怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

59 / 70
GW? そんなの、俺には関係無かったよ……。そして、お待たせしました。令和一発目の投稿です。

活動報告で「シンさんに言って欲しい世界」を募集して早10ヵ月。色々と刺激にはなったものの、適当に書いた所で放置された未完成の作品が山の様にパソコンに放置されております。
しかし『仮面ライダーの世界』が結構多いので、いっその事『ディケイド』や『ジオウ』の様に、アンケートに無いライダーワールドも含めて、それぞれの世界をシンさんに巡らせようかと思っています。この連載が終わったら。

尚、『アマゾンズの世界』では、アマゾンズドライバーを装着した自称5歳の緑の恐竜アマゾンと、赤い雪男アマゾンが登場する予定です。

シンさん「コレ(ドライバー)探すの大変じゃなかった?」
赤い雪男「仁さんの部屋に、まだ予備がありましたぞ!」
伝説のヒモ「また盗んだのかッ!!」

今回のタイトルの元ネタは『アマゾンズ』の「NEO」と、『ビルド』の「マッドな世界」。但し、アマゾンズネタが多い反面、ビルドネタは殆ど無い。そんなお話を、19000字超えの大ボリュームでお楽しみ下さい。


第46話 NEOな世界

『敵連合』“開闢行動隊”が、林間合宿中の雄英高校一年ヒーロー科を襲撃して一夜が明けた。

 

プロヒーローは元より、多くの生徒に甚大な被害をもたらした今回の事件は、春の『USJ襲撃事件』とは比にならないレベルの非難が雄英に寄せられ、会議室に集った雄英ヒーロー達の表情と身に纏う空気は、お通夜の時のソレとよく似ていた。

 

「ヴィランとの戦闘に備える為の合宿で襲来……恥を承知で宣おう。“ヴィラン活性化の恐れ”……と言う、我々の認識が甘過ぎた。奴等は既に戦争を始めていた。ヒーロー社会を壊す戦争をさ」

 

「認識できていたとしても、防げていたかどうか……。これほど執拗で矢継ぎ早な展開……“オールマイト”以降、組織だった犯罪はほぼ淘汰されてましたからね……」

 

「要は、知らず知らずの内に平和ボケしてたんだ、俺等。“備える時間がある”っつー、認識だった時点で」

 

「己の不甲斐なさに心底腹が立つ……! 彼等が必死で戦っていた頃、私は……半身浴に興じていた……ッ!!」

 

「襲撃直後に体育祭を行う等……今までの『屈さぬ姿勢』はもう取れません。生徒の拉致……雄英最大の失態だ。奴等は呉島と爆豪の二人と同時に、我々ヒーローへの信頼も奪ったんだ」

 

「現にメディアは雄英の非難で持ちきりさ。爆豪君を狙ったのは、体育祭で彼のヒーローらしかぬ粗暴な一面が、少なからず周知されていたからだろうね。もしも、彼がヴィランに懐柔されでもしたら、教育機関としての雄英はお終いだ」

 

「懐柔……それなら、まだマシですよ」

 

ミッドナイトの言葉は、この場に集った全員の心境を明確に表していた。

 

ヴィランと対峙した生徒達の証言と、現場を検証した警察の情報によれば、今回の襲撃は二つのグループに分かれていたのだと言う。

一つは「生徒の殺害」と「爆豪の誘拐」を目的とし、死柄木弔の指示で動いていた『開闢行動隊』。もう一つは「呉島の誘拐」のみを目的とし、イナゴ怪人3号なる怪人を筆頭とした『怪人軍団』だ。

 

そして、イナゴ怪人3号の口から呉島を攫った目的は明言されており、下手をすると爆豪も呉島と同様、攫った目的が「懐柔ではない」可能性がある。

仮に爆豪を攫った目的が懐柔だったとしても、あの爆豪の性格を考えれば「ヴィランに従う」など考えられない。恐らく、「従うフリをする事」さえも、プライドが邪魔をして拒むだろう。そうなれば、ヴィランはまず間違いなく、爆豪に対して「懐柔以外の方法」を選択する。

 

汚い話、ヴィランの目的が懐柔でなければ、首の皮一枚で雄英は教育機関として存続する事が出来る。何故なら、彼等は自分の意志でそうなった訳ではないからだ。

だが、それは生徒の未来が、ある意味では殺されるよりも残酷な方法でヴィランに奪われる事を意味している。教師としては、「呉島を攫った目的も、本当は懐柔であって欲しい」と思っている位だ。

 

「そこら辺のチンピラを、オールマイト並みの力を持った怪人に改造する……か。いよいよ世界はSF染みてきたな」

 

「確かに俄には信じられない話だが、『やろうと思えば、誰でも何でも出来る』のがこの超人社会だ。何が起こっても不思議じゃない」

 

「攫ったのが、今年の雄英体育祭の1位と2位である事も考えれば、十中八九ソレを視野に入れていると見て間違いないでしょうね」

 

「……良い機会だから言わせて貰うがよ、今回で決定的になったぜ。……居るだろ? 内通者」

 

「「!!」」

 

「合宿先は教師陣とプッシーキャッツしか知らなかった! 怪しいのはコレだけじゃねぇ! ケータイの位置情報なり使えば生徒にだって――」

 

「マイク、止めてよ」

 

「止めて堪るか! 洗おうぜ! この際てってー的に!!」

 

「なら、お前は自分が100%シロだと言う証拠を出せるか? ここの者をシロだと断言出来るか? お互い疑心暗鬼となり、内側から崩壊していく……内通者捜しは焦って行うべきじゃない」

 

「Umm……」

 

スナイプの指摘にぐうの音も出ず、プレゼントマイクは押し黙るものの、その顔にはハッキリさせる事の出来ない、煮え切らない思いが浮かんでいる。

しかし、プレゼントマイクが指摘した事を、他の面々が考えつかなかった訳では無い。真に賢しいヴィランは潜むものだと言う事を、彼等は熟知しているのだ。

 

「少なくとも私は、君達を信頼している。その私がシロだとも証明しきれない訳だが……取り敢えず、学校として行わなければならないのは『生徒の安全保障』さ。内通者の件も踏まえ、かねてより考えていた事があるんだ。それは……」

 

『でーんーわーがーーーーー、来た!』

 

「すみません。電話が……」

 

「会議中っスよ! 電源切っときましょーよ!」

 

「(着信音、ダッサ……)」

 

「…………ハァ……」

 

そそくさと会議室から退室し、廊下でため息をついたオールマイトの表情は、トゥルーフォームである事を差し引いても覇気が無く、見る者に何時も以上に弱々しい印象を与えていただろう。

