怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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本作の連載が始まって早3年。平成が終わって令和が始まった訳ですが、新ライダーの『ゼロワン』の変身を見た時、『駈斗戦士 仮面ライダーズ』の「サイクロンホッパー」と「迅雷のサバイブ」を連想したのは、作者だけでしょうか?

そして、今年のFGOの水着ガチャは、どう言う訳かやけに金鯖(水着武蔵ちゃん・水着カーミラ・水着沖田さん・三蔵ちゃん・ドレイク船長・項羽様)が当たる。去年の水着ガチャは水着イバラギンしか当たらなかったのに(どちらも無料石と呼符で、合計80回ガチャを回してみました)。

去年の夏からFGOを始めて、一年間色々なガチャ宗教を検証してみましたが、個人的には「直感教」「単発教」「幸運教」のコンボが、一番金鯖を引きやすい気がします。
つまりは幸運EXのキャラ(作者は三蔵ちゃん)をお気に入りにして、「何かイケる気がする」って思った時に、単発でチマチマ回せば当たる……様な気がする。

タイトルの元ネタは『ジオウ』の「2019:アポカリプス」。本作の主人公が巨大なイナゴの群れを従えるバッタ怪人だと考えると、割と洒落になっていないタイトルの様な気がします。最終決戦には相応しいケド。

10/20 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


第48話 神野:アポカリプス

呉島新がオール・フォー・ワンの思惑によって攫われ、「超人を超えた存在」になる為の改造手術を受けていた一方、死柄木弔の思惑によって攫われた爆豪勝己はどうしていたかと言うと、彼は『敵連合』のアジトである隠れ家的なバーで、強固な椅子に拘束されていた。

 

完全に身動きを封じられてはいるものの、それ以外はヴィラン達から特に危害を加えられる事も無く、勝己としても想像以上に平和な二日間を過ごしていた。

 

「それじゃ……改めて聞くが、ヒーロー志望の爆豪勝己君。俺の仲間にならないか?」

 

「寝言は寝て死ね」

 

尤も、当の攫われた勝己自身、とても平和的な性格をしているとは言えない人物である為、ヴィランの機嫌によっては穏やかな雰囲気(人質は除く)が漂う隠れ家的バーが、一瞬にして惨劇の館と化してもおかしくは無い。

まあ、そんなヒーロー寄りとは言えない性格をしている人物だと認識されてしまったからこそ、ヒーロー社会の崩壊を目論む死柄木の目に留まってしまい、こうして攫われる羽目になったとも言えるのだが。

 

「死柄木弔。やはり、もう少し段階を踏まえるべきかと」

 

「うーーん。ここ数日で結構、段階は踏んだつもりだったんだがな……」

 

「やっぱ、激辛キムチ鍋をお前がフーフーして食わせようとしたのが駄目だったんじゃねぇか?」

 

「確かにな! いや違うだろ!」

 

「よし。それじゃ次の飯からはムサイおじさん達じゃなくて、女子高生のトガちゃんがフーフーするって事で」

 

「え~~……、やです」

 

そして、勝己に対して「拉致」と言う強硬手段に出た『敵連合』の面々だが、勝己の「勧誘」に関しては決して強引な手段を取らず、妙に和気藹々としながら勝己に接していた。

 

これは、死柄木を筆頭とした『敵連合』の面々が、勝己は「賢いから世間に逆らわないだけであって、その本質は凶暴かつ危険なヴィランのソレと同じ」と考えているからであり、勝己が自発的にヴィラン側に寝返る事を期待している為である。

要するに、彼等は勝己を「本質的には自分達の同類」だと思っているのである。通常ならば即座に暴行が加えられそうな勝己の言動を受けても彼等が実力行使に出ないのは、一重に彼等の勝己に対する同族意識がそうさせていると言っても過言では無い。

 

「そうだな……それじゃあ、黒霧。気分転換にテレビを点けてくれ」

 

「はい……」

 

しかし、例えクラスメイトから「クソを下水で煮込んだような性格」と称される人物であろうと、相手は腐ってもヒーロー志望の学生である。

死柄木達が「勧誘」を始めてから既に二日が経過しているが、ヒーローと敵対する存在である彼等の言葉に、勝己が耳を傾ける様子は微塵も無い。

 

そこで、死柄木は勝己の説得材料として、今回の自分達の戦果と言える、雄英高校の謝罪会見のニュースを、ブレイクタイムがてら勝己と共に視聴する事にした。

 

『――では、先程行われた、雄英高校謝罪会見の一部を御覧下さい』

 

『この度――我々の不備からヒーロー科一年生27名に被害が及んでしまった事。ヒーロー育成の場でありながら、敵意への防衛を怠り、社会に不安を与えた事。謹んでお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした』

 

黒霧がバーに備え付けられたテレビのスイッチを入れると、正装に身を包んだ上に、無精ヒゲを剃って髪型をキッチリ整えていると言う、普段とはまるで違う格好をした自分の担任教師が、ネズミの校長とB組の担任教師であるブラドキングと共に、深々と頭を下げている様子が映し出された。

 

『NHAです。雄英高校は今年に入って4回、生徒が「敵連合」に関係するヴィランと接触していますが、今回生徒に被害が出るまで、各ご家庭にはどの様な説明をされていたのか。叉、具体的にどの様な対策を行ってきたのか、お聞かせ下さい』

 

『周辺地域の警備強化。校内の防犯システム再検討。“強い姿勢”で生徒の安全を保障する……と説明しておりました』

 

「不思議なモンだよなぁ……何故ヒーローが責められてる? 奴等は少ーし対応がズレてただけだ。守るのが仕事だから? 誰にだってミスの一つや二つはある。『お前等は完璧でいろ』って? 現代ヒーローってのは固っ苦しいよなァ、爆豪君よ?」

 

「………」

 

勝己としても、死柄木の言いたい事は分からないではない。失敗したヒーローに対して、世間の目は余りにも厳しい。

 

そもそも、幾ら優れた能力を持ったヒーローと雖も、大凡の前提として「悪事が起こってから」でないと、ヒーローはヴィランに対処する事が出来ない。

ヒーローはヴィランに対して常に先手を取られ、後手に回るしか無い部分がある事を理解している人間は、社会的に最も強大な力を持った「民衆」と呼ばれるモノの中に、一体どれだけ存在するのだろうか?

