怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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読者の皆様のお陰で、8月21日の日刊ランキングで、本編『THE FIRST』が6位、特別編を掲載した『序章』が21位を記録する事が出来ました。ご愛読、誠にありがとうございます。

今回は二話連続投稿。そして今回のタイトルは『フォーゼ』が元ネタ。元々は一話だったのですが二万字を超えた為に分割した結果、一話当たりの文字数は何時もより少なめ。そして本戦はこの後に投稿する次話からのスタートとなります。

三連休の暇つぶしとして、怪人バッタ男の活躍をお楽しみ下さい。

2018/4/9 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


第14話 暗・躍・輪・舞

俺はイナゴ怪人V3の選手紹介を聞きながら、背中から猛烈な冷や汗を流していた。

 

何故かと言われれば、イナゴ怪人達は口が悪いものの「嘘は絶対に言わない」連中なのである。つまり、どうやって情報を仕入れたのかは分からないが、イナゴ怪人V3の選手紹介は“全て真実”なのだ。

本体である俺の預かり知らぬ所で、着実にイナゴ怪人達の厄介度が上がっている気がするが、今はその事は置いておこう。いや、置いておきたい。今は出来るだけそんな事は考えたくない。

 

「それじゃあ、組み合わせ決めの、くじ引きしちゃうわよ。組が決まったら、レクリエーションを挟んで開始になります! レクに関して進出者16人は、参加するもしないも個人の判断に任せるわ。息抜きしたい人も温存したい人もいるだろうしね。んじゃ、1位チームから順に……」

 

「あの……! すみません。俺、辞退します」

 

『!!』

 

1位のチームからと言うので、先ずは俺達か……と思った矢先、突然の尾白の辞退表明にその場に居た全員が驚き、信じられない様なモノを見る目で尾白を凝視する。

 

「尾白君! 何で……!?」

 

「せっかくプロに見て貰える場なのに!!」

 

「騎馬戦の記憶……終盤ギリギリまで、ほぼボンヤリとしか覚えてないんだ。多分、奴の“個性”で……」

 

そう語る尾白は、普通科の心操に視線を向けていた。

 

なるほど。奴の“個性”は洗脳系の能力。そして、心操チームの構成メンバーがA組・B組・普通科の混成である事を踏まえて考えると、下手をすれば騎馬を組んだ時から尾白を含めた他の三人は、奴の“個性”の支配下にあったのかも知れない。

 

「VABEGOXIO! GUANVAREWAWOXUNBA!」

 

「えっと……ごめん。何て言ってるんだ?」

 

「『貴様は今、自分が何を言っているのか分かっているのか!? このまま本戦を辞退すれば、お前は“文字通り怪人から尻尾を巻いて逃げた男”と言う、ちょっと上手い事を言った感じの、永遠に消えることの無い十字架を背負って生きていく羽目になるのだぞ!』……と王は言っている」

 

……うん。俺としては単純に「考え直せ」的な事を言いたかったんだが、その意味に関しては概ね合っている。やはり、“個性”が身体能力の一部である以上、イナゴ怪人も元を辿れば俺の“個性”から生まれた存在なので、使えば使うほど精度は徐々に上がっていくモノらしい。

 

「……うん。チャンスの場だってのは分かってる。それをフイにするなんて愚かだってのも、そんな事したら周りからそう言う目で見られるんだってのも……!」

 

「GRUUUU……」

 

「尾白君……」

 

「でもさ! 皆が力を出し合い、争ってきた座なんだ。こんな……こんな訳分かんないままそこに並ぶなんて……俺には出来ない」

 

「気にしすぎだよ! 本戦でちゃんと成果を出せば良いんだよ!」

 

「そんなん言ったら、私だって全然だよ!?」

 

「違うんだ……! 俺のプライドの話さ……俺が嫌なんだ……」

 

「MUUUUUUUU……」

 

芦戸や葉隠の説得も空しく、尾白が辞退を取り下げる事は無かった。それだけに尾白の決意の固さと、尾白が自分に対して厳しい考えを持っている事が分かる。

 

「B組の庄田二連撃です。僕も同様の理由から棄権したい! 実力如何以前に……何もしてない者が上がるのは、この体育祭の趣旨と相反するのではないだろうか!」

 

「くぅ! なんだ此奴ら! 男らしいな!」

 

確かに。しかし、俺が調べた限り『雄英体育祭』の本戦を前にして棄権した生徒等、今まで一度も聞いた事が無い。こうしたケースの場合、本戦の進行とか一体どうなるのだろうか?

