怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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お待たせしました。2019年最後の投稿は本編が2話に、番外編が1話になります。

シリアスかつラストバトルと言う展開は、作者としても納得が行くまで熟考する所為で、どうしても筆の進みが遅いです。反対にパロディやコメディを重視するお気楽な展開の話は、異様なほど筆の進みが速いです。
その結果、作者が気分転換に書いた小説『僕のヒーローアカデミア 雄英白書Ⅲ』に掲載されている「U.A.Quest」の二次小説も完成。本編との温度差がマジパネーイ事になっていますが、其方も宜しくお願いします。

今回のタイトルの元ネタは『鎧武』の「光実! 最後の変身!」。最後と言いつつ、最終回でしっかりと変身しているミッチーと違い、此方はマジで最後の変身になります。

2019/12/31 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


第50話 デク! 最後の変身!

オール・フォー・ワンによる無差別な大規模破壊と、シャドームーンによる局地的な自然災害に見舞われ、神野区は正に「この世の終わり」と言って差し支えない大混乱に陥っていた。

 

運悪く巻き込まれた名も無き民衆。対応に追われるヒーローと警察、そして病院。平和な街を一瞬で世紀末の如き惨状に変えた元凶が居ると思われる区間……つまり、最も被害が甚大であると思われる場所は、小石が鋼鉄を貫くほどの嵐に阻まれている。

現場に駆けつけようとするヒーロー達が次々と嵐の壁に挑むものの、その全てが失敗に終わっており、それは嵐の内側にいるヒーロー達も同じだった。

 

建物が軒並み瓦礫の山と化し、数多くの負傷者を出しながらも、嵐に阻まれて助けるべき人々を病院に搬送する事が出来ない事もそうだが、何よりも圧倒的に人手が足りない。

現状、この嵐の壁を突破できたのはオールマイトだけであり、他のヒーロー達が嵐の壁の向こう側へ渡る事が困難を極める以上、嵐の内と外で出来る事は限られている。

 

一番手っ取り早い解決策は、嵐を発生・維持しているシャドームーンを戦闘不能に追い込んで無力化する事だが、ベストジーニスト、ギャングオルカ、虎、Mt.レディ、そしてサー・ナイトアイが戦闘不能となった今、それが出来るヒーローはオールマイトしかいない。

 

しかし、シャドームーンの戦闘力は下手をすれば全盛期のオール・フォー・ワンさえも凌駕しており、それに加えてオール・フォー・ワンとの戦闘も視野に入れなければならない事を考えれば、孤軍奮闘を強いられるオールマイトにとって、分が悪い所の話ではない。

 

「SMAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAASH!!」

 

必殺の破壊力が込められたオールマイトの一挙手一投足によって、シャドームーンの分身達はオールマイトに触れる前に宙を舞い、地面に叩きつけられると同時に消滅する。

これまで多種多様なヴィランを相手に戦い抜き、百戦錬磨の戦闘経験を蓄積しているオールマイトは、集団戦は極力同士討ちを避ける為、一人に対して一度に襲ってくる人数は最大でも4人が限度である事を知っている。

 

つまり、「一度に4体の分身を倒し続ければ良い」。常人では不可能な解決方法であるが、一流とは総じて理不尽に勝ち、理不尽を体現する存在である。それは、ヒーローと言う職業でも例外では無く、現にオールマイトはそれを可能としていた。

 

「ええいッ! 一向に数が減らん! 無双ゲームの草刈りをやってる気分だぞ!!」

 

「へぇ、君もゲームなんてするんだねぇ。表舞台から去った僕と違って、君にはそんな暇なんて無いだろうに」

 

どんなピンチであろうともユーモアを決して忘れないオールマイトと、ヒーローに対して常に皮肉で返す事を欠かさないオール・フォー・ワン。お互い、まだまだ余裕がある様に見えるやりとりだが、オールマイトの方はかなり焦っていた。

 

常識で考えるならば、“個性”が超人の持つ身体能力の一部である以上、“個性”を使えば使うほど何らかのデメリットが発生し、発揮する能力は必ず限界を迎える筈なのだが、既に何十体と分身を消滅させているにも関わらず、新しい分身が次々に生まれては戦線に投入され、嵐が収まる気配も一向に無い。

 

「(あまり考えたくは無いが、思い当たる節はある。『ありとあらゆるエネルギーを吸収する能力』。それがオール・フォー・ワンによって強化・改造されているとすれば……!)」

 

「苦しいかい、オールマイト。いや、君が苦しくないと僕は困るんだ。何せ、僕は君が憎い。僕は君の師を殺したが、君だって僕の築き上げてきたモノを奪っただろう? だから、君が大事に育てたモノを奪って、無理矢理僕のモノに造り替えたんだ」

 

「貴様……ッ!」

 

「『手塩に掛けて育てた弟子が、最強の敵となって目の前に立ち塞がる』……僕が幼い頃に弟と一緒に見たコミックさながらの光景だ。コミックの中では大抵、『正義のヒーローたる師が、ヴィランとなった弟子に討たれる』と言う展開になるんだが……君はどうなるんだろうね? オールマイト」

 

オールマイトには可能な限り苦しんで貰い、最期には惨たらしく死を迎えて欲しいオール・フォー・ワンにとって、目の前の光景は文字通り“夢にまで見た光景”である。

 

オールマイトが日本に戻ってからと言うもの、オール・フォー・ワンの頼りになる仲間はオールマイトの拳によって次々と倒され、オール・フォー・ワン自身は6年前の戦いで決定的な敗北を喫した。

オールマイトも無傷で勝利する事は叶わず、二人の戦いは双方の痛み分けとなったものの、結果的に“闇の帝王”と言う玉座から引きずり下ろされたオール・フォー・ワンが失ったモノは余りにも多く、“平和の象徴”と言う頂点に君臨したオールマイトが得たモノは余りにも大きかった。

 

「呉島少年ッ! 目を覚ませッ!! 戻って来るんだッ!!」

 

「………」

 

かつて、『敵連合』が起こしたUSJの事件で新が暴走した時、オールマイトはその拳と熱意を以て、新を正気に戻す事に成功した。しかし、脳改造を施された今の新には、オールマイトの拳も、熱意も、言葉もその心には届かない。

