怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

18 / 70
大変お待たせしました。2017年の初投稿です。そして、この後で番外編も一話投稿するので、そちらも宜しくお願いします。

今回は文字数が18000字近くあり、本来なら分割するのですが、キリが悪くなりそうだったので、今回は通常よりもボリューム大目でお送りします。

そして待望の『バイオハザード ザ・ファイナル』を見た感想ですが、ウェスカーの敗因は「全身を無職に改造されてマダオに成り下がった事」で大体あっていると思う。

8/23 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。

11/20 誤字報告より誤字を修正しました。毎度報告をありがとうございます。

2018/3/12 誤字報告より誤字を修正しました。またまた報告をありがとうございます。

5/20 誤字報告より誤字を修正しました。毎度報告ありがとうございます。

7/9 誤字報告より誤字を修正しました。何時も報告ありがとうございます。

2018/10/13 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


第5話 よみがえるバッタ男

何だ……これは……。

 

膨大な量のエネルギーが、泉の如く涌いて出てくる様なこの感覚。『“個性”把握テスト』で「アクセルフォーム」を発動した時と似ているが、今回はあの時と決定的に違う部分がある。

 

熱い。兎に角、熱い。体温が急激に上昇し、体がまるで燃えている様だ。更にそれに比例して、俺の中でヴィランに対する怒りが大きくなっていく。こんな事は生まれて初めてだ。

 

そして、俺がこの日見てきたヴィラン達の所業が、俺の脳内で何度も繰り返しフラッシュバックしている。

 

俺達を嬲り殺すと宣言し、USJの各ゾーンに分散させたミストマン。

 

殺意を持って攻撃を仕掛けてきた、火災ゾーンのチンピラヴィラン。

 

自らの欲望の為に上鳴を人質に取り、八百万と耳郎を脅迫した電気ヴィラン。

 

遊び飽きた玩具を壊すかの様に、相澤先生の両腕を無造作に破壊したマッチョメン。

 

オールマイトへの嫌がらせの為だけに、出久達を殺そうとしたハンドマン。

 

こうして考えてみると、何時誰が犠牲になっていても、全くおかしく無かった事を改めて思い知らされる。むしろ、全員が無事でいる今が奇跡だ。

 

……そうだ。誰かが、犠牲になる前に。

 

砕キ、尽ク、さ、ナけレ、バ……。

 

熱にうなされた病人の様に、体温が思考する力を少しずつ奪っていく。そうして俺の意識は、徐々に“目の前のヴィランを打ち砕く衝動”に飲まれていった。

 

 

○○○

 

 

負傷した肉体を再生させ、更なる進化を遂げた呉島少年は、獣の様な唸り声を上げながら、死柄木達三人を睨みつけている。その姿は今までに見せたモノと明らかに異なるが、その姿に至るまでの過程は『“個性”把握テスト』の時に見せたモノと酷似している。

 

「FUUUUUUU……」

 

「おいおい。『一度負けてからパワーアップして復活』って、そりゃヒーローのやる事で、怪人のやる事じゃないだろ。

……まあいい。さっきまで虫の息だった奴が復活しても、大してHPもAPも残って無いだろ。脳無、さっきの続きだ。爆発小僧をやっつけて、出入り口を奪還しろ」

 

脳無と呼ばれるヴィランが爆豪少年を急襲する。速い。文字通り目にも止まらぬスピードだ。このスピードに対応出来るのは私だけ。そう思った私が脳無の攻撃から爆豪少年を庇おうとした時、誰かが私を押しのけた。

 

呉島少年だ。ゲート付近から一瞬で移動し、脳無の前に立ちはだかった呉島少年は、脳無の繰り出す右拳に、自身の左拳を真っ向から叩きつけた。

 

「SHYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

「!?」

 

何かが爆発したと錯覚する程の炸裂音と衝撃がUSJに反響し、呉島少年の拳が脳無の拳を押し返す。押し返された脳無の腕はブルブルと波立ち、それはまるで皿の上に盛り付けられたプリンの様だった。

 

「CRYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!」

 

崩れた体勢を整え、反撃を試みる脳無。それに対して呉島少年は、最小限の動きで攻撃を回避し、脳無の急所を目掛けて的確に、そして鋭い打撃を連続して打ち込む猛反撃を開始した。

脳無の攻撃は一切当たらず、呉島少年の拳が打ち込まれる度に、脳無の体は大きく震え、徐々に後退する。眼にも止まらぬスピードと、圧倒的なパワーで繰り広げられる攻防。その中で呉島少年は完全に脳無を圧倒していた。

 

「……おい、何の冗談だ? オールマイトの100%にだって、耐えられるんじゃなかったのか!?」

 

手のマスクの所為で表情を見る事は出来ないが、死柄木の声は明らかに動揺と苛立ちが感じられた。

あの脳無と呼ばれたヴィランは、私が何度殴りつけても表情一つ変える事無く平然としていた。既に全盛期を過ぎて衰えているとは言え、「私の攻撃に耐えられる」と言う事実は、奴等にとって極めて大きな精神的支柱となっていただろう。

 

その脳無が今、真っ向からの打ち合いに押し負けている。死柄木は気付いていなかったようだが、脳無の“個性”が「ショック無効」ではなく「ショック吸収」ならば、ショックを吸収する容量に限界が存在すると言う事。

 

つまり、今の呉島少年は「ショック吸収」の“個性”が無効になる程のパワーで殴っているのだ! 私がやろうとしていた方法を、私の100%を超える力で!

 

「『ショック吸収』が効いてねぇ……それだけのパワーって事か」

 

「ああ、だがそれだけじゃねぇだろ」

 

「ん? ああ、何っつーか、洗練されてるっつーか、しなやかに動いてるな」

 

「違ぇよ馬鹿、よく見てみろ。さっきからパンチが急所にばかり目掛けて飛んでんだろ」

 

「……本気になったって事か?」

 

「それも違ぇ。アレはブチ切れ過ぎて余計な事を考えてねぇだけだ。それで意識が飛んで、タガが外れて、頭じゃなく体で動いてる。本能ってヤツだな」

 

「!? ちょ、ちょっと待て爆豪! それじゃあ、何か? 呉島は今無意識で戦ってるってのか!?」

 

「……仮にそうだとして、意識が無い状態で、どうすればあんな正確にピンポイントで急所を狙える?」

 

「……体が覚えてるんだよ。意識を無くしても、今までに繰り返してきた事が、積み重ねた事が、体に染み付いているんだよ」

 

そう。いざと言う時、即ち極限に追い詰められた状況下では、それまでに積み重ねたモノが表に現れる。そう考えれば、呉島少年はなんと素晴らしい、そしてなんと恐ろしい事を積み上げてきたのだろうか。

 

基本的にヴィランとヒーローでは、対“個性”戦における戦い方は大きく違う。

 

