怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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読者の皆様のおかげで、UAが500.000を突破しました。ご愛読ありがとう御座います。

今回は本編が一話と、劇場版が二話の三話連続投稿になります。しかし、主人公が不在だと思った以上に執筆のモチベーションが上がりません。でも、合計19000字超えの大ボリューム。

今回のタイトルの元ネタは『新・仮面ライダーSPIRITS』の「友よ、おまえのためならば アマゾンライダーここにあり」。しかし、昭和ライダーを元ネタにしたタイトルは久し振りですなぁ。

2020/10/28 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


第47話 友よ、お前の為ならば

時はイナゴ怪人3号が病院から姿を消し、飯田がイナゴ怪人3号の出現を警察に通報した所まで遡る。

 

「間も無く、此処に警察がやって来る。但し、病院内の混乱を避ける為、近くの警察署で事情聴取を取りたいとの事だ」

 

「……それで、どうするんだ? イナゴ怪人3号の言った事を、全部馬鹿正直に話すつもりか?」

 

ヴィランの情報を、嘘偽り無く警察に全て伝える。それは本来、ヒーロー候補生ならば迷うこと無く行われるモノであり、ヴィランと戦う資格を持たない者に出来る、平和な社会への最大の貢献である。

しかし、イナゴ怪人3号との会話を経て、ヒーローと警察が創る平和の仕組みを知った今、自分達がそれを行う事は、とても恐ろしい結末を迎える手助けをする事に思えて仕方なかった。

 

――例えば、イナゴ怪人3号が持ってきた二枚の写真。

 

ヴィランに攫われた二人の生徒の現状を明確に示す物的証拠。この二枚の写真を警察に提出すれば、ヒーローや警察は爆豪を“救助”する為の努力を続け、呉島に関しては“救助”を切り上げるのではないだろうか?

 

――例えば、オールマイトの“個性”である『ワン・フォー・オール』。

 

超人社会の常識から考えれば、「“個性”を譲渡する“個性”」と言うのは、到底信じがたい話だが、それが紛れもない真実で、攫われた呉島にそれが譲渡されていたと知れば、ヒーローや警察は呉島の“排除”を考えるのではないだろうか?

 

「……と、言うかだ。そもそもこれは警察に喋って良い情報なのか?」

 

「? どう言う意味だ?」

 

「イナゴ怪人3号は、オール・フォー・ワンとか言うヴィランは『“個性”を奪ったり、与えたりする“個性”』を持っていると言っていた。これに関しては、脳無が“個性”を複数持っていた事を考えれば信憑性は高ぇ。オールマイトの“個性”が『“個性”を譲渡する“個性”』だって話も……まあ、有り得ない話じゃねぇと思う」

 

オール・フォー・ワンに関してはハッキリと断言し、オールマイトに関しては言葉を濁した轟だが、正直に言えば「どちらも真実である」と確信していた。

 

イナゴ怪人3号の話を総合すれば、オール・フォー・ワンとオールマイトが敵対関係にある事は明白。そして、オール・フォー・ワンに対抗するとなれば、それこそ『ワン・フォー・オール』の様な常識外の“個性”でもなければ、まず勝負にすらならないだろう。

そして、他者の“個性”を奪う事無く、“個性”に匹敵する特殊能力を獲得できる特性を備えた“個性”を持つ呉島なら、オール・フォー・ワンとも互角に戦えるだろう。むしろ、対オール・フォー・ワンを想定するなら、呉島はオールマイトの後継として最適な人材と言えなくもない。

 

また、轟を含めたI・アイランドの事件に直接関わった者達は、イナゴ怪人3号が語ったオールマイトの“個性”『ワン・フォー・オール』の詳細が真実であると断言出来る情報を持っていた。

 

箝口令が敷かれている所為で、それを知る者達はそれを知らない者達に説明する事が出来ないが、あの事件は「オールマイトから“個性”が消えかけている」事で、この世界から“平和の象徴”が失われる事を恐れた為に起こった事だった。

しかも、この時に「オールマイトの“個性”が消えかけている」と言ったのは、ノーベル個性賞を受賞したデヴィッド・シールド博士である。証言した人物が人物である為、まず「オールマイトから“個性”が消えかけている」のは間違いない。

 

つまり、「オールマイトの“個性”が消えかけているのは、オールマイトの“個性”が呉島に譲渡された事が原因ではないか?」と言う仮説に行き着くのは、事件に関係した者ならば当然の帰結と言えた。

 

そして、I・アイランドの事件以降、思う所があって密かに観察力を鍛えていた轟は、病室でのやり取りで、ある事に気付いていた。

 

「それに、緑谷が言った事を覚えてるか? 『オール・フォー・ワンはオールマイトに奪われた過去の栄光を取り戻したいだけ』……それはつまり、緑谷はオール・フォー・ワンの事を知っていた。そして、『“個性”を人から取り除いたり、移植したりする事が常識だった時代』が、本当にあったって事なんじゃないか?」

 

「そう言えば……確かに、そんな事言ってたな……」

 

「まあ、緑谷はオールマイトと親しいから、知っていてもおかしくないとは思うけど……」

 

「しかし、それが真実だとすると、そのオール・フォー・ワンなるヴィランは、超常黎明期から生きていると言う事になるぞ。いや、他人の“個性”を奪って使えるのなら、それこそ出来ない事は殆ど無いだろうが……」

 

「そうだとしても、正直イマイチ信じられねぇよ。いや、信じざるを得ねぇ事は分かってんだけどさぁ……」

 

「ああ。そんな事言った所で、まず誰も信じねぇ。だが、実際にそんな時代があったとすれば、超常黎明期が本当はそんな時代だったとすれば、それは“個性”の知られざる常識。言い換えるなら『知る必要の無い事』だ。……いや、コレは下手すると『知ってはいけない事』ってヤツなんじゃないのか?」

 

――“個性”とは各々が生まれ持った『固有の身体的特徴』である。

 

それは超人社会において、大人も子供も知っている常識である。仮にオール・フォー・ワンの“個性”にしろ、オールマイトの“個性”にしろ、『“個性”の移動を可能とする“個性”がある』と言う情報が世間に公表されれば、「他にもそんな“個性”があるかも知れない」と思うのは当然として、まず間違いなく世の中は大混乱に陥るだろう。

 

――そして、“個性”の常識を定義し、それを社会に広め、その認識を土台として平和を創っているのは、一体何処の誰だろうか?