 

オールマイトに対して無言を貫くシャドームーンが、おもむろに左手で指を鳴らしたかと思うと、シャドームーンの分身達は一斉に大爆発を起こした。

 

「ぬぅううううううううううううううううううううッ!!」

 

四方から迫る爆発の衝撃と炎を、身一つで耐えるオールマイト。並みのヒーローならば悪くすれば即死。最低でも再起不能へ追い込める威力が籠められた攻撃であるが、それでもオールマイトを倒すには至らない。

煙に視界を遮られる中、オールマイトが左半身からチリチリとした殺気を感じて体をひねると、オレンジ色のエネルギーを纏った真紅の剣が通過し、コスチュームの左脇腹を切り裂いた。

 

「惜しい。流石に勘が良いな」

 

オールマイトがすんでの所で致命の刃を回避する事が出来たのは、一重にくぐってきた修羅場の数によって培われたベテランとしての嗅覚と、トップヒーローとしての危険察知能力の賜物である。

 

「だが、少々見通しが甘い」

 

「むぅ!?」

 

――しかし、刀身を纏っていたオレンジ色のオーラは、まるでガムの様にオールマイトの体に纏わり付き、剣とオールマイトを繋いでいた。

そして、剣がシャドームーンの手元に戻ると同時に、オレンジ色のオーラはオールマイトをグルグル巻きにして完全に身動きを封じ、その巨体を宙に浮かべた。

 

このまま振り回すのか? 地面に叩きつけるのか? 建物に突っ込ませるのか?

 

違う、そのどれでもない。シャドームーンはオールマイトを宙に浮かべたまま、周囲一帯の瓦礫を操作し、その全てをオールマイトにぶつけると、見る見る内にオールマイトの姿を覆い隠し、神野区に小さな星を創り出した。

 

「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO……!!」

 

「素晴らしい。これが、たった一つの“個性”によるモノだと誰が信じられるだろうか」

 

「………」

 

オール・フォー・ワンがシャドームーンの能力に感嘆する中、シャドームーンは瓦礫の塊を金属の球に変化させつつ徐々に圧縮し、オールマイトの脱出をより困難なものにする。

改造された事で新しい能力を手に入れたばかりか、「超強力念力」や「モーフィングパワー」と言った、元々持っていた能力も大幅に強化されているのだ。

 

「KUWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「………」

 

一方、イナゴ怪人BLACKと戦うドラスはと言うと、シャドームーンとは対照的に極力“個性”を使わずに戦っていたのだが、これにはちゃんと理由がある。

 

ドラスとシャドームーンは『SEVEN』と呼ばれるガイボーグの完成形であるが、互いに殺し合い、戦いに勝ち残った方が相手のエネルギーを吸収する事で、「新世界の王」として真の完成を見る存在である。

真の強者にこそ、真の王者たる資格がある。そう考えるオール・フォー・ワンは、世界が新たな王を迎える神聖なる儀式に相応しい場所として、この神野区を選んでいた。

 

つまり、ドラスにとってこの後に控えるシャドームーンとの決戦こそが本番であり、イナゴ怪人BLACKとの戦いは前哨戦に過ぎない。

生き残るのは、どちらか一人。ドラスは負けるつもりなど毛頭無く、そうでなくともドラスは分身であるイナゴ怪人3号とイナゴ怪人4号を用い、新に勝利している。

 

「………」

 

「GUUUUUUUUUUU……」

 

しかし、しかしだ。オール・フォー・ワンは捕らえた新をドラスに吸収させる事無く、新にガイボーグとしての改造手術を施した上で、ドラスと戦わせようとしていた。そして、オール・フォー・ワンとドクターの手によってシャドームーンと化した新の戦闘力は、改造前のソレとは比べものにならない程に強化されていた。

 

また、ドラスはシャドームーンと違い、「定期的に水槽に浸からなければ、その生命を保つ事が出来ない」と言う、生物として致命的な弱点を抱えている。

これはドラスがオール・フォー・ワンから投与された60個の“個性”を維持する為に、膨大な生命エネルギーを消耗している事が原因であり、ドクターは「ドラスの肉体と与えられた“個性”」の関係を「ハードウェアとメモリ」に例え、「“個性”と言う名のメモリが持つ膨大な容量に対し、肉体と言うハードウェアがその負荷にギリギリで耐えている状態にある」と考察している。

 

自分と同じ細胞で構成された肉体を持ち、自分と同じ数の“個性”を投与されているにも関わらず、自分とは全く違う進化を遂げ、生命体として完成したオリジナル。

与えられたモノを進化させる事が出来ず、生命体として不完全な自分との差を自覚したドラスの胸に去来したのは、焦燥と嫉妬。そして劣等感と言う、未経験の感情だった。

 

オール・フォー・ワンとドクターに言わせれば、60個もの“個性”を蓄えながらも自我を保ち続けるドラスも充分に規格外な存在なのだが、それでもシャドームーンが「バージョンアップし続けるメモリと、それに適応し続けるハードウェアを備える」と言う、彼等が渇望した偉業を成した存在である事に変わりは無い。

 

――故に、ドラスは理解していた。父であるオール・フォー・ワンに勝利者として望まれているのは、自分ではなくシャドームーンなのだと。

 

それは、「父に認められたい」と言う、子供なら誰もが持つだろう純粋な感情。「自分の評価を覆し、見返してやりたい」と言う、幼いながらも確かに芽生えた無垢な欲望。その為にドラスは、どうしてもイナゴ怪人BLACKを取り込み、その力を我が物としたかった。

自身の右腕を一撃で破壊し、高出力のレーザーを弾く赤熱の拳。全身から感じる圧倒的で底知れぬ熱量。この黒い太陽の如き鎧の力を手にする事が出来れば、シャドームーンを打倒する事も決して不可能ではない筈だ。

 

「………」

 

「待て、コレもあの子にとって必要な事だ。君は手を出さないでくれ給え」

 

「!!」

 

オールマイトとの戦いを終えたシャドームーンがドラスとイナゴ怪人BLACKの戦いを見て、その場から一歩踏み出した時、オール・フォー・ワンがシャドームーンへ黙って見ている様に指示を出したが、それはドラスの幼いプライドを深く傷つけた。

