青春ラブコメ神話大系   作:鋼の連勤術士

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九話

翌日、俺は戸塚との約束の代わりを果たすため、昼食を取らずにテニスコートへと向かった。

 

一日悩んでいたが、約束は結局思い出すことができなかった。

お陰で少々寝不足だが数学の授業中に取った睡眠で頭の重さも改善された。

 

いざ、テニスコートに着くと何やら揉めている様である。

何時もなら、揉め事とあれば団扇を持ち、扇いで炎上させる俺だが、流石に戸塚が居るところでそれは出来ない。

出来るだけ穏便に済ませようと声をかける。

 

「どうした戸塚」

 

「あっ、八幡。ええっとね」

 

「だから、別に邪魔するって訳じゃないんだから良くない」

 

戸塚に詰め寄っていた金髪の女性の目がぎらりと光る。

そんな彼女を宥めるかのように、彼女の肩をとんとんと叩くどこかいけすかない男。

 

それに、取り巻きが何人か。

 

どこかで見たような気もするが、思い出せない。

首を捻りながら唸っていると戸塚が耳元で助け船を出してくれた。

 

「ほら、同じクラスの三浦さんと葉山君だよ。それに海老名さんとかもいるよ」

 

「……ああ、そういえばいたな」

 

前は部活動、今は人の恋路の邪魔と千葉県の高校生の闇討ちから逃げることで頭が一杯だったので、教室内の事は殆ど分からないが、確かに教室でわいわい騒いでいた連中だった。

 

「これから八幡と練習するって言ってるんだけど、ここで遊びたいんだって」

 

つくづく面倒臭い連中である。リア充死すべき慈悲は無し。

普段なら塩で撒いて溶かしてしまおうかと言うところだが、しかし今は戸塚の前、紳士的な対応を心掛けよう。

決して戸塚に良いように思われたいとかそういうことではない。

 

「えーと、悪いな。今から戸塚と練習するから他を当たってくれ」

 

「だいじょぶだって、あーしたちも手伝うし」

 

「いや、そういうことじゃなくてだな。効率とか色々あんだろ。それに、ここは戸塚が許可取った場所だから他の人は無理なんだ」

 

「なにそれ、あんただって許可取って無いじゃん」

 

「許可云々の前にテニスは独りじゃできないだろ」

 

「じゃあ、あーしらが居たって別によくない」

 

ダメだ。話が伝わらない。この手の阿呆には、うぇーい、ぱなくね、マジで、といった少数の単語で会話が成立するニュータイプが一定数いる事は知っていたが、ここまで話が噛み合わないのはアンジャッシュだけで充分だ。

 

「まあまあ二人とも熱くならずに。それにみんなでやった方が楽しいじゃないか」

 

爽やかイケメンが間を取り成す風の事を言ってきたが、どこかちぐはぐな印象を受けた。

波風をたたせたくないのか、皆で並んでゴールしたら一等賞なのかは分からないが、どちらにしろこの男はリア充といっていいだろう。

ならば、リア充死すべき慈悲はなし。

 

「じゃあ、はっきり言うぞ。皆とかはいらない。お前らは俺より弱いから話にならない。練習の足を引っ張るだけ。以上」

 

そう言った途端、三浦さんの目尻はつり上がり怒っている事が手に取るように分かり、葉山も苦笑いを浮かべているが目は笑っていなかった。

 

戸塚にいたっては、おろおろと辺りを見回している。

 

「はあ、ちょっと弱小高校のテニス部エースだかなんだか知らないけど、あーしらバカにしすぎじゃないの。こう見えても昔、県選抜だったんだけど」

 

「俺も、今の言葉は取り消して欲しいと思う 。確かに君と比べたら弱いだろうけどだからと言って戸塚君の練習に全く貢献できないなんてことはないはずだから」

 

「知らねえよ。そこまでいうんだったらかかってかこいよ。これで負けたらもう邪魔すんじゃねえぞ」

 

我ながらこんな強い言葉でよく挑発をしたもんだと驚いたが、考えてみればアクアラインまで追い回されたり、赤い糸を切って切って切りまくった時に比べたら対したことはないと開き直った。

 