 

雄英高校ヒーロー科に籍を置く彼等は、決して愚かでは無い。そして、頭が回ればどうしても、物事を深く考えてしまうものである。

 

「……つまり、こう言う事か? 闇の帝王はイナゴ怪人3号を通し、それこそ『知っているだけで危険に晒される様な秘密』を、俺達にワザと教えた。

そして、俺達にヒーロー候補生としての模範と、呉島に対する友情と言う究極の二択を迫り、俺達がヒーロー候補生としての模範を選んだ場合、“個性”の知られざる秘密を知ってしまった俺達も、呉島と同様に『超人社会の平和を守る』と言う大義と正義の元、超人社会の闇に葬られる」

 

そう、彼等は深く考えてしまったのだ。

 

イナゴ怪人3号が現われる前であったなら、常闇の推測を誰も真面目に聞かなかっただろう。当然だ。ヒーロー候補生である自分達が、悪ではなく正義によって葬られるなど、どうして想像する事が出来ようか。

 

しかし、相手は決して並みのヴィランではない。彼等がこれまでに相対してきたヴィランとは、明らかにその悪の性質も、ヴィランとしての格も違う。

ヒーローサイドの動きさえも利用する恐るべき知謀と、どう転んでも自分達が得をする老獪な知略を誇る『真に賢しいヴィラン』。そんな百戦錬磨の蜘蛛の様なヴィランに目を付けられた以上、「自分達はその網に囚われていない」と思うのは、余りにも安易で楽観的な思考だった。

 

「おいおい! それじゃ、どうすんだよ!? もう警察に通報しちまったんだろ!? 警察に何て喋れば良いんだよ!?」

 

「落ち着け! あくまでもイナゴ怪人3号の言った事だ! いや、そもそもこの写真だって、真実であるとは限らん!」

 

「そ……そうだよな。アイツの言った事が本当だって訳、無い……よな……?」

 

飯田の言う通り、確かにヴィランの言う事を真に受けるなど、どう考えてもヒーロー候補生としてどうかしている。だが、彼等は『雄英体育祭』と『職場体験』を通して、ヒーローや警察は決して聖人君子では無いと言う事を、多かれ少なかれ知っている。

皮肉にも、より良いヒーローになる事を目的として行われた数々の体験と経験が、イナゴ怪人3号の話に得体の知れない実体を与え、彼等に猜疑心と言う名の楔を打ち込む結果に繋がっていた。

 

「……こう言うのはどうだ? 警察には本当の事を話すが、呉島に関する情報は一切言わない。呉島の事を話せば、どうしてもオール・フォー・ワンやオールマイトに関する事を話す必要がある。幸い、写真に写った呉島は脳無と見た目が全然違うから、言わなきゃ改造されたって事は分からねぇと思う」

 

「つまり……“真実だけを言って乗り切る”と?」

 

「そうだ。実際ヴィランは、呉島と爆豪以外の俺達全員の命を狙っていた。常闇の言った事も、あながち有り得ないとは言い切れない」

 

「だよな。ヒーロー候補生の俺達だって、ヴィランにしてみりゃ『未来の脅威』なんだよな」

 

「ぐ……ッ! だが、それではヴィランの最終的な目的を伝えない事になる! 俺達がヒーローを志している以上、それを伝えない訳には――!」

 

「じゃあ、どうすんだよ! 何か他に良い方法があるのかよ! てか下手すると俺達も、呉島みてーにもう詰んでるんじゃねぇのか!?」

 

また、彼らが荒れるもう一つの要因として、例えソレが間違った事でも、どれだけ酷い事だろうとも、多くの人がそれを肯定するのなら、それは正しくなってしまえるのだと言う事がある。

この社会は「人数の多さで間違った事を真実にしてしまえる」と言う真理を、イナゴ怪人3号との会話で教えられていた。

 

ヒーローを目指す彼等は、共通して「世の中には“正しさ”と言うモノがある」と信じていた。間違いなく心の奥底で、“正義”と言うモノを信じていた。

だが、“正しさ”は量産出来る事を、ねつ造出来る事を、人数によって確立される事なのだと、それと相対する存在によって教育させられた今、彼等は信じていた“正しさ”を打ち砕かれ、正義を見失った状態に陥っていた。

 

「お、オールマイトに頼もうよ……。オールマイトなら、きっと何とかしてくれるだろうしさ……」

 

そんな中、何が正解なのか分からなくなってしまい、半ば逃避に近かった青山の発言は、意外にもこの事件の正鵠を射ており、それはこの混沌とした状況の突破口となった。

 

「……そうだ。オールマイトだ。オールマイトなら、全部知ってる筈だ……!」

 

「! そうか! 全てを知っているオールマイトになら、此処で起こった事を全て話せる!」

 

「じゃあ、警察にはオールマイトの秘密に関わる事だから、オールマイトにしか話せないとか言えば……!」

 

結果から言えば、この判断は正しかった。何せ“№1ヒーロー”と言う全てのヒーローの頂点に君臨し、“平和の象徴”と言われるまでになったオールマイトの秘密に関わる事で、オールマイトにしか話せない事だと、オールマイトの教え子である雄英の生徒達が、尋常ならざる表情と雰囲気を醸し出しながら、そう断言したのである。

幾ら今回の事件の早期解決を望んでいるとは言え、駆けつけた警察も彼等のそんな只ならぬ気迫に圧倒され、理由をつけて無理にでも事情を聞く事は流石に憚られた。

 

そして、雄英から連絡を受けて警察署に到着したオールマイトに、彼等は病室で起こった事を全て話した。イナゴ怪人3号から聞いた、オールマイトの“個性”や、オール・フォー・ワンの目的。ガイボーグと個性特異点との戦いに至るまで、傍から聞けば「馬鹿な男の妄想」と判断されるような話だったが、話が進むにつれてオールマイトの表情は険しさを増していった。

 

「………」

 

「オールマイト。イナゴ怪人3号の言った事は……」

 

「……呉島少年の事は、私達が必ず何とかする。何、後の事はプロに任せなさい!」

 

「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」

 

オールマイトは彼等が聞きたかった事を、何一つとして語らなかった。確かに答えられる様な事では無い。それは秘密にしたまま生きて、それを抱えたまま墓場に持っていくしか無い様な事だ。それはこの場に居る誰もが理解している。

