怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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前話におけるニート死柄木が読者さんから予想外の人気を獲得しているようです。ほんの少しだけ台詞変えただけなのに……。ホント、世の中って何がウケるか分からないモンだなぁ……。。

今回のタイトルは『新・仮面ライダーSPIRITS』から。毎度毎度の事ながら、良いタイトルが思いつかないと丸パクリになる傾向にあります。

7/4 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


第29話 鮮血の波紋

保須市での騒動が決着した後、俺は保須市の警察署で事情聴取を受けていた。

 

「自分が……何やったのか分かっとんのか? 分かっとんのかぁああああああああああああああああああッ!!」

 

「………」

 

「カツ丼、食えよ……。カツ丼食えよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「………」

 

何だこの警察官。これで本当に取り調べのつもりなんだろうか? しかも、見た目は俺と同じ位かそれ以下に見える女の子なのに、陸軍の中尉でもやってそうな感じの歴史を感じる男の声なのが、妙なギャップと違和感を醸し出している。

 

「中々口を割らんな……」

 

「後は任せろ」

 

ん? ようやく選手交代か? 取り調べは「飴と鞭」と言うし、今度はまともな取り調べが……。

 

「おいッ! おいおいおいおいッ! お前が! おまおまおまお前がッ! カツ丼カツ丼カツ丼ッ! おまお前が! カツカツ丼! お前がカツ丼! お前がカツ丼! オマエガッ! カツドンッ! オマエガカツドンッ! オマエガカツドンッ! オマエガカツドン! オマエガ……」

 

うわああああああああ! さっきの警察官の10倍は酷いッ! これが噂の警察内部の闇と呼ばれる、容疑者を追い詰めて自白を強要すると言うアレかッ!!

い、イカン! このままでは、思わずやってもいない事を認めて……ぐわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!

 

「ワタシガッ、カツドンデスッ!!」

 

「良しッ!!」

 

「何処が良しなんだワン」

 

俺が奇妙な警察官の、珍妙且つ強引な取り調べに屈し、思わず自分がカツ丼だと自白した直後、取調室に犬としか言いようの無い面構えの人物が入ってきた。

 

「初めまして、呉島新君。保須警察署署長の面構犬嗣だワン。君が、今回の事件で3人のヴィランを無力化し、ヒーロー殺しに引導を渡した雄英生徒で間違いないワンね」

 

「はい」

 

うん。今度はまともな取り調べだな。単にさっきの二人が極端におかしかっただけなのかも知れんが……いや、そもそも本当にあの二人は警察官だったのか? どうにも、否定しきれない所が怖い。

 

「君が捕縛したヴィラン達だが、ヒーロー殺し以外はそれぞれが再生能力を持っていた事もあって今は回復しているが、ヒーロー殺しについては火傷に骨折と中々の重傷で、現在厳戒態勢の下治療中だワン」

 

「………」

 

「超常黎明期……警察は規格と統率を重要視し、“個性”を“武”に用いない事とした。そしてヒーローはその穴を埋める形で台頭した職業だワン。個人の武力行使、容易に人を殺められる力、本来なら糾弾されて然るべきこれらの使用が公に認められているのは、先人達がモラルやルールをしっかりと遵守してきたからなんだワン。

資格未取得者が、保護管理者の指示無く“個性”で危害を加えた事。例え、相手が何者であろうとも……これは立派な規則違反だワン」

 

「……戈を止める力と書いて“武力”。故に、武力とは暴力に対抗する為にある。その使い方に誤りはありません」

 

「ヒーロー殺しについても同じ事が言えるのかワン?」

 

「アレは自首です。ステインなりの」

 

「……確かに、君が提出したヘルメットに記録された映像を見る限り、ヒーロー殺しは君に倒されたがっていた様に思える。しかし、だからと言って沢山のプロヒーローが一緒に居たあの場で、君がヒーロー殺しの言葉通りに止めを刺す必要は無いし、君にその資格は無い筈だワン」

 

「………」

 

「そして非常に厄介な事に、現在ネット上では君が二人のヴィランと戦っていた時の動画や、ステインと君とのやり取りを撮影した動画がアップされているワン。つまり、汚い話になるが君に関しては目撃者が多過ぎて、真実を握り潰す事が出来ない。このままだと、前者に関しては状況的に正当防衛が適用される可能性もあるが、後者に関しては少なくとも傷害罪は免れないワン」

 

「傷害罪?」

 

