怪人バッタ男 THE FIRST   作:トライアルドーパント

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お待たせしました。そして、一つ訂正しなければならない事が有ります。

まず今回の話で『USJ編』が終わりません。予想以上に字数が多くなった為、途中から一話を二話に分割して書いていたのですが、年内では一話分を仕上げるのが精一杯でした。それもこれも全部、仕事の締め切りを理由に12月の休みをほぼ完全に潰しやがった“カイシャ・ノ・ツゴウ”ってヤツの仕業なんだ。

そして作者は今年のクリスマス・イヴを会社で過ごし、家に帰ってからテレビで『バイオハザード リトリビューション』を見ながら、映画『バイオハザード』の世界に紛れ込んだシンさんがリッカーに遭遇し、『敵連合』が造りだした新手の脳無だと勘違いする……と言うネタを思いつきました。近日中に『バイオハザード ザ・ファイナル』を見に行こうと思います。

それでは読者の皆様、2016年の最後の怪人バッタ男をお楽しみ下さい。

8/23 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。

8/31 誤字報告より誤字を修正しました。毎度報告ありがとうございます。

2018/10/13 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。

2019/1/7 誤字報告より誤字を修正しました。報告を何時もありがとうございます。

2020/9/9 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


第4話 死斗! 怪人バッタ男 VS 改造人間脳無

何とか相澤先生を救出し、ベルトのギミックによって再びコスチュームを身に纏った俺は、前から決めていた自分のヒーロー名を名乗り、『敵連合』の首領であるハンドマンと、その側近らしいミストマンと対峙していた。

 

「『仮面ライダー』? 黒霧、聞いたことあるか?」

 

「いえ……もしかして、学生なのでは?」

 

「……はぁ? あの見た目でヒーロー目指してるってのか? 正気か?」

 

何と言う無礼千万な台詞だ。確かに俺の圧倒的な見た目に関しては自他共に認める所であるので、その事を今更否定するつもりは全く無いが、少なくとも俺を一目見て仲間だと思った、お前達の様な“訓練されていないヴィラン”に言われたくは無い。

 

しかし、状況はかなり不味い。マッチョメンは水難ゾーンに吹っ飛んで行ったものの、投げ飛ばしてから逃げ場の無い空中で滅多打ちにした時に、俺は実に嫌な事実を突きつけられた。

 

この時、俺はマッチョメンの全身をくまなく攻撃したのが、弱点らしい手ごたえを感じる部分が全く無かったのだ。関節や急所は言うに及ばず、剥き出しの脳(流石に殴る前に指で触って大丈夫なのか確認した。それでも殴る時はハラハラしたが)に至るまで、体の全てをだ。

そこで面の攻撃から一点集中の攻撃に変更し、腹に何十発と蹴りを叩き込んだのだが、手ごたえから察するに倒していない。ヘルメットに搭載された『Oシグナル』もマッチョメンの反応を示している。

 

「……まぁいいや。思ったよりも面白くなりそうだ。脳無」

 

ハンドマンの声と同時に、水難ゾーンから巨大な水柱が上がる。マッチョメンが水中から飛び出してきたのだ。

眼前に迫るマッチョメンの右拳を間一髪の所でかわした……と思ったのだが、マッチョメンの攻撃はほんの少しだけ俺の右肩を掠めていた。

 

「ッぅう! がぁあっ!!」

 

右肩のアーマーパッドが衝撃によって弾け飛び、コスチュームで守られた体に激痛が走る。マッチョメンの攻撃は、コスチュームの下にある俺の鎖骨を砕いていた。

だが、此方も負けてはいない。マッチョメンのがら空きになった右の脇腹へ左フックをアッパー気味に叩き込む。カウンターの要領で打ち込んだリバーブローは、通常ならば悶絶モノのダメージを相手に与えるのだが、当のマッチョメンは全く表情を崩さない。

 

「クッ! やっぱり効いてないか!?」

 

「ああ。脳無は対“平和の象徴”用に造り出された、超高性能サンドバッグ人間だ。『ショック吸収』の“個性”を持っていて、素のパワーもオールマイト並に強化されてる。

だから、脳無にダメージを与えたいなら、ゆうっくりと肉を抉り取るとかが効果的だね。それをさせてくれるかどうかは別として……」

 

俺の攻撃が全く効かない事に気を良くしたのか、ハンドマンはマッチョメンの事を丁寧に教えてくれた。なるほど。コイツは打撃系の攻撃“だけ”が効かない訳か。それならば一応、活路はある。

高周波によって“地球上のどんな物体でも切り裂くことが出来る”と言う、両腕と両脚に生えている「スパイン・カッター」と、合計20本の鋭利な爪である「ハイバイブ・ネイル」を持つ俺なら、このマッチョメンを倒す事“は”出来ると言う訳だ。

 

しかし、俺はヒーローを目指す上で、人間相手にそれらの武器は使わないと心に決めている。「ハイバイブ・ネイル」を用いての腹パン然り、「スパイン・カッター」によるチョップ然り、人間相手に使えばどんな凄惨な事になるかなんて、火を見るより明らかだ。

 

「ああ、そうかよ……っと!!」

 

「……さっき“ショック吸収”って言ったじゃないか。それに、実際に殴ってソレが分かってるんだろ? それでいてまた同じ事を……馬鹿なのか?」

 

折れた鎖骨が瞬く間に再生し、再びマッチョメンに拳を振るう俺を見て、ハンドマンはあからさまに呆れたって感じのリアクションを見せる。言いたい事は分かるが、俺だって考えがあるからこそ、こうしてマッチョメンを殴っているのだ。

 

どんなに優れた能力を発揮する“個性”でも、“個性”が身体機能の一つである以上、どんな“個性”にも必ず何らかの上限が存在する。現時点でマッチョメンの“個性”が発動系なのかどうかは分からないが、仮に切島の「硬化」と同じタイプだと仮定すれば「ショック吸収」の“個性”を使わせ続ければ、何時かは限界を迎えると俺は考えた。

そこで、攻撃し続けてワザとショックを吸収させ続ける事で、“個性”を使用不能にさせてしまおうと考えのだ。これにはさっきのアクセル・フォームでの攻撃を加味し、限界を迎えるのも遠くないと思った事もある。だが--

 

「ガッ……! オルァッ!」

 

「無駄無駄。計算ではオールマイトの100%にだって耐えられる“個性”なんだぞ? そんな攻撃で、脳無を倒せる訳が無い」

 

