怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

49 / 70
大変長らくお待たせしました。思ったよりも話が長くなった結果、一話を二話に分割した、二話連続投稿になります。マタンゴの活躍を希望していた読者の皆さん。マタンゴは次話で活躍しますのでご容赦ください。

前回のイナゴ怪人・ペニーワイズフォームが思ったよりも好評で良かったと思う反面、『フロッグマン』の様に、発情して逆レする梅雨ちゃんを望む感想にGoodが思ったより付いていて、作者はどうしたら良いのか分からなくなってしまったワン。シンさんと梅雨ちゃんの18禁小説とか『スピーシーズ』みたいになる様な気がするんですがねぇ……。

今話からアニメ第三期の時間軸に突入しますが、劇場版『2人の英雄』の出来事が起こったと仮定して話を進めていきますので、その辺はご容赦下さい。劇場版はTUTAYAでレンタルされたら、いずれ番外編で書きます。

2019/3/2 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


第36話 鍛える夏

麗日から連絡を受けた後、ショッピングモールは駆けつけたヒーローや警察の手によって封鎖され、死柄木と接触した出久は塚内さんから警察署での事情聴取を受ける事になった。

幸いな事に、死柄木による被害はゼロで終わっていた為、ショッピングモールの閉鎖は直ぐ解除されたものの、俺達は即座に家路に着く事になった。個人的には出久が心配で付き添いたかったのだが、塚内さんから家に帰る事を強く言われては仕方が無い。

 

「……と、まあ。そんな事があって、ヴィランの動きを警戒し、例年使わせて頂いてる合宿先を急遽キャンセル。行き先は当日まで明かさない運びとなった」

 

「「「「「「「「「「えーーーーーーーーーーーッ!!」」」」」」」」」

 

「もう親に言っちゃってるよ……」

 

「故にですわね。話が誰にどう伝わっているのか、学校側が把握できませんもの」

 

「むしろ、合宿自体をキャンセルしないの、英断過ぎんだろ!」

 

そして、林間合宿は多少の変更こそあるものの、中止にはならず決行する学校側の決定に、クラスの皆は驚きつつも安堵の表情を浮かべていた。まあ、今回の合宿の目的が「俺達生徒の強化」である事を考えれば、学校側としても林間合宿は「可能な限りやっておきたい」と言うのが本音だろう。

 

「てめェ、骨折してでも殺しとけよ」

 

「ちょっと、爆豪。緑谷がどんな状況だったか聞いてなかった? そもそも公共の場で“個性”の使用は原則禁止だし」

 

「知るか。取り敢えず、骨が折れろ」

 

「かっちゃん……」

 

「………」

 

そして、期末試験を協力してクリアしたと言うから、少しは仲良くなったのかと思えば、全く変わっていない様子の幼馴染み二人のやり取りを聞きつつ、色々な事があった波乱の一学期は幕を閉じた。

 

かくして、天下の雄英もおよそ一ヶ月と言う長期に渡る夏休みに突入し、期末試験で赤点を取って補習を課せられた普通科や、発目の様に雄英高校以外に活動できる場所が無いサポート科。もしくは、“個性”を使用する為に学校の敷地や施設を借りたいヒーロー科の生徒以外で、この期間中に学校へ登校する者はまずいないだろう。

 

「いげっ!! 痛でぇええええッ!! よッ!! うあう! や、優しく! もっと、優しくしてくれよッ!!」

 

「だから、前もって『痛い』って言っただろ! ヒーローなんだから騒ぐんじゃないよ!!」

 

「んなこと言っても痛ぇモンは……おおうッ!! もっとッ! もっと優しくッ! あああああ! そこは駄目ッ! 駄目ッ! ダメェエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

 

「………」

 

まあ、そんな事とは全く関係無く、俺は夏休み初日からリカバリーガールと共に日本全国の病院を巡り、主に怪我をしたヒーローの治療に当たっている。言わずもがな、モーフィングパワーを用いた治療に慣れる為である。

そして、俺が担当しているのは急患で運ばれた現地のヒーローなのだが、何でも最近になって全国で複数の指定敵団体……つまりはヤクザが抗争か何かで壊滅し、その所為か海外から密輸していたと思われる拳銃等の武器が裏社会の間で大量に流れているそうで、このヒーローもそうした経緯で銃を入手したヴィランに撃たれたらしい。まあ、銃で何発も撃たれて、麻酔を使う時間的余裕が無い程の重傷にしては元気だが。

 

「おお! 患者の体内に残された銃弾がそのまま筋肉や血管に変化し、損傷箇所も瞬く間に復元されていく!」

 

「魔法か!? 魔術か!? いや、神の御業だ!!」

 

「素晴らしい! スーパードクター『ゴッドハンド・シン』の誕生だ! Happy Birthday!」

 

「…………」

 

そして、モーフィングパワーの治療を、虎の様な鋭い目で見つめるリカバリーガールに加え、病院の医師達にも見て貰っているが、何故か時間経過に従って見学者が多くなっている。何か医者っぽくない人も混じっているケド、この病院の後援会か何かだろうか? まあ、俺にはどうでも良い事だが。

ちなみに、モーフィングパワーを使うには怪人バッタ男にならなければならず、そうなると俺は言語による意思疎通が出来ない関係から、『強化服・弐式』のヘルメットを被った上にマスクを付けて活動している為、傍目から見てシュールにも程があるが、これでも俺は大真面目だ。

 

「……はい、終わりました。もう大丈夫ですよ」

 

「お、おお……。今度世話になる時は、お手柔らかに頼むぜ……」

 

「それなら今度は、麻酔が出来る程度の怪我に抑える事だね。……うん。大分上手くなってきたね。次は右手首を骨折した男子高校生だよ」

 

「? 同業者じゃない一般人ですが、いいんですか?」

 