 

だが、だからこそ、彼等はオールマイトの返答と、それに伴う気合いの籠った笑顔こそが、何よりも雄弁に真相を語っている様にしか見えなかった。

 

 

○○○

 

 

太陽が沈み、空に星が輝き始めた頃、轟と切島の二人は病院の玄関前に立っていた。『敵連合』に関係するヴィランが出現したとは言え、病院側に被害が全く無かった事もあり、ヒーローや警察は既に病院やその周辺から撤退していた。

 

「八百万……考えさせてっつってくれたケド……どうだろうな……」

 

「……まぁ、俺達が此処で幾ら逸っても、結局はアイツ次第だ……」

 

「おっ! 来たッ!」

 

轟が言う様に、彼等の救出作戦は八百万の協力が必要不可欠である。今か今かと待ち人が来る事を期待する二人の前に、緊張の面持ちをした八百万が、そのすぐ後ろから出久が姿を現した事で、切島は思わず声を出した。

 

「………」

 

「緑谷……?」

 

「八百万、答え……」

 

「……私は――」

 

「待て」

 

「「「「!!」」」」

 

尤も、八百万の返答次第では、この時点で彼等の救出作戦は頓挫する。だからこそ、出久の様子を怪訝に思った轟の声を遮って、切島が八百万に協力の是非を問うのも仕方が無い事だろう。

そんな切島に急かされて、受信デバイスの作成を頼まれた時と同じ表情を浮かべながら、八百万が返答しようとした時、切島と轟が提案した救出作戦に真っ先に反対した飯田の声が、切島と轟の背後から聞こえた。

 

「飯田……」

 

「……何でよりにもよって、君達なんだ……! 俺の私的暴走をとがめてくれた……共に特赦を受けたハズの君達二人が……ッ!! 何で俺と同じ過ちを犯そうとしている!? あんまりじゃないか……ッ!!」

 

「? 何の話してんだよ……」

 

ステインの逮捕劇の裏側にあるものを知らない切島が疑問の声を上げるが、それを轟が手で制した。この場で飯田の言葉を理解できるのは、飯田と同じく当事者である轟と緑谷だけなのだ。

 

「俺達はまだ保護下にいる……只でさえ、雄英が大変な時だぞ……君らの行動の責任は誰が取るのか、分かってるのか!?」

 

「……飯田君。僕、昼間にあっちゃんに会ったんだ」

 

「!?」

 

「はぁ!?」

 

「そ、それはどう言う事だ!? まさか、自力で逃げてきたのか!?」

 

「それは……」

 

「私から話しますわ。緑谷さんにはその……言いづらい事、でしょうから……」

 

此処に集まった前提の一つが覆る出久の発言に、切島と飯田は驚きで声を荒げたが、その後で八百万の口から語られたイナゴ怪人BLACKなるイナゴ怪人の話を聞くと、彼らは自分達が思った以上に事態は逼迫しているのだと理解した。

 

「……あっちゃんはあの時、『全てのガイボーグを倒す』と言った。“全てのガイボーグ”……そこにはきっと、例外は一つも無い」

 

「例外は無い……か」

 

「いや、待てよ。幾ら何でも、イナゴ怪人にそれが出来るとは……」

 

「あるよ。ソレが何かは分からないケド、それを可能とする“何か”がある。ガイボーグを倒す為の根拠になるモノが必ずある。きっと、ソレであっちゃんは……」

 

「……そうだな。誰が言った言葉だったか……『大いなる力には、大いなる責任が伴う』。オールマイトの力は正にソレだ。呉島にはオールマイトから力を受け継いだ責任がある。

オールマイトから“世界を守る”為の力を貰って、それをヴィランに“世界を壊す”為に利用される。そして、自分ではそれを止められない……実際、俺もそんな立場に立たされたら、きっと呉島と同じ事を望んだと思う」

 

イナゴ怪人BLACKを通して出久に告げられた、新が決断した自死という結論。その不退転の覚悟に一切の偽りは無いと言う出久の言葉を、轟はすんなりと信じる事が出来た。

尤も、それは轟がオールマイトを超える為の教育を幼少期から受けていた事と、『ワン・フォー・オール』の譲渡先が新であると勘違いしている部分が大きいのだが。

 

「轟君……」

 

「そう考えれば、俺達は呉島の意志を尊重するべきなのかも知れねぇ。黙って見届けるべきなのかも知れねぇ。だが、それで実際に死ねるかって言われれば……俺は結局、その決心がつかねぇと思う。幾ら何でも、心残りが有り過ぎる。きっと、呉島だってそうだ。こんな道半ばで、普通なら諦められる訳がねぇ。本当なら……『生きたい』と思ってる筈だ」

 

「………」

 

あの夜、戦場に身を置いていた轟と八百万は、自分達の見通しの甘さを恥じていた。慢心が無かったと言えば嘘になる。自分達なら大丈夫だと、負ける筈など無いと、心の何処かで思っていた。呉島に至っては、その圧倒的な強さと逆境を跳ね返す底力を持つが故に、無意識の内に楽観的に考えていた。

 

「………ッ」

 

「力を受け取った責任……か……」

 

一方、戦場に駆けつける事が出来なかった飯田と切島は、ブラドキングの指示を守り、避難場所に留まり続けた事をずっと後悔していた。

 

憧れた兄のヒーローネームである『インゲニウム』の名を受け継ぎ、「何時でも何処でも、誰の元にでも駆けつけるヒーロー」を目指している筈なのに。

本当に怖くて、本当に命を懸けて動かなきゃいけない時に、命と向き合って、その上で一歩を踏み出せる人間だけがヒーローになれると分かっていた筈なのに。それが分かっていて、自分達はブラドキングの指示に従い、何もしなかった。

 

そんな二人は、出久がプロヒーローの指示を無視してその場から飛び出し、凶悪なヴィランと遭遇していた洸汰君を救出した事を、担任の相澤先生から聞いていた。

仮に出久がプロヒーローの指示を聞き、少しでもその行動が遅れていたのなら、今頃幼い少年の命は無かったかも知れないと知り、尚更その無念と自責は強くなった。

 

もしも、左の炎をエンデヴァーの様に自在に扱えていたのなら――。

 