掠めた攻撃の衝撃に耐えつつ、何度目かの相手の力を利用し、更に急所を狙って叩き込むカウンター。しかし、マッチョメンの「ショック吸収」が限界を迎える様子は全く無い。異形系だったのかも知れないと思いつつ、これで発動系の“個性”だったとするなら、限界が無いのではないかと疑うレベルの耐久力と持久力だ。

そんな俺とマッチョメンの攻防を高みの見物とばかりに観戦するハンドマンは、マッチョメンの攻撃が掠める度にコスチュームが少しずつ破壊され、俺の体に確実にダメージが蓄積されていく様を見て愉悦に浸っていた。

 

それにしても参った。完全に避け切れない。さっきの『アクセル・フォーム』の使用による体力の消耗が激しい所為か、足が思うように動かなくなっている。

 

また、何故かこのマッチョメンは、攻撃に殺気と言うものが感じられない。これまで俺が相対してきた不良やチンピラ、そしてヴィランと呼ばれる人種は、例外なく敵意や害意、もしくは悪意や殺意と言った負の感情が篭った攻撃をしていた。

だから俺は彼等と戦う時には、相手の目や表情を見る事で狙いを特定し、それによって動きを先読みすると言う戦法をとっていたが、このマッチョメンにはそれが無い。マッチョメンが俺を見る眼は、まるでガラス玉の様な無機質な印象を与え、繰り出される攻撃には何の感情も篭っていない。例えるなら「機能として害虫を駆除するロボット」と言った感じだ。

 

それでいてモーション自体は今までの連中と大して変わらないのだが、素の身体能力が異常に高く、その巨体に似合わずかなり素早い。

 

そうしたの要因が重なり合った結果、俺は確実に、そして徐々に追いつめられていった。

 

「ぬぅう……」

 

「お、おい! 俺達も呉島の加勢に――」

 

「馬鹿言うなよ! 体力テスト1位の呉島でも勝てない様な奴なんだぞ! 俺達に勝てる訳ねぇだろ!」

 

「でも峰田ちゃん。確かに私達があのヴィランに勝てるとは思わないけど、このままならシンちゃんの次にあのヴィランを相手するのは、他ならぬ私達よ。先生達の助けを待って、大人しくしててもね」

 

「んだよ蛙吹ぃぃぃッ!!」

 

ゲート付近から俺とマッチョメンの戦闘を見ていたクラスメイトの不安な声は、俺の耳にしっかりと届いていた。

……ああ、ちくしょう。助けに来ておいて不安がられるなんて、ヒーローとして全然駄目じゃねぇか。ある意味ヴィランだと勘違いされるよりもキツイ。

 

だが、何となくだが見えた。このマッチョメンの狙い目と言うか弱点が。

 

「それじゃ……そろそろ本気を出すとするか!」

 

『!?』

 

「? 何か企んでるのか? まあいい、そろそろフィニッシュだ」

 

俺がワザと大きな声で独り言を言った後、手のマスクの下で勝利を確信した薄ら笑いを浮かべているのだろう、ハンドマンの指示を受けたマッチョメンが大振りの右ストレートを繰り出してくる。フィニッシュと言うだけあって、さっきよりも数段速い。……まあ、避けるつもりは初めから無い。“コレ”は使う時にかなりの集中力が要るからな。

 

「グ……ウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

俺は最も硬い胸部装甲の「コンバーターラング」でマッチョメンの拳を受け、俺がマッチョメンの体に前蹴りを叩き込んだ瞬間、激しい衝撃音と同時にマッチョメンは暴風ゾーンの建物に、俺はゲート近くに立っている小屋に背中から突っ込んだ。

 

「……は?」

 

ハンドマンが呆気に取られたニュアンスの言葉を吐く。さっきまでマッチョメンにまるで攻撃が通用していなかったのに、いきなりマッチョメンと互角のパワーを発揮して、お互いに派手に吹き飛んだのだから無理も無いだろう。

 

だが、真実はそうでは無い。マッチョメンは単純なパワーで俺を吹っ飛ばしたが、マッチョメンは俺が『超強力念力』で吹っ飛ばして見える様に動かしただけだ。マッチョメンの体にダメージは殆ど無いだろう。

 

「グッ……フ……」

 

一方の俺はと言うと、胃から込み上げてくる鉄臭い液体を、何とかして飲み込んでいた。以前の屋内対人戦闘訓練でのデータを反映する形で、胸部の「コンバーターラング」は更なる強化が施されているが、それでもマッチョメンの拳はコスチュームの下にある俺の肉体に、相当なダメージを与えていた。

それでもマッチョメンの攻撃が全然効いてない風を装い、瓦礫をどかして小屋に開いた穴から外に出た。

 

「ハンッ。屁でもねぇな」

 

「お、おい。これって呉島の奴、勝てるんじゃねェか?」

 

「ああ、流石呉島だな」

 

「凄ェ!!」

 

「やれぇぇえええ呉島ぁぁああああッ!! 金的狙えええぇぇーーーーッッ!!」

 

「それは無理だ峰田。コイツには無い」

 

『無い!?』

 

ゲート付近で歓声に沸くクラスメイト達へジョークを飛ばし、余裕な感じをアピールするが、クラスメイトを騙している様で大分申し訳ない気持ちになる。まあ、『敵を欺くにはまず味方から』とも言うから……と、俺は心の中で言い訳をして誤魔化した。

 

さて、これでハンドマンはマッチョメンが俺に倒されるかも知れないと不安になった筈。そしてハンドマンがやって来た所を……

 

「そんな馬鹿なことがあるか……脳無ッ!!」

 

……って、来ないんかい!!

 

ハンドマンはマッチョメンが吹き飛ばされる様を見て、不安になるのではなくムキになった。そして再び急接近して拳を振り下ろすマッチョメンと、再度「コンバーターラング」で拳を受けつつ『超強力念力』でマッチョメンを吹き飛ばす俺。

マッチョメンの拳が叩き込まれる度に、「コンバーターラング」と俺の体が悲鳴を上げ、俺とマッチョメンが吹き飛ばされる度に、植えられた木々はなぎ倒され、建物の壁は次々と破壊された。そして、俺が吹き飛ばされた場所から立ち上がる度に、クラスの皆は俺に声援を送った。

 

それにしても強い。マッチョメンの強さは、俺が体感する限りではオールマイトと互角。それに加えて『ショック吸収』と言う特殊能力を備えている。

更に間の悪い事に、今日のオールマイトは恐らく本調子では無い。今日の俺は出久とリアルタイムのヒーローニュースを見ながら登校したのだが、その時にオールマイトの事が速報のニュースになっていた。そして、レスキュー訓練の前に13号先生が立てた三本指の事を考えると、恐らくオールマイトは既に今日一日の活動限界である三時間を超えてしまっている。