 

「人の命を金や自己顕示に変換する異様。それをルールでギチギチと守る社会。敗北者を励ますどころか責め立てる国民……。俺達の戦いは『問い』だ。ヒーローとは、正義とは何か? この社会が本当に正しいのか? 一人一人に考えて貰う! 俺達は勝つつもりだ。君も……勝つのは好きだろう?」

 

「………」

 

死柄木が勝己に投げかけた問いは、勝己の性格を死柄木なりに分析した上で選んだモノだった。事実、勝己は誰よりも「勝利者である事」に、「強者である事」に強い拘りを持った男である。それは決して間違っていない。

 

「荼毘、拘束外せ」

 

「は? 暴れるぞ、コイツ」

 

「良いんだよ。対等に扱わなきゃな、スカウトだもの。それに……この状況で暴れて勝てるかどうか分からない様な男じゃないだろ? 雄英生」

 

「……トゥワイス、外せ」

 

「はァ、俺ぇ!? 嫌だし!」

 

「……外せ」

 

「えぇ、やだぁ……」

 

荼毘の指示に口では拒絶の意志を示すものの、トゥワイスは大人しく勝己を縛る拘束具を外し始めた。支離滅裂な言動が目立つものの、トゥワイスは割と素直な性格である事が分かる一幕である。

 

「強引な手段だったのは謝るよ……けどな、我々は悪事と呼ばれる行為に勤しむ只の暴徒じゃねぇのを、分かってくれ。君を攫ったのは偶々じゃねぇ」

 

「此処に居る者。事情は違えど、人に、ルールに、ヒーローに縛られ……苦しんだ。君ならそれを――」

 

勝己の拘束が次々と解かれていく中、Mr.コンプレスと死柄木が相互理解を深める為の言葉を勝己に投げかけ、死柄木がゆっくりと勝己に近づいた瞬間、拘束から完全に解き放たれた勝己が、死柄木の問いに対して叩きつけた返答は、爆破と言う形で死柄木の顔面に向けられた。

 

「死柄木……!」

 

「黙って聞いてりゃ、ダラッダラよォ……! 馬鹿は要約出来ねーから話が長ぇ! 要は『嫌がらせしてぇから、仲間になって下さい』だろ!? 無駄だよ」

 

勝己の思わぬ返答に多かれ少なかれ困惑する『敵連合』の面々を余所に、勝己は相変わらずヴィランに囚われの身であると思えぬ口調と態度で、死柄木達に対して堂々と言い放った。

 

「俺は……『オールマイトが勝つ姿』に憧れた! 誰が何言ってこようが、そこァもう曲がらねぇ!!」

 

「……………お父さん……」

 

死柄木が呆然と床に転がる掌を見つめ、その他の面々が勝己に警戒態勢を取る。沈黙と緊張感が支配するバーの中で、テレビから流れる音声だけが彼等の耳を刺激している。

 

『生徒の安全……と仰りましたが、イレイザーヘッドさん。事件の最中、生徒に戦うよう促したそうですね。意図をお聞かせ下さい』

 

『私共が状況を把握出来なかった為、最悪の事態を避けるべく、そう判断しました』

 

『最悪の事態とは? 25名もの被害者と、2名の拉致は最悪と言えませんか?』

 

『私があの場で想定した“最悪”とは、「生徒が為す術無く殺害される事」でした』

 

『被害の大半を占めたガス攻撃。敵の“個性”から催眠ガスの類いだと判明しております。合宿中に呉島新君が作り出したキノコ怪人達による迅速な対応のお陰で、全員命に別状は無く、また生徒等のメンタルケアも行っておりますが、深刻な心的外傷などは今のところ見受けられません』

 

『不幸中の幸いだとでも?』

 

『未来を冒される事が“最悪”だと考えております』

 

『攫われた呉島君や爆豪君についても、同じ事が言えますか?』

 

攻撃的なマスコミの質問と、それに冷静な態度で返答する雄英。そんな中、マスコミが自分達の事を話題に上げた事で、勝己の目尻が僅かに上がった。

 

『雄英校に優秀な成績で入学。片や、体育祭の優勝者にして、『デスインカ帝国』を名乗る超巨大ヴィランを最小限の被害で倒し、保須事件ではヒーロー殺しステインの逮捕に貢献。

片や、体育祭の準優勝者にして、中学時代はヘドロ事件では強力なヴィランを相手に単身で抵抗を続ける等、経歴こそ確かなヒーロー性を感じさせる両名ですが……その反面、精神面に不安定さを感じさせる行動や態度が、先日の体育祭で散見されています。

もし、ソコに目を付けた上での拉致だとしたら? 言葉巧みに彼等を勾引かし、悪の道に染まってしまったら? “未来がある”と言い切れる根拠を、お聞かせ下さい』

 

攫われた生徒達の担任教師である、イレイザーヘッドのメディア嫌いを知っての、ストレスを掛ける事を目的とした挑発的な質問に対し、イレイザーヘッドは起立し――頭を深々と下げた。

 

