、サムズアップした右手を反転し、首をカッ切る仕草と共に決め台詞を言い放った後、イナゴ怪人4号がその場から消えた。

だが、イナゴ怪人4号は消滅した訳では無い。此処では無い、何処か別の場所へと向かったのだと、感覚がオール・フォー・ワンに伝えている。

 

「離せ! 離せぇええええええええ!! ……いや、ちょっと待て!! どうして僕の“個性”の中にオールマイトの記憶が居る!?」

 

完全に余裕を無くし、抵抗するオール・フォー・ワンの記憶だったが、ふとある重大な事実に気がついた。

 

オール・フォー・ワンの記憶を包んでいた世界が“個性”『オール・フォー・ワン』そのものならば、オールマイトの記憶がその中に居る筈が無い。

何故なら、ドラスの素体になった呉島新の右腕は、オールマイトから『ワン・フォー・オール』を譲渡される前に切断されたモノなのだから。

 

そして、先程のバッタの大群が、呉島新の“個性”『バッタ』そのものだとするなら、自分はオールマイトの記憶を、『ワン・フォー・オール』をどのタイミングで取り込んでいたと言うのか?

 

「UNITED・STATES・OF……」

 

「まさか……ッ!!」

 

「SMAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAASH!!!」

 

オール・フォー・ワンの記憶が真実に気付きかけた時、オールマイトの記憶が繰り出した会心の一撃が、イナゴ怪人3号や“個性”『オール・フォー・ワン』に蓄積した無数の人々の記憶と共に、オール・フォー・ワンの記憶を粉砕する。オールマイトの記憶もまた自壊と言う選択肢を選び、彼等と運命を共にする。

 

「こんな事があああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「言ったろう、兄さん。悪者はな、最後に必ず負けるんだ」

 

崩れゆくオール・フォー・ワンの記憶が最後に聞いたのは、歪ながらも愛した唯一の家族の声だった。

 

 

●●●

 

 

二つのライダーキックが激突する中、体に何か大きな力が流れ込んでくるのを感じ、永遠不滅の精神を持った“正義の使者”から聞いた、オール・フォー・ワンの作戦が実行されたのを理解する。

 

「ウア、アアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!!」

 

体の中で暴れる力の大きさと激しさに、何度も意識が飛びそうになる。だが、俺はもう二度と自分を見失う事は許されない。負ける訳にはいかない。

俺の帰りを待つ人達がいるのだから。俺を取り戻す為に危険を冒した人達がいるのだから。そして、俺の手の届く場所に、助けを求める人がいるのだから――。

 

「負けるかぁあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

魂があらん限り叫び、命が限り無く輝く。何処までも力が漲り、それが誰も知らない未知の領域を切り拓き、何処までも何時までも止まらずに突き進む事を予感する。

だが、それがきっと、悪夢を超えた先にある明るい明日を創ると信じ、俺は地獄の悪魔との決して破れぬ契約を。或いは、神の領域へと至る一歩を踏み出した。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

強化服のヘルメットを鋭い一本の角が貫き、スーツを右腕から生えた日本刀の様な棘と、背中から生えた6枚の羽根が引き裂いた。強化服が砕け散り、脱皮と言うより羽化の様に修復と進化がもたらされた、左右非対称の白い体が露わになる。

長く伸びた左側の角からエネルギーが溢れ、背中の羽根によって得られる推進力で勢いを増したライダーキックにオール・フォー・ワンが弾かれると、オール・フォー・ワンの体に驚くべき変化が起こった。

 

何と、オール・フォー・ワンは悪魔から人間に戻り、見覚えのある一本の緑色の腕と、一人の少女が空中に投げ出されたのだ。

本人は自分の容姿をのっぺらぼうとか抜かしていたが、その顔はどう見ても普通にイケメンのスーツ姿のおじさんだ。

 

「よっと!」

 

「う゛ぅ……」

 

背中の羽根を動かして空中を思うがままに飛行し、儚げな印象を受ける少女を抱き止め、かつてUSJで失った右腕を一瞥して燃やし尽くす。少女はどうやら気を失っている様だが、命に別状は無い様だ。