 

そう考えると非常に不味い。今の本調子では無いオールマイトでは、本当にコイツはオールマイトを倒してしまうかも知れない。そう思わせる程の強さだ。

そもそもオールマイトは、本来なら戦えるような体ではない。一回何かをする度に一回吐血するような半病人だ。

 

だが、それでもオールマイトはきっと戦うんだろう。血を吐きながらも、助けを求める誰かの為に。

 

「……待てよ。『ショック吸収』を無かった事に出来る位のパワーなら、衝撃や音もさっきより凄い事になる筈だ。だが、衝撃も音もさっきとそう大して変わって無い。

……ひょっとお前、他にも何かあるのか? 例えば『触った相手を吹き飛ばす』事が出来るとか。それなら、衝撃が無い事も説明がつく」

 

この野郎、漸く手品のタネに気が付きやがった。分析力は出久並みだと思ったから、この事には割りと早く気付くと思ったが、これが案外遅かった。まったく! 一体何度俺が吹っ飛ばされたと思ってんだ!

しかし「コンバーターラング」と、俺の体の耐久力もそろそろ限界だ。攻撃を防げるのはあと一発か二発である事を考えれば、正直ココで気付いてくれて助かった。

 

そして、ここからが勝負どころだ。俺は「バレてしまったか……」と言う様な感じの雰囲気を演技しながら、調子を取り戻したハンドマンに話しかけた。

 

「友達を元気付ける為の痩せ我慢……か。カッコイイねぇ、そして糞みたいな美談だ。反吐が出る」

 

「ハッ……そんな猿でも分かりそーな事、エラソーに能書き垂れて勝ち誇ってンじゃねえよ」

 

「無理して強がるなよ。でも正直な話、怪人のままの方が良い勝負になったんじゃないか? 例えば、その鋭い爪で脳無の脇腹を、グリッと抉るとかさ」

 

「……『ヒーロー』はそんな戦い方はしない。『ヒーロー』は、ヴィランを殺す為に“個性”を使ったりはしない。それに使う必要は無い。今から俺が、楽勝で勝つんだからな」

 

「現実を見ない理想主義者か? どうやって勝つって言うんだよ? 嘘つきのバッタモンが何を――」

 

「黙れよ。弱虫のチキン野郎が」

 

「……あ゛?」

 

「お前、さっき水難ゾーンに居た三人の中で、真っ先に梅雨ちゃんを狙っただろ? 出久でも峰田でもなく、お前は梅雨ちゃんを狙った。それはお前が、『男が相手じゃ勝てないかもしれない』って思ったからじゃないか? 自信を持って勝てるのは、か弱い女の子だけってトコか?」

 

小馬鹿にした態度で上手い事を言ったハンドマンを、俺は臆病者だと挑発した。この「臆病」と言うヤツは「用心深い」とも言える性質であり、実のところ相手取るには非常に厄介な性格なのだ。

 

実際にこのハンドマンは何十人ものヴィランを引き連れ、白昼堂々ヒーローの巣窟たる雄英高校を襲撃すると言う、実に大胆不敵な行動を起こした一方で、基本的には自らは動かず、他の誰かを使って事を成そうとしている。

察するに自ら動くとしても、事前にしっかりと相手の情報を得た上で、相手が弱るのをじっくりと待つタイプだろう。

 

しかし、俺の経験則から言えば、こうしたタイプは「勝てると踏んだ時以外は動かない」が、逆に言えば動く時は自分が勝つ事を確信している所為で、「確信した自分の勝利」に傷が付く様な挑発に対しては非常に弱い。プライドがソレを許さないのだ。

 

「それと、そのマッチョメンを『対“平和の象徴”用 改造人間』ってお前は言っていたが、それってつまりそのマッチョメンが凄いってだけで、お前が凄いって訳じゃないよな? 『俺がスゴイ奴に命令して、オールマイトを倒したから、俺がオールマイトを倒したんだぞー!』ってか? 実にカッコイイ思考回路をしているな」

 

「おい……」

 

「まあ、その自慢の改造人間は、俺みたいな子供一人に足止めされるようなポンコツだったがな。仮にオールマイトと戦った所で、良くても精神的ダメージしか与えられないんじゃないか? だってソイツ、頭殴ったらコオロギの腹の所を摘んでる様な感じがしたぞ?」

 

「黙れ……」

 

「もっと言えば、お前は自分の仲間がどんな奴か碌に知らないし、ちょっと不都合があっただけで簡単に諦めると来た。オールマイトを殺せる様な奴なら、他のヒーローが何人来たって勝てる筈なのにな。

あー馬鹿馬鹿しい。『笑止千万、おかしいの一番』ってのは、お前みたいな奴の事を言うんだろうよ」

 

「……だぁま、れぇ……ッ!」

 

反論しない所を見ると、実は心当たりがあったのだろう。ハンドマンは怒りを隠そうともせず、ひたすらに喉を掻き毟っている。今にも倒れそうな位に見た目がズタボロな、15歳かそこらの子供にコケにされて、心底不愉快な思いをしている事がバレバレだ。

 

「コッチが黙っていれば、ペラペラと……ッ!!」

 

「悔しかったら掛かって来いよハンドマン。日本語にすると手マ……おっと、これは言っちゃいけなかったかな?」

 

「……黒霧、脳無。あの不愉快なガキを黙らせる。手伝え、俺が直接ヤキを入れる」

 

「あっちゃん! そいつの“個性”は、触ったものをボロボロにするんだ! 絶対触られないで!」

 

俺が決して言ってはいけない禁断の言葉を口にした途端、ハンドマンの態度がいきなり変わった。怒りが頂点どころかK点を突破して、逆に冷静になったか?

