怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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2019年最後の投稿の本編2話目。番外編も1話投稿しておりますので、其方もお願いします。

劇場版『令和 ザ・ファースト・ジェネレーション』に登場する仮面ライダー1型やアナザー1号に作者は大興奮。でもやっぱり、アナザーライダーのシンさんは出ない……。

今回のタイトルは、萬画版『仮面ライダー』の「仮面の世界(マスカーワールド)」から。作中の「人間は誰でも仮面を持っている。その仮面の下に真実(ほんとう)の顔がある」と言う言葉が印象深いです。

2020/1/1 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


第51話 仮面の世界(マスカーワールド)

そこは、今まで味わった事の無い多幸感と満足感で包まれた世界だった。

 

別に特別なものや貴重な何かがあると言う訳でも、面白い事や奇妙奇天烈な何かが起こると言う訳でもない。

むしろ、その世界には何処までも続く青空と海原以外は何も無い。だが、どうにもそれが心地よくて、「ずっとこのままでいたい」と思わせる、何物にも代え難いと感じさせる暖かさと尊さに溢れていた。

 

――だが、そんな平穏な世界に、突如として異物が混入した。

 

『何故、抗うんだ? 僕と征こう。愚かで可愛い弟よ』

 

『間違っているからだ。許してはならないからだ。兄さんの全てを』

 

そこは苦難と苦悩に満ち、普通に生きる事さえ困難を極める不条理に満ちた世界の物語であり、まるで映画を見ているかの様な気分で俺はずっとソレを眺めていた。

 

この息苦しさを覚える世界を物語に例えるならば、これは主人公が交代しながら続くシリーズ物と言った所だろう。何せ敵役の男が、最初の主人公の時からずっと変わっていないのだから。

この物語のあらすじを紹介するなら、「魔王に支配された世界を、正義のヒーローが藻掻き苦しみながらも、最後には全てを救い出す」――と言った感じなのだと思うのだが……。

 

『お師匠! お師匠!!』

 

『■■■■■■……後、頼んだ!』

 

どう言う訳か、ここまで魔王たる敵役の男とその配下達が勝ってばかりで、主人公である筈のヒーローとその仲間達が勝つ気配が微塵もなく、遂に七人目の主人公が魔王に敗れてしまった。

物語は八人目の主人公を迎え、前作の主人公と今作の主人公の出会いであるプロローグが始まるのだが、流石にそろそろ魔王を倒して世界を救い、この物語を終わらせて欲しい所である。

 

それにしても、この八人目の主人公に何となく見覚えがあるのが気になる。名前が聞こえない事もそうだが、どうして見覚えがあると感じるのか、幾ら考えてもその理由がまるで分からない。

 

だが、何らかの特殊能力が無ければ生きていくのもままならない世界で、何の能力も持たずに生まれてきたこの八番目の主人公は、その異様に明るい性格でハンディキャップを物ともせず、次々と逆境を跳ね返していく様は、傍から見ていてとても爽快な気分になる。

 

途中で七番目の主人公から特殊能力を授かり、日本を離れてアメリカに渡った事で、純日本人なのにアメリカンスタイルに染まってしまった結果、発言が無駄に派手でウザくなったのが個人的にとても残念だが、それでも彼に変わらぬ親しみを持てるのが不思議だ。

 

『決着を付けさせて貰うぞ! ■■■・■■■・■■ッ!!』

 

『また僕から無様に逃げ出すか? ■■■■■■』

 

そして、永きに渡って世界を裏から支配していた魔王が、とうとう八番目の主人公に倒され……いや、魔王の状態を見る限り「斃された」と言った感じだが、とにかく魔王は英雄によって滅ぼされ、世界は救われた。

 

――しかし、物語はそこで終わらず、主人公の戦いもまた終わらなかった。

 

その後に続いたのは、ある意味では魔王を斃すよりもずっと困難で、終わりの見えないマラソンの様な毎日を送る、八番目の主人公の姿だった。

東に川で溺れた子供が居れば、すぐさま駆けつけて救助に向かい、西に未曾有の大災害が発生すれば、被災者を「もう大丈夫だ」と笑顔で励まし、南に巨大生物が出現すれば、素手でゴーヤーチャンプルーに変えてしまう……最後のはよく分からない? 俺もだ。

 

『トップヒーローは学生時から逸話を遺している……彼等の多くが話をこう結ぶ!! 「考えるより先に体が動いていた」と!!』

 

『………ッ』

 

『君も、そうだったんだろう!?』

 

『…………うん……ッ!!』

 

『君は……ヒーローになれる!!』

 

そして、後継者を探していた八番目の主人公が、緑色の髪をした少年を弟子に取った所で、永く続いた物語は、此処でフィルムが燃え尽きるように幕を閉じた。

異物を失った世界は再び、青空と海原以外には何も無いが、多幸感と満足に包まれる場所へと戻っていく。

 

「………」

 

だが、どうにも心がざわつく。何か、大事なモノが失われている。大切なモノが無くなろうとしている。そんな喪失感と焦燥感が心の中で漠然とした不安を生んでいた。

 

「――外で君の大事な友達が泣いているよ」

 

何時から居たのか、背後から知らない男の声が聞こえたかと思うと、そこには一人の若い男が立っていた。

 

「……どちら様でしょうか」

 

「記憶だよ。君に与えられた“個性”と共に紛れ込んだ残留思念。それが君の意識と同調して、君の心の奥に入り込んだんだ。分かりやすい言葉で例えるなら……そう、幽霊みたいな感じだ」

 

「幽霊……?」

 

「ああ、さっき君が見た物語もそうだ。尤も、アレは君が持っている“残り火”と、君の友達の“個性”が反応した結果だけどね」

 

「………」

 