「私の『治癒』じゃ、完全に元には戻せないからね。治癒した後の運動能力の低下や後遺症を考えると、アンタの方が適任さね。その辺の了承も本人から貰ってるから大丈夫だよ。何でも最後の夏を悔いなく過ごしたいんだとさ」

 

「……甲子園か何かに出るんですかね?」

 

「かも知れないね。この時期はスポーツ関係の怪我人が多いし」

 

世界総人口の約8割が超常の力を持ち、個々人が持つ身体能力の差が極端に広がた結果、現代において『スポーツ』はもはや過去のソレとはまるで異なるモノとなってしまったが、それでも毎年夏になると甲子園は開かれるし、サッカーのワールドカップだってちゃんと行われる。スポーツ競技における“個性”の使用は未だに根強い確執(特に異形系)があるものの、シーズン中は結構盛り上がっていたりする。

 

「しかし、ハードな仕事ですよねぇ。普通の『ヒーロー』なら、とっくに引退しているお年でしょうに」

 

「なぁに、今にアンタも私と同じになるさ。そもそも『ヒーロー』に休み何て有って無い様なモノさね」

 

「確かに……」

 

リカバリーガールは普段から定期的に全国各地の病院を飛び回っては、患者に“個性”を用いた治癒を施しているが、雄英が長期休暇を迎える夏期や冬期はそれが特に顕著になり、それこそ猫の手でも借りたいレベルの忙しさとなるらしい。

彼女が雄英に40年以上勤めている事を考えれば、本来ならとっくに引退して悠々自適な年金暮らしをする身分である筈なのだが、その身に宿す“個性”の希少性故にそれが出来ない。そう言う意味では、リカバリーガールもある意味オールマイトと同じく、生まれながらにして英雄たる素質を持った「ナチュラルボーンヒーロー」と言えるだろう。

 

しかし、生きている以上、人は必ず何時か死ぬ。年齢的にお迎えが何時来てもおかしくない事を考えれば、雄英としては治療に転用できる能力を持った生徒が見つかった今、リカバリーガールが存命している内にリカバリーガールの後継として教育しておきたい……と言う事なのだろう。

 

能力的に考えれば、内科等も兼任しているオールマイティなリカバリーガールと違って、俺はもっぱら外科専門になるだろうが、人によっては肉体が人間のそれと著しく異なる構造をしているケースもみられる超人社会において、患者の臓器や四肢の類も再生させる事が出来る能力は、リカバリーガール曰く「医者として喉から手が出る程欲しい能力」であるとの事で、その証拠に能力を説明された病院側はやたらと協力的だった。

 

「まあ、アンタが医者になろうがヒーローになろうが、“個性”使用の為には免許は必須だ。まずは仮免をしっかり取る事を考えるんだね」

 

「そうですね」

 

そう。俺がこうして“個性”を治療に使用できるのは、一重に医師免許とヒーロー免許を持つリカバリーガールが傍にいるからに他ならない。リカバリーガールがいない所でモーフィングパワーによる処置を行う為には、最低でも“個性”使用の免許が要る。

その点で言えば「緊急時における限定的な“個性”の使用許可」ではあるが、仮免を取れば“個性”を使った人命救助がヒーロー活動として認められる。そうなれば、保須市の時の様に警察の厄介になる様な面倒も起こらないと言う訳だ。

 

「それで無事に仮免が取れたら、どうだい? 私の所で『校外活動【インターン】』をやってみないかい?」

 

「インターン?」

 

「簡単に言えば、『職場体験』の本格版。仮免を取得した生徒が任意で行う活動で、一ヶ月以上の有償による就労。『相棒【サイドキック】』のお試し版って所さね」

 

「……つまり、プロと同格として扱われると?」

 

「まあね。もっとも、アンタは医師免許を持ってないから、活動そのものは今と大差無いがね。それじゃ、アンタの担当は次で終わりだ。これが終わったら、次の病院へ行くよ」

 

「次の病院って何処です?」

 

「関東医大病院」

 

……何か、嫌な予感がする。具体的には、怪人を解剖したがる本来なら死体専門のアブナイ医者が居るとか。

そんな得体の知れない不安を抱えながら、リカバリーガールと共に関東医大病院に向かう途中で、出久から一通のメールが届いた。

 

『峰田君と上鳴君が学校のプールで特訓しようって誘って来たんだけど一緒に行かない?』

 

行けねぇよ……。俺はクラスメイトとの夏休みのイベントを一つ潰し、共通した夏のメモリーを作れない事に涙しながら、断りのメールを送った。

 

そして、俺がリカバリーガールと二人で日本全国の病院をお遍路さんの様に行脚する毎日は、海外に浮かぶ巨大人工移動都市『I・アイランド』へ行く飛行機に乗る前日まで続いた。

 

 

○○○

 

 

私はイナゴ怪人1号! 本日も我が王、呉島新はリカバリーガールと共に、日本のヒーロー社会の頂点に君臨する大首領となる輝かしい未来の為、人間達を治療する術を死に物狂いで学んでいるッ!

しかし、その為に王は高校一年生の夏休みと言う貴重な青春の時を、妙齢とは名ばかりのBBAの傍で浪費する事を……強いられているのだッ!!