もしも、“個性”以外にも体を鍛え、対人戦の訓練を積んでいたのなら――。

 

もしも、ブラドキングの制止を振り切って、戦場に向かって行ったのなら――。

 

それらがどれだけの差異を生むのかは分からない。むしろ、より悪い結果をもたらしていた可能性だってある。多数の重軽傷者と行方不明者を出したものの、死者が一人も出ていない事だって、奇跡と言って差し支えない事なのだから。

 

――しかし、彼等は知らない。轟の言う『オールマイトから力を受け継いだ責任』を背負う人間は、呉島新では無い事を。

 

「………僕は、ずっと守られてた。余りにも恵まれてた。何もかも、誰かから貰ってここまで来た。『取り返しがつかない事なんて無い』って、『どんなモノでも取り返せる』って、ずっと思って生きてきた。それが間違いだって分かった時には、大事な人が取り返しのつかない事になってた……」

 

「緑谷……」

 

「行けば皆から貰ったモノが、全部台無しになるかも知れない。でも、此処で動かなかったら僕は、きっと死ぬまでその事を後悔する。このままヒーローになれたとしても、僕はずっと、ヒーローを名乗る自分が許せないと思う……!」

 

「良い台詞だ。感動的だな。だが、無意味だ」

 

「「「「「!?」」」」」

 

それは、自分が『オールマイトから力を受け継いだ責任』を負うべき人間だと自負しているからこそ、胸の奥底から絞り出した言葉だった。そんな出久の言葉を否定する聞き覚えの無い男の声に、全員が瞬時に警戒態勢を取った。

イナゴ怪人3号と言う前例があり、イナゴ怪人3号を通じて自分達の作戦がバレている可能性を考慮すれば、「声の主が『敵連合』の者ではないか?」と彼等が判断するのは、極めて自然な反応である。

 

しかし、その声の主は彼等の想像に反し、正に仕事帰りのサラリーマンと言った風体の男性だった。だが、この場には自他共に認める末期のオールマイトオタクである出久がおり、出久は男性の正体を一目で看破した。

 

「サー……ナイトアイ……?」

 

「サー・ナイトアイ? オールマイトの元サイドキックの?」

 

「何でこんな所に……」

 

「よくぞ聞いてくれました……と言って、私がべらべらとネタばらしをするマヌケだと、貴様等は思うのか?」

 

自分にも他人にも厳しい、超ストイックな仕事振りで有名なヒーローの眼差しは、有無を言わせぬ迫力が籠っており、それに貫かれた彼等は思わず萎縮した。切島の疑問に対するユーモラスな返しも、その圧倒的な目力のせいでハッキリ言って笑えない。

 

「資格も持たぬままに戦場へ赴き、自分達だけで拉致されたクラスメイトを救出しようと言う愚考……。私に言わせればそれは、オールマイトなど信用できないと、取るに足らない存在だと言われている様で腹が立つ。非常に不愉快だ」

 

「いえ、決してそんな事は……」

 

「ならば、このまま大人しく自宅に帰るがいい。警察は犯罪者を捕まえるための努力を毎日何年と続け、入念な捜査に基づいた計画によってプロヒーローは動いている。それを信じて任せるのが筋と言うモノだ」

 

ぐうの音も出ない正論だ。通常ならば、自分達が間違っていると言う自覚も相俟って、反論する事など到底出来なかっただろう。

しかし、少なくとも轟と切島は、「呉島は通常の方法では決して救えない」と思っているからこそ、此処に居る。「正しさだけではどうにも出来ない」と結論づけたからこそ、彼等は此処に集っている。

 

「……サー・ナイトアイ。俺達は何も、正面切ってヴィランのアジトにカチ込もうってつもりはありません」

 

「何?」

 

「戦闘無しで救け出す! 要は隠密活動っす!! それが俺ら卵の出来る、ルールにギリ触れねぇ戦い方でしょう!?」

 

「………」

 

だからこそ、轟と切島の直談判は必然だった。尤も、戦闘行動が皆無の救出など、どう考えても現実的な発想とは言えない。その為、ナイトアイが轟と切島に向ける視線は相変わらず鋭い。

 

「……私は轟さんを信頼しています……ですが、万が一を考え、私がストッパーとなれるよう……お二人に同行するつもりでした」

 

「八百万君!?」

 

「八百万!」

 

「………」

 

そして、轟と切島の意見に同調する訳では無いものの、二人に協力の意志を示した八百万に飯田は困惑を、切島は歓喜の声を上げた。そんな八百万に向けるナイトアイの眼光は、轟や切島に向けるモノより鋭い。

 

「なるほど。最低限のルールを守りつつ、攫われたクラスメイトの救出に赴くつもりだったと」

 

「はい! その通りです!」

 

「分かってくれましたか?」

 

「ああ。だからと言って、貴様等を行かせる気は全く無いがな」

 

「ええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」

 

「貴様等がクラスメイトの救出に赴きたい理由は承知した。だが、私に貴様等を見逃す理由は無い。それを信用するだけの材料も無い。その上で、将来有望な前途ある若者が不必要に死地へ飛び込み、命を粗末に扱おうとするのを知って、黙って行かせる様な者がヒーローである訳がないだろう?」

 

「それは……」

 

「そもそもの話、『他人に認めて貰う』と言う事は、『自身が社会に対してどう貢献できる』のか、『他者に対してどう有益であるのか』を示す行為だ。

例えば、オールマイトはパワーとユーモアを用いてそれを示した。それによって、犯罪に怯える人々に希望を与えた。だからこそ、人々は彼を認め、“平和の象徴”として受け入れたのだ」

 

「……見逃して欲しいなら、俺達が実際に役立てるかを示せ……と?」

 

「そんな事言ったって、俺達にどうしろって言うんですか!?」

 

「要は『言葉ではなく、行動で示して見せろ』と言う話だ。何、そんなに時間は掛からない」

 

そう言ってナイトアイが手にしたタブレットに写っているのは、縄で縛られた上で猿ぐつわをされた二人のクラスメイトが、不安な表情で椅子に座っている姿だった。

 

「麗日と蛙吹!?」

 

「な、何でこんな事を!?」

 