自分を幽霊と称する割には、怨みも恨めしさも感じさせない男との会話は不快感こそ覚えないものの、心の何処かが「この男と関わりを持つな」と警告を発していた。そんな俺の内心を知ってか知らずか、男は染み入る様な笑顔で言葉を続けた。

 

「緑谷出久、爆豪勝己、飯田天哉、轟焦凍、麗日お茶子、蛙吹梅雨、八百万百、Mt.レディ、オールマイト、サー・ナイトアイ……他にも大勢の人達が、君の帰りを待っている」

 

「………」

 

「忘れてしまったのかな? なら、ゆっくりで良いから、彼等のことをよく考えて、彼等の事を思い出すんだ」

 

「…………………」

 

「そうか……なら、これでどうかな?」

 

男は何処かで聞いた気がする名前を次々に述べたが、幾ら考えてもそれ以上の事は全く分からなかった。すると、沈黙を続ける俺を見かねたのか、男は奇妙なポーズを取り始めた。

 

「変身ッ!!」

 

困惑する俺を余所に、気合いの入った男の掛け声がスイッチとなって、男の体は見る見る内に人間から異形の姿へ変わっていった。

 

燃え盛る炎の様に爛々と輝く赤い複眼。牙と言っても過言では無い程に鋭く尖った歯。光沢を放ち、昆虫の外骨格を連想させる黒い皮膚。背中には半透明な羽根も確認でき、それは「人間と昆虫のキメラ」、或いは「人間大の昆虫」と言った風貌の怪人だった。

 

「怪、人……?」

 

「そうだ。この姿こそが、俺の本当の姿だ。そして、俺と同じ様に君にも別の姿が……君の本当の姿がそこにある」

 

俺が異形の指が示す先に目を向けると、そこには目の前にいる異形の男に負けず劣らずのヴィジュアルをした、グロテスクなバッタの怪人が水面に映っていた。

 

「なっ!! なんだ、コレは……!!」

 

悪鬼の如き見た目をした怪物に恐れ慄くも、何時の間にか自分の腕が緑色の皮膚に覆われ、刃物のように鋭い爪と棘を備えた、水面に映った異形の腕と同じになっている事に気付き、このバッタの怪人は俺なのだと認識した瞬間、頭の中で霧が晴れていく様な感覚と同時に、忘れていた数々の記憶が駆け巡っていった。

 

二人の幼馴染みとの出会い。阿鼻叫喚のサマーキャンプ。暗黒の青春を送った中学時代。狂気に満ちた№1ヒーローの修行。受難の極みとしか言えない入学試験。

人生初の女子へのちゃん呼び。絶体絶命の危機を迎えたUSJ事件。黙示録をこの世に顕現させた雄英体育祭。覚悟の強さを問われた職場体験。新しい人の救い方を学んだ夏休み序盤。色んな意味で濃厚な強化合宿。

 

『「“個性”に苦しんでいる人達の希望の象徴」。それが私の目指すヒーロー像よ』

 

――そして、俺が目指す英雄像を決めた“始まりの夜”。

 

「そうだ……俺は……」

 

「思い出したようだね。そうだ。君も俺と同じく、誰かの自由と平和の為にと……誰かの笑顔を守りたいと……そんな願いを胸に戦い続ける『仮面ライダー』なんだと」

 

「俺と、同じ……?」

 

「そうだ。俺は戦いに敗れ、“個性”を奪われ、魂さえも無くしたが、記憶は“個性”と共に『オール・フォー・ワン』に吸収されていた。『オール・フォー・ワン』の中から俺の“個性”が消滅しても尚、俺は『オール・フォー・ワン』の中に留まり、奴が奪った“個性”と共に流れ込んできた無数の記憶と……俺の弱さが招いた罪と向き合ってきた」

 

「罪……?」

 

「償いようのない罪だ。俺の力が及ばなかった所為で、数え切れない程の運命が狂ってしまった。だが、償いようのない罪だからこそ、俺は此処に留まり続けるしかなかった。守れなかった存在をこの身に刻んで、絶対悪の中で存在し続けるしかなかった。

そのまま自分の“個性”と共に消え去るよりも、俺は俺の弱さが招いた罪と向き合い続けると決めた。『オール・フォー・ワン』が消えるその日まで」

 

「………」

 

男の語り口は静かだったが、其処に込められた思いは何よりも熾烈だった。

 

彼が何者なのか俺は知らない。だが、彼が俺と同じ様な力を持ち、俺と同じ様な理想と信念を抱いていた『ヒーロー』だと言う事は分かる。

 

そんな彼にとって、自分の力が及ばずに救えなかった命と向き合い続ける事は、理想を追求する事に取り憑かれ、屍を積み上げることに抵抗のなくなった化物の中に在り続ける事は、

それがどれだけ辛く苦しい事だとしても、自身に課した過酷な使命が、それから逃げる事を許さなかったのだ。

 

「そして今、オール・フォー・ワンは君と、君の分身と言える存在を用いて更なる高みへと至り、再び世界の頂点に君臨しようとしている。その方法は――」

 

彼の口から語られるオール・フォー・ワンが企てた計画の全貌は、超常が日常になった超人社会を生きる俺の想像を遙かに超えており、相手がオール・フォー・ワンでなければ一笑に付すだろう代物だった。

 

「信じてくれるか?」

 

「いや、信じざるを得ないでしょう。現に貴方が此処にいる訳ですし。ただ、一つだけ確認したいんですが、それをやれば貴方も死ぬと解釈して良いんでしょうか?」

 

「……俺の身体はもうとっくになくなってる。そんな今の俺に出来る事は、此処で君が悪を滅ぼす手助けをする事だけだ。そもそも、オール・フォー・ワンの計画では、君は此処に居ない筈なんだ。君が此処に居たからこそ、俺はかつて倒せなかった悪を滅ぼす為に動く事が出来る。