ヴィランは基本的に生まれ持った“個性”の性能に頼り、思うが侭に力を振るうものだが、ヒーローは自分の“個性”を充分に把握し、ソレを活かす為の技術を磨いた上でヴィランとの戦いに臨んでいる。

 

脳無の戦い方は明らかに前者。小手先の技術など不要とばかりに、力で捻じ伏せるタイプだ。その攻撃はワイルドで打撃音が大きく迫力も類を見ないが、その実威力は分散している。それでも充分だと言う所が、恐ろしい所だが……。

一方の呉島少年は後者だ。優れた身体能力を持ちながら、更にヴィランを、人間を合理的に破壊する為の技術を身につけ、小さく、鋭く、急所のみを確実に狙って攻撃している。

 

それにしても、爆豪少年然り、緑谷少年然り、呉島少年の事をよく分かっている。流石は幼馴染と言った所か。

 

「JYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

呉島少年の拳は脳無の顎を下から打ち上げ、脳無の体が宙に浮いた。脳無の歯が全て粉砕され、意識を失ったのか白目を剥いている。

しかし、呉島少年の追撃は止まらない。脳無の腕を抱えて空中高くジャンプすると、一本背負いの要領で脳無を水難ゾーンへと投げ飛ばす。水難ゾーンに巨大な水柱が上がり、USJに雨が降り注いだ。

 

「勝った……のか?」

 

「FUUUUUU……」

 

水難ゾーンに投げ飛ばされた脳無が浮んでくる様子は無い。一方、着地した呉島少年は、体が相当な熱を孕んでいるのか、全身から水蒸気を発している。それによく見ると、緑色の体が所々黒ずんでおり、皮膚の下で内出血が起こっている事が分かる。見た目からして打撲によるものでは無さそうだが……まさか、自分のパワーに肉体が耐え切れず、自壊しているのか!?

 

「何だ、何なんだ。俺の脳無を……。こんな化物がいるなんて、聞いてないぞ……ッ!!」

 

「死柄木弔……落ち着いて下さい。よく見れば脳無はしっかりと彼にダメージを与えていたようです。アレではもう満足には戦えないでしょう。オールマイトに関しては私と死柄木で連携すれば――」

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

混乱する死柄木と、それを諌める黒霧の二人に向かって、呉島少年は野獣の様に吼えた。大地を揺らす轟音と音圧の直撃を受けて、黒霧と呼ばれたヴィランは吹き飛ばされ、死柄木は耳を押さえて地面に転がった。

 

「ぬぅうっ!?」

 

「うぅううおおぉおぉお!? なん……」

 

「JYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

呉島少年が死柄木の右足を踏みつけると、骨が折れる生々しい音と共に、死柄木の右足があらぬ方向を向いた。

 

「ぐぁあああああああッッ!! この、ガキ……ッ!!」

 

右足を折られた死柄木は呉島少年に両手を突き出し抵抗するが、呉島少年はあっさりと両手首を掴み、その強力な握力で骨と関節を容易く握り潰した。

 

「!! がぁあああっ!!」

 

「GUUUUUUUUUUUUUUUUUUU……!!」

 

「ヒッ!!」

 

「GUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

「ぐぁ……!」

 

死柄木の両手を放した呉島少年は、今度は頭を鷲掴みにして、力任せに死柄木の顔面を地面に叩きつけた。地面には蜘蛛の巣状の皹が入り、死柄木の頭が半分程地面に埋まる。

 

「UUUUU……URYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

「……、……」

 

最後に左足を掴むと、死柄木を雑巾でも振り回すか様に、火災エリアの壁に開けられた穴へ向かって、真っ直ぐに放り投げた。当然と言えばいいのか、左足も握り潰されている。そしてボロ雑巾の様にされた死柄木だが、振り回されている最中に何事かを呟いているのが私には聞こえた。

 

そして、呉島少年が死柄木を放り投げた直後、水難ゾーンの水面が盛り上がり、巨大な物体が、砲弾の様に呉島少年へと迫った。

それは破壊され、水底へと沈没しただろう船の残骸。予想外の攻撃に呉島少年は船体を殴り飛ばすが、その直後にもう半分の船体が、呉島少年の頭上から降ってきた。激しい破壊音と衝撃が施設内に反響し、周囲は土埃に覆われる。

 

「滅茶苦茶だな……!!」

 

「あっちゃん!!」

 

「大丈夫だ! ちゃんと避けている!」

 

そう、呉島少年はしっかりと避けている。しかし、それこそが死柄木の狙いだった。

 

何時の間にか黒霧は火災エリアに向かって移動しており、死柄木は火災エリアに放り込まれる瞬間、奴は水難ゾーンに沈んだ脳無に指示を出し、呉島少年の追撃を妨害する事に成功したのだ。

もっとも、死柄木に水難ゾーンに沈んだ脳無の状態を確認出来ていたとは思えないので、コレは死柄木にとっても賭けに近かっただろう。

 

そして、結果として死柄木は賭けに成功した。

 

「! WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」

 

「COWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

呉島少年を死柄木の元へ近づかせまいと、復活した脳無が立ちはだかる。その間に黒霧はワープゲートを展開し、死柄木を回収してこの場から撤退しようとしていた。

 

不味い! ここで彼等を逃がす訳にはいかない!

 

「TEXAS……SMASH【テキサス・スマッシュ】ッッ!!」

 

「逃がすかゴラぁッ!!」

 

私は広範囲に展開されたワープゲートに向かい、真っ直ぐに拳を繰り出した。音を置き去りにする拳速から生まれた風圧はモヤを吹き飛ばし、そこを爆豪少年が追撃する。

 

――しかし、爆豪少年が吹き飛ばした相手は、黒霧でも死柄木でもなかった。

 

「ぐわあああああああああああああ!! なんでじゃぁああああああああああああ!!」

 

意外ッ! それは峰田少年ッ!!

 

「何ッ!?」

 

「運が良かった。私の方が先に攻撃されていたら、こうはいかなかった……」

 

「うわ! 何時の間に!」

 

少年少女の悲鳴が上がり、ゲート付近に目を向けると、そこで黒いモヤが渦を巻いていた。

 

黒霧が呟いた言葉から察するに、黒霧は我々が呉島少年と死柄木に注目している隙をつついてモヤをゲート付近に展開。そして峰田少年をワープゲートで転送して、自身の楯にしたようだ。

そして、ワープゲートは今も少年少女達の周りに展開され、何時でも次の楯を出せる……いや、最悪このまま生徒を拉致出来る状態になっている。彼等は出来ればここで捕らえておきたいが……やむを得ない!

