怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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今回で原作第6巻を終え、第7巻の時間軸に突入します。この調子でいけば、期末試験編も割と早く終わりそうな気がしますが、果たして……。

そして、この後で番外編を一話投稿します。何時にも増して大ボリュームの本編を楽しんだ後は、変態仮面✕変態ブドウの化学反応をお楽しみ下さい。

2018/5/21 誤字報告より誤字を修正しました。毎度報告ありがとうございます。

7/4 誤字報告より誤字を修正しました。何時も報告をありがとうございます。


第28話 受け継がれるは魂

職場体験三日目。今日はサイドキックの仕事を学ぶと言う事で、エンデヴァーのサイドキックの皆さんと一緒に、サイドキックがやる様々な仕事を体験させて貰った。

まあ、確かにプロヒーローとしての資格を習得して学校を卒業した後は、プロ事務所にサイドキック入りするのがセオリーなので、これも良い経験になるとは思うが、それならなんで轟だけ今日もエンデヴァーと一緒なのかと言う疑問が出てくる。

 

考えられるパターンとしては、あのポンコツ親父が単純に息子と一緒に仕事がしたいだけか、もしくは轟にサイドキックを経験させる事無く、初めからプロヒーローとして独立させようと考えているのか、或いはその両方……と言った所か。

 

いずれにせよ、今日の俺は基本的にオペレーターの様なモノで、町中に放ったミュータントバッタからの信号を受け取ると、即座に反応のあった場所にイナゴ怪人の頭部を出現させ、視界共有を用いたリアルタイムの情報をエンデヴァーやサイドキックに送り、連携して事件を解決する……と言うのが大まかな流れである。

もっとも発見したトラブルは、川で子犬が溺れたとか、チンピラのカツアゲと言ったモノだったが、ミュータントバッタを用いた索敵と連携の試運転としてはまずまずの成果であり、サイドキックの皆さんがとても褒めてくれた。

 

そしてこの日の夕方、エンデヴァーと轟達がパトロールから帰ってきた時、事態は急変した。

 

「あ、また来ました」

 

「来たか。今度はどうだ?」

 

「ちょっと待って下さい。ただ今……」

 

この時も俺は、ミュータントバッタからの信号をキャッチし、その付近にいるミュータントバッタをかき集めてイナゴ怪人の頭部を部分的に構築。テレパシーにより視界を共有してみると、三人の男がビルの屋上に設置された貯水槽の上に立っていたのだが、その内の二人が問題だった。

 

「……えッ!?」

 

「む? どうした?」

 

「『敵連合』の死柄木と黒霧がいます!!」

 

「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」

 

そう。USJの事件で取り逃がして以来、全くその姿を見せていない死柄木と黒霧の二人が、よりにもよってこの保須市で再び姿を現したのだ。

 

「オールマイトが取り逃がしたと言う主犯格の二人か。他には?」

 

「……全身に大小の刃物を携帯した、長い真紅のマフラーを巻いた男が一人」

 

「ほう……! そいつは間違いなく『ヒーロー殺し』だ。『敵連合』と共に捕縛するチャンスだな。場所は?」

 

「ビルの屋上の貯水槽の上です。位置は……」

 

俺がヴィラン三人の現在地を知らせると、エンデヴァーはサイドキック数人と轟を連れて、ステイン達を捕縛するべく現場に急行した。

そして、エンデヴァー達が到着するまでの間、俺はイナゴ怪人を使って三人の動向を逐一報告する様に申しつけられ、視界だけでなく聴覚などの他の感覚も共有しようと、意識を集中させる。

 

『ヒーローとは偉業を成した者にのみ許される“称号”! 多すぎるんだよ……英雄気取りの拝金主義者が!』

 

『では……貴方はどうやって生計を?』

 

『……普通だ。ハァ……。人の生活事情など、聞くものじゃない……』

 

『失礼いたしました』

 

『……この世が自ら誤りに気付くまで……俺は現れ続ける』

 

そして、ステインが今宵も凶行を行う宣言をすると共に、給水槽から飛び降りた刹那、ステインの懐からスマホが鳴った。そして、スマホを手に取ったステインは、先程までとは異なる声色で電話に出ると、その場で電話の相手と話し始めてしまった。

 

『……これから夜勤? いや、今日はちょっと用事が……え? どうしても? 他はいないんですか……? ハァ……分かりました。これから向かいます。……ハァ……済まないが、今日の所は引き上げる』

 

『……天下の「ヒーロー殺し」が表の仕事を優先しなきゃいけないとか……健気で泣けちゃうね』

 

「……エンデヴァーさん。三人とも帰りそうです」

 

『何ッ!? ならば、俺が駆けつけるまで何としてでも足止めしろ!! 絶対に三人とも逃がすなッ!!』

 

「………」

 

まあ、気持ちは分からんでもない。ステインに加えて、オールマイトが取り逃がしたヴィラン二人が追加された訳だから、どうしても自分の手で捕まえたいのだろう。

ついでに、オールマイトより自分の方が凄いって事を、自分の息子に見せつけたいに違いない。幾ら高い戦闘能力を持っているとは言え、超A級の危険人物の元へ大事な息子を連れて行く理由なんて、それ位しか考えられないし。

 

そう思いながら、感覚を共有しているイナゴ怪人を完全体にすると、手足を動かして感覚のリンクを確認する。そして、遠隔操作故の若干のズレを意識しつつ、イナゴ怪人を操作してステインに襲いかかり、死柄木と黒霧には他のイナゴ怪人5体を当てて分断を試みる。

 

『『『『『『SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』』』』』』

 

『何ッ!?』

 

『!? コイツ等は……っ!!』

 

『イナゴ怪人……! と言う事は、「仮面ライダー」もこの町に……!?』

 

不意打ちに対して、即座に刀とサバイバルナイフを手にしたステインの両手首を掴むと、そのままステイン諸共ビルとビルの隙間に落ちていく。

落下の最中、ステインが股間を目がけて蹴りを放つが、こちらもステインの脇腹目がけて回し蹴りを叩き込む。お互いの蹴りによって、お互いが空中で離れると、イナゴ怪人はコンクリートの地面に降り立ち、ステインはビルの外部に備え付けられたエアコンの換気扇を足場に、此方を見下ろしていた。

 

『ハァ……。いい判断だ。貴様の目的と名前は?』

 

『……正義。イナゴ怪人2号』

 

さて、足止めと言っても、この恐るべきヴィランを相手にどうしたものか。先日のポイズン・スコーピオンとの戦いで相当数のミュータントバッタを消費した事もあり、ミュータントバッタの残機は正直心もとない。復活は出来ても一回か二回が限界だろう。