「君のコスチュームが全身を覆うタイプである事と、君が蹴りを入れた後でヒーロー殺しが爆発していない事から、後者に関しては君が“個性”を使って危害を加えていない様にも見えなくはないワン。もっとも、君の“個性”の事を考えると少し厳しいワン」

 

「……そうですか」

 

「だが、真実を“握り潰す”事は出来なくとも“ねじ曲げる”事ならまだ可能だワン。前者に関しては君が事前にエンデヴァーから“個性”の使用許可を貰っていた事に『イナゴ怪人以外の事』も含めておき、後者は『ヒーロー殺しはエンデヴァーによって一度倒された後に、激しい抵抗を見せて拘束を振り切り、そこへ現われた君の説得の末に君に倒される形での自首を望んだ為、君は要求に応えた』……と言った、情報と印象の操作なら可能だワン」

 

「……待って下さい。それってつまりエンデヴァーが泥を被る事になりませんか?」

 

「問題無いワン。エンデヴァーにこの事を提案した所、エンデヴァーからちゃんと了承を貰う事が出来たワン。君の将来の為なら、この位の事は引き受けると言っていたワンよ」

 

「………」

 

ヤベェ。あのエンデヴァーにドデカい借りが生まれてしまう。しかも、俺の将来の為だと? あの息子至上主義のマジヤベーイなポンコツ親父が? 絶対に何か裏があるに決まっている……。

 

「さて、君としてはどうしたい? 私個人としては前途ある若者の未来に……ケチがつけられる様な事は極力避けたいんだワン」

 

うむむ……。同じ異形系という事もあってか、面構署長の言葉に異様な説得力があると言うか何と言うか……まあ、この状況では取れる手段など一つしか無い。

 

「……よろしく、お願いします」

 

「……平和を守る者としては君を手放しで褒め称えたい所だが、我々が法の下に生きている以上、コレは必然なんだワン。そして、“次世代の為に敢えて汚名と言う泥を被る”。それもまた大人の仕事なんだと、今回の件を通して覚えて欲しいワン」

 

「……はい」

 

かくして、俺に関する事はエンデヴァーにやたらとデカい借りを作る形で一応は決着した。

 

職場体験は残り二日。どうにか平穏に終わる事を願うばかりだ。

 

 

●●●

 

 

職場体験6日目。つまりは事情聴取が終わった翌日、俺は神谷と共に出久達が入院している保須市の総合病院に足を運んでいた。すると、早速ロビーで出久が誰かと電話している所を目撃した。

 

「……女子との通話って……凄い……ッ!」

 

「………」

 

うん。同じ非モテとして出久の気持ちはよく分かる。だから、敢えて俺は見なかったことにした。

 

そして、何食わぬ顔で出久と挨拶を交わし、一緒に飯田と轟の居る病室へと向かう。その際に出久から聞いたのだが、何でも俺が来る前に面構署長やそれぞれの担当となっているプロヒーロー達がやってきて、出久達が行ったステインとの戦闘……つまりは“個性”の無断使用と武力行使をもみ消す打ち合わせをしていたらしい。

 

「結局アレか。俺の言った事は何の役にも立たなかったって訳か」

 

「……すまない」

 

「まあ、いいさ。全員無事とは言い難いが、生きてて何よりだ」

 

「正に不幸中の幸いと言った所だな」

 

「「「「お前が言うなッ!!」」」」

 

出久、飯田、轟の三人はステインとの戦闘で大なり小なり負傷しているが、神谷に関しては全く戦闘に参加していなかった為に全くの無傷である。

何もしていないが為に、何の問題もお咎めも無いと言う展開に加え、神谷特有の人の神経をこれでもかと逆撫でする言葉と態度に、俺達の気持ちが一つとなる。

 

「そう言うお前の方も大変だったんだろ? ヴィラン二人に一人で戦う羽目になってよ」

 

「まあな。手強い相手だったよ」

 

「呉島君が手強いと言うなら、相当の相手だな……」

 

「まあ、それでも殆ど回復しているから、体の方は全く問題は無い。……で、お前達の怪我はどうだったんだ?」

 

「それなんだが……飯田の診察がさっき終わってな……」

 

「「……?」」

 

「……左手、後遺症が残るそうだ」

 

「「!!」」

 

「両腕ともボロボロにされたが、特に左のダメージが大きかったらしくてな。腕神経叢と言う箇所をやられたそうだ。……とは言っても、手指の動かしづらさと多少の痺れ位なものらしく、手術で神経移植をすれば治る可能性もあるらしい」