 

死柄木を飲み込んで収縮していくモヤを無視し、一足飛びにゲート付近に移動すると、少年少女と負傷した相澤君と13号君を背にして、渾身の力を込めた拳を地面に叩きつける。

 

「DETROIT……SMASH【デトロイト・スマッシュ】ッッ!!」

 

「! 今だ爆豪!」

 

「分かってるわ、ボケッ!」

 

一撃でモヤを晴らし、少年少女達が楯にされる、或いは拉致される危険を排除したのはいいものの、肝心の死柄木と黒霧が収縮していくモヤの中へ消えてしまい、間一髪の所で逃げられてしまった。

 

「……逃げられたか」

 

「チッ!!」

 

「RUWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」

 

「あ、あっちゃん……」

 

一方の呉島少年だが、両腕から血を噴き出しながら脳無を殴り、負傷など関係無いと言わんばかりに圧倒していた。そして拳の連打で脳無が一瞬怯んだ隙に背後へ回ると、脳無の首と腰を掴んで持ち上げ、その場で高速回転を開始する。

それは徐々にUSJに小さな竜巻を起こす程の超高速回転へと発展し、最後には植えられている木々を引き抜く程の暴風と化した。

 

「うおおおおお!? 今度は何だぁあああああああっ!?」

 

「SYUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!!」

 

呉島少年が勢いに任せて脳無を投げ飛ばすと、脳無は大の字で回転しながらUSJの天井を突き破り、USJの上空で無防備な姿を晒していた。

 

そんな脳無の背中に、何時の間にか呉島少年が立っていた。

 

「SUUUUU……JEIIYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

脳無の背中で両膝を折り曲げ、右足を突き出した飛び蹴りの様なポーズを取ると、呉島少年の全身から血が噴出した。激痛が体中を走っている筈だが、それでも呉島少年は怯まない。そのまま脳無と共に猛烈な勢いで垂直に落下し、風きり音と共に天井に空けた穴からUSJへと戻ってきた。

二人が着地した瞬間、強烈な破壊音と土埃が起こり、USJが大地震に見舞われたかと錯覚する程に大きく揺れる。揺れと土埃が収まり、再度二人の落下地点に目を向けると、二人の落下地点は巨大なクレーターと化し、クレーターの中心に立つ呉島少年の姿は正に満身創痍。脳無は体の殆どが地中に埋まり、細かくピクピクと痙攣していた。

 

「……終わったな」

 

「ああ、俺達の出る幕は無かったな」

 

「後は目ぇ醒ました雑魚だが……もう何かしようって気は無さそうだな」

 

確かに終わった。

 

残るヴィランは死柄木が連れてきただろう、USJに取り残された者達だが、彼等は誰もが涙目で体を震わせていた。どうやら呉島少年の戦い振りを目の当たりにして、完全に戦意を喪失したらしい。

 

だが、何だ? この嫌な感じの胸騒ぎは……。

 

「そうだな。だが念の為に何かで縛っておいた方が――」

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

『!?』

 

突如、呻き声の様な叫び声を上げる呉島少年。よく見ると十指の鉤爪が伸び始め、一目見て鋭利な切れ味を予想させる刃へと変化していた。

 

「……爪が伸びてる。絶対使わないって言ってた武器を、使おうとしてる……。理性が利いてない? 使わせちゃ駄目だ。幾ら相手がヴィランでも、万が一にも殺しちゃったら……! でも、どうやって止める? きっと、あっちゃんの体はボロボロだ。最低限のダメージで行動不能にするには……」

 

「? 緑谷?」

 

「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」

 

未だに戦意を手放さない呉島少年は両手に凶器を備えて、悪意と害意を放棄したヴィランの元へと爆走する。

 

コレは不味い!

 

呉島少年が鈍く光る鉤爪を、死神の鎌よろしくヴィラン達に向けて振るおうとした刹那、今度は緑谷少年が私よりも先に、呉島少年とヴィランの間に割り込んでいた。

 

「……!!(折れた! でも届いた! 力はそんなに要らない! 顎を狙って、脳震盪を起こす!! 最短距離を、最速で、真っ直ぐに、掠めるようにッ!!)……SMAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAASHッッ!!!」

 

緑谷少年の左拳が、呉島少年の顎に向かって真っ直ぐに突き出される。一見すると空振りしたかのように見えるが、緑谷少年の拳は呉島少年の顎を僅かに掠めていた。

 

呉島少年はその場で膝をついて前のめりに倒れ、私は緑谷少年を腕に抱きつつ、すぐさま怯えるヴィラン達を呉島少年から遠ざけた。

 

「GUA? RUU?」

 

「や、やった……」

 

「……呉島の奴、今ヴィランを……」

 

「……多分な」

 

「おいおい、それじゃ緑谷が飛び出さなかったら今頃――」

 

「FURUAAA!!」

 

安堵したのも束の間。満足に立ち上がる事も出来ない様子だった呉島少年が、自分で頭を一回殴ると、数秒後には何事も無かったかの様に立ち上がった。

「FUUUUUUU……」

 

「!? どうなってる!?」

 

「馬鹿! 見りゃ分かんだろ! もう一発頭殴って、振動を相殺したんだよ!」

 

「はぁ!? そんな事出来るわけねェだろ!」

 

「現に出来てんだろうがクソ髪!」

 

切島少年の言う事は正しい。普通、脳震盪はあんな事で治ったりしない。むしろ、あんな事をすれば脳が損傷する可能性が有り大変危険だ。しかし、実際に呉島少年には脳震盪の症状が全く見られず、しっかりと二本の足で立っている。

 

「GUUUUUUUUUUUUU……!!」

 

死柄木と黒霧が姿を消し、脳無も戦闘不能。目を醒ましたヴィラン達は完全に戦意を喪失し、戦闘可能なヴィランは一人も居ない。しかし、呉島少年は依然としてヴィラン達に対して強い敵意を……いや、もはや殺意を向けている。

 

脅威は去ったものの、呉島少年が暴走状態にあり、殺傷力の高い武器を人間相手に使い始めた事を考えれば、状況はむしろ悪化している。

 

「緑谷ぁ! 大丈夫かぁ!?」

 

「き、切島君……!」

 

「それにしても無茶をしたな、緑谷少年。無茶と無謀は違うんだぞ?」

 

「……分かっています。でも、今のあっちゃんが、僕には『助けて欲しい』って、『止めて欲しい』って言ってるように思って……だから、止めないと……!」

 

その時、緑谷少年の言葉を聞いて、私は呉島少年の行動を真に理解した。

 

私は呉島少年の暴走の原因を“ヴィランに対する怒り”だと思っていたが、それだけではない。呉島少年を駆り立てているのは“ヴィランに対する恐怖”だ。

 

そう考えれば、呉島少年のヴィランに対する過剰な反応も納得出来る部分がある。あれは凄惨な悲劇を目の当たりにしたヒーローが、「ヴィランを完全に倒さなければならない」と、「そうしなければ誰かの命が失われてしまう」と、そんな強迫観念に駆られてヴィランを過剰に攻撃しているのによく似ている。