 

『ハァ……しかし、イナゴ怪人2号。俺はお前と……正確にはお前の主と争うつもりはない』

 

『?』

 

『そもそも英雄とは“破格”の存在。逸脱し、超越し、一線を踏み越える者。孤独を背負う覚悟を持ち、この歪んだ社会で正道を貫く志を――、信念を持つ者でなければならない。ハァ……出来ればお前の主と一度、直接話したかったが……ここで粘ればやってくるのか?』

 

『……いや、“俺”は此処には来ない。此処に来るなと、命令を受けているからな。だが、今の俺はイナゴ怪人2号と感覚を共有していて、お前の言葉は全て聞こえている』

 

『……そうか。ならば、ハァ……チョットした個人的な興味なのだが……今の法では“個性犯罪”は程度にもよるが、繰り返さないとヴィランとして警察に登録されない事が多々ある。そして、その大半は執行猶予がついて釈放され、殆ど時間を置くことなく、再び“個性犯罪”に手を染める。

そう……例え、相手が罪を犯すと分かっていても、ヒーローは「相手が犯罪に手を染めなければ何も出来ない」と言う制約を課せられている。犯罪を行い、人を傷つけると分かっているのに、ただ指を咥えるしか無いと言う理不尽……。それに対してお前は、どう向き合うつもりだ……?』

 

……よく分からんが、どうやらコイツは俺に何かしらの興味をもっているらしい。時間稼ぎと言う意味では有り難い所であるが、自分に興味を持ってくれる相手の質問には真摯に答えるべきだろう。例え相手が凶悪なヴィランであろうとも。

 

『そうだな……俺はオールマイトから、「ヒーローとはヴィランに対する抑止力であり、無辜の民の希望であるべきだ」と教わり、それでも犯罪が無くならない事をオールマイトは嘆いていた。他にもそう思うヒーローは大勢いると思う。

だからこそ俺は、そうした「結果」だけを求めてはいけないんじゃないかと思っている。「結果」だけを求めていると、人はどうしても近道をしたくなる。近道をした時、大事な事を見失うかも知れない。やる気も次第に失せていく。

大切なのは「理想に向かおうとする意志」だと俺は思う。どれだけ理不尽な困難が立ち塞がっていたとしても、理想に向かおうとする意志さえあれば、何時かは必ず理想に辿り着けるだろう? 向かっている訳だからな……違うか?』

 

『……羨ましいな。以前は俺も……ハァ、そんなヒーローになりたいと思っていた。子供の頃からずっと、立派なヒーローになりたかった……。かつて、お前の様な「意志」を抱いていたこともあった。

だが、ハァ……俺は諦めてしまった。見返りを求めてヒーローを目指す者達。自己犠牲を誇示し、愛も勇気も持たぬ俗物。そんな現代のヒーローの在り方に失望し、俺は全てをかけて今を変えようとした。その結果がコレだ……』

 

『………』

 

コイツ……口ぶりから察するに、元はヒーロー志望だったのか? もしかしたら俺と同じく、何処かの学校のヒーロー科だったのかも知れない。 

 

『……最後にもう一つ。お前は、何の為にヴィランと戦っている?』

 

『何の為、だと?』

 

『そうだ。お前は先程『正義』を口にしたが、その根源にあるのは、ヒーローとしての使命か? 義務か? 或いは、それ以外の何かか?』

 

『……分からない』

 

『何……?』

 

『そんな事、考えたことも無い。言葉にするなら、確かにヒーローとしての「使命」や「義務」や、理不尽な悪に対する「怒り」……と言った具合に表現できるかも知れないが……何と言うか、違う様な気がする』

 

『……そうか。期待していたのだが……残念だ』

 

その言葉を皮切りに、ステインは壁を蹴って路地裏を縦横無尽に飛び跳ねながら、数本の折りたたみナイフを投擲してきた。刀身部分の腹を狙い、拳をぶつけて払いのけるが、その隙に間合いを詰め、跳びかかりながら両手に持ったサバイバルナイフで何度も斬りかかる。

 

『SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

『ハァ……悪くない』

 

サバイバルナイフの猛攻を拳で迎え撃つが、相手は何十人ものヒーローを相手にしてきた百戦錬磨のヴィランである。フェイントを織り交ぜた攻撃によって何回か攻撃を貰ってしまい、腕や顔から緑色の血が噴き出している。

そして今度はスパイクの着いた靴で腹を蹴り上げようとするが、そこを今度は左拳で脛を狙って迎撃。すると、攻撃を当てた左手が割れて血が噴き出し、手首から先がミュータントバッタに変化して消滅してしまった。

 

ぬぅ……。負荷は出来るだけ逃がしているつもりだったが、思った以上に脆い。やはり、多少耐久性が上がっていると言っても、俺とイナゴ怪人では肉体の耐久力がまるで違うのだ。

 

『ならば……これはどうだッ!』

 

もはや、手段を選んではいられない。残機であるミュータントバッタを全て呼び出し、それらを右手に集中させると、イナゴ怪人2号の右腕が巨大化する。そのままステインに向かって右手を思いっきり突き出し、逃げ場を塞ぎつつそのまま鷲掴みにしようと試みる。

ビルとビルの壁によって右手が削れ、ミュータントバッタの残骸が壁にこびりついているが、これでステインの側から見れば、上以外に逃げ場は無い。後はステインが上に飛んだ瞬間を狙い、イナゴジュースによる目つぶし攻撃を狙っていた……のだが、ステインは背負っていた刀に手を掛けると、迫り来る巨大な右手の指を瞬く間に全て切断し、そのまま右腕を斬り崩しながら真っ直ぐに向かってくる。

 

『素早い相手に視界を塞ぐ攻撃……愚策だ。いや、少ない手数の中で考えた苦肉の策と言った所か?』

 

『うむむ……! ええい、まだか……ッ!』

 

やはり、イナゴ怪人の体では駄目だ……! やはり、俺自身が戦わなくては……ッ!!