 

『むう……何やら、妙な展開になっているが、この場合どうなるのだ?』

 

『ここは主審ミッドナイトの采配がどうなるか……ってトコだな』

 

『そうか。まあ、個人的には奴等の言いたい事は分かるが、社会に出れば自身のプライドを捨ててでもやらなければならない事など、それこそ腐る程あるからな。強制出場も致し方あるまい』

 

『……お前みたいな怪人が人間社会を語るってのも、何か妙な展開だがな』

 

ごもっともである。いや、人間ではないからこそ、イナゴ怪人達は一歩引いた視点で物事を見ているのかも知れない。

 

いずれにせよ、ミッドナイト先生の采配次第で、二人は棄権を認められず、強制的に本戦に参加させられる可能性もある訳だ。

実際問題、「これから将来プロヒーローとして活動するにあたって、プライドが許せなくても『やらなきゃいけない状況や仕事』は幾らでもある」……とか言われたら、正直、ぐうの音も出ない。

 

「そう言う青臭い話はさァ……」

 

『………』

 

「好みッ!! 尾白、庄田、二人の棄権を認めますッ!!」

 

……好みで決めやがった。

 

冷たい表情と雰囲気から、てっきりNGだと思ったのだが、流石は『生徒の如何は先生の自由』を掲げる雄英高校ヒーロー科。どこまでも常軌を逸している。

まあ、俺としては二人の棄権が認められて良かったと思う。この二人にしてみれば強制出場は、ある意味予選落ちよりキツイ処置だっただろうからな。

 

「そうなると……2名の繰り上がり出場者は、騎馬戦5位の拳藤チームからになるけど……」

 

「! そう言う話で来るんなら……ほぼ動けなかった私らより、アレだよな?」

 

「うん」

 

「な!」

 

「「うん」」

 

「最後まで怪獣から頑張って逃げ回って上位キープしてた、鉄哲チームじゃね?」

 

「拳藤!?」

 

「馴れ合いとかじゃなくてさ。フツーに」

 

「!! お、おめぇらぁあ……! うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

B組の拳藤チームの心地よい気遣いに、メタルマンこと鉄哲の慟哭がスタジアムに木霊した。

 

こうして、鉄哲チームから本戦に出場する選手二名が選ばれ、これでようやく本戦の出場選手16名が決定する。

 

『それでは、リザーバーとなった二名の選手紹介ッ!! 俺とタイマン張れる奴はいないのかッ!! お情けアイルビーバック! ターミネーター、鉄哲徹鐵!!!』

 

「一言余計だが、否定できねぇのがツライッ!!」

 

『自分の為にヒーローになるのでは無いッ!! 誰が為にヒーローになるのだッ!! 慈愛少女、塩崎茨!!!』

 

「? ヒーローとはそう言うものではありませんか?」

 

「……と言う訳で、鉄哲と塩崎が繰り上がって16名!! そして気になる組分けは抽選の結果、こうなりましたッ!!」

 

くじ引きによってランダムに決められた対戦表が、ミッドナイトのかけ声と共にスクリーンにデカデカと表示される。

総勢16名からなるトーナメントである為、出場選手はまず8人からなる二つのブロックに振り分けられ、その二つのブロックの中からそれぞれ勝ち残った者が決勝で相まみえる事となる。

 

そんな本戦の参加者は各々が初戦の対戦相手を確認し、一喜一憂する。

 

「「またかッ! 被りすぎだろッ!!」」

 

「メルシー! 僕が相手で残念だったね!!」

 

「ラッキーの間違いでしょ!?」

 

かく言う俺もトーナメント表を右端から見ていくのだが、中々俺の名前が見つからない。それからずっと左に向かって視線を向けると、ようやく俺の名前を見つけたが、俺の名前は一番の左端。すなわち一回戦の第一試合だ。そうなれば、俺の対戦相手はその右隣の奴と言う訳で……。

 

『え゛っ゛!?』

 

……と思って名前を確認した矢先、周囲から一斉に驚きの声が上がる。どうやら他の面子も俺がどのポジションに居るのか、そして俺の対戦相手が誰なのかを確認していたらしい。