『行動については、私の不徳と致す所です。ただ……体育祭でのソレ等の行動は、彼等の“理想の強さ”に起因しています。誰よりも“トップヒーロー”を追い求め……藻掻いている。あれを“付け入る隙”と捉えたのなら、ヴィランは浅はかであると、私は考えております』

 

『根拠になっておりませんが? 感情の問題では無く、具体策があるのかと伺っております』

 

『我々も手を拱いている訳ではありません。現在、警察と共に調査を進めております。我が校の生徒は、必ず取り戻します』

 

「……ハッ! 言ってくれるな、雄英も先生も……そう言うこった、クソカス連合! 言っとくが、俺ぁまだ戦闘許可解けてねぇぞ!!」

 

結果として、死柄木の目論見は外れ、俄然やる気を出した勝己はこれまでに得られた情報から、自分がヴィランにとって「利用価値のある重要人物」である事。そして、攫った後に自分の心に取り入ろうとしてきている以上、最低でも「自分を殺しにくる」事は無いと判断し、戦闘による脱出に踏み切った。

問題は、自分と同時期に攫われたらしい新の方がどうなっているか分からない事だが、自分と同様に「拉致」した事を考えれば、自分と同様の理由で「今は生かされている」可能性が高いだろう。

 

「……いや、お前、馬鹿だろ」

 

「その気がねぇなら、懐柔されたフリでもしときゃいいものを……やっちまったな」

 

「したくねーモンは、嘘でもしねぇんだよ俺ァ。こんな辛気くせートコに長居する気もねぇ」

 

勝己の態度に、荼毘やMr.コンプレスは呆れつつも戦闘態勢を継続しており、彼等を率いる死柄木は、相変わらず爆破の衝撃で床に転がったマスク代わりの手を見つめている。

 

「………」

 

「いけません、死柄木弔! 落ち着いて……」

 

ヒーロー候補生を犯罪組織にスカウトする交渉の場が、血と臓物が撒き散らされる修羅の巷と化す事を危惧した黒霧は、先程から無反応の死柄木に声を掛ける……が、それに対して死柄木は喉を引っ掻いて激昂するわけでも、親とはぐれた迷子の様に取り乱すわけでもなく、勝己を一瞥すると「お父さん」と呼ぶ手を拾いながら、殺気立つメンバーに対して言い聞かせるようにこう言った。

 

「手を出すなよ、お前等。コイツは……“大切な駒”だ」

 

この死柄木の発言を受け、思わず目を丸くしたのは死柄木と最も付き合いの長い黒霧である。黒霧が知る死柄木の性格を考えれば、この時点でバーは“個性”が入り乱れる戦場となり、此方の被害はどうあれ、間違いなく勝己は塵になっている。

先日、ショッピングモールで雄英生の緑谷出久と偶然遭遇し、お互い“平和的に”話をしたと聞いた時から、黒霧は死柄木に何らかの変化が起こっている事を察していたが、ここまで劇的に変化していたとは、黒霧としても予想外だった。

 

「出来れば……少しは耳を傾けて欲しかったな……。君とは、分かり合えると思っていた……」

 

「分かり合うだ? ……ねぇわ」

 

「仕方がない。ヒーロー達も調査を進めていると言っていた。これ以上、悠長に説得してはいられない。……先生、力を貸せ」

 

『……良い判断だよ。死柄木弔』

 

死柄木の発言に合せ、ニュースを写していたテレビ画面が突如「SOUND ONLY」の表示に切り替わると、死柄木の決断を称賛する男の声が聞こえた。

新が攫われたと知った時点で、『敵連合』も一枚岩ではないと思っていた勝己としては、このテレビを通して語りかける人物こそが、新を攫ったヴィランであると当たりをつけ、此処を脱出する前に少しでも情報を引き出そうと考えた。

 

「先生ぇ……? てめぇがボスじゃねぇのかよ……! 白けんな」

 

「黒霧、コンプレス。また眠らせてしまっておけ」

 

「ここまで人の話聞かねーとは……逆に感心するぜ」

 

「聞いてほしけりゃ、土下座して死ね!」

 

しかし、テレビの向こう側にいる人物と最も親しい間柄にあると思われる死柄木は、勝己のチンピラ紛いな発言には一切乗らず、黒霧とMr.コンプレスによって再び身柄を拘束するよう指示を出すだけだった。

千載一遇のチャンスを無駄にしたくない勝己が、接近するMr.コンプレスを相手にジリジリと後退して距離を取る中、黒霧は自身がテーブルに置いた覚えの無い、大きな白い稲荷寿司に気がついた。

 

「はて……? 誰か稲荷寿司なんて買ってきたでしょうか? しかも、何か温かい……」

 

「それは……私のお稲荷さんだ」

 

「へ?」

 

何時、現われたのか? どうやって此処に音も無く侵入したのか? どうしてこんな目立つヤツに、誰も今まで気付かなかったのか?