だから、俺の事は気にするな。それに、俺は君が奴に選ばれた事を申し訳ないと思う反面、嬉しいとも思った。俺と同じく『仮面ライダー』を名乗り、人類愛を胸に戦うヒーローが再び現われた事がだ」

 

「………」

 

「さあ、行くんだ。君には、帰るべき場所が、君の帰りを待っている人がいるだろう?」

 

恐ろしげな怪人の姿で、何処か寂しそうに笑いながら俺を送り出そうとする彼を見て、俺は先程まで見ていた物語の主人公達を思い出していた。

 

人間は必ず過ちを犯し、失敗を繰り返さずにはいられない。故に、人は許される事でのみ、生き続ける事が出来る。そう言う意味では、「託す」と言う行為は、「自分が出来なかった事を許す」事なのかも知れない。

目的を達成する事が出来なかった自分を許し、自分の失敗で得た教訓を蔑ろにしない為に、次代の相応しい存在にソレを託す。それこそが『ワン・フォー・オール』と言う“個性”の本質なのかも知れない。

 

――ならば、彼はどうだろうか? 誰にも何も託す事無く、道半ばで斃れたこの異形のヒーローは、果たして自分を許せたのだろうか?

答えは否だ。彼は自分が許せなかったからこそ、自身で幽霊と例える様な存在に成り果て、こうして俺の目の前に居る。そんな彼が自分を許す方法があるとすれば、それは――。

 

「……それなら、一つだけお願いがあります。オール・フォー・ワンに勝つ為に、俺に貴方の力を託してくれませんか?」

 

「……いや、さっきも言ったが、俺は記憶だ。俺の“個性”は既に失われていて、オールマイトの様に君に託せるモノなんて何も……」

 

「ありますよ。“個性”よりも大事で、何よりも力になるモノが、一つだけ」

 

「うん……?」

 

「貴方の“願い”です。俺が目指すのは、“個性”に苦しんでいる人達の『希望の象徴』で、『ヒーロー』の仕事は暗闇の中に取り残された人を救う事です。だから――」

 

「………」

 

「俺に貴方を救わせて下さい」

 

俺が決意と共に差し出した緑色の皮膚に覆われた手を、彼は微笑みながら黒光りする外骨格に包まれた手で握り返した。

 

――そして、誰よりも人間を愛した男の物語が始まった。

 

彼はある日突然、人間でなくなってしまった。彼は決して“力”を望んだわけではない。しかし、悪魔の仕業か、それとも神の悪戯か、彼には“力”が与えられた。代わりに人としての未来を奪われた。

 

自分はもはや人間ではない。だが、懊悩の果てに彼は悟った。「人間でないからこそ、自分は人間の敵と戦えるのだ」と――。

 

――ならば、戦おう。この大きな人ならざる両手は、悪を砕き、平和を守る為にある。

 

『なっ、何者だ、貴様は!?』

 

『……俺は人類の平和を守る為、大自然がつかわした正義の戦士……「仮面ライダー」だッ!!』

 

男は“変身”し、悪しき兄弟達と戦う道を選んだ。それが絶望の淵から逃れられない孤独な闘いの始まりで、命が尽き果てても尚、安息の時が訪れる事の無い地獄なのだとは知らずに……。

 

『何故だ! 何故、俺の邪魔をする! お前だって、自分が普通の人間社会に戻れない事は分かっている筈だ!』

 

『化物共め! お前達は此処で射殺する!』

 

時は超常黎明期。人間と言う規格が突如として失われ、人間でいられなくなってしまった者達は、普通の人間達から病気だ、怪物だと迫害を受けていた。

同じ人間として受け入れられなかった者達は、人間が決めた社会の流れに大人しく従うか、或いは社会の流れに反抗するかと言う二択を強要された。

 

尤も、一口に「社会の流れに反抗する」と言っても、それは「“個性”を悪用する犯罪者になる」事だとは限らない。迫害の原因である“個性”を使い、“個性”を悪用する者達から人々を守る為に戦う者達もいた。

 

そして、彼はその中でも一際異端な存在だった。人で無くなってしまった悲哀を理解しながらも、自分の同族と呼べる異形なる者達と敵対し、自身の存在を決して認めず、自分を犯罪者諸共排除しようとする人間達を守る為に戦った。

 

『待てぃ、悪党! 逃がさんぞ!』

 

『フッフッフッ……案の定、追いかけてきたな。飛んで火に入る夏の虫とも知らずに……』

 

『大変だ! 化物に追われているぞ!』

 

『お前が噂の怪物か! 皆、安心しろ! この俺が奴を退治してやる!』

 

『おぉーーー! 頼むぞ、我らがヒーロー!!』

 

だが、彼は知らなかったのだ。“個性”を持ってはいるが姿形は普通の人間の姿をしている事を利用するヴィランや、逆に自分が普通の人間である事を悪用する、蛇の様に狡猾な犯罪者の存在を。

同じ様に運命に翻弄された人ならざる者でありながら、異形となった者とそうでない者との差は想像を遙かに超えて大きく、中世の魔女狩りの如く異形の怪物が悪だと認識される時代において、「人間の姿をしている」と言う事は、それだけで大きな社会的アドバンテージを持っている事を。

 

『誰に頼まれたでもなく、見返りを求めるでもなく、たった一人でも正義を胸に悪と戦い続ける……なるほど、確かに君の行動は正しく、英雄に相応しい行為と言える。

しかし、聡明な君は気付いている筈だ。救いを求める誰かを助ける度に、人前でも構わず異形の姿に“変身”する。君のその尊い行為こそが、君をより人から遠ざけている事を』

 

『………』

 