「5分だ。5分以内に我が事務所のサイドキックによって、この辺をネズミの様にうろついていた所を拘束され、ビルの一室に閉じ込められたこの二人を、一切の戦闘を行う事無く救出し、この場に連れてこい。現在位置はこのGPSを見れば一目で分かる。見逃して欲しいと言うのなら、それが出来る実力を示して見せろ」

 

「え……ええッ!?」

 

「本来なら貴様等を問答無用で拘束して警察に通報する所を、敢えて見逃すチャンスをくれてやろうと言っているのだ。どうだ、私は優しいだろう?」

 

確かに破格の条件ではある。どうして麗日と蛙吹の二人がこの辺をうろつき、ナイトアイのサイドキックに拘束されているのかは知らないが、ナイトアイの課題をちゃんとクリアする事が出来たなら、確かにこれ以上無い説得力を生む。実際の救出作戦の練習にもなる事を考えれば、本番への自信もついて一石二鳥だ。

 

「尚、それ以外の上下階には、何も知らない一般人がアフターファイブを楽しんでいる。破壊しない事は元より、下手に大きな騒ぎを起こすのも御法度だ。『戦闘皆無の隠密活動で人質を救出する』と宣った位なのだから、それ位は当然クリア出来るだろう?」

 

「も、勿論ッス!」

 

「では、ストッパーであるクリエティを抜いた、デク、W、烈怒頼雄斗の三名は確定として……インゲニウム、貴様はどうする?」

 

「……僕は、彼等の言い分に納得がいきません。ですが、納得がいかないからこそ、彼等に同行しようと思います。八百万君と同じストッパーとして……」

 

「よろしい。では、始めろ」

 

ナイトアイからGPSを受け取り、出久、切島、轟の三人は一斉に反応のあるビルに向かって走り出した。「“個性”を使用せず、戦闘も皆無で救出する」と言うのは、ヴィランを相手にするには重すぎるハンデであるが、他ならぬ自分達が言い出した事である。ならば、自分達にそれが出来る事を行動で証明しなければ、ナイトアイは決して自分達を認めないだろう。

 

「さて……人質の救出訓練は授業で何度かやったが、“個性”は一切使えねぇ。戦闘皆無の奪還となると、建物の裏から回るなり、屋上から壁を伝っていくなりして、静かに窓から侵入するってトコだろうが……」

 

「まず裏に回って、手早く周りの下見をしよう。それからどんなルートで逃走するのが一番安全で見つかりにくいか考えて……」

 

「………」

 

「「「!?」」」

 

短時間ながらも、慌てずに最善の策を練りながら建物の裏に回ろうとする三人だったが、ふと壁に男の顔が生えている事に気がついた。しかも、その顔は此方に気付いた瞬間ニコッと笑い、笑顔のまま壁の中へと消えていった。

 

「何だ……今の……」

 

「ビックリした?」

 

「「うわぁ!!」」

 

「おっ!?」

 

「あははははは! ビックリしたよね!? 悪い事したぁーーーッ! まあ、ビックリすると思ってやってるんだけどね!」

 

「な、何なんですか貴方は!?」

 

「アハハハハハハハハハハ! 何なんだろうね!? 俺も『何してるんだろう?』って思うんだよね!! 極稀に!! まあ、俺から言える事は……『アジトの外に一人くらいは見張りが居てもおかしくないよね?』って事なんだよね」

 

壁から地面に移動した男の言葉にハッとし、男の顔から一番近くに居た轟が男の顔を踏みつけたものの、既に男の顔は地面から消えていた。

 

「やったか!?」

 

「いや、居ねぇ! 何処だ!?」

 

「POWERRRRRRRRRRRRRRRRR!!」

 

そして、次に件の男の顔が見えた瞬間、鳩尾から背中へと抜ける様な強烈な衝撃が三人の体を貫いた。

体の自由を奪われた三人は為す術無くその場に踞ると、そのままナイトアイの試験の制限時間である5分を超えた。

 

 

○○○

 

 

突如現れた謎の男によって呆気なく無力化され、腹を押さえたまま謎の男に付き添われてナイトアイの元に戻ってきた時、謎の男の正体がナイトアイの口から説明された。

 

男の名前は通形ミリオ。雄英高校ヒーロー科の三年生であり、現在ナイトアイの元でヒーローインターンを行っている、現雄英の中でも『ビッグ3』と称される雄英のトップの一角を担う実力者である。

 

「とまァーーーー、実戦もこんな感じになると思うんだよね! 多分!」

 

「いや、こんな感じって……」

 

「訳も分からず、三人とも腹パンされただけなんですけど……」

 

「よくやったミリオ。しかし、現実が見えていないと思っていたが、ここまでとはな……」

 

「どう言う事っすか……」

 

「オール・フォー・ワンの“個性”を考えれば、アジトに誰かが侵入するのを防ぐ役目と、それに適した“個性”を与えられたヴィランが配置されていたとしても、何らおかしくはない。それに『個性破壊弾』が加わればどうなるか、お前達は身を以てよく知っている筈だ」

 

「く……ッ!」

 

「もっと言えば、そのGPSの情報はフェイクだ。ミリオに阻止されて発信元に踏み込む事は無かったが、貴様等が発信元の部屋に踏み込んだ場合、罠が起動する仕掛けになっていた。本当の居場所はあちらだ」

 

ナイトアイが指さす先に目を向けると、GPSが反応を示したビルの一つ隣のビルから、ナイトアイのサイドキックらしき2人の男女と共に、麗日と蛙吹の2人が姿を現した。拘束は外されているようだが、二人ともバツの悪そうな目で此方を見ている。

 

「……つまり、初めから俺達を合格させる気は無かったって事ですか?」

 

「そんな、ズルいじゃないですか!」

 

「ズルい? 馬鹿を言え。実戦に於いて、騙し討ちや不意討ちは当たり前だ。その相手がヴィランであるなら、それはむしろ称賛されて然るべき行為だ。現にお前達のやろうとしていた事は、不意討ち以外の何物でもないだろう?」

 

「う……ッ!」

 

「ハッキリ言おう。イナゴ怪人3号に知られるまでもなく、連中が脳無にくっついた発信器に何時までも気付いていないマヌケだと思っている時点で、貴様等は連中を舐めて掛かっている。連中がそれを逆に利用した罠を仕掛けていない保障が何処にある? むしろ、『そうしていなければおかしい』と、本気で思っていなかったのか?」

 

「それは……」

 

事実、脳無は『敵連合』において「仲間」ではなく「武器」として扱われる存在である。そんな、ヒーローを殺す為に造られた武器を使っておきながら、そのメンテナンスを怠るなど有り得るだろうか?