 

「(……教え子すら救けられず、何が“平和の象徴”か……! 何がヒーローか……ッ!)」

 

手の届かない人間は救けられない。ヒーローを長く続けていれば嫌でも分かるし、何度でも経験する事だが、それでもこの無力感に慣れる事は絶対に無い。№1ヒーローと雖も、結局は1個の人間に過ぎないのだと、その度に痛感し、思い知らされるのだ。

 

「――……すまん。何だい、塚内君」

 

「オールマイトか。今、相澤君とブラドキングの二人から調書を取っていたんだが……良い報せと、悪い報せがある。まず良い報せだが……『敵連合』の居場所、突き止められるかも知れない」

 

「!! 本当か、塚内君!!」

 

「ああ。二週間ほど前、部下が聞き込み調査で、『顔中ツギハギだらけの男が、テナントの入ってない筈のビルに入っていった』と言う情報を入手していた。20代位の男だと言うので、過去の犯罪者を漁ってみるも、めぼしい者はおらず。

叉、ビルの所有者に確認した所、所謂『隠れ家的なバーがちゃんと入っている』と言う話だった為、捜査に無関係だと流していたんだが……今回、生徒を攫ったヴィランの一人と特徴が合致した!」

 

友人からの思わぬ朗報を聞いて、オールマイトの顔から無力さにうちひしがれる悲壮感や、見通しの甘さから来る後悔の念はすっかり消えていた。その代わり、確かな希望と、燃え盛る炎の様な闘志がその目に宿っている。

 

「……それで、悪い報せと言うのは?」

 

「今回の襲撃で生徒4人に使用された『個性破壊弾』なる物についてだ。病院で検査して貰った所、撃ち込まれた4人は体内の“個性因子”が酷く傷ついていて、ソレが原因で”個性”を使用できない状態になっていた事が分かっている。

幸い、緑谷君以外の三人は、“個性”が自然治癒で元に戻った事は確認済みだが、イナゴ怪人3号が脱ぎ捨てたと思われる殻の中に、それと思われる未使用の弾丸が残されていた。その残された弾丸を調べた所、中から人間の血液や細胞が検出されたそうだ」

 

「人間の血や細胞……つまり、その弾丸の効果は、“個性”に由来すると言う事か?」

 

「そう考えて間違いないだろう。そして、弾丸の効力が“個性”に由来すると言う事は、そのオリジナルたる“個性”を持った人物が存在すると言う事。つまり、『敵連合』には『“個性”を破壊する“個性”』を持つ者が居る……と言う事になる」

 

――“個性”を破壊する“個性”。

 

世界総人口の約8割が“個性”を持つこの超人社会において、それは『オール・フォー・ワン』とは違った意味で「最強の“個性”」だ。

それこそ、使い方次第では全てのヒーローやヴィランを倒す事が出来る、正に「切り札」と呼ぶに相応しい能力だろう。

 

「……厳しい戦いになるだろうな」

 

『ああ。だが、事態が事態だ。今回の事件はヒーロー社会どころか、超人社会そのものの崩壊にさえ繋がりかねない。総力を以って解決にあたらねばならない案件だ。裏が取れ次第、すぐに連中のアジトと思われるバーにカチ込む! これは極秘事項。君だから話している! 今回の救出・掃討作戦。どうか……君の力も貸して欲しい!』

 

「………」

 

普段ならすぐにオールマイトから返事が来るのだが、それも今回ばかりは仕方がないと塚内は思った。

 

現在、判明しているだけでも、オール・フォー・ワンにイナゴ怪人3号とその主。最低3人の強力なヴィランが待ち構えている上に、更には「“個性”を破壊する“個性”」を持つ正体不明のヴィランまで控えているのだ。

 

あまり考えたくは無いが、最悪“平和の象徴”が終わりを迎える事も充分に考えられる戦力を、『敵連合』は保有している。

そして、“平和の象徴”の敗北は、超人社会の秩序と平和に、致命的と言える亀裂を生む事になるだろう。

 

――しかし、この時オールマイトが考えていた事は、塚内の想像とは全く違っていた。

 

「……心配するなよ、塚内君。奴らに会ったら、こう言ってやるぜ……」

 

――『このままいけば、貴方はヴィランと対峙し、言い表せようも無い程……凄惨な死を迎えるッ!!』――

 

「私が……反撃に来たってね!」

 

オールマイトは半ば確信していた。この戦いこそが、自分のゴールなのだと。遂に、その時がやって来たのだと。

 

――『オールマイト……後、頼んだ!』――

 

覚悟は決まった。既にバトンも渡してある。しかし、オールマイトが今置かれている状況は、皮肉にも7代目『ワン・フォー・オール』継承者にして、オールマイトの師匠でもある、あの日の(・・・・)志村菜奈と非常に酷似していた。

 

「……運命……いや、因果かな……」

 

――『後よろしくな、空彦。ソイツの夢、叶えてあげてくれ』――

 

あの時、自分はまだ18歳の学生だった。次代の“平和の象徴”には、まだまだ教えていない事が沢山あり、そうでなくとも自分の時より2年も早く、先代と永遠の別れを経験する事になる。

 

「………」

 

ならば、自分にはもう一つやるべき事がある。オールマイトが操作するスマホのディスプレイには、「サー・ナイトアイ」の文字が数ヶ月ぶりに浮かんでいた。

 

 

〇〇〇

 

 

幾度となく繰り返され、その度に徐々に明瞭になっていく記憶と、決して変わる事の無い終わりを迎えるに悪夢に、僕の精神は肉体以上に憔悴しきっていた。

 

高熱に魘されながら現実と夢幻を行き来し、病院に運び込まれてから二日が経過した頃、漸く熱は治まった。

その間、リカバリーガールが治癒を施してくれたり、母さんや警察の人が訪ねてきてくれたりしたみたいなんだけど、僕は何一つとして覚えていなかった。

 

『助けてくれ……出久……』

 

「………」

 

そんな僕の頭の中では、夢から覚める間際に聞こえた僕に助けを求める声が、何度も繰り返して再生されていた。僕がよく知る、幼馴染みの声で……。

 

「あー、緑谷!! 目ぇ覚めてんじゃん!1」

 

「え……?」

 

「テレビ見たか!? 学校、今マスコミやべーぞ!」

 

「春の時の比じゃねー」

 

「メロンあるぞ! 皆で買ったんだ! デカメロン!」

 