 

「それじゃあ、これからその手術を?」

 

「いや……。俺はヒーロー殺しを見つけた時、何も考えられなくなっていた。まずはマニュアルさんに伝えるべきだった。なのに、怒りに我を忘れてしまった。

奴は憎いが、奴の言葉は事実だった。だから……俺が“本当のヒーロー”になれるまで、この左手は残そうと思う。その時は呉島君……良かったら、君の力でこの左手を治してくれないか?」

 

「……ああ。それまでには、何とかモノにしてみせるさ」

 

やれやれ、コレは本格的かつ迅速に医療を学ぶ必要がありそうだな。雄英に戻ったらリカバリーガールに医療を教えてくれる様に頼み込んでみるか?

 

「ふむ。そんな事よりも、ヒーロー殺しを退治した報酬の分け前はどうなるのだ?」

 

「「「「………」」」」

 

身の程を知らない神谷の発言によって病室内の空気が一変し、俺達は神谷の脳天にどぎついヤツを思いっきり叩き込んだ。

 

 

○○○

 

 

一方その頃、オールマイトはグラントリノから連絡を受け、ただでさえ弱々しい印象を受けるトゥルーフォームの姿が、尚更弱く見える程に萎縮していた。

 

『緑谷出久! まったく! お陰で減給と半年間の教育権剥奪だ! まぁ、結構な情状酌量あっての、この結果だがな。取り敢えず体が動いちまう所はお前にそっくりだよ、俊典ッ!』

 

「も、申し訳御座いません。私の教育が至らぬばかりで……先生には多大なご迷惑をおかけしまして、いやはや……」

 

『まぁ、教育権なんざ今更どうでもいい。“先代”志村との約束……。元々はお前を育てる為だけに取った資格だからな。今回電話したのは外でもない。ヒーロー殺しの件だ。実際に相見えた時間は数分も無いが……それでも戦慄させられた』

 

「グラントリノともあろう者を戦慄させるとは……。しかし、もうお縄になったのに何が……?」

 

『俺が気圧されたのは恐らく“強い思想”……或いは“強迫観念”からくる威圧感だ。褒めそやす訳じゃねぇが、俊典。お前が持つ“平和の象徴観念”と同質のソレだよ』

 

「同質……?」

 

『安い話「カリスマ」っつーヤツだ。今後取り調べが進めば、奴の思想と主張がネット、ニュース、テレビ、雑誌……あらゆるメディアで垂れ流される事になる。今の時代、善くも悪くも抑圧された時代だ。必ず感化される奴が現われる!』

 

「確かに感化される輩は出るでしょうが、それは散発的なモノ。個々で現われた所で、今回の様にヒーローが……」

 

『そこで「敵連合」だ』

 

「!?」

 

『保須事件でステインと「敵連合」の繋がりが示唆された。この時点で「敵連合」は、“雄英を襲って返り討ちにされたチーマーの集まり”から、“そう言う思想ある集団”だったと認知される。つまり……“受け皿”は整えられていた! 個々の悪意は小さくとも、一つの意志の下に集まることで、何倍にも何十倍にも膨れ上がる!』

 

「!!」

 

ヒーロー殺しは『敵連合』に利用されていた。いや、それ以上に「ヒーロー殺しを『敵連合』の為に利用する」事を考え、それを実行したと言う事実に、オールマイトは既視感を伴う戦慄を覚えた。

 

『もっとも、ステインの方も連合に利用されている事は、薄々感づいていたのかも知れん。だからこそ、奴は最後に『仮面ライダー』に倒される事を望んだのかもな」

 

「……と、仰いますと?」

 

『俺があの場で聞いた限り、ヒーロー殺しの根幹にあった強い思想の正体は、「ヒーローとはかくあるべし」とでも言うべきヒーロー観だ。そして、極限まで追い詰められたあの時、ヒーロー殺しは「本物のヒーロー」だけが俺を倒して良いと語り、「本物のヒーロー」としてオールマイトの名を上げ、その後で「仮面ライダー」に倒される事を望んだ。

つまりヒーロー殺しは、“「仮面ライダー」はオールマイトと同等の「本物のヒーロー」である”と、その身を以て世間に知らしめたって訳だ。まあ、その一部始終が動画としてネットに拡散されたのは、流石に奴も意図してやった事ではないとは思うが……』

 

「し、しかし、ヴィランの言う事を大衆が鵜呑みにするとは……」

 