何より、脳無に発信器が付けられている事をずっと知らないままでいるなど、オール・フォー・ワンなるヴィランの底知れない知力と判断力を考えれば、まず考えられない事なのではないだろうか? 

 

「私の“個性”は、強力な攻撃を繰り出せるタイプの“個性”ではない。だが、私にはそれを補って余りある、膨大な実戦経験からなる『予測』がある。勿論、『敵連合』の首魁たるオール・フォー・ワンにもだ。

言っておくが、オール・フォー・ワンは私よりも遥かに狡猾で予測に優れているぞ? そんな連中を出し抜こうと言うのに、こんな私ですら出し抜けない貴様等が、よく『戦闘無しで救け出す』などと吠えられたものだな!!」

 

「「「………ッ!」」」

 

反論の余地など無い。ナイトアイが言う様に、確かに自分達は読み間違えていた。特に、オールマイトから脳無やオール・フォー・ワンの事を直接聞いていた出久のショックは大きい。

 

「その点で言えば、それを予期して別働隊を用意していた事は評価に値する。救出計画を立案した事を知られ、ヴィランの注目を集めただろう面子と自分を囮にする事で、救出の成功率を上げようとした。所謂『敵を欺くにはまず味方から』と言うヤツだ。そうだろう? クリエティ」

 

「え……?」

 

「八百万?」

 

「………」

 

「恐らく、計画自体は烈怒頼雄斗とWから救出を提案された段階で考案していたのだろう。実行する気になったのは、此方の動向がヴィラン側に筒抜けになっていると判断し、それでもこの三人が救出に向かうと予測したからだ。

そこで、秘密裏にウラビティとフロッピーの二人へ協力を要請し、救出に向かう自分達を尾行させ、自分達が囮となってヴィランの注目を集めている隙を突き、ウラビティとフロッピーが呉島新を密かに回収する手筈だった……違うか?」

 

「…………いえ。1から10まで、全て正解です」

 

ナイトアイの推理が正解である事を八百万が告げた事で、出久達は驚きで思わず顔を見合わせた。

 

確かに麗日と蛙吹に対し、八百万が密かに協力を取り付けていたとすれば、二人がこの辺をうろついていた理由としては理解できる。

しかし、普段の八百万の性格を考えれば、「自分達を騙す」など有り得ない事である。また、蛙吹は出久の入院する病室で切島の提案を聞いた時、否定的な意見を口にしていた。

 

だからこそ、不可解なのだ。らしくない行動をしている事が。救出に踏み切ったその動機が。

 

「八百万……何で……」

 

「……“平和の為の抑止力”。そんな強大な力を持った者の責任と言うのは、確かにあると思います。その力を悪用される前に、その力を永久に封印する……それは確かに、ヒーローとして正しい事だと思います。それは一見すると尤もで、筋が通った話だと思います。称賛されるべき……決断なんだと、思います……」

 

「「「「………」」」」

 

「ですが……どんな死に方だって、死ぬ事には変わらないじゃないですか。死ぬと分かっていながら……死のうとしていると知っていながら……、何もせず……手をこまねいて……それで……良い訳なんて、ないじゃないですか……ッ」

 

うつむきながらスカートを握りしめる八百万は、それ以上何も言えなかった。自己犠牲の精神こそが、ヒーローの本質であると理解はしている。だが、どうしてもそれを受け入れる事は出来なかった。公に身を捧げた滅私の極地と言える、ある種の狂気さえ感じる“英雄らしい決断”を、どうしても認められなかった。

 

「……私、思った事は何でも言っちゃうの。でも、何て言ったら分からない時もあるの」

 

「梅雨ちゃん……」

 

「どれだけ正当な感情から出た行動だとしても、それでルールを破ると言うのなら、その行為はヴィランのそれと変わらないと思うの。でも、このままだとシンちゃんがどうなるか分かってて、それでも何もしない方が正しいって思ったら、何も出来ない不甲斐なさや、色んな嫌な気持ちが溢れて……それがとても悲しくて……どうしたら良いのか分からなくなって……それで、百ちゃんからシンちゃんが何をしようとしてるか聞かされたら、いてもたってもいられなくなって……“救けたい”って思っちゃたの……」

 

大きな瞳からボロボロと涙をこぼしながら、蛙吹は此処に来るまでの事を、そっくりそのまま口にした。今も心の中は全く考えがまとまっていない。そんな心象を感じさせる言葉の羅列は、蛙吹のありのままの感情と心の内を表していた。

 

「……あのさ、ウチの父ちゃんと母ちゃん、何時も疲れた顔してて、小さい頃は子供心にそれが辛かったんだ。その所為かな。初めてヒーロー活動を見た時、ヒーローよりも周りの人の喜ぶ顔の方に目が行ったんよ」

 

「麗日……」

 

「でもさ……ヒーローが困ってる人を救けるのは当たり前の話だけど、その当たり前が本当はすっごく難しい事なんだって分かって。それで、ふと思ったんやけど、もしかしてシン君、困った時とか辛かった時に誰も助けてくれへんかったから……ずっと自分で何とかせなあかんかったから、その……自分を救けてくれる人なんておらんと思ってるんと違うかなって……」

 

「……――ッ!」

 

麗日の推測は、ある意味では的を射たキツイものだった。

 

新が自死と言う結論に至った要因は、オールマイトから強大な力を受け継いだ責任だけでないのではないか? 自己犠牲の精神と言う、ヒーローとしての素質だけでは無いのではないか?

むしろそれは、新自身の辛い過去が土台になっているのではないだろうか? それこそ誰にも……ヒーローにだって期待などしていないと言う、内に秘めた感情の裏返しなのではないだろうか?