 

「……良し。後は……う゛ん゛ッ!?」

 

「!?」

 

そして、人間に戻ったオール・フォー・ワンに目を向けると、その体が一瞬にして見事な亀甲縛りによって拘束された。こんな離れ業が出来る人間と言えば……。

 

「逃さん……ッ!!」

 

なんたることぞ。あの大爆発をまともに喰らっておきながら、変態仮面は生きていた。亀甲縛りにしていたギチギチのパンツも、穿いていた網タイツも焼失していたが、仮面として被っているパンティだけは無事だった。そして、その鍛え抜かれた肉体は、恐ろしい事に無傷である。

 

――その時、俺の脳に閃きと言う名の電流が走る。

 

そう、俺は閃いてしまったのだ。変態仮面とオール・フォー・ワンの姿を見て、オール・フォー・ワンにとって最も屈辱的だろう敗北をッ!!

 

「WELCO――」

 

「フンッ!!」

 

「むっ!? 何を……いや、そうか!!」

 

変態仮面を『超強力念力』で自分と同じ高さまで引き上げ、空中で俺と変態仮面の視線が交錯する。変態仮面は俺の行動の意図を一瞬で理解し、俺は変態仮面が何をして欲しいのか瞬く間に把握した。

 

「「貴様には特別なお仕置きをしてやるッ!!」」 

 

「!?」

 

そして、俺と変態仮面の息の合った台詞と指さしに、オール・フォー・ワンが目を見開いて驚愕する。もう一人の自分になっている筈の俺が、自分に対して絶対に言わない台詞を言っているとなれば、そのリアクションも当然だろう。

 

「いくぞ、ライダー!!」

 

「応ッ!!」

 

腕の中にいる少女が目を覚まし、これから起こる出来事を間違っても目にする事が無い様に気をつけつつ、しっかりと抱きしめる。そして、変態仮面の後ろに移動すれば準備完了だ。

 

「必殺!! 変態秘奥義――」

 

「ライダー……」

 

「うおおおおおおおおおおおおお!! やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「ゴールドパワーボムッ!!」

 

「キックッ!!」

 

恐怖に震えるオール・フォー・ワンの顔面に変態仮面の股間が炸裂し、変態仮面の尻に俺の両足蹴りが炸裂する。俺が新生した体から湧き上がる力の全てを解放し、変態仮面は顔に被ったパンティ以外の全てを解放して得られる変態パワーを全開にする。

それぞれが放つ膨大なエネルギーによって俺の体と羽根は白銀に、そして変態仮面の体は黄金に光り輝き、凄まじい推進力を生み出しながら、夜空を駆ける流星の様に急降下していく。

 

「GIYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」

 

「YES! YES! YES! もっとだ!! もっと強くッ!! まるでゴミを踏みにじる様にッ!!」

 

「ぬぁあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

「フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!! これはこれでぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッ!!!」

 

「OGUEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!」

 

変態仮面のリクエストの通りに尻をぐりぐりと踏みにじると、変態仮面のパワーが更に急上昇していく。それに比例して、オール・フォー・ワンの痙攣はより激しくなっていく。最悪の感触が全てを超え、最低最悪の一秒を、最大の加速で駆け抜けていく。

 

――地獄だ。最終決戦の決め技がコレで、本当に良かったのだろうか?

 

今更ながら、そんな疑問が頭から泉の様に際限なく沸いて出て仕方ないが、この方がオール・フォー・ワンにとってありとあらゆる意味でダメージが大きい事は間違いないだろう。

 

「フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

「……え? 何アレ? え……?」

 

一方、地上で二人のヒーローの帰還を待っていたオールマイトは、想像を絶する光景に目を疑うと同時に絶句した。

 

無理も無い。傍から見ればソレは、神々しいまでに光を放つ大きな白銀の翼を背中から生やし、体が黄金に輝く顔面にパンティを被っただけの無駄にレベルの高い変態が、雄叫びを上げながら亀甲縛りにされた男の顔面に股間を押しつけ、猛烈な勢いで落下している様にしか見えないのだから。