 

『ハァ……終わりだ』

 

膝を抜き、体の落下を踵にぶつけ、態勢を低くしながら斬りかかるステイン。その凶刃による神速の一閃に対し、俺は手首の無くなったイナゴ怪人の左手をステインの顔面にぶつけるカウンターを実行。

ステインの顔面にミュータントバッタの血液が爆ぜるように浴びせられた代わりに、イナゴ怪人2号の体が右肩から左腰に掛けて斜めに切断された。

 

『駄目か……。この体では勝負にすらならんか……』

 

『……ハァ……。願わくは、次に会った時には、直に答えを聞きたいものだな……』

 

目元を拭い、斬り伏せたイナゴ怪人2号を見下ろしながら、イナゴ怪人2号の体を操作していた俺に向けて、そう言い放つステイン。

そして、そんなステインに灼熱色の炎が迫り、ステインがそれをジャンプして回避するのを最後に、俺の視界は完全にブラックアウトした。

 

 

●●●

 

 

結局、エンデヴァー達が到着するまでの時間稼ぎと言うミッションこそ達成したものの、ステイン、死柄木、黒霧の三名はエンデヴァーの追撃からまんまと逃げおおせ、三人はこの保須市から姿を消した。

 

「予想通りヒーロー殺しは再び保須市に現われた訳だが、『敵連合』も絡んでくるとは運が良い。引き続き、ミュータントバッタを使った捜査網を展開しておけ」

 

「……非常に言いにくいのですが、ミュータントバッタは今回の戦闘で全滅しました。これまでと同じ様に捜査網を張るには最低でも二日……およそ48時間位の時間が必要なのですが……」

 

「……つまり、その間にヒーロー殺しが現われた場合、今回の様にはいかないと言う事か」

 

「ええ。申し訳ありません」

 

もっとも、この事態を招いた一因は他ならぬエンデヴァーである。イナゴ怪人が不滅だと知っている所為か、現場に到着すると容赦なくイナゴ怪人諸共ステインや死柄木に攻撃した為、イナゴ怪人達がその巻き添えを食らってしまったのだ。

しかし、だからと言ってその事を言及したりはしない。デキる部下と言うモノは、上司の失敗を指摘する事はしないと聞いたからだ。

 

「問題ない。それならば、本来の予定通りに俺のサイドキックを使えば良いだけの話だ。それよりも、何かヒーロー殺しについて得られた情報は無いか?」

 

「一応、素性らしきモノを聞く事が出来ましたが……」

 

「いや、それよりもまずはヤツの戦闘力だ。イナゴ怪人を通して交戦し、ヤツをどう思った?」

 

「……一言で言うなら『恐ろしく強いヴィラン』ですね。バトルスタイルとしては相澤先生……じゃなくて、イレイザー・ヘッドに近いです」

 

「……相澤先生に近いって言うが、具体的にはどんな感じなんだ?」

 

「そうだな……USJの時に現われたヴィランは、皆『“個性”の性能に任せて暴れる』って感じだが、ステインは違う。徒手空拳で戦う俺の攻撃を見切り、かわし、受け止める。どんなに強力な攻撃でも、まともに当たらなければ効果は薄いだろう?」

 

「まあな」

 

「そして、相手の力量や動きを読み、それを利用する形で攻撃を仕掛けてくる上に、的確に急所や関節を狙ってくる。悪くすれば即死、良くても身体機能を著しく損なう事は免れない」

 

「……つまり、ヒーローを合理的に殺す為の専門技術を持ってるって事か」

 

「そうだ。その上、信仰にも似た思想……或いは信念の持ち主でもある。俺も色んなチンピラやヴィランと戦った事があるが、あんなタイプには今まで相対した事が無い」

 

「ヒーロー殺しの素性とやらについてはどうだ?」

 

「昔はヒーローを目指していたが、周りのヒーローとしての在り方や価値観に絶望して途中で諦めた……と言っていました。後は何かしらの仕事を持っていて、急遽入った夜勤の所為で今回は撤退しようとしていました。すみませんね。名前とかなら一発なんですケド……」

 

「いや、そうでも無い。その話が本当ならば、少なくとも『敵連合』の連中と異なり身元はハッキリしている上に、個性届が提出されている筈だ。それにヒーロー科に進学していたとするなら、個性届は必須書類だ」

 

「なるほど」

 

「ふむ……となると、これらの情報を警察に提出すれば、ヒーロー殺しの正体が分かるかも知れんと言う事か?」

 

「そうだ。しかし、ヒーローはあくまで警察の管理下にあるべき仕事。その辺の事は警察に任せ、我々はヒーロー殺し。そして『敵連合』が再び現われた際の捕縛に専念するのだ」

 

「そもそも正体が分かったら、警察の方から要請が来るでしょうしね」

 

まあ、流石のステインも、仕事中も完全武装しているという事はあるまい。相手の装備が整っていない状態で逮捕に至れるなら、被害も最小限で済みそうである。

 

しかし――俺は果たして、何の為にヴィランと戦っているのか?

 

ステインから投げかけられた質問に対し、ちゃんと答えを返すことが出来なかった事が、俺の心に小さなしこりを残していた。

 

 

○○○

 

 

ステイン達がエンデヴァーから逃げおおせた翌々日の夕方。彼等は再び保須市を訪れた。

 

「今度は大丈夫なんだろうな」

 

「……ああ、この間夜勤で入った分、今日は代休だ」

 

「(ステイン……色々大変なのですね)」

 

そして、先日は散々カッコイイ事を言っておいて撤退した手前、今日は特に何も語ること無く、ステインは死柄木と黒霧の前から姿を消した。きっと今日もヒーローによる血の雨がこの町に降り注ぐだろう。

 

「しかし、あれだけ偉そうに語っといて、やる事は草の根運動と来たモンだ。仕事が入ったらソッチを優先しなきゃいけないし……やっぱ、ヴィランやるならニートが一番だな」

 

「……そう馬鹿にも出来ませんよ」

 

ダミーではあるが隠れ家的バーを営んでいる関係上、ステインの大変さが少し理解できる黒霧が、働く気力が一切無いニートの駄目人間である死柄木に、思わず苦言を呈した。

ヴィランであるにも関わらず、常識的な思考回路を持つ彼としては、死柄木の言葉は決して無視する事が出来ない。それが、表と裏を両立している人間に対して向けられたものならば尚更である。

 

「事実、今までに彼が現われた町では、軒並み犯罪率が低下しています。ある評論家が『ヒーロー達の意識向上に繋がっている』と分析し、バッシングを受けた事もありますからね」

 

「それは素晴らしい! ヒーローが頑張って食い扶持減らすのか! ヒーロー殺しはヒーローブリーダーでもあるんだな! ……回りくどい。やっぱ……合わないんだよ、根本的に……ムカつくしな。黒霧、脳無と例のヤツを出せ」

 

「………」

 

それは昨日、彼等が保須市から撤退し、ステインが夜勤の仕事に向かった後まで遡る。

 

「先生……脳無は何体出来てるんだ?」

 