 

「! そうだよな。幼馴染だから、分かる事ってのもあるよな!」

 

「チッ!!」

 

「……緑谷を攻撃しない所を見ると、敵味方の判別はついてる。どれだけ強かろうと、呉島の“個性”は『バッタ』だ。変温動物なら冷やせば効果はある筈だ」

 

「駄目だ!! 下がっていなさい!!」

 

緑谷少年に触発されて奮起する切島少年達。友人の為に体を張るその精神は、何とも素晴らしいモノではあるが、それでも彼等が呉島少年と戦っては……いや、戦わせてはならない。

 

「……さっきの脳無って奴だって、俺がサポートに入らなかったらやばかったでしょう。今の呉島は――」

 

「それはそれだ轟少年!! ありがとな!! しかし大丈夫!! 私に任せて見ていなさい!!」

 

私が動ける時間は、もはや一分と無いだろう。力の衰えは私の想像以上に早く、更に今の呉島少年はある意味で脳無以上に手強い。これ以上の無理は活動限界を更に縮め、『ワン・フォー・オール』の“残り火”は更に小さくなるだろう。

 

しかし、私はやらねばならないッ!!

 

何故なら私は……彼の、君達の、先生なのだからッッ!!!

 

「GURAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

呉島少年とヴィラン達との間に立つ私に、爪を引っ込めて掴みかかろうとする呉島少年。轟少年の言葉通り、こんな状態でも敵味方の区別は付いているらしい。

その両手を狙って私が手加減無しの拳をぶつけると、先程の呉島少年と脳無の戦い以上の音と衝撃が発生する。

 

確かにパワーとスピードでは呉島少年が上かも知れない。しかし! 私にはこれまでに潜り抜けてきた修羅場からなる、膨大な戦闘経験値がある! それによって私は呉島少年の動きを先読みし、的確に拳を彼の掌へ命中させていく。

 

「済まない呉島少年ッ! 私にはッ! こうしたやり方でしかッ! 君に伝えられないッ!」

 

かつて君は私に、自分の“個性”には「相手の感情などのあらゆるエネルギーを吸収して常に進化する力」があると言った!

 

そう、“相手の感情などのあらゆるエネルギー”を……だ!

 

ならば、こうして思いを込めて戦っていれば、君は私の思いを必ず受け取るって事なんじゃないか!?

 

「呉島少年! これが君の恐れているものなのだろう!? 人の尊厳を踏みにじり! 平気で命を奪い取る! そんな人を理不尽に傷つける力が! それに伴う痛みが! 君の中で膨れ上がって! 君を暴力に走らせる!」

 

「UUUU!? GAAAAAA!?」

 

「君はそんな恐怖に脅かされて! 自分の力を吐き出している! だが知っているか! どんなに特別な力を持ったヒーローでも! 救いを求める誰かを! 救えない事があるッ! 私にもあったッ! 守れなかった命を想い! 自分の無力さを呪い! 心が張り裂けそうになる時があった! それでも――!」

 

「BUU、WUUUUUUU……!!」

 

私が血を吐きながら思いを込めて拳を振るい、それを血塗れの呉島少年が受け取る。私の拳を受け止める度に呉島少年は、何処か戸惑う様な呻き声を上げた。

 

やはり、届いている! もう少し保ってくれよ! 私の体ッ!

 

「『ヒーロー』は決して! 昨日の失敗を理由に! 自分の仕事を投げ出し! 助けを求める人を見失ったりはしない! 明日何処かで救いを求める誰かの為に! 昨日よりも強くなろうと足掻き続けている!

私だってそうだ! だからこそ! 私は今もこの言葉を! 胸に刻んでいるのだ! 更に向こうへ! 『Plus――」

 

夜空を走る流星に祈りを捧げる様に、“残り火”と“願い”を込めた一撃を、呉島少年へと解き放つ。呉島少年が“破壊者”ではなく、“守護者”になれる様にとッ!!

 

「UltraAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA』!!!」

 

繰り出した右の大振りを、呉島少年は両手でしっかりとガードする。威力は多少緩和されたが、呉島少年は足で地面を削りながら大きく後退し、遂には暴風・大雨ゾーンの壁に激突した。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「……U、AA……」

 

舞い上がる土煙の向こう側から聞こえる唸り声。そして、土煙が晴れて見えたのは、自分の両手に視線を落し、複眼から一筋の涙を流す呉島少年だった。

 

「……OO……、A、I、O……」

 

呉島少年が何事か呟いたその時、不思議な事が起こった。

 

呉島少年の胸が金色に変色し、触覚が変化した二本角が六本角となり、鋭い歯がむき出しだった口の上唇から、蓋の様な物がシャッターの様にスライドして歯を隠し、背中から二枚の巨大な羽根が生えたのだ。

 

そして、呉島少年が震える指でベルトの右横にあるスイッチを捻ると、ベルトの風車が高速回転を開始する。風車が大量の空気を吸い込み始めると、同時に呉島少年の周囲の景色が歪み始めた。歪みを起こす程の熱量が、呉島少年の背中から生えた羽から放出されているのだ。

風車は更に回転数を上げ、異音を発しながら更に大量の空気を吸い込んでいく。風の吸い寄せる力が強くなるのに比例し、呉島少年の姿も変わっていった。触覚が額の中に納まり、緑色の皮膚は肌色に、深紅の複眼が人間の眼球へと変化していく。

 

そして呉島少年が完全に人間の姿に戻ると、ベルトの風車も同時に動きを止めた。

 

しかし、元に戻ったのはいいのだが、肝心の呉島少年はミイラの様にガリガリに痩せ細っていた。ぶっちゃけ、「トゥルーフォーム」の時の私より酷い。装着していたベルトが腰からずり落ち、力なく前のめりに倒れる呉島少年。それによって新たに重大な問題が浮上する。

 

今の呉島少年は今、何一つとして身に着ていない。そう、何一つ。つまり……全裸だ。

 

何とか服の一つでも着せてやりたいが、消耗が予想以上に激しく、ぶっちゃけ一歩でも動いたら「トゥルーフォーム」に戻ってしまう。

 

「誰か、私の服を呉島少年に……」

 

「呉島さん! 全然戻ってきませんけど、大丈夫なんですの!?」

 

「さっきから爆発とか、地震とか、何か凄い事になってるっぽいんだけど!?」

 

「! おい! あそこに倒れてるの呉島じゃねーか!?」

 

何たることぞ。今まで別のエリアで戦っていただろう、八百万少女、耳郎少女、上鳴少年、そして……尾白少年が、倒れこんだ呉島少年の下へと駆け寄っているではないか!! 仲間を思う、少年少女達の何と言う素晴らしい心意気! しかし、今は不味いのだ!! ちょっと待って!!

 

くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!