 

これまでドラスは、オール・フォー・ワンの期待に応えられなかった事など一つも無かった。今も決して失敗しているとは言えない。それでもドラスはこの時、明確に自分が失敗した未来を意識した。

 

憤怒。羨望。嫉妬。恐怖。憎悪。

 

幼いが故に純粋で、幼いが為にそれを制御する術を知らないドラスは、それ等の感情に対処する方法として「爆発させる」事しか知らなかった。

 

「RUWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

ドラスは使用を制限していた“個性”を解禁し、60個の“個性”の中から、「身体強化」、「膂力増強」、「鋼鉄化」、「鉄骨」、「発熱」、「加速」、「エンジン」の7つを選択すると、感情の赴くままにその力を振い、イナゴ怪人BLACKに猛攻を仕掛けた。

目にも止まらぬ超高速移動と、そこから繰り出される超高熱の鉄拳がイナゴ怪人BLACKに炸裂する度に、『強化服・零式』の黒い装甲から激しい火花がまるで血の様に噴き出し、エネルギーが徐々に失われていく。

 

瞬く間に「生きたサンドバック」と言える状況に追い込まれ、一方的に殴り飛ばされ続けるイナゴ怪人BLACKは、『強化服・零式』の防御力によって辛うじてドラスの猛攻に耐える事が出来ているが、それも時間の問題だった。

 

「VYUURURA!!」

 

頃合いを見計らい、ドラスは「エッジ」の“個性”を追加すると、一振りの刀剣と化した左腕でイナゴ怪人BLACKの右肩の付け根を貫き、そのまま右腕を斬り落とした。

イナゴ怪人BLACKの体の重心が狂い、体勢が崩れた所でドラスがイナゴ怪人BLACKの左手を右手で抑え、左手で首を掴んで持ち上げると、最後に両足を長く伸ばした尻尾でグルグル巻きにし、イナゴ怪人BLACKの身動きを完全に封じた。

 

「CAAAAAAAAAA……」

 

無傷で捕らえる事は叶わなかったが、それでもまだまだ使える筈。強化服の力を我が物とする為、ドラスは胸部を大きく展開し、イナゴ怪人BLACKの頭をそこへ押しつける。

 

――その時、不思議な事が起こった。

 

『KING STONE FLASH』

 

電子音と共にイナゴ怪人BLACKの全身から激しい光が放たれると、ドラスの五体がバラバラに弾け飛び、一瞬にしてその身が無数の肉塊と化したのだ。

 

「UGEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

イナゴ怪人BLACKが纏う『強化服・零式』は、動力源として核電池を用いており、そこから引き出す事が出来るエネルギーは、『零式』の後継機である『一式』や『弐式』とはまるで比べものにならない。

特に、最大の必殺技である「キングストーンフラッシュ」は、その膨大なエネルギーをベルトからビームとして発射する他、全身から放射する形で放つ事も可能であり、後者は射程距離も破壊力も前者に劣るものの、その威力は絶大だ。

 

「ほう……」

 

「………」

 

絶体絶命の危機を脱し、斬り落された右腕を拾ってくっつけると、何事も無かったかの様に右腕を動かすイナゴ怪人BLACK。

ドラスが撃破されたにも関わらず、オール・フォー・ワンは一切動揺する事も無く、シャドームーンは独特の足音を響かせながら、ゆっくりとイナゴ怪人BLACKへと歩み寄った。

 

「ふむ。思っていたのとは違った展開だが、ある意味では相応しい決戦だ」

 

シャドームーンとイナゴ怪人BLACKの二人を見つめるオール・フォー・ワンは、先程の戦いでイナゴ怪人BLACKの切断面からミュータントバッタがこぼれ落ちた所を目撃しており、イナゴ怪人BLACKの正体に気付いていた。

 

「抗っていたのだな、君は。戦いに敗れ、魂さえ無くしても、僕達には決して屈するまいと、託された力を悪用されまいと……なるほど、確かにオールマイトに選ばれただけはある。実にヒーローらしい、醜い足掻きだ」

 

「え……」

 

この戦いの本質を完全に理解しているオール・フォー・ワンと、呆然としながらも薄らと理解してしまった勝己。

そんな両者の視線は、呉島新の魂を失い、『オール・フォー・ワンを守る鎧』と成り果てたシャドームーンと、呉島新の魂の残り滓を宿し、『強化服・零式』と言う漆黒の鎧を纏ったイナゴ怪人BLACKに向けられている。

 

ヴィランによる99%の支配と、ヒーローとしての1%の叛逆。この戦いでその残り1%を埋めた時、シャドームーンは『オール・フォー・ワンを守る鎧』として完成し、『新世界の魔王』として再誕の産声を上げる。

 

「しかし、いまやシャドームーンの肉体は、その血液一滴に至るまでが、この僕の為にある力そのもの。要らないのはただ一つ、呉島新の魂だけだ」

 

オール・フォー・ワンの言葉を肯定する様にシャドームーンが、その思惑を粉砕する為にイナゴ怪人BLACKが激突する。

 

漆黒の鎧諸共中身を切り裂かんと、シャドームーンが勢いよく振り下ろす凶刃に対し、イナゴ怪人BLACKは体勢を低くしていち早く懐に飛び込むと、シャドームーンの手首を押さえると同時に脇腹にキックを叩き込む。

シャドームーンは蹴り飛ばされるものの、すぐに体勢を立て直すと、手にした剣から赤いビームの刃を繰り出して反撃する。イナゴ怪人BLACKはすんでの所でコレをジャンプして回避するが、ジャンプ中の隙を狙って放たれたオールマイトをも拘束するオレンジ色のエネルギー帯によって捕らえられてしまう。

 

『KING STONE FLASH』

 

しかし、イナゴ怪人BLACKが纏う鎧から発せられる熱線が、オレンジ色のエネルギー帯が持つ拘束力を上回り、再び自由の身になったイナゴ怪人BLACKは、エネルギーを拳に集約しながらシャドームーンへ肉薄する。

 

『RIDER PUNCH』

 

「SHADOW PUNCH」

 