病室のドアがノックされ、反射的に目を向けると、開いたドアから上鳴君の顔が覗いていた。僕が起きている事を知ると、僕のお見舞いにきたらしいクラスの皆が、次々と病室に入ってきた。その中には、僕と同じ様に『個性破壊弾』を打たれた、轟君、障子君、常闇君の三人もいた。

 

「迷惑かけたな。緑谷……」

 

「ううん、僕の方こそ……それより体は……“個性”は大丈夫なの?」

 

「ああ、三人とも半日ほどで回復した。あのイナゴ怪人3号の言った通り、“個性”を完全に使用不能に出来る様な物ではなかったらしい」

 

「そっか……A組皆で来てくれたの?」

 

「いや……耳郎君、葉隠君はヴィランのガスによって未だに意識が戻っていない。そして、八百万君も頭を酷くやられて、此処に入院している。昨日、丁度意識が戻ったそうだ。だから来ているのはその3人を除いた……」

 

「……『15人』だよ」

 

「呉島と爆豪が居ねぇからな」

 

「ちょっ、轟……」

 

「………」

 

轟君の言葉と、実際にあっちゃんとかっちゃんがこの場に居ない事で、自分達がヴィランとの戦いに負けたんだと、改めて思い知らされた。

 

「……オールマイトがさ……言ってたんだ。『手の届かない場所には、救けに行けない』って……。だから、『手の届く範囲は、必ず救け出すんだ』って……」

 

「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」

 

「かっちゃんの時、僕は『手の届く場所』にいた。あっちゃんの時は、怪我をしなければ『手が届く筈』だった……。必ず、救けなきゃ、いけなかった……! 僕の“個性”は……その為の“個性”なんだ……。相澤先生の……言った通りになった……ッ!」

 

――『お前のは、一人救けて木偶の坊になるだけだ』――

 

「体……動かなかった……洸汰君を助けるのに精一杯……ッ! 目の前にいる人を……僕は……ッ!!」

 

「じゃあ、今度は救けよう」

 

「「「「「「「「「「……へ!?」」」」」」」」」」

 

予想外の提案をした切島君に皆の目は点になり、僕の目から思わず涙が引っ込んだ。

 

「実は、俺と轟さ……昨日も来ててよぉ……。緑谷の病室に行く途中、オールマイトと警察が、八百万と話してるトコに遭遇したんだ」

 

理解が追いつかずに困惑する僕達を余所に、切島君と轟君は昨日の出来事を話し始めた。

 

何でも僕の病室に向かう途中で、八百万さんが事件当時B組の泡瀬君に協力して貰い、ヴィランの一人である脳無に発信器を取り付けた事を。そして、その発信器を受信するデバイスをオールマイトに渡した所を見聞きしたんだと言ったんだ。

 

「……つまり、その受信デバイスを……八百万君に創って貰う……と?」

 

「………」

 

「……だとしたら?」

 

切島君と轟君は、本気で攫われたあっちゃんとかっちゃんを救出しようとしている。その事に全員が気付き、独断で動こうとする二人に真っ先に反論したのは、予想通りと言ってはなんだけど飯田君だった。

 

「オールマイトの仰る通りだ! プロに任せるべき案件だ! 俺達が出ていい案件ではないんだ! 馬鹿者ぉ!!」

 

「んなモン、分かってるよ! でもさァ! 何っも出来なかったんだ!! ダチが狙われてるって聞いてッ! 俺も狙われてるって言われてッ! なんっっも出来なかった!! しなかったッ!! ここで動かなきゃ俺ァ……ヒーローでも男でもなくなっちまうんだよッ!!」

 

「切島、ここ病院だぞ! 落ち着けよ! こだわりは良いけど、今回は……」

 

「飯田ちゃんが……正しいわ……」

 

「飯田が! 皆が正しいよ! でもッ!! なぁ、緑谷!! まだ手は届くんだよ!! 助けに行けるんだよ!」

 

「何だ。思ったよりも、ワカっているじゃあないか」

 

「「「「!?」」」」

 

僕と轟君、そして障子君と常闇君が聞き覚えのある声に、それ以外の皆が聞き覚えの無い声に反応して振り返ると、そこには病室のドアに寄りかかる怪人が立っていた。

 

「お前は……!」

 

「イナゴ怪人、3号ッ!!」

 

「おっと、落ち着け。戦うつもりは無い。今回は、貴様等に攫った二人がどうなったのか教えてやる為に来ただけだ。まあ、その場所が病院だったのは、此方としても都合が良かった事は否定しない」

 

「てめぇ……!」

 

「一応言っておくが、俺を拘束しても無駄だ。その場合、外に待機しているイナゴ怪人4号が、この病院を丸ごと吹き飛ばす。無関係な人間諸共な。勿論、そうなっても俺は確実に生き残る」

 

イナゴ怪人3号の言葉に、戦闘態勢を取っていた轟君達の動きが止まる。そもそも、僕も含めて16人も居るこの病室では、狭すぎてまともに戦える人間は殆どいないし、イナゴ怪人3号の言葉をハッタリと断言するには、余りにもリスクが高過ぎる。

 

「……皆、落ち着いて。戦うつもりなら、とっくに何かしてるよ」

 

「賢明な判断だ。そして、そんな敵に情報と言う塩を送る俺は、何て優しい奴なんだろうな?」

 

白々しくも小馬鹿にしたような態度で、イナゴ怪人3号がどこからともなく2枚の写真を取り出すと、ベッドに寝ている僕にそれを投げた。

両手がギプスで固定されている僕に、切島君が見せてくれた2枚の写真には、椅子に拘束されているかっちゃんと、巨大な半透明の繭の中で体育座りをしている“白いバッタの怪人”が写っていた。

 

「爆豪は……取り敢えずは無事か。だがコレは……」

 

「これって、繭……だよな?」

 

「白く、なってるわ……」

 

「爆豪勝己に関しては、死柄木弔がヴィラン側に寝返る事を期待し、口八丁手八丁で説得している。一方、呉島新を『ガイボーグ』にする為の施術は既に終了している。もっとも、呉島新が改造無しで投与された“個性”に順応できる肉体を持つ事は確認済みだ。我々は瀕死の重傷を負った呉島新に『個性破壊弾』を打ち込み、回収した後に脳改造を施し、複数の“個性”を投与した。薬物等による肉体改造は行っていないぞ、無駄だからな。

ただ、瀕死の状態で複数の“個性”を投与したのは、流石に肉体への負担が大きかったらしくてな。生命エネルギーが枯渇して、衰弱死する寸前までいった時は流石に肝を冷やしたぞ。体色が白くなっているのは、そうした改造の負荷によるものだろう」

 