 

「1-Aクラス委員長、飯田天哉!! ただいま戻りました!!!」

 

「! 飯田!!」

 

「! 来たかッ!!」

 

呉島少年の名誉は、もはや風前の灯……と思われたその時、ナイスタイミングでやってきた飯田少年と先生達に少年少女達が気を取られた隙に、セメントスが壁を作ってくれたお蔭で呉島少年の名誉と、ついでに私の秘密は守られた。

 

ありがとう、飯田少年。ありがとう、セメントス。

 

 

○○○

 

 

パソコンのディスプレイが照らす薄暗い空間に、突如黒い円形のモヤが出現した。中から出てきたのは、死柄木弔と黒霧の二人。中でも死柄木は意識を失い、両腕と両足が粉砕骨折した上に、顔面骨折までしている。

 

「おやおや、これはまた随分派手にやられたね」

 

「暢気な事を言っている場合じゃないぞ先生。コレは酷いな……」

 

「ハハハ……そう思うなら早く治してあげてくれよ、ドクター」

 

死柄木の怪我をドクターと呼ばれる老人が迅速に処置を施す中、死柄木は意識を取り戻した。初めは自分がどうなっているのかが分からなかった様子だったが、両腕両足と顔面に感じる激痛が、彼に全てを思い出させた。

 

「……く、そっ。脳無が、やられた。対“平和の象徴”の改人じゃ、なかったのか? ……話が違うぞ、先生ッ!!」

 

「違わないよ。ただ、少々見通しが甘かったね」

 

「うむ。『敵連合』なんてチープな団体名で良かったわい。……所で、わしと先生の共作の脳無はどうした?」

 

「……脳無は置き去りにするしかありませんでした。脳無が足止めをしなければ、我々はこうして逃げ帰る事は出来なかった……」

 

「そうか……。せっかくオールマイト並みのパワーにしたのに!」

 

「まァ……仕方ないか……。残念。“平和の象徴”は健在と言う訳だ」

 

「……違う。やったのは、オールマイトじゃない」

 

「何?」

 

「……怪人、怪人がいた。子供の中に、一人だけ、おかしいのが混ざってた。どう見てもヴィランなのに、ヒーローの真似事をしていた。黒霧が右腕を千切って、脳無が吹っ飛ばして、虫の息だったのに……パワーアップして、復活しやがった……ッ!」

 

「……へぇ」

 

「それに関して、何か思い当たる事は無いのかね? 何か変わった事は?」

 

ドクターにそう言われた死柄木は、今回の襲撃を今一度振り返った。そして、死柄木はふと思い当たる事を二人に言った。

 

「……そうだ。血を飲んでいた。オールマイトから、血を貰っていた。それからだった。力で敵わなかった脳無を、今度は力で圧倒していた……」

 

「……へぇ」

 

先生と呼ばれた人物は、死柄木の言葉を聞いて先程と全く同じ台詞を口にしたが、その声色はまるで違っていた。それはまるで面白い玩具を見つけた子供の様で、とても無邪気な印象を抱かせた。

 

「アイツがいなければ、オールマイトを殺せたかも知れないのに……怪人っ……『仮面ライダー』……ッッ!!」

 

「悔やんでも仕方無い! 今回だって決して無駄ではなかった筈だ。精鋭を集めよう! じっくり時間をかけて! 我々は自由に動けない! だからこそ君の様な“シンボル”が必要なんだ。死柄木弔!! 今度こそ君と言う恐怖を、世に知らしめろ!」

 

先生と呼ばれる男の言葉に嘘は無かった。「手負いのヒーローが一番怖い」。自身の教訓となった事を、死柄木は今回の事件で身を以って知ることが出来て、生きて帰ってきたのだ。そんな言葉では教えられない事を教える事が出来た事を考えれば、今回の授業は大成功と言えよう。

 

その後、死柄木はドクターによって別室に連れて行かれ、絶対安静を言いつけられた。部屋に残されたのは先生と黒霧の二人だけだ。

 

「しかし、『仮面ライダー』……ね」

 

「? 何か知っているのですか?」

 

「いや、何時だったか、何処かで聞いた事がある様な気がするんだが。何だったかな……」

 

「ならば、ネットで調べてみては如何でしょう?」

 

「それじゃあ、意味が無いんだよ。そんな事を繰り返していたら、脳の機能が低下してしまうじゃないか」

 

「それはそうですが……」

 

自分の記憶に妙に引っかかる棘の様な単語に、先生は暫くウンウンと唸って思い出そうと努力していたが、どうしても思い出せなかった。

 

そこで、先生は一先ずその事は置いておいて、ついさっき思い出した別の事を黒霧に尋ねた。

 

「そう言えば、君が切断したその子の腕はどうしたんだい?」

 

 

○○○

 

 

雄英高校に警察が到着し、次々とヴィランが連行されていく中、A組の面々はお互いがどんな状況に置かれていたのか情報交換をしていた。

 

「何? あの地震や爆発は呉島が起こしたものだったのか?」

 

「おお。ぶっちゃけ、ヴィランよりも呉島の方が怖かったぜぇ」

 

「でも、もしもシンちゃんが居なかったら、私達今頃どうなってたか分からないわ」

 

「僕の居たトコはね……何処だと思う!?」

 

「尾白君は呉島君と一緒だったんだよね?」

 

「始めはね。途中から八百万達と合流して別れたんだ。葉隠さんは何処に居たの?」

 

「土砂のトコ! 轟君、クソ強くてびっくりしちゃった!」

 

「………」

 

「何処だと思う!?」

 

「……何処?」

 

「秘密さ!」

 

じゃあ何で聞いた? 多くの生徒が青山にそう思ったが、何故か口に出すのは憚られた。

 

その後、塚内警部の指示で生徒は教室に戻る様に言われたが、負傷したクラスメイトと先生達の容態が気になった蛙吹がその事を質問した事で、彼等の容態がその場で伝えられる事となった。

相澤先生は後遺症が残る可能性が示唆されたが、脳系の障害は確認されず、13号先生は裂傷こそ酷いが命に別状は無い。オールマイトと出久も命に別状は無く、保健室で処置を受けているとの事。問題は……。

 

『一番酷いのは呉島君だ。怪我は無かったが肉体が恐ろしく憔悴していて、リカバリーガールが言うには“生きているのが不思議”だったそうだ。幸い、リカバリーガールはこうしたケースを想定した準備をしていた様で、ソレが無ければ死んでいたでしょう』

 

「……だそうだ」

 

「ケロ……」

 

「それと、一つ気になる事がある。軽く敷地内を調べたら、大量の巨大なバッタの死骸が至る所に転がっていたらしいのだが、何か知らないかい?」

 

塚内警部の言葉に生徒達は硬直した。「大量の巨大なバッタの死骸」と聞けば、思い当たるのはアレしかない。生徒全員が同じ事を考えていたその時、一人の巡査が塚内の元へ急いだ様子でやってきた。