お互いに防御を一切考えずに放った必殺の拳が、互いの堅牢な胸部装甲に炸裂し、両者はその場から大きく吹き飛ばされる。

シャドームーンの強化された生体外骨格・シルバーガードを纏った胸部に亀裂が入り、そこから緑色の血が流れる一方、イナゴ怪人BLACKが纏う『強化服・零式』の胸部装甲も破壊され、損傷箇所から火花と煙が上がっている。

 

一見すれば、両者の戦闘力は互角。しかし、“個性”を用いて戦うシャドームーンと、強化服と言う科学の力を以て戦うイナゴ怪人BLACKには、決して無視する事の出来ない差が存在する。

 

――弱点を補う為にサポートアイテムに頼り過ぎた結果、サポートアイテムが損傷した事で何も出来なくなる。

 

プロの中にもそんなヒーローが存在するが、イナゴ怪人BLACKに関してはシャドームーンとの圧倒的な戦力差を『強化服・零式』によって補っている上に、破損した部分を修復する術を持っていない。

一方でシャドームーンはあくまでも生身であり、“個性”の恩恵によって肉体を回復する手段を持っている事を考えれば、イナゴ怪人BLACKがシャドームーンを倒すには、此方が戦闘不能になる前に、相手に回復する隙を与える事無く一気に仕留めるしかない。

 

『KING STONE FLASH』

 

何度目かになる必殺技の発動を知らせるコール。しかし、今回のソレは全身から放出する拡散型の熱線ではなく、ベルトの中心と言う一点から放たれる収束型の破壊光線。

青山優雅の“個性”『ネビルレーザー』と酷似した必殺技であるが、あくまでも人間の身体能力である“個性”と、核電池から生み出されるエネルギーでは、その破壊力は比べものにならず、当たりさえすればその熱量を以てシャドームーンを一撃で葬る事も不可能では無い。

 

「………」

 

そして、生来の圧倒的な回復能力によって肉体を治癒するシャドームーンも、額に輝く第三の目が緑色の光を放ちながら、「キーン」と鳴り響く高音と共に、稲妻の様な破壊のエネルギーを両手に蓄積させていく。

 

「頃合いだな。次でどちらかが死ぬ」

 

「……待て……」

 

「うん?」

 

「止めろ……止めさせろ! アイツはお前にとって大事なモンなんだろ! 此処で、死んだら――」

 

「ああ、それなら心配は要らない。それならそれでね」

 

「!?」

 

オール・フォー・ワンの聞き捨てならない発言に我を取り戻し、勝己がオール・フォー・ワンに掴みかかるが、当のオール・フォー・ワンは「それがどうした?」と言わんばかりの返答をした。

考えてみれば、ドラスが粉微塵になった時も狼狽える事無く、この男は傍観に徹していた。ドラスにせよ、シャドームーンにせよ、この両名が死亡する事はオール・フォー・ワンにとって困る事の筈なのに、この男は何もしなかった。

 

「テメェ……一体、何を……」

 

「さあ、決着だ」

 

そして、ベルトから放たれる赤い閃光と、両手から繰り出される緑色の稲妻。二つの超破壊エネルギーが激突する刹那、突如展開された巨大な氷壁がそれを阻み、大爆発と同時に大量の水蒸気が発生した。

 

「なんッ、だぁ……!?」

 

「これは……」

 

「POWERRRRRRRRRRRRRRRRR!!」

 

水蒸気が充満し、周囲が白い闇に閉ざされた一瞬を狙って現われたのは、年若くともプロを含めて「№1に最も近いヒーロー」と謳われる実力を持つヒーロー『ルミリオン』。

闇の帝王を相手に一切臆する事無く攻撃を仕掛け、一撃離脱で人質の勝己を奪還する手腕と度胸は、トップヒーローに勝るとも劣らない。

 

「だ、誰だテメェ!?」

 

「黙ってて! 舌噛むよ!」

 

そして、ルミリオンの奇襲に合せて、爆発に耐えるべくその場に踏ん張り、身動きを止めていたシャドームーンとイナゴ怪人BLACKを氷の津波が襲う。

シャドームーンとイナゴ怪人BLACKを瞬時にして巨大な氷山の中に閉じ込めたのは、轟の命が危険な領域へと踏み込む程の体温の低下を伴う、全力と限界を超えた右の氷結だ。

 

「良し……ッ! 捕らえた……!!」

 

事前に左の炎によって事前に体溫をギリギリまで上昇させ、限界値を底上げした上で繰り出した全力攻撃の代償として、轟の顔色はその特徴的な髪の色の様に、赤から白へと一気に変色し、寒さでまともに体を動かす事が出来なくなっているが、それだけの代償を払う価値は充分にあった。

 

「オールマイトォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

行動不能になった轟を背負い、戦場を横断するようにオールマイトが囚われた金属球に接近するのは、本当の『ワン・フォー・オール』継承者、緑谷出久。

 

オールマイトに施された強固な封印を破壊すべく、緑谷は自身にこれから降りかかる犠牲を覚悟の上で、『ワン・フォー・オール』の100%のパワーをぶつけ、そのまま戦場から脱出するつもりだった。

ドラスはイナゴ怪人BLACKによって粉砕され、シャドームーンとイナゴ怪人BLACKは氷山の中に封印された。人質である勝己を取り戻したならば、残るはオール・フォー・ワンを倒すだけ。

 

オールマイトが背負うモノを少しでも軽くし、オール・フォー・ワンを打倒する手助けをする。オールマイトが解放されれば、必ずオール・フォー・ワンを打倒してくれる。それで未来は完全に変わる筈だと、彼等は信じていた。だが――。

 

「SMAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――」

 

「……―――」

 

出久の覚悟を決めた拳が金属球に触れる刹那、氷の中でシャドームーンの第三の眼が激しく輝くと、落雷の様に巨大なオーラエネルギーが出久達に降り注いだ。

 

「「がぁあああああああああああああああああああああああ!!」」

 

「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」」

 

正確無比に放たれたオーラエネルギーは出久達の行動を一手で阻み、その意識を次々と刈り取っていく。

その上、シャドームーンは轟が繰り出した氷山の拘束から容易く脱出し、独特の足音を戦場に響かせてオール・フォー・ワンの元へ戻っていった。

 