イナゴ怪人3号が、写真の中の二人について説明するが、かっちゃんに関する情報がやけに少ないのに対し、あっちゃんの説明はやたらと多かった。多分、コイツがあっちゃんに深く関係している事が原因だろう。

 

「い、いや、ちょっと待ってくれ! 複数の“個性”を投与するとは、一体どう言う事だ!?」

 

「何を今更。貴様等は既に知っている筈だぞ? 複数の“個性”を備えた改造人間を」

 

飯田君の疑問に、イナゴ怪人3号は逆に質問を投げかけた。そう言われてみれば、此処には僕以外に脳無の詳細を知っている人はいなかった。少なくとも、「複数の“個性”を他人から与えられた存在」なのだと言う事は。

 

「……つまり、あの脳無ってヴィランの“個性”複数持ちは、先天的なモンじゃなくて、誰かが後天的に与えたモンだって事か?」

 

「そうだ。それこそが我が主の創造主である、オール・フォー・ワンの“個性”だ。『他者から“個性”を奪い、他者に“個性”を与える事が出来る“個性”』。当然、自分自身も奪った“個性”を使う事が出来る。

その力で呉島新に“個性”を与えた訳だが……投与した“個性”は全て『バッタ』の“個性”と融合し、今や『一つの“個性”』になっている」

 

「は……?」

 

「何だよ、それ……」

 

「色々と、訳分かんねぇんだけど……」

 

「ってか、何処からツッコんだら良いのか……」

 

「しかし、“個性”が融合? よく分からんが、そんな事有り得るのか?」

 

「投与した“個性”が一つや二つなら稀に起こる現象だが、投与した“個性”の数を考えれば、まず有り得ない。だが、現に呉島新の持つ“個性”は一つしかない。『あらゆるエネルギーを吸収して常に進化する能力』……それは“個性”も例外ではないと言う事だ。その能力故に、呉島新は『最後の継承者』となったのだろうな」

 

「? どう言う意味だ? いや、何を言っている?」

 

「呉島新はオールマイトの“個性”を受け継いだ、次代の“平和の象徴”と言う事だ。オールマイトの“個性”は『ワン・フォー・オール』。それは『“個性”を他者に譲渡する度に、所有者の身体能力が“個性”そのものに蓄積されていく』と言う“個性”だ」

 

「「「「「「「「「「……ハァ!?!?!?」」」」」」」」」」

 

「?!?」

 

極秘の中の極秘と言える『ワン・フォー・オール』の秘密が、今この場でいとも容易く暴露された。イナゴ怪人3号の発言にクラスの皆が驚いていたけど、僕の驚きはそれ以上だった。正直、口から魂が出るんじゃないかと思った程だ。

 

「こ、“個性”を与える“個性”……!?」

 

「それが、オールマイトの“個性”の正体だって言うのか!?」

 

「ああ。巷では『怪力』だの『ブースト』だの言われているが、それらはオールマイトの前の『ワン・フォー・オール』の所有者達の磨き上げた身体能力が、オールマイトと言う一人の人間に集約した結果に過ぎない。

超常黎明期より、超人社会の影で密かに継承されてきたこの“個性”は、存在そのものは確認できていたが、その継承方法までは分からなかった。だが、死柄木弔が持ち帰った情報から鑑みるに、どうやら血液を飲めば“個性”を継承……いや、譲渡する事が出来る様だな」

 

「……USJで、呉島が腕を千切られた時のアレか……」

 

「そ、それじゃあ、呉島の血を飲めば、オールマイトの力が手に入るって事か!?」

 

「貴様、話を聞いていなかったのか? 呉島新の“個性”は一つしかない。『ワン・フォー・オール』は今や、呉島新の“個性”『バッタ』の一部となって“融けて”しまった。“食われた”と言った方が良いかも知れんがな。

我々も一応、色々と試してみたのだが、『ワン・フォー・オール』を手に入れる事は出来なかった。いずれにせよ、『ワン・フォー・オール』が二度と誰かの手に渡る事はないだろう」

 

「……ッ!」

 

確かに、どんな形でも所有者のDNAを取り込む事で、『ワン・フォー・オール』を継承する事が出来るのは確かだ。でも、それには『ワン・フォー・オール』を譲渡する意志が必要だし、あっちゃんが取り込んだのは、『ワン・フォー・オール』の“残り火”だ。

 

でも、『ワン・フォー・オール』の存在を知っていて、それがオールマイトから僕に継承された事と、その継承方法を知らない人間からすれば、USJの事件でオールマイトからあっちゃんへ『ワン・フォー・オール』が継承された様に見えても不思議じゃない。

 

でも、それはつまり――。

 

「さて、我々が呉島新を攫った理由は三つある。一つはズバリ『オールマイトに対する嫌がらせ』だ。超常黎明期より連綿と受け継がれてきた、聖火の如き力の結晶。オールマイトが力を託した『最後の継承者』を、脳無を超える改造人間に仕立て上げ、悪の尖兵としてオールマイトに差し向けたかったのだ」

 

「嫌がらせ……? 嫌がらせの為に、呉島君を攫ったと言うのか!?」

 

「オール・フォー・ワンが最も楽しみにしていた事だ。何せ、オールマイトとの戦いで、オール・フォー・ワンは力の大半を削がれ、無限から有限に落ちてしまったのだからな。

故に、オールマイトには可能な限り苦しんで貰い、醜く惨たらしい最期を迎えて欲しいらしい。永い年月をかけてゆっくりと熟成させたワインの様な、芳醇で甘美な愉悦と、至上の快楽を味わった上でな」

 

「……ウッ、ぶぐぇああああああああああああああああああッ!!」

 

「緑谷!?」

 

「緑谷君!?」

 

「デク君!?」

 

こみ上げてくる吐き気を抑える事が出来なかった。目から涙が溢れるのを止められなかった。泣きじゃくりながら嘔吐する僕を皆が心配する声が聞こえるけど、僕はもうそれどころじゃなかった。

 

暴露されたオールマイトの秘密と、『ワン・フォー・オール』の継承者だと勘違いされて攫われたあっちゃん。

許されるなら「違う」と叫びたかった。「勘違いなんだ」と言いたかった。「本当は僕が継承者なんだ」と訂正したかった。それをこの場で言えない事が、堪らなく辛かった。

 

「ほう。ゲロを吐くほどの友情……感動的だな。だが、無意味だ。仮に我々が手を下さずとも、貴様等は必ず呉島新と対立していただろう。そう遠くない未来でな」

 

「……それは、どう言う事だ?」

 