 

そして、ハンドマンが参戦する事に内心「やった」と思った俺の背後から、出久のアドバイスが投げかけられる。触れたものをボロボロにする“個性”……か。そんな即死系の攻撃を、コイツは梅雨ちゃんに躊躇する事無く使おうとしていたのか。

 

「後悔しろ……誰に舐めた口を聞いたのかを分からせてやる」

 

「ソロプレイで鍛え上げた指先テクニックでか?」

 

「……脳無ッッ!!!」

 

ハンドマンの怒声を皮切りに、三人の中でマッチョメンが先頭に立ち、それにミストマンが追従する形で俺に迫る。掴みかかってくるマッチョメンの腕を掻い潜り、懐に飛び込んだ俺は、鳩尾に右アッパーを繰り出した。

しかし、割って入る様に展開されたミストマンのワープゲートによって、右腕は二の腕までモヤにすっぽりと覆われ、足元に展開されたワープゲートから出てきた俺の右腕を、マッチョメンが思いっきり踏みつけた。足元から骨が折れる音が聞こえた。

 

「グゥッ……! この……!!」

 

「させません」

 

反撃しようとする俺の動きを察してか、俺の後ろに展開されたワープゲートからマッチョメンの左手が出現し、俺の左腕を掴んだ。メキメキと骨が軋み、ひしゃげる感触がした。

 

「ガァアアアアアアッ! アッ……カハッ……」

 

「……ああ、そうだ。最初から、こうすりゃ良かったんだ。アハ、アハハハハハ!!」

 

最後にマッチョメンの右手が俺の喉を鷲掴みにして、俺の身動きを封じた時、眼前のワープゲートからハンドマンの右手が出てきて、俺の被っているヘルメットにぴたっと触れた。触れた部分からヘルメットの装甲と複眼に亀裂が入り、ヘルメットはまるで風化したかの様にボロボロと崩れていく。

 

「!! あっちゃんッ!!」

 

「待、て、出久。俺は、これを、待ってた、んだ」

 

「は? 何を言って……!?」

 

「死柄木弔?」

 

ハンドマンが異常に気付いたようだがもう遅い。ハンドマンの手がヘルメットに触れた瞬間、俺はハンドマンの手を『超強力念力』で固定した。ハンドマンはこれ以上手を動かす事が出来ず、ヘルメットを壊す事が出来ても、その中身である俺をボロボロにする事は出来ない。そして、破壊されたヘルメットの隙間から、バッタの触角が外に露出した。

 

「……覚悟、しな。キク、ぜ……コイツは」

 

触角から放たれる緑色の電撃。それはハンドマン、ミストマン、マッチョメンの三人に等しく襲い掛かった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!?」

 

「ぬああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

「……ッ……ッ……」

 

超強力念力と電撃の同時使用。

 

それによってワープゲートを介して送り込まれる電撃にハンドマンとミストマンの二人は苦しみ、マッチョメンは電撃を浴びながらも律儀にハンドマンの命令を遵守している。これこそがマッチョメンの弱点だ。

このマッチョメンは常に、ハンドマンの言葉を受けてから行動を起こしていた。それはつまり、このマッチョメンはただの操り人形に過ぎず、命令を与えるハンドマンを倒せば無力化されると言う事だ。ただ、ミストマンの言う事も聞く可能性がある為、ハンドマンだけでは不安だったのだが、三人纏めて倒せば問題は無いだろう。

 

「アッ! がああああああッッ!! く、黒霧ぃっっ!!」

 

「ぐぅううううううううううっ!! 調子に乗るなよ、小僧ぉおおおおおおッッ!!」

 

激昂したミストマンが、俺の右腕を覆っていたワープゲートを閉じ始めた瞬間、右腕がロープでギリギリと締め付けられる様な、強烈な圧迫感が俺を襲った。右腕から引き千切られる筋繊維の音と、骨に亀裂が入る音が、段々と大きな音となって聞こえてくる。

 

そしてワープゲートが完全に閉じた瞬間、人生最大級の激痛と熱さ、そして喪失感から思わず右腕に目を向けると、二の腕の半ばから先が無くなっていた。

油断した。ワープゲートにはこんな使い方もあったのだ。しかも体力の消耗によって再生能力が低下しているのか、本来なら真っ先に活性化する筈の傷口の細胞の動きが鈍くなっている。これ以上のダメージは流石に不味い。しかし――!

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

「「!?」」

 

俺の叫びに呼応するように、電撃の威力は更に増していく。もう俺がコイツ等を倒すチャンスは、ココしか無いッ!!

 

「(お、押し切るつもりか! 我武者羅に! この小僧、正気か!?)し、仕方ありません……!!」

 

何事かを呟いたミストマンはワープゲートを閉じ、なんと仲間である筈のマッチョメンの左腕を切断した。これには流石に俺も度肝を抜いた。一体何の為に……と、思った俺の目に飛び込んできたのは、切断されたマッチョメンの左腕の傷口から、新しい左腕が生えてくる光景だった。

 

「し、死柄木、弔ッ!!」

 

「!! やれぇええええええっ!! 脳無ぅううううううううううううッッ!!」

 

「KYOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

初めて声らしきものを上げたマッチョメンは、再生させた左腕で俺の鳩尾を殴った。「コンバーターラング」が完全に粉砕され、俺の体は空中高く打ち上げられた。それと同時に『超強力念力』が解け、触覚からの電撃も止まった。

 

「ゴ……ブファアアアアアアアッッ!!」

 

腹を襲った衝撃にとうとう耐え切れなくなった俺は、ヘルメットの中で盛大に血を吐いた。ヘルメットとクラッシャーの隙間から、夥しい量の血液が噴出する。

 

「う……あぁ……。まだ、ま……」

 

「CUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」

 

意識を持っていかれそうになるのを何とか堪える俺の顔面に、飛び上がったマッチョメンは容赦無く右ストレートを叩き込んだ。

 

 

○○○

 

 

それは僕が生まれて初めて見た、あっちゃんが負けた光景だった。

 

脳味噌ヴィランの追撃をまともに受けたあっちゃんは、物凄い勢いでゲートの扉に突っ込んだ。ゲートの扉が粉々に破壊されて、激しい土埃が舞っている所為で、あっちゃんがどうなったのかがよく分からない。

だけど、右半分が大きく損壊したバッタのヘルメットが地面に転がっていて、残った左目の複眼が発する赤い光がゆっくりと消えたのを見て、僕はあっちゃんがどうなったのかを悟った。

 

あっちゃんが勝つと思っていた。僕だけじゃない、クラスの皆もきっとそう思っていた。だからその事実を受け入れる為に、僕達は少しだけ時間がかかった。

 

「あっちゃん!!」

 

「シンちゃん!!」

 

「何だよあのヴィラン!! 『ショック吸収』の“個性”じゃなかったのかよ!?」

 

混乱する峰田君の台詞は、この場の誰もが思っていた事だ。“個性”は一人につき一つ。それが“個性”の大前提だ。

 

嘘をついて本当の事を隠していた。僕達はそう思っていたけど、電撃から解放された死柄木と呼ばれていたヴィランの答えは、僕達の予想の斜め上を行くものだった。

 

「……誰も、それだけとは、言ってないだろ? 『ショック吸収』の他にも『超回復』って“個性”を持ってるのさ。最近のガキはちゃんと話を聞かないのか? 脳無は“改造人間”だってさ。お前等とは出来が違うんだよ」

 

その言葉に皆が絶句した。この超人社会において、誰もがそうだと思っている絶対的なルール。言うなれば常識を覆すような事を、あのヴィランは言ったのだから。

それこそ「一つの“個性”で色々な事が出来る」なら未だしも、「“個性”そのものを複数持っている」なんて、誰だって見た事も聞いた事も――。

 

『私の“個性”は、聖火の如く引き継がれてきたものなんだ』

 

!! そうだ。一つだけ、一つだけ複数の“個性”を持つ方法がある!