『だから言ったろ? 今は善くも悪くも抑圧された時代だってな。今後、奴のそうした原理主義主張を受けて、今のヒーローの姿勢を正そうとする動きがあってもおかしくは無い。俺から見ても、最近のヒーローは昔と比べて質が低下している様に見えるしな』

 

「………」

 

『だが、それ以上に俺が懸念しているのは、ステインが最後に語ったヴィラン観が、奴の生き様を通して世間に流布された事だ。“偽物のヒーローを駆逐し、本物のヒーローを生み出し、最後には本物のヒーローの糧として倒される宿命を背負った「必要悪」”。

ステインが生み出したこの全く新しいタイプのヴィラン観は、「敵連合」のみならず多くの犯罪者が大義名分とばかりに掲げ、あるいは自分にとって都合良く利用する事は充分に考えられる!』

 

「………」

 

『いずれにしても、もうあの小僧は降りられねぇぜ? 現代ヒーローを否定し続けたヴィランが、例外的に認める「本物のヒーロー」の一人。そんな絶対に消えない十字架を、一生背負い続けて生きる羽目になっちまった』

 

「……私は彼に、“平和の象徴”とは違う、この超人社会が抱える闇を照らす“希望の象徴”になって欲しいと思っています。そして、彼自身もまたそれを望んでいます。十字架を背負う覚悟なら、既に出来ているでしょう」

 

『そうか……。だが、着実に外堀を埋めて、己の思惑通りに状況を動かそうとするこのやり方。敵の大将がハナからこの流れを想定していたとするなら……どうにも嫌な誰かを思いださねぇか?』

 

「……塚内君から『脳無に複数の“個性”が与えられている』と聞いた時から、嫌な予感はしていましたが……」

 

『ああ。俺の盟友であり、お前の師……“先代「ワン・フォー・オール」所有者”志村を殺し……お前の腹に穴を開けた男。“オール・フォー・ワン”が再び動き始めたと思って良いだろう』

 

「あの怪我でよもや生きていたとは……信じたくない事実です」

 

『……俊典。お前の事を健気に憧れている方にも、図らずもお前の力を手に入れてしまった方にも、折を見てしっかりと話しておいた方が良いぞ。この超人社会の“象徴”となる上で、絶対に避ける事の出来ない宿命と、超人社会の闇を支配する巨悪の存在をな……』

 

「………」

 

オールマイトの後継たる次世代の“平和の象徴”と、超人社会の新しい柱となる“希望の象徴”を心配する恩師の忠告を受けて、オールマイトは一つの決意を固めた。

 

 

●●●

 

 

出久達の見舞いが終わった後、エンデヴァーがヒーロー殺しの関係で色々と忙しかった事もあり、保須市に間借りしていた事務所の撤収作業をサイドキックの皆さんと一緒にこなし、その後でパトロールと雑務をやっていたら一日が終わった。

 

そして、職場体験の最終日は、入院していたMt.レディが退院したと連絡を受けた事もあり、神谷と共にMt.レディの事務所へ戻る事と相成った。

 

「お帰りなさい。テレビ見たわよ~~。何か私が居ない間にトンデモない事になってたみたいじゃない」

 

「ええ……まあ……」

 

「ふっ、コレが私の実力だ」

 

「「「お前は何もしてねーだろッ!!」」」

 

「ったく……何はともあれ、無事で何よりよ。どんな功績も命あっての物種だからね」

 

「はい……」

 

俺の姿を見て心から安堵した様子のMt.レディを見て、どれだけ彼女に心配をかけてしまったのかが嫌でも分かってしまい非常に申し訳ない。実際に保須市での戦闘は紙一重の戦いだったと強く自覚しているから尚更だ。

 

「それじゃ、いよいよ最後の職場体験ね! 張り切って行くわよ!」

 

「はいッ!」

 

「うむッ!」

 

かくして、いよいよ最後の職場体験が始まった訳だが、初日に起こった様な事件は起こらず、ちょっとした小競り合いやアクシデントの類いも起こらない。街は正に平和そのものだった。ただ、初日に比べて俺達に向けられる視線が多い様な気がするのは気のせいか?