 

「人を救けたいから、私はヒーローになりたいって思った。だったら……『ヒーローを救けるヒーロー』になったって良い筈や!」

 

「麗日さん……」

 

結局の所、皆同じ気持ちなのだ。元通りに皆で毎日を過ごしたい。だから、生きていて貰いたい。死んで欲しくない。それこそ、どんな事をしてでも止めたい。そんな思いが、この場に居る全員の体を突き動かしていた。

 

――『未来など私が変えてやる! このままじゃ“予知通り”になるんだよ! それは駄目なんだ!! 私は貴方の為になりたくて、ここに居るんだ、オールマイト!!』――

 

「……運命を変えたいか?」

 

「え……?」

 

「誰かが“この未来”を変えなければ……超人社会に“明るい明日”は二度とやってこないだろう」

 

そして、それはオールマイトとのコンビを解消した時からずっと、ナイトアイが心の中で持ち続けていたモノと、全く同質のモノだった。

 

「呉島新。彼には『旧世界の破壊者』にして、『新世界の創造主』……『創世王』となる未来が待っている。そして、全ての始まりとなる今夜。彼はオールマイトを、プロヒーローを、そして……お前達を鏖殺する」

 

「は……?」

 

「何を、言ってるんですか……?」

 

「6年前、私がオールマイトのサイドキックだった頃、私はオールマイトがヴィランとの戦いの果てに、凄惨な死を迎える最期を“見た”。そして、先日雄英で行われた期末試験の折り、私はそのヴィランの正体が……呉島新だと知ったのだ」

 

ナイトアイの余りにも衝撃的な告白は、出久達の沈んだ気分や、八百万達の後ろめたい気持ちを、悪い意味で吹っ飛ばした。ナイトアイが“見た”と言う予知の内容は余りにも信じ難いが、とても冗談を言っている様には見えなかった。

 

「オールマイトが……死ぬ……? それも、今夜……?」

 

「しかも……よりによって、呉島が殺す……?」

 

「い、いや、ちょっと待ってくれ! つまりアンタは、こうなる事を前もって知ってたって事か!? だったら――」

 

「それは『出来ない』のだ」

 

「「「「「「「!?」」」」」」」

 

「私の予知は、一度発動すると24時間のインターバルを要する。つまり一日一時間、一人しか見る事が出来ない。そしてフラッシュバックするように、一コマ一コマが脳裏に写される。発動してから一時間だけ『他人の生涯を記録したフィルムが見られる』……と考えてくれればいい。但し、そのフィルムは全編その人物の近くからの視点で、見えるのはあくまで個人の行動と、僅かな周辺環境に限定される」

 

「いや、それでも充分すぎる程、色々分かるでしょ!? 『出来ない』ってどう言う事なんすか!?」

 

「単純に『未来は変えられない』と言う事だ。仮に見た未来と全く違う行動を取っても、長くて数分の後、帳尻を合わせるように元の流れに戻ってしまう。先程の例に例えるなら、それは『フィルムに余分なカットが差し込まれる』だけで、そこから未来が分岐する事は一度も無かったのだ。これまでで、ただの一度もな」

 

「そんな……」

 

ナイトアイの“個性”『予知』の詳細を聞いて、「何か未来を回避する方法があったのではないか?」と思った彼等は、揃いも揃って絶句した。

 

つまり、ナイトアイの見た未来は『只の未来』ではなく、『必ずそうなると確定している未来』なのである。そこには一切の誤魔化しも小細工も通用せず、どう足掻いても必ず『予知した未来』に辿り着く。

オールマイトのサイドキックであり、今もオールマイトを敬愛するナイトアイにとって、その予知はどれだけ深い絶望を生んだのだろう。その帰結がオールマイトとのコンビの解消である事は、決して想像に難くは無い。

 

「……だが、それでも私は『未来を変えたい』と思っている。仮に未来を変えることが出来なかったとしても、“明るい未来”の為に託された希望を、此処で絶やす訳にはいかない。それが『余分なカットを差し込むだけ』に過ぎないとしても、それがもしかしたら“明るい未来”に繋がるのかも知れない」

 

「え……?」

 

それでも、ナイトアイは諦めていなかった。心の何処かで自分が見た未来が訪れる事を受け入れつつも、希望を捨てる事だけはしなかった。ナイトアイがオールマイトとのコンビを解消してからの6年は、全て今夜を超える為だけにあった。

 

「言っておくがコレは親切などでは無い。私はあくまで私の都合で動いている。その上で、貴様等に聞く。貴様等はこれから無慈悲な死と、絶望の未来が待っていると知った。それでも尚、諦める事を諦める事が、貴様等には出来るのか?」

 

「…………救けたい――」

 

そして、過酷な運命に絶望し、半ばそれを受け入れなからも、どうしても理想を諦めきれなかった者が此処にいる。生まれ持った“個性”が無くとも、「最高のヒーローになれる」と“平和の象徴”に認められた、次代の“平和の象徴”が此処にがいる。

 

「救けたい……か。その結果、これまで積み上げた事や、誰かに託された事。その全てが無に帰すとしてもか?」

 

「……それでも僕は、救けたい……! 皆を、守りたい……ッ!!」

 

それは、真に“平和の象徴”たる力を受け継いだ責任か。それとも、心に秘めた純粋な願いが溢れただけなのか。いずれにせよ、出久が涙ながらに心の奥底から吐き出す言葉は、何時も聞く者に胸を熱くさせる熱量が込められている。

 

「~~~ッ! ナイトアイ! そんな話聞かされて、『此処でやめときましょ』なんていきません!」

 

「もしも、同行が許されるのなら……お力添えさせて欲しいわ」

 

「俺等の力が少しでもその未来を変える事に繋がるってんなら……やるぜ、サー・ナイトアイ!」

 

「……正直、私達の選択で未来がどう転ぶのか、私には分かりません。ただ、此処で手を引くなんて選択肢は有り得ませんわ!」

 

「そうだな……引き返す事なんて出来ねぇ。それ位、俺達は深く関わり過ぎちまってる」

 

「……いや、待って下さい。貴方は我々を止めに来たのではないのですか?」

 

麗日が。蛙吹が。切島が。八百万が。轟が。それぞれの言葉で諦めない姿勢を見せる中、ナイトアイが何を目的として自分達と接触したのか分からない飯田は、困惑からナイトアイに対して真意を問う。

ナイトアイがオールマイトの死の運命を変えようとしているのは分かる。新がそのカギを握っている事も分かる。だが、それで自分達を同行させようとしている理由が分からない。

 

「相手にワープ系の“個性”を持っている者が居る以上、お前達をこのまま帰した所で、強制的に現場まで転送される可能性は高い。それこそ家に帰した所で、帳尻を合せる様に“私が見た未来”に戻るだろう。ならば、最初から我々が貴様等に同行し、現場に向かった方がまだ未来を何とか出来るかも知れん」