 

そんな皆が注目していた、俺の初戦の対戦相手は誰かなのかと言うと――。

 

『八百万(さん)/ヤオモモ!?』

 

そう。八百万だ。

 

入学した時に受けた「“個性”把握テスト」では総合2位。“個性”は構成さえ知っていれば、生物以外なら有機物・無機物を問わず、なんでも生み出せると言う『創造』。

そして単純な身体能力では芦戸に一歩劣るものの、分析力や判断力等を含めた総合能力では、間違いなくA組の女子最強。そして、男子を併せてみても五本の指に入る事は確実の実力者。

 

……すなわち、強敵である。

 

「UUUUU……BAADABOOVAVRGA、GAGA、JEEJEEVOOVOODAAVAZEDEBUGUU!」

 

「えっと……何て、言ってらっしゃいますの?」

 

「『まさか、いきなり最強クラスのお前と当たる事になるとな……。だが、容赦はしねぇ! 一気に決着つけさせて貰うぜ!』……と王は言っている」

 

うん。段々とアレンジが抑えられて、意訳が俺の言っている事に近づいてきている。この調子ならいずれは100%の俺の言葉を伝える事が出来るだろう。

 

「………」

 

「……GG?」

 

俺がそんな完全なる意思の疎通が出来る未来を考えていると、何やら八百万の様子がおかしい事に気づいた。目をウルウルさせた上に、体をフルフルと震えさせて、まるでハムスターやウサギを彷彿とさせる小動物の様なリアクションだ。

 

「VOI,GOXI……」

 

「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

「!?」

 

それを不審に思った俺が声をかけた刹那、八百万は突然その場で泣き崩れた。

 

……え? なんで!?

 

 

○○○

 

 

突然だが、八百万百は日本最難関とされる雄英高校に推薦入学で合格した、俗に言うエリートである。

 

しかし、雄英高校に入学してからは、「“個性”把握テスト」で怪人バッタ男である新に遅れを取り、『敵連合』のUSJ襲撃の際には、自身の油断から上鳴を危険に晒し、耳郎と共に貞操と命を奪われかけている所を、「怪人バッタ男の偽ヴィラン作戦」によって助けられている。

 

更にこの雄英体育祭においては、予選の障害物競走で『エロ怪人グレープ・チェリー』こと、峰田の魔の手からイナゴ怪人アマゾンに助けられた挙げ句、その結果は“個性”を駆使して13位。

騎馬戦では一度は1位の座を勝ち取るのに貢献するも、新の「イナゴ怪人捕食」と「殺気を纏ったフェイント」と言う奇策によって逆転を許し、4位というギリギリのラインで予選通過と相成った。

 

「(最強クラス? ……褒められた?)」

 

「……GG?」

 

「(褒められたぁああああああああああああああああああああああああああああッ!!)」

 

その結果、これらの醜態は八百万の心に少なからず影響を与え、八百万の心の内には何時しか、「人に認めて貰いたい」。或いは「人に褒められたい」と言う承認欲求が生まれ、新の台詞はそれを大いに刺激した。

更に八百万の視点から見ると、新はありとあらゆる意味で自分の遙か上をいく存在であり、そんな人物が自分に予想外に高い評価を付けていた事を知った八百万は感激し、その感動の津波は彼女の心の防波堤を容易く粉砕してしまった。

 

「VOI,GOXI……」

 

「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

八百万百は涙を堪える事が出来ず、人目も憚らず号泣した。しかし、そんな彼女の心の内を知らない者からみれば、その光景は……。

 

「おいいいいいっ!! あの子、突然泣き崩れたぞぉおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「む、無理もねぇ! あんな女の子が、あんな怪人と一対一で戦うなんて、普通は無理だ!」

 

「多対一だってやりたくねぇよ!! 例え金を積まれたって、アイツと戦うのは絶対に御免だぜ!」

 

「そうよ! アレが相手なら、もう立ち向かっただけでも立派よ!」

 

「つーか、あの野郎、あの女の子に一体何を言いやがったんだ!?」

 

「共食いなんてやらかす様な奴だ! きっと、『メインディッシュにしてやるぜ!』とか言ったに違いねぇぜ!!」

 

……こう見える。

 