 

「到着ゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!」

 

そして、地面に激突する刹那、俺は変態仮面から足を離して一早く離脱するが、変態仮面とオール・フォー・ワンは止まらない。

隕石が落下したと思う程の衝撃と共に土砂が舞い上がり、変態仮面は猛烈な勢いで土煙を上げながら地面を滑り続け、釣り上げられたサバの様に全身を痙攣させるオール・フォー・ワンを引きずっていく。

 

「ぬうッ!! 何も見えん!! 呉島少年!! 無事か!?」

 

「…………オールマイト……」

 

「!! 呉島少年ッ!!」

 

変身を解き、人間に戻った俺を見て、オールマイトが駆寄ってくる。取り敢えず、全裸は不味いので『モーフィングパワー』で適当な大きさの布を作り、ソレを羽織る為に一度腕の中の少女をオールマイトに預けた。ついでに、変態仮面の尻を踏んだ裸足の両足をゴシゴシと地面に擦りつけておく。

 

「変態仮面は!? オール・フォー・ワンは!?」

 

「……あそこに」

 

俺が指差す先は、砂埃の所為で何も見えない。しかし、それが収まってくると、そこにはパンティを被った全裸の変態が仁王立ちし、その傍には頭がハゲ散らかり、地面を引きずられた事でロープが千切れ、スーツの背中と尻が破れてケツが剥き出しになったオール・フォー・ワンが、口から泡を吹いて倒れていた。

 

「成敗ッ!!」

 

「「………」」

 

そして、止めの決めポーズ。地平線から覗く朝日が変態仮面の股間と重なると言う、地味に嫌な奇跡が起こった所為で、余計に何も言えない空気が流れている。

ちなみに変態仮面の肉体は、やはりと言うか何と言うか無傷だった。愛と平和を胸に生きる究極の変態は、俺やオール・フォー・ワンなんぞよりも、よっぽど不死身なのだと証明された瞬間である。

 

「これで決着か……しかし、何と言うかその……本当にこれで良かったのだろうか?」

 

「良いんじゃないですか? 負けるにしたって『オールマイトに負ける』のと『変態仮面に負ける』んじゃ、世間の印象が全然違うでしょう? 具体的には『明日からどの面下げて娑婆を歩くんだ?』って感じに」

 

「……違いない。ハハハ……」

 

「ハハハハハハ……」

 

「「アーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」」

 

俺とオールマイトは大声で笑った。その後、現場に駆けつけたヒーローや救急隊、消防隊や警察と言った人達が変態仮面の姿を見て戦慄していたが、俺はそのままオールマイトや保護された少女と共に病院へ搬送された。

 

そして、オール・フォー・ワンは変態仮面による厳戒態勢の中、再びロープで亀甲縛りにされた上で、然るべき場所へと移送された。

しかし、その時のオール・フォー・ワンはまるで魂が抜けたかの様にフニャフニャな状態になっており、その容姿の変化も相俟って、特にケツ丸出しの後ろ姿がかなり悲惨だった。

 

彼にはもはや何処へ行っても「変態に負けてお仕置きされたヴィラン」と言う汚名が付いて回るだろう。敗北した相手がオールマイトなら箔が付くだろうが、変態仮面が相手ではそうはいかない。何故なら彼は究極の変態だからだ。

 

そう考えると、このある意味で最も相応しくない決着が、むしろ相応しい決着よりもずっと『明るい未来』がやってくるような気がして、俺は堪えきれずにまた笑った。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新/仮面ライダー
 人間の自由と平和の為、命ある限り戦う怪人バッタ男。これまで色んな事があったケド、最後は原点回帰とばかりに怒りのパワーで危機的状況を打破する。今回と前回の二話において、色々と平成ライダーネタをモリモリ盛っているが、かの「仮面ノリダー」を『ジオウ』以外で知っている読者は果たして何人居るのだろうか?