 

いや、王が目指す輝かしい未来の為には、そうしなければならない事は私もよく分かっている。むしろ、師事することが出来る能力と知識を持った人間がいる幸運を考えれば、喜ぶべき事だろう。

しかし、それとコレとは話が別だ。お前達も、自分が真面目にやっている傍で、そこら辺のなかよしクラブやナンパストリートにたむろする、口先だけのチャラいクズ共が、木よりも間抜けそうな雌を手当たり次第に引っかけてはラブホのハシゴをしたことを自慢していたら、相手の質はどうあれ腹が立つだろう? それと同じだ。

 

「それで、呉島君が来られない代わりに君が来た……と?」

 

「うむ。お前達もこの夏休みが終わった時に思い知るだろう。我が王が世界に誇る医学の神となる事でなッ!!」

 

「流石にそれは……」

 

「どうかな? 我が王は既に、銃弾を筋肉や血管を変える事に成功している。この調子ならば近い将来、人間の臓器や四肢を造る事も可能となり、臓器移植のドナー不足と言った様々な問題が軽く解決されるッ!! もはや、我が王の未来は約束されたも同然だッ!!」

 

そして、今の内に優秀な人材を我が王の軍門に下らせるべく、手始めに私は何かと怪我の多いデクと、兄が入院中のトリップギア・ターボに目を付け、彼等にとって是が非でも欲するであろう王の偉大な御力を語っている……様に見せつつ、離れた場所にいる6人の雌達の反応を複眼で確認していた。

 

このイナゴ怪人1号の調査によれば、人類の雄が雌を手に入れる為には「高学歴」「高身長」「高収入」の三つのアイテムを手に入れなければならないと言う結論が出ている。

我が王は雄英高校ヒーロー科に在学している事から「高学歴」はクリア。「高身長」もまず問題ない。残る問題は「高収入」だが、人類と言う脆弱な種が何時の時代も医者の世話になる事を考えれば、医者とは景気に関わらず儲かる職業と言えるだろう。

 

……ここまで言えば、私の言いたい事はもうお分かりだろう。

 

そう! 私は我が王がこの場にいる全ての雄をぶっちぎりで超越する社会的ステータスの持ち主である事を“さりげなく”アピールしていると言う事にッ!!

 

事実、ヒーローと言う職業は大きな矛盾を抱えている。ヴィランが幅を効かせる内は持て囃されるが、いざ平和が訪れれば途端に強大な力を持った異端者となって食い扶持に困ってしまう。

しかしッ!! 優れた医術を持っているならば、世界が平和であろうがなかろうが、まず食い扶持には困らんッ!! ヒーローとしての仕事よりも、イベントの仕事の方が多くなると言う事も無いッ!! 唯一無二の能力を持っているならば尚更だッ!!

 

さあ、人間共よ! その頭でよく考えろ! この中でふさわしいのは誰か! この中で貴様等が人生と忠誠を捧げるにふさわしいキングは誰かッ!!

これは「布石」だッ!! 黄金の様に輝く未来の為に、青春の一ページを破り捨てた我が王へ捧げる「貢ぎ物」だッ!! この私の献身はッ!! 我が王を今は遙か遠き理想郷へと導きッ!! いずれ世界は我が王の前に跪くッ!!

 

「……フフフフフ、ハァーーーーーッハッハッハッハ!!」

 

「み、峰田?」

 

「ならば……答えは一つッ!! 貴方達にぃいいい……! 忠誠をッ!! 誓おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」

 

しかし、現実とは中々思うようにはいかないものである。

 

私の話を聞いていたのか、エロ怪人グレープ・チェリーが気色悪い笑い声を上げたかと思えば、トリップギア・ターボが持ってきた差し入れのオレンジジュースの空き缶に、思いっきり膝を叩きつけ、凹んだ空き缶を片手にマジキチスマイルで忠誠を誓ったのだ。その笑顔は今までに相対してきたどんなヴィランよりも邪悪にして醜悪である。

 

「要らん。失せろ」

 

「な、何故だ!?」

 

「貴様の忠誠など、便所コオロギの死骸ほどの価値も無い。そもそも、普段から『スケベな女子大生が告白してこねーかなー』とか言ってる性犯罪者が、全く自重していない欲望丸出しの顔をして捧げる忠誠など、拒絶の一択しかあるまい」

 

「馬鹿野郎! オイラがお前達に捧げた忠誠には、嘘も誤魔化しも違法行為もねぇ! お前達の為ならオイラは馬車馬の如く働き、年中無休の超過勤労働だっていとわねぇぜ!」

 

「その代価は?」

 

「オッパイで出来た布団と枕を作って貰い、沢山のオッパイに圧迫された中で眠りたいッ!!」

 

「何と言う悪逆と涜神。やりたければ一人でやれ。そしてiPSだか、STAPだか、溶原性だかの細胞を研究しろ」

 

正に神をも恐れぬ至悪の所行。確かに、王の御力ならばそれが出来る様になるだろうが、便利な道具や能力を知った途端、即座に悪用を思いつくなど、やはり人類は地球上で最も愚かな生物であると言わざるを得ない。

 

「馬鹿野郎! 最近では『日本メス党』とか言う、色々とやかましい女が出てきて、今や女は男の自由に出来る存在じゃなくなってんだぞ! だからこそポルノ産業は日々進歩し、本物と同じ様な快感のあるエロチックな人造女性が次々と生まれてるんじゃねぇか! もはや女は男の自由にならねぇ時代なんだよ! 特にモテない男にはキツイ時代だって事は、お前のご主人様だって嫌って言うほど分かりきっている筈だ!」

 

「ヴァカめ! 我が王は貴様とは違うッ!! 女にモテたいくせに、女の敵になる事しかしない貴様と一緒にするでないわッ!!」

 

全く。自らの理想に遠ざかっていく原因が、他ならぬ自分自身にあると知っていれば、少なくとも今の様に「モテない→性欲を持てあます→変態行為に及ぶ→雌共に嫌われる→更にモテない→性欲を持てあまし、更なる変態行為に及ぶ」と言った無限ループに囚われる事も無かっただろうに。

……いや、仮に分かっていたとしても、この変態は同じ事をするだろうな。むしろ、モテない事を免罪符にして、更なる変態行為を繰り返すだろうと言う確信がある。

 

「サイテーね、峰田ちゃん」

 