結果、八百万が泣き止むまで、観客席から八百万を擁護する声と、新に対するブーイングが止むことは無かった。

 

 

●●●

 

 

八百万が突然泣き出し、訳も分からず俺はオロオロしながら何とか八百万を泣き止ませようと努力した。そして、泣き止んだ八百万は憑き物が取れたかのような、迷いの無い瞳で俺にこう告げた。

 

「望むところですわ! 全身全霊を以て戦わせていただきます!」

 

実に堂々とした宣戦布告である。まあ、俺の風評被害は兎も角として、八百万がやる気になってくれて何よりだ。

 

そして始まるレクリエーション競技。本戦に進む生徒の大半はレクリエーション種目に参加しないようで、確認できる限り参加しているのは男子では上鳴と瀬呂、そして女子では麗日、芦戸、八百万と、男子の大半が温存を選択していた。

 

ちなみに、上鳴と峰田はこのレクリエーションが終わるまで、ずっとチアコスで過ごす事になるらしい。自業自得とは言え不憫な奴等よ。

 

かく言う俺はレクリエーション種目にしっかりと参加しており、『玉転がし』では四本腕の状態で『複製腕』の“個性”を持つ障子とペアを組んで挑んだ。

ただ、『借り物競走』に関しては酷かった。ソレというのも、借り物競走で俺が取ったカードに書かれたモノは「アン肝」。絶対に無理だろと思った矢先、何時の間にかそれを後ろから見ていたイナゴ怪人共が、奇声を上げて観客席に飛び込んだ。

 

「うひょひょひょひょ!! 生肝ォオーーーーーーーーーーッ!! 新鮮な生肝をよこせぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

 

『ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!』

 

「………」

 

日本昔話に出てくる山姥の様な台詞をのたまうイナゴ怪人達と、それから必死に逃げる観客達。中には立ち向かう勇敢な者も居たが、無駄に戦闘能力が高くなっているイナゴ怪人達に翻弄され、手玉に取られている。

 

「誰かー、鞄貸して貰え……」

 

『うわあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!』

 

「猫ォオオッ! 猫をお願い……」

 

『いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!』

 

そして、そのお陰で他の参加者である瀬呂達の声が、観客には全く聞こえていない。いや、聞いている余裕が無い。

 

もっとも、俺の方もアン肝の入手は正直難しい。仕方ないので近くに居たイナゴ怪人Xを捕まえ、手刀で脇腹を貫くと、腹から肝臓らしきモノをえぐり出し、「“案外オツな味のするイナゴ怪人の肝臓”略して“アン肝”」と言う事で提出した。

 

「BOOGEZ!」

 

「……あ、うん……じゃあ、OKで……」

 

そしてこの妥協案はちゃんと認められた。これは決して、借り物を判定することになったミッドナイト先生が、本当に案外オツな味がするのかを確かめる事を全力で拒んだからでは無い。……多分。

 

『それではいよいよレクリエーションの最終種目ッ!! フォークダンスのお時間だッ!!』

 

「「っしゃああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」」

 

アナウンスを聞いた瞬間、チアコスの峰田と上鳴が歓喜の雄叫びを上げるが、俺は非常に憂鬱な気分になった。

 

それと言うのも、俺にとってフォークダンスとは、『二人組を作る』と同等か、或いはそれ以上のトラウマなのだ。特にオクラホマミキサーは「この世から無くなってしまえば良いのに」とさえ思っている。

 

「体育祭で、こんな神イベがッ!! 当分手ェ洗わねェぜぇ~~~~~~~~~~ッ!!」

 

峰田……お前、女子からの好感度は致命的に低いのに、そんな事を考えているのか。まあ、お前からすれば至近距離で女子と触れ合っているにも関わらず法に触れんのだから、そうなるのも無理は無いか。チアコスだけど。

しかし、今だけはそのメンタルの強さが素直に羨ましい。だって、俺と踊った女子は例外なく手を洗うからな。それも怪人では無い人間の姿なのに、これ以上無い位の全力で。

 

本音を言えば、本戦出場の特権を利用して逃げたい。しかし、此処で居なくなれば逆に何か変な噂が立つような気がしないでもないし……仕方ない。参加するか。

ヒーロー科は男女比が偏っている為、女子側に並ぶという手もあったのだが、出久達がいないことでその差が縮まり、更にピュアなシャイボーイ筆頭の尾白達がいち早く女子側に並んだ為、もはや俺は男子側に並ぶしかなかった。