「危ない、危ない。しかし、天下の雄英生とあろう者が、資格も無しに此処へやって来るとはね。これも君の人望が成せる業かな? シャドームーン」

 

「………」

 

「では、そろそろクライマックスだ。オールマイトを解放したまえ」

 

シャドームーンが指を鳴らすと、オールマイトを捕らえていた金属球が大爆発を起こし、黒煙の中からオールマイトが現われる。

活動限界を迎えた事で体から蒸気が上がり、マッスルフォームからトゥルーフォームになったオールマイトを、シャドームーンは生来の能力である『超強力念力』で手元に引き寄せると、片手でその枯れ木の様な首を掴み、やせ細った体をその腕力で持ち上げた。

 

「呉島、少年……ッ!!」

 

「さぁ、存分に悔いて死ぬ時だ、オールマイト。しかし、“平和の象徴”と謳われる君が、実は生徒の手綱もまともに握れないへっぽこ教師だったとは思わなんだ。ヒーローとしても、先生としても、君の負けだ」

 

オール・フォー・ワンの勝利宣言に合わせ、万力の如き握力でオールマイトの頸椎を握り潰さんとするシャドームーン。首の骨が悲鳴を上げる音を聞きながら、オールマイトはいよいよ人生のゴールが迫っている事を悟った。

 

「ぐッ……あ……、が……ッ!」

 

それでも最後の最後まで未来を変えようと抗うオールマイトだったが、トゥルーフォームの消耗しきった細腕では、シャドームーンの豪腕は振り解けない。首の骨が限界を迎える前に、血管と気道を強く圧迫されている事で、オールマイトの意識は徐々に薄れていく。

唯でさえ力が入らない細腕から力が抜けていき、遂に抵抗を続けていた両腕がダランと下がり、オールマイトは無抵抗な人形の様になってしまった。

 

オールマイトの命も、もはや風前の灯火となったその時、辛うじて意識を失わなかった緑谷出久の身に、不思議な事が起こった。

 

 

○○○

 

 

世界総人口の約8割が、何らかの特異体質である超人社会。皆がそうなのだから、僕もきっとそうなのだと思っていた。

 

『超カッコイイなぁああ!! 僕も“個性”出たら、こんな風になりたいなぁああああ!!』

 

何も知らない幼い僕は、憧れのヒーローのデビュー動画を見ながら、自分も何時かこんなヒーローなるんだと、パソコンの前で無邪気にはしゃいでいた。頭の中で思い描いた未来が訪れる事を全く疑っていなかった。

 

『諦めた方が良いね』

 

それは僕が齢4歳にして、「自分が皆とは違う」と思い知らされ、自分の夢に手が届かない事を突きつけられた瞬間だった。

 

――人は、生まれながらに平等じゃ無い。

 

それでも、僕はずっと憧れを追い続けた。頑張れば、諦めなければ、上を向いて突き進めば、きっと夢は何時か叶うと信じていた。

 

『出久が“無個性”でも、ヒーローになれるって思ったんだ』

 

それは、僕とは別のベクトルで「ヒーローになれない」と存外に言われていた、もう一人の幼馴染みの言葉。君は何でも無いように言っていたけど、誰もが聞いて笑った身の丈に合わない僕の夢を笑わなかった事が、僕にはどれだけ嬉しかった事か。

 

『君は……ヒーローになれる!!』

 

そして、憧れたヒーローから認められたあの「運命の始まり」から、コミックもビックリの現実を掴み取る為に続く毎日は、ずっと苦しい事だらけの連続だったけど、その苦しみさえもが自分の明日を照らしている様に思えた。

 

『強く……なったんだな……』

 

雄英に入学して、お互いに傷ついて傷つけた屋内戦闘訓練で、ずっと守られてばかりだった僕への、ずっと守ってくれた幼馴染みの感想は、僕が遙か先を行く幼馴染みに追いついて、今は肩を並べて同じ道を進んでいるんだと思った。

 

これまでの僕の人生に於いて、間違いなく最も輝いていたと断言出来る時間の中で、取り返せないモノは無いと言わんばかりに、遅れを取り戻そうと努力して、それを母が、幼馴染みが、友達が、憧れの人が応援してくれた。幸せだった。

 

「呉島、少年……ッ!!」

 

「さぁ、存分に悔いて死ぬ時だ、オールマイト。しかし、“平和の象徴”と謳われる君が、実は生徒の手綱もまともに握れないへっぽこ教師だったとは思わなんだ。ヒーローとしても、先生としても、君の負けだよ」

 

「オールマイト……あっ、ちゃん……」

 

でも、地べたに這いずりながら見える景色は、ナイトアイが語った最悪の未来と寸分違わない、受け入れがたく残酷なモノ。それを想像したからこそ、既にナイトアイが視た最悪の未来はきっと変わっていると思ったからこそ、僕は通形先輩や皆を説得しようと思った。

 

通形先輩の“個性”なら、かっちゃんを救出出来ると。轟君の“個性”なら『ガイボーグ』やイナゴ怪人BLACKを行動不能に出来ると。僕の“個性”なら轟君を担いですぐに離脱できると。そして、この嵐の壁を無くすには、その原因を叩くしか方法は無いと。

それで皆、納得してくれた。上手くいけば全てが好転すると。そうしなければ負傷者を病院に運べないと。センチピーダーとバブルガールから無理を言って許可を貰い、僕達は再び此処に戻ってきた。

 

――でも、その結果がコレだ。昔からずっと変わらない。いざという時、何も出来ない「役立たずのデク」だった。

 

何が「次世代の“平和の象徴”」だ。掛け替えのない幼馴染みの平和も守れない無能じゃないか。

 

何が「どんな困ってる人でも笑顔で助ける最高のヒーロー」だ。何時だって笑顔を浮かべる余裕なんか無かったじゃないか。

 

何が「“個性”が無くてもヒーローになれますか」だ。自分に“個性”が無い事を言い訳にして、ずっと楽な道を選んでいた落伍者じゃないか。

 

何が「他の人よりも何倍も頑張らないと駄目なんだ」だ。その自分の弱さのツケを、幼馴染みに押しつけて支払わせた外道じゃないか。

 