「あーし達が勝ったら、コートを使わせること。それでいい?」

 

「勝てるんだったらな」

 

勢いで言ってしまい、何故か戸塚との練習初日はダブルスでの試合形式となってしまった。

 

「つか、隣のコートの使用許可とってくればよくなくない」

 

とか何とか聞こえたけど売り文句に買い言葉、いまさら後に引けるか。

 

 

娯楽に飢えている高校生達、彼らの嗅覚は流石と言うもので、昼休みも序盤を過ぎた頃にも関わらず、葉山がテニスの試合をすると聞いてどこからかわらわらと沸いてきた観客が歓声をあげている。

 

「葉山がテニスの試合するってマジ?」

 

「葉山くん頑張って」

 

「負けろ比企谷」

 

「戸塚くん。今日も可愛いよ」

 

「比企谷、調子に乗んな」

 

「馬に蹴られろ。然る後くたばれ」

 

俺への罵詈雑言も混じる聞こえてきて完璧アウェイの中、試合は始まった。

昼休みということもあり、形式は5ゲームマッチの3ゲーム先取。

 

どっちも前衛と後衛が左右に別れてポジショニングをする基本的な雁行陣となっている。

 

三浦さんのサーブから始まり、強く叩きつけられたフラットが俺の方へと向かってくる。

 

ダブルスはシングルスと違い、一人がカバーする範囲が狭いと思われるが、その実、後衛にいる人間の役割はとても重要である。緩い返球に成れば相手前衛に叩かれ、向こうが返してくる玉にどこまで味方前衛が対応出来るのかを考え、場合によってはカバーしに行かなくてはならない。シングルスでは経験することのない、味方前衛の力量や限界の把握と隙間を埋めるように玉を打つ技量が必要になる。

 

この二人にそれが出来るほどのコンビネーションは無いとたかをくくり、適当に左右に振れば着いてこれなくなるだろうとネット際に出てる葉山の横を抜いたりしながら三浦さんを疲れさせようとしていた。

けれど三浦さんは確かに県選抜を自慢していただけの事はあり、しっかりと着いてきていた。

葉山は葉山で、甘めのトップスピンがかかった球ならボレーを決めにいこうとする事ぐらいは出来るので、三年の弱いテニス部員になら勝てる実力はあるのだろう。

 

戸塚もボレーにいこうとするが、三浦さんの打つ弾道が低いスライスになっているせいで手を出しあぐねていて、暫くラリーが続いた。

 

それでも葉山の横を強めのトップスピンをかけたダウンザラインで決めたり、三浦さんの方にドロップ気味のボールを打ち、甘くなった球を戸塚がポーチで決めたり、相手のポジションチェンジの隙に逆クロスで決めたりと2ゲームをこっちが先取することが出来た。

 

その頃になると試合を見ていた賑やかしの奴らも静かになってきていた。

 

「思ってたより強いな君は」

 

「当たり前だ。俺にはこれしか無かったんだから」

 

「でも、みんなでやった方が楽しいだろ」

 

「黙っとけ」

 

葉山と短く言葉を交わし、休憩を終えコートに戻る時、戸塚が俺の背中を叩いてきた。

 

「やっぱり八幡は阿呆だよ」

 

「いきなりどうした」

 

「僕とテニスしててもつまらないかな」

 

そういってはにかむ戸塚に答えられず、ただ

 

「……勝とうな」

 

とだけ言った。

 

 

三浦さんのサーブで3ゲーム目に入ったが、葉山の立ち位置がサービスラインより少し後ろへと変わる。

30-30まで試合が進み、ラリーをしていくうちにベースラインにいた三浦さんがサービスラインへと上がっていって、葉山はベースラインの方へと下がるフォーメーションになる。

 

葉山の横を抜くダウンザラインを警戒したのかも知れないけど、前に出てこないならそれはそれで好都合だ。

 

このコートを使っているのは阿呆ばかりのテニス部員達。当然、クレーコートの整備なんて適当に済ませているからネットの近くまでローラーを掛けることはしていない。

結果、ちょっとした凹凸が生まれて、そこにボールを落とせば

 

「跳ね……ない」

 