 

そんな疑問が明後日の方向にぶっ飛んでしまう様な、超絶的に変態チックなヴィジュアルを誇る筋骨隆々とした変態が、股間の稲荷寿司をバーのテーブルに載せたまま、威風堂々と腕を組みながら立っていた。

 

「い……いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!?!?」

 

「フォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

黒霧が変態のお稲荷さんと気付かずに触った手をブンブン振り、彼らしかぬ絶叫と変態の雄叫びが交差した瞬間、『敵連合』は予期せぬ急展開を迎える事となる。

 

 

○○○

 

 

時間は、警察の要請によって、オールマイトを筆頭とした日本の平和を守るトップヒーロー達が、『敵連合』を一網打尽にすべく一堂に会し、二手に分かれて作戦を煮詰めている所まで遡る。

 

「何で俺が雄英の尻拭いを……此方も忙しいのだが?」

 

「まぁ、そう言わずに……貴方もOBでしょう?」

 

「雄英からは今、ヒーローを呼べない。大局を見てくれ、エンデヴァー。今回の事件は、ヒーロー社会……いや、超人社会崩壊の切っ掛けにも成り得る。此方も持てる力の総てを以て、解決に当たらねばならない」

 

「むぅ……」

 

エンデヴァーとしては、息子を預ける雄英の汚辱に塗れた尻を拭う事に不満はあるものの、その息子の身に起こった出来事を考えれば、塚内の言い分は決して過大評価などでは無い事は分かっていた。

被弾者の“個性”を一定時間使用不能にする『個性破壊弾』なるアイテムの効果が“個性”に由来すると言う事は、その大本となる“個性”が成長途中であった場合、将来的には一定時間どころか、永久に“個性”を使用不能にする事も可能となる危険性がある。

 

そう言う意味では、現時点で『個性破壊弾』の大本となる『“個性”を壊す“個性”』を持つ人物を、何としてでも確保しておきたいのがエンデヴァーの本音である。事実、彼が警察からの要請を受けた理由の大手はソレだ。

 

「私は以前、爆豪の素行を矯正すべく、事務所に招いた。アレ程に意固地な男はそうそういまい。今頃暴れていよう。事態は急を擁する」

 

「ホホウ……貴様が変えられなかったのか」

 

「毛根までプライドガチガチの男だった……」

 

そして、この中で最も勝己の性格を熟知しているベストジーニストが、勝己の髪型を8:2分けにした事以外、(特に精神的な部分で)矯正を施す事が全く出来なかった職場体験を思い出しながら、思わずと言った風にかぶりを振った。

ベストジーニストとしては、「爆豪が攫われて二日が経過した現在も無事に五体満足でいるとすれば、それは間違いなくヴィランが人質に丁寧な対応をしたからだ」と確信している。人質が無事なのは喜ばしい事なのだが、勝己の教育の一端を担ったヒーローとしては、それは素直に喜ぶ事が出来ない事実である。

 

「我も同士を眼前で奪われている。個人的にも看過できぬ!」

 

「………」

 

また、自分の知人が攫われていると言う点では、プッシーキャッツの虎とMt.レディも同じである。マンダレイが突然、得体の知れない黒く臭い水に包まれたと思えば、あっという間に為す術無く奪われた事を思い出した虎は鼻息を荒げ、Mt.レディは静かに戦意を研ぎ澄ましている。

 

「生徒の一人が仕掛けた発信器では、アジトは複数存在すると考えられる。我々の調べで、二人の拉致被害者の内、爆豪勝己君がいる場所は分かっている。

まず、主戦力をそちらに投入し、爆豪勝己君の奪還を最優先とする。同時にアジトと考えられる場所を制圧し、完全に退路を断ち、一網打尽にする。後は芋づる式に呉島新君の救出と、『“個性”を壊す“個性”』を持つ人物の確保を迅速に行っていく」

 

「……俊典。俺なんぞまで駆り出すのはやはり……」

 

「“なんぞ”なんぞではありませんよ、グラントリノ! ここまで大きく展開する事態……奴も必ず動きます!」

 

「……オール・フォー・ワン。そして……」

 

「………」

 

塚内による人質奪還及び『敵連合』捕縛作戦の最終確認が行われる中、オールマイトとグラントリノは確信めいた不安を感じていた。

 

オールマイトが雄英の生徒達から聞いたと言う、オール・フォー・ワンが今回の事件を起こした理由。それを聞いた時、一歩間違えれば本来の継承者である緑谷出久が狙われ、ヴィランに攫われていただろう事は、あのオール・フォー・ワンの性格を知る彼等からすれば、容易に想像する事が出来た。

しかし、オール・フォー・ワンが複数の“個性”を新に投与し、その全てが新の持っている“個性”『バッタ』の糧となり、新が『ガイボーグ:SEVEN』として覚醒したと言うのなら、今の新の力は……。

 

「今回はスピード勝負だ! ヴィランに何もさせるな! 先程の会見、ヴィランを欺く様に、校長にのみ協力を要請しておいた! さも難航中かの様に装って貰っている! あの発言を受け、その日の内に突入されるとは思うまい! 意趣返ししてやれ! さァ、反撃の時だ! 流れを覆せ! ヒーロー!」

 

「い……いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!」

 

「フォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「SMAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAASH!!」

 

ビルの外まで聞こえる黒霧の断末魔の叫びと、変態仮面のハイテンションな咆哮が作戦開始の合図となり、オールマイトが拳一つでビルの壁を破壊し、変態仮面の登場に混乱するバーの中へと突入した。その後には、グラントリノとシンリンカムイの2名が追従する。

 

「何だぁ!?」

 

「黒霧!」

 

「ゲ、ゲート……」

 

「させるか! 変態秘技……空中亀甲縛り~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

 

「先制必縛ッ! ウルシ鎖牢!!」

 

即座に「撤退」の二文字が頭に浮かんだ死柄木の指示により、黒霧のワープゲートが展開されるよりも早く、変態仮面とシンリンカムイの必殺技が『敵連合』に炸裂する。

ちなみに、変態仮面によって荒縄で亀甲縛りにされているのは男子だけであり、唯一の女子であるトガヒミコは、シンリンカムイによって拘束されている。

 

「ぐッ、縄……! こんなもん……!」

 

「地獄に……」

 

「ぐわぁあああああああ!! 締まるゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!」

 

「堕ちろッ!!」

 

「かぁああああああああああああああああああああああああああああああッ!?!?」

 