 

「おい、アレ……」

 

「あぁ……『仮面ライダー』だよな?」

 

「仕事頑張れよー!」

 

「………」

 

「ほらほら、ちゃんと手ぇ振って! ファンサービスもヒーローにとって大事な事よ?」

 

「えっと……こう、ですか?」

 

「そうそう」

 

そして、ぎこちない動きながらも手を振ってみると、そこかしこから歓声が上がる。

 

……歯痒いな。恐怖や絶望と言った意味でキャーキャー言われる事には慣れているが、歓喜や興奮と言った意味でキャーキャー言われた事は無い為、どうすれば良いのかイマイチ分からん。

まあ、見た感じキャーキャー言っているのは異形系の“個性”持ちの方々ばかりなので、俺としては万々歳であるが。

 

「うんうん。着実にステップアップしてるわね。お姉さん嬉しいわ」

 

「恐縮です」

 

かくして、最終日は色々なファンサービスのやり方を教えて貰い終了。短いようで長かった一週間の職場体験はようやく終わりを迎えた

 

「一週間お世話になりました」

 

「あんまりお世話してないケドね。一緒に居たのは初日と今日の二日だけだし」

 

「いえいえ、そんな事はありませんよ」

 

「フフフ……。そうね、そう言ってくれると助かるわ。それと、呉島君にはプレゼントがあるわよ」

 

「プレゼント?」

 

「これよ」

 

そう言ってMt.レディが取り出したのは、一つの小さな段ボール箱だった。受け取って見るとかなり軽い。一体何が入っているのだろうか。

 

「開けてご覧なさい」

 

「はあ……」

 

そう言われて段ボールを開けてみると、中には色とりどりの封筒が沢山入っていた。試しに一つ開けてみると、中にはクレヨンで描いたと思われる『仮面ライダー』のイラストと、拙い文字で書かれた『ありがとう』の手紙だった。

 

「これは……」

 

「見ての通り、貴方宛のファンレターよ。ちなみにエンデヴァーの事務所から転送されて来た物もあって、私達がパトロールしてる途中で届いたらしいわ」

 

「……後でじっくり読みます」

 

「そうね。それが良いわ」

 

「ふむ、それで私には何か無いのか?」

 

「………」

 

Mt.レディが神谷から目を反らした事で、俺は残酷にして自業自得なヒーロー社会の現実を悟った。

 

 

●●●

 

 

さて、一週間に及んだ職場体験が終わり、一日の休みをおいて今日からまた雄英高校での学校生活に戻る訳だが、俺としては途轍もなく学校に行きたくない気分である。

 

それと言うのも、ステインが逮捕された事によって奴の素性があらゆる角度から暴かれ始め、奴の思想と主張である『英雄回帰』が世間に流布されると共に、『仮面ライダー』についての情報と、今まで表沙汰にならなかったある情報が一緒になって世間に認識される様になってしまった事が原因だ。

 

まず、『仮面ライダー』についてだが、コレは今を遡ること“個性”と言う超常が現われる遙か昔、石ノ森章太郎と言う萬画家(漫画家ではないのがポイント)が創作した架空のヒーローの事であり、『秘密結社ショッカー』によって肉体を改造され、改造人間となった本郷猛が、ショッカーを裏切り人間の自由の為に戦うと言う物語だ。

そして、超常黎明期にこの『仮面ライダー』を名乗り、活動していたヴィジランテが複数人確認されているらしく、当時“無個性”の人間達から怪物の烙印を押されながらも、彼等は人々の為に影ながら数多くのヴィランと戦い続けたと言われている。

 

これには「ヴィジランテと同じヒーロー名を使うのは不謹慎」だとか、「ヴィジランテは犯罪者であり憧れるべき存在ではない」と言った否定的な意見がネット上では散見されるが、ハッキリ言ってコレは的外れも甚だしいと俺は思う。

 

それと言うのも、ヒーロー飽和社会と呼ばれる「現代のヴィジランテ」と、ヒーローと言う職業が存在しない「超常黎明期のヴィジランテ」では、当時の社会背景とその在り方がまるで異なるのだ。

 

人類の約8割が何らかの特殊能力をその身に宿し、ヒーロー公認制度が確立された現代社会において、ヴィジランテは「ヴィランの変種」か「非合法なご当地ヒーロー」と言った所である。

何でも、ヒーロー科を落ちて免許を取る事が出来なかった者が夢を捨てきれずにヴィジランテとして活動するケースが多いらしく、その他は単純に「“個性”を思いっきり使いたい」とか、そんな感じでヴィジランテになるらしい。そう言う意味では、ステインもこのヴィジランテに当て嵌まる部分がある様な気がする。

 