『何故、君は僕の手を拒む? 君の様に僕を拒絶し、秩序を否定した者達がどうなったか知らない訳じゃないだろう? そうでなくとも、君は異形の存在だ。僕の手を掴むだけで、君は他の異形となった者達と同じ様に、人間に戻れるんだぜ? 人間でなくなってしまった君にとって、これ以上の幸福はないだろう?』

 

何時しか身に覚えのない罪を着せられ、戦えば戦うほどに社会から孤立していく彼の前に現われたのは、世界を裏側から支配する最低最悪の魔王だった。その正体を知る俺からすれば、彼が社会的に孤立していった裏には、コイツが糸を引いている様な気がする。

 

『……確かに、俺は人間でいたかった。俺は、自分が人間でなくまる前まで、自分の人生に小さな希望を持っていた。自分の好きな研究を続けて、小さくても平和な家を持ちたかった。妻が、子供が……家族が欲しかった。普通なら、そんなに難しい望みじゃない。本当に平凡で、小さな幸せだ。だが、今の俺には永遠に手に入らない』

 

『諦めるのはまだ早い。僕の異能なら、君の言う小さな幸せを叶えてやる事など造作も無い。君に掛けられた冤罪も晴らし、平凡な幸せを君にプレゼントしよう。そうやって僕の手を取り、平和を享受して暮らす人達は大勢いる』

 

『……そうだな。例えそれがお前自身の利益、或いは観念の為の行動だったのだとしても、それが仮初めの平和なのだとしても、お前が世界に秩序をもたらしている事は間違いない』

 

『ならば……』

 

『だが、その過程でお前達は人を踏みにじる。人の価値を勝手に決める。不要と判断した人に犠牲を強いる。不安を煽る為に、平気で人の命を奪う。俺はそれが――』

 

『………』

 

『絶対に許せない』

 

『……成る程、君の言う事は、ある意味正しい。僕達は時として残酷な手段を用いる。だが、人類が人間と言う形を失った今、混乱する世の中をまとめ、秩序をもたらすには手段を選んではいられない。

この動乱の時代において、君が振りかざす前時代的な倫理は無力であり、君を突き動かす感傷は無意味だ。それは腹を割いて手術しなければ死ぬ患者に対して、割かれる腹が可哀想だと泣きわめいている事と変わらない。そんな愚か者を医者が相手にすると思うかい?』

 

『……それなら俺は、愚か者でいい。秩序をもたらす為ならどんな事でもする……それこそ人殺しだって平気だ! それが、正義という言葉を忘れた……貴様のやり口だッ!!』

 

『………』

 

『だが、この世界にはまだ、正義は存在する! それを今から教えてやる! この俺が――その使者となって!!』

 

そして、男は“変身”する。全身に黒炎と稲妻を纏い、戦いを重ねる事で進化した異形の体は見る者に禍々しい印象を与えるものの、その複眼に宿る炎の色は紅く、それが彼の心は最初から何も変わっていないのだと、俺に確信させた。

 

『行くぞッ! オール・フォー・ワンッ!!』

 

『それが君の答えか……良いだろう。今日が君の命日だ』

 

激闘の末、彼は魔王に敗れた。魔王は彼の力と命を奪い、彼は体と魂を失った。物語が終わると異形のヒーローは姿を消し、俺は“正義の使者”が立っていた場所を凝視していた。

 

身体と魂を失い、無に成り果てても、彼は確かにそこに居た。そして、彼は今も此処に居る。この心が「彼から確かに受け取った」と感じている。

 

そんな俺は、ふと背後に人の気配を感じて振り返ると、其処には柔らかく微笑む一人の女性が立っていた。俺の母親である呉島飛鳥が、心底安心したと言わんばかりの顔で、俺を見ていた。

 

「母さん……?」

 

「良い友達を持ったね、新」

 

そして、彼女が足元から崩れ、世界が崩壊していく様を見て、俺は理解した。理解してしまった。俺が居るこの世界が「母さんの世界」なのだと。

 

恐らく、俺が持って生まれた「ありとあらゆるエネルギーや感情を吸収する能力」が、胎児の頃に母さんの思いを、願いを取り込んでいたのだろう。

そして、それが俺をずっと守っていて、俺はずっと母さんに守られていたのだ。俺が生まれた時から、ずっと……。

 

「大丈夫。私が此処から居なくなっても、新はちゃんと生きていける。新なら誰かの希望に……きっと、誰よりも凄いヒーローになれるよ」

 

これがきっと最後になる。母さんに守られるのも、こうして声を聞くのも、この世界に留まるのも。そう思うと、目から止め止め無く涙が出て、胸から色んな感情が溢れて、何を言えば良いのか分からなくなってしまった。

 

「いってらっしゃい、新。――生まれてきてくれて、ありがとう」

 

急激に意識が遠のき、母さんの世界が俺の中から失われていく。その刹那、俺は消えていく母さんに向かって、万感の思いを込めて言った。

 

「――いってきます……母さん」

 

「うん、気をつけてね」

 

太陽の様な母さんの笑顔を最後に、俺は現実世界へと帰還した。

 

 

●●●

 

 

夢から醒めた俺の目にまず飛び込んできたのは、月と星々が輝く夜空だった。

 

「此処は……」

 

「あ……ちゃ……」

 

「!!」

 

全身に激痛が走り、意識が徐々に明瞭になっていく。そして耳元で聞こえる声に驚いて横を向くと、そこには痩せこけた出久の顔があり、出久は右腕が無い上に全身がボロボロの状態で、俺に覆い被さっていた。

 

俺がイナゴ怪人3号の『個性破壊弾』なる物よって“個性”を無力化され、意識を失ってから此処まで何が起こったのか記憶に無い。だが、今の出久を見て、出久の弱々しい生命エネルギーを感じて、嫌でも分かってしまった事がある。

 