「おかしいとは思わなかったのか、常闇踏影。我々が『複数の“個性”を備えた改造人間』を造るのであれば、素体として呉島新よりも狙うべき者が居ただろう?」

 

「何?」

 

「……ハイブリッド“個性”の轟とか?」

 

「違う。B組の物間寧人だ。アレの“個性”は、『触れた人間の“個性”の性質をコピーする』。それは見方を変えれば『生まれながらにして、あらゆる“個性”に適応できる肉体』を持っている……つまり、『“個性”を複数投与しても、拒絶反応が起こらない体質』だと言う事だ。それは『複数の“個性”を操る改造人間』の素体として、最適な素質だとは思わないか?」

 

クラスの皆が「言われてみれば」と言う顔をしていた。でも実際には、物間君はかっちゃんの様にヴィランのターゲットに選ばれていなかった。

イナゴ怪人3号の能力と、『個性破壊弾』なんて物を持っている事を考えれば、物間君を攫おうと思えば攫う事が出来た筈だ。

 

「では、何故物間寧人は攫われなかったのか……貴様等は『個性特異点』と言う言葉を知っているか?」

 

「『個性特異点』?」

 

「確か、世代を重ねる度に“個性”はより強力になり、最終的には想像もつかない程の力を持つ様になる……と言う終末論だったか?」

 

「正解。それは人間から超人が誕生した様に、超人を苗床として誕生する“更なる人類”だ。その仮説の証明として、オール・フォー・ワンは『突然変異(ミューテーション)』と呼ばれる“個性”を持つ者達に答えを見いだした。いや、その素質と可能性と言うべきか?」

 

「『突然変異(ミューテーション)』って?」

 

「両親の家系と全く類似しない“個性”が発現する事で、謂わば“個性”の突然変異だ。滅多に起こる事では無いが、それらは通常では考えられない様な強大な力を秘めている場合が多い。例えば……『肉体を自壊させる程の、圧倒的なパワーを発揮できる』とかな」

 

イナゴ怪人3号が語る『突然変異(ミューテーション)』の“個性”の説明と例えを聞いて、病室にいる全員の視線がベッドを吐瀉物と涙で汚した僕に集中した。かく言う僕は、どうしてイナゴ怪人3号が『突然変異(ミューテーション)』の例として僕を出したのか分からず、困惑していた。

 

「待て。緑谷君の“個性”は、お母さんの“個性”を受け継いだものだぞ!?」

 

「だが、そうなると緑谷出久の母である緑谷引子の家系に、必ず増強系の“個性”持ちが居た筈だ。だが、我々の調べではそんな事実は確認出来なかった。つまり、緑谷出久の“個性”は、母親が発現させた『突然変異(ミューテーション)』の力を、色濃く受け継いだモノである可能性が高い」

 

「ウッ……ブ……ッ!」

 

「緑谷!? おい、大丈夫か!? 緑谷!?」

 

イナゴ怪人3号に「母さんの家系を調べた」と言われた瞬間、収まった吐き気がまたぶり返してきた。『ワン・フォー・オール』の秘密を守る為の嘘は、それよりも大きな勘違いを生み、僕の知らない内に母さんを危険にさらしていた事が分かったからだ。

 

「そして、こうしたずば抜けた能力を持って生まれた者は、緑谷出久の他にも複数名が確認されている。今はまだ『芽』と形容すべき未熟な力だが、いずれは大樹に成長し、大輪の花を咲かせる。

かつて人間が超人に駆逐された様に、今度は超人が『個性特異点』に駆逐される。つまりは、超常黎明期の再来だ。その規模は超常黎明期とは比べものにならんだろう」

 

「要するに……これから先、すっごく強い“個性”を持った人達が生まれてきて、その人達と戦う日がやってくるって事?」

 

「何も不思議な事ではあるまい。この星の生命は常に進化し続け、それに伴って生態系も常に変化し続けている。

超常黎明期から始まった超常を巡る人類の戦争は終わっていない。それは人類が存在する限り、決して終わる事の無い泥沼の闘争だ。即ち、『戦いは続く』と言うヤツだ」

 

イナゴ怪人3号の言う通り、人間と言う規格が崩れた前例がある以上、超人の規格が崩れない保障は何処にも無い。

超常と言うフィクションが実態を持ったリアルになり、それがもはや当たり前の日常となった今、それは決して的外れな意見じゃない。それは一つの真理であり、これから必ず起こる未来の様に思えた。

 

「我々の活動は、実験であり儀式だ。オール・フォー・ワンの最大の目的は、『改造人間の製造』そのものにある。あらゆる手段を駆使し、“超人”を“超人を超えた存在”に造り変える。やがて訪れる『個性特異点』との決戦の鬼札……その答えの一つが『ガイボーグ』だ」

 

「……なるほど。あの時言った『守る為の鎧』ってのは、そう言う意味か」

 

「そうだ。呉島新の“個性”の変容は、過去に例が無いモノだった。代を重ねること無く“個性”を進化させ、いずれは自力で『個性特異点』に至り、更にその先へ突き進む可能性を持っていた。だからこそ、オール・フォー・ワンは物間寧人よりも、呉島新に注目していたのだ」

 

「それが呉島を攫った、二つ目の理由か?」

 

「然り。尤も、アプローチ自体は前から行っていたがな。『“超人”を“超人を超えた存在”に造り替える』事を目的とするオール・フォー・ワンにとって、呉島新はこれ以上ない教材だった。

そこで、黒霧に切断された呉島新の右腕を密かに回収し、その細胞を使って実験を繰り返していた。我々はその実験で生まれた、オール・フォー・ワンの偉大な成果の一つだ」

 

「……それじゃあ、お前達の正体は……」

 

「呉島新の細胞を元に、呉島新の力を模倣して造られた人造生命だ」

 

「えええ……!?」

 

「何だか、まるで別の世界のお話のよう……」

 

「要するに、我々が呉島新にやった事は、時計の針を少し早く進めただけに過ぎない。視点を変えれば、我々にしか用意する事が出来ない“個性”と言う上等な餌を与え、その力をより完全なモノにしたと言える。そう考えれば……我々はむしろ感謝されるべきなのではないかな?」

 

「ふ―――ッ、ふざけるのも大概にしろッ!!」

 

「ふざけてなどいないッ!!」

 

イナゴ怪人3号のふざけているとしか思えない台詞に、皆を代表するように飯田君が怒鳴ると、イナゴ怪人3号もまた飯田君に負けず劣らずの大音声で言い返した。イナゴ怪人3号の怒声に病室が静まりかえると、イナゴ怪人3号は淡々とした口調で語り始めた。

 