「いや、これって最低で済まされる事なん?」

 

「……まあ、確かにガンなどが原因でその……辛い思いをしている人達に希望を与えられるとは思いますが……」

 

「でも峰田を関与させる必要無いじゃん。要らないじゃん」

 

「てゆーか、それ以上の事も考えてそうなんだケド……」

 

「ぶっちゃけ、『敵連合』よりヤバくない?」

 

おっと、ここで『変態ブドウ被害者の会』のメンバー達の参戦だ。エロ怪人の要求がエスカレートしていくだろう未来を見事に看破し、その視線はかつてセロファン・バイシコーがクリエティに自転車をせがんだ時以上に冷たく、もはや繁殖可能な同種の雄を見ているとは思えない。

 

「何だよ! オイラは間違った事は何一つ言ってねぇぞ! むしろ、決して手の届かない本物を追い求めるのを止めて、偽物で我慢するってオイラの英断を讃えてくれたっていいじゃねぇかッ!!」

 

「偽物か……ならば貴様は仮に自分の複製を勝手に造られて、それが他者の欲望に利用されていたとしたらどう思う?」

 

「メッチャ興奮するッ!!!」

 

「……美女や美少女が性的に利用するとは一言も言っていないが?」

 

「うるせえ! その方が精神衛生上、良いに決まってんだろうが!!」

 

「ええい! 貴様もヒーローを志すならば、人道に背く悪逆と涜神に耽る事を恥じるべきであろうが!!」

 

「……ねぇ、怪人が人間に人道を説くってどう思う?」

 

「世も末ね」

 

「確かに」

 

「さあ、思い出せ! そして汚れを知らぬ幼少期に、初めて英雄達の活躍を見た時の感動と感想をここで吐露するのだ!!」

 

「オイラが初めてヒーローを見た時に思った事……? それは……それは……ッ!!」

 

「それはッ!?」

 

「巨乳の女ヴィランのきわどいコスチュームが破れておっぱいが露になったり、どんなアクシデントを起こせば自然におっぱいに触れるかって事だったぜぇええええええええーーーーーーーーッ!!」

 

「……ちなみに、それは何時の話だ?」

 

「4歳ッ!!」

 

「輪廻を転生し、涅槃へ辿り着く事をオススメする」

 

やはり、人類は自らの過ちにさえ気付けぬ愚かな種族ッ!! 貴様等に、禁断の(青い)果実は渡さない……ッ!!

 

そして、このゴミムシの愚考の所為で、我が王が積み上げてきた威光が地に堕ちる事を私は恐れたが、見渡す限り我が王がゴミムシの言う様な悪逆と涜神を実行する事を疑う表情を浮かべる者は皆無であった。雌どころか雄でさえも。

 

フハハハハハ!! 見たか、エロ怪人グレープ・チェリー!! これが我が王にあって貴様にはない『信頼』と言う絆のなせる業よ!!

 

「皆悪ぃ! 爆豪連れ出すのに手間取っちまって……って、何だこの空気」

 

「気にするな。只の修羅場だ」

 

そして、ボンバー・ファッキューと烈怒頼雄斗が戸惑いつつも遅れて合流。これは「頑張っているところを人に見られたくない系男子」であるボンバー・ファッキューを引っ張ってきた、烈怒頼雄斗のコミュ力の賜物だろう。

この後、闘争心の塊であるボンバー・ファッキューの発言を切っ掛けに、仕切り直しの意味も込めて、雄達の中で「誰が一番早く50mプールを一番早く泳げるか?」と言う競争がトリップギア・ターボから提案されたのだが……。

 

「“個性”は? 使っていいの?」

 

「学校内だから問題は無いだろう。但し、人や建物に被害を及ぼさない事!」

 

「……いや、待つのだトリップギア・ターボ。それでは人によっては地面が水面に変わっただけで『“個性”把握テスト』の50m走と大して変わらん。折角プールを借りたのだから、それを活かしつつ、より実戦的なレースにするべきだとは思わんか?」

 

「む? 言われてみれば確かにそうだが、具体的にはどうする?」

 

「安心しろ。私に良い考えがある」

 

かくして、私は合理的な意見には耳を傾けるトリップギア・ターボを丸め込む事に成功し、“個性”の使用が許されたレースは更なる進化を遂げた。

 

「助けてくれぇえええええええええええええええええええッ!!」

 

「ヘェエエエエエエルプ!! ヘルプ・ミィイイイイイイッ!!」

 

「救命阿ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

「……『救命阿』って、何?」

 

「『助けて』の中国語だ」

 

「なるほど! 複数の国家の言語を使用する事で、外国人の助けを求める声も聞き逃さない様にしようと言う事か! 流石だ!」

 

そう! 我々イナゴ怪人が要救助者となり、プールの中央で実際に溺れる! これにより、よりリアルな救助を経験する事が出来き、雄共は更なる高みへと至る事が出来るだろう!

 

「助けろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「死ぬぅうううううううううううううううううううううううううううッ!!」

 

見よ! 溺れてパニクった感じを忠実に再現し、烈怒頼雄斗の首を締め付ける様にしがみつくイナゴ怪人Xを! 正に本番さながらの超実践的救助訓練レースの完成度の高さに、誰もが息を飲み、完全に言葉を失っている。

 

……何? 傍から見れば「生者をほの暗い水底の向こう側にある冥府へ、無理矢理引きずり込もうとする怨霊」にしか見えない? 気にするな。夏に化物は憑き物……もとい、付き物だ。この光景はいずれ『雄英七不思議』として末代まで語られるだろう。

 

「悪ぃが、少し冷えるぞ」

 

「轟は……なるほど、氷で船を……」

 

「考えたな」

 

「大丈ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー夫ッ!!」

 

「飯田君は……何か、海の神様みたいだね……」

 