『雄英襲撃時ほどの奴はいないが……6体までは動作確認完了してる』

 

「よこせ」

 

『……何故?』

 

「ヒーロー殺しが気に入らないからだよ。気に入らないモノはぶっ壊していいんだろ? 先生ッ!!」

 

『……良いだろう。但し3体までだ。――これを機に学んでくると良い』

 

脳無の性能をよく知る死柄木としては、数は少ないがそれで充分だと思っていた。そしてステインが次に保須市に訪れるのを、一日千秋の思いで待っていたのだが、今日になって先生の方から死柄木達に連絡が入り、先生は彼等が想像もしなかった事を言い出した。

 

『先程、実験的に造った新しいタイプの改造人間が2体完成してね。保須市で脳無を投入する際、それらを「仮面ライダー」にぶつけてくれ』

 

その言葉を聞いた死柄木は、まるで新しい玩具を与えられた子供の様な心境だったが、黒霧は「『仮面ライダー』にぶつける」と言う先生の意図がイマイチ分からず困惑していた。

新型の改造人間と言う事は、これまでの脳無とは違うタイプの改人であるとは予測できるが、その性能を試すと言うなら、今保須市には№2ヒーローのエンデヴァーもいるのだから、別に仮面ライダーに指定しなくても良い筈である。まあ、確かに将来的に大きな障害になり得る相手ではあるが……。

 

「俺に刃ァ突き立てて、タダで済むかって話だ。ぶっ壊したいなら、ぶっ壊せば良いって話……ハハ、大暴れ競争だ。アンタの面子と矜恃、潰してやるぜ大先輩」

 

死柄木の言葉に呼応する様に、黒霧のワープゲートから現われるのは3体の脳無。そして、彼等とは明らかに異なる姿形をした2体の異形だった。

 

「脳無は適当に暴れろ。そんで新型の方は……『仮面ライダー』を仕留めてこい。必ずだ」

 

「「「CUUUURRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!」」」

 

「「SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」」

 

死柄木の破壊衝動からなる無邪気な悪意によって、5体の改造人間が保須市に解き放たれた。

 

 

●●●

 

 

職場体験も今日で五日目。今はサイドキックの皆さんによる人海戦術を兼ねた夕方のパトロールを、エンデヴァーや轟達と一緒に行っている真っ最中である。

 

「ミュータントバッタはまだか?」

 

「……ええ、あともう少しかと」

 

「……どうした? 何か考え事か?」

 

「……チョットな」

 

フルフェイスのマスクによって表情は見えない筈だが、どうやら醸し出す雰囲気から俺が悩んでいると思ったらしく、轟から声を掛けられる。

どうして、そう妙な所で人の心情を察する事が出来るのに、父親の心情は察する事が出来ないのかと言いたい所だが、エンデヴァーが横目で此方をしっかりと見ている手前、そんな事はまず言えやしない。

 

「轟……お前は、何の為にヴィランと戦ってる?」

 

「……ヒーローだから、だろ?」

 

「いや、それはそうなんだが……」

 

「戦う理由なんて色々あるだろ。今の世の中じゃ、金や名声を得る為に賞金稼ぎ感覚でヴィランと戦うヒーローだっている。だが、それだって結果的には人助けになってる。やらない善よりはやる偽善。相澤先生も言っていたが、大事なのは『その力や才能を人を守る為に使う事』であって、ヴィランと戦う理由なんてそれで充分だろう」

 

「………」

 

うむむ……。実際に父親がオールマイトを超える為だけにヒーロー活動をし、その父親を否定する為に№1ヒーローを目指していた轟ならではの言葉だ。もしかしたら、この職場体験を通して父親を見た結果、そう思い至ったのかも知れんが……。

そして、例え邪道でもその才能がヒーロー界に必要な人間と言うのは確かに存在する。俺の周囲で言うなら、勝己や峰田がソレだ。勝己は恐らく100%のエゴで人助けしているし、峰田に至っては女にモテて女体を貪りたいが為に人助けをする。

 

ただ、今俺が聞きたいのはそう言うことじゃない。もっと根源的と言うか、何と言うか……。

 

俺が轟にその事をどう説明したものかと一人頭を悩ませていると、何の前触れも無く遠くから大きな爆発音と破壊音が聞こえてきた。

 

「なんだ!?」

 

「ヒーロー殺しかッ!?」

 

「いや、ヤツはあんな派手な事はしないだろう。恐らくは……」

 

「SYUSYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

俺達が爆発音のした方向に注意を向けていると、頭上から凄まじい奇声が聞こえた。思わずその方向を向くと、其処には巨大なコウモリの様な姿をした怪人が、此方に向かって急降下していた。

その見た目は、ハッキリ言うと不気味。その画風は俺と同じベクトルで周りと違っていて、顔の目がある筈の場所に目が無く、代わりに額と両掌に目がついていて、その鋭利な牙が剥き出しになっている。

 

「GYUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「おッ!?」

 

そして、(自分で言うのも何だが)その超不気味な見た目のコウモリ男は、俺の両肩を両足で掴むと、そのまま何処かへ連れ去ろうと飛翔した。

 

「呉島!?」

 

「何だ!? ヴィランか!?」

 

「ふん! 何のつもりか知らんが、このエンデヴァーの前に現われるとは……」

 

「JUZYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

その光景を見ていたエンデヴァーが炎を球体上に形成していると、何故かコウモリ男は近くに止まっていた車に向かって絶叫した。

正直、一体何のつもりなのか疑問に思ったが、無人の筈のその車が勝手に動き出し、エンデヴァー達の方に走り出した事で、その疑問は解決する。

 

「! 待て、親父! 車がコッチに突っ込んで来るぞ!!」

 

「何ッ!? ぬおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

そして、ガードレールを乗り越えた車にエンデヴァーが撥ねられ、轟が車を凍らせて動きを止めた。正直、轟ならエンデヴァーが撥ねられる前に止められた様な気がするのだが……きっと親父を信用していたんだろう。うん、そうに違いない。

 

しかし、『コウモリ』と『遠隔操作』……いや、『機械操作』の複合“個性”か? それにしても、このコウモリ男の力が意外と強い。足を引き剥がそうにも、中々外れない。渾身の力で足を握り潰すと言う手もあるが、可能な限り無傷で捕らえるとなれば……。

 

「ライダー放電ッ!!」

 

「CGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

コウモリ男の両足を掴み、両手から緑色の電撃を流すと、コウモリ男の拘束が緩んだ。その隙を逃さずコウモリ男から自由を取り戻すと、全身のバネを使ってコウモリ男を地面に叩きつける様に放り投げる。