そして、荼毘が“個性”による蒼炎で、体に巻き付いた荒縄を燃やすよりも早く、変態仮面の変態的妙技によって、荼毘は瞬く間に気絶に追い込まれ、その瞳からは完全に光が消えていた。

 

「……大人しくしといた方が……身の為だぜ?」

 

「う、うむ! その通りだ! もう逃げられんぞ『敵連合』! 何故って!? 我々が……来たッ!!」

 

確かに大人しくした方が身の為だろう。亀甲縛りの状態で空中に吊され、口からよだれを垂れ流しながら失神する荼毘の姿を見れば、『敵連合』の男連中は元より、変態仮面を除いたプロヒーロー達ですら、そう思わずにはいられない。

 

「オールマイト……! あの会見後に、まさかタイミングを示し合わせて……!」

 

「おい、変態の人! 少しは緩めてくれよ! いや、もっとだッ!!」

 

「ぬ? つまり、どっちだ?」

 

「攻勢時ほど、守りが疎かになるモノだ。ピザーラ神野店は俺た……あ、いや、外ではあのエンデヴァーを筆頭に、手練れのヒーローと警察が包囲している」

 

更に、№5ヒーローであるエッジショットが“個性”『紙肢』によって体を薄く伸ばし、ドアの隙間からバーの中に侵入すると、ドアの鍵を開けて警官隊をバーの中に入れた。

尤も、流石の彼でも変態仮面の変態的ヴィラン拘束術には動揺を隠せないらしく、拘束されたヴィランの姿を見て、思わず用意していた台詞を言い直しているが、それも仕方が無い事だろう。

 

「塚内ィ! 何故あのメリケンと変態が突入で、俺が包囲なんだ!?」

 

「万が一取り漏らした場合、君の方が視野が広い」

 

「シヤ!!」

 

一方、包囲班に当てられたエンデヴァーは不満タラタラだったが、バーの中は変態仮面によって傍から見て地獄絵図以外のナニモノでもない状態になっている為、エンデヴァーを含めた包囲班のヒーロー達は、ある意味では幸運と言えるだろう。

 

「怖かったろうに……よく耐えた! ごめんな、もう大丈夫だ。少年!」

 

「こっ……怖くねーよ! ヨユーだ、クソッ!!」

 

「……折角、色々こねくり回してたのに……何、ソッチから来てくれてんだよ。ラスボス……」

 

攫われてから二日間、ずっと人質だった勝己に称賛と安堵を与えるオールマイトと、それに対して普段通りのガラの悪い言葉で返す勝己。二人の間では既に事件解決の雰囲気が流れ始めているが、荒縄で亀甲縛りにされていながらも、死柄木は未だ諦めていない。

 

「仕方が無い……。“俺達だけじゃ無い”……そりゃあこっちもだ。黒霧!! 持ってこれるだけ持ってこいッ!!!」

 

全員が拘束され、誰もがまともに身動きが取れない以上、出し惜しみは不要と判断した死柄木は、黒霧に形勢逆転の鬼札をこの場に転送する事を要求する。しかし……。

 

「………黒霧?」

 

「済みません、死柄木弔……。所定の位置にあるハズの脳無が……無いッ!!」

 

「!?」

 

「やはり、君はまだまだ青二才だ。死柄木!」

 

「あ……?」

 

「『敵連合』よ。君達は舐めすぎた。少年の魂を! 警察の弛まぬ捜査を! そして……我々の怒りをッ!!」

 

オールマイトによる、ヒーローサイドの勝利宣言とも取れる台詞を聞いて、死柄木と黒霧は脳無の格納庫がヒーローと警察に補足され、別働隊によって制圧された事を察した。

更に、雄英高校の謝罪会見のニュースに合せたアジトへの突入だけでなく、自分達が隠していたジョーカーを探し出し、気付かれぬ内に脳無を回収すると言う徹底ぶりから、彼等が本気で『敵連合』を潰そうとしている事を理解させられた。

 

「おいたが過ぎたな! 此処で終わりだ、死柄木弔!!」

 

「終わりだと……? ふざけるな……始まったばかりだ。正義だの、平和だの、あやふやなモンでフタされた、この掃きだめをぶっ壊す……。その為にオールマイトを取り除く。仲間も集まり始めた。ふざけるな、此処から何だよ……! 黒ぎっ……」

 

「フッ!!」

 

「うぉおああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」

 

「……さっき言ったろ? 大人しくしといた方が、身の為だって」

 

しかし、それでも尚、死柄木は足掻いたが、頼みの綱である黒霧は荒縄で拘束され、もはや変態仮面の指先一つで意識を刈り取れる存在に成り下がっている。

 

正直な話、変態仮面が黒霧の意識を奪わなかったのは、『敵連合』の面々に切り札であろう脳無の格納庫がヒーローに制圧された事を理解させ、彼等の心をへし折る為だったので、それが済めば厄介な“個性”を持つ黒霧を気絶させない道理は無い。

 

結果、ワープゲートが展開されるよりも早く、黒霧は変態仮面によってキツく締め上げられた荒縄と、SM嬢である母親譲りのテクニックによって、全身を駆け巡る衝撃に肉体と精神が耐えきれず、汚い悲鳴と共に気絶した。

ただ、元々黒霧は問答無用で気絶させるつもりだったのだが、状況的に「死柄木の所為で気絶させられた」みたいになった所為か、グラントリノの口調は何処か同情的だ。

 

「迫圧紘。渡我被身子。分倍河原仁……少ない情報と時間の中、お巡りさんが夜なべして素性を突き止めたそうだ。分かるかね? もう逃げ場は無ぇって事よ」

 

更に駄目押しと言わんばかりに、グラントリノは今回の襲撃に関わったMr.コンプレス、トガヒミコ、トゥワイスの3名の正体が、警察の手によって明らかになっている事を告げた。