何よりも輝いて見えた思い出が一つ残らず暗黒に満ち、滑稽で唾棄すべき茶番に成り果てていく。全身の細胞が死滅していく様な、嘔吐を催す感覚に心が呑まれていく。

 

(いや)。さよならだ。我が友(いずく)

 

今だけで良い、あっちゃんを、オールマイトを、皆を助けられるだけの力が欲しい。それでもう……“終わったって良い”。

 

『待て……駄目だ……! 戻れなくなるぞ……!』

 

あの時は手が届かなかった、今は手が届く場所にいる、僕が救けたい思う掛け替えのない存在を救ける事が出来るなら、それこそ連綿と受け継がれてきた奇跡を代償にしたとしても、きっと僕は後悔しないだろう。

 

何故なら、この世界にはオールマイトと同等の、或いはそれをも超える“平和の象徴”と成り得る力が、他にもあると知ったから。今、この瞬間にも、次々と『ワン・フォー・オール』を超える“個性”が生まれているんだと分かったから。

そんな選ばれた人達がきっと、僕が望んだ「どんな時でも笑顔で、困った人を救けるヒーロー」になってくれると思うから。だから……。

 

『止めろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

――だから……ありったけを……ッッ!!!

 

かくして、僕が憧れのヒーローから受け継いだ、強大な悪意から人々を守り、闇を照らす七色の聖火は、唯ひたすらにその強大な力を以て敵を平らげ、最後には持ち主自身さえも燃やし尽くす、闇色の業火へと反転した。

 

 

○○○

 

 

オール・フォー・ワンの完全勝利が目前に迫った時、シャドームーンはいち早くソレに気付き、オールマイトを手放した。

 

「? シャドームーン、何を……!」

 

それは、どす黒いオーラが絡まり合った人型の何か。最初は子供ほどの大きさだったソレは見る見る内に膨張し、そのシルエットは筋骨隆々とした大人を連想させるモノへとめまぐるしく変わっていった。

 

「……AAAA」

 

シャドームーンは理解していた。これは“繭”だと。地面を這い回るだけの芋虫が、天空を舞う羽根を手に入れる様に。或いは、身を守るには頼りない柔肌が、鎧の様に堅牢な外骨格へと変わる様な、そんな劇的な変化を遂げる前触れなのだと。

 

――今の内に斃しておかなければ、大変な事になる……と。

 

「WHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

これまで、シャドームーンが自発的に発言したのは、必殺のパンチとキックを繰り出した時だけだった。だが、今のシャドームーンはかつての自分の様に、絶叫と共に氷漬けのイナゴ怪人BLACKの元へ瞬く間に移動すると、緑色のエネルギーを纏った回し蹴りでイナゴ怪人BLACKをサッカーボールの様に蹴り飛ばした。

戦闘者としての本能が告げる危険信号に従い、シャドームーンが目の前の脅威を葬取り除くべく選択した武器は、氷漬けになったイナゴ怪人BLACKが纏う『強化服・零式』に内蔵された核電池だ。

 

「マズい……! 『転送』を……」

 

核電池を暴走させ、人類が造った黒い太陽の力を以て、繭の中から生まれようとするモノを排除しようとするシャドームーンの行動は、オール・フォー・ワンとしても想定外の事態であり、爆発に巻き込まれればオール・フォー・ワンと言えどひとたまりも無い。

核爆発を起こす前に『転送』の“個性”で、イナゴ怪人BLACKを何処か別の場所へ転送しようとしたオール・フォー・ワンだが、イナゴ怪人BLACKが黒い水を通過する直前、イナゴ怪人BLACKが一瞬で姿を消し、周囲に突風が吹き荒れたかと思えば、彼等の頭上の遙か上空で、星の瞬きの様な小さな爆発が起こった。

 

――その真下には、ちょうど何かを蹴り上げた様な姿勢を維持する、一人の巨漢が片足で立っていた。

 

「アレは……」

 

「コッチだ」

 

「!?」

 

背後から聞こえた声にオール・フォー・ワンが反応し、振り向きざまに腹部へと叩き込まれたのは、必殺にして不可避の一撃。

それは勢いのままにオール・フォー・ワンを地面に押しつけ、地面に巨大なクレーターを刻むと同時に、その余波でシャドームーンが展開していた嵐さえも霧散させた。

 

「グハァアア……ッ!!」

 

「………」

 

特性のヘルメットの中に血反吐をぶちまけ、瞬時に『超再生』の“個性”での治癒を試みるオール・フォー・ワンだが、如何に強力な“個性”であろうと全身をくまなく破壊され、“個性”の発動に必要となる体力を根こそぎ奪われていては、命を繋ぐのが精一杯で、それ以上の回復は不可能だった。

 

「……緑谷、少年……?」

 

「………」

 

オール・フォー・ワンをたった一撃で窮地に追い詰めると言う、オールマイトですら為し得ないだろう偉業を成したのは、黄金のオーラを纏った筋骨隆々とした巨体と、天を衝かんばかりに伸びた癖のある緑色の長髪を振りかざし、精悍さと幼さが混じった顔をした、オールマイトもよく知る少年に酷似した男だった。

自身のマッスルフォームを連想とさせる姿と、全ての感情をそぎ落とした様な表情に何か漠然とした不安を感じると同時に、オールマイトは目の前で起こった不思議な現象の本質を理解した。

 

――かつて、自身の師である志村奈々は言っていた。「“力”の前には必ず“思い”がある」と。これは出久の“思い”が引き出した“力”なのだと。

 

「(方法は分からない……分からないが、強制的に成長したのだ! 一撃でオール・フォー・ワンを倒せるレベルまで! 『ワン・フォー・オール』を完全に……いや、それ以上に扱えるレベルまで!!)」

 

そして、出久によって一撃で戦闘不能に追い込まれ、地面に横たわる事しか出来ないでいるオール・フォー・ワンは確信する。

 

「(やはり……僕は正しかった! 彼の牙は、“個性特異点”の力は、この僕にも届き得るモノだったッ!!)」

 