 

「な……! 初めから同行するつもりだったと言う事ですか!?」

 

「何も『試験で結果を出せなければ家に帰す』とは言っていないからな!」

 

「「「「「「「エ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」」」」」」」

 

「だが、勘違いするな。決して、貴様等を認めた訳ではない。事実、先程のテストは貴様等に自覚と納得を促す為のモノだった。そして、今の内に言っておくが、私は貴様等に“個性”の使用許可は絶対に出さん。

思いが強すぎる余り周りが見えなくなり、衝動で勝手に突っ走るタイプの人間に“個性”の使用許可など出したらどうなるかなど、これまでの資料を見れば火を見るよりも明らかだからな」

 

「それは……」

 

「まぁ、要するにサーの指示に従って欲しいって事さ。何、“個性”が無くても出来る事は一杯あるって、俺が道すがら色々教えるよ。さあ、ツイテオイデー!!」

 

しつこく出久達を信用していない事を念押しするナイトアイと、ワサワサと腕を動かして奇怪な動きを見せるミリオ。

何とも対照的な態度を見せる師弟であるが、結果的にオールマイトの元サイドキックが自分達に同行してくれる事と、ミリオの底無しと言える明るさは、出久達にとって暗闇の未来を照らし、切り開くための光明に見えた。

 

「では、これより神奈川県横浜市神野区へと向かう。そこで成功率を可能な限り高めるため、私が事前に要請した協力者と合流する」

 

「協力者……ですか?」

 

「そうだ。名前はジャン・ピエール・アンドレー・ジョセフ・ド・シャトーブリアン。インターポール本部に所属する、フランスの特別捜査官だ」

 

かくして、様々な思惑が混じりあい、『始まりの夜【ビギンズナイト】』の幕が上がった。




キャラクタァ~紹介&解説

緑谷出久&轟焦凍&切島鋭次郎
 原作と異なり、リーマンヒーローとその弟子によって、自分達がどれだけ馬鹿なのかを、文字通り身を持って知る羽目になった男達。最終的には原作同じく現場へ向かう事が出来たし、戦力も増えたのである意味嬉しい誤算と言えよう。
 それにしても、このメンツでどうやって隠密行動でかっちゃんを救出するつもりだったのだろうか? まあ、アニメを基準に考えれば、保須とI・アイランドでの戦闘を不問にされているので、「上手く立ち回れば、お咎めなしで不問に出来る」と言う打算があったのかも知れんが……。

八百万百&麗日お茶子&蛙吹梅雨
 ある意味では、切島達が立案した救出作戦の本命と言える女達(但し、当の切島達は知らない)。実は林間合宿編での女子会における3人+小森の会話は、今回の展開の伏線として用意したモノで、麗日に関しては原作におけるA組 VS B組の合同戦闘訓練での描写から、『龍騎』の城戸真司のネタを使いたいと作者は思っていた。
 尚、この原作との差異はイナゴ怪人BLACKと別れた後、デク君が詳細を話して八百万に協力してくれるよう頼み込んだ事が最大の理由。つまりは、イナゴ怪人BLACKをデク君の所に寄こしたシンさんの所為とも言える。

飯田天哉
 原作とあまり変わらないクラス委員長。でも、自分と同じタイプと思っていたナイトアイの、ユーモアを交えたイマイチ真意が読めない発言の数々には困惑していた。集まっていた面子が真面目な人種ばっかりなので、ユーモアを第一と考えるナイトアイとの相性は余り良くないのかも知れない。

青山優雅
 地味にファインプレーをやってのけたエセ貴族。彼としては単純なキャパオーバーによって、「一番頼りになる人を頼ろう」って思っただけだったのだが、それがむしろ功を奏したと言える。しかし、そんな彼の『THE FIRST』本編における出番は、残念ながらこれが最後となるだろう。最後に一花咲かせたとも言える。

サー・ナイトアイ
 ヤクザが潰れたので、出番が色々と前倒しになったリーマンヒーロー。実は、元凶の『敵連合』についても『予知』と予測を元にコソコソ調べていたのだが、ペニーワイズなイナゴ怪人の介入でニート死柄木の足取りが分からなくなったのを筆頭に、何かと歴史の修正力によってその悉く失敗に終わっている。
オールマイトが殺されない事が一番であるが、「未来は変えられない」事を念頭に置きつつ行動している為、最終手段として「デク君がシンさんに殺される前に、ミリオに『ワン・フォー・オール』を継承させる」事も考えているが、果たして……。

通形ミリオ
 師匠と同様の理由で、出番が前倒しになったマッパーマン。彼が昨年の雄英体育祭で一糸纏わぬ姿を全国ネットでお茶の間に流した事が、本作で物間が色んな意味で犠牲になった原因と言っても過言では無い。
 流石に町中で全裸になるのは不味いので、今回はコスチュームと同様に自分の毛髪で造ったインナーを着用しており、全裸にはなっていない。その見た目は「筋骨隆々なキャッツアイ」と言った感じで、全裸とは別ベクトルでヤヴァイ。



ヤオモモ囮作戦
 八百万が限りある時間の中で策を考え抜いた結果、不完全ながらも周囲の景色と同化する「保護色」が使える梅雨ちゃんと、『無重力』による様々な補助&交戦することなく相手を無力化する事が出来る麗日の2人に協力を要請。自らも囮となる事で、シンさんが自害する前に拉致しようと言う、割とトンデモな作戦。
 劇場版を見る限り、八百万は「発信機が反応を示す場所には高確率でヴィランが待ち構えており、戦闘行為が許されない自分達は近づくさえ危険である」と分かっていたと思われる。故に、原作で切島と轟が救出作戦を提案した時点で、八百万は「作戦は失敗する」と判断していたのではなかろうか? ぶっちゃけ、「現場を見れば分かってくれる筈」って思ってたみたいだケド、本当はそれで野郎共が止まると思って無かったと思うの。














尾白猿夫
 この世界では、スピンオフである『すまっしゅ!!』由来のステルス能力を持つ男。林間合宿の“個性”伸ばしを経て、遂に「優れた隠密性を持つことが、他者の記憶から消える」と言う、恐るべき段階に昇華された。そして、この能力は本人ですら気づいてない。

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