 

こうして地味に覚悟を決めている内に、“音を楽しむ”と書く癖に全く楽しむことが出来ない地獄のトラウマソングがスタジアムに流れ始めた。せめて相手を『ハイバイブ・ネイル』や『スパイン・カッター』で傷つけないように踊ろう。

 

そう思って初めに手を取った相手は麗日。今の俺と踊るのは嫌だろうなぁ……とか思っていたのだが、表情を見ると何か思っていたのと様子が違う。何というか、ソワソワ且つオズオズしている。

 

「いやぁ……緊張するねぇ……」

 

「UVA?」

 

……はて、緊張する? 俺が知る限り「緊張する」とは、もっと恐怖と嫌悪に顔を歪ませ、俺にキンチョールをぶっかけたいと言わんばかりの表情になる事を言う筈だ。こんな困った様に照れている感じの表情になる事では無い。

 

そんな麗日に違和感を覚えつつ、俺が次に踊るのはあっけらかんとした態度の芦戸。

 

「おっ! 次は呉島か! 踊ろ!!」

 

「……GUA!?」

 

……は!? 踊ろ!?

 

俺は自分の耳と芦戸の正気を疑った。俺と踊りたくない女子ならそれこそ星の数ほど見てきたが、俺を踊りに誘う女子など一度たりとも遭遇した事は無い。人間の姿でさえそうなのに、今の俺の姿は『怪人バッタ男』だ。とてもじゃないが、芦戸の言う事が信じられないのも無理はないだろう。しかも、芦戸は思いの外ぐいぐい来る。

 

え!? 何!? 何なの!? 自分で言うのも何だが、俺が気持ち悪くないのか!?

 

そうして戸惑う俺が、芦戸の次に踊るのは耳郎。此方は特に会話を交わすことなく踊り始めるが、此方も麗日同様のリアクションで何か様子がおかしい。そのまま話しかけられる事も無く無難に踊り終え、次は葉隠と踊る。

 

「(え? 何か凄く優しく手握って、ウチの動きに合わせる様に踊ってくれたんだけど……ていうか……え? まさかウチだから?)」

 

「わ。呉島君、踊るの上手だね。あたしの手、透明なのに、ちゃんと握れてるし」

 

「GAAIBOVXA、GOMWAIVAI」

 

「『例え見えなくても、俺はちゃんとお前の手を掴んでみせる』……と王は言っている」

 

「う、うん……」

 

「………」

 

「ほぎゃぁあ! 何故です!?」

 

? 何故か峰田が耳郎から攻撃されているが、あの変態は一体何をやらかしたのだ? つーか、何で耳郎はジト目で俺を見ているのだ?

そして、頭だけのイナゴ怪人1号が俺の背後に浮かんでいるのは、通訳が必要とは言えかなり不気味だ。そしてやっぱり言いたい事が若干ズレている。

 

そして葉隠の次は、これから本戦で対戦する事になる八百万だ。

 

「わっ……私、こういうのは初めてでして!」

 

「……XAVIBOBGA」

 

「『気にするな。楽しめ。こーゆーのは楽しんだ者勝ちだ』……と王は言っている」

 

またもや、言いたい事が若干ズレているイナゴ怪人1号の言葉を耳に入れつつも、俺は皆のリアクションについて考えていた。

 

俺はこうした男女混合のイベントでは、この世の害悪の集合体の様な忌み嫌われる存在であり、汚物で出来た前衛芸術の様な物体として迫害される様な存在であった筈だ。

 

それが、何だこの空気は……。

 

……もしかして、意識されているのかッ!? この俺が人間として……いや、異性としてッ!!