「アレもう飯田の持ちネタになってるよな。オールマイトの『私が来た』みたいに」

 

「峰田は……なるほど、もぎもぎを……って、アレ?」

 

「フ……何も思いつかなかったぜ!」

 

「無策かよ!! 片付けろ!!」

 

一方で、半分こ怪人Wの様に“個性”の特性を十全に理解し、工夫する事で救助をスムーズに行う者も居れば、トリップギア・ターボの様に力技に近い形で突破していく者。或いは、エロ怪人の様に溺死させてしまう者もいる。

 

「RUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA……」

 

「「「「「「「「「「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」」」」」」」

 

そして、イナゴ怪人スカイが溺死した事で、肉体が無数のミュータントバッタに分離し、プールの水面に膨大な数のミュータントバッタの死骸が浮かぶ大惨事が発生。

夏休みの午前中に学校のプールで遊んだ経験のある者なら、誰しもが目の当たりにする地獄を遙かに超えた光景が顕現した事で、この場にいる全ての人間が絶叫し、絶望の悲鳴を上げている。

 

「17時。プールの使用時間はたった今……おい、何が起こった?」

 

「見て分からんか? プールを利用した救助訓練レースで、エロ怪人が要救助者に設定したイナゴ怪人スカイを殺したのだ!」

 

「……分かった。コレの後始末は峰田がやれ。残りは皆帰れ」

 

「コレを全部オイラだけでやるんすか!?」

 

「人を一人殺してしまったと思ってやれ。良いな?」

 

「ちょっと、待て! 俺がまだ――」

 

「……何か言ったか?」

 

「「「「「「「「「「何でもありませんッ!!」」」」」」」」」」

 

どうやら、思いの外時間が掛かっていたらしく、ボンバー・ファッキューを含めた数人の救助レースが行われないまま、救助レースは強制的に幕を閉じた。

ボンバー・ファッキューからは不完全燃焼の不満が、オーラとして全身から発せられているが、流石のボンバー・ファッキューも担任教師に刃向かうことはしないようだ。その憂さが、我々や王に向けられる形で晴らされない事を祈りつつ、私は雄英を飛び去った。

 

「王よ。何か、密会的なメールは届いていたりしないか?」

 

「え? いや、何も無いけど……」

 

「そうか……」

 

どうやら、今回蒔いた種はまだ芽吹かぬ様だが……まあ良い。今年の夏もまだまだ長いからな。

 

 

●●●

 

 

いよいよ待ちに待った林間学校当日。A組とB組合せて42人のヒーロー候補生が一堂に会し、これから短いながらも同じ屋根の下で共同生活を送る事になるのだが……。

 

「ええ!? 何々、A組補習いるの!? つまり、赤点取った人がいるって事!? ええ? おかしくない? おかしくない? A組はB組よりずっと優秀な筈なのに!? あるぇれれれれれれれれれぇえええええッ!?」

 

B組の物間はそんなつもりが全くない様で、合宿先に出発する前から補習を受ける6名はおろか、A組全員に対して争い火種をこれでもかと投げつけまくっていた。

物間のこうした積極的に不協和音を量産するスタンスには、全くと言って良いほど理解も納得も共感も出来ないのだが、それは物間を除いたB組の面々も同じらしく、拳藤が当て身を食らわせる形で物間を沈静化していた。

 

「物間、怖ッ」

 

「あ、B組の……」

 

「体育祭じゃなんやかんやあったケド、まぁ、よろしくね。A組」

 

「ん」

 

確かに体育祭ではなんやかんやあったな。主にイナゴ怪人が原因で。何故か決勝戦では女子が全員チアコスで俺を応援してくれたケド、その前のフォークダンスの時の彼女達のリアクションを考えると、その理由は今でもよく分かっていない。

 

「……A組だけじゃなく、B組の女子まで……。よりどりみどりかよ……!」

 

「お前、駄目だぞ。……もう遅い気もすっケド」

 

「放っておけ。眠らずに見る夢は総じて楽しいものよ。その内、自分が他人を選り好み出来る様な存在ではないと、選ばれさえすれば喜んで受けるべきだと嫌でも気付くだろう。繁殖が可能でさえあれば」

 

相変わらず、イナゴ怪人は峰田に対して辛辣であるが、言っている事はおおよそ同意出来る。まあ、俺も人のことは言えないが、俺の場合は呉島家の財産目当てとは言え、発目がパートナーに立候補しているだけまだマシ……なのか? 相手が相手だけにイマイチ断言する事が出来ん。

 

そして、バスに揺られて合宿先へ向かう訳だが、此処で問題となるのは、俺達A組は総勢21人。バスは左右に二席ずつあり、自慢では無いがこうした時には高確率で俺が余る事になる……のだが、意外な事に今回俺の席の隣には砂藤が座っていた。

しかし、ぶっちゃけた話、俺と砂藤は特に仲が悪いと言う訳では無いが、さりとて良いとも言えない微妙な関係である。たまに意見を求められたりはするし、全く会話したことが無い訳でもないが、特に共通した話題がない上に、体育祭の騎馬戦でイナゴ怪人の脊髄引っこ抜きを見せつけた事もあり、ちょっと話しかけづらいと言うのが本音だ。

 

「な、なぁ。チーズタルト焼いてきたんだが……いらん、よな……」

 

「……いや、是非とも頂きたい」

 

そう思っていたら、意外や意外。砂藤の方から俺に話しかけてきてくれた。しかも、美味そうなお菓子付き。早速、手作りのチーズタルトを口に運んでみると、タルト生地とチーズクリームが見事に調和しており、甘美な至福が俺の心を魅了する。

 

「うむ……正に、天国の味ッ!!」

 

「(パァアアア……)」

 