思い起こせば、ヒントはあった。緑谷出久の母は昨年の一時期、肉体そのものがオールマイトの如く変化し、その見た目に相応しい怪力を発揮していたが、緑谷出久にそれと同じ現象が起こった事は一度も確認出来ていない。

 

――つまり、緑谷出久が緑谷引子から受け継いだ『突然変異』の“個性”は、「自身を自壊させる程の超パワーを発揮する」だけではない。それに加え「その超パワーに見合った肉体を得る事が出来る能力」がある筈なのだと。

それは恐らく、「人生において一度だけ使える」力で、それを使えば元に戻ってしまうと言う、“個性”ありきの超人社会では致命的と言える『諸刃の剣』だ。

 

「(人生において、たった一度だけ発動する“個性”!! 生まれ持った天賦の才を投げ出し、『二度と“個性”が使えなくなっても良い』と言う決意と覚悟を決める事で、漸く手にする事が出来る能力ッ!! それはこの僕をも圧倒する、文字通り『最後の切り札』ッ!! それ故に、その代償もまた絶大……ッ!!)」

 

だからこそ、オール・フォー・ワンは安堵する。出久が秘めた『個性特異点』に相応しい力がこのタイミングで発動し、それが今の自分にぶつけられた幸運を感謝する。

 

「MUUUUUUUUU……」

 

「………」

 

攻撃に失敗した事を確認したシャドームーンは、独特の構えを取ると両足に緑色のオーラを収束させた。

それは言うなれば誓い。これから全力でお前を攻撃すると、シャドームーンは出久に向かって誓いを立てていた。

 

「フゥゥゥ………」

 

それを見た出久は足を大きく開いて腰を深く落とすと、右拳を腰の辺りに置いて脇を締め、呼吸を整えながら黄金のオーラを右拳に集約させた。

 

――即ち、全力で受けて立つと。出久もまた、シャドームーンに対して誓いを立てたのだ。

 

「SHADOW KICK」

 

必勝の構えを見せる両雄の内、先に動いたのはシャドームーンだった。その場から高く跳躍し、禍々しい緑色をした破壊のオーラを両足に纏い、真っ直ぐに出久へとその矛先が向けられる。

 

「Plus……」

 

「SHYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「Ultra」

 

そして、二人が必殺の牙と牙で結ばれた刹那、衝撃波と共に緑と黄金のオーラが大きく展開されると、シャドームーンの両足が砕け、全身の装甲にクレバスの様な亀裂が入った。

 

「GUWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

「………」

 

「GUFF! NNNNNAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

シャドームーンの必殺技は出久に競り負け、装甲の割れ目から夥しい量の血を流しながらも、破壊された両足を再生させて、再び出久に向かって行く。それを見た出久は無表情のまま、緑色の血に塗れた拳を構えた。

 

 

○○○

 

 

シャドームーンが展開していた嵐の壁が出久の手によって霧散し、人の行き来を阻んでいた障害が無くなった事を境に、神野区は大きな動きを見せていた。

被害状況の確認。辛うじて無事だった民間人の避難。救助が必要となる負傷者の搬送。情報を全国に伝えるための報道。そして――これだけの被害をもたらしたヴィランの確保。

 

「オールマイトォ!!」

 

老体に鞭打ち、いち早くオールマイトの元へと駆けつけたグラントリノだったが、彼が現場で目にしたのは、予想していたモノとは全く違う光景だった。

 

現場に居たのは、トゥルーフォームで膝をつくオールマイトと、倒れ伏しピクリとも動かないオール・フォー・ワン。脳無格納庫の制圧に向かった、傷だらけのプロヒーロー達。そして――。

 

「AAAAAA……GGUUURRRAAAA……」

 

「………」

 

満身創痍になりながらも唸り声を上げて戦い続ける怪人と、無表情で涙を流しながら拳を振い続ける……自身が知るシルエットとは全く違う、緑谷出久だった。

 

「アレは……緑谷、なのか……?」

 

「はい……あれは、間違いなく、緑谷少年です……」

 

その姿を見た時、グラントリノはすぐにオールマイトを連想したが、緑谷の今の姿は、オールマイトのマッスルフォームとは、全く異なるモノであると直感した。

 

オールマイトのマッスルフォームは、『肉体を強化する』と言うよりは、『憔悴する前の体に戻る』と言った方が正しく、マッスルフォーム時の肉体はオールマイト自身の絶え間ない鍛錬の果てに得たモノでしかない。

しかし、出久の場合は違う。これは本来、出久自身が何年、数十年、何十年と、過酷な修行をこれから自身に課し続けた結果、漸く辿り着く未来の姿の筈なのだ。

 

「WWWWRRR……AAAAAA……」

 

「……もういい」

 

「AADDDDAAVV……」

 

「もう……いいだろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

出久の拳がシャドームーンの頬に突き刺さり、その血塗れの体が地面をバウンドする。それが限界だったのか、シャドームーンが再び起き上がる様子はもう無かった

 

「もう……、だから、もう……もう……」

 

「……緑谷、少年……」

 

「オールマイト……グラントリノ……」

 

溢れ続ける涙と緑色の返り血で顔を濡らす出久の、深い絶望と悲哀を感じ取ったオールマイトとグラントリノが何と声を掛ければいいのか迷っている最中、それは現われた。

 

「CCCCCCRRRRRRRRRRRR……!!」

 

イナゴ怪人BLACKによって破壊された肉体を、不完全ながらも再生させたドラス。そのドラスが狙うのは、出久によって戦闘不能に追い込まれたシャドームーンだ。

 

「RRWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

「あっちゃん!!」

 

「いかん!!」

 

出久がドラスからシャドームーンを庇い、グラントリノは出久を突き飛ばす。だが、ドラスの肉体は全身余すこと無く凶器そのもの。シャドームーンを庇った出久の右腕を、ドラスは難なく斬り飛ばしていた。

 

「CUKAKAKAKAAAAAAAAA!!」

 

「この……!」

 

邪魔をされたドラスが出久を見て狂気の笑みを浮かべ、出久に追撃を加えんと飛び出したその時、出久は前に出ようとしたグラントリノを抑えながら言った。

 

「大丈夫です。痛いけど……嬉しいんです。強がりじゃ無くて」

 