この心優しい幼馴染みは、犠牲を払ったのだ。きっと、自分が望んだ結末の為に。

 

万日の時を費やし、練り上げられ、積み上げられた先人達の努力を。弱小から始まり、至強の高みへと登り詰めた研鑽を。誰もが享受できる平凡な幸福を手放し、生命活動の全てを研磨に当てた結晶を。

 

そんな掛け替えのない貴重な宝物を――出久は自ら手放したのだ。

 

それは憧れのヒーローに認められ、多くの努力と引き替えに手にした強大な武器。それは、超人社会における、有個性と言うヒーローの常識。有個性と言うヒーローの大前提。有個性と言うヒーローの全財産。

心から渇望したその力を手放した事で手にした更なる力は、出久に日の出と共に醒める夢の様に望みを叶え、時を知らせる鐘の音を境に解ける魔法の様に全てを約束するだろう。

 

しかし、夢は必ず醒める。魔法は必ず解ける。ならば、出久は――。

 

『助けて……』

 

「!! 今のは……」

 

唐突に頭の中に浮かんだ、暗闇に囚われた幼い少女が助けを求めるヴィジョン。テレパシーが感知した声にならない悲痛な声の出所を探すと、それは空中に静止してオールマイトと相対する悪魔の中から聞こえていた。

 

『助けて……助けて……』

 

「君は本当によくやってくれたよ、オールマイト。君の行動の全ては、決して無駄にならなかった。他ならぬ、この僕の為にねぇ!!」

 

空中に浮かぶそれを一目見て、俺は完全に理解した。――ああ、アイツだ。アイツが全ての元凶だ。

 

悪魔の声色は怒りを際限なく生み出し、体の中で渦を巻く嵐が勢いを増していく。身体中を駆け巡るエネルギーの衝動は、何度か経験した“更なる進化”を俺に予感させた。

 

後は、踏み出すだけだ。もう一歩。あと一歩。その一歩を踏み出せば、それがスイッチとなってソレは起こる。そして、そのスイッチに最も相応しい言葉を、俺は知っている。

 

「変身ッッ!!!」

 

――月の光が俺達を照らす中、一歩を踏み出した瞬間、俺の体に不思議な事が起こった。

 

 

○○○

 

 

緑谷少年が放った渾身の一撃をまともに受けたドラスは、破片も残さず完全に消し飛んでいた。

しかし、それが本当に最後の一撃だったのだろう。全てを出し尽くした緑谷少年はその場に倒れ、その巨体は見る見る内に急速にしぼんでいた。

 

「緑谷少年ッ!!」

 

「オール、マイト……」

 

右腕を失っているものの、傷口から出血はしていない。全てを出し切った緑谷少年の体は驚くほど軽く、トゥルーフォームの私の腕力でも軽々と抱えられる程だった。

 

「それ以上は喋るな。傷に障る」

 

「一体、何が起こった!? いや、何だ貴様! その姿は何……焦凍ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!?!?」

 

そして、呉島少年が操作していた神野区の天候が元に戻った事で、バーのアジトから救援に来たらしいエンデヴァーが、此処に居るはずの無い轟少年を見てこれでもかと荒ぶっており、エッジショットやシンリンカムイと言った他のヒーロー達が驚愕しつつ引いていた。

 

「とんだブラックボックスだな、君のもう一人の弟子は。だが、これで君も分かっただろう? 『個性特異点』は我々の力と想像を遙かに上回る。僕は僕の力を特別に選ばれたモノだと自負していたが、こうして『個性特異点』の圧倒的な力を目の当りにすれば、激しい嫉妬を覚えるのも仕方が無い事だろう?」

 

「………」

 

「だからこそ僕は『ガイボーグ』を造った。自らをそれに近づける方法として、更なる高みを目指し、永遠と無限を取り戻す為に、僕はそれに相応しい身体を造ったんだ」

 

「新しい……身体……?」

 

「僕が『ガイボーグ』を“鎧”に例えたのは何でだと思う? それは“鎧”が着込むモノだからだ。その中身は一体誰だと思う?」

 

「………」

 

緑谷少年によってシャドームーンこと呉島少年が倒され、仰向けのまま私に話しかけるオール・フォー・ワンもまた戦闘不能。プロヒーローとしては情けない事だが、完全に緑谷少年に助けられてしまった。

 

――だが、だからこそ気がかりな事がある。我々に有効だった筈の『個性破壊弾』を、どうして今回は一度も誰にも使っていないのか? どうしてこの男は敗北したにも関わらず、楽しそうに私に話しかけているのか?

 

「貴様の目的は分かった。だが、どうして貴様は『個性破壊弾』を使わなかった? 貴様の操る『敵連合』の連中も、使う素振りを一切見せなかったのは何故だ?」

 

「決まっているだろう。僕がこの戦いで『個性破壊弾』を使いたくなかった事と、僕が彼等に教えていなかったからさ。その大本となる彼女の事もね」

 

「彼女?」

 

「!! 気をつけろ!! 何か出てくるぞ!!」

 

何も無い空間に出現した黒い水にエッジショットが警戒する様に声を上げ、飛び出して来た瞬間に対応できる様にヒーロー達が黒い水を取り囲みつつ、他にも黒い水が無いかと警戒態勢を取る。

バーのアジトで起こった出来事を考え、我々はてっきり脳無が出てくるものだと思っていた。だが――。

 

「ゲホッ! ケホ……!」

 

「え!?」

 

「子供……?」

 

黒い水の“個性”でこの場に転送されたのは脳無では無く、何処か生命力の乏しい儚げな雰囲気を纏う、角の生えた色白の少女だった。

 

「さあ――形勢逆転だ」

 

「何ッ!?」

 