 

オールマイトは元々『ワン・フォー・オール』の後継者を、“個性”溢れる実力者達の中から探すつもりでいた。それはつまり、本来なら『ワン・フォー・オール』の後継者になるのは、「複数の“個性”を持つ人間」だったって事だ。

能力を譲渡する特性を持つ“個性”が存在する以上、複数の“個性”を持つ人間が他に居たとしても、何ら不思議な事じゃない……!

 

「し、死柄木弔。ご無事ですか?」

 

「無事な訳ないだろ。ああ、痛ってぇ……。アイツ、ワザと俺を怒らせたのか……。その上、殺さない様に手加減までしやがった。……舐めやがってッ!!」

 

死柄木は憎悪を込めた声を発しながら立ち上がると、殺意をこめた視線を僕達のほうに向けた。

 

「皆殺しだ……ッ!! あのガキも、あのガキが守ろうとしたモノも……全部壊して、滅茶苦茶にしてやる……ッッ!!」

 

「ヒィッ!!」

 

「いや、それは不可能だな。何故なら――」

 

怨念を纏った死柄木への恐怖に怯える僕達の背後から、安心感を与える頼もしい声が聞こえた。もうもうと上がる土煙の中から現れたその声の主は、憤怒の形相で血塗れのあっちゃんを抱えていた。

 

「私が来たッッ!!!」

 

それは、僕が今まで一度も見た事が無い、笑っていないオールマイトだった。

 

 

●●●

 

 

それはまるで、ほの暗い水底へゆっくりと沈んでいく様な感覚だった。混濁した虚ろな意識は現実と幻想の狭間を何度も行き来し、自分がさっきまで何をしていたのかを思い出すことさえも非常に億劫で、そのまま眠ってしまいたくなる欲望に駆られる。

 

そんなどこか心地良い暗闇の中で、ふと一筋の光が差し込まれる。眩い光の先に目を向けると、そこには綺麗な女の人が立っていた。聖母の如き微笑を浮かべる女性の顔を見た俺は、思わず口を動かしていた。

 

「……おかあ、さん?」

 

呉島飛鳥。

 

これまで写真や動画でしか見た事が無い、俺が生まれる前に死んだと言う俺の母親が、俺に優しく微笑みながら手を差し伸べている。差し出されたその手を取ると、今まで感じた事の無い温かさと柔らかさが手に伝わってきた。

 

そのまま手を引いて何処かに行こうとする母さんについて行こうとすると、ふと自分の後ろに気配を感じた。

振り返るとそこには、“個性”を使った時の俺と、コスチュームを着た時の俺を混ぜ合わせた様な姿をした、一人のバッタの怪人が立っていた――。

 

 

●●●

 

 

「なぁ、呉島の奴、本当に大丈夫なのか?」

 

「分からないわ。でも呼吸は安定してるし、峰田ちゃんと瀬呂ちゃんのお蔭で止血もしっかりしてるから、大丈夫だとは思うケド……」

 

「そうか。油断出来ねぇって事だな……」

 

現実に引き戻された俺は、地面に仰向けに寝かせられており、近くには梅雨ちゃん、峰田、そして瀬呂の三人がいた。会話から察するに、どうやら傷の手当てをしてくれたらしい。

 

「でもオールマイトが来てくれたんだ! もう大丈夫に決まってるだろ!」

 

……何? オールマイトが、戦っている?

 

どうにも聞き捨てなら無い台詞が聞こえ、何とか体を動かそうとしてみたのだが、思うように体が動かせない。そこで耳に意識を集中してみると、聞きなれた爆音が耳に入ってきた。

 

「爆豪と切島! それに轟まで! クラスでも強いヤツが揃ったな!」

 

「ええ。でも、緑谷ちゃんはどうして飛び出したのかしら?」

 

「分かんねぇけど、兎に角コレで5対3だ! 勝てるぜ、この勝負!」

 

峰田と瀬呂がヒーローの勝利を確信する中、梅雨ちゃんは出久が飛び出した事を不思議がっていたが、俺はその理由について見当がついている。

出久も俺と同様にオールマイトの秘密を、活動限界の事を知っている。きっと出久も相澤先生と13号先生のやりとりを見て、今日のオールマイトが戦える状態では無い事に気づいたに違いない。

 

最悪の展開だ。起こって欲しくなかった事が、現実に起こってしまった。

 

何となく去年のヘドロマン事件を髣髴とさせる状況だが、今回は本当に不味い。あの脳無とか言うマッチョメンは、あの時のヘドロマンよりも遥かに強い。

下手をすればオールマイトがやられてしまい、そうなったら最後、クラスの皆は今度こそ皆殺しだ。

 

ただ「何でよりによってオールマイトが一人で此処に……」と思う一方で、俺は「オールマイトならきっと来るんだろうな……」とも思っていた。

 

子供の頃、出久が「困っている人を恐れ知らずの笑顔で助け出す姿」を見て、勝己が「どんな状況でも必ず勝つ姿」を見て、オールマイトと言う「№1ヒーロー」に憧れていたのだが、当時の俺はオールマイトを「変に陽気で物凄く強いヒーロー」位にしか思っていなかった。

その思いは成長してからも大して変わらず、「№1ヒーロー」と言うヒーローの頂点に立つ事がどれだけ凄いのかを理解出来るようにはなっていたのだが、特に憧れると言う程の気持ちは沸いてこなかった。

 

だが今から約一年前、俺達が偶然オールマイトに出会って、「№1ヒーロー」の真実を知ってから、その思いは劇的に変わった。

 

『人々を笑顔で救い出す“平和の象徴”は、決して悪に屈してはいけないんだ』

 

その言葉に嘘は無く。あの時に活動限界を超えていた筈のオールマイトは、血を吐きながらもヘドロマンに引導を渡した。あの時の後ろ姿は、今も鮮明に思い出すことが出来る。

 

そして、雄英高校の試験までに課せられた、俺が死なない為の10ヶ月に及ぶ、過酷で過激なトレーニングを行っていたある日、「ヘドロマン事件で活動限界が縮まった」と言ったオールマイトに、俺はふと聞いてみたのだ。

 

『自分の力が衰えていく事に、弱くなっていく事に恐怖は無いのですか?』

 