これは、強盗が犯行時にマスクを被って素顔を隠すように、「人間は素性が他者に分からなければ、大胆な行動が取れる」と言う心理を逆手にとったモノであり、犯罪者の反抗心を削ぐテクニックの一つでもある。

 

「なァ、死柄木。聞きてぇんだが……お前さんのボスは何処に居る?」

 

「……………」

 

しかし、グラントリノの問いに無反応な死柄木の瞳に映っているのは、ヒーローに拘束された仲間達でも、自分達を包囲するヒーロー達や警官隊でも無い。彼が見ているのは、彼が『死柄木弔』になる前の、『志村転弧』だった頃の記憶だった。

 

『誰も……助けてくれなかったね……。辛かったね……志村転弧君』

 

「ふざけるな……こんな……こんなぁ……!」

 

『「ヒーローが」、「その内ヒーローが」。皆そうやって君を見ないフリしたんだね。一体誰がこんな世の中にしてしまったんだろう? 君は悪くない』

 

「こんな……呆気なく……! ふざけるな……失せろ……消えろ……!」

 

「奴は今何処に居る!? 死柄木!!」

 

『もう大丈夫。僕がいる』

 

「お前がッ!! 嫌いだッッッ!!!!!」

 

頭の中で過去と現実が混ざり合う中、嫌悪の情が爆発した死柄木の声に応えるかの様に、彼の左右の空間から突然、臭気を伴う黒い液体が発生し、その中から一体ずつ脳無が現われた。

 

「脳無!? それにあの黒い液体は……!」

 

「変態仮面!! 黒霧は!?」

 

「完全に気を失っている! この男の仕業ではないぞ!」

 

雄英高校の林間合宿における襲撃の際、プッシーキャッツの一人であるマンダレイを攫った“黒く臭い液体”について、『敵連合』の内情を知る者達は、「『ワープゲート』の“個性”そのものが成長した」か、「オール・フォー・ワンより新しい空間系の“個性”を与えられた」。或いは「オール・フォー・ワンから“個性”を譲渡された事で“個性”が変異した」として、黒い靄を触媒として『ワープゲート』を発動させる黒霧の仕業である可能性を考えていた。

 

しかし、その黒霧が気絶しても尚、何も無い空間に次々と黒く臭い水が吹き出し、その中から続々と脳無が飛び出してくる以上、この黒く臭い水を触媒とした空間系“個性”を使っているのは、黒霧ではない別の誰かと言う事になる。

 

「どんどん出てくるぞ! 変態仮面! シンリンカムイ! 絶対に離すんじゃないぞ!!」

 

「お゛!?」

 

「!? 爆豪少年!?」

 

「っだコレ!? 体が……飲まっれ……」

 

尋常ならざる事態を前に、オールマイトはヴィランを拘束している変態仮面とシンリンカムイに注意を促し、勝己を連れてこの場を離れようとするが、異変に気付いた時には既に遅く、勝己の口から黒く臭い水が溢れ、勝己の体を包み込んでいた。

 

オールマイトはプッシーキャッツの虎から、「黒い水に包まれたマンダレイは、自分の腕をすり抜けるように、黒い水の中に消えていった」と言う話を聞いていた。

つまり、コレは「対象のみを転送する」タイプの空間系“個性”であり、脳無が一箇所につき一体しか出現していない事を考慮すれば、「この“個性”に第三者が介入する事は不可能である」と言う事になる。

 

しかし、それでも勝己を連れて行かせまいと広げたオールマイトの両腕は、勝己を包む黒く臭い水をすり抜け、先程までそこに確かにあった勝己の姿は、突如現われた黒く臭い水の中へと完全に消えてしまった。

 

「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

「エンデヴァー!! 応援を――ッ!」

 

脳無が何体も転送され、奪還した人質が再度攫われると言う緊急事態に、シンリンカムイが包囲班のエンデヴァーに応援を頼むが、そのエンデヴァー達も黒く臭い水によって転送される無数の脳無の対応に追われていた。

 

「塚内ィ! 避難区域広げろぉ!!」

 

「アジトは二箇所と……捜査結果が出たハズだ。ジーニスト! ソッチ制圧したんじゃなかったのか!?」

 

『………』

 

「……ジーニスト!?」

 

もう一つのアジトである、脳無の格納庫を制圧したと言う報告を受けていた塚内は、別働隊を率いるベストジーニストに連絡を入れるが、どう言う訳かベストジーニストから全く応答が無い。嫌な予感は確信へと変わり、塚内の顔に一筋の冷や汗が流れた。

 

「俊典、コイツぁ……」

 

「ワープなど……持っていなかったハズ……! 対応も……早すぎる! まさか、この流れを……!」

 

「先……生……」

 

ヒーローと警察が不測の事態を何とか打開しようとする中、オールマイトとグラントリノ。そして死柄木の3名は、この混沌とした状況を作り出した人物が誰なのか確信していた。

 

「!? ぼえ!!」

 

「! マズい! 全員持って行かれるぞ!!」

 

「おんのれ! 私も連れて行け!!」

 

そして、トガヒミコを初めとして、『敵連合』のメンバーが次々と黒く臭い水に飲み込まれていく中、オールマイトが、グラントリノが、エッジショットが、変態仮面が苦し紛れに伸ばした手が、黒く臭い水に包まれたヴィラン達に届く事は無かった。

 

 

○○○

 

 

ヒーローと警察の包囲網から脱出させられ、九死に一生を得た死柄木達が転送されたのは、何人ものヒーローが倒れ伏し、幾つものビルが倒壊した、爆心地か戦場と見紛うばかりの変貌を遂げた、神野区の一角だった。