名付けて俺式ドロップショットの完成だ。

 

「マッチポイント」

 

いつの間にかに観客に混じっていた材木座が叫ぶと、始まったころの様な暴言ではなく歓声が響いた。

 

三浦さんがサーブを打ち、戸塚がリターンをする。

 

戸塚と三浦さんのクロスでのラリーが続くが、三浦さんがライジングでボールを取り、前衛気味の葉山とポジションを交換する。

 

ストロークが葉山に変わり、甘くなったボールをサービスライン上で柔らかく返す。

 

狙いは葉山が前に走れば届く、三浦さんも横に走れば手が届く様な所で、だからこそ両者とも見合わせて反応が遅れる。

 

サービスライン上の三浦さんが咄嗟に手を振り出して返そうとしたボールは、フレーム部に強く当たり空高く舞い上がる。

 

上を見上げるが玉が逆光になって、眩しさに目を細める。

 

『光る玉が好機の印。思いきって捕まえてご覧なさい』

 

これが、その好機の印なのかもしれない。

 

捕まえようと、ラケットを持っていない左手を伸ばす。

 

今まで煩いぐらいに聞こえていた歓声も遠くなり、心臓の音だけがやけに大きくなる。

 

近付いている筈の、玉と自分の距離が引き延ばされていく。

 

手を伸ばした左手が、何時ものスマッシュを打つときの体勢に変わり、足は地面を離れ、右手が空を断ち切る。

 

 

なんだよ、俺って結構テニス好きだったじゃねえか。

 

黒髪の乙女に応援されようとされまいと、関係無かったな。

 

と、気が付けば呟いていた。

 

きっと他の人から見たら俺の顔は、にやけていたと思う。

 

 

ボーッとした意識が現実に戻されたのは、歓声でなく悲鳴だった。

向かいのコートを見ると、耳を押さえながら横になっている葉山、隣でしゃがみこみ唖然としてる三浦さんがいる。

 

何があった。何が起こった。

最後に俺がスマッシュを打ち、葉山が倒れている。

現状に思考が付いていけないのか、頭がぐるぐると回る。

しかし、そんな簡単に答えが出る問題なのに、何を言っているんだ。と俺の中の冷静な部分が告げる。

 

怪我をさせた。

 

いきなり風が吹いて違うところに当たった?

眩しくて目を細めたから?

無意識の内に打ってしまったから方向がずれてしまった?

好機を間違えた?

 

それとも、どこか片隅でこうなってほしいと望んでいたから?

 

そう気づいてしまったら、さっき呟いた言葉ですら汚く思えた。

 

今まで散々と人の恋路の邪魔やら色々としてきたが、ことテニスにかんしてはなんだかんだ真面目にやって来たつもりだった。

それだけが、数少ない取り柄であり、自身への支えになっていたはずだった。

とりあえず葉山に近づかなくては、とよろよろ近付く。

 

ネットを挟んで三浦さんが睨み付ける。

 

「最低」

 

三浦さんの口調は詰問に近く、言おうとした言葉を飲み込ませるのには十分だった。

 

「うわ、あれは無いわ」

 

「ちょっと凄い奴だと思ったのに」

 

「そこまでするかよ普通」

 

「所詮、嫌われ者だしな」

 

ひそひそと声が聞こえる。

さっきまで、前後左右に打ち分けていたこともあり、観客もわざと葉山に当てるように打ったと思っているのだろう。

 

もう何を言っても無駄だ。

どうせここで駆け寄って謝ったとしても白々しいとしか思われない。

それは、きっと自分の心すら騙しているのかもしれない。

 

そう思ったら何も言えず、ただ葉山を見下ろすだけだった。

 

「わざとじゃないんだろう。君がこの試合でそんなことをするようには見えなかった」

 

ふらふらと立ち上がり、三浦さんに支えられ

 

「また今度、戸塚との練習じゃないときにでもやろう」

 

そういうと、三浦さんに肩を持たれながらコートを出ていった。

 

「……悪い、戸塚。練習はまた今度な」

 

「元気だしてね。僕もわざとじゃないって分かってるから」

 

「ああ、サンキューな」

 