「緑谷……?」

 

「これであの時の……USJの時の、あっちゃんの痛みが分かった……それが、僕は嬉しい。何て言うか……救われた様な気がする」

 

「緑谷……」

 

「KYUUYOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

ドラスの攻撃をかわし、カウンター気味に繰り出した左拳でドラスを殴り飛ばすと、出久は間髪入れずに跳躍し、ドラスに斬り飛ばされた自身の右腕を掴んだ。跳躍した出久の着地地点は……ドラスだ。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

空気を振わせる怒号と共に、ドラスに叩き込まれた出久の右腕は、ドラスの胸部を貫通して地面に突き刺さり、両膝は出久の両足によって踏み砕かれた。

ドラスは脱出を図ろうとするも、ただでさえ不完全に再生させた肉体の損傷は激しく、動く為には肉体を再生する必要があり、行動不能に陥っている。

 

「MMMMMMMMMUUUUUUUUNNNNNNNNNNNN!!」

 

「右腕はやるよ……。だから、お前も……」

 

「QUUUUXXXXXZZZAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「もう、おやすみ」

 

そして、そんな致命的な隙を見逃す出久ではない。切断された右腕の傷口から溢れだす黒いオーラが右腕を形作ると、右腕に先程よりも莫大なエネルギーが集約されていく。

 

『駄目だ! そんな! これ以上! そんな力ッ!! 一体! この先! 君は! どれほどの……ッ!!』

 

「Plus……」

 

「緑谷少年!!」

 

「緑谷ぁ!!」

 

出久は頭の中で聞こえる男の声をずっと無視していた。オールマイトやグラントリノの声にも振り向くことは無かった。だが……。

 

「…………いずく……」

 

「!!」

 

蚊の鳴く様なシャドームーンの声を聞いて、出久はシャドームーンに穏やかな笑みを浮かべると――。

 

「……Ultra」

 

――全ての力を、ドラスに叩きつけた。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新/シャドームーン 
 師と呼べる人物を完封したが、親友と呼べる幼馴染みとの戦いに敗れた世紀王モドキ。まあ、元ネタを考えれば負けるのは当然と言える。地味に劇場版でオーマジオウ……もとい、フラウロスがオールマイトに使った戦法を、自分なりにアレンジしてオールマイトに使用している。
 ちなみに作者は気晴らしとして、「………(掛かったな馬鹿め! 喰らえ、卑劣斬り!!)」とか、「………(シャドームーンのヘビーボール! やったー! オールマイトを捕まえたぞ!)」と言った感じで、無言の台詞にギャグとしか言いようのない台詞を入れて遊んでいた。流石に採用はしなかったが。

緑谷出久&轟焦凍&通形ミリオ
 かっちゃん奪還&ガイボーグの無力化を狙った三人。デク君が作戦を提案し、それにミリオが乗っかってセンチピーダー達を説得して、許可をもぎ取った。実は他にも行きたがっていた子は居たけれど、唯でさえ人手が足りない状況で、これ以上人員を割く事は出来なかったのだ。上手くいったと思いきや、シャドームーンが放ったオーラエネルギーによって、仲良く無力化された……筈だった。
 ちなみに参加していない面々は別行動で、一般市民の救助に向かっている。まあ、居たところでシャドームーンの的にしかならなかっただろうが。

爆豪勝己
 前話で読者から闇堕ちを全く心配されていなかった人質。ある意味で原作よりも状況が悪化している分、無理矢理にでもその場から離脱する必要がある為、この世界ではミリオに救出される事になった。ちなみに彼もシャドームーンのオーラエネルギーを、ミリオと共にしっかりと喰らっていたりする。

オール・フォー・ワン
 勘違いが加速している悪の首領。正直、神野区で実際に手合わせして、漸く「『ワン・フォー・オール』がオールマイトの中には無い」と分かったと思えば、牢獄の中で「弟の声がする」と、『ワン・フォー・オール』を感知している様な台詞を吐くので、コイツの『ワン・フォー・オール』を感知する力がどれほどのモノなのかイマイチ分からなくて困る。
 最終的に「オール・フォー・ワンは『ワン・フォー・オール』が複数の“個性”を使用可能になった=『オール・フォー・ワン』と等しい“個性”になったのを感知した」と作者は結論付け、「俺自身が……『ワン・フォー・オール』になる事だ……」となったデクさんの事は分からなかったと言う事にした。

ドラス
 一日で二度の敗北を経験したショタ怪人。原作の串刺しネタもしっかりと回収しつつ、イナゴ怪人BLACKとデクさんに敗北。精神性が幼い故に“個性”の成長に必要な強い思いは、ある意味でとても純粋で残酷。元ネタと同様に、彼はただ父親に認められたかっただけだったのだ。

イナゴ怪人BLACK
 装着した『強化服・零式』の力でかなり善戦したが、最終的に下記のデクさんの「ボッ」によって星になった。尤も、番外編のバレンタイン回で分かるように、此処でフェードアウトする予定は無いのだが、コレ以降の性格は通常のイナゴ怪人と変わらなくなるので、所謂『名前の同じ別人』として復活する予定である。

デクさん
 デクくんと似て非なるナニカ。その本質は先代達が溜め込んできた貯金を一気に使うが如き大博打。幼馴染みを抹殺しようとしたイナゴ怪人BLACKを粉砕し、幼馴染みを取り戻した事を考えれば、彼は博打に勝ったと言えるのだが……。
 元ネタは『HUNTER×HUNTER』のゴンさん。実際、『ワン・フォー・オール』が歴代所有者の“個性”を溜め込んでいるなら、それこそ所有者の才能次第で既存の常識や法則を凌駕する程の力を生み出す事も可能だと思う。てゆーか、原作でもマスターピースに目覚めた死柄木に対抗して、歴代の七つの“個性”が融合したアルティメットな“個性”をデク君が生み出すのではないかと、作者は予想している。



緑谷引子のオールマイト化
 実は連載当初から想定していた、デクさん化の伏線。まさか第一話に登場した『すまっしゅ!!』ネタが、最終決戦におけるシリアス展開の前振りだったとは誰も思うまい。分かっていた読者がいたら素直にスゲェと思う。

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