 

……いやいや、流石にソレは有り得ん。そんなのは俺だって意識し過ぎなのは分かる。可能性で言えば思い過ごしである方が確立は高いし、巧妙な罠である可能性だってある。

 

しかし……、しかしだ……。

 

「シンちゃん」

 

「BAMVA?」

 

「本戦、頑張ってね。応援してるわ」

 

正直言って俺は今……報われている……。

 

そして梅雨ちゃんと踊り終えた後、B組や普通科、サポート科や経営科の女子達からは予想通りの反応が見られたのだが、俺は全く気にならなかった。

何という晴れ晴れとした気分なんだ。まるで暗闇に光が差し込むような……実に清々しい気分だ。俺の心の中で、爽やかな風が吹いていた。

 

『さあ、それでは会場の皆さんもご一緒にッッ!!!』

 

そして観客席のヒーローや一般人が入り交じり、誰もが音楽に合わせてオクラホマミキサーを踊る中、俺は観客席にMt.レディが一人でポツンと座っているのを見つけた。

 

今までの俺なら、女性をフォークダンスに誘う事など絶対に出来なかった。しかし、今の俺は違う。例え無様に断られようとも、一人で寂しそうにしている女性をダンスに誘う。それが最も重要な事なのだ!

そう考えた俺は観客席に向かって跳躍し、Mt.レディの前に颯爽と降り立つと、さっと右手を差し出した。すると、俺と全く同じタイミングでMt.レディに手を差し出した人物が、俺の他にもう一人いた。

 

「GUVA?」

 

「む?」

 

一体誰だ? 俺と同じ事を考えいるのは……と思って隣を見ると、そこに居たのはパンティを被った変態……もとい、「ありとあらゆる意味で究極のヒーロー」と名高い、「究極ヒーロー『変態仮面』」だった。

 

「「………」」

 

「(……え? 何コレ? 何なの!? 選ばなきゃいけないの? 二人の内どっちかを選ばなきゃいけない空気になっちゃってんの、コレェ!?)」

 

俺と変態仮面が無言で見つめ合う一方で、Mt.レディは目の前の光景に混乱していた。いや、内心で「誰か意地でも誘えや!!」とは思っていたが、怪人と変態の二択を迫られる事になるとは露程も思っていなかった。

 

「……えっと。……それじゃあ、良いかしら?」

 

「BUUM」

 

結果、Mt.レディは俺の手を取ったが、選ばれなかったにも関わらず、変態仮面は満足げな笑みを浮かべ、全てを許し森羅万象を優しく見守るような慈愛の眼差しを俺に向けていた。よく分からんが、どうやら変態仮面に不満は無いようだ。

 

「「「「「「「………」」」」」」」

 

一方、その光景を見たイナゴ怪人達は、新世界の神を彷彿とさせる邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 

○○○

 

 

時間はフォークダンスが始まる数十分前に遡る。

 

「お前達に折り入って頼みがある。王のトラウマを克服する手助けをして欲しい」

 

「トラウマ?」

 

「呉島の?」

 

「うむ。王の持つトラウマの一つ、それは……」

 

「「「「「「それは?」」」」」」

 

「フォークダンスだ」

 

「「「「「「……へ?」」」」」」

 

「具体的にはオクラホマミキサーだ」

 

「……いや、それで何でウチ等の協力が必要な訳?」

 

「良いだろう。説明は俺がしてやる」

 

耳郎のツッコミに対して、イナゴ怪人2号はイナゴマンが持ってきたホワイトボードを使って説明を開始する。ホワイトボードには『イナゴ怪人2号のサルでもワカる社会カースト講座』と書かれていた。

 

「いいか少女達よ! この世は所詮、カースト制だ。イケてる人間はほんの一握りしかいない! 人は言う! 『上に行く為には努力をしろ』と! しかしだ! 我々に言わせれば『努力して上に行ける』と言うのは、それだけの才能や素質を元々持っているのであって、つまりはカーストの中でも比較的上位に位置している『選ばれし者』だと言う事だ! 具体的にはこの辺り!」

 

「……いや、下から二番目ってそんなに上位でもないじゃん」

 

耳郎の言う通り、イナゴ怪人2号が指さしているのは、ピラミッドの下から二番目の部分。これで比較的上位と言うのはおかしい。

 

「それはどうかな?」

 

「え?」

 

「『上には上がいる』と言う言葉があるように、『下には下が存在する』のだ! そう! こんな風に、どこまでもッ!!」

 

そう言うとイナゴ怪人2号は、カースト制を説明していたピラミッドの隠された真実を堂々と暴露した。曝け出されたカースト制を表す図形は三角形から菱形に変化しているが、上が綺麗な正三角形であるのに対し、下半分は異常に細長い二等辺三角形であり、見る者を不安にさせるアンバランスな印象を抱かせた。

 