コウモリ男は頭からコンクリートの道路に突っ込み、俺は両足から静かに地面へ着地する。さっきの場所から結構距離が離れたが、俺の足ならまだ追いつける範囲内だ。

 

「CUGYUUUUUU……!!」

 

ほう……俺ほどじゃないが、どうやら再生能力もあるらしい。道路に叩きつけられて出来た傷が、少しずつだが癒えている。なら、少しばかり手荒になっても良さそうだな。とっとと片付けて……。

 

「FUUSYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「!? 何!?」

 

俺がコウモリ男に集中していると、今度は上方向から夥しい数の糸が降り注いだ。驚いて振り払おうとするが、糸は見る見る内に俺の体に絡まり、身動きを封じていく。

そんな中で俺の視界に入ったのは、人間の女の上半身と蜘蛛の体が混ざった様な、俺と同じベクトルの画風を持った怪人だった。全身が白く、下顎が怪人バッタ男となった俺と同じ様に縦に割れており、俺に絡みついている糸はその口から吐き出されている。

 

「グッ!? グアアアアアアアア……ッ!!」

 

不味いッ! この糸、ドンドン締ってくる上に、やたらと固い! 蜘蛛の糸の強度は同じ太さの鋼鉄よりも高いと聞くが、コレは……ッ!!

 

「SYUSYUSYUSYUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 

そして、クモ女が蓑虫状態になった俺を振り回し、近くのビルに叩きつけると、続けてコンクリートの道路に叩きつけられる。

 

「ぬぅ……フッ!!」

 

力ではこの糸は外せない。そう思った俺は、ちょっとした思いつきからバーニングマッスルフォームを発動。すると、強化服の側面を走るラインから紫の炎が溢れ、上手い具合に糸が焼き切れた。

 

「よし! ほどけ……」

 

「CULAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

俺が拘束から抜け出したのを見ると、間髪入れずにクモ女は大量の小蜘蛛を飛ばしてきた。俺は自分を中心に半円状に展開した超強力念力のバリアで防いだが、この小蜘蛛には一体どんな意味があるのだろうか?

先日のポイズン・スコーピオンの事を考えると、やはり強力な毒物か……と思ったが、その考えは甘かった。宙に浮いた無数の小蜘蛛は、赤く光ると連鎖的に爆発を起こし、俺をその場から吹っ飛ばしたのだ。

 

「うごおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「CARARARARARAAAA……」

 

「……クソ。なんだ、コイツ等……」

 

突如現われた二人のヴィラン。それは恐ろしい見た目以上に、明らかに今までのヴィランと何かが異なっていた。特に、見た目と全く違う能力を持っているあたりが、俺の“個性”と似ている様な気がする。

 

「うぇ~~~~~~ん!! おねぇちゃん、何処~~~~!!」

 

「!?」

 

子供!? もしかして、家族とはぐれたのか!? そんな泣きじゃくる女の子を見ていたのは俺だけではなく、クモ女の方も女の子に視線を向けており、その顔は醜く歪んでいる。

 

「まさかッ!!」

 

「SYUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「チィッ!!」

 

そして広範囲に放たれる大量の小蜘蛛。俺は女の子の周りに向けて超強力念力を使い、半円状の結界を張ったが、無防備な俺は小蜘蛛をまともに浴びてしまった。そして赤く輝く子蜘蛛によって巻き起こる大爆発。しかし、女の子を守る事は出来た。

 

「グゥ……!! 大丈夫か? 早く此処から――」

 

「………」

 

何とか痛みに耐えて、女の子を安全な場所に移そうと近づいたが、女の子はそんな俺を見て邪悪な笑みを浮かべていた。その表情に俺が薄ら寒いモノを感じると、なんと女の子はコウモリ男に姿を変え、俺の首を掴んでいた。

 

「CYURURURRRRRRRRRRRRR……」

 

「な、何ッ!!」

 

擬態……いや、人間に化けた!? 初めからこのヴィラン二人による策略だったと気付いた時にはもう遅い。コウモリ男がその怪力で俺を放り投げると、そこにスクールバスが猛スピードで突っ込んできた。

運転手の恐怖に染まった顔とパニックを起こしている感じの仕草を見る限り、恐らくハンドルやブレーキがまるで利いていないのだろう。明らかにコウモリ男の能力の仕業である。

 

「クッ! この……ッ!! ガァアアアアアアアッ!!」

 

空中で身をよじり、運転席を避ける形で俺はスクールバスと正面衝突する。フロントガラスを粉砕し、そのまま車内に突っ込んだ俺は、中央の通路の中をゴロゴロと転がった。一方でスクールバスはコウモリ男の支配から逃れてコントロールを取り戻したのか、急ブレーキによって停止した。

 

「BBUU……」

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

滅茶苦茶やりやがる……そう思いながら立ち上がると、スクールバスの中に乗っていた子供達が悲鳴を上げ、恐怖と絶望の涙を流しながら、ガタガタと身を寄せ合って震えていた。

 

「VORVI……!」

 

そこで俺は気付いた。被っていたフルフェイスのヘルメットが何処かに吹っ飛び、『怪人バッタ男』としての素顔を晒している事を。

 

「ヒィイイイイイイイイイイッ!!」

 

「来るな! 来るなぁああああああああああッ!!」

 

「………」

 

俺に子供達を傷つけるつもりは無い。間違っても無い。しかし、バスが原因不明の暴走を起こし、パニックになっていただろうこの車内に、突如飛び込んできた世にも恐ろしい姿をした怪人。

カッコイイ見た目のヒーローなら兎も角、俺のこの顔……今のこの子達にとって、俺もヴィランとそう変わらない……か。

 

「………」

 

「き、来たぁ!」

 

「ひぃっ!」

 

俺が歩を進める度に、そこかしこから小さな悲鳴が上がる。それを無視して外に出ると、コウモリ男がタンクローリーの上に乗った状態で、此方に突っ込んで来るのが見えた。

 

「FUHYUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

「MUUUUUUUUURYAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

あんなモノが突っ込んだら、大惨事は免れない。即座に超強力念力で対抗し激突を防ぐが、ここでクモ女に小蜘蛛を発射されれば……ッ!!