その一瞬の隙を狙い、オール・フォー・ワンが伸ばした十本の指を何とか回避するが、オール・フォー・ワンの狙いは私でも、緑谷少年でも、呉島少年でも、それ以外のヒーロー達でも無かった。

そして、ヒーローとしての訓練を受けている我々は兎も角、年端もいかない少女にソレを避ける事は不可能だった。

 

「痛い! 痛い!」

 

「『個性強制発動』!!」

 

「うあ……ッ!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

 

オール・フォー・ワンの指先が少女を捕らえ、少女の“個性”を強制的に引き出すと、少女の角から膨大なエネルギーが溢れだし、それに伴って少女の後ろで小さな光の玉が徐々に大きくなり、それは人型へと変化していった。

 

「彼女の名前はエリ。その“個性”は『生物の肉体の時間を巻き戻す』と言うもので、『個性破壊弾』は彼女の細胞を使って造られた物だ。尤も、それを開発していたのは我々ではなく、病気持ちのヤクザだったんだがね」

 

「~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

 

「おっと、そろそろだな」

 

悲鳴を上げる少女が弾け、一瞬で元通りになると少女の“個性”は収まるが、少女の“個性”によって巻き戻されたソレは、緑色の光を放ち続けていた。

その光輝が収まった時、其処に居たのは激しく隆起した筋肉の鎧を纏い、全身に緑色から赤色に変わった稲妻を走らせる、血の様に紅い体色をしたバッタの怪人だった。

 

「FSFUUU……!!」

 

「これは……!!」

 

「やはりな。『ありとあらゆるエネルギーを取り込み、進化する能力』は、『個性特異点』を相手にしても有効。ドラスの核が損傷したのは想定外だったが、僅かでも核の欠片なり肉片なりが残っていれば問題ない」

 

「捕らえろ!!」

 

「ドラス」

 

「JYAAATH!!」

 

エッジショットを筆頭に、パワーアップを果たしたらしい赤いドラスを捕らえるべくヒーロー達が動き出すが、赤いドラスはへたり込む少女と、倒れ伏すオール・フォー・ワンを目にも止まらぬスピードで回収し、私達と距離を取っていた。

 

「え……?」

 

「速い……!」

 

「これは……まさか……!」

 

百戦錬磨のヒーローの動きが容易く回避され、黒幕であるオール・フォー・ワンを奪還された事にヒーロー達は驚愕していたが、私は赤いドラスが纏う赤い稲妻状のエネルギーと、目にも止まらぬ身体能力を見て、思いつく限りの最悪の状況が脳裏をよぎった。

 

『右腕は……やるよ……』

 

緑谷少年は先程の戦闘で、ドラスに自身の右腕を突き刺した時、確かにそう言っていた。そして、『ワン・フォー・オール』を譲渡する為に必要となるのは、「前所有者の譲渡する意志」と、「前所有者のDNAを取り込む事」の二つ。

勿論、オール・フォー・ワンが言う様に、緑谷少年から放出されたエネルギーと、緑谷少年のDNA情報を取り込んだ事でドラスが進化し、手に入れた力である可能性の方が高いだろう。だが、もしもドラスに『ワン・フォー・オール』が譲渡されていたとしたら……。

 

「さあ、新世界の扉が開くぞ! オールマイトォオオオオオオオオオオッ!!」

 

赤いドラスがその身体を液体の様に変化させ、オール・フォー・ワンと少女を包み込むと、咀嚼音の様な汚い音を響かせ、その姿は更なる変貌を遂げた。

 

「ふぅうう……」

 

それは、悪魔が実在するならばこうであろうと言う姿そのもので、バッタの要素と思える部分は一対の白い羽根くらいしかない。その巨悪に相応しい醜悪な容貌は、この世の全ての邪悪を煮詰めた様な禍々しさに満ちていた。

 

「……遂に手に入れたぞ。『闇の帝王』の返り咲く力をッ!! 君が僕から奪ったモノをッ!! かつてこの手にあった永遠をッ!!」

 

悪魔が心からの歓喜に振るえて絞り出した声色は、間違いなくオール・フォー・ワンのソレだ。しかし、悦に浸って笑顔を浮かべる恐るべき異形の横顔も、体から発せられる圧倒的な悪の暴帝たる大気も、もはや私が知るオール・フォー・ワンのそれとは大きく隔絶していた。

 

「ハハハ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! フンッ!!」

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

そして、その力がオリジナルであろうとなかろうと、『ワン・フォー・オール』を手に入れたオール・フォー・ワンの戦闘力は絶大。奴は羽ばたき一つで竜巻を起こし、それに呑まれた私達は木の葉の様に空中を舞った。

 

「ぐぅうううううううううううう!!」

 

「あ……ちゃん……」

 

「………」

 

竜巻に巻き込まれ、私の元を離れてしまった緑谷少年に手を伸ばすが、緑谷少年は私には目もくれず、同じ様に竜巻の中を舞う呉島少年の方へ向かって行く。

 

「おおおおおおお! 焦凍ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「シャァアアアアアアアッ!!」

 

そして、エンデヴァーやグラントリノ、シンリンカムイと言ったヒーロー達が苦心して、竜巻の中で抗う事の出来ない負傷者の手を取る中、オール・フォー・ワンは竜巻の中を悠々と移動し、ヒーロー達を次々と地面に叩きつけていく。

中には血反吐を吐いている者さえ居るが、それでも負傷者を極力傷つけないように自分の体をクッションにしているのは、流石トップヒーローと言った所だ。

 

「おお……この体は実に素晴らしい。この体は完璧だ。どんどん力が沸いてくる。この身体こそ、僕達が求めた“無限の力を備えた存在”……『マスターピース』に最も近いモノだろう」

 

「ぬぅう……、おのれ、ヴィラン……! この俺を、舐めるなぁ……ッ!!」

 