わーお、メッチャ嬉しそう。クラスでもかなり男らしい見た目の砂藤だが、その反応は無駄に乙女チックであり、その笑顔はまるでオールマイトの様だ。例えとしてどうかしているとは思うが、実際にオールマイトは時折、下手な女子よりも女子力が高い仕草をかましてくるので、これは決して間違いではない。

 

さて、想像以上に砂藤と友好的な雰囲気を構築する事に成功した訳だが、そうなると二人一組で余ったのは一体誰なのかと言えば、それは尾白である。しかし、そんな尾白の窮地を救う、救世主がこのクラスには存在する。イナゴ怪人だ。

 

「しかし、貴様とこうして話し合うのは初めてであるな! さて、到着まで如何して過ごすべきか。しりとりでは二番煎じで芸がないが……」

 

「ハハハ……(それって暗に『俺と特に話す事が無い』って事なんじゃ……)」

 

「音楽流そうぜ! 夏っぽいの! チューブだチューブ!」

 

「バッカ。夏といや、キャロルの夏の終わりだぜ!」

 

「終わるのかよ」

 

「夏の終わり……よし! それでは我々は、この夏休みの総集編を行うとしようではないか!」

 

「総集編!? 夏休みの思い出らしい思い出って言ったら『I・エキスポ』位なのに総集編!? いや、総集編って言うより、それはもはや再放送!!」

 

「じゃあ、夏休みの再放送だ!」

 

「夏休みの再放送とか意味不明過ぎるよ……他に何かないの?」

 

「そうだな……よし! ならばここは、お互いが考える『これから逮捕されそうなヒーローのランキング』を発表していこうではないか!」

 

「こ、これから逮捕されそうなヒーローのランキング!?」

 

「では私から行くぞ! 第1位! エ――」

 

「ちょ! ちょっと、待って! 何かそれ駄目! 何か他の! 他のにしよう!」

 

「ええい、ワガママな奴め。それならば、お互いが考える『ヴィランと内通していそうなヒーローのランキング』に変更する! これでどうだ!」

 

「ヴィランと内通していそうなヒーローのランキング!? いや、これでどうだって、何がどうって感じなんだけど!?」

 

「では行くぞ! 第1位! ホ――」

 

「ちょっと! それも駄目! それも駄目! 何か無駄に物凄くガチっぽい! ヤバい臭いがプンプンする!!」

 

……いや~、尾白も中々に楽しそうで何よりだ。

 

まあ、イナゴ怪人達の視点から考察されたヒーローのランキングは気になる所だが、少なくともこの場で聞く勇気は俺にもない。嘘を言わないイナゴ怪人の事を考えると、尾白の言う通り非常にガチっぽく、あながち外れているとも言えないからだ。

 

 

●●●

 

 

バスの中で各々がそれなりに楽しい時間を過ごしていたものの、相澤先生が言った通りに出発から約一時間でバスが停車。トイレ休憩かと思って全員がバスの外に出たが、バスが停車した場所は山中のちょっとした駐車スペースであり、トイレさえも存在しない辺鄙な場所だ。だが、それ以上に俺が気になっているのは……。

 

「あっちゃん。アレって……」

 

「ああ、間違いなく『サイクロン』だ。しかし、何で此処に?」

 

「何の目的も無くでは、意味が薄いからな」

 

「トトト、トイレはぁ……?」

 

俺の質問に答えている様で答えていない相澤先生を疑問に思う一方、トイレが無いお陰で下半身のダムが決壊寸前の峰田の表情はヤベーイ事になっている。

 

「よーーーう、イレイザー!!」

 

「ご無沙汰してます」

 

そして、峰田の決死の質問にも相澤先生はまともに取り合わず、代わりにサイクロンの横に停車していた車の中から現われた二人の女性に頭を下げた。脂汗をかく峰田の顔色は土気色でマジヤベーイ事になっている。

 

「煌めく眼でロックオン!」

 

「キュートにキャットにスティンガー!」

 

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

 

「今回お世話になるプロヒーロー『プッシーキャッツ』の皆さんだ」

 

「連盟事務所を構える4名1チームのヒーロー集団! 山岳救助などを得意とするベテランチームだよ!」

 

「「!!」」

 

「キャリアは今年で12年にもなる……「心は18ッ!!」へぶッ!!」

 

「……心は?」

 

「じゅ、18ッ!!」

 

「「(必死かよ……)」」

 

……まあ、気持ちは分かんでもない。よく考えてみれば、人生はおっさんやおばさんになってからの方が圧倒的に長い。キャリアが12年って事は、高校を卒業した時が18とすれば少なくとも今年で30――。

 

「……何か言った?」

 

「何を?」

 

おっと、流石に鋭いな。これからお世話になる事を考えると、下手な事は考えないようにした方が良さそうだ。不興を買うと私怨でどんな目に遭うか分からない。

 

「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設は、あの山の麓ね」

 

「「「「「「「「「「遠ッ!!」」」」」」」」」」

 

「……え? じゃあ、何でこんな半端なトコに……」

 

「これってもしかして……」

 

「いやいや……」

 

「ハハ……バス、戻ろうか? な? 早く……」

 

「そうだな……」

 

宿泊施設から遠く離れたこの場所にバスが止まった意図に気付き、クラスの大半がこれから起こる理不尽を想像してか、ゆっくりとバスへ戻ろうとする。まるで、山の中で熊に出会ったかの様な動きだが、生憎と相手はキャットな装備を身に付けた人間である。

 

「今は午前9時30分。早ければぁ……12時前後かしらぁ?」

 

「駄目だ……オイ……」

 

「戻ろう!」

 

「12時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」

 

「ほう……それはまた、随分と舐められたモノよな」

 

嫌な予感が確信に変わり、皆がバスへ殺到する。その場から動いていないのは、俺とイナゴ怪人だけだ。ちなみに、俺は逆らうだけ無駄だと思っているから動かないだけで、大胆不敵な発言をするイナゴ怪人は何時もの事なのでどうでも良い。