 

「CURWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「うわあああああああああああああああ!!」

 

「UVAAA!?」

 

しかし、俺の予想は悪い意味で裏切られていた。迫り来るタンクローリーを見て、バスから次々と脱出する子供達を、クモ女は一人残らず蜘蛛の糸で捕らえ、付近の電柱に拘束していた。

そして、クモ女が口を大きく開き、よだれを滝の様に垂らしながら男の子に迫った事で、そんなまさか……と思いつつも、クモ女の意図を嫌でも理解した。

 

そう、子供を喰うつもりだ――と。

 

「FUSYUUUUUUUUUUUU……」

 

「止めろ! 来るな! うわあああああああああああああああッ!!」

 

「RUAGEEEE!! GABEVOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

コウモリ男の操るタンクローリーを止めなければ全滅は必死。しかし、クモ女に襲われている子供達を助ける程の余裕は、今の俺には無い。

正に絶体絶命の危機。一人では越えることの無い限界状況。弱者が強者の手で理不尽に命を奪われようとした刹那、ソイツ等は正にヒーローの様に現われた。

 

「ローカストパァアアアアアアアアアンチッ!!」

 

「GUGYUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「ローカストブレェエエエエエエエエイクッ!!」

 

「BUJYUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

聞き覚えのある声と共にクモ女が殴り飛ばされ、聞き覚えの無い声と共にコウモリ男が吹っ飛ばされる。

そして、タンクローリーが動きを止めた事で超強力念力を解除すると、クモ女がいた場所には巨大で至る所に顔がくっついているイナゴ怪人が、タンクローリーの上にはサイクロン・バイシコーに跨がるイナゴ怪人が此方を見下ろしていた。

 

「待たせたな王よ!」

 

「正に危機一髪であったな!」

 

「G、GRAVEBADIGA……」

 

「うむ。此処に向かう前に、先程の爆発があった場所を通ってみたら脳無の兄弟らしきモノが3人も暴れていてな。その中で一番デカくて強そうなヤツを、2号からストロンガーの6人がかりで乗っ取ったのだ! 言うなれば今の私は『イナゴ怪人・クライマックスフォーム』と言った所だなッ!!」

 

「そして私はッ! ヨーロッパに旅立ったイナゴ怪人1号に代わる、第8のイナゴ怪人ッ! イナゴ怪人スカイッ!!」

 

……うん。何がどうクライマックスで、スカイなのかは知らんが、兎に角助かった。そしてバーニングマッスルフォームを発動して、先程クモ女に喰われそうになっていた男の子を蜘蛛の糸から解放する。

 

「ヒィイイイイイイイ……!!」

 

「……AA,GIIVEBUDEGVA……」

 

変声機能を持つヘルメットを被ってない以上、この言葉が伝わらない事は分かっている。でも、どうしても言いたい言葉があるんだ。

 

「OBEVA……XIGABADA」

 

「CRUUUUUUUUUUUU……!!」

 

「SYAAAAAAAAAAAA……」

 

「……MUUNN!!」

 

子供達をイナゴ怪人達に任せ、俺は飛翔するコウモリ男と、立ち上がったクモ女の二人と対峙し、憤怒の形相を見せるクモ女が、膨大な量の小蜘蛛を一気に発射する。

背後には子供達の他にタンクローリーもある。間違っても引火させるわけにはいかない状況の中、俺の心は激しくも静かな怒りに燃えていた。そしてその怒りは肉体を一瞬にして膨張させ、俺を超マッスルフォームへと変える。

 

「BINBUU……GIXIBORIJUDOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

六本角の紋章を展開する事無く、腕力と体の捻りによる風圧のみで発動した、通常と異なる『真空きりもみシュート』。それは放たれた小蜘蛛を一匹残らずその暴風の渦に巻き込むと、空中のコウモリ男に直撃した。

 

「CUWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

嵐に巻き込まれたコウモリ男は、猛烈な風圧によってまともに飛ぶ事が出来ず、更に体中に大量の子蜘蛛が纏わり付いている。すると、赤い閃光の後に大きな爆発が起こり、爆炎と煙の中から断末魔の声が聞こえた後、コウモリ男が音を立てて地表に墜落した。

 

「GYUWYIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!」

 

「FUUUUUUUUUUUU……!! SYAAAAAA!!」

 

コウモリ男が倒された事で更なる怒りを覚えたのか、クモ女が此方を睨みつけながら右手の爪をブレードの様に伸ばしていた。そんなクモ女に対して、超マッスルフォームからマッスルフォームに変化した俺は天高く跳躍し、真っ直ぐに右足を繰り出した。

 

「SYUYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

それを見たクモ女は、空中でかわす事が出来ない俺に向かって大量の糸を発射する。やはり、そう来るか。

 

コイツは体内から小蜘蛛を出している。つまり、体内で小蜘蛛を生産している訳だ。だから、さっき子供を喰おうとしたのは、その為のエネルギー補給なのではないかと当たりはついていた。

そして、先程の攻撃から感じた凄まじい怒りの感情から、アレがエネルギーの補給を邪魔された憤怒による後先を考えない……つまりは弾切れを起こすレベルの全力攻撃だった事は予想できていた。

 

「GAIVUAAAAAAAAAAABANVIDIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIG!!」

 

「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!」

 

そして俺は右足を突き出したまま勢いよく横向きに回転し、クモ女が吐き出す蜘蛛の糸をかき分けながら真っ直ぐに突き進む。

そして糸の弾幕を突き破り、俺の渾身の蹴りがクモ女の腹に叩き込まれるのと、クモ女の刀剣の様な鋭い右手の一撃が俺に加えられたのは、ほぼ同時だった。

 

「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「KYUOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

捻りを加え、強化された「ライダーキック」をまともに受けたクモ女は、道路を削りながら転がっていく。そして、起き上がろうとしたクモ女が青く輝いた後で爆発すると、天に向かって伸ばしていた無数の手足が、パタリと地面に横たわった。

 

「FUUUUUU……」

 

強敵だった。通常形態に戻りながら、最も強固な部分であるコンバーターラングに深く刻まれた爪痕に手をやり、改めて紙一重の勝負だったと思い知る。

そして、もしもイナゴ怪人達が助けに来てくれなかったなら、確実に子供達に犠牲が出ていただろう。そう思いながら子供達を見ると、全員が俺を見て怯えているものの、何とか無事である事を確認した俺の心にあったのは安堵だった。

 

……ああ、そうか。漸く理解した。

 

俺が今までヴィランと戦っていたのは、使命でも、義務でも、正義でもない――。ただ、『そこにいる人を守りたい』と思う心が、俺の体を突き動かしていたんだ。

 

そうだ。俺は――。

 

「王よ。コレを……」

 

「MUNN……?」

 

イナゴ怪人スカイが差し出したのは、何処かに吹っ飛ばされた俺のヘルメットだった。俺はそれを受け取ると、異形の素顔を仮面で覆い隠し、『怪人バッタ男』から『仮面ライダー』へと変身する。

 

「……行くか」

 

「うむ。しかし、最初の騒ぎがあった場所よりも、半分こ怪人Wが向かった場所に行った方が良い。なんでも友達がピンチらしい」

 

「……友達?」

 

俺がこんな事を言うのもアレだが、轟と交友関係にある人間は少ない。そう考えると、相手はかなり限られてくるが……そう言えば、さっきコウモリ男に運ばれる途中で、スマホが鳴っていた様な気がする。

 

「? 出久からメールが来てるが……位置情報だけで、しかも場所が保須市?」

 

どう言う事だ……? いずれにせよ、何か物凄く嫌な予感がする。

 

「……急ぐか」

 

イナゴ怪人スカイからサイクロン・バイシコーを受け取ると、後のことをイナゴ怪人達に任せ、メールの位置情報が示す場所に向けて、ペダルをこぎ出した。

 

――何の為にヴィランと戦うのか?