 

「おぇっ……」

 

「何ですか、コレ……」

 

「何か臭っせぇ! 良い臭い!」

 

「………」

 

意図せずに窮地を脱した死柄木は、改めて自分と仲間が全員無事である事を。オールマイトの手にあった勝己がこの場に居る事を。そして、何本ものパイプが繋がったヘルメットを被ったスーツ姿の男と、呉島新に酷似したバッタの怪人が目の前に立っている事を認識し、「やっぱり先生が自分達を助けてくれた」と理解した。

 

「先生……」

 

「また失敗したね、弔。でも、決してめげてはいけないよ。またやり直せば良い。こうして仲間も取り返した。この『ガイボーグ:SEVEN』こと、ドラスも漸く完成した」

 

「ドラス……?」

 

「ああ。君が春に雄英を襲撃した時、黒霧が切断した呉島新君の右腕を秘密裏に回収し、それを培養したモノに脳無で培ったノウハウを元に改造を施した、僕とドクターの最高傑作の一つさ」

 

死柄木が先生と呼ぶこの男こそ、『敵連合』の真の首魁である『オール・フォー・ワン』その人であるが、それよりもオール・フォー・ワンの隣に立つ怪人の正体を知って、気絶した荼毘と黒霧を除いた全員が驚きから目を見開いた。

当のオール・フォー・ワンは事も無げに言っているが、要は呉島新のクローンを造り、それに改造手術を施したと言ったのである。コレを驚かずして一体、何を驚けと言うのか。

 

「このドラスもまた、君の行動があったからこその産物だ。その子もね……君が『大切な駒』だと判断したから取り戻したんだ。幾らでもやり直せ。その為に僕がいる。全ては……君の為にある」

 

教師と教え子と言うには、余りにも歪で深い関係にある死柄木とオール・フォー・ワンを見て、勝己は背中に悪寒が走り、死柄木が率いる『敵連合』の本質を理解した。

 

真の黒幕であるこの男にとって、『敵連合』が起こしたコレまでの事件は、全てこの死柄木弔と言う一人の生徒の為に、オール・フォー・ワンが施した“教育”だったのだ。雄英や、ヒーローや、自分達は、オール・フォー・ワンが死柄木を成長させる為に選んだ“教材”だったのだ――と。

 

「………やはり、来てるな……」

 

そんな、得体と底の知れ無い雰囲気を垂れ流すオール・フォー・ワンが何かを察した瞬間、二つの人影が彼等の頭上から流星の如く出現した。

 

一つは“平和の象徴”と称される、№1ヒーローことオールマイト。もう一つは、“ブラックサン”の異名を持つ『強化服・零式』に身を包んだ、イナゴ怪人BLACK。

それと相対するのは、“闇の帝王”と称される伝説の支配者、オール・フォー・ワン。そして、『ガイボーグ』の完成形の一つと称される、人造生命体ドラスだ。

 

「全て返して貰うぞ! オール・フォー・ワン!!」

 

「また僕を殺すか? オールマイト!!」

 

「………」

 

「GUWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

オール・フォー・ワンがオールマイトの両拳を受け止め、イナゴ怪人BLACKとドラスは赤熱化した右拳と緑色のエネルギーを纏った右拳をぶつけ合う。

そして、オール・フォー・ワンがオールマイトを押し返したのと、イナゴ怪人BLACKの右拳がドラスの右腕を肘まで破壊したのは、全く同じタイミングだった。

 

「随分、遅かったじゃないか。バーから此処まで5㎞余り……僕が脳無を送り、優に30秒は経過しての到着……衰えたね、オールマイト」

 

「貴様こそ、何だその工業地帯の様なマスクは!? 大分無理してるんじゃあないか!?」

 

「QUKAAAA……」

 

「………」

 

オールマイトとオール・フォー・ワンが、此処に来るまでの諸々の感情を込めた会話をかわす中、近くの瓦礫から右腕を再構築するドラスに対し、イナゴ怪人BLACKは何も語らない。ひたすらに無機質で無感情な視線をドラスに向け、追撃を加えんと構えている。

 

「まあね。でもそんな心配はもう要らないんだ。何故なら、僕には“彼”が居る」

 

オールマイトを前にして尚、全く余裕を失わないオール・フォー・ワンの隣に、再び黒く臭い水が展開される。右手をプラプラさせながら、心底嬉しそうに語るオール・フォー・ワンが、『転送』の“個性”でこの場に呼び寄せたのは……。

 

「さあ、出番だ。もう一つの最高傑作。もう一人の『ガイボーグ:SEVEN』。シャドームーンこと――」

 

屈強な肉体に白銀の甲冑を纏い、腰には翡翠の様に輝く宝玉が嵌め込まれたベルトの様な器官を備え、緑色の複眼に何処か銀色の髑髏を思わせる顔をした……。

 

カショッ……カショッ……

 

「――呉島新君」

 

明らかに画風の違うバッタの怪人が、一度聞いたら忘れられない独特な足音と共に顕現した。




キャラクタァ~紹介&解説

死柄木弔
 原作よりも仲間を多く失ったけど、作戦が成功して割と天国だった気分が、変態の所為で一気に地獄へと急転直下した悲しきニート。荒縄で亀甲縛りにされても諦めない不屈の精神は、ある意味でヒーローよりも上。流石は“ヴィラン側の主人公”と言うべきか。
 怨敵であるシンさんが先生に攫われていた事は後で知ったが、シンさんとそのクローンを基にしたマジヤベーイ改造人間を造っていた事は、知らされていなかった。てっきり、「ボンバー・ファッキューを寝返らせた時に、チームの結束力を高める為の生け贄に使う」と思っていたらしい。