 

「悪いね、諸君。合宿はもう……始まってる」

 

そして、案の定その場から我先にと逃げた者から、真っ先にピクシーボブの“個性”によって生まれた山津波に為す術無く飲み込まれ、そのまま崖の下へと落下していった。

 

「私有地につき、“個性”の使用は自由だよ! 今から三時間! 自分の足で施設までおいでませ! この『魔獣の森』を抜けて!!」

 

――俺とイナゴ怪人を残して。

 

「……え? 俺は?」

 

「お前の場合、巨大化すればすぐに辿り着ける。流石のピクシーボブも40mもある相手を足止めするのは無理だ。つまり、お前に便乗すれば他の奴等もこの森の突破は容易い。それじゃあ、強化合宿の意味が無い」

 

「なるほど」

 

「よって、お前の課題は別に用意してある。イナゴ怪人達にもな」

 

「ほう、面白い。望む所だ」

 

またもや、俺一人だけがクラスの皆と違う事をしている事に若干トラウマが刺激されるが、与えられた課題はこなさなければならない。

ちなみに、イナゴ怪人は意気揚々と与えられた課題をこなすようで、相澤先生から何事か言われた後に何処かへ飛び去っていった。

 

「さて、今日のお前の課題だが……お前のコスチュームはバイクをサポートアイテムとして使う仕様になっているんだったな?」

 

「ええ。『S.M.R.』は本来、コスチュームである強化服と、サポートアイテムであるサイクロンの二つが揃って初めて十全な性能を発揮する設計ですから、サイクロンが使えない状態だと想定よりも半減って所でしょうね」

 

「今回の合宿は二年生の前期で習得予定だった『緊急時における“個性”行使の限定許可証』。ヒーロー認可資格の『仮免』を取る為のものだ。主に自衛が目的だが、『仮免』を取得すれば、より本格的・長期的にヒーロー活動に参加する事が出来る。

その為、仮にお前が取得出来たとしても、想定より半減した状態で活動するのは望ましくない。幸いな事に、お前は年齢制限をクリアしているから、『仮免』と同時に普通自動二輪免許の取得も同時に行う事が可能だ」

 

「それが俺の課題ですか?」

 

「そうだ。それと平行して、他の奴等と同様に“個性”の強化も行っていく予定だ。ぶっちゃけ、補習組と同じ位キツイぞ」

 

「コースはあっちの方に造っておいたよ。12時までに目標タイムをクリア出来なかったらご飯は抜きね!」

 

なるほど。これで『サイクロン』が此処に運ばれた理由が分かった。元々、ヒーロー免許の仮免と同時にバイクの免許も取るつもりでいたし、それは学校側にも伝えていた事なので、キツい事は覚悟の上だ。

 

「……ところで、此処にバイクについて教える事が出来る人っているんですか?」

 

「? お前の父親から研究所の敷地内でちょくちょくコレを運転していると聞いたが?」

 

「……いや、確かに動かし方とか起こし方とか、基本は一通り習いましたが……」

 

「だったら、とっととやれ。最低でも今日の15時までには目標タイムをクリアして貰うぞ」

 

いや、俺のポテンシャル信じ過ぎだろ。

 

ぶっちゃけ、俺がやっていた事はそれこそ「動かした」程度であって、「走らせた」事は一度もない。それこそ、普通の運転をウサギに例えるなら、俺の運転はカメだ。ハッキリ言って「運転している」とは言い難い。

 

「……ちなみに、イナゴ怪人達の課題はなんなのでしょうか?」

 

「B組全員との戦闘。具体的にはピクシーボブの様な足止めだ。分かったら、さっさとやれ」

 

「………」

 

何だソレは。つまり、今回の合宿に参加した42人の生徒の中で、全く違う事をしているのは俺だけと言う事ではないか。イナゴ怪人でさえ8人……いや、この間増えて9人が同じ事をしていると言うのに。

 

合宿初日から合法的にハブられる理不尽に涙が滝の様に出そうになるが、飯抜きが掛かっている以上、与えられた課題はこなさなければならない(泣)。

しかし、一人で黙々と作業するのは苦ではないが、流石に色々と考えてしまう。具体的には、「俺もイナゴ怪人達と一緒にB組と戦うのは駄目なのだろうか」とか、「クラスの皆はどうしているだろうか」とか、「そう言えば俺の正体を知ってるB組は神谷以外にいないんじゃね?」とか、「俺も皆で苦楽を共にしたかった」とか……。

 

そして、そんな事を考えながら運転していた所為か、ついうっかりギアとアクセルの操作を誤り、暴れ馬と化したサイクロンがウィリー走行を開始した。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「王よ! 大変なことが――」

 

「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

何とか体勢を立て直したものの、勢いの付いたサイクロンは簡単には止まらない。何の前触れも無くサイクロンの前に躍り出たイナゴ怪人1号を勢いのままに轢殺し、イナゴ怪人1号の五体は粉微塵に砕け散った。

 

「大丈夫か、王よ!!」

 

「大丈夫じゃねぇよ! めっちゃ怖かったわ!!」

 

もっとも、そんな事は些事だと言わんばかりに、イナゴ怪人1号は即座に復活。そんな不死身の怪人の案内で辿り着いた先には――。

 

「何だ……コレ……?」

 

プッシーキャッツの残り二人。ラグドールと虎の二人と、超弩級サイズのキノコがその極彩色で森を丸く塗りつぶした、この世のものとは思えぬ光景が待っていた。

 

 

○○○

 

 

それは、かつて中国で光る赤子が生まれたかの様に、何の前触れも無く突然この森の中に現われた。

 

「ファアアアアア~~……」

 