 

その答えは得た。

 

 

○○○

 

 

グラントリノによる渋谷でのヴィラン退治と言う「フェーズ2」が終わって、新幹線でグラントリノの自宅に戻る途中、僕達は脳無の兄弟らしき姿をしたヴィランが新幹線に突っ込んで来た事で、保須市での戦闘に身を投じる事になった。

……と言っても、本当はグラントリノから「動くな」と命令されていたのを無視して、僕が勝手に動いただけなんだけど、居ても立ってもいられなかった僕は、保須市での騒ぎの中心に飯田君がいなかったのを見て、飯田君がヒーロー殺しを見つけてしまった可能性を考えて、騒ぎの中心からノーマルヒーローの事務所付近の路地裏を虱潰しに探した結果、ヒーロー殺しに殺されかけていた飯田君を発見した。

 

それから一括送信で位置情報のメールを手当たり次第に送って、応援がくるまでの時間稼ぎ。可能ならヒーロー殺しを退ける為の戦いが始まったんだけど……。

 

「緑谷……こう言うのはもっと詳しく書くべきだ。遅くなっちまったろうが」

 

「轟君! それに……」

 

「救いのヒーロー! ぶりぶりざえもん参上! して……どうして欲しい?」

 

「いや、見りゃ分かんだろ! サポートだ!」

 

「……よし、分かった。助太刀いたすッ!!」

 

「……ハァ?」

 

「有利な方につくなッッ!!」

 

なんと、轟君と一緒にやってきたB組の神谷君は、あろう事かヒーロー殺しの側について、轟君に向かって刀の切っ先を向けていた。その行動に唖然とするヒーロー殺しと、憤慨している轟君。なんてシュールな光景なんだ。

 

「………」

 

「ふて腐れながら来てんじゃねーよ……ッ!!」

 

……ま、まあ、確かに時間稼ぎにはなっている気がする。もっとも、神谷君の行動が意外過ぎる所為で、敵も味方も動きが止まっているケド。

 

「……ハァ。まあ、良い友人を持ったんじゃないか? インゲニウム」

 

そして始まる、ヒーロー殺しと僕達の一進一退の攻防。そして僕と轟君と飯田君の三人で、なんとかヒーロー殺しを気絶に追い込んで、捕まえる事に成功した。

 

「悪かった……プロの俺が完全に足手纏いだった」

 

「フン! 全く、ヒーローの風上にも置けんなッ!」

 

「「「「お前が言うなッ!!」」」」

 

思わず口調が荒くなってしまうけど、それも無理は無い。何せ神谷君は、本当に「見てるだけ」だったのだから。具体的には……。

 

「レシプロ……エクステンドッ!!」

 

「ぶりぶり見てるだけッ!!」

 

「5%……デトロイト・スマアアアアアッシュッ!!」

 

「ぶりぶり見てるだけッ!!」

 

「チャンスだ!! 畳みかけろ!!」

 

「ぶりぶりそれでも見てるだけッッ!!」

 

……こんな感じ。本当に何で此処に来たんだろうか。

 

その後、グラントリノやプロヒーロー達が現場に到着して、警察への連絡や救急車の要請、そして飯田君の謝罪なんかがあって、一件落着の空気が流れていたんだけど……いきなり現われた翼の生えた脳無が僕を攫おうとした事で、事態は思わぬ方向に向かっていった。

 

「偽者が蔓延るこの社会も、徒に力を振りまく犯罪者も、粛清対象だ……。ハァ……。全ては、正しい、社会の為に……」

 

ヒーロー殺しが気絶して、武器を全部取り上げたと思っていた僕達だけど、ヒーロー殺しは何時の間にか意識を取り戻した上に、まだ武器を隠し持っていた。

そして、“個性”を使って翼の脳無の動きを止めて、武器を使って拘束を解くと、ソレを脳無の脳みそに突き立て、容赦なく抉って殺害した。

 

「子供を助けた……?」

 

「馬鹿! 人質に取ったんだ!」

 

「うう……放っせ……!」

 

「おい! ソッチに一人逃げた筈だが……!? あの男は……ッ!!」

 

「「「「エンデヴァーさん!!」」」」

 

「エンデヴァー……」

 

その行動に僕は人質にとられたと思って抵抗していたけど、怪我の所為でうまく手足に力が入らず、逃げることが出来なかった。

でも、ヒーロー殺しはそんな僕の方には目もくれず、翼の脳無を追っていたらしいエンデヴァーに注意を向けていた。

 

「ヒーロー殺し! 今度こそ――」

 

「!? 待て、轟!!」

 

やる気満々のエンデヴァーに対し、制止の声を掛けるグラントリノ。その言葉の意図を、僕はヒーロー殺しの顔を見た瞬間、頭ではなく心で理解した。

 

「贋物……ッ!!」

 

「――――ッ!!」

 

「正さねば――……、誰かが血に染まらねば……! “ヒーロー”を取り戻さねば!! 来い……来てみろ、贋物共……ッ!! 俺を殺して良いのは、『本物のヒーロー』……ッ!! オールマイトだけだッッ!!!」

 

誰もがヒーロー殺しに圧倒されて動く事が出来ない中、僕の幼馴染がバイクの様な自転車に乗って現れたんだ。

 

「此処か!?」

 

「ッッ!! 待っていたぞ……仮面ライダァアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

さっきまでとは違い、歓喜に満ちた声色であっちゃんのヒーロー名を叫ぶヒーロー殺し。それに対して、あっちゃんは静かに自転車を降りると、ヒーロー殺しと正面から向き合った。そんなあっちゃんのコスチュームは全身がボロボロで、此処に来るまでに相当な戦いがあった事を想像させた。