オールマイト
 シャドームーンにボコボコにされた所為で、現実世界での活躍の場が殆ど無かった№1ヒーロー。アルティメットDが報道のヘリを現場から遠ざけていた為に、オールマイトの弱体化が世間に晒される事はなかったが、同時に現実世界の見せ場も失ってしまった。

オール・フォー・ワン/アルティメットD
 作者の「普通に倒されても面白くないな」と言う考えにより、数あるヒロアカ二次の中でもかなり酷い倒され方をしたであろう闇の帝王。ケツが剥き出しの上に亀甲縛りでタルタロスに搬送されるオール・フォー・ワンが見られるのは、多分この小説だけだろう。

イナゴ怪人(3号&4号)
 最後の最後でシンさんに手を貸したドラス製イナゴ怪人。彼等がドラスの創造主であるオール・フォー・ワンに叛旗を翻したのは、あくまでも自身に定めた在り方に従った結果に過ぎない。イナゴ怪人3号はオール・フォー・ワンの記憶と共に消滅したが……。

治崎
 今回登場したのは、あくまでも“個性”『オーバーホール』と共にあった治崎の記憶。再起の方法としてロリの体を乗っ取ろうと企てた結果、潔癖症の彼はイナゴ怪人4号によって拷問に等しい制裁を受ける羽目になるが、コレは『すまっしゅ!!』第5巻の裏表紙が元ネタだったりする。

エリ
 無事に保護された幼女。洸汰君の代わりに彼女が選ばれたのは、彼女の“個性”の能力と成り立ち、それに彼女の境遇が洸汰君よりも都合が良かった事が原因。下記のシンさんの最終フォームの元ネタが、掲載時はオルフェノクとアギトの混血っぽい設定だった事も理由の一つである。

変態仮面
 この世界において、もう一つの『究極』を冠する無敵の変態。もはや手の施しようのない変態だが、いざという時に本当に頼れるのが非常に厄介。他のプロヒーローが色々とボドボドになっているにも関わらず、何だかんだで彼は無傷で生還している。
 尚、この世界の神野区グラウンドゼロでは、オールマイトではなく羽の生えた変態仮面の像が建つ事になる。



アナザーシンさん・ミラージュフォーム
 シンさんが『巻き戻し』パワーと、『ワン・フォー・オール』の最後の残り火と、“個性”『オール・フォー・ワン』と、ドラスの能力を吸収し、怒りのパワーで復元と進化を果たした姿。体色は白く、左側に大きな角が生えており、何処となくエリちゃんの鏡映しの様にも見え……ないな。エリちゃんは可愛いロリで、コッチは凶悪な面構えをした怪人だし。能力は未知数。むしろこれから更に進化して、いずれは神すら超越する。
 元ネタは『HERO SAGA』に登場した「ミラージュアギト」。見た目的には、ミラージュアギトっぽくなったアナザーアギト。背中から生える羽根が6枚に増えて飛行能力を得たが、これはドラスの力を吸収した事によるもの。
 尚、アルティメットDに止めを刺した変態仮面との合体技は、傍から見ると「光の翼を生やした変態仮面が、ヴィランの顔を股間に押しつけている」以外のナニモノでもなく、シンさんの功績もまたミラージュ(幻影)と消えた。

怪人を人間に戻す能力
 昭和ライダーだと怪人は必殺技を受けると高確率で爆死するが、中には怪人から人間に戻るケースもある為、ある意味では『仮面ライダー』が持つべき必須能力。
 脳無に対する救済案であり、『巻き戻し』に由来する能力だが、今回の場合は「ドラスを改造される前の右腕状態まで戻し、結果的に怪人から人間に戻った」と見るべきかも知れない。

愛子ちゃんのパンティ
 変態仮面が限界を超えて力を発揮する事が出来る究極のパンティ。名前の刺繍が入っている以外は普通のパンティだが、どう言う訳かコレを被っている間、変態仮面は文字通り無敵になる。但し、肉体の反動もまた絶大で、ここぞと言う時しか被らない。

記憶転移
 科学的には未解明の現象。「移植手術と言う強い精神的ストレスを伴う経験が、受給者の心理に影響している」などの反論もあるが、『シグルイ』のファンである作者は「臓器にも記憶は宿る。筋肉とて人を恨むのだ」と言いたい所である。

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