嫌われる事は慣れていると思う。

ただ、自分をここまで嫌いになったことは、今までなかったとも思う。

自業自得、身から出た錆。

それを悲しいとも悔しいとも思わないけれど、葉山と戸塚の言葉が頭でリフレインしていた。

 

 

この出来事以降、俺自身なにか変わったかと言われればなにも変わっていない。

その代わり、回りが目まぐるしく変わっていった。

 

葉山は少し鼓膜が傷付いたらしく全治1ヶ月。その間は部活を休むそうだ。

高校生にとって1ヶ月は意外と長い。体は鈍るし最悪レギュラーの入れ替えだってあり得る。

 

時たま申し訳なさそうに俺と戸塚を見る葉山の視線を感じる度、複雑な気持ちになる。

 

観客の証言で、故意にエースを怪我させてしまったことなってしまい、それにサッカー部の顧問が激怒し、テニス部の顧問は一応の対応として俺と戸塚の一週間の部活動禁止を言い渡した。

 

このままフェードアウトしていくつもりだ。

 

正直、恋の邪魔者の称号を得てから部活動に出辛くなっていたこともあるが、今はボールも見たくなかった。

 

その中でも変化が激しかったのが、戸塚彩加の環境だろう。

最初は俺がいる所に偶々一緒にテニスをしていたら俺が葉山に怪我をさせた。というものであったが、噂は尾ひれを付け、俺と一緒に葉山を怪我させたと変わっていった。

このままでは戸塚まで叩かれる対象になってしまう。それだけは避けなければと、全ては俺が意図的に仕組んだもので戸塚は関係ないという噂を材木座に頼み込み流してもらったため一度は沈静化した。

 

問題はその後。

 

何故か戸塚は事あるごとに俺に構うようになっていた。

 

 

「はぁ」

 

「どうしたというのだ八幡。幸せが逃げるぞ」

 

「お前、本当に溜め息をつくと幸せが逃げるとでも思っているのか」

 

「まさか、もしそれが本当ならば我は今頃行き交う乙女達の桃色吐息と幸せを片っ端らから吸い込んで、総理大臣にでも成っているだろうな」

 

何時か聞いたようなやり取りをしながら、総武高へ続く道をつらつらと歩く。

 

「戸塚がさ、あまり俺に構うなって言っているのに教室内でも俺にべったりしてくるんだよ」

 

「いいことではないか、蜜月というものであろう」

 

「いいわけがあるか、おかげでせっかく流した噂だって疑われているんだぞ」

 

「戸塚嬢が選んだ選択だ。男ならどんと構えておれ」

 

「俺はただ薔薇色のスクールライフを楽しみたかっただけなのに、何でこんなことになったんだろうな」

 

思えばテニス部に入って最初の頃は、話しかけてくれる人がチラホラといたような気がする。

あの時彼らと仲良くなっていればどうなっていただろうか。

材木座が俺の前に現れなかったら、花火を打ち込まなかったら、恋の邪魔者と呼ばれていなければ、練習を違う日にしていれば……

 

ここ最近、たらればを考えることが多い。

 

しかしそれでも、人生とは選択の連続である。

何処で間違えてしまった。

責任者は誰だ。

 

今にして思えばすべてが懐かしい。

 

後悔や嫌悪感は、俺の名前を呼ぶ可愛らしいソプラノの声にかき消された。

早朝の爽やかな風と、後ろから発せられる心地よい声を吸い込むために息を吐く。

 

 

「それはあれだ。戸塚嬢なりの愛ってやつだ」

 

欲しい気持ちを我慢して

 

「んなもん、いらねーよ」

 

と俺を呼ぶ声がする方へ振り向いた。

 

 




ハーメルンに小説を投稿する際は、後書きにオモチロイ小粋なジョークを混ぜながら読んでる人を楽しませるのが、デキル紳士淑女のたしなみと聞いていました。
しかしながら、私は千葉の大振りのピーナッツよりも小さき身、小粋なジョークで和ませる事も楽しませることも出来ませんので読んでくださる方々、お気に入りに登録してくださってる方々、評価をしてくださった方々、感想をくださった方に感謝しようと思います。
誠にありがとうございます。

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