コレに対して、超常黎明期は今で言う“無個性”の人間が大半を占めており、むしろ“個性”持ちの人間の方がマイノリティな存在であり、“無個性”の人間達から迫害される身分であった。

超常が日常となった現代において、“個性”を大っぴらに使う人間に対して大衆が持つ価値観の境界線は「ヒーロー」と「ヴィラン」の二つだが、超常黎明期においてはそんなモノは存在しない。当時“個性”を持って生まれた人間達は、例外なく“無個性”の人間達から「化物」のレッテルを貼られていたのだ。

 

同じ人間でありながら、人間に「化物」と揶揄される世界で、悪事に手を染める同じ境遇を持った「化物」を倒す。そこに見返りなど無い。感謝も無い。あるのは明確且つ、絶対的な拒絶だけ。それに比べれば、「現代のヴィジランテ」は何と恵まれている事だろうか。

 

誰よりも辛い境遇にありながら、誰かの為に命を懸けて戦う事を選択した、異形の力を得てしまった存在――それが、「超常黎明期のヴィジランテ」である。

 

それ故に、世間ではステインの主張である『英雄回帰』と併せて、俺の「人を愛するから戦う」と言う発言が、「これこそがヒーローの原点たるモノである」と肯定する意見もままある。

そう考えると、あの時の俺の発言はステインにとって正にドストライクであり、あの時のステインの目には俺が『本物のヒーロー』に見えていた……と言う事なのだろう。

 

ちなみに父さんに『仮面ライダー』について問い詰めると、やはり『仮面ライダー』と言う架空のヒーローや、その名を名乗って活動していたヴィジランテが存在していた事をちゃんと知っていた。そして、それをモチーフとして俺のコスチュームを造っていた事も、あっさりと暴露した。

しかも、イナゴ怪人達もその事を知っていて、オールマイトの「屋外対人訓練」で俺と飯田に『秘密結社ショッカー』を名乗らせたのも、コレが原因だったと分かった。

 

つまり、呉島家で『仮面ライダー』について知らなかったのは俺だけであり、『仮面ライダー』を禄に知らないままその名を名乗っていた事に小っ恥ずかしい思いをしていたのだが、そんな気分が一気に鬱になる様な現象もまた起こっていた。

 

それは、今までに俺をヴィランだと思って攻撃し、誤認逮捕したプロヒーロー達の一部始終を撮影した動画がネット上に投稿され始めた事だ。

 

プロヒーローが活躍する動画がネット上に投稿されるのは別に珍しい事ではない。そして、今まで俺がヴィランとしてヒーローに退治される動画は、投稿されても塚内さんを筆頭とした警察の方々がすぐに対処してくれていた。だが、それらがどう言う訳か一気に再びネット上に投稿され始めたのである。

俺が雄英体育祭で優勝している事も相俟って、無駄にサクセスストーリーチックな美談めいた作りになっている動画もあれば、ひたすらにプロヒーローをアンチする動画もあるし、俺と同じ様にヴィランに間違われてヒーローに攻撃されたと言う、真偽不明の動画まで投稿される始末で、ヒーロー業界は今ネット上の混乱と混沌をそのままに大騒ぎになっているらしい。

 

しかも、この中にはMt.レディやインゲニウムと言った、後でちゃんと俺に謝ってくれた「まともなヒーロー」も含まれており、Mt.レディは俺が職場体験に行った事もあって比較的マシだが、インゲニウムに関してはステインに襲われた事もあってかなり厳しい意見が散見され、中には「俺がステインと通じているのではないか?」と邪推する意見さえあった。

ちなみに、この中でもオールマイトに関しては全く話題になっていない。まあ、あの時はヘドロマンと出久と俺とオールマイトの四人しか居なかったから、当然と言えば当然か。

 

かくして、『仮面ライダー』を筆頭とした「超常黎明期のヴィジランテ」が世間の話題になると同時に、闇に葬られてきたヒーローのスキャンダルが暴かれる現状と、Mt.レディやインゲニウムと言った善良なヒーロー達の人気低下の一因となっている事で俺の足取りは非常に重い。

 

特にインゲニウムの弟である飯田に対して、非常に顔を合わせづらい。一体どの面下げて会話すればいいと言うのか……。

 

「ああ……着いてしまったか」

 

そして、とうとう一週間ぶりに教室の前に着いてしまった俺が教室の中に入ることを躊躇していると、教室の中から切島と瀬呂の笑い声が聞こえてきた。

 

「お、おはよー……」

 

「「アッハッハッハ!! マジかッ! マジか爆豪ッ!!」」

 