するとトゥルーフォームのオールマイトは、笑顔でサムズアップしながらこう答えたのだ。

 

『心配するな呉島少年。例え私の力がどれだけ衰えようとも、私は決して悪に屈したりはしない。平和を脅かすヴィランがいる限り、私は“平和の象徴”として、戦い続けてみせよう』

 

世界に希望の光を照らす為に、自分の体を燃やして光源とする。そんな自己犠牲の果てにある、オールマイトの『真実の姿【トゥルーフォーム】』。

それはヒーローを目指す人間にとって、ヒーローとして生きる人生の先に待ち受けている、残酷な未来を暗示するものなのかも知れない。

 

だが、その時の俺は、Mt.レディにヒーローをやる上での目指すべきゴールを見出した様に、オールマイトにヒーローとしてのあるべき姿を見出した。

 

誰もがマッスルフォームのオールマイトに憧れるこの世界で、俺はトゥルーフォームのオールマイトに尊敬の念を抱いた。

 

「…………N、AAA……」

 

「! シンちゃん? 気が付いたの?」

 

オールマイトは言った。『人々を笑顔で救い出す“平和の象徴”は、決して悪に屈してはいけない』と。それなら、『自分の“個性”に苦しんでいる人達の“希望の象徴”』を目指す俺が、“個性”を悪用するヴィランに屈してはいけないよな……ッ!!

 

再生能力が落ちてる? どんなに体がボロボロになっていたとしても、誰かの為に理不尽に立ち向かい、平和の為に戦い勝ち続ける『本物の英雄【ヒーロー】』を俺は知っている。

 

力はもう残ってない? 何の力も持っていないのに、助けを求める目をした幼馴染を助ける為に駆け出した、『最高の英雄【ヒーロー】』を目指す人間を、俺は誰よりも知っている。

 

立ったところで何が出来る? 確かに今の俺では、何も出来ないかも知れない。だが、指一本でも動く限り、全力で抵抗し続けてやる!

 

「GUU……! WUAAA……!」

 

「!? どうしたの? どこか痛いの?」

 

起き上がろうとした俺の全身に激痛が走る。これまでの人生で、これほどの苦痛を体験した事は一度も無い。

――だが、だから何だ。痛いなら、ただ耐えればいいだけだ。それよりも辛いのは、それよりも怖いのは、出久が、勝己が、オールマイトが、クラスの皆が、あのヴィラン達に殺されてしまう事。あのハンドマンは、そしてこの場にいるヴィラン達は、いとも容易くソレをやろうとするだろう。

 

そんな事はさせない。

 

あんな奴等の思い通りになんて、絶対にさせるものか……ッッ!!

 

その時、ベルトの中央にある『タイフーン』の隙間から鈍く淡い光がこぼれ出し、強烈なエネルギーが体中に漲っていく感覚がした。

すると俺は、俺の顔を覗き込む梅雨ちゃんの肩に手をかけ、上半身をゆっくりと起こす事ができた。激痛は全く治まっていないが、ボロボロである上にガス欠だった筈の俺の体は、さっきまでの事が嘘の様に、二本の足でしっかりと立つ事が出来た。

 

「えっ!?」

 

「く、呉島!?」

 

「お、おい! 立ち上がっても大丈夫なのかよ!?」

 

「だ、駄目だよシン君! 安静にしてないと!」

 

「ケロォ……」

 

心配する皆の声を他所に、俺はゆっくりと階段へ近づいていく。右腕を失って重心が変化した体は想像以上に動かし辛かったが、それでも中央広場が見える位置まで移動できた。中央広場に居るのは、脇腹を押さえたオールマイトと、出久、勝己、切島、轟。そしてハンドマン、ミストマン、マッチョマンの八人。その中でも目立つのは、やはりオールマイトの左脇腹に見える赤い染みだ。

オールマイトのピンチ。それを見た時、何かが溢れそうで、何かが千切れそうな衝動が、熱さと共に俺の体の中を駆け巡った。

 

「GUUFUU……UWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」

 

俺は衝動と熱さを解放する為に、腹の底から思いっきり叫んだ。ベルトの中央にある『タイフーン』は高速回転を始め、その隙間からこぼれる光は更に輝きを増した。

 

 

○○○

 

 

USJに多数のヴィランが侵入。

 

校長室に飛び込んできた緊急連絡を聞いた瞬間、マッスルフォームになった私は校長室の壁を粉砕して、全速力でUSJへと爆走した。校長先生の叫び声が聞こえた様な気がしたが、緊急事態なので許して欲しい。

 

そしてUSJに着いた時、ゲートの頑丈な扉を突き破った呉島少年の体を受け止め、鮮血で染まった彼の姿を見て私は血の気が引いた。コスチュームはボロボロで右腕を失い、左手はあらぬ方向を向き、更に頭部からも出血しており、非常に危険な状態ではあったものの、呉島少年は生きていた。

 

呉島少年を抱えて土埃の舞うゲートを潜ると、そこには破壊された施設と、元凶と思われるヴィラン達。そして不安な顔で涙に濡れた生徒達と、負傷して動けなくなっている後輩達が居た。それを見ただけで、私は生徒達がどれだけ怖かったか、後輩達がどれだけ頑張ったかを理解した。

 

だからこそ私は、胸を張って言わなければならんのだ!

 

「もう大丈夫、私が来たッッッ!!!!!」

 

『オールマイトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』

 

安堵の表情を見せて近づいてくる生徒達に、私は腕に抱えた呉島少年を託した。テキパキと行なわれる応急処置を見て、一年生とは言え流石は雄英生だと思ったものだが、緑谷少年が呉島少年に血を飲ませようとしていた時は流石に全力で止めた。

 

「待て! 緑谷少年! 一体何をするつもりなんだ!」

 

「即急にエネルギーが必要なんです! でもここには何もないから、だからあっちゃんに僕の血を……」

 

「駄目だ、緑谷少年! 如何なる理由があろうとも、これ以上生徒に血を流させる訳にはいかない!」

 

もっともらしい事を言って緑谷少年を止めはしたが、呉島少年の事で頭が一杯な緑谷少年が、私の意図に気付いた様子は無かった。

緑谷少年にそのつもりは無いのだろうが、私は今の緑谷少年なら呉島少年を救う為に、『ワン・フォー・オール』を無意識の内に譲渡しかねないと思ったのだ。

 

そこで妥協案として、既に譲渡済みである私の血液を呉島少年に飲ませた。すると右腕は再生しなかったものの、緑谷少年の言う通り、呉島少年の怪我はみるみる治っていった。

 