「……えっと、何コレ?」

 

「社会におけるカースト制の真実の姿、その名も『暗黒大魔界クソ闇地獄カースト』! ちなみに王が居るのは此処だ」

 

「最下位!? いや、そこまでド底辺じゃ無いでしょ!?」

 

「ちなみに最下位から最上位へ這い上がるには、人生が3回分位必要になる」

 

「200年位!? 絶対に無理じゃん!!」

 

「そう。絶対に無理! 何せ月とスッポン、鯨とミジンコ所か、天使とウンコ位の差があるからな! 故に多くの地底人達は上に這い上がる事を道半ばで諦め、天上人を下に引きずり下ろす事でちょっとした快楽を得るようになったり、或いはリアルな幸せ者達を取って食らう害獣『リア獣』と化したり、もしくは童貞を拗らせ切った末にやがて辿り着くと言う伝説の童貞“ただ羨ましかっただけなのを遂に認めた神”『童貞ゴッド』として崇め奉られるようになったりする!!」

 

「何そのヤバい情報!! つーか神様ってそんな事でなれるもんなの!?」

 

「“なれる”と言うより“なってしまう”と言う方が正しいな。もっとも、王は『自身が這い上がる』のではなく、『他者を引き上げる事』を目的としているのだが」

 

「? どう言う事?」

 

「王は幼少期において、ボンバー・ファッキューの“個性”が『ヒーロー向けの“個性”』だと評価されたのを聞いて、ある疑問を持つようになった。『“個性”によってヒーローやヴィランは決まるのか?』とな。それは成長するにつれて段々と大きくなり、あるヒーローとの出会いを経て『自分の“個性”に苦しんでいる人々の“希望の象徴”』と言う目標に変わった。そしてその悲願を成就するべく、王はこの体育祭で頂点を目指し、彼等の地位向上を狙っているのだ。カースト制における序列は、周囲の評価や価値観によって変動するモノだからな」

 

「……いや、むしろ活躍する度に悪化しているように思えるんだけど……」

 

「そうか? 我々は『異形の“個性”を持って生まれた者』や、『ヴィラン向きの“個性”を持って生まれた者』。或いは『親が“個性”故にヴィランとなった者』達にとって、王の活躍が彼等の『最後の希望』になると思っている。例えば、こんな風に……」

 

そう語りつつイナゴ怪人2号が指を指した先には、新のコスチュームであるフルフェイスのヘルメットを被ったイナゴ怪人1号と、ホッケーマスクを被ったイナゴ怪人ストロンガー。そして帽子を被ったイナゴ怪人Xの姿が。

 

「ヴィランもヒーローも、その力の根源は“個性”にある! 間もなくその少年も生まれ持った“個性”と、選民思想に犯された価値観が蔓延するこの社会に絶望し、私と同じヴィランとなり果てる! ソレを守るのがお前の正義か!」

 

「……ある人が言った。『俺達は正義のために戦うんじゃない。俺達は人間の自由のために戦うんだ』と……」

 

「何ぃ……?」

 

「たとえ、俺やこの子の“個性”がヴィランのソレと同じものだとしても! 俺は絶望を希望に変えた! そしてなったんだ……!」

 

「なったんだ……ヒーローに……」

 

「俺だけじゃ無い! 例え生まれ持った“個性”がヴィランと同質の力なのだとしても、ヒーローになる者が現われる! 次々と!」

 

「俺も……なれるかな? こんな“個性”じゃ、ヴィランになるのは決まってると思ってた……でも、もしかしたら俺も、ヒーローに……!」

 

「「「「「「………」」」」」」

 

突如始まったイナゴ怪人達の演劇を、黙って鑑賞する女子の面々。ぶっちゃけ、ツッコミ所は多いし、茶番と言えば茶番なのだが、それでも彼等の言いたい事は分かる。騎馬戦でイナゴ怪人を通して、新の独白を聞いた麗日や八百万は特にだ。

 

「分かるか? だからこそ、王は『ヒーロー向きの“個性”』を持つ者に負ける訳にはいかない。決して! 『怪人がヒーローに負ける』。それは万人が抱く一つの固定概念だ。そして王は『ヒーロー向きの“個性”』を持つ者達に打ち勝ち、ソレを根底から覆すべく奮起している。たった一つの目的の為に!」

 