それは、ある男が幼少期に抱いた願いから生まれた突然変異のバッタの集合体が、ある少女の異能によって倒された末に残った、無数のキノコの塊……言うなれば「死体」から再誕した。

 

「フォッフォッフォッフォッフォ……」

 

外見は一言で言えば「人の形をしたキノコの集合体」。しかし、肉体を構成しているキノコをキノコに詳しい者が見れば、それがこれまでに人類が発見したキノコとは違うモノである事が分かるだろう。

二足歩行で移動するものの、動きは遅く反応も鈍い。しかし、一歩一歩足を動かす度に、その足跡からは通常では考えられないスピードで、肉体を構成するキノコと全く同じキノコが発生していた。

 

「フォッフォッフォッフォッフォ……」

 

周囲の植物を駆逐しながら、ゆっくりと探し物をするかの様に森の中を彷徨う怪物。森に住んでいた獣が一匹残らず森からの脱出を始め、遠くからやって来た鳥が森に近づきもしない状況を作り出しながら、怪物は樹液に群がる数匹のスズメバチに目を付けた。

 

「フォ~~~……」

 

ゆっくりとした動作でスズメバチに近づき、キノコの形をした大きな頭を振ると、無数の胞子がスズメバチに降りかかる。胞子を掛けられたスズメバチ達は何事も無かったかの様に樹液を啜っていたが、間も無く自分達の巣に帰った所で、時限爆弾の様にソレは動き出す。

感染した胞子が最初のスズメバチの体を浸食し、巣の中で瞬く間に増殖すると、胞子に二次感染した周囲のスズメバチ達が一斉に巣から飛び立ち、編隊を組んで円を描く様に飛行した後、等間隔で胞子に包まれて墜落した。

 

「ウヒヒヒヒハハハハハハ……」

 

そして、空き家となったスズメバチの巣から飛び出して来たのは、樹液に集まっていたスズメバチに胞子をかけた異形と同じ姿をした異形。それは、最初に巣へ胞子を持ち込んだスズメバチと女王バチ。それに幼虫と蛹の末路だった。

 

「フォッフォッフォッフォッフォッフォッフォ……」

 

「ヒヒヒヒヒハハハハハハハハハハハハハハハ……」

 

そして、怪物は仲間を増やしながら、明確な目的を持って歩き出す。追い込み漁をするかの如く、獲物の逃げ場をキノコで塞ぎ、不気味な笑い声を上げながらキノコで描いた円の中心へと距離を縮めていく

 

――その円の中心には、21人の人間がいた。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 高校一年生の夏休み前半を、BBAとの病院デートにつぎ込んだ怪人。単行本21巻を見たら、轟のニーサンが医療福祉を勉強しているらしいので、この際シンさんと絡ませるかどうか悩んだが、彼は女に現を抜かしているらしいのでシンさんと絡む事は無いだろうと思い、絡ませるのは止めた。
 前作の『序章』でも語られている通り、ヒーロー免許の仮免と同時にバイクの免許も取る予定だったので、仮免の取得が前倒しになった影響でバイクの免許も取得する事に。取得方法は運転免許試験場での一発試験。ちなみに作者が初めて取った運転免許も、運転免許試験場での一発試験である。

峰田実
 小説版によると小学生の頃からレンタルビデオ屋の18禁コーナーに出入りしては店員に止められ、国語辞典を引いて官能小説を読み込んでいた、ナチュラルボーンな変態。今回は『ビルド』のサイボーグ内海を筆頭に、『神様の言うとおり』の天谷武とか、『その後のゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男とか、色々な下ネタを混ぜ込んでいるのに、前述の経歴の持ち主故か、違和感が全く無い。
 それにしても、こんな男が日本最高峰のヒーロー育成校に在学しているとなれば、そりゃあ『敵連合』のガスマスクボーイみたいに「世の中おかしいだろ」と思うヤツが出てきても不思議ではないと思うの。

砂藤力道&尾白猿夫
 作者が小説版ではなく『すまっしゅ!!』ネタを採用した事で出番が出来た二人。『すまっしゅ!!』で砂藤は轟と絡んでいたが、小説版を見て青山の存在を思い出した作者が轟と青山を相席にした結果、砂藤はシンさんと絡む事に。また尾白は一人寂しくしていたが、この世界にはイナゴ怪人がいるお陰で寂しい思い“は”していない。やったね!

イナゴ怪人(1号)
 相変わらず、主人の居ない所で色々と暗躍している怪人。物語がキング・クリムゾンしている影響で、半ばディアボロ化している。今回はエロ怪人の所為で失敗したが、もしも今回の件でシンさんに悪い噂が立ったら、エロ怪人に対して考えつく限りのオゾマシイ報復を行っていた。



アニメオリジナルのプール回
 主人公、まさかの欠席。そしてイナゴ怪人1号の一人称視点と言う異常事態。作中でイナゴ怪人1号が提案した訓練とその過程については『すまっしゅ!!』が元ネタ。あるあるネタとして「夏休みの午前中の学校のプールって、水面に浮いた虫との闘いだったりしたよね」って言う懐かしいお話を提供してみた次第。作者の小学校は周囲が田園地帯だった所為か、それなりに酷かったという記憶がある。

I・エキスポ
 要は劇場版。作者の都合でキング・クリムゾンした夏のイベント。もうすぐDVDがレンタルされるけど、書くのは何時になるか分からない。作者としては、シンさんの父親か発目を参戦させたい所。いっそのこと、この二人を合せると言う案もあるが果たして……。

シンさんに与えられた課題
 原作における『魔獣の森』の試練は、40mに巨大化する事が出来るシンさんなら普通に歩くだけで突破できそうなので、初日はサイクロンでひたすらコースを走って乗り回す事になったのだが……。え? だるまやウィリー事件? 何の事ですかな?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。