 

「……堂に入ってる。死線をくぐり抜け、答えを得たか?」

 

「……ああ。俺がヴィランと戦うのは、ただ『そこにいる人を守りたい』と言うシンプルな“思い”。そうだ……俺は、『人を愛している』から、ヴィランと戦っていたんだと分かった。

例え、戦う俺の姿を見て、誰もが俺を恐れたとしても、俺が人を愛する限り、俺は人を守る為に戦う。……いや、俺はずっと人を愛して、人を守り続ける……戦い続けてみせるッ!!」

 

「ハァアアア……ッ!! それだ……それなんだ、『仮面ライダー』……! それこそが、人間の自由の為に戦った、伝説のヒーロー……!! ハァ……そうだ、“時代が望む時、『仮面ライダー』は必ず蘇る”……ッ!!」

 

あっちゃんの答えを聞いて、満足そうな表情を浮かべるヒーロー殺し。そして、ヒーロー殺しは耳を疑う様な事を、あっちゃんに向かって言い放った。

 

「俺を斃せ! 『仮面ライダー』!!」

 

「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」

 

自分を殺して良いのは、本物の英雄であるオールマイトだけ。さっき、そう宣言した筈のヒーロー殺しの提案に、僕達は心底困惑した。

 

「ハァ……世の中を、平和にしたいのだろう……? 人間の自由の為に、戦いたいのだろう……? ならば、チャンスは逃すな……ッ! 俺もまた……正しき社会の為の、供物になるべきヴィランの一人なのだッ!!」

 

「……ウオオオオオオオオオオッ!!」

 

「来い……ヒーローッッ!!」

 

「ライダァアアアーーーキィイイイーーークッ!!」

 

凄まじい覚悟を語り、敗北を受け入れようとするヒーロー殺しと、それに応える様に助走をつけてジャンプし、跳び蹴りを放つあっちゃん。

その一撃はヒーロー殺しの腹を正面に捉え、ヒーロー殺しの体をくの字に折り曲げて吹き飛ばし、僕の横を通り過ぎた。

 

「………」

 

「ぐっ! がっ……! ぬぅうう……ッ!」

 

そして、地面を転がったヒーロー殺しは、再び二本の足で立ち上がると、あっちゃんを憑き物が落ちたような顔で見つめていた。

 

「そのまま迷わず……戦い、続けろ……」

 

その言葉を最後に、ヒーロー殺しは糸が切れたマリオネットの様に、地面に両膝をついた。その姿は凶悪なヴィランでありながら、何処か殉教者の様な雰囲気を醸し出していて、僕達はしばらくヒーロー殺しから目を離す事が出来なかった。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 人間の自由の為に戦う、正義の味方。当初はステインとの直接戦闘を考えていたが、むしろ直接の関わりを少なくした方が面白くなる様な気がしたので、最終的に新型の改造人間と戦わせる事に。
 話の都合上、シンさんは戦闘能力よりも精神的な成長に重点が置かれる為、今回の一件もかなり重要なポイントとなる。しかし、それはステインの求める英雄像に近づいていると言う事でもあって……。

イナゴ怪人(2号~スカイ)
 何時如何なる時も、シンさんの味方。今回はテレパシーによる遠隔操作や、脳無への『乗っ取りローカスト』など、要所でしっかりと活躍している。ちなみに乗っ取った脳無は、ちゃんと警察に引き渡している。
 ステインとイナゴ怪人2号のやりとりの元ネタは、ご存じ『仮面ライダーSPIRITS』第二話のラストにおける仮面ライダー2号。

緑谷出久&轟焦凍&飯田天哉
 原作とは時間軸が違うが、原作通りにステインと戦ったメンバー。この中でもデク君は「フェーズ2」を経験している為、原作よりも戦闘経験が豊富になっているのだが、流石にステインが相手では分が悪いと言わざるを得ない。

ステイン
 コンビニ店員とヴィランの二足の草鞋を履く男。実は、この連載が開始した時から「自ら本物となりえる次世代のヒーローの卵に倒される事を選ぶ」と言う結末が決まっていて、作者としてはこの男の最後がようやく書けた事に満足している。
 シンさんとの問答における元ネタの一つは、『剣』におけるオンドゥル王子と嶋さんのやりとり。ステインとしては、ヒーローブリーダーとしての面目躍如と言った所だろうか?

黒霧
 バーテンとヴィランの二足の草鞋を履く男。ステインと同じく職を持っている為に、ニートの発言には内心ムッとしていた。周りにアクの強い人間が多い環境では常識人が苦労すると言うのは、表側の社会でも裏側の社会でも同じ事なのかも知れない。

死柄木弔
 ニートの駄目人間。労働をした事が一度も無いので、ステインの世知辛い事情が全く理解出来ない。まあ、彼にはお小遣いをくれる、のっぺらぼうの足長おじさんがいるから、八百万とは別のベクトルで人生勝ち組と言えなくもないが。

神谷兼人
 何時如何なる時も、強い者の味方。ぶっちゃけ、対ステイン戦では殆ど役に立っていないが、一応プロヒーローが来るまでの時間稼ぎにはなっていた……筈。

コウモリ男&クモ女
 先生とドクターが製作した新しいタイプの改造人間。様々な能力を併せ持ち、騙し討ちをする位には知能も高いが、そんなコイツ等も製作者の二人にしてみれば「完成品」の為の通過点に過ぎない。
 見た目は完全に『仮面ライダーZO』に登場するコウモリ男とクモ女。それに、他のライダー作品に登場する、コウモリ怪人とクモ怪人の能力をそれぞれにプラスしている。

ZO「………」



イナゴ怪人の遠隔操作
 強化されたテレパシーによって可能となるシンさんの特殊能力。これによって危険な場所にも足を踏み入れる事が出来る……が、この調子で感覚共有が強化されていけば、分身のダメージが本体にフィードバックされると言う危険性も浮上する事となる。
 元ネタは『新・仮面ライダーSPIRITS』で、コントロールアームとメモリーキューブを依代として復活した大首領JUDO。もっとも、此方は分身と言っても村雨良そのものの姿なので、見た目の面ではそちらの方が遙かにマシである。

イナゴ怪人・クライマックスフォーム
 黒くて下顎だけの脳無をベースに、イナゴ怪人2号~ストロンガーが集約したイナゴ怪人の強化形態。頭が2号で、胸にV3、右肩にイナゴマン、左肩にX、右足にアマゾン、左足にストロンガーの顔がある。一応、それぞれの顔は飾りでは無い。

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