「笑うなッ! クセついちまって洗っても直んねぇんだ! おい、笑うな! ぶっ殺すぞッ!!」

 

「やってみろよ、8:2坊や!! アッハハハハハハハハ!!」

 

「………」

 

意を決して教室の扉を開けた俺の目に入ったのは、何たることぞ。ヘアスタイルを八二分けに大胆チェンジした勝己と、ヒーヒー笑いながら勝己をおちょくる切島と瀬呂の二人だった。

コレはつまり、ベストジーニストの所へ職場体験に行った事で、勝己もヒーローとして一皮剥けたと言う事……あ、爆発して元の髪型に戻った。

 

「おはようシンちゃん。何だかとっても久し振りな感じがするわ」

 

「おはよう梅雨ちゃん。職場体験はどうだった?」

 

「トレーニングとパトロールばっかりだったわ。後は一度だけ、隣国からの密航者を捕らえた事位ね」

 

「……そっちも結構、凄い職場体験だったみたいだな」

 

「シンちゃんほどじゃないわ。あ、お茶子ちゃんはどうだったの? この一週間」

 

「コォオオオオ……。とても……有意義だったよ……ッ!」

 

そう語る麗日の拳は空気の壁を突き破り、全身からは闘気が立ち上っていた。コレはもはや「一皮剥けた」と言うよりも「化けた」と表現した方が正しいだろう。

 

「目覚めたのね、お茶子ちゃん」

 

「確か……“バトルヒーロー『ガンヘッド』”の所に行ったんだっけ?」

 

「たった一週間で変化スゲェな……」

 

「ヒィーーース……。ヒィーーーース……。女人……。パンティ……。ベストマーッチ……」

 

「お前は変態仮面のトコで何見てきた!?」

 

そして、麗日以上に別ベクトルでヤバイのが峰田だ。一週間前と違い、迂闊に近づいた婦女子は元より、男である上鳴や砂藤さえも襲いかねないギラギラした目をしており、その表情はまるで繁殖期を迎えたのに交尾する相手がいない野獣の様だ。

 

「俺は割とチヤホヤされて楽しかったケドなー。まぁ、一番変化というか大変だったのは……」

 

そんな上鳴の言葉に同調する様に、クラスの皆が一斉に俺へ視線を向ける。まあ、言いたい事は分かる。初日は巨人と化して怪獣と戦った結果夕方のニュースになり、保須市でヴィラン相手に暴れまくった挙げ句、ステインに引導を渡す事になったからな。

 

「おお! ネットニュース見たぜ! ヒーロー名載ってスゲェぜ!」

 

「すっごいよねー! もうファンついてるかもねぇえええええ!!」

 

「……実は最終日に俺宛のファンレターが届いたんだ。小さな段ボールに一箱分」

 

「「それ、凄くないッ!?」」

 

「うらやまー」

 

……思ったよりも皆は好意的だった。善くも悪くも、俺がヒーロー社会を揺るがす一因になっている現状、下手すれば皆がお世話になったプロヒーローが被害を被っている可能性も考え、何かしらの非難があるかも知れないと思っていたのだが……どうやら、皆が職場体験に行った所には、そうしたヒーローはいなかったようだ。

 

「それとあれだ、ヒーロー殺し! お前等三人も大変だったよな!」

 

「そうそう! 命あって何よりだぜ。マジでさ」

 

「心配しましたわ……」

 

「エンデヴァーが助けてくれたんだってな!」

 

「凄いよね~。流石№2ヒーロー!」

 

「……そうだな。“助けられた”」

 

「……ああ、そうだな」

 

間を置いて意味深に語る轟に同調しつつ、アイコンタクトでお互いの意志を確認する。轟が俺に対して同情する様な目で見ているのは、決して気のせいではないだろう。

 

「俺、ニュースとか見たけどさ。ヒーロー殺し『敵連合』とも繋がってたんだろ? もし、あんな恐ろしい奴がUSJの時に来てたらと思うとゾッとするよ」

 

「でもさあ……確かに怖ぇケドさ。尾白、動画見た?」

 

「動画って、ヒーロー殺しの?」

 

「!!」

 

来たか! 審判の時ッ!! 遂に俺の行動に異を唱える者が……。

 

「アレ見ると一本気っつーか、執念っつーか……『かっこよくね?』とか思っちゃわね?」

 

「……おい」

 

「上鳴君……!」

 

「え? あっ……飯……ワリ!」

 

俺の予想とは違ったが、再起不能状態のインゲニウムの評判が低下しつつある中でソレは無いだろ……!