「近い将来、オールマイトと言う“平和の象徴”が失われ、世界は『個性特異点』が群雄割拠する混沌の時代を迎える事になる。そうなれば、逸早く人々をまとめ上げ、混乱する世界に秩序をもたらす『王』が必要となるのは明白だ。世界に唯一人の、絶対的な力を備えた、『王』と言う名の光がな」

 

「嘘だ……!」

 

「何?」

 

「それは……自分達の残酷な手段を正当化させる為の言い訳だろ……。結局お前達は、オール・フォー・ワンは……オールマイトに奪われた、過去の栄光を取り戻したいだけだろッ!? 自分達の思い通りに、世界を創り替えたいだけだろうッ!!」

 

「否定はしない。我々の作る平和と、お前達の作る平和は、決して相容れないものだしな。しかし、“ヒーローの作る平和が正しい”と思っているなら、それは大きな間違いだ。

例えば、そこの飯田天哉がこの事件を『プロに任せるべき案件だ』と言っていたが……果たしてそれで全てが丸く収まると、お前達は本気で思っているのか?」

 

「「………」」

 

イナゴ怪人3号の言葉に、皆が「何を言ってるんだ?」と言う表情をしている中、切島君と轟君の顔には苦渋の色を浮かんでいた。

そう言えば、最初にイナゴ怪人3号は「ワカっている」と言っていたけど、もしかしてソレと何か関係があるのか?

 

「何が言いたい。実際にコレは、俺達が首を突っ込んでいい事じゃ無い!」

 

「分からんヤツだな。つまり、未改造の爆豪勝己は兎も角、脳無以上の改造人間になってしまった呉島新に対して、プロヒーローと警察はどんな対処をすると思うんだと聞いているんだ」

 

その瞬間、病室にハッと息を呑む音が響いた。

 

切島君と轟君が「あっちゃんとかっちゃんを救けよう」と言った意味が。それが「自分のこだわり」や、「助けられなかった悔しさ」と言った感情だけでは無い事が、僕達は漸く理解する事が出来た。

 

二人は気付いてしまったんだ。ヴィランによって改造人間と言う名の“加害者”に変えられた人間を、警察やヒーローが果たして“被害者”として扱うのだろうか……と。

 

「ま、待て! 警察やヒーローが、被害者である呉島君をヴィランとして扱うとでも言うのか!?」

 

「実際に警察の調べで脳無の正体は、ヴィランの手でそうなってしまった被害者だと分かっている。しかし、これまでに牢獄から解放された脳無は一人として存在しない。それは何故か? 超人社会の平和を守る為には、その方が色々と都合が良いからだ。仮にプロヒーローと警察によって呉島新が回収されたなら、まず間違いなく同じ運命を辿るだろう」

 

「でも、シンちゃんは何も悪い事はしてないわ!」

 

「そうだよ! 悪い事する前に救出する事ができたら、それは只の被害者でしょ!?」

 

「冤罪と誤認逮捕の被害者に対して、謝るどころか責め立てるプロヒーローが大勢いる、このヒーロー飽和社会でか? 悪い事は言わん。期待するだけ無駄だからやめておけ。雄英体育祭の騎馬戦で既に分かっているとは思うが、ヒーローサイドも多かれ少なかれ腐っている。まあ、それでも世間的には、世の中と平和の為になる腐り方だ。生地に酵母を入れなければ、美味いパンは作れないだろう?」

 

「「「「「「「「「「……ッ!」」」」」」」」」」

 

何か言い返したかったけど、何も言い返せなかった。他の皆もきっと、同じ事を思っていたと思う。イナゴ怪人3号の皮肉としか言い様の無いブラックジョークを笑い飛ばせる人も、この中には一人もいなかった。

 

「理解したか? それはもはや、何かするしないの問題では無い。超人社会は『改造人間』を、平和を脅かす“恐怖の対象”とし、存在そのものが“脅威”であり“悪”だと決定した。超常黎明期に、人間が超人を平和を脅かす“恐怖の対象”とし、存在そのものが“脅威”であり“悪”だと決定した様にな。

しかも、呉島新はオールマイトの力を取り込み、オール・フォー・ワンによって未だかつて無い進化を遂げ、『個性特異点』以上に特異な存在へと昇華しつつある。人がそれを唯一の、そして極めて危険な存在だと判断するのは当然だ。平和な世界にそんな異物は必要ないのだからな」

 

「~~~ッ! そうしたのはお前達だろッ!! お前達の所為でそうなったんだろッ!! 一番悪いのはお前等だろッ!!」

 

「その通りだ。そして、それこそが呉島新を攫い、改造を施した三つ目の理由だ。それはオールマイトとの戦いに負けた時に必ず起こる。勿論、我々は勝つつもりだ。しかし、負けたとしても“平和の象徴”たる力が、我々に向けられる事が無い様にしたのだ。

救うべき被害者にヴィランのレッテルを貼る事で平和を保とうとするこの社会は、現時点でオール・フォー・ワンに届く唯一の力を持つ者に、平然と汚名を着せて闇に葬るだろう。つまり、『我々の脅威となる力の排除』を、他ならぬお前達ヒーローサイドがやってくれると言う訳だ」

 

イナゴ怪人3号は言う。全ては計画の内だと。こうなる為に布石を打っていたのだと。

 

コレまでに相対してきたヴィランとは明らかに別格の、ヒーローサイドの動きさえ利用する“真に賢しいヴィラン”が仕掛けた知謀に、皆が絶句していた。

それは二重三重に仕掛けた罠で獲物を絡め取り、気付いた時には雁字搦めにして動けない状態を作り出す、老獪な蜘蛛を彷彿とされた。

 

「お取り込み中ゴメンねーーー。そろそろ、緑谷君の診察の時間なんだけど……」

 

「む? 済まない。お騒がせして申し訳なかった。これにて失礼する」

 

僕の診察に来たらしいお医者さんがドアをノックし、病室の中の僕達に声を掛けると、イナゴ怪人3号はやけにあっさりと病室から出て行った。

 

「ま、待てッ! 話はまだ……!?」

 

「いないぞ! 何処に行った!?」

 

目を離したのは一秒にも満たない時間だったにも関わらず、病室の外にイナゴ怪人3号の姿は何処にも無かった。混乱する皆を他所に、切島君が僕の耳元でボソッと呟いた。

 

「……八百万には昨日、話をした。行くなら即行……今晩、病院前で待つ」

 

「!!」

 

その後、イナゴ怪人3号が病院に出現した事を、飯田君が警察に通報していた。通報を受けた警察と周辺のヒーローが病院に到着したけど、入院している患者さんに配慮して、ショッピングモールの時の様な大きな騒ぎにはならなかった。