竜巻が消え、オール・フォー・ワンが自身の手にした力の強大さに酔いしれる様を見て、エンデヴァーがオール・フォー・ワンに右腕を突き出す……が、その右腕からヴィランも恐れる地獄の炎が発生する事はなかった。

 

「!? 何だ……何故炎が出ない!!」

 

「君の体に“個性因子”が無いからだ」

 

「何……?」

 

「僕がドラスと共に取り込んだエリの『巻き戻し』は、単に生物の肉体の時間を巻き戻すだけの“個性”ではない。超人と言う人間の進化を巻き戻し、超人を人間に巻き戻す事も出来る。つまり、さっきの僕の一撃で君達は……“無個性”に成り下がったんだよ」

 

「そんな……馬鹿な……ッ!!」

 

「だが……確かに“個性”が……」

 

「しかし……何で呉島君はヒーローを目指したんだろうね? 彼がその気になれば、今頃は僕の後継に相応しい『最低最悪の魔王』にだってなれた筈だ。正直、彼がヴィランになる要素は、幾らでも揃っていたんだからねぇ」

 

「……それが、お前と呉島少年の違いだ。姿形は人間から大きく外れようとも、心はより人間らしくあろうとする怪人と、その圧倒的な力を自分の為だけに使い、他人がどうなろうと心が痛まない人間との……生き様の違いだ!!」

 

「ククク……なるほど。確かにその通りだ。そして、その生き様の違いとやらが、正に今こうしてお互いの目に見える形で現れていると言う訳だ! 枯れ木の様に痩せ細った体で抗う君と、超人の更に向こうへ進んだ僕と言う形でね!

君は本当によくやってくれたよ、オールマイト。君の行動の全ては、決して無駄にならなかった。他ならぬ、この僕の為にねぇ!!」

 

「~~~~~~ッ、ォオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――……ッ!!」

 

私は眼前の巨悪に抵抗するべく、限界を超えて残された力を振り絞る事で、何とか右腕だけの歪なマッスルフォームを発動させた。これが№1ヒーロー『オールマイト』の、文字通り「最後の一振り」となるだろう。

 

「……そうだ、忘れてたよ。手負いのヒーローが最も恐ろしい。強情で聞かん坊な奴は特にだ。なら、嫌でも分かるようにしてやろう」

 

宙に浮いたオール・フォー・ワンが、嘲笑と共に右手をこちらに向けると、一目見て絶大な破壊力を秘めていると分かる、直径2m程の巨大な光の玉を掌から精製する。

それを見て思い起こすのは、七代目の『ワン・フォー・オール』の所有者であり、私の師匠の最後の姿。あの時と同じ光景がきっと、倒れ伏すグラントリノの脳裏にも蘇っている事だろう。

 

「俊典……ッ!!」

 

「オールマイトォ!!」

 

「………」

 

だが、あの時と違い私以外のヒーローは全員“個性”を使えない。そして、私が使える“残り火”の力も、ほんの僅かだ。

 

「さよならだ、オールマイト。素晴らしい逆転劇をありがとう」

 

無慈悲に放たれた破壊の光を正面に見据え、残った力の全てをコレにぶつけ、この身を盾にして皆が逃げる時間を稼ごうとした刹那、私の前に躍り出た者が居た。

 

「シャドーセイバー!!」

 

――それはきっと、誰もが一度は心に思い描く、普遍的な『英雄(ヒーロー)』のアーキタイプ。理不尽な暴力を前にして、無力故にただ涙を流す以外に何も出来ない時、それは誰よりも速く『騎士(ライダー)』の如く駆け付ける。

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオ!! セイヤァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

神々しい輝きを放つ破邪の鎧を身に纏い、あらゆる魔を断つ聖なる光剣をその手に握り、悪魔が振りまく厄災から人々を救う。ただ生きたいと願う命を守らんとする大きな背中は、正に人々の心に宿る『英雄(ヒーロー)』そのもの。

 

「君は……」

 

「もう大丈夫。何故って?」

 

「まさか……!」

 

魔王の復活を知らせる呪い火を跳ね除け、英雄の帰還を告げる祝い火に変えた白銀の戦士は、振り向きながら私のよく知る声色で、私の代名詞である決め台詞を堂々と言い放った。

 

「私が来たッ!!」

 

「呉島少年……ッ!!」

 

そして、何処からともなく巨大なバッタの大群が現れ、それらが無数の見慣れた人型に変化すると、その内の一体が高らかに叫んだ。

 

「王の凱旋である! 祝え! 人間の自由と平和を守る異形なる戦士にして、時空を超え願いと希望を継承した創世の王者! その名も“変身ヒーロー”『仮面ライダー』!! 正に、時代が望んだ英雄が再誕した瞬間である!!」




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 遂に脳改造と言う名の呪いから解放された怪人主人公。亡き母が残した愛によって自我の崩壊を免れ、親友の捨て身の献身によって元に戻るきっかけが生まれ、名も知らぬ先輩ライダーの願いによって記憶を取り戻した上に、悪の組織が施した改造手術をも超える強化形態を獲得し、『抜けば勝利確定』と称される特撮界でも屈指のチート武器を引っ提げて帰ってきた。取り敢えず、次回までに処刑用BGMを用意しておこうか。

オールマイト&その他プロヒーロー
 シャドームーンにボッコボコにされて原作通りに消耗した№1ヒーローと、マジヤベーイ復活を遂げたオール・フォー・ワンに一瞬で無力化されたプロヒーロー達。オールマイトはワザと見逃されており、真っ先に無個性にされたエンデヴァーは発狂不可避。良かったな、オーバーホール。確かに価値の分からんガキには利用出来ないだろうが、価値の分かるのっぺらぼうはバリバリ利用出来ているぞ。喜べ。