それから私は、主犯格と思われる三人のヴィランとの戦いに臨んだ。彼等の“個性”とその能力は呉島少年が暴き出し、緑谷少年によって私に伝えられたが、脳無とやらの身体能力の高さと、黒霧とやらのワープゲートの“個性”のコンボは非常に凶悪で、神出鬼没にしてあらゆる角度から飛び出してくる攻撃は非常に避け辛く、つい左の脇腹の弱い所に良いのを貰ってしまった。

 

~~~ッッ!! なるほど、そう言う感じか……ッッ!!

 

ソレを見て緑谷少年はゲート付近から飛び出し、それに気を取られた黒霧と呼ばれたヴィランは、爆豪少年と切島少年、そして轟少年の接近に気付かず、爆豪少年によって拘束された。

もっとも、拘束した相手が呉島少年の右腕を切断したと聞いてから、実際に切断された右腕を見た瞬間、爆豪少年は物凄い勢いでキレまくり、黒霧を問答無用で爆発させまくっていた。

 

「グッ……ハァ……ッ!! ガッ……!!」

 

「ったく! ドイツも、コイツもッ!! 勝手に人の獲物に手ぇ出しやがってよぉ……ッッ!!!」

 

……うん。悪いが、爆豪少年の方がヴィランに見えるな。まるで容赦が無いぞ。とりあえずそこらへんにしてもう止めてくれ。緑谷少年が凄く震えている。

 

「脳無。出入り口を奪還する。あの爆発小僧を――」

 

「UWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」

 

『!?』

 

突然、人のものとは思えない、獣の様な絶叫がUSJの中に響き渡る。視線を声の出所に向けてみると、右腕を失って応急処置を施された呉島少年が、立ち上がって叫び続けていた。ベルトに備えられた風車の隙間から、眩い光が漏れ出している。

 

「シン……」

 

「あっちゃん! 良かった! 気が付いて――」

 

「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

呉島少年の叫びに呼応する様に、止血に使われた峰田少年のもぎもぎと、瀬呂少年のテープを突き破って、失われた右腕が一瞬にして再生された。

 

ここは呉島少年の驚異的な回復能力が復活した事を喜ぶべきなのだろうが、誰もがその新しく再生された右腕に注目していた。

何故なら再生した右腕は、左腕とは明らかに異なる形状をしていたのだ。右腕は切断されていた部分が境界線となり、そこから先は筋骨隆々とした非常にマッシブなものになっている。

 

「GUUU……WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」

 

再生された右腕を確認すると、再び叫び始める呉島少年。すると今度は、呉島少年の体が光に包まれながら姿を変えていき、まるで昆虫が脱皮をするかのように、身に纏っていたコスチュームがボロボロと剥がれ落ちていった。

 

光が収まった時、呉島少年の肉体は筋骨隆々とした実に逞しいものに、二本の触覚は硬質な二本の角に変化し、口には細かく鋭利な無数の牙が覗いていた。右腕には切断された時の大きな傷痕がはっきりと残っており、両腕と両脚には鋸の様な棘は見当たらず、代わりにカッターの様な物が手首と足首に見える。

そして身に纏っていたコスチュームは腰のベルトだけを残し、ベルトの中心にある赤い風車は、異音を発しながら高速で回転を続けている。

 

「あっ……ちゃん?」

 

「な、何だよ、あれ……」

 

「「………」」

 

「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」

 

私の近くで緑谷少年達が戸惑う中、呉島少年はバッタと髑髏を混ぜ合わせた様な顔で、三度目の咆哮を上げた。そんな呉島少年の姿が、私には何故か死神の様に見えていた。




キャラクタァ~紹介&解説

脳無
 超人をベースにした改造人間。この時に出現した個体は「ショック吸収」に「超回復」と、割とシンさんと能力が被っている。シンさんとの対決はある意味、天然物VS養殖物。初戦でシンさんは脳無に敗れてしまったが、ぶっちゃけ手段を選ばずに『アマゾンズ』並みの戦い方を選んでいたならば、初戦でコイツの脊髄をひっこ抜いて倒せた可能性は高い。流石に殺しては不味いだろうが。
 そして、見た目は脳味噌が剥き出しの人間であるにも関らず、原作・アニメ共に誰一人としてその事を突っ込まない理由を考えた結果、“ヒロアカ世界では脳や内臓が剥き出しの人間が、普通にそこら辺を歩いている”と言う、とんでもない仮説に作者は辿りついてしまった。実際、その事を突っ込んでるのは『すまっしゅ!!』の世界のオールマイトだけだし……。

呉島飛鳥
 主人公の母親。作中で語られている通り、シンさんが物心ついた時には既に故人となっており、シンさんは彼女を知らないで育った。元ネタは『真・仮面ライダー 序章【プロローグ】』に登場する飛鳥愛。財団のスパイではない。多分。

瀬呂範太
 腕からテープが発射されるセロファンマン。USJでは飯田のサポートに始まり、13号の手当てやら、シンさんの止血やらで、峰田と同様に結構活躍している。
 コイツを見た時に作者は「ルックスが『弱虫ペダル』の御堂筋君みたい」だと思っていたのだが、『すまっしゅ!!』でコイツが八百万に自転車を作ってもらおうとしたのを見て以降、作者は「瀬呂の正体はパラレルワールドの御堂筋君」だと思っている。彼が自転車に乗った時、彼は本来の姿を取り戻すに違いない。

瀬呂「キんモォーーーーッ!! キモッ! キモッ! キモッ! キモォオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」
シンさん「!?」



アナザーシンさん(『THE FIRST』バージョン)
 脳無との戦いに敗れ、オールマイトから血を貰い、不屈の闘志で立ち上がったシンさんが、傷ついた体を再生させる過程で進化して獲得した新たな力。別名「シンさん・マッスルフォーム」。元ネタは『HERO SAGA』に登場する、原作から10年後の真島浩二が変身したアナザーアギト。「譲渡した力の残り火から発現した」と言う部分が、そのあたりのオマージュ。そして再生した右腕に残っている大きな傷痕が、木野薫のアナザーアギトを意識している。
 登場時の元ネタは『仮面ライダーSPIRITS』の「熱砂のプライド」。そして『序章』のIFルートとの違い、『ワン・フォー・オール』の“残り火”によって自己進化した影響から、ベルト状の器官とマフラー状の羽根。そして口の開閉するクラッシャーが無く、クロスホーンも展開されていない為に二本角になっている。そして相変わらず喋る事は不可能。見た目的にはネオライダー仲間のZOやJに近く、お蔭でコスチュームのベルトが邪魔にならない。