 

クラスの皆は近くの警察署で、病室でのイナゴ怪人3号とのやりとりを話しているらしいけど、ベッドを吐瀉物まみれにした僕は体調が優れない事を理由に、事情聴取は後日にして貰った。

 

「………」

 

今回『ワン・フォー・オール』の無茶な使い方が続いた所為で、お医者さんから両腕に大きな爆弾を抱えてしまった事を告げられたけど、取り敢えず今日で退院できる程度まで怪我は治癒しているらしい。

精神的に不安定な僕に、「あまり思い悩まず前向きに」……と、洸汰君が僕に宛てて書いた手紙をお医者さんから渡され、それを病院の屋上で読んだら、ほんの少しだけ心が軽くなった様な気がした。

 

「洸汰君……」

 

「『やれやれ、何時にも増して冴えない顔をしているな』」

 

「!?」

 

僕以外に誰もいない筈の病院の屋上で急に横から声を掛けたのは、全身が真っ黒で赤い複眼をしたイナゴ怪人だった。

 

「『やっぱ、手土産くらいは用意するべきだったか? 入院した男子高校生への手土産と言えばエロ本が定番らしいが、コイツ等も体育祭で嫌と言うほど有名になっちまったからなあ……』」

 

「……もしかして、あっちゃん?」

 

「『ああ、俺は呉島新だ……って言っても、これは俺の未練って言うか……まあ、残留思念ってのが、一番正しいんだろうな』」

 

「? どう言う事? イナゴ怪人を通して、僕と話してるんじゃないの?」

 

「『違う。どうもイナゴ怪人3号は、テレパシーで俺やイナゴ怪人達の居場所を正確に探知しているらしくてな。出来るかどうかは賭けだったが、シグマウィルスに感染したミュータントバッタの卵からBLACKなミュータントバッタを生み出して、新しいイナゴ怪人を作ってみたんだ』」

 

「……そうか。生まれてからゾンビ化した場合、ゾンビ化する前に探知されるけど、卵の段階からゾンビ化していれば……」

 

「『ああ、イナゴ怪人3号のテレパシーによる探知から逃れられると思った。その代わり、此方からもイナゴ怪人3号や、本体の俺を感知する事は出来ないみたいだがな。

要するに、俺自身の意志で生み出したこのイナゴ怪人BLACKに、俺の未練が入ってるって感じなんだ。コレも“個性”伸ばしの特訓の成果ってヤツだな』」

 

「………」

 

目の前に居るのは、紛れも無くイナゴ怪人だ。でも、中身は明らかにあっちゃんだ。

 

今、僕が一番会いたくて、一番話したかった相手なのに、いざとなると何を話して良いのか分からない。突然の出来事である事も手伝って僕が戸惑っているのを察してか、あっちゃんの方から話を切り出してきた。

 

「『俺さ、常々通夜とか葬式とか、普通は逆なんじゃないかって思ってたんだよ。だって、死んでから知り合いに集まって貰っても、死んだ本人には何も分からないだろ? 自分が死ぬ前に会って、話したい事を話しておく……それが“理想的な引き際”だと思わないか?』」

 

「いや、それは……」

 

「『分かってる。実際にはそんなのは無理だ。でも、頭の中をかき混ぜられて、俺が俺で無くなっていく事を自覚した俺は、それがどうしようもなく怖かった。誰にもさよならを言えずに、それを考える事さえ出来なくなるのが、どうしようもなく怖かった。俺がこんな形でお前の前に現われたのは、つまりはそう言う事だ』」

 

「……あっちゃんはさ。ずっと一人でヴィランと戦ってたんだよね?」

 

「『ああ。ハチ女にコブラマンにイナゴ怪人4号と3号……ハチ女の分身体も含めれば、全部で20位だな』」

 

「……僕はさ。ヴィランを一人倒すのが精一杯で、クラスの皆を救けるつもりで、実は皆が僕を救けざるを得ない状況を作っただけで……成長したつもりで、本当は全然変わってなくて……」

 

「『………』」

 

「本当に、僕が後継者で良かったのかなって……もしも、あっちゃんが後継者だったら、かっちゃんだって……あっちゃん自身だって……ッ!」

 

「『……あのな、出久。これはきっと、なるべくしてなった事なんだよ。連中は俺が後継者だと思い込んだ。それで俺は勘違いで攫われた。その結果、超人社会に平和をもたらす為の力は守られた。これはきっと、そう言う運命なんだと思う。お前の命を、未来に運ぶ為のな……』」

 

その言葉に怨みは無かった。後悔も無かった。それどころか、この結末に何処か満足している様に思えた。でも、それがとても辛かった。

いっそのこと、「お前のせいでこうなったんだ」と罵倒されたり、「お前はオールマイトの力を受け継ぐに相応しくない」と否定された方が、ずっと楽だったかも知れない。

 

兎に角、謝らなくちゃいけないと思ったその時、イナゴ怪人BLACKの体がつま先から徐々に分解され、無数のミュータントバッタに変化して病院の屋上から飛び立ち始めていた。

 

「『……限界か。いや、確かにせめて父さんと出久には……と思ったケドな』」

 

「限界……って、どう言う事? 何を言ってるの?」

 

「『言っただろ。このイナゴ怪人BLACKの体に宿っているのは、俺の“さよならが言えない未練”だ。その未練が無くなれば、この肉体を支配するのはイナゴ怪人BLACKの意志だ。“全てのガイボーグを倒せ”と言う、俺の命令を守ろうとする意志がな』」

 

イナゴ怪人BLACKの異変について説明する間にも、イナゴ怪人BLACKの体は見る見る内に分解され、両足がもう無くなっていた。それは、辛うじて形を保っていたモノが、遂に限界を迎えて自然に崩壊していく様だった。

 

「『後の事は、このイナゴ怪人BLACKが何とかする。厳しい戦いになるだろうが、全てのガイボーグは必ず倒す。だから、お前は逃げて、耐えて、力を蓄えろ。オールマイトみたいに、雄英を卒業したら外国に行くのも良いと思う。間違っても俺を救けようなんて考えるな。他の皆には……まあ、何とかよろしく頼む。特に、八百万は最後に騙して悪かったって言っといてくれ』」

 

やや早口で話すイナゴ怪人BLACKの右手には、GPSの受信デバイスらしき物が握られていた。悪かったと言う当たり、八百万さんをどうにか騙して作って貰ったらしい。

受信デバイスを握る右手が分解され、受信デバイスがミュータントバッタの群れの中に溶けていく。腕と胴体が完全に分解され、完全に消えるのは目前に迫っていた。

 