オール・フォー・ワン
 デクさんのパワーを手に入れるべくドラスを見殺しにし、ドラス復活の為に幼女を容赦なくオーバーホールしたクソジジイ。悪魔合体に成功して最高にハイッって状態になり、後はオールマイトを殺してシャドームーンを取り込み、伏線になっている計画を実行しようと思ったら、全知全能の神を怪魔界ごと消し去りそうなマジヤベーイ奴が出てきてしまった。それじゃあ、次回で最後だから残った火薬を全部使おうね。
 作中では描かれていないが、超常黎明期では邪魔だと思うヒーローに濡れ衣を掛け、それを鵜呑みにした他のヒーロー達に『実は同類の善人を無実の罪でヴィラン扱いして退治しようとした』と言う真実を暴露し「君は僕が作った、偽りのヒーローなんだよぉおおおおおおおおお!!」とイキりまくっていたとか。

エリちゃん
 アニメ第四期のヒロインたる幼女。前話でオール・フォー・ワンが余裕ぶっこいていたのは「この子の“個性”ならガイボーグは幾らでも復活できるじゃろ」と思っていたから。オール・フォー・ワンはドラスと共に彼女を取り込んだことで、彼女の“個性”由来の事も出来るようになっているが、その所為でシンさんと彼女はテレパシーで繋がっている。

ドラス
 前話でデクさんにやられたが、『ドラゴンボール』のセルとよく似た形でパワーアップを果たしたショタ怪人。肝心の核がデクさんに壊されている点で異なり、『オーズ』のロストアンクの如く「僕のコアがぁああああああああああああああ!!」とか叫んでいたと思う。エリちゃんの“個性”で復活し、パワーアップこそしているが、実は自我と“個性”の大半が消失している。
 オール・フォー・ワンとしては『ガイボーグ』の体を乗っ取る事は決まっていたので、ショタな人格はハッキリ言って計画の邪魔なのだが、「それはそれで色々と面白い実験が出来る」と言う理由で教育していた。この辺が病気持ちのヤクザとの格の違いか。

???
 本作の連載初期から存在が仄めかされていた「超常黎明期の仮面ライダー」。変身した時の見た目は、『HERO SAGA』のクウガと、『ジオウ』のアナザークウガが混じった様な感じをイメージ。精神面は偉大なるレジェンドである『本郷猛(主に小説版)』がモデル。尚、作中で彼に掛けられた濡れ衣は、死後に冤罪だと判明している。
 原作で『ワン・フォー・オール』に“個性”と記憶が蓄積されていたので、「『オール・フォー・ワン』の方にも他人の“個性”だけでなく、他人の記憶が蓄積されているのではないか?」と言う考えから登場。実際はどうなのか知らんケド、二次小説だからよりアツいと思える展開を作者は重視するのだ。

イナゴ怪人(1号~???)
 主人公の復活に合わせてコイツ等も無事に復活。ちなみに王の凱旋を祝ったのはイナゴ怪人1号。しかし、コイツ等が勢揃いしている光景を目の当たりにしたら、傍から見るとどっちがヴィランなのか分からないと思うの。復活前よりも個体数が多くなっているが……。



赤ドラス
 原作『ZO』と同じく、一瞬だけ出てすぐに終わってしまったドラスの強化形態。『HERO SAGA』だと背中から羽を生やしたり、両肩と胸にエネルギー砲を造ったり、巨大化したりと色んな事が出来るようになっているのだが、どっちにせよ本作のラスボスは「アルティメットD」か「フォッグドラス」と決まっていたので、原作順守の展開は免れなかった。

アルティメットD
 本作のラスボス。のっぺらぼうのジジイが、キモいショタ怪人とヤクザに監禁されていたロリっ子を相手に無理矢理合体した、正に「嬲る」と言う文字を体現する最低最悪の怪人。見た目は完全に悪魔のソレで、バッタの怪人要素は皆無。オール・フォー・ワンの隠された内面を現した姿とも言えるだろう。
 元ネタは劇場版『MOVIE対戦2010』に登場した「アルティメットD」。オール・フォー・ワンが持つ“個性”に加え、『ワン・フォー・オール』由来の超身体能力と、『巻き戻し』による超人の無個性化。更には太陽の表面温度に匹敵する破壊光弾を発射可能と言う、ラスボスに相応しいマジヤベーイ存在……の、筈なのだが……。

アナザーRX
 シャドーシンさんの強化形態。見た目は完全に色違いのRXそのもの。前作『序章』のIFルートである「シャドームーン編」に登場したアナザーRXと経緯は異なるものの、2年の歳月を経て遂に本編に登場。尚、戦闘能力はIFルートのソレよりも上。
 元ネタは『HERO SAGA』に登場した、シャドームーンが月の光で進化したらしい白いRXこと「アナザーRX」。『ジオウ』のアナザーライダーではない。それにしても、この強化形態が醸し出す無敵感が半端なくて、ラスボスがどうにもショボく見えるのは、作者の気の所為だろうか。

シャドーセイバー
 見た目は赤い刀身のリボルケイン。しかし、名前はシャドーセイバーと言う、ややこしい武器。光子で構成された刀身は相手のビーム系攻撃を防ぐ盾になったり、鞭の様に伸縮が自在だったり、ビームを発射する事だって出来る。
 元ネタは『RX』に登場した「リボルケイン」と「シャドーセイバー」。元ネタを知る者からすれば、非常にややこしい事この上無いが、コレはRXでは不可能と思われる“リボルケインの二刀流”が可能と言う、『序章』の「シャドームーン編」が続いた場合の伏線だったりする。



後書き

次回、最終決戦。アナザーRX VS アルティメットD。

かくして、本編完結まで後2話に迫ったところで、2019年の投稿は終了です。それでは読者の皆さん、良いお年を……。

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