黒霧&荼毘
 変態仮面によって戦闘不能に陥った悲しきヴィラン達。『敵連合』に所属するヴィランの中では比較的(特に『すまっしゅ!!』時空では)まともなキャラをしている2人であるが、今回はキャラ崩壊も甚だしい汚い悲鳴を上げる羽目になる。こう言うのを一般的に「見せしめ」と言います。

トガヒミコ&トゥワイス&Mr.コンプレス
 今回のカチコミに際し、ある意味で運が良い方の3人。まあ、トガちゃんは女の子なので、変態でも紳士な変態仮面の魔の手から逃れる事は確定していた。男は知らん。
 この世界では変態仮面によって『敵連合』の男連中はエライ目に遭ったが、それ以外は原作と大して変わらない。てゆーか、今回の救出作戦で最も被害が大きいのは、ある意味ヴィランではなくヒーローの方なのではなかろうか。

爆豪勝己
 攫われた二人の内、比較的心配の度合と扱いが軽いボンバーマン。でも、職場体験での担当教官はシンさんよりも勝己の方を心配していた。流石に自分と同時にシンさんも攫われていた事は予想外だったが、「でも、アイツならフツーに自力で脱出できるだろ」と判断し、結局は原作通りに行動開始。しかし……。

変態仮面
 かつてジャンプで猛威を振った、ありとあらゆる意味で究極のヒーロー。コイツの活躍によって、『敵連合』の男達が軒並み、隠れ家的なバーで亀甲縛りにされる醜態を晒す事に。しかし、彼は一体どうやってアジトのバーに侵入する事が出来たのか? それは、「彼が変態仮面だから」としか言いようがない。

ドラス
 見た目は充分過ぎる程にアレだが、実は現時点で生後一ヶ月程度と言う、げに恐るべきベイビー怪人。バトルが始まって早々、『強化服・零式』を纏ったイナゴ怪人BLACKのライダーパンチで右腕が無くなってしまい、瓦礫の山から新しく右腕を造っているが、コレは元ネタである『ZO』のオマージュ。

ブラックサン/イナゴ怪人BLACK
 全てのガイボーグを破壊するべく、『強化服・零式』と言う最終決戦仕様で戦場に乱入した、見た目は完全にヒーローなイナゴ怪人。しかし、『仮面ライダーBLACK』とは名乗らない。戦闘開始時の初手必殺技により、取り敢えずは先制攻撃に成功。此処からが本当の地獄だ……。

シャドームーン/呉島新
 ドラスと対になる、もう1人の『ガイボーグ:SEVEN』。その正体は、オール・フォー・ワンから生命エネルギーと天・地・海の石のエネルギー……ではなく、地球を滅ぼす程のエネルギーを秘めた60個の“個性”+αを与えられ、強制進化を果たしたシンさんである。
 元ネタは皆さんご存知、『仮面ライダーBLACK』に登場する『暗黒結社ゴルゴム』の世紀王にして、元祖“悪の仮面ライダー”『シャドームーン』。見た目は『HERO SAGA』の、ゴツくて怪人チックな姿をイメージしている。
 変身シークエンスは、地面に“リンゴを食べる蛇”の様な図案が展開された後、「再誕の刻ッ! 怪人ッ! 世紀ッ! 創世ッ! 魔王ッ! シャドォオオオムゥウウウウウウンッ!!」と言う、昭和の特撮を色濃く感じさせる、霞のジョーのガイダンスボイスが流れ、体から黄・緑・青・白と様々な色の光を放ちながら行われる(超大嘘)。



“個性”『転送』
 原作におけるオール・フォー・ワンの発言から、オール・フォー・ワンの手で作られた上に、量産・複製が行われているのではないかと思う“個性”。作者としては、「黒霧の“個性”を複製し、複製した『ワープゲート』を複数の実験体に与えて改造を施した結果、ジョンちゃんが“個性”を上手い具合に変異させたので、それを複製した」のではないかと思う。
 真偽はこの話を投稿した時点では不明だが、これまで登場した黒い脳無や、ハイエンド脳無が『再生』の“個性”を標準装備している事を考えると、オール・フォー・ワンが『“個性”を増やす“個性”』を持っていてもおかしくない気はする。

改造人間シンさん
 かつて作者は『怪人バッタ男』シリーズの一周年記念として、『真・怪人バッタ男 序章(プロローグ)』にシンさんがヴィランサイドで活躍する『シャドームーン編』を投稿したが、実は『怪人バッタ男 THE FIRST』の連載当初から、「シンさんがヴィランに攫われて改造される展開」は、必ず入れると決めていた。これは、とあるネット動画において、仮面ライダー1号が「『仮面ライダー』は『改造人間』であり、改造人間の悲哀を背負わなければならない」と言う持論を展開している為。
 但し、ヒロアカにおける「超人」の設定を考慮して、小説『仮面ライダー1971-1973』において「大首領は新人類への対抗手段として改造人間を製作している」様に、この世界では「オール・フォー・ワンが個性特異点への対抗手段としてシンさんを改造した」と言った風にしている。



後書き
 今回の投稿が遅れた最大の原因。それは、作者が「変態仮面でシリアス展開をやろう」とした結果、「どう足掻いても作者の技量では不可能」と判断して諦めるまでの約3週間。ずっと試行錯誤を繰り返した事にあります。……シリアスを諦めてシリアルにしてから? 3日位で完成して、後は誤字脱字とか見直ししていましたが、それが何か?
 所謂「どう足掻いても超えられない壁」と言うヤツを体験した訳ですが、相手が変態仮面だと思うと、何故か悔しいと思えないのが不思議です。まあ、改めて考えれば相当に無茶な挑戦だったとは思いますが……。

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