「……怪人でも、ヴィラン向きの“個性”でも、ヒーローになれるって?」

 

「うむ。しかし、一方でこの体育祭で王に飛ばされたヤジの数々は、我々のような“異形の存在”の本質を突いている。そして、不特定かつ大多数の人間から批難され、弾劾され、それで何も思わない人間が、傷つかない人間などこの世には存在しない。だからこそ、今の王の心は深く傷ついている。所謂『限界状況』と言う奴だ」

 

「限界状況?」

 

「カール・ヤスパースの実存哲学における用語の一つで、『意思や努力によって変えることの出来ない、人間を限界づけている普遍的状況』の事ですわ」

 

「うむ。しかし、人は同じ志を持つ他者と交わる事で、『限界状況』を超える事が出来る。かつてオールマイトがお前達に恥ずかしい思い出話をさせる事で、錯乱する王を元気づけたようにな。つまり! お前達の協力が有れば、王は『限界状況』を超越し、トラウマを克服する事が出来るッ!!」

 

「……つまりシン君が落ち込まないようにして欲しいって事?」

 

「……まあ、そうだな。簡単に言えばそう言う事だ」

 

「でも落ち込まない様にってどうすれば……」

 

「普通にすれば良いんじゃないかしら? シンちゃんの事を怖がらなきゃ何でも良いと思うわ」

 

「何だ、簡単じゃん!」

 

「そうだね。それ位なら大丈夫だね」

 

「(……思ったよりも好意的だな)」

 

「(うむ。杞憂であったか……)」

 

女子の面々の反応を見て、わざわざ協力を求める必要は無かったかも知れないと、イナゴ怪人達は思った。

 

彼等としては王である新が、自分達イナゴ怪人に対して色々とやらかしている事は自覚しており、主に「脊髄ぶっこ抜き」と「共食い」の所為で、好感度は大暴落していると思っていた。

また、対戦相手になり得る新の弱体化を狙って協力しないと言う事も考えられたが、このまま放っておけばいずれにせよ新がトラウマスイッチの発動によって弱体化するのは目に見えているので、やらなくても失敗しても結果は同じと判断し、彼等はダメ元で彼女達に協力を申し出たのだ。

 

まあ、それでも「飴と鞭」によるギャップの理論を用いて、新のイメージアップを図る当たり、彼等も抜け目が無いと言えるのだが……。

 

「それでは協力して……くれるかな?」

 

「「「いいともー!!」」」

 

「ですわ!」

 

「ケロ♪」

 

「まあ、踊るだけだし……」

 

全ては王の悲願成就の為。イナゴ怪人は何処までも新の為に暗躍……もとい、働く怪人である。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 イナゴ怪人とクラスメイトのお陰で、また一つトラウマを克服した怪人主人公。「もう何も怖くない状態」に陥り、もはや人生小春日和。そして「出久も参加すれば良かったのに」と、内心最も苦楽を共にした幼馴染みに悪いなぁと思っていたりする。

イナゴ怪人(1号~ストロンガー)
 制限を緩くして使用し続けた結果、段々と本体のニーズがワカッてきた怪人軍団。そして地味に前回話した「人間の破落戸の善行には理不尽に甘く、勤勉なる者の過ちには度を越して咎め落とすと言う愚かな習性」を利用していたりする。しかし、そのお陰でシンさんのテンションは絶好調。
 今回の主な元ネタは『ウィザード』の「終わらない物語」と、『おそ松さん』の「童貞なヒーロー」。ちなみにヘルメット以外の小道具は、全て百円ショップで購入している。

変態仮面
 本編初登場のアブノーマルヒーロー。見た目はアレだが中身は紳士な怪人少年との出会いに思わずほっこり。そしてシンさんとMt.レディの二人を見送った後は、チアコスでリカバリーガールと情熱的なダンスを踊るブドウ頭の少年を凝視していた。



フォークダンスのアレコレ
 元ネタは『すまっしゅ!!』だが、レクリエーション種目の最初では無く最後になったり、男子の参加人数が少なかったりするのは、作者が原作と適当に「レッツ・ラ・まぜまぜ!」した結果こうなった。
 フォークダンスでMt.レディは売れ残ったけど、この世界ではシンさんと変態仮面のどちらかをパートナーとして選ぶ事が出来た。やったね(白目)!

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