 

「塚内警部! 校門でヴィランと思われる人物を確保したとの連絡が!」

 

「状況は?」

 

「依然として激しい抵抗をみせており、何人もの警官がやられたようです!」

 

『!!』

 

さては『敵連合』の生き残りか!? そんな推測をしていた彼等の前に現れたのは――。

 

「いい加減に、大人しくしろ!!」

 

「放せッ! 私を誰だと思っているッ! 私はイナゴ怪人だぞッ!!」

 

『ブフゥッ!!』

 

A組の生徒は警察に連行された、見覚えが有り過ぎる怪人の姿を見て、一斉に噴出した。

 

実は1号~アマゾンの6体のイナゴ怪人達は、襲撃時に新のテレパシーで呼び出され、救援にやって来ていた。しかし、「本体が一定量のダメージを負うと肉体が崩壊する」特性によって、新が脳無との戦闘でボロボロになる度に、彼等の肉体もまた崩壊していき、あっという間にイナゴ怪人達は全滅してしまった。

 

しかし、だからと言ってイナゴ怪人の存在が消滅した訳ではない。それどころか、イナゴ怪人達は更なる成長を望み、独自の方法を編み出して再び救援に向かおうとしていた。

 

それは、肉体を“成体”のミュータントバッタで構成するのではなく、“幼体”のミュータントバッタで構成すると言う方法。

一見すれば弱体化している様に思えるが、彼等は敢えて幼体を用いる事で成長の余地を残し、より強力な肉体を得る事を目論んだのだ。

 

しかし、このアイディアにも弱点があった。バッタの幼体は成体と違って飛行能力を持たない為、復活を遂げたイナゴ怪人は、新の父である呉島真太郎の研究所の温室から、雄英高校の敷地内にあるUSJまで、走っていかなければならなくなった。

お蔭でイナゴ怪人がここにやってくる為に使用したルート付近で、「得体の知れない怪人が爆走している」と、ちょっとした騒ぎになっていたりする。

 

「おお! お前達、まだ生きていたのか!」

 

「お、お前、この間死んだんじゃ……」

 

「ふっ、イナゴ怪人は死なんッ! 死滅した分のミュータントバッタを補給しさえすれば、何度でも蘇るのだ!!」

 

『………』

 

その後、A組の面々によって誤解は解けたものの、「警官に危害を加えた以上、公務執行妨害には違いない」と言う事で、イナゴ怪人はそのまま警察に連行されたのだが……。

 

「ちょ、ちょっと待って欲しいのさ! 君に聞きたい事があるのさ!」

 

「む? 何だネズミの校長よ?」

 

「ど、どうして君は害獣・害虫駆除のセンサーに引っかからないのか、その理由を教えて欲しいのさ!」

 

そう、イナゴ怪人はミュータントバッタの集合体である為、理論上では雄英高校の害獣害虫駆除のセンサーに引っかかり、即座にレーザーで射殺される存在である筈だ。

それにも関らず校門を突破してここに現れたと言う事は、何かしらの特別な方法があるのではないか……と、校長は希望と期待を持ってイナゴ怪人にその理由を聞いた。

 

校長としては日常生活における重大問題を解決できるかもしれない存在が目の前に現れたのだから、何とかその方法を知りたいと思うのが(小動物だけど)人情だろう。しかし……。

 

「そんな事、俺が知るかッ!!」

 

「………」

 

実際に何で反応しないのかは、イナゴ怪人自身もマジで知らないので仕方が無いのだが、少々言い方が悪かった。校長は絶望した表情で膝をつき、誰もが校長に同情の視線を送っていた。

 

 

●●●

 

 

朦朧とする意識の中、痛みが体を貫き、高熱が脳を蝕んでいた。次第に今見ている映像が夢なのか現実なのかの判別さえもつかなくなり、ただただ抗い難い衝動が体をつき動かしていた。

現実と幻想の狭間を彷徨い続け、一体どれだけそうしていたのか分からない。だが、ここ一年で毎日の様に、本人から何度も聞いたこの言葉が、俺の意識を現実へと引き戻した。

 

『もう大丈夫、私が来た!』

 

この時のオールマイトの決め台詞は、何故か何人もの声が重って聞こえていた。

 

 

 

目を醒ますと白いカーテンに囲まれたベッドの中にいた。それだけなら特に問題は無いのだが、俺の手足には夥しい数の点滴の管がくっついていた。

 

「これは……」

 

「起きたかい?」

 

リカバリーガールが顔を出した事で、この部屋が雄英高校の保健室である事を理解する。この点滴ハーレムを施したのも彼女だろう。

 

「今回は事情が事情だけに小言は言いたくないけど、今回は本当に危なかったよ。いや、アンタの生命力の高さは、ある意味生命に対する冒涜だね。この短時間で餓死寸前のミイラ状態から、ここまで回復出来たんだから」

 

「……餓死?」

 

「ああ、念の為にブドウ糖やビタミン栄養剤なんかの点滴を大量にストックしておいて正解だったよ。それでも元に戻るのには全然足りなかったみたいだけどね」

 

そんな事を言う、リカバリーガールが持つ手鏡には、まるで即身仏の様に痩せ細っている、今にも死にそうな男の顔が写っていた。何と言う不気味な顔だ。こんな顔をした人間が道を歩いていたら、誰だって目を背けて道を譲るだろう。

 

……うん。自分で言うのもなんだが、随分酷い顔だな。俺。

 

「目覚めたか。呉島少年」

 

「オールマイト……」

 

「A組の生徒は両足を骨折した緑谷少年と君以外は全員無事だ。相澤君や13号君も命に別状は無いそうだ。さっきまで緑谷少年が居たんだが、君が何時目覚めるか分からなかったから、一足先に帰らせたよ」

 

「……オールマイトは?」

 

「私もこの通り無事さ! ただ、少々無茶をした所為で、また少しだけ活動限界が早まったかな? まだ一時間位は欲しい所だが……」

 

「……すみません。オールマイト……」

 

「まー仕方無いさ! こういう事も……え?」

 

「……そう思ったから、俺はオールマイトが戦えないと思ったから、あのヴィランの力ならオールマイトを倒し得ると思ったから、俺はあのヴィランと戦おうと思ったんです。でも、その所為でオールマイトに、余計な負担をかけてしまった……」

 

痩せ細った体を無理矢理起こし、俺はオールマイトに頭を下げた。あのマッチョメンとの再戦、そしてその後に起こった事は、朧気ながらも覚えていた。

 

そして俺があのマッチョメンと戦った結果、ヴィランの撃退には成功したものの、オールマイトの活動限界は更に縮んでしまった。本末転倒もいい所だ。笑い話にもならない。

 