「待ってよ……まだ、これからだよ。ハロウィンとか、クリスマスとか、文化祭とか……今までで一番楽しくなりそうなイベントが、これからまだまだ一杯あるんだよ? それに、飯田君と約束したでしょ? インゲニウムや飯田君の体を治すんでしょ? 他にもまだやり残した事が一杯あるでしょ? これで……何の未練も無い訳がないでしょ!?」

 

「『………』」

 

少しでもあっちゃんの未練を留める事が出来れば、きっとイナゴ怪人BLACKの支配率が変わって元に戻る。僕が思いつく限りの言葉を尽くして説得するけど、イナゴ怪人BLACKはもう、頭が右半分しか残っていなかった。

 

「――消えるなよッ!! あっちゃんッ!!」

 

「『……いや、さよならだ。“我が友(いずく)”』」

 

イナゴ怪人BLACKの体が完全にミュータントバッタの群れに置き換わると、ミュータントバッタの群れは僕を一瞥する事も無く、青空を黒く染めながら彼方へと飛び去っていった。

 

全てを終わらせる――それが自分達の全てなのだと、僕に言うかの様に。




キャラクタァ~紹介&解説

オールマイト
 刻一刻と最後の戦いが迫る№1ヒーロー。原作を遙かに超える戦力を保有する『敵連合』が相手でも、彼は怯む事も迷う事も無く、果敢に立ち向かって行くだろう。それが自分にとって、最後のヒーロー活動になると知っていても……。
 かつてのオール・フォー・ワンとの戦いで、お師匠こと志村菜奈がオールマイトをグラントリノに託した様に、オールマイトはサー・ナイトアイにデク君の事を託した。原作では神野の戦いで死を覚悟していた事が後に判明するが、その場合彼はデク君をどうするつもりだったのだろうか?

緑谷出久
 精神的には最もマジヤベーイ事になっている原作主人公。悪夢の中で助けを求める幼馴染みの声とか、オールマイトの“個性”の秘密とか、勘違いで幼馴染みが攫われて改造されたとか、『突然変異』だと勘違いされてマミーの家系を調べられていたとか、攫われた幼馴染みがイナゴ怪人を新しく作ってさよならを言ってくるとか、病み上がりなのに色々ありすぎて本当に困っちゃう。
 実際に出久ママの家系に、増強系の“個性”持ちが居るのかどうかは不明。でも、入学時に雄英に提出した「個性届け」には、『突然変異』の“個性”だと記載していると思う。考えてみれば、この世界の登場人物で一番ヤベーのは、トレーニングとそれに合せた食生活で、一時期とは言えオールマイト化した出久ママなのかも知れない。

切島鋭次郎&轟焦凍
 原作でも「警察やその道の専門家をアテにせず、未熟な自分達の力で解決しよう」と言う、冷静に考えて相当に無茶な事を提案した二人。ぶっちゃけ、仮免講習会で登場した間瀬垣小学校のクソガ……もとい、児童とよく似た発想をしている様にも思える。
 そんな作者の不満を解消する目的もあり、この世界では「シンさんに関しては、ヒーローや警察に救出される前に救出しないと、かなりヤバい事になるのでは?」と言う推測から救出作戦を提案。正確には「救出」と言うより、「自力で脱出する手伝い」をするつもり。

イナゴ怪人3号
 今回はオール・フォー・ワンの使いっ走り。復活したイナゴ怪人4号に「ひとっ走り、付き合えよ」と言って、二人で病院へ来ていた。オリジナルであるシンさん製イナゴ怪人の「嘘を言わない性質」まで模倣したのか、話し合いでもハッタリは使わない。
 聞き捨てならない台詞が満載のネタバレオンパレードをかましたと思ったら、一瞬の隙を突いてさっさとアジトに帰った。ちなみに病院内では余りにも堂々としていた事から、周囲には全く怪しまれなかったとか。

イナゴ怪人BLACK
 前にゼクロスが“最後のイナゴ怪人”とか言ってたケド、やっぱり増えた。『序章』のIFルートとはやや異なる経緯で誕生したが、「裏切り者のワーム」である事に変りはない。ハッキリ言って、素のスペックではイナゴ怪人3号を筆頭としたガイボーグ軍団に敵わないので、デク君の挨拶が済んだ後は、ちゃんと「準備」をしてから戦場に向かった。

呉島新
 オール・フォー・ワンに色々と勘違いされたまま、脳改造と魔改造を施された怪人主人公。本体は繭の中で爆睡中であり、イナゴ怪人BLACKを介して登場したのは、シンさんの残留思念と言うべき未練の塊。バッタの塊を使って実体を得たゴーストと言う見方も出来る。散り際は完全に『HELLSING』のアーカードだけど気にするな。
 投与された“個性”は、最終的に全部“個性”『バッタ』の餌になった。“個性”を食えば食うほど強くなるとか『HUNTER×HUNTER』のメルエムを彷彿とさせるが、考えてみたらイナゴ怪人の行動や性格は、コイツの直属護衛軍を参考(正確にはその一つ)にしたんだったわん。



『ワン・フォー・オール』の秘密
 原作ではA組の中でかっちゃんだけが『ワン・フォー・オール』の詳細を知っているが、この世界ではイナゴ怪人3号によって、逆にかっちゃん以外のほぼ全員が知る事になってしまった。但し、その継承者に関して、盛大に勘違いされている。
 そして、『ワン・フォー・オール』の正当継承者であるデク君は、今後原作よりも遙かに安全な学校生活を送れるようになったと言えるだろう。ありがとう、イナゴ怪人3号(白目)。

改造人間の処遇
 現在、原作で『脳無』の素体として判明しているのは二名だが、内一名が一般人だと思われる事を考えれば、脳無の中には相当数の“罪の無い被害者”がいる可能性は高い。そして、それを警察やヒーロー公安委員会が知らない筈も無く……。まあ、「被害者だと分かっていても、体と心を元に戻す方法が無い」のが、脳無を牢獄から解放出来ない最大の理由だろう。大義の為の犠牲となれ……。
 スピンオフの『ヴィジランテ』を見る限りでは、肉体を改造されても釈放されるケースがあるようなので、「自我や悪意が有るか無いか」で処遇を決めている様に思える。しかし、カマキリマンは兎も角、ウナギボーイは改造の影響で喋れなくなっている様な気がするが……。



あとがき

今回はここまで。次回は劇場版のお話も一緒に投稿します。出来ればアニメ第4期が始まる前に、連載を終わらせたい所です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。