 しかしこの姿は“未完成の強化形態”と言えるものであり、クラッシャーが常時全開状態なので通常のパンチやキックが必殺技レベルまで強化されているが、肉体の自壊を防ぐ為のクロスホーンが展開されておらず、力の制御に必要なアンクポイントも存在していない。つまり……。

譲渡後に残る『ワン・フォー・オール』の“残り火”
 既にデク君に『ワン・フォー・オール』を譲渡済みである上に、元々自分が“無個性”だった事もあって、今回オールマイトはシンさんに回復目的で血を与えた訳だが、原作での説明や描写を見る限り『ワン・フォー・オール』は、「他者のDNAを取り込む事で、自分のDNAに“個性”を馴染み浸透させる」特性を持った“個性”であり、譲渡した後も衰えているとは言え、継続して使う事が出来る事を考慮すれば、『ワン・フォー・オール』は「“個性”の譲渡を繰り返す事で“個性”持ちを増やす」と言う側面を持っている様に思えた事が、アナザーシンさんを採用した理由の一つである。
 そして『オール・フォー・ワン』による“個性”の譲渡では脳無の様になるケースが有るのに対し、『ワン・フォー・オール』による“個性”の譲渡ではソレが無い等、この二つの“個性”は色々と考えさせられる所が多い。つまりネタが豊富って事。

シンさんとオールマイト
 多くの登場人物がメディアを通じてオールマイトに感銘を受けていたのに対し、シンさんは実際にオールマイトと交流した事をきっかけに感銘を受けたと言うタイプ。元々オールマイトを「凄い人」だとは思っていたが、それ以上でもそれ以下でもないって感じ。
 元々は『序章』においてボツにした、オールマイト監修のスカイライダー強化訓練紛いのリンチ……もとい特訓をする傍らで、シンさんがオールマイトに対する思いを変化させていく描写。ボツにした理由は「どう考えても職場体験編の伏線に見える」から。当時はシンさんの二次小説が少ない事から、「『序章』の続きを期待する声は無いだろう」と思っていた事もあってボツにしていたが、今回の話で再利用してみた次第。作者が書く二次小説では、こうしたリサイクルなケースは結構多い。

シンさんのフォームチェンジ
 今回のフォームチェンジ時の元ネタは、劇場版アギトの『PROJECT G4』におけるエクシードギルスと、小説『仮面ライダー1971-1973』の本郷猛が飛蝗男に変異してしまう所。フォームチェンジに関しては元々、「描写される事なく終わってしまったシンさんの進化能力を、他作品のライダーの没ネタなんかも含めて色々とやってみよう」と思った事がきっかけである。
 主人公が「怪人バッタ男」なので、「バッタ」と「怪人」をキーワードにして追加する能力を考えているのだが、一応その縛りが無かった場合のシンさんの強化形態も作者は一通り考えていた……のだが、考えてみたら発現したら明らかにヤバソーな事になる“個性”も結構存在する事に気がついた。とりあえず雄英高校の面々に限定するなら、作者的に(主に見た目が)ヤバソーだと思った“個性”はこんな感じ。

エクトプラズム
 口から分身を出す“個性”を持つ雄英ヒーロー。シンさんには分身と言えるイナゴ怪人が既に居るので能力的に被るが、仮にシンさんがエクトプラズムの“個性”の影響で分身生成の能力を獲得した場合、「腹の中でミュータントバッタの卵を孵し、大量のミュータントバッタを口から吐き出す」と言う、絵面的にぶっちぎりでNGを貰いそうな、『トリコ』のトミーロッドみたいな能力になっていた。ミュータントバッタが人を食ったりしないだけまだマシだろうが。

砂藤力道
 糖分を摂取すればする程強くなる“個性”のシュガーマン。しかし、シンさんがこの“個性”の影響を受けて進化した場合、「糖分以外のモノを摂取して強くなる能力」に変異する可能性があり、最悪の場合シンさんの体で『アマゾン細胞』が生成されてしまう。或いは『HUNTER×HUNTER』のメルエムみたいになる気がする。

蛙吹梅雨
 バッタとカエルの合成怪人と言う、ショッカーやゲルショッカーにいてもおかしくなさそうな組み合わせになる。舌が伸縮自在となった上に、四足歩行で壁を移動するようになる他、丸呑みや毒液の分泌なども行なえる。
 その姿は『バイオハザード』シリーズに登場する、リッカーを筆頭とした「B.O.W」を髣髴とさせ、上手い具合に量産する事ができれば、アンブレラの主力商品になる事間違い無しであろう。制御できるかどうかは別として。

芦戸三菜
 全身の体液が強酸性となり、頭から禍々しい角が生える。しかし、それ以上に特筆すべき点は、全身の皮膚の色が紫がかったピンク色になる事。ぶっちゃけ、『ZO』に登場する赤ドラスの出来損ないみたいな見た目であり、ある意味では『エイリアン4』に登場するニューボーンよりもキモイかも知れない。

耳郎響香
 シンさんの体にイヤホンジャックが生える。「それのドコがヤバソーなの?」と思う読者は多いと思うが、バッタの耳は後ろ足の付け根に存在する為、シンさんの場合は腰よりちょっと上の脇腹辺りからイヤホンジャックが出てくる事になる。これだけなら特に問題は無いのだが、イヤホンジャックと言う“個性”は元々……

1.岩やコンクリに突き刺さる貫通力を持つ

2.心臓の音を爆音として送り込める

3.エロイ

……と言う三つの特性を持ち、これをシンさんが獲得した場合、シンさんの独自のアレンジが加わる事もあって……

1.とんでもない貫通力を持った触手が、シンさんの脇腹から飛び出す

2.シンさんの驚異的な生命力の源である心臓の音を爆音として送り込める

3.相手に絡みついた姿は、どう贔屓目に見ても触手プレイ

……と言う、エクシードギルスのギルススティンガーの上位互換と言える能力を獲得する。色んな意味で凄ェヤベェ。

瀬呂「どれもこれも、キんモイでぇ~~~?」
上鳴「でもちょっと見てみたくね?」
峰田「見てぇ」
シンさん「………」



後書き

そんな訳で、今年中には『USJ編』を終わらせる事が出来ませんでした。来年からザギバス・ゲゲル……じゃなくて、『体育祭編』を楽しみにしていた読者の皆様には申し訳ありませんが、もう少し待っていて下さい。
次回の投稿で今度こそ『USJ編』を終わらせ、アニメ第一期分の時間軸を終了させたいと思います。それに伴い、アニメ第一期の最後に登場した“あの男”も登場します。

それでは次回「よみがえるバッタ男」をご期待下さい。

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