「……呉島少年。君は自分の所為で、私の長くない活動限界が更に縮んだと思っているのだろうが、そうじゃないんだ。コレは元々、私の未熟さが招いた自業自得なんだよ」

 

「………」

 

「それに君の言う通り、私は本来戦えるような体じゃない。ぶっちゃけ、私が“平和の象徴”として立っていられる時間だって、実はもうそんなに長くは無い。一部のヒーローだけでなく、悪意を蓄えるヴィランの中にも、その事に気付き始めている者がいる。恐らく、今回襲撃をかけてきた『敵連合』も、その手の輩だろう」

 

「………」

 

頭を下げ続ける俺に、オールマイトはしきりに話しかけてきたが、俺は何も答えられなかった。いや、何と答えれば良いのか分からなかった。

 

「……なあ、呉島少年。世間は私を“平和の象徴”と呼ぶが、犯罪率は低下しても犯罪そのものが無くならないのは、ヴィランがいなくならないのは、どうしてだと思う?」

 

「え……?」

 

「これはあくまで私の持論なのだが、ヴィランとなった人間は、その多くが生まれ持った力に心を支配されるんだ。特に現代の超人社会では、多くの人々が自分の体の中に大きな力を抱えている。その力は時として、自分以外の誰かにその秘めた力を振るわなければ、自分が破裂してしまう。そんな恐怖を生む事がある。

そして恐怖は暴力を生み、暴力は恐怖を生む……そう考えればヴィランとの戦いは、何らかの特異体質を持つ超人がいなくならない限り、決して終わらないのかも知れない」

 

「……甲斐の無い話ですね」

 

「そうだな。でも、例え人を救う事に甲斐が無くとも、例え未来を変える事が出来ないと知っていても、見過ごせない今を救いたい。それこそがヒーローの使命……いや、ヒーローの『原点【オリジン】』なのだと、私は思う」

 

「………」

 

「ただ、ヒーローになると言う事は、人知れず暗躍する悪魔の様なヴィランと、それに狙われるか弱い人間。そして終わりの見えない理不尽と向き合い続けると言う事だ。

それは時として自分の家族を、友人を、大切な人を失ってしまう事さえある過酷な生き方だ。実際、私の師匠もそうだった」

 

「師匠……ですか?」

 

「ああ。とても強い人だった」

 

そう語るオールマイトはどこか遠くを見るような目をしており、更に過去形の言い方から察するに、オールマイトの師匠はもう……。

 

「簡単な生き方じゃない事は、私自身よく分かっている。きっと君の様な子には向いていない事だ。助けられなかった誰かを思う度に、きっと君の心は深く傷つくだろう。……だが、考えてみてくれ。“それ”は誰だって、どんな事だって同じなんだ」

 

「………」

 

「人は事故や事件に巻き込まれなかったとしても、何時かは寿命で必ず死んでしまう。だが、だからと言って燃え盛る家屋の中に取り残された人を救わずに、引き返す消防士がいるかい? 病気に苦しむ人を助ける事に、躊躇する医者がいるかい? どれだけ特殊な技能や知識があっても、誰だって心は普通の人間と同じだ。そうだろう?」

 

「………」

 

「我々『ヒーロー』の仕事は、暗闇の中に取り残された人を救う事だ。この世の中には、真っ暗な所に取り残され、誰にも救ってもらえない人達がいる。そんな人達が確実に、厳然と存在する。そして彼等は皆、心の底から『自分はこの世界で、本当に一人ぼっちなんだ』と思っている。

悔しいが私も一人の人間だ。全てを救うことなんて出来ない事は分かってる。だから、せめてそんな人達の心の支えになれるようにと、私は何時も笑うのさ」

 

「………」

 

俺はただ黙って、オールマイトの話を聞いていた。そして、この後に続いた言葉を、ヒーローとしての生き様を現した台詞を、俺は永遠に忘れる事はないだろう。

 

「もしも、何らかの事件や事故で、千人の市民がヒーローに助けを求めているとして、その中の百人でいい。いや、五十人でも、十人でも、一人でもいい。最悪、誰一人として助ける事が出来なかったとしても……。

諦めないで欲しい。守り続けて欲しい。投げ出さないで欲しい。次の一人を、誰かを守る為に、戦い続けて欲しい。この際、ヴィランを倒すことは二の次でもいい。生きて、救いを求める誰かを、助け続けて欲しい。それがヒーローにとって、一番大切な事なんだ」

 

ヒーローとして一番大切な事。それを語るオールマイトに、俺は胸を打たれた。心が震えた。しかし、それと同時に俺はオールマイトから、蝋燭の炎の様な儚く消えゆく雰囲気を感じていた。

 

「……それなら、オールマイトも生き続けなきゃいけませんね?」

 

「そうだよ。若い連中が私よりも先に逝くなんて、笑い話にもなりゃしないよ」

 

「「………」」

 

俺とオールマイトはお互いの顔を見やり、同じタイミングで苦笑いをした。きっとオールマイトも、「リカバリーガールにはずっと頭が上がらないだろうな」と思ったに違いない。

 

それから間も無くして、俺がヴィランだと誤認逮捕された時にお世話になった塚内さんが、狙い澄ました様なタイミングで保健室に入ってきた。しかし、塚内さんがオールマイトの親友だった事には驚いた。世の中は案外狭いのかも知れない。

 

「……オールマイト。今の状態で一つ言ってみたい台詞があるのですが、いいですか?」

 

「? なんだい?」

 

「……私はオールマイトさ」

 

「ブハッ!」

 

「「?」」

 

「プールでよく、腹筋、力み続けてる人がいるだろう? ……アレさ!」

 

「ブァッハッハッハッハッハッハ!!」

 

「「???」」

 

リカバリーガールと塚内さんは何の事か分からない感じだったが、オールマイトにはやたらウケた。でも吐血しながら笑うのは止めて欲しい。怖い。

 

 

 

この日、雄英高校で起こった『敵連合』の襲撃事件は、後に起こる「歴史的な大事件の始まり」に過ぎない事を。

 

そして、俺が『敵連合』に逆らう“風”に、戦う“嵐”になる「始まりの夜」に繋がっていく事を。

 

この時の俺は、そのどちらも知る由も無かった。

 

 

○○○

 

 

人々が華やかな時間を思い思いに過ごす夜の繁華街。酒が入る事もあって、基本的に小競り合いが耐えない騒がしい時間帯であるが、そんな事など関係ないと言わんばかりに、一人の男が静かにビルの屋上に座っていた。

男の視線の先にあるのは、「君もヒーローになれる!」と書かれた一枚の電飾看板。とあるヒーローが『相棒【サイドキック】』を募集する為に出した物であり、看板の下の方には事務所の名前と電話番号が記載されている。

 

「ハァ……お前達は何も分かっていない。『英雄【ヒーロー】』とは、そんな簡単になれる存在でも、ハァ……手に入る称号でも無い……」

 