上鳴の失言に俺はドスの効いた声で注意を促し、出久が焦った様子で声を掛けると、流石の上鳴も自分の失言に気付いたらしく、急いで口を押さえた。それに対して飯田は――。

 

「……いや、いいさ。確かに『信念の男』ではあった。クールだと思う人がいるのも分かる。ただ、奴は信念の果てに粛正という手段を選んだ。どんな考えを持とうと、それだけは間違いなんだ」

 

「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」

 

「だから、俺の様な者を出さぬ為にもッ!! 改めてヒーローへの道を、俺は歩むッ!!」

 

「飯田君……!」

 

決意を新たにした飯田は、左手が上手く動かない分、右手の動きが何時にも増してキレていた。朝っぱらから既にフルスロットルでクライマックスだ。

 

「さあ、そろそろ始業の時間だ! 全員席につきたまえッ!!」

 

「五月蠅い……」

 

「上鳴が変な話すっから……」

 

「なんか……スイマセンでした」

 

「………」

 

その後、相澤先生が入ってきて何時も通りに朝のSHRが始まった。

 

結局、クラスの皆からも、相澤先生からも、特に何か言われる事も、何か聞かれる事も無かった。もしかしたら俺に気を遣ってくれたのかも知れないが、俺はその事が非日常から日常に戻って来た証の様で、それが何だかとても嬉しい事に思えた。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 清濁併せ持つヒーロー社会の裏側を、その身を以て思い知った怪人。前回の対ヴィラン戦および、ステインとのやり取りを撮影した動画が投稿された事で、シンさん的に最も借りを作りたくない人間にとてつもなく巨大な借りを作る事になってしまった。
 人生初のファンレターに思わずほっこり。その内、彼の元には『仮面ライダーSPIRITS』の単行本巻末に掲載される様な、多種多様な仮面ライダーやイナゴ怪人のイラストが送られてくる事だろう。ちなみにファンレターの送り主は、前回バスジャックされた時にヒーヒー言ってた子供達である。

面構犬嗣
 犬のお巡りさんならぬ、警察署署長だワン。真実をもみ消す事が出来ないなら、ねじ曲げてしまば良いじゃないとばかりに、エンデヴァーと口裏を合せてシンさんへの影響が極力無い様に手を回したワン。
 ちなみに、今回取り調べ室にやってきたのは、ステインの件の口裏合せに加えて、同じ異形系としてシンさんと一度話したかったと言う思いもあっての事だったりするのだワン。

エンデヴァー
 原作通りにステインを逮捕した事にされた№2ヒーロー。ステイン逮捕の功労者として擁立されてしまう事に理解はしても納得はしていない為、ぶっちゃけ一時的にステインを取り逃がし、説得できなかった程度の汚点はどうでも良いと思っている。
 そして、それ以上にシンさんに借りを作っておけば、後で自分にとって色々と有利に働くと考え、これ幸いとばかりに警察の提案を了承した。さて、どんな事をシンさんに要求させようか……。

Mt.レディ
 職場体験初日のガドラスコーピオンとの戦いで負った傷は完全に治っていないが、無理を言って退院。最終日の職場体験を務め、早速ファンがつき始めたシンさんに、ファンサービスのやり方を教えた。でもカメコ用の対策は必要ないと思うの。



今最もアツイ“ヒーロー殺し”&“怪人がヒーローに退治される”動画
 前者は警察の公式発表によって、一応原作に近い処置が成されたものの、後者の件が燃料となってある意味で原作以上の大反響……と言うか、もはやちょっとした社会現象を巻き起こし、動画投稿者の某ヴィランコンビ涙目の事態となる。
 結果的にステインが語る“次世代の『本物のヒーロー』”のアピールとなった一方で “本物のヒーローを作る『必要悪』”と、“ヒーローが表沙汰にしていなかった闇が明るみになる”言う、原作とは異なる波紋が超人社会に起こり、それに伴って『敵連合』サイドにも変化を加えるつもりだが……さて、何処までいじるべきか。

超常黎明期のヴィジランテ
 現在連載中の『ヴィジランテ』の主人公達とは一線を画する“ヒーローの原点”たる者達。世界観的には『X-MAN』のソレに近いと思われるが、「同族を倒す業を背負う」と言う点については、仮面ライダー要素を含めるのに何かと都合が良さそうである。

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