彼はその昔、誰よりもヒーローに憧れる少年だった。しかし、現代社会のヒーローと呼ばれる人間達は、その多くが名声・名誉・地位・拍手・喝采・大金……そんな欲しい物を手に入れる為の“手段”として活動している事を知った。

 

……いや、彼は知ってしまった。

 

現代のヒーローは在り方からして彼の理想と大きくかけ離れており、彼にとってそうしたヒーロー達は贋物以外の何者でも無かったのだ。

 

「ハァ……しかし、いずれ嫌でも気づく事になる。偽善と虚栄で彩られた、ハァ……この歪な社会に。拝金主義の贋物が淘汰され続ければ……、いずれお前達は、再び『本物の英雄』を求め始める……。ハァ……」

 

彼の言う『本物の英雄』とは、自分の力を自分の為ではなく、他人の為に振るって他人を救い、尚且つその事に対する見返りを決して求めない。

自らを省みる事の無い自己犠牲を体現し、悪に決して折れず、敗北に決して挫けず、最期まで決して諦めない。

 

それは多くの現代ヒーローが見失っている事であり、それを取り戻す為に彼は『ヒーロー飽和社会』と呼ばれる現在を破壊する為に行動を開始した。英雄気取りの拝金主義者を粛清し、大した信念も無い贋物を淘汰し、この世に自らの誤りを気付かせる。

また、未だ出会った事は無いものの、“真に英雄を背負うに足る”と判断した者と出会ったならば、その将来を期待して見逃すと決めている。

 

しかし、そんな彼が求める『本物の英雄』を体現している者は、現在においてはオールマイト以外に存在しなかった。

 

――そう、“現在においては”存在しない。だが、嘗て『超常黎明期』と呼ばれた時代、この世界では架空のヒーローを模したコスチュームを着込み、無償で人知れず悪と戦い続け、名も知れぬ誰かを救済し続けた、真に『英雄【ヒーロー】』を名乗るに相応しい者達が確かに存在していた。

 

スーパーマン。X-MEN。スパイダーマン。月光仮面。デビルマン。ウルトラマン。ゴレンジャー。そして……仮面ライダー。

 

「ハァ……そうだ、時代が『本物の英雄』を望み、伝説が蘇るその日まで、俺は何度でも現れる……」

 

全ては“正しき社会”の為に。理想の『架空』を『現実』にする為に。

 

誰よりも正義を渇望するヴィランは、深紅のマフラーを夜風になびかせ、ネオンの光が作り出す暗闇の中へと消えていった……。

 




キャラクタァ~紹介&解説

死柄木弔
 その容姿から名前が判明するまで「手○ン」と呼ばれていた悲劇の男。この世界では暴走状態になった怪人バッタ男の手によって、原作よりもエライ目に遭って帰還した。ステインと会った時の彼の言葉を信じるなら、『敵連合側』には回復役がいないらしいので、再起には原作よりも時間が掛かりそうなのだが、ドクターの所為でそうは見えなくなった気がする。

黒霧
 その容姿から名前が判明するまで「バーテン」と呼ばれていた普通の男。峰田を楯にし、生徒を人質にする事で時間を稼ぎ、死柄木を回収して撤退に成功した『敵連合』のMVP。ワープゲートから峰田が出てくるのは『すまっしゅ!!』が元ネタ。

先生
 別名:オール・フォー・ワン。『仮面ライダー(初代)』で言うなら、ショッカー首領のポジにいる人。そして、『超常黎明期』と言う大昔から生きている設定上、『仮面ライダー』の事も何となく知っていそうだったので、そこら辺をちょっと出してみた。
 しかし、実際にそこら辺を書いていたら『仮面ライダー1971-1973』の大使みたいになってしまった……。

ステイン
 皆大好き“ヒーロー殺し”。第一期アニメを見てみたら最終話でちょっとだけ出てきたので、USJ編の終わりに出演が決まったと言う珍しいケース。前作の『序章』の感想でも書かれていた事が、この世界での彼は無類のヒーローマニアで『仮面ライダー』を知っていると言う設定でいこうと思う。恐らく他の「石ノ森ヒーロー」も詳しく知っているに違いない。



アナザーシンさんver.2
 オールマイトの決死の行動によって、胸が金色になり、クラッシャーを開閉する蓋と、背中の肩甲骨からマフラー状の羽根が生えた。力の制御が多少なりとも可能になったが、最大の制御器官である腰の『アンクポイント』が無い為、ギルスみたいに時間経過に伴って勝手に弱っていく。エネルギーを使い果たすと、トゥルーフォームのオールマイトみたいなガリガリ君になる。
 発現時や制御時の元ネタは『仮面ライダー1971-1973』の、飛蝗男の暴走状態から人間に戻る時の本郷猛。ちなみに体色の一部が金色に変化し、更に右腕には大きな傷跡が残っている為、見た目は木野版アナザーアギトと、真島版アナザーアギトが混じった様な感じになった。何となく『剣』のスパイダーアンデッド(制御後)みたいになった様な気もするが、木野……もとい、気の所為だろう。

アナザーシンさんVS脳無
 傍目から見ればどちらもヴィランにしか見えない。作中でアナザーシンさんが止めに使用した「ライダーきりもみシュート(生)」から「ライダーキック(生)」の流れは、『仮面ライダーSPIRITS』のゼクロスVSジゴクロイドが元ネタ。

アナザーシンさんVSオールマイト
 元ネタは『仮面ライダー1971-1973』の、飛蝗男になった本郷猛と、『S.M.R』であるハヤトの戦い……と言う名の説得。その後の展開的にも、ハヤトの立ち位置がオールマイトに近い部分がある所為か、すんなりと、そして楽しく書く事が出来た。
 実は当初はオールマイトではなく、デク君とかっちゃんの二人にシンさんを止めさせよう思っていたが、どう考えても確実に二人が死ぬと思ったので止めたと言う経緯がある。

超常黎明期のヒーロー達
 元ネタは原作第一話に一コマだけ登場する、明らかにそれっぽいシルエットのヒーロー達。但し、ゴレンジャーは作者の独断で入れた。実際、「超常黎明期」では彼等を真似たコスチュームのヒーローが実在したと思われ、そう考えるとシンさんのコスチュームも、ある意味ではヒーローの原点回帰と言えるかも知れない。流石に中身がシンさんと同様に『怪人バッタ男』って事は無いと思うが……。
 しかし、『すまっしゅ!!』でオールマイトのアニメが企画されている事を考慮すれば、“現実”にヒーローがいるヒロアカ世界では、恐らく原作開始の時間軸で、架空のヒーローの多くが、人々に忘れ去れてしまった『過去の遺物』と化したものと、作者は想像している。まあ、だからイナゴ怪人V3にツッコミが入った訳だが。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。